総研いのちとくらし
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文献プロムナード(4)

「医療の国際比較」

 野村拓

発行日2003年11月20日


先進国中心型

「医療の国際比較?比較というのは方法だろう。目的はなんだ」と問いつめられるとちょっと困る。日本は明治以来、「欧米に追いつき追い越せ」というスタンスで諸外国を見てきた。比較とは欧米との距離の測定であった。そして、いまやその距離は測りにくくなった。男女平均寿命(零歳平均余命)も乳児死亡率の低さも世界第1位である。

「追いつけ、追い越せ」の目標はすでにボヤけてしまったが、それだけではなく、かつては稀少価値のあった医療の国際比較に関する本がウンザリするほど流入し、しかも出版事情の厳しさで翻訳出版されるものはごくわずかである。言いかえれば、国際比較の目的はボヤけ、原書の洪水である。だから、目的がはっきりした場合にはどんな本があるか、という紹介にならざるを得ない(以下の紹介には、「仮訳の和名」をつけることにする)。

日本は脱亜入欧のスタンスで欧米の医療制度を勉強してきたが、医療の国際比較に関する本も、先進諸国だけに限定されたものが多い。その代表的なものは少し古くなったが(そして、翻訳本も出されているが)

『比較医療制度(論)-14カ国の分析』
☆ Marshall W. Raffel 編:Comparative Health Systems-Descriptive Analysis of Fourteen National Health Sysgtems, (1985) Pennsylvania State Univ. Press.

である。各国の診療科別医師統計に特徴を持つ本だが、標榜科目が自由で複数の診療科目を掲げる場合の多い日本に関しては橋本正己氏の苦心の統計が掲げられている。そこでは「内科および関連科目」、「外科および関連科目」、「内科および外科」というような分類項目が設けられている。

先進諸国だけではなく、若干の途上国も含めて21カ国について比較を行ったのが

『医療制度の国際ハンドブック』
☆Richard B. Saltman 編:The International Handbook of Health-Care Systems. (1988) Greenwood Press.

で、ここでの「日本」担当は、かつて「圧力団体としての日本医師会」を政治学の博士論文として書いたW.ステズリックである。

国際医療制度マトリックス

いわゆる先進諸国の医療制度に関しては、「アメリカもの」がひとかたまり、イギリスのNHSに関するものがひとかたまり、そして北欧福祉国家に関するものがひとかたまり出されている。そして、やれ先進国だ、途上国だという分類だけでは不十分だろうということで登場したのが「国際医療制度マトリックス」である。

『世界の医療制度・1・国別編』
☆Milton I. Roemer:National Health Systems of the World Vol.1-The Countries. (1991) Oxford Univ. Press.

『世界の医療制度・2・課題別編』
☆Milton I. Roemer:National Health Systems of the World Vol.2-The Issues. (1993) Oxford Univ. Press.

はヨコ軸に、市場介入度によって「企業的保健医療制度」「福祉型保健医療制度」「包括的保健医療制度」「社会主義的保健医療制度」の4種を設け、タテ軸には1人あたりGNP を基準に「先進諸国」「移行期諸国」「極貧途上国」「産油途上国」の4種を設定し、世界各国を4×4�16のマトリックスに分類した大胆なものである。オランダが欠落していたり、台湾を「社会主義 ・極貧国」に分類したりする難点があるが、意気さかんなところを評価するべきだろう。なお、 「福祉型保健医療制度」と「包括的保健医療制度」との区別がつきにくいかもしれないが、この本では前者に分類された先進諸国は西ドイツ、ベルギー、フランス、日本、カナダ、オーストラリアで、後者に分類された国はノルウェー、英国、ニュージーランド、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、イタリア、ギリシャ、スペインである。そして先進諸国の中で、アメリカだけを「企業的保健医療制度」に分類したことがこの本の見識というべきで、後に「アメリカだけは別」という視点で「アメリカ抜きの医療国際比較」の本が出されたりすることへの伏線となっている。その本の名は

『移行期の医療制度-その国際的展望』
☆Francis D. Powell 他編:Health Care Systems in Transition-An International Perspective. (1999) Sage.

である。アメリカを除外すれば、先進諸国の主役はヨーロッパということになるが、EC(欧州共同体)の段階で、はやばやとEC 免許の医師統計を載せたのが

『英国医療の規制』
☆Margaret Stacey:Regulating British Medicine. (1992) Wiley

で、ここには19 年からの「EC 免許の医師」の「年間新登録数」と「総登録数」とが掲載されている。

欧州という単位

医師免許が国境をまたいだだけではなく、保健統計もヨーロッパ全体をひとつのマップとして示すようになるのがECの段階からであり、その代表的なものが

『�避けられる死�の欧州共同体地図・1』
☆W. W. Holland:European Community Atlas of 'Avoidable Death' Vol.1.(1991) Oxford Univ. Press.

『�避けられる死�の欧州共同体地図・2』
☆W. W. Holland:European Community Atlas of 'Avoidable Death' Vol.2.(1993) Oxford Univ. Press.

