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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻203号)』(転載)

二木立

発行日2021年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「厚生労働省が用いている『長瀬式』『長瀬効果』は信頼できるか?」を『日本医事新報』2021年6月5日号に掲載します。本「ニューズレター」204号に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読みください。


1. 論文:医療保険の一部負担は究極的には全年齢で廃止すべきと私が考える理由-二つのジレンマにも触れながら

(「二木教授の医療時評(191)」『文化連情報』2021年6月号(519号):18-25頁)

はじめに-一部負担は全年齢で3割にすべき?

本稿執筆時点(4月30日)で、通常国会では「全世代対応型の社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律案」が審議されており、その焦点は「一定所得以上」の中所得層の後期高齢患者の一部負担の2割化になっています。

私は4月20日の衆議院厚生労働委員会に(生まれて初めて)参考人として呼ばれ、中所得層の一部負担(自己負担・窓口負担。法律用語は「一部負担金」)の2割化に反対する 4つの理由を述べました(1)。第1の理由は以下の通りです。「私は医療・社会保障における『応能負担原則』に大賛成です。しかし、それは保険料や租税負担に適用されるのであり、サービスを受ける際は所得の多寡によらず平等に給付を受けるのが『社会保険の原則』と考えています」。これは私の持論で、本法案の基礎になった全世代型社会保障検討会議の中間報告・最終報告を本誌上で検討した際にも主張しました(2,3)。これは社会保障研究者の常識的な見解、通説でもあり、多くの方から賛同いただいています。

他面、複数の方から、「それなら、現在年齢によって異なる一部負担割合を統一すべきではないか?」との質問を受けてもいます。実際に、土居丈朗氏(慶應義塾大学教授)等、社会保障費抑制を目指す研究者は以前から、「現役世代の負担を軽くする」ために、「高齢者の医療費は原則『3割』に引き上げよ」と主張していました(4)。自民党の財政再建推進本部も昨年11月に取りまとめた報告書で、「きめ細かい高額療養費制度が完備されていることを踏まえ、年齢に関わらず能力に応じた公平な給付率(7割給付)を目指すべき」と提言しました。さらに、「社会保障の機能強化」の旗手である権丈善一氏(慶應義塾大学教授)も、低所得者への配慮を大前提にして、全年齢層で「将来的には3割に揃えるということになる」と予測・展望しています(5)

私は非正規労働者等の低所得の現役世代の一部負担が3割であることは過酷だと思います。しかし、今回の法案で後期高齢患者の一部負担を増やしても、現役世代の 1 日当たり保険料がわずか月30円安くなるにすぎず、現役世代の患者の一部負担は変わりません(3)。そのため私は究極的には、現役世代を含め、全世代の一部負担を全廃すべきと考えています。ただし、これをすぐ実現する政治的条件はないので、当面は全世代の一部負担を、後期高齢者医療制度及び介護保険制度の標準的一部負担である1割に統一することを目指すのが少しは現実的と思っています。本稿では、私がこう考える理念的理由と実際的理由を述べます。その際、この問題には 2 つの「ジレンマ」が存在することを指摘します。

医療に「受益者負担原則」はなじまない

まず、理念的理由、医療には「受益者負担原則」はなじまず、適用すべきでないと考える理由を説明します。医療の一部負担の根拠は、一般には、「医療サービスを利用した患者と利用していない健康人との公平性を確保する」「受益者負担原則」から説明されます。

しかし、患者が医療を受けることで得る「受益」とは、病気から回復・改善すること、つまりマイナス状態から正常状態に近づくことであり、消費者が一般のモノやサービスを利用して得るプラスの利益-満足感、経済学的には「効用」-とは全く異なります。

この点について、医療・福祉・教育等は「社会的共通資本」であり、市民の基本的権利として、すべての人々に平等に提供されなければならないと主張されていた故宇沢弘文先生も以下のように指摘されています。「医療はもともと、病気、怪我によって健康を喪失した人びとを健康な状態に戻すという、防御的な面をもつ。つまり、自分から進んで積極的に求め、享受しようとするという一般的な財・サービスとは異なって、喪失したものを取り戻して、健康な状態への回復を求めるもの(6)

長沼建一郎氏(法政大学教授)も、「窓口(患者)負担」について原理的に検討し、患者は「あらかじめ保険料を支払っているのである」から、「わざわざ窓口負担を支払うようにしなくてもいいはずである」として、「今でもモデル的には医療保険全体を…窓口負担なしに設計することは可能である」ことを示し、「見方によっては、窓口負担は実際に病気やケガに見舞われた人たちに『しわよせ』を及ぼしているともいえる」と指摘しています(7)

低所得者の受診抑制-一部負担のジレンマ

もう1つは実際的な理由で、一部負担はどんなに少額でも低所得者の受診を確実に抑制し、さらには彼らの健康水準の悪化を招く危険があることです。

一般には、一部負担の目的は患者の不適切・過剰受診や医療機関の乱診乱療を抑制することと説明されています。私が社会保障の教科書としても高く評価している『平成24年版厚生労働白書』も「保険なのに一部負担…が課されている理由」を、「このような『モラルハザード』ともいえる事態を回避するための工夫の一つ」と説明しています(42頁)。と同時に、『白書』は、「その一方で、患者が経済的事情により受診を控えて…病状を悪化させることは、国民皆保険制度の本来の趣旨・目的に反する」とも指摘しています。歴代の『厚生(労働)白書』で一部負担のマイナス面を指摘しているのはこの白書だけだと思います。

これは一部負担のジレンマ・二律背反とも言え、どちらを優先するかは、個人・国民の価値判断によります。私自身は後者(弊害)を重視します。全年齢で一部負担をなくす、または1割負担に統一することにより、患者から公費・医療保険への「コスト・シフティング」が生じますが、それは社会保険料と公費負担の引き上げで賄うべきと考えます。この改革により、低所得者等の受診控えが解消され、医療受診が増えると思いますが、それは歓迎すべきことです。他面、私は現在の医療保険制度・診療報酬支払い方式の下では、過剰受診や乱診乱療が誘発され医療費が急騰する可能性はごく低いと判断しています【注1】

低所得者の医療受診抑制の「社会実験」

日本の医療保険では、高額療養費制度により過大な自己負担が予防されています。しかしその自己負担軽減効果は入院医療に限定され、ほとんどの外来医療では患者は法定一部負担を全額支払っています【注2】。私は外来の自己負担は高・中所得層の患者には無理なく支払えると思いますが、低所得者には重い負担となり、受診抑制が生じます。

実は日本では、この点について、かつて全国レベルでの「社会実験」が行われました。それは 1984 年の「健康保険制度抜本改革」で、それまで 10 割給付だった健康保険本人に1割の一部負担が導入されました。その直後、健康保険本人(被保険者)の受診は大幅に低下しました。その影響は一部負担導入1年後も続き、受診件数は7.3%低下したままでした。受診件数減を健康保険の種別に見ると、組合健保の6.3%減、政管健保の7.7%減に対して、旧日雇い労働者健康保険ではなんと20.5%も減少しました(「日刊社会保険新報」1985年3月1日号)。

旧日雇い労働者健康保険本人は所得水準が低い反面、高齢者が多いために有病率が高く、潜在的医療ニーズは大きいにもかかわらず、1 割負担により医療受診が大幅に抑制されたのです。私は、当時この事実を知り、一見軽微で公平に見える一律1割負担が低所得者に特に重大な影響を与えることを体感しました。
同様のことは日本医師会総合政策研究機構(日医総研)の「第 6 回日本の医療に関する意識調査」(2017年)、同第7回調査(2020年)でも確認されています。両調査では、「過去1年間に具合が悪いが費用が掛かるという理由で医療機関の受診を見合わせたことがある」の有無を調査しています。例えば、第7回調査では、「受診控えがある」は回答全体で4.5%、等価所得が200万円以上の所得区分3階層では2.6~3.4 %に止まっていたのに対して、200万円未満の低所得層では7.8%と飛び抜けて高かったのです(37頁)。

アメリカでは一部負担による健康悪化も実証

しかし残念ながら日本では、一部負担増による受診抑制が健康に悪影響を与えるとの厳密な実証研究はほとんどありません。その理由は単純で、日本の従来の研究では総数の「平均値」の検討しかなされていないからです。

唯一の例外は、少し古いですが、やはり日医総研の2012年のアンケート調査です(8)。一部負担割合別の「過去1年間に経済的な理由により受診を控えたことのある患者の割合とその結果」によると、1割負担では受診をしなかった割合は6.6%、「その結果病状が悪化したことがある」割合は3.4%に止まっていましたが、この割合は2割負担ではそれぞれ10.2%、7.1%、3割負担ではそれぞれ11.5%、6.5%となり、1割負担に比べほぼ倍増していました。ただし、これは回答者の主観的判断であり、しかも病状悪化の中身については調べられていません。

