総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻179号)』(転載)

二木立

発行日2019年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.論文「(連載 医療提供体制の変貌 病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に・2)2010年以降の病院チェーン・複合体の文献レビュー」『病院』2019年6月号に掲載します。本「ニューズレター」180号(2019年7月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

2.講演「今後の超高齢・少子社会と国民皆保険制度の財源選択」を、6月16日(日)午後3時20分~5時に、兵庫県・神戸ポートピアホテル(本館B1F偕楽の間)で行います(兵庫県保険医協会第51回総会・設立50周年記念講演)。本講演は協会の会員と関係者を対象者にしたものですが、事務局のご厚意で「ニューズレター」読者の聴講も可能になりました。希望される方は、FAX:078-393-1802またはメール:hyogo-hok@doc-net.or.jpでお申し込み下さい。


1. 論文:日医総研「日本の医療のグランドデザイン2030」を複眼的に読む

(「二木教授の医療時評」(169)『文化連情報』2019年6月号(495号):18-22頁)

はじめに-10年ぶりの『グランドデザイン』

横倉義武日本医師会総合政策研究機構(以下、日医総研)所長・日本医師会会長は、3月27日の定例記者会見で『日本の医療のグランドデザイン2030』(以下、『グランドデザイン2030』)が完成したと報告しました。『グランドデザイン』は2000年に最初に発表され、以後、2003年、2007年、2009年に改定され、今回は10年ぶりの改定です。従来はいずれも100頁前後でしたが、今回はその4倍の404頁の大作で、内容もきわめて多岐にわたっており、日本医師会版の医学・医療百科事典とも言えます。ただし、横倉所長によるとこれは「最終成果物ではなく、今後さまざまな意見を聴取することで、内容を修正、成熟させる」予定だそうです(「日医ニュース」4月20日)。

『グランドデザイン2030』は日医総研のホームページに全文掲載されていますが、その詳しい報道はありません。また、404頁と大部であるため、医療関係者が全体をすぐに読み通すのは困難と思います。そこで、本稿では、まずそれの構成と概略を、過去の『グランドデザイン』や最近の政府(特に経済産業省)サイドの医療・社会保障改革関連文書との異同にも触れながら、述べます。次に、私が医療関係者必読と思う記述を紹介します。最後に、一部の記述・提言についての私の率直な疑問を書きます。拙稿を読んで興味を持った読者には、『グランドデザイン2030』の目次(7頁)をていねいに読み、興味のある部分・テーマから読み進めることをお奨めします。

構成・概略と過去の『グランドデザイン』との違い

『グランドデザイン』には、横倉所長の序文(「日本の医療のグランドデザイン2030作成に向けて」)が付けられ、本文は第1部「あるべき医療の姿」、第2部「日本の医療 現状と検証」の2部構成です。多くの記述は、日医総研研究員(20人)が無署名で執筆していますが、一部は権丈善一氏、中村祐輔氏、村上正泰氏、佐藤敏信氏等、高名な研究者(多くは日医総研客員研究員)が署名入りで執筆しています。

「はじめに」で述べたように、内容は非常に多岐にわたっており、それの多くには日医総研が今までに発表した「ワーキングペーパー」の裏付けがあります。もっともよく引用されているのは、一連の「日本の医療に関する意識調査」です。ただし、医療保険制度や医療提供体制の改革の「グランド・デザイン」はまとまっては示されていません。

過去の『グランドデザイン』はすべて日本医師会発行で、(建前上は)内容のすべてが日本医師会の公式見解とされていました。最初に発表された『2015年の医療のグランドデザイン』(2000年)のように、当時の会長(坪井栄孝氏)の個人的主張(「自立投資概念」等)が前面に出されていたこともあります。

しかし、『グランドデザイン2030』は日医総研発行で、しかも横倉日本医師会会長は、日医総研所長名の序文で、以下のように抑制的に書いています。「テーマについての論述は、担当する研究員がそれぞれの考察に基づき自由に素材を提供した。その素材を基に編集責任者が編集を行った。ここではテーマごとの方向性を統一することを企図してはいない。全体を貫く共通の認識を踏まえた上で独自性を尊重し編集を行っている」。これは、現在の日本医師会が日医総研内外の研究者の意見の自由や多様性を尊重し、日医総研の開かれた運営をしていることの現れであり、大変好ましいと思います。

格調高い医療の根本理念

横倉所長の序文には、もう一つ注目すべき記述があります。それは、横倉所長が「医学の社会的適応である医療は、また社会的共通資本であるべき」と、日本医師会の従来の見解を述べた上で、次のように踏み込んで主張していることです。「人は、有能かどうかなど、そのありようにかかわらず、悪意のある人や犯罪者ですら、医療に守られる対象であらねばならない。医療は、一人ひとりの必要に応え、一人ひとりを守り続ける」(ゴチックは二木)。私の記憶では、ここまで踏み込んで医療の平等性を強調した医師会幹部はいません。このような崇高な精神は、『歎異抄』の「悪人正機説」(「弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず」、「善人なおもつて往生をとぐ。いわんや悪人をや」等)に通じると感銘を受けました。

