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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻124号)』(転載)

二木立

発行日2014年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1.論文:2000年以降の日本の医療・社会保障改革-政権交代で医療政策は大きく変わるか?

(『文化連情報』2014年11月号(440号):10-16頁)

はじめに

日本では過去6年間に2回政権交代が生じました。第1回は2009年9月で、第二次大戦後ほぼ一貫して続いていた自民党(中心の)政権に代わって、民主党(中心の)政権が誕生しました。しかし、そのわずか3年後の2012年12月の総選挙では、逆に自民党が大勝し、自民党・公明党の連立政権(第二次安倍政権。以下、安倍政権)が復活しました。安倍政権は発足後2年近く高い支持率を維持しており、その主因は「アベノミクス」(3本柱の総合的経済政策)にあると言われています。ただし、アベノミクスの評価は専門家の間で大きく意見が分かれています。私自身もそれに懐疑的です。

民主党政権は当初、消費税の引き上げの否定と医療・社会保障費の大幅拡充を約束していました。しかし主として財源不足のため、それはほとんど実現できず、2012年に消費税引き上げを財源とする社会保障改革(「社会保障・税一体改革」)に方針転換しました。この方針転換には、当時野党だった自民党も賛成しました。

安倍政権は、外交と安全保障政策では「タカ派的」側面が非常に強いのですが、医療・社会保障改革の「大枠」は、前政権の方針を踏襲しています。具体的には、その中心は国民皆保険制度の枠内での公的医療費抑制政策の徹底であり、部分的に医療の(営利)産業化・市場原理導入政策も含んでいます(1)。実は、このような二面的改革は、2001~2006年の小泉政権(安倍政権と同じく自民党・公明党の連立政権)が初めて行いました。このことは、安倍政権の医療・社会保障改革を検討する際には、小泉政権時代の改革にまで遡って分析する必要があることを示しています。

私は、2011年に、1980年代以降の主要高所得国(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス等)における政権交代の経験を踏まえて、「政権交代でも医療制度・政策の根幹は変わらない」との「仮説」を立てました(2:14-15頁)。日本の最近2回の政権交代でもそれが再確認されたと言えます。韓国での2000年代初頭以降の経験もこの仮説を支持しているように思えます。

以下、3つの柱で述べます。まず、2000~2014年の15年間の日本の各政権の医療・社会保障改革を、医療改革を中心に概観します。次に、アメリカ、イギリス、および韓国を例にして、政権交代でも医療制度・政策の大枠は変わらないという国際的経験則を述べます。第3に、政権交代でもなぜ医療制度の「抜本改革」はないのか、特に新自由主義的改革の全面実施ができないのはなぜかについて、日本の経験を踏まえて検討します。最後に、今後の日本の医療改革の見通しを簡単に述べます。

1.2000~2014年の日本の各政権の医療・社会保障改革の概観

まず、2000~2014年の日本の各政権の医療・社会保障改革を概観します。日本では、この間2回政権交代が生じただけでなく、2006~2012年の7年間は、毎年、首相が交代しました。この項の結論を先に述べると、次の2点です。(1)この間、2回(2009年、2012年)政権交代が生じましたが、医療・社会保障制度の「抜本改革」は行われませんでした。(2)比較的大きな政策転換は、第1回の民主党への政権交代の直前、2007~2008年の自民党・公明党連立政権(福田・麻生首相)時に生じました。

(1)2001~2006年の小泉政権

2001~2006年の小泉政権は、上述したように自民党・公明党の連立政権でしたが、首相主導で、公的医療費・社会保障費の厳しい抑制と医療分野への部分的市場原理導入が行われました。前者については、毎年の政府予算で、社会保障費の自然増が大幅に抑制されました。政権の後半には、抑制の「数値目標」(1年当たり2200億円削減)も導入されました。そのために、医療機関に支払われる診療報酬(公定医療価格)も史上初めて引き下げられました。

医療分野への部分的市場原理導入については、以下の3つの制度改革が行われました。(1)従来、行政運用により禁止されていた保険者と医療機関との個別契約が解禁されました。(2)従来法的に禁止されていた株式会社の医療機関開設が「医療特区」に限り初めて解禁されれました。(3)混合診療(保険診療と自由診療の併用)の部分解禁が拡大されました(「保険外併用療養」制度)。

ただし、現実の改革はごく限定的です。(1)保険者と医療機関との個別契約は現在に至るまで1件もありません。(2)株式会社の医療機関開設の全国的解禁は見送られ、しかも現在に至るまで医療特区で実際に開設されたのは再生医療を行う1診療所だけです。(3)混合診療の全面解禁も見送られました。

小泉政権による医療分野への部分的市場原理導入に関して、留意すべきことが2つあります。1つは、日本の歴代の政権でたとえ部分的にせよ、現実の政策で医療分野に市場原理を導入したのは、小泉政権が初めてなことです[注1]。もう1つは、この政策に関しては政権・与党・官庁は一枚岩ではなく、政権内外で激しい論争が繰り広げられたことです。官庁レベルでは、内閣府・経済官庁が積極的であったのに対して、厚生労働省は慎重でした。この「対立の構図」は現在に至るまで継続しています。