それに対して、アメリカのランド研究所が1970~80年代に連邦政府の委託を受けて行った大規模な「医療保険実験」(ランダム化比較対照試験)では、無料医療によりもっとも貧困な人びとや疾病のハイリスクの人びとの健康状態が向上する、逆に患者負担はこれらの人びとの健康状態を悪化させるとの結果が得られています(9)。しかし、これらの人びとは調査対象の中では「少数派」であるため、この研究でも調査対象全体の「平均値」のみでみると、患者負担増による健康状態の悪化はみられませんでした。

なお、この研究では、一部負担が多い患者は無料医療の患者に比べ、入院率は低いが、入院患者のカルテを個別に調べて、個々の入院の適否を評価したところ、不適切と判定された入院の割合は、無料医療の患者と同じだったことも明らかにされています。つまり、患者負担の引き上げによって、不適切な入院のみを選択的に減らすことはできず、適切・必要な入院も減るのです(9:172-180,10)

マイナンバーカードの活用-もう一つのジレンマ

権丈善一氏は以上の事実を熟知し、しかも「医療費を制御するのに自己負担率操作は有効な手段ではない。上げてもワンショットでしか医療費は減らず、すぐに戻る」、「医療の自己負担率で低所得者対策をやろうとしていること、それを年齢区分で行っていることは歴史的な遺制にすぎない」と断じ、「自己負担率は年齢区分なく一定に揃える、所得区分も労多く益少なく弊害の方が大きいために撤廃する」ことを提案しています(11)。その際、全年齢層の「低所得者には負担が軽くなるように、低所得者を見極める方法」として、マイナンバーカードを「社会保障ナンバー」としても整備し、それにより国民の所得を総合的に把握すれば、医療における一部負担軽減を含めた「社会保障という再分配政策をスムーズ、かつ効果的に実行」できるとしています(5)。権丈氏は、「以前、私は日本医療の制度的要因を変え、かつ医療を消費税の課税対象にするタイミングで、自己負担は2割に揃えることも考えていた。だが、なかなかその道は難しい。しかし完全に諦める方向でもない」とした上で、「将来的には3割に揃えるということになる」と展望しています(5,11)

私は、権丈氏の「世代間対立は不毛」、「現役並み所得者」を2割にするのは「社会保険政策としては愚策」との批判には諸手を挙げて賛成しますし、マイナンバーカードを社会保障カードとして整備するのは一つの有力なアイデアだと思います。私は、財政制度等審議会「令和3年度予算の編成等に関する建議」を検討した際、「金融資産の保有状況を勘案して租税負担を課すことには大賛成です。社会保険料についてもそれは十分検討に値すると思います」と述べ、このことを衆議院厚生労働委員会での参考人陳述でも繰り返しました(3,1)。マイナンバーカードで所得と金融資産を紐付ければ、高所得層の所得・金融資産の把握が確実かつ効率的に行え、それにより租税と保険料についての「応能負担」が強化されると期待できます。

他面、人びとの所得分布は幅広いため、「低所得者」の線引きは困難であり、どうしても「制度の狭間」に陥る人びとが生まれ、彼らの受診抑制が生じると思います。それを防ぐためには、事実上入院医療に限定されている現在の高額療養費制度を大幅に拡充する必要がありますが、それでなくても複雑な同制度はさらに細分化され、分かりにくくなります。それに比べれば、一部負担を全年齢でなくすか、1割に統一する方が合理的かつシンプルと思います。また、高額療養費制度が外来医療にはほとんど適用されないことを考えると、外来医療の一部負担を3割に統一することは国際的にみて、あまりにも高すぎると思います【注3】

もう一つ、これは私のような「団塊の世代」(学生運動世代)に特有のメンタリティーかもしれませんが、国家が国民の個人情報を一元的に把握することは、日本の「監視国家」化につながるのではないかとの危惧を拭い去ることができません。特に、安倍晋三前内閣とその路線を踏襲した菅義偉現内閣が、行政の民主的で透明な運営を破壊し続けていることを踏まえると、現在のマイナンバーカードの単純な機能拡張には、にわかには賛成できません。

以上はマイナンバーカードをめぐる「ジレンマ」と言えます。権丈氏も、プライバシーの自由と(マイナンバーカードを用いた)生存権保障インフラは「トレードオフの関係にある」と指摘しています(12)。先述した第1のジレンマについては、私の価値判断は明確でしたが、この第2のジレンマについては私は自己の判断をまだ決めかねています【注4】。実は私は、国会での参考人質疑で、高井崇志議員(国民民主党)から、マイナンバーカードに金融資産の情報の紐付けを義務化することについて意見を聞かれたのですが、その際、権丈氏の提案を紹介した上で、理論的にはその利点は理解できるが、今のままでは「監視国家」化につながる危険もあるので「態度を保留する」と述べました。この点は今後の課題・宿題としたいと思います。

なお、私の友人の見識あるジャーナリストからは、「マイナンバーの機能は、①国民の政治と行政庁への揺るがぬ信頼、②誰もが納得できる行政の透明性、③自分の情報がどのように扱われているかをしっかり正確に把握できる情報の自己コントロール権の保障があれば、選択肢と個人的には考えます。ただそれが実効性があるのかどうか、まだまだ模索中です」との見解を教えていただきました。これはきわめて重要な指摘と思います。私自身は、③についてヨーロッパ並みに個人情報を保護する仕組みの導入が不可欠と思います。

【注1】一部負担を廃止・軽減しても過剰受診、乱診乱療は生じないと考える根拠

一部負担を廃止すると過剰受診が生じる例として必ず上げられるのが、1973年に実施された70歳以上の「老人医療無料化」です。無料化された直後に老人の受診率・医療費が急増したことは事実です。しかし、「1人当たり老人医療費」の増加率が「1人当たり国民医療費」の増加率を大幅に上回ったのは 1973~75年度の3年間に限られ、1976年度以降は両者の差は2%ポイント前後に縮小しました。1983年には老人保健法により一部有料化が導入されましたが、現役世代に比べ老人の一部負担ははるかに低かったにもかかわらず、その年から両者の差は完全に消失しました(13)。このことは老人医療無料化直後の受診率・医療費の一時的急増は、それまで3割負担(しかも高額療養費制度なし)で抑制されていた老人の「潜在需要の顕在化」であることを示唆しています。

2000年代には、全国のほとんどの自治体で「子どもの医療費助成制度」(医療費無料化)が実施されたことに対して、それが安易な受診・「コンビニ受診」を助長したとの批判もありますが、本田孝也氏の全国ベースの医療費分析によれば、医療費膨張は否定されています(14)

一部負担がないと医療機関の乱診乱療が生じるとの批判もあるし、実際、1970年代の老人医療無料化時代には、老人病院等における「薬漬け」「検査漬け」が社会問題化しました。しかし、それは医療費無料化のためというよりは、(質の担保のない)出来高払いの弊害であったと私は考えています。事実、「薬漬け」「検査漬け」は 1990年に老人病院(現・医療療養型病床)に包括払いが、当初は選択制で、その後は義務的に導入されて以降、完全に消失しました。急性期医療についても 2003年以降のDPC制度に基づく包括払いの導入・拡大により、乱診乱療の誘因は制度的になくなっています。

外来医療については現在も出来高払いが主流ですが、1990年代以降、診療報酬が厳しく抑制され続けていることに加え、個々の診療行為を請求する要件の厳密な規定、診療報酬支払基金の審査の厳格化、さらには厚生労働省の地方厚生局による各医療機関の「指導」「監査」の強化により、過剰診療(いわゆる医療機関の「モラルハザード」)は極めて困難になっています(15)

私は、将来的に、「総合診療医」が普及すると共に、「社会保障制度改革国民会議最終報告書」(2013年。35頁)が提起したように、「フリーアクセスの基本は守りつつ」「緩やかなゲートキーパー」機能が導入され、「一般的な外来受診は『かかりつけ医』に相談することを基本とするシステムの普及、定着」が実現すれば、外来医療の適正化はさらに進み、一部負担が廃止・軽減されても、過剰受診や乱診乱療が生じる危険はほとんどないと判断しています。

【注2】(高齢)入院患者は法定負担以外にさまざまな法定外負担を支払っている

高額療養費制度により入院患者の法定負担には月単位の上限(「自己負担限度額」)がきめ細かく設定されており、後期高齢者で年収が370万円までの中所得層は57,600円、住民税非課税世帯は24,600円、同(所得が一定以下)では15,000円になっています。このため、今後、中所得層の後期高齢患者の一部負担が2割に引き上げられても、外来と異なり、入院では負担増はほとんど生じないと思います。

ただし、入院患者のうち特に高齢入院患者(65歳以上)には、これ以外にさまざまな自己負担があります。具体的には、「入院時食事療養費に掛かる標準負担額」、療養病床に入院する場合の「入院時生活療養に掛かる居住費」、介護保険の保険料、差額病床(選定療養)などです。さらに、医療療養病床に入院した場合、多くの病院がさまざまな名目の保険外負担を徴収していると言われていますが、それの公式データはありません。古い話で恐縮ですが、私は1981年に独自に「老人病院等の保険外負担の全国調査」を行い、「現実の保険外負担は厚生省調査の3倍」であることを明らかにしました。この調査結果は「朝日新聞」(1992年6月 30日)が社説で引用し、複数の野党議員がこれを用いて政府を追及しました(16)。残念ながら、同種調査はその後全く行われていません。

