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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻121号)』(転載)

二木立

発行日2014年08月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:「患者申出療養」の内容と背景と影響を複眼的に考える

(「二木学長の医療時評(124)」『文化連情報』2014年8月号(437号):18-22頁)

はじめに

6月10日朝、田村憲久厚生労働大臣と稲田朋美行政改革大臣は、安倍首相の指示を受けて「患者申出療養(仮称)」を創設することで合意し、同日午後、安倍首相は慶應義塾大学病院視察時にそれを公表しました。

両大臣合意文書「新たな保険外併用療養の仕組みの創設」冒頭の「趣旨」は、以下の通りです。「困難な病気と闘う患者からの申出を起点として、国内未承認医薬品等の使用や国内承認済みの医薬品等の適応外使用などを迅速に保険外併用療養として使用できるよう、保険外併用療養費制度の中に、法改正により、新たな仕組みとして、『患者申出療養(仮称)』を創設し、患者の治療の選択肢を拡大する」(以下、「仮称」は略)。

この方針は、6月13日の規制改革会議第2次答申、6月24日の閣議決定「規制改革実施計画」にそのまま盛り込まれました。両文書とも、「患者申出療養」を「健康・医療分野」の改革の「個別措置事項」のトップに位置づけました。この点は、1年前の2013年の「規制改革実施計画」では、保険外併用療養の拡大は「再生医療の推進」の中に「先進医療の大幅拡大」としてごく限定的に書かれたにすぎなかったのと大違いです。そのために、医療団体・医療関係者の中には、「患者申出療養」が「混合診療の全面解禁に道を開く」等との激しい反応も見られます。

本稿では、この「患者申出療養」について、以下の4本柱で検討します。まず、「患者申出療養」と規制改革会議が3月27日に提案した「選択療養制度」原案を比較し、内容的には両者は別物であることを指摘します(以下、「原案」は略)。次に、この制度が閣議決定された「政治的背景」について推察します。3番目に、今後「患者申出療養」が制度化された場合の影響(「楽観シナリオ」と「悲観シナリオ」)を予測し、それがすぐには「混合診療全面解禁」につながらないことを指摘します。最後に、「患者申出療養」は今後の医療改革の「脇役」にすぎないことに注意を喚起します。

「選択療養制度」と「患者申出療養」は別物

「患者申出療養」は、形式的には、「選択療養制度」を「起点」としているのは確かです。しかし、内容的にはまったく別物と言えます。

本連載(122)「規制改革会議『選択療養制度』提案の問題点と実現可能性を考える」(435号)で指摘したように、「選択療養制度」は、医療機関の限定も、医療行為の限定も含まない、「医療の安全や質の保障への配慮を欠いた、実にアブナイ提案」であり、「混合診療の事実上の全面解禁を意味」していました。

それに対して、「患者申出療養」には、以下の3点の変更・確認が加えられ、現行の保険外併用療養費制度の枠内での改革であることが明示されました。

(1)「選択療養制度」では安全性・有効性は事実上「事後確認」とされていましたが、「患者申出療養」では「国において、専門家の合議で安全性・有効性を確認する」とされ、「事前確認」の原則が守られました。規制改革会議の「選択療養制度」に対する批判は、安全性・有効性の「事前確認」がないことに集中していたため、規制改革会議も、この点については、4月16日に発表した選択療養制度第一次修正案の段階で、早々と譲歩しました(本連載(122)の「補足」参照)。

(2)「選択療養制度」では、それを実施する医療機関の限定はまったくされませんでしたが、「患者申出療養」では、「対応医療機関」は「前例がない診療」については臨床研究中核病院(全国で15病院を予定)に限定されました。これは、本年3月12日の中医協総会で了承された「国家戦略特区における先進医療制度の運用について」で、対象医療機関が「臨床研究中核病院等と同水準の国際医療拠点」に限定されたのと、ほぼ同じ扱いです。「前例がある診療」についても、実施を希望する「患者に身近な医療機関」が、前例を扱った臨床研究中核病院に申請することになりました。規制改革会議は、(1)で早々と妥協したのと異なり、医療機関を限定しないことには最後までこだわり、岡素之議長も4月23日の記者会見でそのことを何度も強調しました(記者会見録7,16頁)。それだけに、両大臣文書に医療機関の限定が盛り込まれた政治的意味は大きいと思います。

