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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻186号)』(転載)

二木立

発行日2020年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文<「全世代型社会保障検討会議中間報告」をどう読むか?-「社会保障制度改革国民会議報告書」との異同を中心に>を、『日本医事新報』2020年1月14日号に掲載します。本論文は、本「ニューズレター」187号(2020年2月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。


1. 論文:地域医療構想における病床削減目標報道の4年間の激変の原因を考える

(「二木教授の医療時評」(175) 『文化連情報』2020年1月号(502号):16-22頁)

はじめに-病床削減目標報道の怪

厚生労働省は2019年9月26日、再編・統合の検討が必要とする424公立・公的病院の実名公表に踏み切りました【注1】。それを報じた複数の新聞は、併せて厚労省は地域医療構想により、2025年までに病床(一般病床と療養病床。以下同じ)を5万床減らす方針とも報じました。「読売新聞」9月28日朝刊は、「厚労省の推計によると、25年に必要な入院ベッド(病床)全体の数は、18年より5万床ほど少ない」と報じました。「中日新聞」10月21日社説「病院の再編 人口減の危機感共有を」で、「厚労省は今より約5万床減らし119万床にする方針だ」と書きました。ただし、両紙ともその出所・根拠は示しませんでした。

しかし5万床削減は、2015年6月に「2025年の医療機能別必要病床数の推計結果(全国ベースの積上げ)」が発表された時、新聞各紙が一斉に報じた「病床、最大20万削減」の四分の一にすぎず、落差が大きすぎます。そこで、今回はこの理由を探索的に検討します。最後に、厚労省医政局が9月27日に発表した「地域医療構想の実現に向けて」が、地域医療構想の目的を一方的に変更したことを指摘・批判します。

2015年の「20万削減」報道

2015年6月15日、政府の社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」は、「第1次報告-医療機能別病床数の推計及び地域医療構想の策定に当たって」をとりまとめ、それに上述した「2025年の医療機能別必要病床数の推計結果」が含まれていました(図1)。それによると、「現状」(2013年)の病床数は134.7万床(医療施設調査)、「2025年の必要病床数(目指すべき姿)」は115~119万床とされました。両者の差は15.7~19.7万床であり、それを新聞各紙は「最大20万削減」とセンセーショナルに報じたのです。ここで「必要病床数」とは、2025年の推計入院患者数を病床機能別平均病床利用率で除するなどして算出した病床数です。

なお、当時、私は病床の大幅削減は困難と判断する理由を示し、2025年の病床数は現状の135万床前後になると予測しました。併せて、今後、「後期高齢者が急増しても[一般]急性期の医療ニーズは減らない」ため、急性期病床の大幅削減は困難とも予測しました【注2】(1)

2017年には「15万床削減」報道

2017年3月には全都道府県の地域医療構想がまとまり、全国の2025年の必要病床数は119.1万床に確定しました。これは2013年の病床数134.7万床より15.6万床少ない数値でした。これを受けて、「朝日新聞」4月2日朝刊は、「入院ベッド15万床削減」と大きく報じました。

「5万床削減」報道の根拠

それに対して、今回の「5万床削減」報道の根拠・出所は明示されていません。そこで友人の厚労省関係者にも問い合わせて調べたところ、それの出所は2019年5月23日の内閣府・経済財政一体改革推進委員会第32回社会保障ワーキング・グループに、厚労省が提出した資料「地域医療構想と全国保健医療情報ネットワークについて」の「病床機能ごとの病床数の推移」(7頁。図2)であると推定できました。この図は、同年6月7日の厚労省・第1回医療政策研修会第1回地域医療構想アドバイザー会議の資料1「地域医療構想」にも含まれました。しかし、同年7月10日の中医協総会に提出された同名の図では、なぜか「2025年の病床の必要量」が削除されていました。

ともあれ、図2では2018年の病床数(病床機能報告)が124.6万床とされています。それに対し、「2025年の病床の必要量」は上述したように119.1万床であり、その差が5.5万床になるのです。「はじめに」で述べた「読売新聞」記事と「中日新聞」社説はこの図を根拠にして、2025年までに5万削減と報じたのだと思います。

ただし、2015年時の「現状」の病床数は「医療施設調査」による許可病床数であり、それには非稼働病床も含まれていましたが、「病床機能報告」の病床数は稼働病床だけで、しかも未報告病床は含まれません(未報告率は2018年で5.0%)。図2には「医療施設調査」の病床数はなぜか含まれておらず、議事要旨にも、それを除いた理由は書かれていませんでした。

ちなみに、2015年の「2025年の医療機能別必要病床数の推計結果」にも、2014年の病床機能報告による病床数123.4万床が記載されており、これは上述した「医療施設調査」の134.7万床より11.3万床も少なくなっていました。この123.4万床を基準にするなら、2025年の必要病床数119.1万床との差は、わずか4.3万床に縮小します。ただし、当時、厚労省も日本医師会も、「医療施設調査」の病床数と、「病床機能報告」による病床数と、2025年の「必要病床数」は定義が異なるので、比較はできないと繰り返し強調していました。

このことを踏まえた上で、仮に今後5万床削減が目指されているとしたら、現在約13.1万床ある介護療養病床と医療療養病床(25対1)の大半が2023年度末までに「介護医療院」に移行し、制度上は病院病床でなくなることを考慮すると、5万床の病床削減はごく自然に「超過達成」できることになります。

なお、2019年10月28日の経済財政諮問会議で民間議員は「地域医療構想の実現」のため、「官民合わせて過剰となる約13万床の病床削減」を提案しましたが、その算出根拠は示しておらず、単なる「願望表明」と言えます。