これに対応して、本文第1部Ⅰ「医療のミッションとあるべき医療の姿」の冒頭には、「人はひとたび生を受ければ、無条件で尊重され守られるべき存在である」と書かれています(2頁)。この記述は170頁、178頁でも強調され、『グランドデザイン2030』「全体を貫く共通の認識」になっています。

この崇高な精神は、最近の政府(特に経済産業省サイド)の医療・社会保障改革文書が、予防医療の重要性を一面的に強調して、「生活習慣病」を個人責任と断じ、「生活習慣病」患者に対するさまざまなペナルティを提案しているのと対照的です。

『グランドデザイン2030』も「生活習慣病」対策の重要性を強調していますが、そのほとんどで、「生活習慣病」と「NCD(非感染性疾患)」という中立的用語を併記して使っており、それらが個人責任であるとも記述していません。逆に、第2部のⅠ「医療と社会」の(3)「格差拡大と健康」では、両者の関係や、格差縮小に向けた対応をていねいに(良い意味で教科書的に)記述しています(185~198頁。無署名)。

医療関係者必読の4論文

上述した横倉所長の序文と「格差拡大と健康」以外で、私が医療関係者必読と思ったのは、以下の4つの署名論文です。

第1は、第1部Ⅱ-2-(4)「財源論」です(権丈善一慶應義塾大学商学部教授執筆。92-104頁)。本論文は「国民経済と社会保障」、「給付先行型福祉国家と今後の財政運営」、「財政のフローと公的債務のストックをつなげるドーマー条件」、「全員野球型の財源調達」、「財政運営の留意点」について簡潔に述べた上で、日本医師会医療政策会議『平成28・29年度報告書:社会保障と国民経済-医療・介護の静かなる革命』の財源論のポイントを紹介しています。最後に「全世代型社会保障への留意点」で、「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれ必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある」と結んでいます(104頁)。本論文は、「医療保障の財源論」についての格好の入門論文になっています。財源論に興味のある読者には、これと併せて、上述した医療政策会議報告書(特に序章・第1章・第2章・第6章)を読むことをお奨めします。

第2は、第Ⅰ部Ⅱ-4-(1)「がんとの闘い:個別化医療のあるべき姿」です(中村祐輔がんプレシジョン医療研究センター所長。124-131頁)。中村祐輔氏は「オーダーメイド医療」概念(個別化医療、プレシジョン医療)の提唱者であり、「ゲノム(遺伝子)」というキーワードによって、がん医療の場で起こりつつある革命的変化を中心に2030年のがん医療の姿を明快に予測しています。私が一番注目したことは、DNA解析コストが2001年~2017年間に約100万分の1に低下したことです。中村氏は、このコストは今後も低下すると期待し、「2030年にはゲノム情報が一般診療の中で日常的に利用される」と予測しています。私は、DNA解析コストの劇的低下と同じことが、現在は超高価格が社会問題化している一部の抗がん剤等のコスト・価格についても相当程度生じる可能性は十分あると思います。

第3は、第2部Ⅰ-2-(1)「予防医療 現状と検証」です(佐藤敏信久留米大学特命教授執筆。199-209頁)。佐藤氏は、予防医療を一次予防、二次予防、三次予防に分けた上で、それぞれを厳密に検証しています。そのポイントは以下の通りです。「一次予防は、一定の意義はあるものの『絶対ではない』」(202頁)。「世界の動向」(ランダム化比較試験(RCT)の結果)に基づけば、二次予防(健診・検診)の健康増進効果は確認されていない(204-205頁)。「健診が仮に有効としても、別の効果・影響もあるということを忘れてはならない」(205頁)。「本来ならある一つの健診の本格導入の前に、RCT等で一定の効果を確認してから開始すべきであったはずだが、『早期発見はできるし、それを早期に治療すれば、予後は必ずいいはず』との臨床的な経験に基づいて開始されたものがほとんどである。しかし、(中略)科学的には明確に健診・検診の効果を証明できないまま今日に至っている」(206頁)。厚生労働省の元健康局長である佐藤氏が、ここまで率直に予防医療政策の問題点を指摘した勇気に感銘を受けました。

第4は、第2部Ⅳ-7「医療技術の進歩と経済評価」です(村上正泰山形大学大学院医学系研究科教授執筆。387-392頁)。本論文は「医療経済評価の留意点」として、次の3点を簡潔に示しています。①「医療経済評価の政策上の活用方法:価格調整を基本とすべき」(非常に高額な価格を所与の前提とせず、その効果で評価すべき)、②「費用対効果評価の測定上の課題や倫理的問題」、③「費用抑制と研究開発との関係」。①と②については私を含めた多くの研究者がすでに指摘していますが、③で村上氏が以下のように述べているのは新鮮で、現在の医療技術の経済評価の盲点を突いていると思いました。「社会保障制度を担う公的医療保険を通じた研究開発支援は、制度本来の目的にそぐわない…。(中略)研究開発支援は補助金などを通じて行うべきものである。(中略)医療分野においてもイノベーションが推進される中、充実させるべきは医療費を通じた過度な後押しではなく、これらの研究開発補助金などの予算措置であろう」(392頁)。