小泉政権は、このような改革を行う一方で、「将来にわたり国民皆保険制度を堅持すること」、および医療保険の給付は「必要かつ十分」で「最適の医療」であることを、2003年に閣議決定しました。小泉政権は、近来稀にみる強力な政権でしたが、このように医療改革は「部分改革」にとどまりました。

小泉政権の直後の第一次安倍政権はごく短命であり、しかも拙劣な政策運営のため、独自の医療・社会保障改革は行われませんでした。

(2)2007~2009年の福田・麻生自公連立政権

第一次安倍政権に続く2代の政権、福田政権と麻生政権(2007~2009年。各1年)は、小泉政権・第一次安倍政権と同じく自民党・公明党の連立政権でしたが、医療・社会保障については、明らかな政策転換を行いました。具体的には、それまでの社会保障費の抑制路線から、「社会保障の機能強化」路線に転換しました。小泉政権時代に導入された社会保障費抑制の「数値目標」も事実上棚上げしました。政策転換の理論的支柱であったのが、有識者で構成される社会保障国民会議で、同会議は租税(消費税引き上げを想定)と社会保険料の引き上げを財源とする「社会保障の機能強化」を提言しました。両政権では、医療分野への市場原理導入の動きも政策の表舞台からは消えました。

このような政策転換の背景としては、小泉政権時代の過度の医療費抑制により、福田・麻生政権時代に「医療危機」・「医療荒廃」が社会問題化し、政権への強い逆風になったことがあげられます。

(3)2009年の第1回政権交代-民主党政権の成立

民主党は、このような自民党・公明党連立政権に対する批判を追い風にして、2009年8月の総選挙で地滑り的に大勝し、同年9月に民主党中心の政権(鳩山首相)が誕生しました。民主党は総選挙公約では、消費税の引き上げを否定した上で、行財政改革と国家予算の無駄の排除を徹底的に行い、それにより生み出した財源により、医療費・社会保障費を大幅に引き上げること、および社会保障制度の抜本改革(医療保険・年金制度の一元化等)を掲げていました。しかし、政権発足直後に、消費税に代わる財源の確保ができないことが明らかになりました。その結果、鳩山政権はこの公約を早々と見送り、結果的に、福田・麻生政権時代の、現行制度の大枠を維持した上での「社会保障の機能強化」路線を踏襲・継続しました。と同時に、政権の一部では、福田・麻生政権時代は封印されていた医療への市場原理導入(混合診療の全面解禁等)の主張が再燃しました。

民主党の第2代政権(菅首相)では、新たに、医療を「成長産業」(・営利産業)化する方針が登場しました。その代表例は医療ツーリズム(日本の医療機関を受診する外国人患者の大幅増加)です。小泉政権は、上述したように、医療への部分的市場原理導入を進めましたが、医療政策の主眼は公的医療費抑制にあり、医療の成長産業化という視点はありませんでした。ただし、この政策は麻生政権時代から経済産業省主導で準備されていました。しかし、2011年3月に発生した東日本大震災と福島第一原発事故の影響もあり、ほとんど実現しませんでした。

民主党の第2・3代の政権(菅・野田首相。各1年)は、医療・社会保障改革の財源についての政策転換を行い、消費税引き上げを財源とする社会保障改革(「社会保障・税一体改革」)の検討を進め、2012年8月に社会保障制度改革推進法を成立させました。ただし、この法律は民主党・自民党・公明党が共同提案し、しかも内容的には当時野党であった自民党主導でまとめられました。この法律をめぐり民主党は分裂し、それ以前から低迷していた民主党(政権)の支持率はさらに低下し、2回目の政権交代が確実になりました。

(4)2012年の第2回政権交代-安倍自公政権の復活

その結果、2012年12月の総選挙では、今度は、自民党が地滑り的に大勝し、第二次安倍政権(自民党・公明党の連立政権)が成立しました。安倍政権は、外交や安全保障政策ではタカ派的色彩が強いのですが、医療・社会保障改革については、大枠で、民主党政権時代に成立した社会保障制度改革推進法に基づいた改革を行っています。ただし、政権が長引くにつれて、小泉政権時代の改革との類似点が強まっています。

まず、社会保障制度改革推進法と安倍政権が2013年12月に成立させた社会保障制度改革プログラム法により、公的医療費・社会保障費抑制を、小泉政権時代並みに強め始めています。具体的には、医療・介護保険の給付範囲の縮小と利用者自己負担の拡大、および診療報酬のマイナス改定等です。私は、社会保障制度改革プログラム法の理念で、社会保険(社会連帯)よりも「自助・自己責任」を重視していること、しかも従来、「自助」は個人レベルとされてきたのと異なり、個人と家族の「自助」を強調していることに注目しています。ここには安倍政権の復古的姿勢が現れていると思います。

医療への部分的市場原理導入に関しては、2つの方針が決定されています(ただし、まだ具体化されていません)。まず、「規制改革方針」(2014年6月閣議決定)により、混合診療の部分解禁のさらなる拡大が目指されています(「患者申出療養」制度)。ただし、混合診療の全面解禁は依然認められていません。もう1つ、「日本再興戦略」(2013年6月、2014年6月閣議決定)により、民主党政権以上に、医療の「成長産業」化、特に輸出産業化が目指されています。例えば、病院・医薬品・医療機器のワンセットでの輸出です。