厚労省は病床削減目標を明示していない

ここで注意すべきことが2つあります。1つは、厚労省は2015年にも、2017年にも、2019年にも、2025年の「必要病床数」を示すだけで、具体的な病床削減目標を示していないことです。これは、地域医療構想においては、各都道府県で関係者の「協議」を踏まえて、構想区域(第二次医療圏)ごとの必要病床数(総数、病床機能別病床数)を決定するとされている以上当然です。

逆に言えば、上述した「20万床削減」、「15万床削減」、「5万床削減」報道は、地域医療構想の趣旨を踏まえていないフライング、厳しく言えば誤報と言えます。

ただし、小塩誠氏(宮崎市郡医師会病院経営情報課兼建設推進課)の「全国の地域医療構想の質的評価に関する研究」によれば、全国47都道府県の地域医療構想で、「病床削減等の誤解払拭に関する記述」があるのは44.7%、それと入院医療需要の適切な記載の両方があるのは17.0%(8県)にとどまっていました(2)。このことは大半の都道府県の担当者は新聞報道と同様の誤解をしていることを示唆しています。

私はこのことを知って、2000年代初頭に吹き荒れた「一般病床半減説」を思い出しました。当時、厚労省幹部は急性期病床の半減説(正確には「収斂」・「集約」説)を提起したのですが、一部の医療ジャーナリストや病院関係者は「急性期病床=一般病床」と誤認し、厚労省が「一般病床」を半減させようとしていると主張したのです。今では信じがたいことですが、「2011年、病院は3000まで減少する?」との扇情的な特集を組む医療経営誌もありました(『Phase 3最新医療経営』2002年8月号)。しかしその後、一般病床には急性期以外の病床(亜急性期病床。現在の回復期病床)も含まれることが明らかになり、「一般病床半減説」は崩壊しました(3)

病床削減で「入院医療費を3兆円抑制できる」??

もう一つ注意すべきことは、厚労省は病床削減による入院医療費削減「効果」にまったく言及していないことです。それに対して、官邸や経済財政諮問会議(民間議員)は、病床削減により入院医療費を大幅に削減できると期待しています。例えば、上述した10月28日の経済財政諮問会議で新浪剛史議員は「無駄なベッドの削減は増加する医療の抑制のために大変重要」と発言しています(「議事要旨」2頁)。

冒頭紹介した「読売新聞」記事も、総病床の5万床削減に続いて、「『高度急性期・急性期』の病床数は、18年から25年までに20万床も減らす必要がある」と書いた上で、政府の社会保障制度改革推進本部で専門調査会委員を務める土居丈朗慶應義塾大学教授が「推計通りに病床数を削減できれば、入院医療費を3兆円抑制できる」と試算していると報じています。記事にはその根拠は書かれていなかったので、土居氏に直接問い合わせ、氏のホームページに公開されているパワーポイント資料を教えて頂いたのですが、「地域医療構想を反映」等、抽象的に書かれているため、「追試」できませんでした(4)

そこで、①高度急性期・急性期病床の1日当たり平均入院医療費5万円(「平成29年度病院機能別制度別医療費等の状況」の「一般病床のみの病院」の1日当たり入院医療費)、②それらが20万床削減されると仮定すると、削減額は5万円×365日×20万床=3.65兆円となります。

ただし、その場合、20万床の高度急性期・急性期病床はなくなるのではなく、大半が回復期病床(地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟等)に移行します。それら病床の1日当たり入院医療費が約3~3.5万円であることを考えると、削減額は上記の半分以下になります。さらに、既存の高度急性期・急性期病院の統合により病床数が削減される場合には、医療機能の向上により、統合病院の1日当たり入院医療費は大幅に増加します。そのため、高度急性期・急性期病床全体の入院医療費は大きくは減らず、逆に増加する可能性も十分にあります。

私は、今後、病床の正味の減少は主として、①非稼働病床の廃止と②介護療養病床(医療法上は病院病床だが「介護保険施設」でもあり、費用は介護保険で賄われている)の介護医療院への転換によって生じると判断していますが、これによって入院医療費はまったく削減されません。私は、厚労省はこのようなメカニズム・実態を熟知しているため、病床削減による入院医療費の削減については沈黙を守っているのだと思います。

おわりに-医政局は地域医療構想の目的を変更

以上、2015~2019年の地域医療構想における病床削減目標報道の激変の原因を探ってきました。

最後に、厚労省医政局は、冒頭に述べた424病院再編リスト公表後の自治体・病院関係者の激しい反発を受けて、9月27日に公表した「地域医療構想の実現に向けて」で、地域医療構想の目的を一方的に変更したことを指摘・批判します。

それは、この文書は、冒頭、「地域医療構想の目的は、2025年に向けて、地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築することです」と述べ、従来の文書では必ず「効率的」とワンセットで書かれていた「質の良い(高い)医療」または「効果的医療」という表現を削除していることです。

厳しく言えば、これは医療介護総合確保推進法(2014年)の第3条「厚生労働大臣は、地域において効率的かつ質の高い医療提供体制を構築するとともに地域包括ケアシステムを構築することを通じ、地域における医療及び介護を総合的に確保するための基本的な方針を定めなければならない」から逸脱しています。

歴史的に言えば、厚労省が医療政策文書で「効率的医療」を最初に提起したのは、1987年の「国民医療総合対策本部中間報告」ですが、その時にも「良質で効率的な国民医療」、「『質の良い』医療サービスを『効率的』に供給していくためのシステムづくり」と書いていました。それ以降30年以上、厚労省文書と政府文書では、この複眼的表現が踏襲されていました。