(3)「選択療養制度」では、それで認められた医療の保険収載への道が曖昧でしたが、「患者申出療養」では、「保険収載に向け、治験等に進むための判断ができるよう、実施計画を作成し、国において確認するとともに、実施に伴う重篤な有害事象や実施状況、結果等について報告を求める」と明記されました。これは、現行の「先進医療」の扱いに準じています。安倍首相も、6月10日の記者会見で、「安全性や有効性が確立すれば、最終的には国民皆保険の下、保険の適用を行っていく」と明言しました。

この限りでは、規制改革会議・首相・官邸が「名」を取り、厚生労働省がギリギリ「実」をとったと言えなくもありません。

「法改正により」制度化する政治的背景

他面、このような表層的理解にとどまっていては、法技術上は、現行の保険外併用療養費制度の運用変更により実施できる改革をわざわざ「法改正により、新たな仕組み」とすることになった理由、政治的背景を説明できません。私は、それは安倍首相の強い意志・思い入れがあること、および厚生労働省の側に「弱み」があり首相・官邸の指示に最後までは抵抗できなかったことだと推察しています。以下は、医療政策の内実に精通している私の友人約20人から得た非公式情報を私なりに整理した「仮説」です。

安倍首相の意志・思い入れは2つあると思います。1つは政治的思い入れです。安倍首相は、「アベノミクス」の第3の矢(成長戦略)の柱の1つとして、昨年の「日本再興戦略」で「健康長寿産業」を掲げたにもかかわらず、中身は民主党政権時代の「新成長戦略」を手直ししたレベルにとどまり、市場へのインパクトに欠けました。安倍首相は、その反省に立って、「患者申出療養」を医療改革の目玉にしようとしたと思います。ただし、規制改革会議の岡議長は5月28日の記者会見で、新しい「制度によって、即、経済成長に、あるいは成長戦略につながるということにはならない」と明言しており、安倍首相の思い入れとの間には大きなズレがあります(記者会見録7頁)。私自身は、この点については、岡議長の判断が正しいと思いますし、これが大方の理解です。

もう1つは個人的思い入れです。安倍首相が2007年に首相退陣をした直接の契機は持病の潰瘍性大腸炎の悪化でしたが、その難病を2009年に保険収載された「特効薬」(アサコール)により克服できたとされています。この新薬が、保険収載される前に使用可能であったなら、2007年に退陣しないで済んだとの首相の無念の思いが、「患者申出療養」にこだわったもう一つの理由と思います(同薬は1984年に開発国のスイスで承認され、その後1985年にイギリスで、1992年にアメリカで承認されました)。この「総理の思い」は、4月23日の規制改革会議で、森下竜一委員が二度も指摘しました(議事録14,26頁)。

なお、私の調べた限りでは、10年前の小泉政権時代の混合診療解禁論争時には、宮内義彦氏、竹中平蔵氏、八代尚宏氏等の強力な「ブレーン」がいたのと異なり、安倍首相にはこの面での特定の「ブレーン」はいないようです。ただし、経済産業省から内閣府や官邸に出向している官僚が、成長戦略の一環としての混合診療拡大を首相に強く進言したことは間違いないようです。

私は、このような安倍首相サイドの事情に加えて、厚生労働省の側に2つの「弱み」があり、安倍首相・官邸の指示に最後まで抵抗できなかったと推察しています。1つは、通常国会に提出された厚生労働省所管の法案の不備が次々と明らかになったことです。主なものは、医療・介護総合確保法案の趣旨説明の配布文書の誤りと労働者派遣法改正案の条文の誤りです。このために、医療・介護総合確保法の成立は当初予定より大幅に遅れ、労働者派遣法改正案は廃案に追い込まれました。もう1つは、本年7月から、全省庁の審議官級以上の幹部人事は内閣人事局が一元管理することになり、しかもその担当大臣に「選択療養制度」の急先鋒である稲田行政改革大臣が就任したことです。特に、人事・出世に敏感な事務官にとってこれは大変な脅威であり、省内外で「正論」を言えない雰囲気が生まれたようです。

「楽観シナリオ」と「悲観シナリオ」

「患者申出療養」はまだ骨格が決まっただけであり、しかも両大臣合意文書には「玉虫色」の表現が少なくありません。今後、厚生労働省サイドでは、社会保障制度審議会医療保険部会と中医協で制度具体化の議論が進められますが、それに対する安倍首相・官邸サイドからの強い圧力が加わることは確実であり、最終的な制度の姿は不透明です。そもそも、「政局は一寸先は闇」であり、安倍首相が、現在の独裁的とも言える政権運営を今後も貫けるとは限りません。これらのことを踏まえた上で、少し気が早いですが、「患者申出療養」についての「楽観シナリオ」と「悲観シナリオ」についての思考実験をしてみました。