医療提供体制の改革では、医療・介護総合確保法(2014年6月成立)により、医療機関の機能分化と連携、および病院病床の削減を促進するために国・都道府県による医療機関の規制が大幅に強化されることになりました。ただし、この改革およびそれとワンセットとされている「地域包括ケアシステム」の推進政策は民主党政権時代から、厚生労働省主導で準備されてきました。株式会社の医療機関経営は依然、認められていません。

2.医療改革の国際的経験則-政権交代でも医療制度の大枠は変わらない

次に、高所得国における医療改革の国際的経験則、つまり政権交代でも医療制度・政策の大枠は変わらないことについて、アメリカとイギリス、韓国の経験を簡単に述べます。

まずアメリカでは、1980年代にレーガン共和党政権が新自由主義改革を進めましたが、公的医療保障制度(メディケアとメディケイド)は維持しました。逆に、オバマ民主党政権は2010年に国民皆保険制度に接近する医療保険改革法を成立させましたが、それはヨーロッパ諸国や日本・韓国のように公的医療保険を主体とするものではなく、既存の民間医療保険の適用拡大を柱とする部分改革です。

イギリスでは、1980年代に、新自由主義の旗手とも言えるサッチャー保守党政権が、国営医療(NHS)の民営化(解体)を水面下で模索しましたが、国民の反対が強く断念し、NHS内に「内部市場」を導入する等の部分改革にとどまりました。2000年代にブレア労働党政権は医療費大幅増加政策に転換しましたが、サッチャー改革の一部は踏襲しました。2010年に成立した現キャメロン保守党・自民党連立政権は一転して医療費抑制政策を強めていますが、NHS制度の大枠は維持しています。

韓国は、1990年代~2000年代初頭の医療・社会保障の「超高速拡大」期(キムデジュン政権)に、医療保険制度の全国的統合一本化等の大改革を実施しましたが、それが一段落した後の、3代の政権(ノムヒョン政権、イミョンバク政権、パククネ政権)では、制度の大枠は変えられていません。イミョンバク前大統領は、大統領就任前は、新自由主義的改革の断行を標榜し、医療分野への市場原理導入を目指していましたが、就任後は、国民や官僚機構の反対が強く、それを封印しました。一方で、「進歩派」(革新派)のノムヒョン政権を含め、三代の政権とも、医療分野への部分的市場原理導入政策を検討・実施しています。

ここで注意しなければならないことがあります。それは、日本を含む高所得国で、政権交代によっても医療制度の「抜本改革」が行われていないことは、各国の医療制度・政策が安定していることを意味していないことです。逆に、各国では、医療改革をめぐって激しい論争が継続しており、「抜本改革」が生じていないのはあくまで結果にすぎません。しかも、部分改革を実施するためにも大変な政治的エネルギーが使われています。

3.医療は、なぜ政権交代でも「抜本改革」がないのか?

では、高所得国では、なぜ政権交代でも社会保障制度、なかでも医療制度の「抜本改革」が起きないのかについて、日本の経験を踏まえて検討します。その際、特に、なぜ新自由主義的改革の全面実施ができないのかに焦点を当てます。逆に、医療・社会保障の大幅拡充を含む「抜本改革(改善)」ができない理由は簡単です。世界的な低成長・デフレ経済と国家予算の厳しい財政制約、国民の経済生活の困難の増大の下では、そのための財源を確保すること(消費税や社会保険料の大幅引き上げ等)がきわめて困難だからです。

まず、医療制度には、他の社会保障制度(年金、社会福祉・生活保護等)と比べた大きな特色が2つあります。1つは、医療(保障)制度は特定の国民ではなくすべての国民が利用すること、もう1つは制度が複雑で利害関係者がきわめて多いことです。そのために、改革にあたっては、制度の安定性が何よりも求められるのです。支配層からみても、全国民を対象とする公的医療保障制度は社会と国民意識の統合・安定を維持する上で不可欠です。

それに加えて、私は、医療分野に市場原理を全面的に導入する新自由主義的改革には経済的・政治的な大きな壁があると考えています。以下、日本の経験を紹介します(3:52-54頁)

まず経済的壁とは、それを行うと、関連企業の市場は拡大する反面、医療費(総医療費と公的医療費の両方)が急増し、医療費抑制という「国是」に反することです。私は2004年にこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と命名しました(4:21頁)

医療と医療政策の実態を知らない新自由主義派の研究者や企業家、経済官庁の行政官の中には、医療分野に市場原理を導入すれば、質の向上と費用抑制の両方が実現できるとナイーブに考えている方が少なくありません。しかし、現実は逆で、医療への市場原理導入については、以下の3つの国際的常識があります。(1)保険者機能の強化により医療保険の事務管理費が増加します。(2)営利病院は非営利病院に比べて総医療費を増加させます(おそらく医療の質も低い)。(3)混合診療を全面解禁するためには、私的医療保険を普及させることが不可欠ですが、私的医療保険は過剰な医療利用を誘発し、公的医療費・総医療費が増加します。