例えば、21世紀に入ってもっとも厳しい医療費抑制政策を断行した小泉純一郎内閣でさえ、2003年の閣議決定「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」で、以下のように述べました。「診療報酬体系については、少子高齢化の進展や疾病構造の変化、医療技術の進歩等を踏まえ、社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療が効率的に提供されるよう、必要な見直しを進める」。

それに対して、医療関係者には、現在でも「医療効率化=医療費抑制」と理解している方が少なくないので、「地域医療構想の目的=医療費抑制」との誤解が生じ、それが各都道府県・構想区域で地域医療構想を具体化する際の妨げになりかねません。それだけに、今回医政局が地域医療構想の目的から、(不用意に?)「質の良い」・「効果的」医療といういわば「省是」とも言える表現を削除しことは重大であり、速やかに訂正すべきと思います。「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(『論語』巻第一学而第一・八)。

【注1】公立・公的病院の実名公表は官邸や経済財政諮問会議の圧力?

私は、今後人口が減少し、入院ニーズが減少する地域では、病院の再編・統合が必要になることは理解しています。しかし、全国一律の機械的基準を用い、しかも2年前(2017年)の古いデータを用いて、再編・統合の検討が必要とする病院を選別し、実名を公表する今回のやり方は、都道府県・構想区域(第二次医療圏)での関係者の「協議」を踏まえて地域医療構想を作成するという手順・精神に反し、あまりに乱暴です。そのために、厚労省は発表直後から、謝罪・釈明に追われています。

拙論「経産省と厚労省の医療・社会保障改革スタンスの3つの違い」で指摘したように、小泉内閣時代と比べると、最近の厚労省の医療施策は、相当エビデンスに基づいており、しかも関係団体との可能な限りの合意形成を踏まえて行われるようになっています(5)。しかし今回のやり方はそれと真逆です。

そのために私は、今回の公表の背景には、病床削減が当初の思惑通りに進まないことにいらだちを強めた官邸や経済財政諮問会議からの強い圧力があった可能性が強いと判断しています。ただし、現時点ではそれの「物証」はありません。

今回の公表のもう一つの背景としては、相当数の都道府県の担当者が、自都道府県で病床数の削減の議論が進まないことに危機感を持ち、厚労省にいわば「ショック療法」として、病院の実名を公表するよう迫り(「病院名公表のようなプレッシャーがないと地元での議論が進まない」等)、厚労省医政局がそれに(積極的に?)応えたことも考えられます。このことは、本稿の「草稿」を読んで頂いた、厚労省と各都道府県の内情に詳しい複数の方からお聞きしました。

【注2】2015年に病床の大幅削減が困難と判断した理由

私が、2015年に病床の大幅削減が困難と判断した理由は以下の通りです。少し長いですが、重要な論点なので、全文を引用します(1:55頁)。

<高度急性期・急性期病床の大幅削減が困難な理由は以下の3つです。

①医療資源の集中投入なしに平均在院日数短縮と病床削減を行うと、医療者の疲弊・医療荒廃が生じるからです。

②現在は急性期病床の「境界点」とされている「医療資源投入量:C2:(1日当たりの出来高点数600点)」を下回る急性期病院の多くが、診療密度を高めて、境界点を上回るための経営努力を強めるからです。

③最近、厚生労働省の武田俊彦大臣官房審議官が強調しているように、「高齢者の受け入れについては、主に二次救急医療機関が多くを担っているので、二次救急の対応能力の底上げが必要」(『社会保険旬報』6月1日号:13頁)ですが、急性期病床の大幅削減はそれに逆行するからです。>

慢性期病床の大幅削減のためには、「第1次報告」が強調しているように、「医療・介護のネットワークの構築」が不可欠ですが、今後の(低所得)単身者の急増や家族の介護能力の低下、地域社会の「互助」機能の低下を考えると、今後10年間で30万人もの患者を「在宅医療等」に移行させるのはほとんど不可能です。しかも、重度患者の在宅ケアの費用は、施設ケアに比べて相当高額です。>

私はこの時点では、高度急性期病床と急性期病床を一括して論じていましたが、その後、両者を区別する必要があると気づき、次著『地域包括ケアと福祉改革』では、「高度急性期病床の集約化・削減」は必要と判断を変えました(6)。その理由は、病床機能報告で、多くの大学病院が全病床を「高度急性期」と自己申告しているのは実態に合わないからです。

なお、2025年の病床数は現状の135万床前後(2013年医療施設調査)になるとの私の予測は決して「現状追認」ではなく、実質17万床の削減を意味します。その理由は、図1に示されているように、今後、「機能分化をしないまま高齢化を織り込んだ」場合、2025年の必要病床数は152万床となり、現在の135万床より17万床多くなるからです。そして、私は17万床の実質削減は十分に可能だと判断し、その4つの理由をあげています(7)

文献

[本稿は『日本医事新報』2019年12月7日号(4989号)に掲載した「地域医療構想における病床削減目標報道の怪-20万床減から5万床減へ?」(「深層を読む・真相を解く」(92))に大幅に加筆したものです。]

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2. 論文:医療経済学の視点・基礎知識と最近のトピックス

(『医学のあゆみ』271巻8号(2019年11月23日号):691-693頁)

日本では、今後、超高齢社会化により医療ニーズが急増する反面、厳しい財政事情のためニーズの増大に対応して、それの財源を大幅に拡充することは困難である。そのために、医療専門職には、効果的・効率的な医療を公平に提供することが求められるようになっており、そのためには、医療経済学の基礎知識が不可欠である。