4つの記述・提案には疑問

私は横倉所長の序文を含めて『グランドデザイン2030』の大半の記述や提言に賛同します。しかし、個々の記述にはいくつか疑問もあります。それらのうち、私が今後の医療政策を検討する際、特に重大だと思う点を4点あげます。ただし、これらはいずれも日本医師会の公式見解ではなく、執筆者(日医総研研究員。すべて無署名)が「自由に素材を提供した」ものです。

第1は、第2部Ⅱ-2「医療保険財政」で、「国民医療費の推移」(1954~2016年)を名目値でのみ示していることです(236頁)。しかし、権丈論文が指摘し(92頁)、横倉日本医師会会長もことあるごとに強調しているように、国民医療費の規模は名目値ではなく、「対GDP比」でみるべきです。名目値のみを示すのは、経済産業省等が国民医療費の規模や伸び率を過大に表示し、国民医療費高騰論をあおり立てる際の常套手段です。

第2は、同じく第2部Ⅱ-2で、医療保険の「被保険者の意識改革」のために保険者が個人単位の「医療費財源明細通知」の発行を、及び第2部Ⅱ-4「医療関連データの国際比較」で、同じく個人単位の「社会保障通知」の発行を提案していることです(249,274頁)。しかし、これは小泉純一郎内閣が閣議決定した「骨太方針2001」で提案されたが、厚生労働省や日本医師会等の強い反対で撤回された「社会保障個人会計システム」の二番煎じであり、とても賛成できません。当時、私はこれを以下のように批判しました。
「社会保険制度は、社会連帯の視点から、個人の自己責任では対応しがたい不測の事態に社会的に対応することを目的としており、特に医療保険と介護保険は個人レベルで『給付と負担』がまったく対応しないことを前提として制度設計されている…。/そのために、もしこの社会保障個人会計システムを導入すれば、加入者間の損得論議が先鋭化し、社会連帯の理念が希薄化することになる」(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,58-59頁)。

第3は、同じく第2部Ⅱ-2中の「高額療養費の応能負担と新たな財政調整」です(249頁)。この提案は次の2つから成ります。①高額療養費の上限の所得比例化、②それによる高所得者の負担増加に対応して「任意加入の保険を創設し、加入者本人の負担分を賄うほか、剰余金で巨額な高額療養費が発生した保険者に対する支援を行う」。しかし、①は「報酬比例で保険料を負担し、サービスを受ける際は、平等に給付を受ける」という社会保険の理念(山崎泰彦氏)に反します(『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』勁草書房,2019,128頁)。

②は、国民皆保険(公的保険)に民間保険を公式に組み込むことを意味し、「社会保障として必要かつ十分な医療を確保しつつ、患者の視点から質が高く最適の医療」をカバーする公的保険の役割の否定に繋がりかねません(カッコ内は、2003年に小泉純一郎内閣が閣議決定した「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」の表現です)。現実問題としても、高所得者の大半は、十分な預貯金を持っているか、自己負担を補填する既存のさまざまな民間保険(特約を含む)にすでに加入していると思われるため、新たな民間保険の「需要」はほとんど期待できません。

第4は、第2部Ⅲ-2「地域医療体制の現状」の最後で「他の職種、特にNP(ナース・プラクティショナー)やPA(フィジシャン・アシスタント)への仕事の移譲、またNPやPAを促進する場合、法改正が必要となるが、この議論を進め速やかに結論を出す必要がある」と、唐突に書いていることです(347頁)。日本医師会は医師不足への対応策として、職種間の「タスクシフティング」は提唱していますが、NPやPAの制度化には否定的な見解を公表しているし、私もそれに賛成です。日医総研(研究員)がこのような公式見解を無視して、NPやPAの制度化を提案するのは、軽率と思います。

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2. インタビュー:高額薬増加で薬剤費は高騰しない 医療費の「適正水準」維持は可能」

(『集中』2019年5月号(12巻5号):54-56頁)

医療の質と医療財政の健全性をいかに両立させるか。少子高齢化が進む日本で避けて通れないテーマだ。一方で、技術進歩のスピードは増しており、高額な薬剤や治療法が次々と登場している。医療を維持・強化するために、今何が求められているのか。医療・介護政策に積極的な提言を続けてきた二木立氏に医療財政、地域包括ケア、予防医療と医療費など幅広いテーマについて聞いた。

――「オプジーボ」や「キムリア」など、次々生まれる高額薬剤が薬剤費の高騰に繋がることを懸念する声があります。

二木 それは事実誤認です。2016年度以降、薬剤費は政策的にコンロールされており、薬剤費比率も低下しています。15年度の調剤費(薬剤費+技術料)は前年度比9・4%増でしたが、16年度は4・8%減、17年度は2・9%増で安定的に推移しています。一時期、「オプジーボ亡国論」のような議論がありましたが、その前提は薬価引き下げができないことです。しかし、2年の間にオプジーボの薬価は4分の1に下がり、亡国論は立ち消えになりました。また、オプジーボとキムリアを同列に論じることはできません。オプジーボは数万人に使われていますが、キムリアの対象者は数百人程度といわれており、全体に与える影響は大きく異なります。高額薬剤のみに注目する議論は一面的です。一方では、特許切れの薬剤が次々と登場しているからです。公正な競争環境があれば、ジェネリック医薬品の普及などによって、薬剤費を適切な水準に維持することは十分可能です。