私は、厚生労働省が医療分野への市場原理導入に一貫して慎重なのは、この現実を知っているからだと判断しています。最近は、財務省(日本の最強官庁)もこの事実を理解し、混合診療の全面解禁に反対するようになっています。私は、この経済的壁は他国でも同じだと思います。

次に政治的壁は2つあります。1つは日本の国民意識の壁です。具体的には、日本国民は、医療については「平等意識」が非常に強く、所得・資産の違いにより受けられる医療が異なる「階層医療」に対する抵抗が非常に強いのです。もう1つの政治的壁は、日本医師会を中心とした医療団体が、国民皆保険制度堅持の視点から、医療への市場原理導入に頑強に反対していることです。日本医師会はこの視点から、日本のTPP(環太平洋経済連携協定)参加にも反対しました。これら2つの政治的壁は、日本に固有のものかもしれません。

おわりに

最後に、今後の日本の医療改革の見通しについて簡単に述べます。私は、日本では今後、公的医療費・社会保障費の抑制政策が強まるが、それでも国民皆保険制度の大枠が維持されることは確実だと判断しています。他面、日本の支配層(与党の政治家、経済官庁の行政官や大企業経営者)には、医療への市場原理導入の志向が根強く存在します。しかもこの傾向は現在の安倍政権の下で強まっています。特に、本年9月に安倍首相が行った内閣改造では、厚生労働大臣を含め、そのような志向の大臣や自民党役員が増えました【注2】。そのために、今後、国民皆保険制度の周辺部分で営利化・産業化が徐々に進む可能性が大きいと思います。しかも、それと公的医療費・社会保障費抑制の強化が「相乗効果」を発揮した場合には、小泉政権による過度な医療費抑制により社会問題化した「医療危機」・「医療荒廃」が再燃する可能性があると危惧しています。

【注1】医療への市場原理導入論は1990年代末に登場

医療への市場原理導入論は、小泉政権に先行して、1990年代末に登場しました。政府関連文書で最初に主張したのは、1999年の経済戦略会議(首相の私的諮問機関)の「最終答申」で、小泉首相が導入した3つの改革を直接・間接に示しただけでなく、国民皆保険制度の解体を意味する「日本型マネージドケア」の導入まで提起しました。この「最終答申」発表前後の1999~2000年には、同様の主張が研究者や民間生命保険経営者からもなされました(5:9-10頁)。私は、このような新しい主張および小泉政権の現実の医療改革を踏まえて、2001年に「医療・社会保障改革の3つのシナリオ」論(仮説)を提起しました(5:序章)。

【注2】「構造改革」派の厚生労働大臣は史上初

本年9月3日の内閣改造で厚生労働大臣に任命された塩崎恭久氏は、第一次安倍政権時代から、首相の盟友・「お友達」であると同時に、自由民主党きっての急進的「構造改革」派(医療・社会保障への市場原理導入論を含む)の論客として有名です。この点では、構造改革を推進した小泉首相ですら、3代の厚生労働大臣には「構造改革」派ではなく、社会保障に理解のある議員(坂口力、尾辻秀久、川崎二郎の各氏)を任命したのと対照的です。小泉首相後のすべての首相も同様の人選をしてきました。このことを考えると、今回の塩崎議員の厚生労働大臣任命はきわめて異例です。

日本の新聞はこの点についてほとんど報じていませんが、イギリスの『エコノミスト』誌は、今回の内閣改造での塩崎大臣の任命にいち早く注目し、以下のように論評しました([ ]は私の補足です)。

「アベノミクスについての危機感が増大したことが、特別に大胆な[大臣]任命を促進した。自由民主党のもっともあけすけな経済現代化論者である塩崎恭久が厚生労働大臣に任命された。労働組合と一緒に、厚生労働省は常用労働者の解雇をしやすくする改革努力に抵抗してきた。塩崎大臣が主導すれば、意味のある労働改革が実現しうると、安倍首相のアドバイザーである竹中平蔵氏は述べている。[労働規制が改革されれば、]企業は非正規で低賃金の労働者よりも常用労働者をもっと雇うようになる可能性がある。外国の投資家もこの任命に歓喜した。というのは、彼らは塩崎氏が日本の巨大な年金基金[の運用先の]大改革を行い、それにより株式市場を活性化すると期待しているからである。」("Japan's new cabinet" The Economist September 6th, 2014:p.31)。

ただし、塩崎大臣は就任翌日の記者会見では、医療・社会保障改革についての持論は封印し「安全運転」に徹しました(「内閣の一員として閣議決定に従うのが当然の道で、個人的な考えを申し上げることはない」『社会保険旬報』2014年9月11日号:32頁)。大臣の言動については、今後、注意深い観察が必要と思います。

文献

[本稿は、2014年9月13・14日に中国北京市の中国人民大学で開催された第10回社会保障国際フォーラムでの報告に加筆したものです。]

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2.論文:公的医療費抑制と医療の営利化は「避けられない現実」か?