本稿では、以下の5点について解説する。①経済学には2つの潮流がある。②「効率」は医療費抑制と同じではない。③医療の効率を考える上での留意点は3つある。④医療効率・医療の経済評価を行う主な手法は3つある。⑤医療の経済評価では短期的視点と長期的視点を区別する必要がある。

経済学には2つの潮流がある

まず強調したいことは、自然科学や医学と異なり、経済学を含めた社会科学には、常に複数の潮流・学説があることである。自然科学や医学でも、自然現象や疾病の理解について論争があることは珍しくないが、長期的に見れば、実験や実証研究が積み重ねられることにより、1つの見解・理論に収斂するのが普通である。それに対して、社会科学では社会・人間についての異なる見解・学説(多くの場合は根本的な価値観の対立も含む)が存在・併存するのが一般的で、長期的にもそれらが1つに収斂することはほとんどない。

経済学および医療経済学にもさまざまな潮流・学説があるが、現在では次の2つが有力である。1つは市場原理に基づく資源配分を絶対化する「新古典派」、もう1つは市場の役割を認めつつもそれが各国の制度・歴史に制約されることを強調する「制度派」である。経済学全体では新古典派が主流だが、医療経済学では制度派が有力である。日本で最も高名な制度派経済学者は故宇沢弘文先生であり、先生は医療を「社会的共通資本」と位置づけた。この立場からは、医療は、市場原理(支払い能力)ではなく「ニーズ」に基づいて、国民・患者に公平に提供すべきとされる。

経済学の潮流についての最新・最良の著書は権丈善一『ちょっと気になる政策思想-社会保障と関わる経済学の系譜』(勁草書房,2018)である。なお、私は本書の書評(『日本医事新報』2018年10月20日号:66頁)の最後で、以下のように述べた。「最後に、本誌の読者が経済学者の書いた本や論文を読む際のアドバイスを2つします。1つは、その著者が経済学のどちらの系譜に属するのかをチェックすることです。『左側』と『右側』では、政策提言はもちろん、『問いの設定』もまったく異なるからです。もう1つは、執筆者が事実認識と価値判断(政策提言)を峻別しているかです。両者を区別せず、『経済学的には○○である』と断定的に書いている執筆者は要注意です」。ちなみに、私自身は事実認識と価値判断を峻別し、後者について述べる時は、「私は○○と考えている(考える)」と明記するようにしている。

「効率」は医療費抑制とは同じではない

私は医療経済学を学ぶ上で一番重要なことは、経済学的な意味での「効率」について正確に理解することであると考えている。効率とは原理的には「資源(コスト)」をもっとも有効に用いて最大の効果を引き出すこと、費用対効果比を改善することであり、医療費抑制とは原理的に異なる。

現実には、医療の効率化により医療費が節減されることが多いが、逆にそれにより医療費が増える場合が少なくとも2つある。1つは、費用は増えるがそれ以上に大きな効果を生み出す新しい画期的な医療技術が開発された場合。もう1つは、医療ニーズに比べて、医療供給が不足している分野では、医療効率化による在院日数の短縮により総医療費が増加する。その好例が、脳卒中の早期リハビリテーションで、それにより、廃用症候群の予防、機能障害やADLの改善等の医学的効果が向上するだけでなく、平均在院日数も短縮する。その結果、入院患者1人当たりの医療費は減少し、医療効率は向上するが、平均在院日数の短縮に伴い、入院患者総数が増加することにより、総医療費は逆に増加する。

そのため、最近の医療の経済評価(費用対効果評価)では、費用を増やす新技術・サービスでも、既存の医療技術・サービスに比べて「増分費用効果比」が優れているまたは過大な費用増加をもたらさない場合(暫定の「基準値」は年間500万円。透析費用とほぼ同額)には、公的医療保険での給付が許容されるようになっている。

政府公式文書で、経済学的に正しい「効率・生産性(向上)」の包括的説明を初めてした文書は、厚生労働省・新たな福祉サービス等のあり方検討プロジェクトチーム「誰もが支え合う地域の構築に向けた福祉サービスの実現-新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(2015年9月。ウェブ上に公開)である。それの改革の第2の柱「サービスを効果的・効率的に提供するための生産性」では、まず「生産性とは、生産資源の投入量と生産活動により生み出される産出量の比率として定義され、投入量に対して産出量の割合が大きいほど効率性が高いことを意味する」と述べ、次に「生産性向上に向けた具体的な取組」として、「①先進的な技術等を用いた効率化」、「②業務の流れの見直し等を通じた効率化」、「③サービスの質(効果)の向上」の3つをあげている(「ビジョンの」包括的分析は、二木立『地域包括ケアと福祉改革』勁草書房,2017,56-67頁)。

医療政策で「効率」(「良質で効率的な医療」)が提起されたのは、1987年の厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」が最初だが、その時には「効率」の定義は示されず、しかもそれはほとんど医療費抑制政策と同じ意味で使われた。それ以降も、厚生労働省の医療政策の公式文書で「効率」の定義が示されたことはない。

医療の効率を考える上での留意点は3つある

以上述べた効率の定義は、医療に限らず一般のモノやサービスの生産にも共通している。私は、医療の効率を考える場合には、以下の3点に留意する必要があると考えている。①医療効率を考える前提として、国民・患者が最適な医療を受ける権利を公平に保障する。②資源(コスト)の範囲を広く社会的次元で把握し、公的医療費以外の私的な医療費負担、金銭表示されない資源・費用(家族介護やボランティア等)も含む。③効果を総合的、多面的、科学的に評価する。これら3つのうち、①は私の価値判断だが、②と③は医療経済学研究者の共通の理解である。