なお、生命保険文化センター『令和元年度生活保障に関する調査』(調査回答:18~69歳の男女個人4014人)によると、「直近の入院時の自己負担費用」総額の平均は20.8万円に達していました(17)。この総額には、「治療費・食事代・差額ベッド代に加え、交通費(見舞いに来る家族の交通費も含む)や衣類、日用品なども含む。高額療養費制度を利用した場合は利用後の金額」も含まれており、平均入院期間は15.7日でした。残念ながら、費目別の金額は調査されていません。

【注3】欧米諸国の外来医療の一部負担は日本より低い

本文で書いたように、高額療養費制度の対象はほぼ入院医療に限られ、大部分の外来患者は年齢によらず、法定自己負担(1~3割)全額を支払っています。公費負担方式の医療保障を持つ国(イギリスや北欧諸国等)は入院・外来医療とも原則無料か定額・低額の自己負担であるのに対して、社会保険方式の国では相当額の一部負担があると言われています。

日本と欧米諸国では、外来医療の区分や一部負担の基準が異なるため単純な比較はできませんが、私が今回調べた範囲では、欧米諸国の社会保険方式の国で、外来医療に3割もの一部負担を課している国はほとんどありませんでした。

具体的には、ドイツは外来医療に自己負担はありません。フランスは名目上は 3 割の一部負担がありますが、ほぼすべての国民が補足的疾病保険(共済組合等)に加入しており、一部負担の大半を償還しています(ただし、1回1ユーロの負担金は償還が禁止されています)。アメリカのメディケアですら、外来医療の自己負担は年間183ドルを超えた場合、2割です(以上18)。少し古いですが、ロビンソンの「ヨーロッパ15か国の医療保障における患者負担」調査によると、ルクセンブルクが35%の定率自己負担を課しているだけでした(19)

それに対して、アジア諸国のうち高水準の国民皆保険制度を有する韓国と台湾では、外来医療の一部負担は日本と同様に3割(以上)です (20)。両国は、先行して国民皆保険制度を導入した日本の一部負担制度を参考にした可能性があります。

【注4】2009 年の民主党政権時代に「マイナンバーカード」をめぐりガチンコ対談

民主党の野田佳彦内閣(当時)が2012年に「社会保障・税一体改革」の一環として提起した「マイナンバー(共通番号)」の是非について、『週刊金曜日』で、作家で難病当事者の大野更紗氏と神奈川県保険医協会政策部長の桑島政臣氏との対談が行われました(21)。2人は、社会保障の役割や社会的に弱い人びとの権利擁護という点では共通していましたが、マイナンバーによる社会保障の効率化・利便性向上の「メリット」を優先する大野氏と、政府不信から出発してマイナンバーカードによる監視社会化の危険・「リスク」を強調する桑島氏とのスタンスの違いが際立ち、対談は最後まで平行線をたどりました。この対談は9年前に行われたとは思えないほど迫力があり、ご一読をお薦めします。「団塊の世代」の私から見ると、「政府を信用するかしないか、という問いはあまり効力をもたない」という大野氏の国家観はナイーブすぎると思いますが、氏が繰り返し述べた「左派のスローガンへの違和感」(「『○○に反対』だけでは論理性がみえない。(反対が)スローガンで済んだ時代は終焉しつつある」等)は重いとも感じました。私の知る限り、同種の「ガチンコ対談」はその後、まったく行われていません。

文献

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2.学会・シンポジウム報告後の質疑応答に備えた「想定問答集」の作り方

私は、『医療経済・政策学の視点と研究方法』(勁草書房,2006)の【コラム8】「私の英語勉強法」の3「国際学会での英語での研究発表」で、「想定問答集」を事前に大量につくることの重要性を書きました。これは、私のリハビリテーション医学面での恩師の上田敏先生から教えていただき、私がリハビリテーション専門医だった時に、国際学会での研究発表で励行していたことです(172頁)。

言うまでもなく、このことは日本語の発表でも重要です。本年5月に、私が主催している「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」のゼミ生から「想定問答集」の作り方についてもっと詳しく教えて欲しいと質問されたので、その回答を以下に紹介します。

○3種類の「想定問答」を最低20個準備する。慣れないうちはメモではなく文章で書く。

*①報告発表でも述べたが、自分が再度強調したい「売り」。
*②時間がなくて報告には盛り込めなかったが、重要で討論時に補足したいこと。
*③自分の研究の弱点。←一番大事。
○発表&質疑応答時には、報告原稿に加えて想定問答集も手元に置いておく。
*想定問答通りの質問が出たら、素早くその頁を開いて、回答する。ただし、用意した答えをそのまま読み上げる(棒読みする)のは不可:即興で答えるように「演技する」。
○回答の冒頭で、「ご指摘の通りです」、「ご指摘いただいたことは重要だと私も思います」等とへりくだって述べる:英語なら"Yes, it's good question (point)".
*その上で、①・②的な質問に対しては、ゆっくりと自分の考えを述べる。
*同、③的な質問に対しては、"Yes, but..."的に、自分の考えを簡単に述べる。

「無益な弁解」をダラダラするのは、相手・参加者の心証が悪くなるので、厳禁。
どうしても答えに窮した時は、「その点については、今後の課題とさせていただきます」と逃げる。ただし、この表現は乱発しないこと。

想定外の的外れの質問・批判が出された時も、まず相手の見解を「受容」してから答える。"But,but..."は不可。悪い例:私は若かりし時、その分野の権威の高齢研究者から質問されて、開口一番、「それは先生の誤解です」と発言して顰蹙を買った(1983年の日本リハビリテーション医学会第20回学術集会)。
○私の経験では、想定問答集を20以上作っておけば自信がつき、想定外の質問・批判が出されても、比較的落ち着いて答えられる。Good luck!

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算183回)(2021年分その3:9論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカ・ニューヨーク州の]ある在宅プライマリケアプログラムにおけるCOVID-19流行期の急性期・急性期後・プライマルケア利用
Abrashkin KA, et al: Acute, post-acute, and primary care utilization in a home-based primary care program during COVID-19. Gerontologist 61(1):78-85,2021[量的研究]

複数の疾患を持つ高齢者は COVID-19(新型コロナウイルス感染症)による入院率が高く、アウトカムも不良である。しかし、より進んだ疾病管理(AIM)プログラムを受けている患者の医療利用の変化はよく知られていない。本研究の目的は、COVID-19感染爆発の中心地(epicenter)に在住し、自宅から出られず(home-bound)でAIMを受けている患者の感染流行中の医療利用の変化を記述することである。本研究の対象とする AIMプログラムは、大規模統合医療グループ(integrated delivery system)の在宅部門が提供しており、ニューヨーク州の都市部・郊外に在住し、複数の慢性疾患を持ちADLが要介助で家から出られない約2000人に対して、多数の専門職が多職種連携チームを組んで包括的在宅医療を提供している。

記述的統計と有意差検定により、加入者1000人当たりの救急外来受診、入院、急性期・亜急性期リハビリテーション、AIMプログラム利用をパンデミック期(2020年3-5月。1468人)とその1年前(2019年3-5月。1452人)とで比較した。1 年前とパンデミック期を比較すると、救急外来受診は109対44(p<0.001)、入院は213 対113(p<0.001)、リハビリテーション入院は 56対31(p=0.14)だった。AIMプログラムの訪問診療(医師またはナースプラクティショナーが実施)も1935対276(p<0.001) であったが、遠隔診療(電話を用いた診療も含む)は0対1079、それ以外の電話相談は3032対5062(p<0.001)だった。在宅ホスピス利用は16対31(p<0.11)だった。以上の結果は、パンデミック期に急性期・亜急性期医療の利用は減少したが、AIM利用は高水準を維持したことを示している。

二木コメント-日本と桁違いなコロナ感染爆発が起こったニューヨークでは、救急・入院医療が激減したことがよく分かります。「AIM利用は高水準を維持した」は、訪問診療の激減を、感染爆発前は行っていなかった遠隔診療の激増がカバーしたという意味です。

○[カナダ発祥の]「ケアを広げる」[運動]とニーズの[一方的]推定:コロナ禍での温情的エイジズムの広がり
Vervaecke D, et al: Caremongering and assumptions of need: The spread of compassionate ageism durig COVID-19. Gerontologist 61(2):159-165,2021[評論]