(「深層を読む・真相を解く」(37)『日本医事新報』2014年10月18日号(4721号):17-18頁)

社会保障国際フォーラムでの報告

私は、本年9月13・14日に中国・北京市で開催された第10回社会保障国際フォーラムで、「2000年以降の日本の医療・社会保障改革-政権交代で医療政策は大きく変わるか?」をテーマに報告を行い、大要、以下のように述べました。

(1)2001~2006年の小泉政権時代には公的医療費の厳しい抑制と医療分野への部分的市場原理導入が行われたが、「抜本改革」は行われなかった。(2)その後2009年と2012年に2度政権交代が生じたが、やはり医療制度の「抜本改革」は行われなかった。(3)医療制度の明らかな政策転換(「社会保障の機能強化」)は、2009年の第1回の政権交代(民主党政権成立)直前の2008~2009年に、福田・麻生自公連立政権の下で行われ、それが初期の民主党政権でも踏襲された。(4)2012年12月の第2回政権交代で成立した第二次安倍政権は大枠では民主党政権時代の医療政策を踏襲しているが、政権が長引くに連れて、小泉政権時代の改革との類似が強まっている。

以上の分析を踏まえて、私は報告の「おわりに」で、今後の日本の医療改革について、次のようなやや悲観的見通しを述べました。「私は、日本では今後、公的医療費・社会保障費の抑制政策が強まるが、それでも国民皆保険制度の大枠が維持されることは確実だと判断しています。他面、(中略)今後、国民皆保険制度の周辺部分で営利化・産業化が徐々に進む可能性が大きいと思います。しかも、それと公的医療費・社会保障費抑制の強化が『相乗効果』を発揮した場合には、小泉政権による過度な医療費抑制により社会問題化した『医療危機』・『医療荒廃』が再燃する可能性があると危惧しています」(『文化連情報』本年11月号と「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」124号掲載予定の同名論文参照:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/) 。

国際フォーラム終了後、ある日本人研究者から、この報告に対して次の質問を受けました。「今後の、日本における公的医療費抑制、国民皆保険制度の周辺部分での営利化・産業化の進行というベクトルの変化は避けられない現実であると理解すべきでしょうか?」以下は、それに対する私の回答です。結論を先に言えば、この変化は決して必然ではなく、「未来はまだ決まっていない」と言えます。

変化のスピードはきわめて遅い

私は、安倍政権あるいはその路線を継承する政権が長期間続いた場合、その期間の「大きな流れ」としては、この「ベクトルの変化は、避けられない現実」かもしれないと思います。

ただし、その場合でも、1980年代以降の医療政策の現実・経験を踏まえると、変化のスピードは、きわめて遅いと思います。私は、本連載(28)「 私が『保険外併用療養拡大』より『法定患者負担拡大』を危惧する理由」(4670号,2013年10月26日。『安倍政権の医療・社会保障改革』勁草書房,2014,91-96頁)で、私が28年前の1985年に行った、今後の医療改革により、「階層医療」(アメリカ流の富者用と貧者用の医療の「二重構造」)が生じる危険が強いとの懸念・予測を検証しました。

その結果、1980年代後半以降、日本でも混合診療の部分解禁(当初特定療養費制度。2006年から保険外併用療養制度)が拡大されるに伴い、「階層医療」化が徐々に進んでおり、特に低所得患者の受診困難・抑制が生じているが、それはなお限定的にとどまり、まだ「全面的」階層化には至っていない、つまり私の28年前の懸念は、まだ実現していないと結論づけました。

ちなみに、保険外併用療養制度のうち「選定療養」の中心である差額ベッド代(「特別の療養環境の提供」)の総費用は2013年度には4614億円に達していますが、これは「国民医療費」の1.2%にすぎません(中医協「主な選定療養に係る報告状況」2014年9月10日。差額ベッドの1日当たり平均徴収額(5918円)×差額ベッド総数(263,687床)×365日×全病床の平均利用率(81.0%)=4614億円)。「評価療養」の中心である「先進医療」の2013年度の総費用(保険診療プラス自由診療分)は204億円で、国民医療費のわずか0.05%にすぎません(中医協先進医療会議「先進医療の実績報告について」2014年1月26日)

安倍政権は、2015年度から保険外併用療養制度の第3のカテゴリーとして「患者申出療養」の新設を閣議決定しています。しかし、これは既存の「評価療養」と大きな違いがないため、導入されても、混合診療の費用が急増しないことは確実です。

「ベクトルの変化」を止めることは可能

もう一つ見落としてならないことは、医療政策の転換により、この「ベクトルの変化」を部分的に止めるか、多少でも逆転することは十分可能だし、過去にもその実績があることです。私が国際フォーラムでの報告で、福田・麻生政権の下で、「社会保障の機能強化」路線への転換が生じ、それが初期の民主党政権でも踏襲されたことを強調したのは、そのためです。

具体的には麻生政権時代に、小泉政権時代に閣議決定された、社会保障費の自然増を毎年2200億円抑制するとの数値目標は事実上棚上げされました。さらに、民主党政権時代の2010年と2012年の診療報酬改定では、薬価引き下げ分の薬剤費節減額全額が、医療機関に支払われる診療報酬引き上げの財源に振り替えられたために、診療報酬「本体」は、それぞれ約5000億円引き上げられました(ただし、薬価引き下げ分を含む医療費「全体」の引き上げ幅はほとんどゼロでした)。これらの政策転換により、医療危機・医療荒廃が相当程度改善しました。