私がこの3原則を提起したのは1989年第10回九州地区理学療法士・作業療法士合同学会特別講演「リハビリテーション医療の効果と効率を考える」(二木立『90年代の医療』勁草書房,1990,90-122頁)である。私は、この視点は故宇沢弘文先生の「社会的共通資本」に通じると考えている。

上記②の視点に基づき、公的医療・介護費(「マネーコスト」)に家族介護等の「インフォーマルケア費用」を加えた、在宅・地域ケアの「リアルコスト」は、施設ケアよりも高い。この点についての最新文献は2017年のOECD報告書で、加盟15か国のデータに基づいて、重度の障害高齢者の在宅フォーマルケアの1週当たり費用は12,000米ドルであり、施設ケアの費用9,000ドルを大幅に上回っていると報告している("Tackling Wasteful Spending on Health" 2017,pp.208-209)。

最近は、厚生労働省幹部もこのことを公式に認めている。鈴木康裕保険局長(現・医務技監)は次のように述べている。大事なのは、在宅が安いと思われがちですが、サービスを"移動"して提供しなければいけないので、明らかに機会費用が生じます。特に医師は人件費が高く、移動が高額になります。その意味では、本当に孤立した自宅が効率的なのか、それともサ高住のように集まって居住し、下の階や近隣に診療所や訪問看護ステーションがある方がよいのか、在宅のサービス提供のあり方を考えなくてはいけません」(『病院』2016年12月号:930頁)。

この点に関連して、厚生労働省の地域包括ケア政策について見落とすべきではないことを2つ指摘する。①厚生労働省が目ざしているのは「自宅(マイホーム)中心」のケアではなく、「在宅中心のケア」であり、「在宅」には自宅だけでなく、有料老人ホームやサ高住、さらには特別養護老人ホーム等、病院以外の施設が含まれる。②厚生労働省は地域包括ケアの推進により医療・介護費が抑制できるとは言っていない。私は、この2つは合理的であると考えている。

医療効率・医療の経済評価を行う主な手法は3つある

次に、医療効率・医療の経済評価を行う手法についてごく簡単に紹介する。この学問領域は以前は「臨床経済学」と呼ばれることが多かったが、現在では「医療の経済評価」という用語が定着している。主な手法は3つあり、提唱された順に、費用便益分析、費用効果分析、費用効用分析である。学問的には、近年は、「効用」をQALY(質調整生存年)で測定する費用効用分析が主流になっているが、QALYには人間の命を価値付けするとの強い批判がある。この難問を避けるためには、医療の経済的評価では、「効果」を実物表示する(機能障害やADLの改善等)費用効果分析の方が望ましいと私は考えている。

経済評価を行う場合、「介入群」の費用に「介入費用」を加えることが不可欠である。これを含めないと、見かけ上の費用抑制・効率化が生じる。その典型が、生活習慣病予防のための健診・保健指導事業の経済評価での介入費用の無視である。例えば、厚生労働省「特定健診・保健指導の医療費適正化効果等の検証のためのワーキンググループ」の「中間とりまとめ」(2014年11月)は、特定保健指導の積極的支援の参加群の1人当たり外来医療費は非参加群に比べ、年間5000~7000円低いと発表したが、参加群の介入費用は1人当たり約18,000円であり、外来医療費「節減」額を大幅に上回っている(二木立『地域包括ケアと地域医療連携』勁草書房,2015,206頁))。

今後は医薬品・医療技術の費用(製造原価等)が高いことを理由にした診療報酬の高い値付けは望めない。例えば、2018年4月の診療報酬改定では、ロボット支援手術の保険適用は拡大されたが、それの内視鏡下手術に比べた有意性は示されなかったため、「加算」は見送られた(「2018年診療報酬改定でのロボット支援手術の保険適用拡大の政策的・歴史的評価」、二木立『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』勁草書房,2019,108-122頁)。

医療の経済評価では短期的視点と長期的視点を区別する必要がある

例えば、脳卒中のリハビリテーションを発症後早期から開始するとともに、「病院・施設間ネットワーク」(今流に言えば、「地域包括ケア」)を徹底した場合、「短期的」には総費用は相当削減できる。ただし、脳卒中患者の多くは、たとえ本格的にリハを行っても、なんらかの障害が残ることが普通なので、「長期的」には脳卒中の再発や他疾患の併発により、累積医療費が増加する可能性が高い。言うまでもなく、だからリハビリテーションは不要とはならない。リハビリテーションは費用抑制ではなく、あくまで患者・障害者のQOLの改善を目的とすべきである。

このことは健康増進・予防活動等にも当てはまる。例えば、禁煙により禁煙者の医療費は短期的には減少するが、余命の延長で生涯・累積医療費は増加する。しかし禁煙は、短期的にも長期的にも、本人の健康だけでなく、家族・社会のQOLを改善する。安倍晋三内閣の「全世代型社会保障改革」では「健康寿命延伸プラン」が柱となっており、それにより医療・介護費が抑制されると見込んでいるが、この前提はきわめて危うい。

[2018年11月2日 第2回日本リハビリテーション医学会秋季学術集会シンポジウム&ディベイト1「これからの回復期リハ医学・医療:質と量の観点から」での報告に加筆した。]

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3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算
166回)(2019年分その10:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○慢性疾患[を持つ成人]患者のセルフマネジメント改善に対するナッジの効果:体系的文献レビュー
Mollenkamp M et al: The effectiveness of nudges in improving the self-management of patients with chronic diseases: A systematic literature review. Health Policy 123(12):1199-1209,2019[文献レビュー]