コロナ感染症のパンデミック(感染爆発)はエイジズム(高齢者差別)が我々の社会に広く存在することを明らかにした。否定的または敵対的なエイジズムはよく知られているが、パンデミック時の微妙なエイジズム-肯定的または温情的なエイジズムなど-に対する批判的検討は十分になされていない。本評論は「ステレオタイプな内容理論」によりコロナ感染症についての言説にみられる、温情的エイジズム(善意のエイジズムとも言われる)について検討する。「ケアを広げる」運動、つまりメディアが主導しているコロナに罹患した患者を助ける運動を、事例研究として用い、温情的エイジズムがパンデミック中にどのように現れているかを示す。「ケアを広げる」運動はカナダで提唱され他国にも広がったが、それは高齢者に対する肯定的かつ暖かい理解と、高齢者が無能力で、虚弱で、依存的で、受け身であり、犠牲者であるとの理解と結びついており、その結果、しばしばパターナリスティック(家父長的)な行動をもたらす。

パンデミック中に生まれた温情的エイジズムを「ステレオタイプの具体化理論」(stereotype embodiment theory)により検討する。今後は、高齢者差別者の行動と信念の中身から、それらの結果生じるアウトカムに注意を向けるべきである。さらに、高齢者に支援を申し出る際には高齢者個人の同意を求め、高齢化の多様性を理解し、エイジズムが多様でさまざまな形態を取って現れることについて批判的に理解する必要がある。

二木コメント-私は、カナダ発祥の「ケアをよくする」運動の存在を初めて知りました。それは、高齢者に対する scaremongering(デマを広めること)に対抗して提唱されたそうですが、本論文の執筆者(カナダ・オンタリオ州のヨーク大学所属)が、それを「温情的エイジズム」と厳しく批判しているのに驚きました。ただし、要旨の最後の1文は真っ当と思います。なお、Gerontologist 61巻2号は「パンデミック期の老年学」の大特集を組んでおり、評論4本と原著論文11本を掲載しています。

○[アメリカの]メディケアACOとメディケア・アドバンテッジの統合医療についての患者経験を伝統的な出来高払いと比較する
Frean M, et al: Patient experiences of integrated care in Medicare Accountable Organizations and Medicare Advantage versus traditional fee-for-services. Medical Care 59(3):195-201,2021[量的研究]

医療保険の設計は診療がうまくコーディネートされるよう影響を与えることができる。代替的支払いモデルのうち、メディケア・アドバンテッジ(MA: 外来医療のマネジドケア)とアカウンタブル・ケア組織(ACOs:オバマケアで新設された医療機関のネットワーク組織)は既存の出来高払いのメディケアに比べ医療の統合を改善する可能性がある。本研究の目的はこのようなメディケア内の統合医療における患者の経験の特性を明らかにし、MAまたはACOsの加入者が、出来高払いの加入者に比べて医療の統合が進んでいると感じているか否かを明らかにすることである。2015年の「メディケア加入者現況調査」を用いて、後方視的横断面分析を行った。対象はメディケア加入者の全国代表標本11,978人である。主な指標は8領域での「患者が感じる統合医療」(PPIC)であり、いずれも 1~4の順序データである。最終的な標本の55%は女性、平均年齢は71.1歳(標準偏差11.3)であった。調整前の分析で、全標本でどのPPIC領域でもバラツキが大きかったが、3種類の給付タイプ別のサブ標本ではバラツキはほとんどなかった。さまざまな患者特性で調整した線型モデルでは、ACOs、MAとも出来高払いに比べ有意な便益はまったく認められなかった。この結果は、条件を変えて計算しても、多重比較で調整してもまったく同じだったACOsや MAが特に普及している州に限定して、サブグループ分析をしても、それらの便益は認められなかった。以上から、ACOsとMAは理論的には統合医療を促進すると考えられているが、それらのPPCIは伝統的な出来高払いとほぼ同じであると結論づけられる。

二木コメント-日本でも、一時ACOsが医療の質を引き上げつつ、医療費を抑制する新しいモデルとして紹介されましたが、今回のビッグデータを用いた検証により、少なくとも患者経験面での便益は否定されたと言えるようです。この論文はMedical Care 2021年3月号の巻頭論文で、同誌の巻頭言「国の政策の限界と財政的インセンティブ-組織ダイナミックスの役割」(Charns MP, 193-194頁)でも大きく取り上げられています

○[アメリカにおける]モデルホーム-患者中心のメディカルホーム導入のアプローチを評価する
Saynisch PA, et al: Model homes Evaluating approaches to patient-centered Medical Home implementation. Medical Care 59(3):206-212,2021[量的研究]

患者中心のメディカルホーム(PCMH)は、医療の質を向上させつつ費用を抑制するために、医療コーディネーションと慢性疾患マネジメントの改善を目指しており、その際医療情報技術の利用を拡張することが強調されている。このモデルは広く導入されているが、それの効果についてのエビデンスはバラバラである(mixed)。その理由の一つとして、このモデルの導入の仕方が様々であることが考えられる。本研究の目的は、長期かつ地理的に多様な患者標本を用いて、PCMH導入のアプローチの違いが医療利用に与える影響を調べることである。差の差法で、PCMHが医療費と医療利用に与える影響を評価した。5,314,284患者・年データとPCMHモデルを導入した5943の事業所データを含む「HealthCore統合研究データベース」を用いた。介入は PCMH導入とし、「全国質認証委員会」の定義を用いた。

6つの医療利用尺度と総医療費を測定した。階層的クラスター分析により、各PCMHをそれの能力(capabilities)に基づいて次の3群(クラスター)に分けた低パフォーマンスクラスター、高パフォーマンスクラスター、高パフォーマンスクラスター+電子的アクセス。その上で、一般化差の差モデル(診療と患者の二重固定効果モデル)を用いた。その結果、PCMH導入は総費用の8%を超える減少と関連していた。特に、救急外来利用と外来医療、および臨床検査と画像診断で、減少が顕著だった。3群間の比較をすると、外来医療は3群とも有意に減少していたが、救急外来利用の減少は、ほとんど高度の電子的コミュニケーションを有するPCMHによるものだった。以上から、PCMHモデルは、医療利用に有意な影響を与え、それはプログラム評価時に導入の異質性が考慮された場合顕著である、と結論づけられる。

二木コメント-「全国質認証委員会」とペンシルヴァニア大学等の共同研究です。高度な統計手法を用いて、PCMHで総医療費が8%以上も減るとの凄い結果を導き出しています。ただし、既存研究でPCMHの医療費抑制のエビデンスはバラバラだったことを踏まえると、この結果はそのまま、にわかには信じられません。

○[アメリカにおける]家族介護者訓練ニーズとメディケア訪問ケア利用
Burgdorf JG, et al: Family caregiver training needs and Medicare home health visit utilization. Medical Care 59(4):314-347,2021[量的研究]

メディケア・メディケイド・サービスセンターは2017年に、メディケア訪問ケア事業者に、無報酬で介護を提供している家族(以下、家族介護者)に訓練を提供することを義務づけた。しかし、それがサービス密度に与える潜在的影響は知られていない。本研究の目的は家族介護者訓練ニーズが訪問ケア(home health visit. 看護、リハビリ、ホームヘルプ。医師サービスは含まない)の量とタイプに与える影響を評価することである。本研究は観察研究で、4種類のデータ-「全国健康・高齢化趨勢調査(NHATS)」、「アウトカム・アセスメント情報セット(OASIS)、メディケア医療費請求データ、メディケアサービス提供者ファイル-をリンクさせた。プロペンシティ・スコアで調整した、多変量ロジスティック・負の二項回帰モデルを用いて、介護者訓練ニーズと訪問ケアの回数・型の関連を検討した。対象は、NHATSに参加し、メディケアの訪問ケアを2011~2016年に受けていた1217人(重み付け数=5,870,905)である。

看護訪問受給は、家族介護者が服薬管理をしていた場合、または家事訓練ニーズがある場合、高かった:それぞれ、[調整済みオッズ比(aOR): 3.03; 95%信頼区間(CI): 1.06, 8.68]、[aOR: 3.38、95 % CI:1.33, 8.59]。リハビリ訪問受給は、介護者がセルフケア訓練ニーズがある場合高かった(aOR: 1.70; 95%CI:1.01, 2.86)。ホームヘルプ受給は、介護者が家事をしている場合、またはセルフケア訓練ニーズがある場合、高かった:それぞれ(aOR: 3.54%;95% CI: 1.82, 6.92)、(aOR: 2.12; 95%CI: 1.11, 4.05)。服薬マネジメント訓練ニーズは訪問看護の1.06回追加と関連しており(95%CI: 0.11,0.01)、家事訓練ニーズは総訪問ケア(95%CI: 0.21, 6.28)の3.24回増加、及びホームヘルプの1.32回増加と関連していた。以上から、家族介護者の介護種類別の訓練ニーズは訪問ケア利用に影響していた。

二木コメント-数字の洪水的論文ですが、家族介護者の各種訓練ニーズがある場合、訪問ケアが増えるという当たり前の結果です。

○[高齢者の]統合ケアで多職種連携が成功するための条件-デンマークのプライマリケア場面からの教訓
Hald AN, et al: Conditions for successful interprofessional collaboration in integrated care –Lessons from a primary care setting in Denmark. Health Policy 125(4):474-481,2021[量的研究]