――これまでも、医療費高騰による危機が叫ばれたことがあります。

二木 日本では、新しい治療法によって保険財政が破綻するといわれたことが何度かあります。例えば、1950年代の結核医療費、70年前後の透析医療費などです。その度に、価格の適正化や適正利用によって医療費をコントロールしてきました。技術進歩の結果として治療法が高額化することはあっても、国民皆保険制度と両立させることはできると私は考えています。2019年度からは医薬品・医療技術の費用対効果評価が本格的にスタートします。日本の取り組みはやや遅れましたが、その分、海外の制度をしっかり勉強して優れた制度が生まれました。これも、医療費の適切なコントロールに役立つでしょう。

――他に医療費抑制策として注目している点は?

二木 最近注目しているのは、米国の取り組みです。これまで米国の共和党は製薬産業擁護の立場から、薬価規制には手を付けようとしませんでした。しかし、最近は超党派で医薬品価格の抑制に向けた議論が活発化しています。他の国でも、高額薬剤に対する新しい支払い法が模索されています。アウトカムに対する支払い(成功報酬型)、効果の不確実性に対応する分割払い方式、ファンドの設立など。試行錯誤はあるでしょうが、その動向を注視する必要があるでしょう。もう一つ、ジェネリックを当初の適用疾患だけでなく、別の疾患にも適用しようという試みが、製薬企業やNPOなどの間で広がりつつあります。ジェネリックとしての価格のままか、どの程度の薬価増を容認するかといった議論はありますが、ゼロスタートの新薬に比べれば相当安く提供できるはずです。

予防医療によって医療費は抑制できない

――経済産業省を中心に、「予防医療による医療費抑制」という議論があります。

二木 私は予防医療への取り組みで健康寿命の延伸を目指すことに賛成です。ただし、その際に強制やペナルティーが伴うことには反対します。その上で明言しますが、「予防医療が医療費抑制に繋がる」との議論は間違っています。予防医療を推進すると、治療費と予防費の総額は増えるというのが世界的な常識であり、学問的には既に決着していることです。経産省の「次世代ヘルスケア産業協議会」は、予防医療の間接的効果として労働力増加や消費拡大にも言及しています。経産省の粗い試算によると、25年に労働力は最大840万人、消費は年間1.8兆円の増加が見込まれるとのこと。しかしその前提として、「65~74歳の高齢者が現役世代並みに働け、75歳以上の高齢者が65~74歳並みに働けると仮定した場合」と注記されています。常識的に見て、荒唐無稽な仮定といわざるを得ません。

――少子高齢化で社会保障財源を確保するのは難しくなるのでは?

二木 医療費や社会保障費の水準は名目額ではなく、GDP(国内総生産)比を見て考えるべきです。厚労省の鈴木俊彦事務次官は、40年の社会保障費の対GDP比24%は「国民が負担できない水準ではない」と述べています。24%は現状を若干上回る水準。その財源については、概ね社会保険料5割、税金4割で、残り1割弱を患者負担とするのが妥当でしょう。現状からの大きな変化は望ましくないと思います。

――10年間で2度の政権交代がありましたが、医療政策の変化をどう評価しますか。

二木 日本の医療制度の二本柱は、国民皆保険制度と民間病院主体の医療提供体制です。この方向性が明示されたのが、13年に発表された「社会保障制度改革国民会議報告書」です。私もこの二本柱を維持した上での部分改革しかない、言い換えれば抜本改革は不可能と考えています。民主党政権の成立前夜、多くの論者が医療制度の抜本改革を唱えましたが、私は否定的な見解を公表しました。その後の展開は予想通りでした。少なくとも先進国では、政権交代があっても医療制度を根本から見直すことはありません。こうした制度的枠組みを維持しつつ、医療費の対GDP比を適切な水準に引き上げるためには、医療関係者の自己改革も欠かせません。

――医療関係者の自己改革は進んでいますか。

二木 その評価は難しいのですが、参考になる調査結果があります。日本医師会総合政策研究機構が17年に発表した「第6回日本の医療に関する意識調査」です。受けた医療の満足度と制度面を含む日本の医療全般の満足度について聞き、08年以降これらの両面で満足度が毎年上昇しているとの結果が得られました。08年は政権交代の直前であり、「医療崩壊」を懸念する声が高まっていた時期です。その頃から満足度が着実に高まっているのは喜ばしいことであり、医療関係者の努力が反映されていると思います。

――20年度の診療報酬改定について、どのように見ていますか。

二木 18年度と同様、地域包括ケアと地域医療構想を推進する改定になるでしょう。それ以上の細かいことを現時点で予測しても、あまり意味がありません。ただ、大きな方向性については、中医協と社会保障審議会医療保険部会・医療部会の資料と議事録を見れば分かります。