本体系的文献レビューは、慢性疾患を有する成人患者のセルフマネジメント改善に対するナッジの効果のエビデンスを同定し、政策的推奨を引き出す。2018年8月12日までに発表された、あらゆる研究デザインの実証研究を含んだ。研究結果をナラティブに統合するとともに、異なるタイプのナッジの一次的研究アウトカムに対する効果の統計的有意性と方向を比較した。最後に、ナッジをその操作性と透明性の程度に応じて分類した。

ナッジの効果を分析した26の研究を同定し、そのうち13は研究の質が高いか中等度だった。ナッジのタイプは多様であり、それを9つに分けた。もっとも多く検討されたナッジはリマインダー(reminder.念押し)、計画の促進(planning prompts)、少額の金銭的インセンティブとフィードバックであった。全体としては、高度・中等度の質の研究で、セルフマネジメント・アウトカム(身体活動、活動への参加、セルフ・モニタリング、服薬遵守)に焦点を当てた9研究のうち、8研究は有意の正の効果を見いだしていた。しかし、高度・中等度の質の研究で、疾病管理のアウトカム(HbA1cの改善や再入院の減少)を分析した4研究のうち、ナッジ群で有意の正の効果を認めたのは1研究だけだった。

以上の結果は、ナッジは慢性疾患のセルフマネジメント[プロセス-二木]を改善しうるが、ナッジが疾患管理[のアウトカム]を改善しうるとのエビデンスは、現時点ではまだほとんどないと要約できる。リマインダー、フィードバックと計画促進は慢性疾患のセルフマネジメントを一番確実に改善し、ナッジの諸タイプで否定的意見が一番少ない。そのため、それらは政策担当者に推奨できる。ただし、さらにエビデンスが示されない限り、ナッジの慢性疾患管理改善効果に過度に期待すべきではない。

二木コメント-慢性疾患のセルフマネジメントに対するナッジの効果についての、初めての体系的文献レビューとのことです。ナッジはセルフマネジメントの「プロセス」は改善するが、「アウトカム」の改善はまだ確認されていないとの結論は妥当と思います。上記抄訳の最後の1文の警告は、論文本体の最後の1文で、これが執筆者の真意と思います。私は「予防・健康づくりで個人に対する金銭的インセンティブや「ナッジ」はどこまで有効か?」(『日本医事新報』2019年4月6日号(4954号):20-21頁。本「ニューズレター」178号(2019年5月)に転載)で、「ナッジ概念は非常に魅力的ですが、極めて多義的であり、私はこの本[セイラー『行動経済学の逆襲』]を読んだ時、何でもかんでもみんなナッジに含むことが気になりました」と書きましたが、この論文を読んでその気持ちが強まりました。なお、本研究ではナッジの医療費に与える影響は検討されていませんが、上記結論から、ナッジは医療費にはほとんど影響しないと推察できます。

○[アメリカでの]救急部門の閉鎖と開設:近隣病院の患者のアウトカムに対する波及効果
Hsia RY: Emergency department closures and openings: Spillover effects on patient outcomes in bystander hospitals. Health Affairs 38(9):1496-1504,2019[量的研究]

稼働率の高い病院は、目一杯稼働しているため、近隣病院の救急部門の閉鎖と開設の影響を受けやすい可能性がある。2001-2013年の全米の全病院救急部門のデータを用いた後方視的分析により、近隣病院の救急部門の閉鎖または開設に直面した病院における急性心筋梗塞患者の治療と死亡率の変化を検討した(3720病院の患者114.4万人)。治療を行った救急部門と一番近い病院の救急部門との移送時間の変化を、救急部門閉鎖または開設の代理変数として用いた。救急部門が閉鎖され、近隣の稼働率の高い救急部門への移送時間が30分以上増加した場合、心筋梗塞患者の1年後死亡率は2.39%ポイント、退院後30日以内の再入院率は2.00%ポイント上昇し、経皮的冠動脈形成術(PCI)施行率は2.06%ポイント低下した。逆に近隣病院に救急部門が開設し、患者の移送時間が30分以上短縮した場合、当該病院の退院後30日以内の死亡率は低下し、PCI施行率は上昇した。以上の結果は、稼働率の高い病院は救急のための追加的資源が限られているため、近隣病院の救急部門の閉鎖・開設の影響を受けやすいことを示唆している。

二木コメント-全米の救急部門のビッグデータを用いた研究です。本「ニューズレター」ではアメリカの病院救急部門の閉鎖の影響についての研究を何本か紹介してきましたが、それらはいずれも州レベルの研究でした。要旨には書かれていませんが、日本人から見て驚くべきことは、アメリカにおける病院救急部門の開設と閉鎖の多さで、2001-2013年の閉鎖累計は898(年平均69)、開設累計は494(同38)で、正味404の減少です(1499頁)。本研究は、救急部門の閉鎖・開設を検討する際は、救急部門の稼働率に加えて、地域単位での検討が必要であるあることを示しています。

○[オーストラリアにおける]病状悪化のための亜急性期病院から急性期病院への緊急病院間移送の特性とアウトカム
Considine J, et al: Characteristics and outcomes of emergency interhospital transfers from subacute to acute care for clinical deterioration. International Journal for Quality in Health Care 31(2):117-124,2019[量的研究]