保健医療場面での多職種連携に対する需要が増加し、多職種連携の成功に影響する条件に関心が向けられている。しかし、異なった条件間の相互作用の強さについてはほとんど知られていない。本論文は、専門職・組織レベルでの介入条件と文脈条件との関係、及びそれらがスタッフが感じる多職種連携の成功にどのように影響しているかを検証する。研究はマルチレベル横断面調査であり、2019年3月にデンマークの第二の都市 Aarhus(人口約34.5万人)で行った。同市では高齢者ケアは7地区ごとに提供されており、各地区には1ナーシングホーム、1保健医療ユニット(プライマリ看護師、理学療法士、作業療法士)および8訪問ケアユニット(ホームヘルパー)が存在する。2016年に連携モデル「ケア・パスウェイ」が導入された。最終的な調査参加者は、ナーシングホーム、保健医療ユニット、訪問ケアユニットのすべての第一線スタッフ498人と管理者27人である。

確証的パス解析によりデータを分析した。「介入条件」はケア・パスウェイ導入に直接関係した条件、「文脈条件」は介入に直接関係していない条件である。文脈条件は組織レベルでは客観的要因(地区・ユニット)に関連しており、専門職レベルではスタッフの主観的経験に関係している。得られた結果は、文脈条件は専門職・組織レベルでの介入条件に大きく影響すること、及び専門職レベルと組織レベルは中等度の共変量であることを示している。専門職レベルの文脈条件はスタッフの感じる成功にもっとも影響し、理由の一部はその影響が介入条件と混同されるからである。以上から、保健医療場面での実践と研究では、文脈は変えることができずしかも取るに足らないと漠然と理解するのではなく、文脈は多職種連携の重要な条件であり、もっと理解し研究する必要があると理解すべきである。

二木コメント-要旨は抽象的ですが、本文のパス解析はなかなか緻密で、多職種連携の多変量解析を考えている方には参考になると思います。

○[イングランドにおける]複雑な[ケア]ニーズを持った人びとを対象にした[2つの]統合ケアを評価する
Kasteridis P, et al: Evaluating integrated care for people with complex needs. Journal of Health Services Research & Policy 26(1):46-53,2021[量的研究]

「先駆的プログラム」の一環として、複雑なケアニーズを持つ人びとを対象にした2つの統合ケアモデルがイングランド南西部の南サマセット地域で導入された。それらは「複雑なケアチーム」(CCT)と「強化プライマリケア」(ETC)である。CCTはセルフケアを支援するために、高齢者医療、ケアコーディネーションおよび個別化したケアプランを提供し、慢性期ケアマネジメントに精通したGPと複雑なケアを行う看護師等が参加する。ETCは複雑な疾患を持った高齢者が、ヘルスコーチングを受けることにより疾患の自己管理をできるよう支援し、プライマリケアの臨床家とヘルスコーチ、筋骨格系専門職(musculoskeletal practitioners)、薬剤師及び精神衛生専門職が参加する。両モデルとも、「入院医療への依存を減らす」ことを目的としている。本研究は2つのモデル(「介入」)が医療利用(外来受診率、入院率、外来・入院の総医療費)と死亡率に与える影響を評価した。2014年4月~2018年3月の、個人レベルの毎月の一次・二次ケアデータを用い、ケアモデル導入前後のアウトカムを評価した。基準に合致した対象はCCTで564人、ETCで841人である。他のサマセット地域の高齢者を対照としてプロペンシティ・スコア法を用い、差の差法分析によりケアモデルの影響を同定した。その結果、両モデルともサービス利用の有意な減少を示すエビデンスは得られなかった。死亡率はEPCの第1コホートのみで有意に低かった(コホートは6か月単位。2モデルで合計5コホート)。以上から、2つの統合モデルはサービス利用も継続的な死亡率も有意に低下させなかったと結論づけられる。

二木コメント-半年ごとのリアルワールドデータを用いて、統合ケアモデル事業がサービス利用・死亡率とも低下させないことを示した貴重・誠実な報告と思います。

○[イングランドにおける]「組み合わせ医療技術」の慢性疾患を持つ高齢患者を支える上での役割:医療の自己責任化か共同マネジメントか?
Varey S, et al: The role of combinatorial health technologies in supporting older people with long-term conditions: Responsibilisation or co-management of healthcare? Social Science & Medicine 269(2021):113545 (11 pages)[質的研究]

新自由主義、緊縮政策および健康の自己責任化(health responsibilisation)は政策でも実地場面でも影響を増し、高齢患者が自己の医療のマネジメントに責任を負うことを奨励している。人口高齢化に伴い、高齢者の医療ニーズの増大に対処するための新しい方法が重視され、近年、「組み合わせ医療技術」により強化された(医療と社会サービスの)統合ケアの新しいモデルが生まれている。「組み合わせ医療技術」とは執筆者の造語であり、一般にはテレヘルス、「ITを基盤にした医療」と呼ばれているが、ここではより広く、在宅患者の健康状態に合わせた様々な医療技術の組み合わせを意味する。本論文では、フィリップ社が開発したMotiva systemを指し、これはタブレットまたはテレビを使って、患者の病状に応じて、バイタルサイン(生命徴候)、血圧、酸素飽和度、鼓膜温度を測定し、それを毎日、患者の臨床チームに送る。本論文では、イングランドNHSが資金を出し、2016-2018年に行われた、この機器を用いたモデル事業の質的調査(インタビュー調査)を行う。

このプログラムに参加した患者、家族介護者、およびNHSスタッフからデータを得、この事業が複合的疾患を持つ高齢者の健康自己責任化にどの程度寄与したかを探究する。このプログラムを通して、患者・家族介護者・医療専門職間の結びつきが、三者すべてに安心と共同責任の意識を創り出したことを見いだした。この知見は、複合的疾患を持つ高齢者の自己責任化と自己マネジメントについては、もっと繊細な(nuanced)アプローチを取る必要があることを示唆している。共同マネジメントに焦点を当て、しかも組み合わせ医療技術がこのアプローチを促進する可能性があることを認めることにより、患者が自己の健康状態のマネジメントに自信を持ち、介護負担を軽減し、医療者の自己の職務に対する満足感を増す可能性がある。新自由主義的な当局は、個人の医療についての自己マネジメントと自己責任化に焦点を当て、組み合わせ医療技術がそれを促進すると考えているが、今回得られた知見は組み合わせ医療技術を複合的疾患を有する高齢者に適切に用いれば、共同マネジメントが促進されることも示唆している。本論文は、共同マネジメントは患者ケア、介護者、臨床家の成功モデルの可能性があると主張する。

最後に、このプログラムにより費用節減が起こることは短期的には考えにくく、長期的な費用節減が可能か否か、さらなる研究が必要である。

二木コメント-英文要旨は難解なので一部意訳し、「組み合わせ医療技術」についての説明を本文から補足しました。新しい在宅医療技術を否定せず、「複眼的」に評価すべき-「医療の自己責任化」と「共同マネジメント」の両面がある-との主張は重要と思います。

○長期ケアの諸世界:OECD加盟国の[新しい]類型学
Ariaans M, et al: Worlds of long-term care: A typology of OECD countries. Health Policy 125(5):609-617,2021[国際比較研究]

高齢者への長期ケア提供は福祉国家にとって重要な課題である。長期ケア制度は国家間で大きく異なっている。近年の成熟化・経済化・市場化プロセスのために、かつての長期ケアの比較と類型学は、長期ケア制度とその特性を包括的に比較検討する上ではもはや適切ではなくなっている。本論文では、最新のOECDデータと独自の制度的指標セットを用いて、OECD世界の長期ケア制度の新しい類型学を導入する。この類型学の目的は、長期ケア制度を福祉国家の類型学や医療制度の類型学と比較できるようにし、それにより長期ケア制度が広い意味での福祉国家にどのように埋め込まれ、福祉国家の他制度とどのように関係しているかを明らかにすることである。

24のクラスター分析に基づいて、6つの(方法論駆動的)長期ケアの型と9つの(内容駆動的)長期ケアの型を見いだし、それらは必要に応じて今後の研究で応用することができる。6つの型としては以下のものが示唆される:①公的提供型(スウェーデン等4か国)、②私的提供型(ドイツとフィンランド)、③残余的公的提供型(ポーランド等3か国)、④発展途上(evolving)の公的提供型(韓国と日本)、⑤ニード基盤の提供型(スイス等7か国)、⑥発展途上の私的ニード基盤型(アメリカ、フランス、イギリス等7か国)。※①~⑥の番号は訳者が仮に付けた。