「楽観シナリオ」は、厚生労働省サイドの奮闘により、「患者申出療養」の審査が厳格に行われ、それの普及がごく限定的にとどまることです。首相・規制改革会議サイドは、現行の先進医療制度でカバーされない「国内未承認医薬品等」が多数存在するかのように主張していますが、本年4月17日の先進医療会議では、多くの構成員がそれに疑問を呈しました。例えば、福井次矢氏は次のように述べました。「私は診療ガイドラインの作成に随分かかわってきたのですけれども、10年近く前は確かに海外で承認されていて日本で使えないという薬をガイドラインに書かざるを得ない状況があったのですが、最近はほとんどなくなってきていて、ちゃんとエビデンスがあってこれを進められるという事柄については最近、私が見ているガイドラインについては、随分目に触れなかったというのが感触です」。

「悲観シナリオ」は、ネットの情報を鵜呑みにして自分が望む治療を求める患者の増加を背景にして、「患者申出療養」の申請が殺到する一方、「前例がない診療」については、「原則6週間で国が判断し、受診できるようにする」とのシバリがあるために、「専門家の合議」での安全性・有効性の確認が疎かにされ、医療事故が多発することです。ここで注意すべきことは、両大臣合意文書では、「専門家の会議」ではなく「専門家の合議」と書かれていることであり、これは正規の委員会(だけ)でなく、ネット上の意見交換での「合議」も想定されていることです。特に、官邸の意向で、混合診療解禁派の医師が「専門家」として送り込まれた場合は、安全性・有効性の確認よりも、「患者申出療養」の対象拡大が優先される危険があります。

「混合診療全面解禁」にはつながらない

ただし、今回の「患者申出療養」がストレートに混合診療の全面解禁あるいは実質解禁につながる「地獄のシナリオ」は考えられません。まず、10年前の混合診療解禁論争時と異なり、現在は、公式に混合診療全面解禁を主張している団体や個人は存在しません。他面、安全性・有効性が確認された新薬等が保険収載されず、「患者申出療養」に長期間据え置かれ、しかもそれの実施施設が診療所・中小病院まで広く認められた場合は、混合診療の実質解禁に近くなります。しかし、その場合は高所得患者しかそれを受けられないことになり、国民・患者の憤激を生むことは確実で、政治的に不可能です。

財政的に見ても、「患者申出療養」が両大臣合意通りに実施された場合には、結果的に現在よりも保険収載される医薬品等が増し、その分公的医療費も増えることになります。これを予防するためにも、「患者申出療養」の対象が厳格化される可能性が大きいと思います。

「患者申出療養」は脇役にすぎない

最後に、「患者申出療養」についての一般の報道では見落とされている盲点を指摘します。それは、「患者申出療養」は今後の医療改革の「主役」ではなく、「脇役」、「当て馬」にすぎないことです。これには二重の意味があります。

大きくは、今後の医療改革の「主役」は医療・介護総合確保法に示された医療提供体制改革と来年の健康保険法改正で予定されているさまざまな法定患者負担拡大(入院時給食の自己負担増、外来受診時定額負担等)だからです。

混合診療(保険外併用療養費制度)の拡大に限定しても、実は「患者申出療養」は脇役にすぎません。この点は、6月24日に「規制改革実施計画」と共に閣議決定された「日本再興戦略(改訂版)」と「骨太方針2014」を見れば、明らかです。まず、「日本再興戦略(改訂版)」では、「国民の『健康寿命』の延伸」(第1の「戦略市場創造プラン」)の「新たに講ずべき具体的施策」が4つ上げられていますが、「保険給付対象範囲の整理・検討」の順位は3番目であり、しかも「患者申出療養」はそれの「最先端の医療技術・医薬品等への迅速なアクセス確保(保険外併用療養費制度の大幅拡大)の5つの施策の5番目(最後)に書かれているだけです(97-98頁)。それよりも上位に書かれているのは、以下の施策です:先進的な医療へのアクセス向上(評価療養)、療養時のアメニティの向上(選定療養)、革新的な医療技術等の保険適用の評価時の費用対効果分析の導入等、「日本版コンパッショネートユース」の導入。さらに「骨太方針2014」には、意外なことに「患者申出療養」そのものの記述がなく、「健康長寿を社会の活力に」の項の注に、小さく「国民皆保険を堅持した上で、保険外併用療養費制度の拡充(国内未承認医薬品等の迅速な使用)を行う」と1行書かれているだけです(10頁)。