地域包括ケアへの取り組みで生き残る

――地域包括ケアの中でかかりつけ医は在宅医療や看取りの担い手になり得ますか。

二木 かかりつけ医には診療所の医師だけでなく、病院の医師も含まれます。このことは、日本医師会と四病院団体協議会の合同提言書(13年8月)でも確認されています。開業医による在宅ケアの旗手ともいえる長尾和宏医師も、最近は地域密着型の中小病院が提供する在宅医療への期待を語っています。地域包括ケアの推進は、地域の医師が総がかりで取り組むべきことだと思います。

――「情報連携もできていない中で、地域包括ケアを実現できるのか」と懸念する声もあります。

二木 あまりにも傍観者的な発言だと思います。地域包括ケアは国が一方的に指示してつくる「システム」ではなく、それぞれの地域で当事者が協力しながら構築する「ネットワーク」です。政府の取り組みを待つという姿勢ではなく、医療・福祉関係者がそれぞれの持ち場でやれること、やるべきことを一つひとつ実行するしかありません。大学病院や一部の専門病院はともかく、高機能病院でも地域密着型の病院や中小病院は、地域包括ケアや在宅ケアに本格的に取り組まなければ生き残れない時代になっています。そうした懸念の声の主が医療関係者だとすれば、「地域の医療・福祉関係者との協働を積み重ねて」と言いたいですね。その際、相互に学び合う姿勢が極めて重要です。地域包括ケアを推進するためのカギは、医療と福祉、さらにはその枠を超えた様々な職種、地域住民との連携です。医療側が福祉を、福祉側が医療を学ぶことで、よりスムーズな連携が可能になるでしょう。

――地域における病院の複合化も重要です。

二木 18年度の診療報酬改定で、厚労省は病院・医療施設の「複合化」の奨励に舵を切りました。それまで地域包括ケアや地域医療構想は、独立した事業者の連携によって実現するというイメージで描かれていました。そうした取り組みも重要ですが、それに加えて保健・医療・福祉を幅広くカバーする事業者の積極的な参加を促す必要があると、厚労省は判断したのでしょう。例えば、以前は同一グループ内での患者紹介では加算を申請できませんでしたが、この時の改定から加算が認められるようになりました。

――最後に、最近の仕事についてご紹介ください。

二木 18年に出版した『医療経済・政策学の探究』には、日本福祉大学在職中の33年間の実証研究の中から今でも読むに値する論文を収録しました。特に病院経営者に読んでもらいたいと思います。今年1月には『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』を上梓しました。医療財源論や地域包括ケアと地域医療構想、ソーシャルワークなどについて論じており、読者は病院経営者だけでなく幅広い医療・福祉関係者を対象にしています。

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3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算159回)(2019年分その3:9論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカでは]急性疾患のプライマリケア診療所受診は2002-2015年に大幅に減少したが、[病院の]救急外来受診は中等度に増加した
Chou S-C, et al: Primary care office visits for acute care dropped sharply in 2002-15, while ED visits increased modestly. Health Affairs 38(2):268-275,2019[量的研究]

急性疾患医療の主な提供者は診療所であるとのプライマリケア診療の伝統的モデルは急速に変わりつつある。過去20年間に病院の救急外来受診が増加したため、救急外来の「不適切な利用」を減らす努力が払われるようになっている。2002-15年の診療所と救急外来受診の全国代表標本を分析した:「全国外来診療調査」(NAMCS)と「全国病院外来診療調査救急外来サブサンプル」(NHAMCS-ED)。前者のうち「初診」と「慢性疾患の再燃」を急性疾患受診とみなし、そのうち一般診療、家庭医学、一般内科、一般小児科、および産婦人科の受診をプライマリケア受診とみなした。後者では全救急外来受診を急性疾患受診と見なした。

その結果、救急外来受診は人口1000人当たり385人から430人へと、12%増加していた。他面、プライマリケア診療所受診は、人口1000人当たり938人から637人へと、三分の一減少していた。プライマリケア診療所受診は次の2つの脆弱集団(vulnerable populations)でより顕著だった:メディケイド受給者と65歳以上の高齢者で、後者はメディケア加入者と民間保険加入者の両方でみられた。急性疾患診療がプライマリケア診療所から救急外来へシフトし、患者が急性疾患医療を求める場が多様化しているので、それらの統合とコーディネーションを進める必要がある。

二木コメント-プライマリケア診療所受診と救急外来受診を統合して検討する視点は新鮮です。

○[アメリカにおける]家族介護者への包括的支援:退役軍人の医療利用・費用への影響
van Houtven CH, et al: Comprehensive support for family caregivers: Impact on Veteran health care utilization and Costs. Medical Care Research and Review 76(1):89-114,2019[量的研究]

本研究の目的は、「家族介護者への包括的支援プログラム」(PCAFC)が退役軍人の医療利用・費用に与えた早期の影響を評価することである。本プログラムは2010年に法制化され、911事件発生以降、公務事故により日常生活に介助・監視を要するようになった退役軍人の家族を対象にして、家族介護トレーニングや介護手当(1月当たり600~2300ドル)を含む包括的支援を行う。