本研究の目的は、病状悪化のための亜急性期病院から急性期病院への緊急病院間移送の特性とアウトカムを記述し、ハイリスクの緊急病院間移送に伴う特徴を同定するための、内的妥当性のある予測モデルを開発することである。前向きの症例・時間・対照研究を、オーストラリア・ビクトリア州の5医療圏の急性期と亜急性期病院で行った。参加者(対象)は亜急性期病院から急性期病院に緊急移送された患者である。個別の症例ごとに、同じ日に、同一の亜急性期病院に入院した2人の患者を対照群とした。入院エピソードを測定単位として、データを前向きに収集した。主たるアウトカム指標は、患者と入院時の特性、移送時の特性、重度有害事象及び死亡である。

557人の移送患者(移送は603回)と1160人の対照患者のデータを収集した。移送患者で有意に多かったのは男、英語圏以外の外国で生まれた患者、機能的自立度が低かった患者、バイタルサインの測定が頻回に必要な患者、最初の急性期病院入院または亜急性期病床病院入院時に重度有害事象があった患者であった。医療サービスで調整すると、移送患者は入院死亡率、予定外のICU入院率、入院全体での緊急チーム呼び出しが、有意に多かった。この結果に基づいて、内的妥当性のある予測モデルを開発したが、このモデルを実際に使うためには更なる精緻化・精査が必要である。

二木コメント-論文名は魅力的ですが、分析は平板で、結果も月並みかつ竜頭蛇尾です。

○[オランダにおける]1件の病院合併の価格効果:医療保険、病院の生産物と病院の所在地での不均一性
Roos A-F, et al: Price effects of a hospital merger: Heterogeneity across health insurers, hospital products, and hospital location. Health Economics 28(9):1130-1145,2019[量的研究・事例研究]

病院合併についてのほとんどの研究では観察単位は合併された病院であるが、観察された価格は合併された病院と合併した病院の両方の生産物と保険者で重み付けされた平均価格の変化である。しかし、価格効果が病院の所在地、生産物および支払い者間で変動するか否かはほとんど知られていない。我々は既存の交渉モデルを拡張し、不均一価格効果を検討できるようにし、併せて差の差モデルを用いて、オランダの2病院(合併する側の病院と合併される側の病院)の合併前後の価格変化を比較した。その結果、保険者(5種類)、病院の生産物(大腿骨頭置換術、膝関節置換術、白内障手術)、病院の所在地を通して、不均一価格効果のエビデンスを見いだした。この知見は合併の事前・事後審査に示唆を与える。

二木コメント-これも論文名は魅力的ですが、本文はオランダにおける1件の病院合併についての詳細な事例研究であり、その結果を普遍化しようとする「度胸」には驚かされます。

○[アメリカにおける]アカウンタブル・ケア組織の利用、医療とアウトカムに与える影響:体系的文献レビュー
Kaufman BG, et al: Impact of accountable care organizations on utilization, care, and outcomes: A systematic review. Medical Care Research and Review 76(3):255-290,2019[文献レビュー]

アメリカでは2010年以降、少なくとも900のアカウンタブル・ケア組織(ACOs)が形成され、それらは公的・私的保険と1300を超える支払い契約を結び、全人口の10%をカバーしている。しかし、支払い者(保険者)全体でACOsが医療とアウトカムに与える影響についてのエビデンスの体系的評価はまだない。本レビューは公的・私的ACOsと医療サービスの利用、プロセス、アウトカムとの関連についてのエビデンスの質を評価する。メディケア、メディケイド、営利保険、および全保険と契約したACOsについて検討したそれぞれ24,5,11,2文献、合計42文献を同定した。

保険種類を問わず、ACOsとアウトカムとの関連がもっとも強かったのは、入院利用の減少、救急部門受診の減少、予防医療と慢性疾患管理の指標の改善だった。患者の経験または医療の臨床的アウトカムを評価した7文献では、ACOsが医療アウトカムを悪化させたとのエビデンスは認められなかった。しかし、ACOsが患者の医療とアウトカムに与える影響は今後も継続的にモニターすべきである。

二木コメント-2010年に成立した「オバマケア」で新たに創設された「アカウンタブル・ケア組織」(医療供給者が保険者と医療費、医療の質に共同責任を持つが、支払い方式等は多様)との効果・影響に対する最新の長大文献レビュー(36頁)であり、アメリカ医療の研究者必読と思います。上記「要旨」では、ACOsの効果が強調されていますが、本論文の「考察」では、各文献のエビデンスの質は全体として低く、結果にも「バラツキがある」(mixed)とされています。本論文ではACOsの医療費全体に与える影響は検討されていませんが、本論文の既存研究のレビュー部分(256頁)ではACOsの医療費抑制効果はあってもごくわずかで、しかも初期投資を含めると総費用は逆に増加する可能性があるとされています。

○[アメリカの]営利アカウンタブル・ケア組織が医療費、医療利用及び医療の質に与えた5年間の影響
Zhang H, et al: Five-year impact of a commercial accountable care organization on health care spending, utilization, and quality of care. Medical Care 57(11):845-854,2019[量的研究]

アカウンタブル・ケア組織(以下、ACOs)は、価値に基づく代替的支払いモデルで、医療の質を改善し、総費用の伸びを抑制し、地域の健康水準も改善するとされ、オバマケアが2010年に成立して以降急増している。しかし、継続参加者を含むACOsについての縦断調査はごく少なく、そられも大半は短期間のものである。本研究の目的は、営利ACOが継続参加者の医療費、医療利用及び医療の質に与えた長期間の影響を評価することである。研究デザインは後方視的コホート研究とプロペンシティで重み付けをした差の差法で、それにより2つのACOs参加のコホートと1つのACOs非参加(しかしHMOには加入)のコホートの2010-2014年の5年間のパフォーマンスの差を調査した。対象は2010-2014年に全米最大の営利HMOに継続的に加入していた40,483人(ACO参加11,958人、非参加20,275人)であり、彼らの外来・入院の医療費、医療利用と様々な質指標を測定した。