二木コメント-「長期ケアの新しい類型学」という主題は魅力的なのですが、クラスター分析の結果に基づいた極めて機械的な分類です。特に⑦に、アメリカ、イギリス、フランス等、長期ケア制度がまったく異なる国をまとめているのは疑問で、現実の国際比較研究にはとても使えないと思います。私の経験では、本論文に限らず、統計的手法に基づいた各国の医療・福祉制度の類型学・分類のほとんどは不毛、「頭の体操」です。より広く「福祉国家・レジーム」の類型論としては、エスピン=アンデルセンの『福祉資本主義の3つの世界』(原著 1990。邦訳 2001)が有名で、私もそこで示された3つの福祉レジーム(①自由主義、②保守主義、③社会民主主義)は「理念型」としては妥当だと思いますが、3つの福祉レジームに特定の国々を当てはめて国際比較するのは無理があるし、彼のレジーム論は医療政策の国際比較には全く役立たないと考えています(『医療経済・政策学の視点と研究方法』勁草書房,2006,56-58 頁)。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その198)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

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5.【新設コーナー】私が最近読むかチェックした日本語の本・論文の紹介(第1回)

「ニューズレター」で時々紹介しているように(最近は201号(2021年4月))、私は2018年4月以降、日本福祉大学定年退職後の「社会貢献活動」(プロボノ)として、医療・福祉領域の(実証)研究能力を身につけるか、磨くことを希望する方を対象にした「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」を立ち上げ、月1回、原則として第3土曜日午後に研究会を開催しています。

毎月の研究会前にゼミ生に配信する「ゼミ通信」(「君たち勉強しなきゃダメ」)では、私が毎月読むかチェックした日本語の本・論文を、できるだけ幅広く、以下の4つの区分で、簡単な解説を付けて紹介しています:A.論文の書き方・研究方法論関連、B.医療・福祉関連、C.コロナ関連、D.政治・経済・社会関連。本「ニューズレター」でも、今号から、前月の「ゼミ通信」で紹介したものを転載することにしました。今号では「ゼミ通信」39 号に掲載したものを紹介します。ゴチック表示の書籍・論文は私のお奨めa/o私好みです。

A.論文の書き方・研究方法論関連

○エマニュエル・トッド『エマニュエル・トッドの思考地図』筑摩書房,2020年12月。

…ネオリベラリズムとフランス個人主義・合理主義の両方を批判し、家族の重要性を強調するフランス人の歴史人口学者が、「研究の根本に統計データと歴史」があるとする自己の「思考地図(思考の枠組み)」を多面的に「語りおろし」た「完全日本語オリジナル」本。研究の姿勢・方法についてのヒント満載で、自分史としても興味深い。私は特に、「哲学は役に立たない」、「記憶力としての知性」、「グループシンク(集団浅慮)」批判、「データの背後には人がいる」・「統計学的想像力」、「予測とは芸術的な行為」に共感・同感。

○江崎貴裕『分析者のためのデータ解釈学入門 データの本質をとらえる技術』ソシム,2021年1月。
…データを分析して背後にあるメカニズムを解釈したり、データに基づいた意思決定や問題解決を行う際に、分析者が知っておかなければならない知識を分かりやすく網羅的に解説した教科書。数式をほとんど使わず、図表を多用し、本文の重要箇所には黄色の下線を引いてあり、読みやすい。類書と異なり、「データ分析の限界」についても説明。第三部のデータの分析、解釈、活用の「罠」は重要。量的調査・研究をこれから本格的にしたい者必読

○藤吉豊・小川真理子『「文章術」のベストセラー100冊」のポイントを 1 冊にまとめてみた。』日経BP,2021年1月。
…「文章の書き方」をテーマにした100冊に書かれているノウハウをランキング化して、「7つの基本ルール」を中心として合計40示す。1位は「文章はシンプルに」(1 文の長さの目安は「60文字」以内、ワンセンテンス・ワンメッセージ等)等、常識的。私は4位に「文章は必ず『推敲』する」があげられているのに驚いた(推敲しない文章が多い!?)。

○野口悠紀雄『「超」英語独学法』NHK出版新書,2021年3月。
…著者の長年の実体験と情報技術の進歩を踏まえ、社会人を対象にして、英語の独習で「何に集中し、どこで手を抜くか」のノウハウを開陳。著者の指摘する「日本人が陥っている5つの誤り」とその対処法には私もほとんど賛成:「完璧ではなく8割を目指す」、「仕事で必要なのは専門用語」、「『話す』練習は必要ない」、「英語を書く際も英和辞書を使う」等。しかし、「単語帳を捨て、丸暗記せよ」(第4章。20回程度、繰り返して声に出して読むだけで、丸暗記できる。教科書を全部丸暗記するだけでよい)は記憶力抜群の超秀才向き。ちなみに私は、1991年から30年間「英単語・熟語帳」を作り続けており、現在64冊目。それを毎日、細切れ時間(例:電車に乗っている時)に適宜読み返し、語彙は確実に増えている。

B.医療・福祉関連

○大野更紗・桑島政臣「(対談)『一体改革』を現場から問う 親の世代をいかに看取るかが課題」『週刊金曜日』2012年8月31日号:26-29頁。
…民主党政権が「社会保障・税一体改革」の一環として提起した「マイナンバー(共通番号)」の是非について、作家で難病当事者の大野さんと神奈川県保険医協会政策部長の桑島さんがガチンコ対談。2人は、社会保障の役割や社会的に弱い人びとの権利擁護という点では共通しているが、マイナンバーによる社会保障の効率化・利便性向上の「メリット」を優先する大野さんと、政府不信から出発してマイナンバーカードによる監視社会化の危険・「リスク」を強調する桑島さんとのスタンスの違いが際立ち、最後まで平行線。大野さんの「左派のスローガンへの違和感」は重い。9年前の対談とは思えないほど、迫力がある「掘り出し物」。

○生命保険文化センター『令和元年度生活保障に関する調査』2019(ウェブ上に公開)。
…1987年から3年ごとに行われている時系列調査の第15回目。第2章Ⅱ「過去5年間の入院経験」には、「直近の入院時の自己負担費用」総額(法定負担+法定外負担)の平均は20.8万円等の貴重なデータが示されている。

○腎臓病SDM推進協会編『慢性腎臓病患者とともにすすめるSDM実践テキスト患者参加型医療と共同意思決定』医学書院,2020年9月。
…「患者参加型医療」とその大前提になっている「共同意思決定(shared decision making;SDM)の日本初の実践的教科書。腎代替療法を例に、SDMを進めるのに必要な理論と具体的実践手法を示す。腎臓病以外の領域のSDMの代表例についても紹介。

○山崎摩耶『世界はチャレンジにあふれている 高齢者ケアをめぐるヨーロッパ&中国紀行』日本医療企画,2020年12月。
…著者は、私と同世代で、訪問看護師→日本看護協会常任理事→看護大学教授→衆議院議員(民主党)を歴任し、現在も日本と世界を股にかけて活動。2014~2019年に毎年ヨーロッパ7か国(デンマーク、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、フィンランド、リトアニア)と中国の「チャレンジにあふれている」訪問看護、高齢者ケア・各国版地域包括ケアの視察・「定点観測」を続けてきた。2020年にコロナ危機による「Stay Homeで突然、手にした貴重な時間」を「無駄にはできない」と、既発表の各国視察レポートを一書にまとめた。その経験に基づき、ポストコロナ社会は「市民が自発的に参加する地域ケアと共に、ICTテクノロジーでつながり合う社会といった、リアルとデジタルの両輪が鍵になる」と展望。通常の目次に加えて、6つのキーワードごとに各国を串刺しにした「索引別目次」が付いているのは便利。写真も豊富で記述は臨場感にあふれているが、各国の制度・サービスのマイナス面や財源問題にはほとんど触れていない。特に看護職には「元気が出る本」。

○アン・ケース/アンガス・ディートン著、松本裕訳『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』みすず書房,2021年1月(原著:2020)。
…アン・ケースは医療経済学者。アンガス・ディートン(2015年ノーベル経済学賞受賞)は前著『大脱出-健康、お金、格差の起源』(訳書:2014)で、過去250年間の人間の進歩について前向きに語ったが、本書ははるかに悲観的。アメリカにおける絶望と死を、低学歴の中年白人の「絶望死」(deaths of despair) 中心に記録し、それと経済との関係を分析しながら、アメリカ資本主義の諸側面を批判。第13章「命をむしばむアメリカ医療」は舌鋒鋭いが、中身は通俗的:「自由競争市場は…医療には当てはまらない」、「アメリカ政府は医療産業と共犯でゆすりをおこなっており、…国民の利益を代表するはずの議会が、ゆすりを支援している」等!アメリカ医療と医療の社会的要因の研究者必読。