プログラム開始前後のコホート・デザインには非等価対照群を含み、退役軍人の退役軍人庁が負担する医療利用と総医療費を、プログラム開始後6か月ごとに、3年間評価した。対照群はinverse probability of treatment weighted sample(患者の予後に与える影響度に重み付けをして解析を行う標本)で、PCAFCに応募したが受け入れられなかった人々である。PCACF参加群は15,650人、対照群は8,339人である。

PCAFC参加群の医療利用は、急性期医療(入院と救急外来)については対照群と有意差がなかったが、プライマリケア、専門医、精神医療の外来利用は、少なくともPCAFC開始後30~36か月で、有意に多かった。PCAFC参加群の6か月当たりの推計総医療費は、対照群より1500~3400ドル高かった。以上から、PCAFCは退役軍人の医療アクセスを増やしたと思われる。

二木コメント-日本ではほとんど知られていない退役軍人庁の「家族介護者への包括的支援プログラム」(PCAFC)についてていねいに説明し、それの開始後3年間の変化を詳細に調査・分析した貴重な研究です。研究開始前の仮説には「PCAFCにより急性期医療(入院・救急外来)利用が減少する」が含まれていましたが、それは棄却されました。包括的な家族介護者支援を含めた高水準のサービス提供は、医療利用と総医療費の両方を増やすとの当然の結果が得られています。

○[アメリカでの病院から]スキルド・ナーシングホームに転院したメディケア患者に対する[診療所]医師[等]による初回診察を評価する
Ryskina KL, et al: Assessing first visits by physicians to Medicare patients discharged to skilled nursing facilities. Health Affairs 38(4):528-536,2019[量的研究]

メディケア加入者の5分の1は急性期病院からスキルド・ナーシングホーム(SNFs。以下、ナーシングホーム)に転院して急性期後ケアを受けるが、このような患者がナーシングホーム転院後にタイムリーに医療を受けているかについてはほとんど知られていない。病院で出来高払いの医療を受けた後、2012年1月~2014年10月にナーシングホームに転院した患者2,392,753人を分析したところ、診療所医師またはナース・プラクティショナー、フィジシャン・アシスタント(以下、医師等)による診察を、転院後4日以内に受けていた患者は71.5%であった。初回診察の77.0%を一般医が、7.%を専門医が、13.0%をナース・プラクティショナーが、2.5%をフィジシャン・アシスタントが行っていた。初回診察までの期間は地方、施設、患者レベルで相当異なっていた。10.4%の患者はナーシングホーム転院後医師等の診察を全く受けなかったと推定された。この割合は、病院基盤のナーシングホーム、農村部のナーシングホームで高かった(それぞれ、14.3%、23.7%)。診察を受けなかった患者のうち、27.9%はナーシングホーム転院後30日以内に病院に再入院し、14.2%はナーシングホーム転院後30日以内に死亡していた。それに対して、一度でも診察を受けた患者ではこの割合はそれぞれ14.3%、7.2%だった。ナーシングホーム転院後の診察の有無の理由や結果を理解することは、今後患者のアウトカムを改善する上で重要である。

二木コメント-急性期病院の入院期間がごく短い(7日以内が54.5%)ことを考慮すると、ナーシングホーム転院後医師等の診察を全く受けていない患者が1割存在するとは驚きです。本論文の考察では、先行研究に基づいてこの5つの理由を簡単に列挙しています。ただし、この割合が病院基盤のナーシングホームで高い理由は検討されていません。ナーシングホーム転院患者の初回診察の15.5%をナース・プラクティショナーとフィジシャン・アシスタントが担っているのはアメリカ的と思います。

○[アメリカ・コネティカット州の]ナーシングホームから地域移行した高齢者の転倒のリスクファクター
Marrero J, et al: Risk factors for falls among older adults following transition from nursing home to the community. Medical Care Research and Review 76(1):73-88,2019[量的研究]

本研究は「コネティカット州マネー・フォロー・ザ・パーソン・モデル事業」によりナーシングホーム等の施設から地域移行した高齢者の転倒の頻度を分析し、転倒の内因的・外因的リスクファクターを同定する。本事業は全米で実施されている施設入所者(年齢を問わない)の地域移行を促進する事業で、財源はメディケイドである。本事業に参加した648人の65歳以上の高齢者を対象にして前向きのコホート調査により、地域移行後6か月時と12か月時の状況を分析した。648人のうち、161人(25.2%)は最初の6か月間に転倒し、156人(24.5%)が次の6か月間に転倒していた。回帰分析により、満たされない医療ニーズ、うつ症状、虐待および以前の転倒歴が有意な予測因子であった(地域移行後6~12か月の転倒リスクのオッズ比はそれぞれ、1.95、1.71、4.53、2.11)。これらの人々が脆弱でしかも転倒予防サービス利用が増えていることを考慮すると、転倒予防は地域移行ケアの非常に重要な要素になっている。ケア提供者は、転倒リスクを評価する際、既存研究で同定されているリスクファクターに加えて、満たされない医療ニーズ、うつ症状および虐待等も考慮すべきである。