である。この本の圧巻はEC 諸国を府県レベル(ロンドン、パリは区レベル)で、各疾患別の標準化死亡比(SMR)を、その高低によって塗り分けた地図である。また前記の地区にヨーロッパ統一のコード・ナンバーをつけ、各種保健統計が示されている。その後、ECからEU(欧州連合)への発展に伴って

『欧州連合の医療制度』
☆Günther Lüschen 他:Health Systems in the European Union.(1995) R. Oldelnbourg Verlag.

『欧州の医療改革』
☆Richard B. Saltman 他編:Critical Challenge for Health Care Reform in Europe. (1998) Open Univ. Press.

『EUにおける医療とコスト抑制』
☆Elias Mossialos 他編:Health Care and Cost Containment in European Union. (1999) Ashgate.

『欧州の医療政策』
☆Richard Freeman:The Politics of Health in Europe. (2000) Manchester Univ. Press.

などが相ついで出されるようになった。では、旧東欧社会主義国のその後の動向は、ということになると、英語文献には限界があるが、一応、次の2点を挙げたい。

『東欧諸国の保健・福祉改革』
☆Járos Kornai 他:Welfare, Choice, and Soldarity in Transition-Reforming the Health Sector in Eastern Europe. (2001) Cambridge Univ. Press.

『ビスマルクへの回帰-移行期の東欧医療制度』
☆Jörgen Marrée 他:Back to Bismark Eastern European Health Care Systems in Transition. (1997) Avebury.

この「ビスマルクへの回帰」は「公的強制加入保険への回帰」と読みとるべきだろう。

比較の組み合わせ・いろいろ

国際比較研究は、それぞれの問題意識によって、いろんな組み合わせを生む。

『欧州4カ国の民営化』
☆Ralph M. Kramer 他:Privatization in Four European Countries. (1993) M. E. Sharpe.

における4カ国とは、イギリス、イタリア、オランダ、ノルウェーという珍しい組み合わせである。

『福祉国家は競争できるか?』
☆Alfred Pfaller 他編:Can the Welfare State Compete ? (1991) Macmillan.

に登場するのはアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンの5カ国であり

『資本主義福祉システム』
☆Arthur Gould:Capitalist Welfare Systems. (1993) Longman.

は第1章日本、第2章イギリス、第3章スウェーデンという構成で、「日本モデル」は「安上がり社会保障モデル」として推奨されている。また、スウェーデンとスイスという渋い組み合わせの本として

『スウェーデンとスイスの医療規制』
☆Peter Zweifel 他編:Regulation of Health- Case Studies of Sweden and Switzerland. (1997) Kluwer.

がある。三色旗と星条旗という組み合わせの本としては

『医師と国家-仏・米の医療政策学』
☆David Wilford:Doctors and the State-The Politics of Health Care in France and the United States (1991) Duke Univ. Press.

『米・仏の母子保健政策』(意訳)
☆Aliska Kalaus:Every Child A Lion. (1993) Cornell Univ. Press.

などがあり、普仏戦争でプロシヤに負けたフランスが母子保健政策という名の「強い兵隊づくり」で奮起するあたりの統計資料が面白い。

医療の国際比較の上で、とかく「仲間はずれ」にされやすいアメリカに対して、北隣りの「カナダを見習え」と手をさしのべたのが

『医療のために北方を見よ』
☆Arnold Bennett 他:Looking North for Health.(1993) Jossey-Bass.

である。地理的近隣性のためか、カナダとアメリカとを比較したものはかなり多い。

『医療政策の未来』
☆V. R. Fuchs:The Future of Health Policy. (1993) Harvard Univ. Press.

では「1人1日当たり入院費」「平均入院日数」「病床利用率」「入院1件当たり医療費」「出生1,000当たりの低体重児数」「人口10万当たりの自殺数」などについて、アメリカとカナダの比較が行われている。

この他にも、カナダとアメリカという組み合わせは多いが、少し医療から離れたところで

『女性・健康・国民-1945年以後のカナダとアメリカ』
☆Georgina Feldberg 他編:Women, Health, and Nation-Canada and United states since 1945. (2003) McGill-Queen’s Univ. Press.

という本も出されている。

途上国の場合

今日、国連加盟国の圧倒的多数派を占めるのは、いわゆる「途上国」だが、その医療を先進諸国と比較することはほとんど意味がない。むしろ、富の集積の対極にひろがる途上国の貧困、そしてそれはしばしばテロリズムの温床にもなりうる、という視点が必要である。

『テロリズムと公衆衛生』
☆Barry S. Levy 他編:Terrorism and Public Health. (2003) Oxford Univ. Press.

では、このような視点が強調されている。

また、国家主体が非国家主体であるテロに対して、勝手に戦争を仕掛けたり、勝手に戦争終結宣言をしたり、という状況下での途上国問題であること、しかも、米軍戦死者には途上国からアメリカに流入し、市民権取得や家族の医療のために軍隊を志願した黒人やヒスパニックが少なからず含まれていることにも注意しなければならない。

地球的規模での富と軍事力の集積と貧困のひろがり、人口流動などを踏まえた上で、途上国の健康・医療問題に関する本は次の3群に分けることができる。すなわち、アフリカ、ラテン・アメリカ、アジアである。

途上国についての総説的なものとしては、

『途上国の保健医療』
☆Peter Conrad:Health and Health Care in Developing Countries. (1993) Temple Univ. Press.