宮本顕二・宮本礼子『欧米に寝たきり老人はいない 増補版-コロナ時代の高齢者終末期医療』中央公論社,2021年2月(初版:2015年6月)。
…著者は呼吸器内科、認知症内の専門医夫婦。初版は、スウェーデンを中心に、欧米豪6か国の終末期医療の現場訪問に基づいて、これらの国には、日本と異なり「何年も寝たきりのままの老人」はおらず、「その理由は、高齢で寝たきりになったら、経験栄養などの延命措置は行わないので短期間でなくなっているため」であるという、いままで断片的に指摘されていた事実を初めて包括的に明らかにした(第5章)。増補版では初版出版後5年間の医療の変化を加筆:スウェーデンの高齢コロナ患者への対応は「善くも悪くもドライ」であることがよく分かり、「厚労省ACP[ガイドライン]に潜む落とし穴」(5点)の指摘も有用。

○杉本真樹『メスを超える 異端外科医のイノベーション』東洋経済,2021年3月。
…「VR+AI+オンライン診療」の「医療デジタル変革」を志し、医療機器ベンチャー企業も創業し、現在はがんサバイバーともなった異端外科医の情熱的 a/o自意識過剰な自伝。

○加藤浩晃『デジタルヘルストレンド2021-『医療 4.0』時代に向けた100社の取り組み』メディカ出版,2021年3月。
…著者は眼科専門医として働いた後、厚生労働省に入省し、その後、AI医療機器開発会社を共同創業。1章で2021年のデジタルヘルスを予測し、2章以降、それに取り組む、大企業~スタートアップ100社をカタログ的に紹介。私は「第4次産業革命」という用語に疑問。

○特集「沸騰!医療テックベンチャー 世界の投資マネーが殺到」『週刊東洋経済』2021年4月17日号:32-65頁。
…米・中のIT巨人の医療への参入、日本の有望ベンチャー21社、日本の分野別最新動向(オンライン診療、AI活用、治療用アプリ、国産初の手術ロボ等)を鳥瞰するには便利。

○日本リハビリテーション病院・施設協会『地域包括ケアシステム構築に向けた地域リハビリテーション体制整備マニュアル』2021年3月(100頁。全文ウェブ上に公開)。
…日本リハビリテーション病院・施設協会が、厚生労働省の委託・支援を受けて20年余り推進してきた地域リハビリテーションの体制整備のための最新マニュアル。リハビリテーション支援に関わっている行政と地域医師会の関係者、リハビリテーション専門職は必読

○立岩真也『介助の仕事-街で暮らす/を支える』ちくま新書,2021年3月。
…「重度訪問介護従業者養成研修」での講義をベースにして、介助「制度の仕組みから、利用の仕方、働き方まで必要なことすべてを語り尽くす」。第9章で、京都でのALS者の嘱託殺人事件についても論じている。記述は回りくどく、「立岩節」ファン向けの本。

○稲葉陽二編著『ソーシャル・キャピタルからみた人間関係-社会関係資本の光と影』日本評論社,2021年3月。
…ソーシャル・キャピタルの有用性を前提にした上で、それには光の面だけでなく、影の面・「ダークサイド」もあることを、理論(概論)と実践事例(各論)の両方から論じた初めての本。ソーシャル・キャピタルの二面性の理解が「生きづらさ」の軽減に役立つと主張。本書では、ソーシャル・キャピタルと社会的ネットワークはほぼ同義。ソーシャル・キャピタル研究者必読だが、医療分野の「各論」はない(長野県の保健補導員制度の分析はある)。

○宮本太郎『貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ』朝日新聞出版,2021年4月。
…日本における貧困、介護、育児の政治について、その対立構造を明らかにしながら、何がどこまで達成され、なぜどこで歩みが止まっているかについて、社会的投資や準市場という視点から検討し、最終的に「ベーシックアセットの保障」を提起。著者の「前向きな批判」のスタンス、及び「今日の福祉政治における三潮流の対立」との分析枠組みは、それぞれ私の「複眼的視点」、「21世紀初頭の医療・社会保障改革の3つのシナリオ」説と似ている。著者が強調している「準市場」は日本医療では、イギリス・ヨーロッパ諸国に先がけて、戦後すぐから制度化されていると思う。私は著者の事実認識と価値判断の多くに同感・共感するし、「ベーシックインカム」と「ベーシックサービス」の対比も興味深いが、それに代えて(対抗して)提起している欧米生まれの「ベーシックアセット」という新概念・新語にはリアリティを感じられない。それより、「社会保障の機能強化」という2008年~2012年に福田・麻生・民主党政権が公式に用い、安倍政権も当初は継承したが、すぐ封印したスローガンを復活する方が建設的・現実的と考える。なお、本書は社会保障のうち医療と年金には触れていない。「社会保障」という用語もなぜかほとんど用いず、財源についても触れていない。

○医療経済研究・社会保険福祉協会監修、辻哲夫・飯島勝也・服部真治編著『地域で取り組む高齢者のフレイル予防』中央法規,2020年4月。
…「フレイル」についての基本的知識から、「フレイル対策の進め方」、9自治体の取り組みを紹介した百科事典的本。かつての「介護予防」が機能回復訓練(筋トレ)偏重だっのを反省し、フレイル対策は「栄養・身体活動・社会参加」を3つの柱としている。介護予防導入時と異なり、フレイル予防で医療・介護費が抑制できるとの主張は書かれていない。

○特集「地域に開かれた精神科病院を支えるPSWの苦労話」『日本精神科病院協会雑誌』2021年4月号:6-63頁。
…「PSWの経験談と苦労話[全10論文-二木]から、今一度現在の精神科医療を見つめなおしてみたい」。町づくりや地域社会づくり、地域包括ケアシステム構築における「PSWの苦労話」がリアルに書かれており、PSW必読と思う。

○尾形裕也「第2次安倍政権における医療政策に関する考察」『社会保険旬報』2021年4月21日号:14-18頁。
…「今後の政策展開への影響という視点から検討」した、第2次安倍政権の医療政策の大変バランスのとれた総括。地域医療構想が「伝統的なわが国の『自由放任型』の医療提供政策を大きく転換しようとするもの」との評価は新鮮・重要。私の「第二次安倍内閣の医療・社会保障改革の総括」(『文化連情報』2021年1月号。「ニューズレター」198号)と相補的(尾形氏も「安倍政権の医療政策については、参考文献に掲げた二木立氏の諸著作が基本文献」と評価)。私は、複数の「総括」が発表される医療政策分野の研究はきわめて健全であり、誰も総括をしない-それどころか、時々の政策文書の分析も発表しない-社会福祉政策研究(者)に強い疑問を感じる。

古城資久「地域包括サービスの戦略を考える 新連載第1回 VSコロナ・ファイトから病院経営を考える(その1)」『病院羅針盤』2021年4月15日号:45-47頁。
…古城医師は、兵庫県赤穂市の医療法人白鳳会を起点にして医療法人・社会福祉法人のM&Aを積極的に行い全国有数の「保健・医療・福祉複合体」を築き、新型コロナ感染症患者も積極的に受け入れている。12回の長期連載でそのノウハウを語る予定。第1回から「有事にはすべてを無難に収めることはできないと覚悟する」等、古城節炸裂。

○「(インタビュー)介護報酬改定からみた介護医療院の将来を展望する 日本介護医療院協会鈴木龍太会長に聞く」『病院羅針盤』2021年4月15日号:10-18頁。
…介護医療院の現状と課題を率直に語る:「介護医療院は看取りの場としての役割が重要」(Ⅰ型では 50%が死亡退所)、「『病院の中に自宅がある』ということが大きなポイント」。私は、新設の介護医療院が8施設もあることに驚いた(2012年12月現在。総数は562)。

池上直己『医療と介護3つのベクトル』日経文庫,2021年4月。
…名著『医療・介護問題を読み解く』(日経文庫,2014)を7年ぶりに全面刷新。医師・医療機関・国を動かす原動力として、「専門分化」、「事業化」、「公平化」の3つの「ベクトル」をあげ、第1~3章で、それらが働くことによって医療がどのように変化してきたかを、欧米(特にアメリカとイギリス)と対比しながら分析。各章(3つのベクトル)ごとに、政府の「診療報酬による対応」(医師・医療機関の「ナッジ」)を説明し、「コロナへの対応」についても簡単に触れる。第4章では介護保険を分析。第5章では、これらの分析に基づいて、医療・介護制度の「抜本改革」の「私案」・「ビジョン」を提示:医療・介護保険を急性期専門医療を給付する「特定医療保険」とそれ以外の医療・長期ケアをカバーする「長期保険」に統合再編&すべての保険者を県単位で統合。「入門書」ではあるが、内容はきわめて濃密

舟越光彦「特集 プライマリ・ケア医が知っておきたい患者への経済的支援策」『日本医事新報』2021年4月10日号:18-32頁。
…舟越氏は民医連・千鳥橋病院医師&日本HPHネットワーク・日本コーディネーター。カナダ版に準じて作成した日本版「医療・介護スタッフの経済的支援ツール」と、それの学習用として全日本民医連ソーシャルワーカー委員会が作成した「症例事例集」を丁寧に紹介(共にウェブ上に公開)。私は「社会的処方」という用語を使っていないことに注目。医学雑誌が「経済的支援」について15頁もの特集を組んだのは画期的。医療ソーシャルワーカー必読