二木コメント-ナーシングホーム等から地域移行した高齢者を対象にしたユニークな転用のリスクファクター研究です。ただし、転倒後の障害の変化、ナーシングホーム再入所、費用等は検討されていません。

○高齢化と死亡の脱施設化-イングランド・ウェールズからのエビデンス
Leeson GW: The ageing and de-institutionalisation of death - Evidence from England and Wales. Health Policy 123(4):435-439,2019[量的研究]

死亡時の年齢はどんどん高まっており、死亡しつつある人々は併発疾患や認知症を抱えている。ほとんどの人々は自宅で死ぬことを希望しているが、イングランド・ウェールズでは、65歳以上の死亡者のうち自宅死亡の割合は2013年には20%にとどまっている(ただし、2006年の17%からは3%ポイント上昇)。2006-2013年の死亡統計のうち65歳以上の高齢者分のデータを用いて、年齢・性別の自宅死亡数・割合を計算し、それを用いて2050年までの数値を推計した。将来予測のシナリオは2つあ。第1のシナリオでは2006~2013年の自宅死亡割合の上昇が今後も続くと仮定した。この場合、65歳以上の高齢者の自宅死亡割合は2013年の20%から2040年の45%へ、自宅死亡者数は8.7万人から27.9万人へと激増する。第2のシナリオでは自宅死亡割合は2013年と同じと仮定した。この場合にも、65歳以上の自宅死亡者数は、2013年の8.7万人から2050年には13万人に増える。このような趨勢は人々の希望とも合致し、自宅死亡は自然な経験であるとの見解が部分的に復活したとも言える。そのためには、資源配分を自宅で死亡する人々及び彼らの介護者への支援にシフトする必要がある。

二木コメント-イングランド・ウェールズの高齢者の自宅死亡割合の趨勢を知るには便利な論文です。ただし、自宅以外の場所での死亡は示されておらず、将来予測のシナリオ・計算方法は極めて原始的(primitive)です。

○より多くの医療を病院外で行う?イングランドにおける地域看護労働力の開発に影響する要因についての質的探索
Drennan VM: More care out of hospital? A qualitative exploration of the factors influencing the development of the district nursing workforce in England. Journal of Health Services Research & Policy 24(1):11-18,2019[質的研究]

多くの国が慢性疾患を有する患者のケア(医療・看護。以下、医療)を改善し、自宅を含む病院外での医療提供を増やそうとしている。連合王国(UK)もこのような政策目標を持っているが、訪問看護のベテラン労働力-イギリスでは「地域看護」と呼ばれている-は減少しつつある。本研究の目的は、イングランド大都市圏における地域看護労働力の開発に影響する諸要因を探索することである。人口300万人で住民の社会経済的状態が多様な一大都市圏の、訪問看護事業者と訪問看護委託組織で働くベテラン看護師に対して、半構造化面接を用いた質的研究を行った。調査参加者は「意図的抽出(purposive sampling)」により14人選択し、労働力開発理論の分析枠組みを用いて主題分析を行った。

すべての調査参加者は、地域看護サービスは、NHSの大改革と財政圧力に対応した組織改革の影響を受けていると述べた。分析により、地域看護労働力の開発に影響すると思われる、以下の5つの主題を同定した。①スタッフの募集と離職予防が困難、②患者のケースミックスが変化し従来とは異なる臨床技能が必要になっている、③専門訪問看護サービスが増加しそれが一般看護に影響している、④増大する需要を満たすための地域看護サービスの総量(が不足している)、⑤短期的サービス調整プロセスが長期的な労働力開発のニードに影響している。

本研究は、自宅または自宅に近い所での医療を促進する医療政策と地域看護サービスの減少との間にパラドックスが存在することを確認し、労働力開発理論のレンズを用いて諸要素を説明する分析枠組みを提唱した。

二木コメント-イギリスと違い日本では訪問看護サービスは増加しつつありますが、訪問看護ニーズの激増には対応できていないため、本研究と同様な質的研究を行う意義は十分あると思います。

○[日本での]経腸栄養患者の自宅と病院の治療費の比較分析-レセプトデータの後方視的分析
Maeda M, et al: A comparative analysis of treatment costs for home-based care and hospital-based care in enteral nutrition patients: A retrospective analysis of claims data. Health Policy 123(4):367-372,2019[量的研究]

本研究の目的は、日本の経腸栄養患者の自宅と病院の治療費を比較することである。2013年9月~2014年8月のレセプトデータを用いて、自宅または病院で経管栄養を受けた患者を分析した(以下、自宅群、病院群)。治療費は、個別固定効果モデルのパネルデータ分析を用いて比較し、併発症数と財政年度の調整を行った。治療費は両群の患者全体、及び特定の疾患別(肺炎、脳血管疾患後遺症、認知症)で比較した。

調査標本は7783人、33,751人・月であった。平均年齢は自宅群84.4歳、入院群83.7歳だった。パネルデータ分析の結果、推計治療費は入院群の方が常に自宅群より高かった。1月当たり平均治療費(調整前)は入院群6511ドル、自宅群1408ドルであった。2群の調整済み治療費の差は全患者で4894ドル、肺炎患者で5315ドル、脳血管疾患後遺症患者で4481ドル、認知症患者で4519ドルだった(すべてp<0.001。1ドル=99.6円)。自宅群に介護保険サービスの費用を加えても、入院群の治療費の方が高かった。