ただし、このような政策転換は決して自然に生じたのではなく、小泉政権がもたらした医療危機・医療荒廃に対して、日本医師会等の医療団体、良識ある医師、諸政党(民主党等当時の野党だけでなく、自民党内良識派も含む)、医療・社会保障の運動団体、多くの患者団体、良心的ジャーナリスト等が立ち上がった「運動」の結果生じたと評価できます。

研究者の研究・言論活動も寄与

そして、このような流れの変化に、私や権丈善一氏(慶應義塾大学商学部教授)をはじめとした「社会保障の機能強化」派の研究者の研究・言論活動が多少は寄与したと思います。

例えば、医師会・医療団体が小泉政権の厳しい公的医療費抑制政策にまだ打ちのめされていた2007年4月に大阪市で開かれた第27回日本医学会総会シンポジウム「世界の医療と日本の医療」の基調講演「『よりよい医療制度』を目指した改革」で、私は初めて、3種類の「医療改革の希望の芽」が生じていることを指摘しました。(1)医療・経営情報公開の制度化と医療法人制度改革、および医療専門職団体の自己規律が強化された。(2)小泉政権全盛時には医療費抑制政策を支持していた全国紙の報道姿勢が変化し始めた。(2)第一次安倍政権が小泉政権が導入した厳しい医療費抑制政策の部分的な見直しを行った(「医療改革-敢えて『希望を語る』」『日本医事新報』4335号:77-80頁。その後補足して、『医療改革-危機から希望へ』勁草書房,2007,第1章第3節)。この「芽」は、その後、福田・麻生政権時代に拡大しました。

権丈善一氏が、福田・麻生政権時代に設けられた社会保障国民会議で八面六臂の活躍をし、「社会保障の機能強化」への路線転換を主導したこともよく知られています。

このような経験を踏まえれば、今後の公的医療費抑制と医療の営利化・産業化の進行は決して「避けられない現実」であるとは言えません。ただし、この流れをもう一度逆転させ、再び「社会保障の機能強化」を行うためには、医師会・医療団体が国民・患者に対して医療改革の明確な青写真(医療者・医療団体の自己改革を含む)を示すと共に、そのための財源を提示する必要があると思います。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算106回.2014年分その8:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○患者の選好は[アメリカの]メディケア医療費の地域的バラツキを多少、しかし有意に説明する
Baker LC, et al: Patients' preferences explain a small but significant share of regional variation in Medicare spending. Health Affairs 33(6):957-963,2014.[量的研究]

本研究は地域ごとの医療サービスに対する患者の選好(好み)の違いが、医療費の地域・医療圏間の差をどの程度説明できるかを検討する。医療圏の区分としては、「Dartmouth病院紹介地域(HRRs)アトラス」を用いた。患者の選好は、自己のかかりつけ医、健康状態の自己評価、死亡前6カ月間に受けることを希望する医療等6項目についての、患者質問紙調査に基づいて測定した。その結果、患者の選好はメディケア総医療費の地域(HRRs)差の5%を説明できることが分かった。それに対して、医療供給側の要因(人口当たりの医師数、専門医数、病床数)は地域差の23%を、患者の健康状態と所得は地域差の12%を説明できた。3種類の医療費(終末期医療費、入院医療費、医師サービス費)ごとに同様の計算をしたところ、終末期医療費では、健康、所得と選好の寄与率が供給要因より大きかった。以上から、患者の選好の違いはメディケア医療費のバラツキの一部を説明できると結論づけられる。メディケア政策は、医療費のバラツキへの対策を決める際、供給側の要因と患者の選好の両方を考慮すべきである。

二木コメントー「供給側」だけでなく「需要側」にも注目した、ユニークな医療費の地域差の要因研究です。ただし、「患者の選好」についての6つの質問項目はやや恣意的であると思います。

○医療情報技術が[アメリカの病院の]医療の費用と質に与える影響
Agha L: The effects of health information technology on the costs and quality of medical care. Journal of Health Economics 34:19-30,2014.[量的研究]

情報技術は幅広い経済部門の生産性向上と結びつけられている。医療情報技術は当該部門全体の生産性を変容させる潜勢力を持つ代表的なイノベーションとみなされている。本論文では、医療情報技術の医療の質と強度に対する影響を分析する。1998~2005年のメディケア医療費請求データに含まれる3900病院の250万人の入院患者データを用いた固定効果回帰分析により、各病院の医療情報技術投資の影響を推計した。その結果、医療情報技術は医療費請求の毎年1.5%の上昇と関連しており、(p=0.056)、医療情報技術導入後5年経っても費用節減効果はまったく認められなかった。医療情報技術は、医療の質(死亡率、薬の副作用、再入院率で測定)にもほとんど影響していなかった。

二木コメント-著者によると、全米の病院データを用いて、マクロ経済レベルで、医療情報技術が医療費に与える影響を分析した世界初の論文だそうです。日本でも、アメリカでも、医療情報技術の医療費抑制効果への期待が高まっていますが、本論文はそれに冷や水を浴びせています。本論文の「医療情報技術投資」の定義は粗いですが、少なくともマクロ経済レベルではそれに医療費抑制効果がないことは間違いないと思います。