『途上国の医療計画』
☆Andrew Green:An Introduction to Health Planning in Developing Countries. 2版.(1999) Oxford Univ. Press.

があるが、世界地図を片手に読まなければならないことはいうまでもない。アフリカに関しては

『アフリカの乳幼児死亡』
☆Douglas C. Ewbank 他編:Effects of Health Programs on Child Mortality in Sub-Saharan Africa. (1993) National Academy Press.

『アフリカのプライマリケア』
☆J. Chabot 他編:African Primary Health Care in Times of Economic Turbulence. (1995) Royal Tropical Inst.

などがある。「サハラ以南」(サブ・サハラン)と線引きされるアフリカ諸国では、飢餓線上の子どもたちの姿が浮かび上がってくるが、少女売春婦を含む「路上の子ども」たちがイメージされるのがラテン・アメリカである。

『ラテン・アメリカの医療』
☆Carmelo Mesa-Lago:Health Care for the Poor in Latin America and Caribbean. (1992) Inter-American Foundation.

『米州の保健統計』
☆PAHO:Health Statistics for the Americans.(1995) Scientific Pub.

『米州の子どもたち―医療への距離』
☆Margarett Edmunds 他編:America’s Childlen-Health Insurance and Access to Care. (1998) National Academy Press.

などいろいろ本は出されているが、近いようで遠いような感じである。国際会議に出てきた日系ブラジル人医師は日本人と同じ顔をしているのに、英語で質問するとポルトガル語で返ってくるという距離感がある。

柔軟な思考で

世界銀行がマルクス主義的概念としての「絶対的貧困」とはちがったプラクティカルな目安として「絶対的貧困」(例えば1日1ドル以下の生活)を使ったのが

『アジア�ラテン・アメリカの絶対的貧困』
☆World Bank:Social Development and Absolute Poverty in Asia and Latin America. (1996) Willy De Geynolt.

である。アジアと聞くと「人口うようよ」というイメージを持つ人が多いが

『インドの人口』
☆K. Srinirasan 編:India-Towards Populationand Development Goals. (1997) Oxford Univ. Press.

『女性と健康-インド農村版』
☆ Mridula Bandyopadhyay 他:Women and Health-Tradition and Culture in Rural India.(1998) Ashgate.

『中国の1人っ子政策』
☆ Nathansen Milwerz : Accepting Population Control-Urban Chinese women and the One Child Family Policy. (1997) Curzon.

など、人口と女性にかかわるものが多い。しかし、他方では

『東南アジアの福祉資本主義』
☆M. Ramesh:Welfare Capitalism in Southeast Asia. (2000) Macmillan.

というような、なにか新鮮さを感じさせる本も出されている。

『ジャワの医療』
☆Peter Boomgaard 他編:Health Care in Java, Past and Present. (1996) KITLV Press.

はオランダ植民地時代の医療についてはかなり書かれているが、日本の占領時代についてはふれていない。その頃には日本の若手医学者がジャカルタ医大教授に赴任し、「検閲済」の論文を日本の医学雑誌に発表していたのだが。

いわゆる途上国の問題を考える場合、もう一度、グローバルな視点に立った社会経済史を組み立てなおす必要があるのではないか、と思う。

『イギリスにおけるアフリカ人と産業革命』
☆Joseph E. Inikori:Africans and the Industrial Revolution in England. (2002) Cambridge Univ. Press.

には、イギリス産業革命時代の奴隷商売の統計が載っているし

『南アフリカ環境史』
☆Stephen Dovers 他編:South Africa’s Environmental History. (2002) Ohio Univ. Press.

では、「ボーア戦争」(この本では「アングロ・ボーア戦争」が南アフリカの環境に及ぼした影響が取り上げられている。

2003年夏、ヨーロッパはサハラ砂漠製の熱風の洗礼を受けて猛暑が続き多くの死者を出した。これをアフリカにおける植民地主義者の悪業のツケとしてとらえる視点が必要ではないだろうか。

欧米を主役とし、アジア・アフリカを「舞台装置」としてとらえることによって成立した社会科学系の学問はすでに賞味期限切れである。これは、日本軍によって踏みつけられ、連合国軍によってもう一度踏みつけられなおしたアジア・太平洋地域の住民の立場を全く無視した戦争の歴史と同様に無意味、有害である。

いま、イラク駐留の米軍兵士たちは「舞台装置」から飛んでくる弾丸、ミサイルや自爆テロに困惑していることだろうが、この困惑は習った学問が間違っていたことから来ている。

「舞台装置」が自らの意志を持って動きはじめたグローバルな状況を「対象」とした場合、19世紀ヨーロッパという「箱庭」で生まれた「方法」はほとんど無力なのではないだろうか。

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