二木コメント-医療保険で支払われる「治療費」の枠内では、緻密な分析を行っています。しかし、自宅群の費用に食費や居住費、家族介護費用等の「インフォーマルコスト」を含まない狭い枠組みを用いて、自宅治療が入院治療より「安い」と結論づけるのは「反時代的」または「時代遅れ」と思います(入院群の費用には食費もホテルコストも、看護費用も含まれます)。

なお、Health Policy 123巻4号の特集は「東アジア-医療政策の展開と医療評価」(East Asia - selected health policy development and health care assessments)で、本論文を含めて8論文を掲載しています(うち日本の論文が4)。次の論文はこの特集の巻頭論文です。

○日本人は自国の医療制度と医療サービスに満足しているか?調査データからの実証的エビデンス
Ii M(井伊雅子), et al: Are Japanese people satisfied with their health care system and services? Empirical evidence from survey data. Health Policy 123(4):345-352,2019[量的研究・国際比較研究]

日本の普遍的医療制度は、比較的安価な料金でサービスを受けられることや医療施設への平等なアクセス等、利用者に様々な利点がある。しかし、日本人の医療制度についての満足度は国際的にみて最も低い。本論文は日本の医療制度・サービスについての満足について幅広く検討し、その決定要因を探索し、その結果を11の高所得国と比較する。2010年「コモンウェルス基金国際医療政策調査」の枠組みに準じたインターネット調査を、2014年に日本で行った。調査対象は18-85歳の男女2229人である。

回答者の16.7%は日本の医療制度についての意見を問われて「分からない」(not sure)と答えたが、この割合は他国では1-3%に過ぎなかった。日本の医療制度全体の満足度は、他の高所得よりはるかに低かった。「全体として、制度は極めてうまく運営されており、それを改善するためにはわずかな改革しか必要ない」との回答は日本では4.4%に過ぎなかった(他国は24%(オーストラリア)~62%(イギリス))。65歳以上の高齢者で日本の医療制度を肯定的に評価した者の割合は、非高齢者の2倍以上高かった。回答者の医療制度に対する全体的満足度は、実際に受けている医療サービスの評価と内在的に関連していた。高齢者の満足度が高いことは、彼らの医療ニーズと医療利用が非高齢者より高いためである可能性がある。良く訓練された専門職を地域基盤の予防サービスを促進すれば、医療利用を改善し満足度を高める可能性がある。

二木コメント-「問いの設定」は極めて重要で、日本で「分からない」との回答が他の高所得国に比べて多いことの要因分析も興味深いと思います。ただ、回答者の4.4%しか日本の医療制度に満足していないとの調査結果は、本論文でも引用されている日医総研「第4回日本の医療に関する意識調査」等の結果と比べても極端に低く、何らかの「バイアス」が入っている可能性があると思います。しかし、本論文では既存調査の結果との異同の検討は行われていません。また、要旨の最後の一文は今回の調査結果とは関係がない、著者の主観的願望(wishful thinking)です。

○削減は簡単だが、リバウンドも簡単:韓国での薬価大幅引き下げに伴う医薬品費
Kwon H-Y, et al: Easy cuts, easy rebound: Drug expenditures with massive price cut in Korea. Health Policy 123(4):388-392,2019[量的研究]

韓国政府は、増え続ける薬剤費を抑制するために、2012年、特許期限が切れたブランド薬の価格を46.5%引き下げ、ジェネリック薬剤の価格をそれと同レベルにする新しい薬価施策を導入した。本研究では、この価格引き下げ施策の影響を、韓国国民医療保険制度の文脈で評価する。韓国国民医療保険制度の2007年1月から2016年12月までの120か月間のデータベースを用いた。分節線形回帰分析を用いた分割時系列分析により、薬価引き下げの総薬剤費に対する影響を推計した。

総薬剤費は価格引き下げにより1860億ウオンも抑制され(p<0.0001)、価格引き下げ後のトレンドによりさらに133億ウオンの追加的抑制が生じた(p<0.002)。しかし、総薬剤費の増加傾向は今後も変わらず、元々のレベルにまで戻ると推計された。薬剤処方量は、価格引き下げの影響を受けなかった。薬剤単価は価格引き下げにより相当下がったが(β=-41.68,p<0.0001)、価格介入後にも総薬剤費の伸びは変わらなかった(β=0.16,p<0.656)。 以上から、価格引き下げは増加し続ける薬剤費の削減には成功したが、その効果は一時的であると結論できる。需要サイドの施策がないことが政策効果を減殺させた。そのために、もっと強力な需要サイドの施策を導入し、需要サイドと供給サイドの施策のバランスをとるべきである。

二木コメント-薬価引き下げによる総薬剤費の抑制効果が一時的であることは、日本でも確認されています。2年に一度の薬価引き下げが制度化されている日本と異なり、韓国では薬価引き下げは2012年以降実施されていないようです。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その174)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

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