○特集「徹底分析!2021年度介護報酬改定」『日経ヘルスケア』2021年4月号:24-59頁。
…サービス別の改定内容と事業者の対応などを詳しく解説しており便利。ただし、最後(59頁)の「[居宅療養管理指導]『社会的処方』の評価へ一歩踏み出す」は×:居宅療養管理指導の算定要件の「通知」改正で、医師・歯科医師に「利用者の社会生活面の課題にも目を向け…多様な社会資源につながるよう留意し、必要に応じて指導・助言等を行う」と新たに書かれたことを、「指導・助言が義務化された」と見なし、その上、上記のように報道しているが、厚生労働省は文書でも担当者の説明でも、「社会的処方」には一切言及しておらずフライング。この点について詳しくは、私の論文「疾病の社会的要因重視には大賛成。しかし、日本での『社会的処方』制度化は困難で『多職種連携』推進が現実的だ」の【補注】「介護保険の居宅療養管理指導改革は『社会的処方』とは言えない」参照(「医療と介護2040」2020年11月4日。「ニューズレター」197 号(2020年12月)転載)。

○西岡大輔「エビデンスに基づいた医療現場における生活困窮者への支援-医療機関で用いる患者の生活困窮評価尺度の開発」『民医連医療』2021年5月号:24-27頁。
…著者等が開発した「生活困窮評価尺度」(経済的評価尺度+社会的孤立尺度。全13問)。MSW必読と思う。この尺度の原著は、西岡大輔・他の副題と同名論文(『日本公衆衛生誌』67(7):461-470,2020(無料で読めるとのこと))。医療ソーシャルワーカー必読。ただし、私は著者が(いまだに)「社会的処方」の実践を提唱していることには疑問、「健康の社会的要因」に取り組むと書く方が妥当・現実的と思う。また、SDH(social determinants of health)は「健康の社会的決定要因」よりも「健康の社会的要因」の方が適訳と思う(この理由は私の「ニューズレター」197号(2020年12月):33頁、及び198号(2020年1月):15頁の「二木コメント」に書いた)。

C.コロナ関連

○平岡和久・森裕之『新型コロナ対策と自治体財政 緊急アンケートから考える』自治体研究社,2020年12月。
…政府の新型コロナ対策と補正予算措置を検討すると共に、自治体の対策と予算対応の実情を整理。都道府県・政令市・中核市の財政担当者に対して実施したアンケート調査(2020年7-8月実施)は自治体担当者や住民運動家に有用と思う。

〇浦島充佳『新型コロナ データで迫るその姿 エビデンスに基づき理解する』化学同人、2021年1月。
…「国内外のデータを分析して新型コロナの姿に迫り、さらに科学的根拠、すなわちエビデンスに基づき新型コロナを理解する」本。最新のデータ・図表により、コロナに関する様々な謎を解く理系教養書。120年スパンでみるとコロナ禍で死亡率は増えていない。アメリカは決して「コロナ敗戦国」ではなく、「世界のワクチン開発競争において絶対的優位を築いた」(10頁)、日本はグローバルな臨床試験の仲間にも入れていないという指摘は重い。

○本田宏・和田秀子『日本の医療崩壊をくい止める 「コロナ禍の医療現場」からの継承と提言』泉町書房,2021年2月。
…20年間日本の医療危機を訴えてきた本田医師の解説(2、4、7章)とジャーナリストの和田氏の医療従事者へのインタビューの二本立。「新型コロナ禍で可視化された日本医療の貧困」を鋭く告発しているが、「『財源を考えるのが財務省の仕事…』と言うべき」は?

○ニッセイ基礎研究所「第4回新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」(全28頁)2021年4月12日公開 https://www.nliresearch.co.jp/report/detail/id=67457?site=nli
… 2021年3月下旬実施のインターネット調査、有効回答数2070。まず、「新型コロナウイルスのワクチン接種意向」を聞き(過半数がしばらく様子を見たい)、その後、「行動変容」、「生活不安」、「今後の見通し」について聞いている。医療・福祉についての設問はない。

○山岡淳一郎「『死の谷』に落ちた国内ワクチン[連載・コロナ戦記第8回]」『世界』2021年5月号:32-41頁。
…日本のmRNAワクチンの開発研究は3年前までは世界のトップ水準だったが、その後、国と製薬企業の消極姿勢で開発がストップした。かつてはワクチン開発国だった日本が海外メーカーに依存するようになった背景を解き明かし、「日本はもはや『名ばかり先進国』」(香取照幸『民主主義のための社会保障』東洋経済、2021年2月,249頁。本「通信」36号(2021年2月)で推薦)に転落していることを痛感させられる。ただし、最後の「金持ちしか医療を受けられなくなる日」はフライング・論理の飛躍。

○松本創「大阪モデル?そんなものはない 大阪維新とメディア、"共依存"関係の現在」『世界』2021年5月号:49-59頁。
…大阪の外から見ると理解不能な、大阪維新によるメディア支配の実態とメカニズムを、吉村府知事の「場当たり的で楽観コロナ対策」-大阪ワクチン~ポピヨンヨード入りうがい薬-を例に、現場の若い記者が維新の「心理的呪縛」にとらわれていることを示す。

濱岡豊「COVID-19 対策の諸問題(4)都道府県による対策の評価試論」『科学』2021年5月号:438-442。※濱岡氏は慶應義塾大学商学部教授。
…COVID-19対策の国際ランキングなどを参考にて 4カテゴリ10指標を選定し、47都道府県のレーダーチャートを作成し、総合指標の都道府県別ランキングを示す。最高は鳥取、次いで島根。最下位は大阪、次は東京。大阪や東京の「劇場型政策には意味がない」、「自粛とクラスター対策に依存する日本政府の対策は破綻している」。片山善博『知事の真贋』(文春新書,2020年。「ゼミ通信」No.34(20年12月)で推薦)の定性的評価とほぼ一致。

○伊藤澄一「コロナ禍のメッセージ 政治と科学、『命』の連携」『文化連情報』2021年5月号:24-29頁。
…コロナ第3波の渦中での傾聴すべきリーダーや研究者の発言を簡潔に紹介:アンゲル・メルケルドイツ首相、加藤陽子東大教授、岡田晴恵白鷗大学教授、山口香筑波大学教授(柔道)、山口成仁氏、ノーベル賞を受賞した4人の科学者の連名での「声明」(本年1月8日)、「新型コロナ対応・民間臨時調査会」報告書等。私は、加藤氏が終戦の詔勅を例にして、東京オリンピック・パラリンピックについて提言したことに注目(「毎日新聞」2月20日)。

D.政治・経済・社会関連

○ Skidelsky R: What's Wrong with Economics? A Primer for the Perplexed. Yale University Press, 2020(『[新古典派]経済学の何が間違っているのか?[新古典派経済学の学習で]困惑している人びとのための入門書』)
…ケインズ研究の世界的大家が、新古典派経済学の問題点を包括的・多面的に批判。新古典批判のスタンスは権丈善一『ちょっと気になる政策思想 社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房,2018。本年度ゼミ10月~2月第1部テキスト)と似ているが、社会保障にはほとんど触れず。経済学の枠内で古典派経済学やマルクス経済学を正当に評価するだけでなく、心理学や社会学、政治学と経済学との視点の違い・関係にも言及。社会学に好意的で、終章で「私の理想的な教科書は…社会学的経済学」と述べる。(イギリス)英語はかなり難解なので、英語は不得意だが経済学に興味のある方は訳書が出版されたら読むことを勧める

○G・A・エプシュタイン著、徳永潤二・他訳『MMTは何が間違いなのか? 進歩主義的なマクロ経済政策の可能性』東洋経済,2020年12月。
…日本でも最近注目を集めている「現代貨幣理論」(MMT)のマクロ経済政策アプローチの実際の政策への適用可能性について疑問を投げかけている。私は、経済学の教養書として読み、MMTには制度的な分析が欠けている、金融不安定性の危険に無関等の批判は妥当と感じたが、Amazonカスタマーレビューでは複数のMMT支持派が本書を罵倒(☆1つ)。MMTに期待を持っている方への「解毒剤」になると思う。

佐藤学・上野千鶴子・内田樹編『日本学術会議問題の深層』晶文社,2021年1月。
…「日本学術会議任命拒否問題の決定版」の看板に偽りなし。高名な 12人の研究者・ジャーナリストの論文はいずれも力作で、「問題の深層」を多面的に明らかにしている。女性の執筆者(上野千鶴子氏と髙山佳奈子氏)が一番「戦闘的」。木村草太と長谷川恭男氏の憲法学・法学の観点からの検討は明快:日本国憲法で、「学問の自由」(23条)が「思想・良心の自由」(19条)と「表現の自由」(21条)とは別に保障されている理由がよく理解できた(87頁)。三島憲一氏の「学問と民主主義の親近性」は説得力がある(164頁)。永田和宏氏の学問論にまで遡った批判は深い。

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