○[アメリカにおける]在宅ヘルスケア市場における競争と質
Jung K, et al: Competition and quality in home health care markets. Health Economics 23(3):298-313,2014.[量的研究]

市場メカニズムを用いた解決策がしばしば医療の質を改善するために提案されるが、病院以外の場での競争の質に対する役割についてのエビデンスはほとんどない。そこで、在宅ヘルスケア[in home heath care:医療サービスだけでなく介護サービスも含む-二木]における競争と質の関係を調査した。在宅ヘルスケア市場は、サービスが患者の自宅で提供され、そのために事業者の市場への参入・撤退費用が安いという点で、他の市場と異なっている。2000年代初頭6年間のメディケア受給者のパネルデータを用いて、質と競争との関数関係を推計した。質の指標としては、機能(ADL)改善、在宅サービスの訪問回数、病院に入院しない在宅の継続の3つを用いた。競争はHerfindahl-Hirshman 指数で測定した。競争と在宅ヘルスケアの質との関係は非線形であり、そのパターンは3種類の質指標で異なっていた。競争は、機能改善と訪問回数には、多くの場合正の効果があったが、競争がもっとも激しい市場では、機能改善は相当減少していた。競争は病院に入院しない在宅継続には負の効果があり、この関係は競争が最も激しい市場で一番強かった。以上の結果は従来の病院市場についての先行研究と異なっており、医療における競争促進政策を開発する際には、市場の性格の違いを考慮すべきことを示唆している。

二木コメント-在宅ヘルスケア市場における競争とケアの質の関係についての初めての大規模な実証研究と思います。「考察」で執筆者は、「競争の激しさと質との負の関係は直感に反する」(310頁)としていますが、競争がもっとも激しい地域では、病院に入院しない在宅継続が減少し(つまり入院が増加し)、訪問回数が増加することは、日本で経験的に確認されていることと合致すると思います。

○[アメリカの]営利メディケア在宅ケア事業所は、非営利事業所に比べ、費用が高く質は低い
Cabin W, et al: For-profit Medicare home health agencies' costs appear higher and quality appears lower compared to nonprofit agencies. Health Affairs 33(8):1460-1465,2014.[量的研究]

営利の在宅ケア事業所は1980年まではメディケアで禁止されていたが、現在では在宅ケア事業所の過半数を占めるに至っている。メディケアの在宅ケア費は2000年にリスクを調整した包括払い導入後急増している。そこで全米データを用いて、各事業所の費用とケースミックス調整済みの質アウトカムを分析して、営利事業所と非営利事業所とのパフォーマンスを比較した。営利事業所の総合的質スコアは非営利事業所に比べてわずかだが有意に低かった(それぞれ77.18%、78.71%)。注目すべきことに、営利事業所は臨床的に重要なアウトカムである再入院の予防面で、非営利事業所より低かった(それぞれ71.64%、73.53%)。営利事業所は、非営利事業所に比べ、1人当たり費用が高く(それぞれ4827ドル、4075ドル)、利益率も高く、管理運営費用も高かった。これらの結果は、営利事業所が営利事業所がこのままメディケア支払いの対象であり続けること、およびメディケアの市場志向的でリスク調整済みの在宅ケア支払い方式に対する懸念を生んでいる。

二木コメント-在宅ケアでも、営利事業所と非営利事業所との差はケアの質面では少ないが、費用面では相当大きい(営利の方が非営利より18.4%高い)と言えます。これは、病院についての実証研究の結果とほぼ同じです。

○[アメリカにおけるプライマリケア診療所の]多数保険者のメディカルホーム介入への参加と医療の質、利用、費用の変化との関連
Friedberg MW, et al: Association between participation in a multipayer medical home intervention and changes in quality, utilization, and costs of care. JAMA. 311(8):815-825,2014.[量的研究]

伝統的なプライマリケア診療をメディカルホーム(医療チームによるケア提供モデル)に転換する介入が増えているが、それの質改善・費用抑制効果は不明である。そこで、「南西ペンシルバニア慢性期医療事業」(アメリカで最も古く最も大規模な、多数保険者が運営するメディカルホームのパイロット事業)に自主的に参加しているプライマリケア診療所32の患者64,243人を対象にして、メディカルホームへの参加と医療の質、利用、費用の変化の関連を測定した。対照群はそれに加入していない29診療所の患者55,959人である。参加した診療所は、患者の病名を登録し、技術指導を受けると共に、全米質保証委員会(NCQA)で設定した患者中心メディカルホームの基準を満たすとボーナス支払いを受けた。糖尿病、喘息、予防医療に関する11の医療の指標、病院・救急外来・診療所外来の利用回数、および標準化された医療費を測定した。

介入群(パイロット事業参加群)はNCQAの基準をすべて達成した。介入群の患者では11の質指標のうち1つのみ、対照群の患者より有意に改善していた。介入群では、医療利用と医療費の有意な変化はなかった。介入群の診療所は3年間の介入期間中に医師1人当たり92,000ドル(約920万円)のボーナスを得ていた。