その結果、ACO参加群は非参加群に比べ、(1)最初の2年間の入院・外来・総医療費が高かったが、残りの3年間では有意差はなくなった。(2)最後の2年間、外来医療費は低くなったが、これはプライマリケア医受診の減少と専門医・検査・画像診断の費用が低かったからである。(3)入院医療費、入院率、および質指標については、5年間のほとんどで差はなかった。(4)予防と糖尿病に関するいくつかの質指標は、ACO参加群の方が5年間のうち1年以上で高かった。以上から、営利ACOは外来のプロセス指標をわずかに(modestly)改善し、外来医療費の伸び率を事業開始後4年目に改善したが、入院の医療費、医療利用および質指標に対する影響は無視できるほど小さい(negligible)と結論づけられる。

二木コメント-1つの営利HMOの加入者をACO参加者と非参加者に分けて5年間も追跡した貴重な事例研究です。ACOは制度化当初は、医療の質を改善しつつ、医療費(の伸び率)を抑制すると喧伝されましたが、少なくとも医療費抑制効果は幻想であることが(再)確認されたと言えます。

○[アメリカにおける]小売りクリニック[コンビニ・クリニック]とそれ以外の医療提供形態を比較する:費用、質と患者満足度の体系的文献レビュー
Hoff T, et al: Comparing retail clinics with other sites of care - A systematic review of cost, quality, and patient satisfaction. Medical Care 57(9):734-741,2019[文献レビュー]

小売りクリニックは、ウオークイン・クリニック、コンビニ・クリニックとも呼ばれ、プライマリケアサービスの一部のみを提供する、予約なしで診察を受けられる、ナースプラクティショナー等の非医師の医療提供者が多い、患者にとって便利な時間帯や場所で開業している等の共通点がある(以下、総称として「コンビニ・クリニック」と記述)。それは過去10年間に10倍以上増え、2018年には全米で2000施設に達したと推計されている。コンビニ・クリニックのプライマリケアの代替的提供形態としての人気が高まっていることを踏まえると、それが患者アウトカムに与える影響を調査することは重要である。本論文の目的はアメリカにおけるコンビニ・クリニックについて、質、費用と患者満足度の3側面から体系的文献レビューを行うことである。文献検索は4種類のデータベースを用いて行い、実証研究で、コンビニクリニックの医療(質、費用、または患者満足度)についての知見を示している15文献を選択した。

多くの文献(9)は民間医療保険等の医療費請求業務データベースから、患者のアウトカムデータを得ていた。9文献は費用を、6文献は質を評価し、患者満足度を評価した文献は1つだけだった。全体として、コンビニクリニックは他のプライマリケア形態に比べて、低コストという点では優れていた。他面、質と患者満足度についてのエビデンスはごくわずかしかないか、結論が明らかではなかった。以上から、今後のコンビニ・クリニックの医療についての研究はもっと厳格な研究デザインに基づいて、もっと良質の尺度を用い、業務上の医療費請求データにはできるだけ依存せず、コンビニ・クリニックの成長に関わりのある利害関係者から独立して行うことが必要だと結論づけられる。

二木コメント-コンビニ・クリニックについての初めての体系的文献レビューですが、得られた知見はその費用が一般の医師診療所よりも安いというごく当たり前のことだけです。本研究の意義は、コンビニ・クリニックについてのほとんどの既存文献の質がいかに低いかを明らかにしたことだと思います。

○[台湾における]心不全症例数・アウトカム関係における病院と医師の症例数閾値は存在するか?
Chou Y-Y, et al: Do hospital and physician volume thresholds for the volume-outcome relationship in heart failure exist? Medical Care 57(1):54-62,2019[量的研究]

症例数とアウトカムの関係はいくつかの処置と治療で検討されているが、病院と医師の症例数が心不全死亡に与える影響についての情報は限られている。もっと重要なことは、心不全死亡を減らす病院と医師の最適症例数があるか否かはほとんど分かっていないことである。全国のポピュレーション・ベースのデータを用いて、この点を検討した。台湾全国医療保険研究データベースを用いて、2012年に入院した全心不全患者20,178人を分析した。制限三次元スプライン・マルチレベル・ロジスティック回帰分析を行い、最適な病院と医師の症例閾値の有無を同定した。アウトカムは、患者、医師、病院の特性で調整済みの入院後30日以内死亡率である。

その結果、病院と医師の症例数の閾値(それ未満の症例数だと死亡率リスクが上昇)、それぞれ年40例、15例を同定した。前年の年間症例数が15未満の医師の治療を受けた患者の死亡率は、症例数が40以上の医師の治療を受けた場合より、有意に高かった(オッズ比1.58;95%信頼区間1.33-1.88)。症例数15未満の医師の治療を、症例数40例未満の病院で受けた患者の死亡率はさらに高かった(それぞれ1.79;1.01-3.16)。病院の症例数は患者の死亡率に有意な影響を与えていなかった。本研究は病院と医師の症例数を組み合わせることにより、心不全死亡率が減少する閾値を同定した初めての研究である。症例数の閾値を同定することは、治療の質改善と医師の訓練に応用しうる。

二木コメント-心不全患者について、医師の症例数と病院の症例数を組み合わせて、症例数と死亡率との関係を検討した点が新しいと思います。私は心不全については、病院の症例数は死亡率に影響しないとの結果に注目しました。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その181)-最近知った名言・警句

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