二木コメント-大規模パイロット事業で、メディカルホームの医療の質の改善はごく限定的であり、費用も削減できない、介入費用(ボーナス)を含めた総費用は対照群よりも相当高くなることが、改めて示されたと言えます。日本でも最近は、保健医療福祉の多職種連携の促進が強調されており、私もそれに賛成ですが、それによる費用削減は期待できないと思います。

○[アメリカの]退役軍人庁が2010~2012年に実施した患者中心のメディカルホーム事業はわずかな経済的効果をもたらした
Hebert PL, et al: Patient-centered medical home initiative produced modest economic results for Veterans Health Administration, 2010-2012. Health Affairs 33(6):980-987,2014.[量的研究]

2010年に退役軍人庁は全米で「患者提携医療チーム(PACT)」事業を開始した。これは退役軍人庁のすべてのプライマリケア診療所を患者中心のメディカホームモデルに再編するものであった。この事業の2010~2012会計年度のデータを分析して、医療の利用・費用の趨勢がPACT導入後どのように変わったかを評価した。その結果、PACT導入はプライマリケア診療所受診のわずかな増加及び入院と精神科専門医の外来受診のわずかな増加と関連していた。これらの変化により医療費は5億9600万ドル節減できたが、PACT投資に7億7400万ドルかかったため、調査期間では正味1億7800万ドルの費用増加となった。しかし、PACTは発展途上であり、費用と利用の趨勢は好転しつつある。患者中心の医療の導入は退役軍人庁にとって重大な財政リスクを生んではいない。

二木コメント-なんとも回りくどい表現ですが、要するに、退役軍人庁のメディカルホーム事業でも、介入費用を加えた総費用は増加したという、前論文と同じ結果です。

なお、本「ニューズレター」では今までに、メディカルホームに関する以下の3本の論文の抄訳を紹介しましたが、いずれでもそれによる費用削減は確認されていません。

○[アメリカ]カリフォルニア州の[病院の]救急部の閉鎖は近隣病院の[救急部受診後]入院患者死亡率の上昇と関連している
Liu C, et al: California emergency department closures are associated with increased inpatient mortality at nearby hospitals. Health Affairs 33(8):1323-1329,2014.[量的研究]

1996~2009年に全米で、救急部受診患者数は51%も増加したが、救急部数は逆に6%減少し、その結果全米の救急部の負担はかってなく増えている。しかも救急部は、低所得患者や無保険患者にとっての「最後のセイフティネット」となっているため、これらの人々への影響は甚大な可能性がある。救急部の閉鎖が近隣地域に与える影響を明らかにするために、カリフォルニア州で1999~2010年に閉鎖した全救急部を見出し、救急部閉鎖と近隣病院の救急部を受診後入院した患者(以下、入院患者)の死亡率との関連を検討した。

この期間に閉鎖された救急部は合計48であり、そのうち26は病院そのものの閉鎖に伴うものであった。この期間中の入院患者の4分の1は、救急部を閉鎖した病院の近隣病院に入院しており、しかもこのような病院ではそうでない病院に比べて入院患者の死亡率が5%高かった。死亡率は、非高齢患者及び、心筋梗塞、脳卒中、敗血症等、緊急の治療を要する患者で特に高かった。このような関連は、救急部の閉鎖の影響は調査期間中ずっと続くと見なしても、閉鎖後2年だけに限られると見なしても、同様に認められた。このことは、救急部の閉鎖は患者アウトカムに対して波及効果を有することを示唆しており、医療制度・政策の立案者は救急部閉鎖を規制するときにこの点を考慮に入れるべきである。

二木コメント-病院の救急部閉鎖の医学的「波及効果」を調査した貴重な研究と思います。ただし、アメリカの病院の救急部は日本のそれとは性格が相当異なります。

○[アメリカの]宗教法人、その他の非営利法人、および営利法人の病院の地域貢献活動:2000-2009年の時系列分析
Ferdinand AO, et al: Community benefits provided by religious, other nonprofit, and for-profit hospitals: A longitudinal analysis 2000-2009. Health Care Management Review 39(2):145-153,2014.[量的研究]

非営利病院は免税特権に見合って地域貢献活動を行うことが期待されているが、最近の財政制約により、どの程度までの免税が正当なのかについての疑問が生じている。非営利病院と営利病院とを比較した実証研究の結果はバラバラである。しかし、非営利病院は均一ではなく、宗教法人立病院(以下、宗教病院)、地域所有病院と大学病院を含んでいる。本時系列分析では、2つの回帰分析により、宗教病院の地域貢献活動をその他の非営利病院や営利病院と比較すると共に、その活動が2000~2009年にどのように変化してきたのかを検討する。病院総数のうち11%が宗教病院であり、それらによる地域貢献の価値(9つ又は11の指標の合計で判定)は他の2種類の病院を有意に上回っていた。病院全体の地域貢献活動は近年増加していたが、最近(2008年)の経済不況以降は増勢が止まっていた。

二木コメント-非営利病院を宗教病院とその他の病院とに二分するのは、現実的と思います。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その119)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

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