しかも、同じ閣議決定と言っても、「日本再興戦略(改訂版)」と「骨太方針2014」は「規制改革実施計画」よりも「格上」です。医療団体・医療関係者は、「患者申出療養」への過度な不安を持つことなく、冷静に対処すべきと思います。

[本稿は『日本医事新報』2014年7月12日号(4707号)に掲載した「『患者申出療養』は混合診療全面解禁につながるか?」に加筆したものです。]

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3.インタビュー:医療再生を問う 医療費抑制一辺倒では高齢者増に対応できない

(『週刊東洋経済』2014年7月19日号(6538号):65頁)

――二木さんはこれまで多くの著作を通じて、歴代政権の医療政策の批判的検証を続けてこられました。安倍政権の医療政策にはどのような特徴がありますか。

伝統的な医療費抑制政策の徹底および医療の部分的な営利産業化だ。後者については、現在も例外的に認められている混合診療の新たな類型として「患者申出療養」の創設が6月24日に閣議決定された「『日本再興戦略』改定2014」に盛り込まれた。ただし、医療の営利産業化はあくまでも補助的であり、患者申出療養の普及は限定的だろう。現政権の医療政策の主な柱はあくまでも医療費抑制政策および規制強化であり、4月の診療報酬改定および新たに成立した医療介護総合確保法でも、その考え方が貫かれている。

――4月の診療報酬改定で最も注目すべき点は何ですか。

世の中では「7対1病床」の削減に注目が集まっているが、全体改定率の実質マイナスのほうが影響が大きい。薬価・医療材料の引き下げ財源を診療報酬本体に回す慣行が打ち切られたからだ。消費税増税に対応した引き上げ分を除くと、医療機関が手にする診療報酬本体の実質増加額はわずか400億円。これでは、医療の機能強化は進まない。急性期病院では、消費税増税に伴う医療材料などのコストアップに診療報酬引き上げが追いつかず、隠れた大きな経営問題になっているようだ。

――7対1病床絞り込みのインパクトはどうでしょうか。

削減策にはトリックがある。06年診療報酬改定での導入から6年間で36万床まで急増した7対1病床を今後2年間で9万床削減する「方針」があるといわれているが、財政制度等審議会の財政制度分科会で配布された資料(1月28日)に記述があるだけで、厚生労働省は一度も数値目標として言及したことはない。現実に大幅に減らすことが難しいことがわかっているからだろう。

今回、7対1病床の削減が進むとしたら、いわゆる一般急性期病床の看護職員配置は10対1または13対1へと、現在よりもはるかに手薄になり、看護職員の労働条件は大幅に悪化する。それでは、現在の20日程度の平均在院日数を将来9日にするなどというのは夢物語。そんなことを無理に行ったら、看護職員の離職が急増し、看護危機が再燃する危険性がある。医療機関側も7対1基準の維持に全力を尽くすことからも、削減はあまり進まないだろう。

――超高齢者社会を踏まえて望ましい医療政策は何でしょうか。

病院の看護職員増と在院日数短縮だ。現実に、厚労省が11年6月に公表した医療の「25年モデル」のオリジナル版では、入院患者急増に対応するために一般病床の平均在院日数短縮(19~20日程度→一般急性期の場合で9日程度)を実現するには病床当たりの職員数を6割増やす必要があるとされていた。5対1や3対1も視野に入っていたと思う。

ところが、11年11月に中央社会保険医療協議会に提示された25年医療モデルの修正版では、職員数を増やす必要性があるとの記述がなくなったうえに、高度急性期病床に限って7対1基準の看護職員配置が必要であるかのごとき表現に変わった。これでは入院患者の急増に対応できない。 。

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4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算103回.2014年分その5:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○アメリカの年齢・性別医療費の2002~2010年の趨勢
Lassman D, et al: US health spending trends by age and gender: Selected years 2002-10. Health Affairs 33(5):815-822,2014.[量的研究]

本論文では、2002~2012年の年齢・性別対人医療費の推計結果を示し、小児(0~18歳)、生産年齢人口、高齢者(65歳以上)別の医療費分布を検討する。この期間では、小児の総医療費の伸び率がもっとも低かった。しかし、1人当たり小児医療費の平均年間伸び率(5.5%)は、生産年齢人口(5.2%)、高齢者(4.1%)より高かった。高齢者の1人当たり医療費は小児のそれの約5倍であった(2002年5.63倍、2010年5.08倍)。[高齢者1人当たり医療費の非高齢者のそれに対する倍率は、2002年の3.73倍から2010年の3.42倍へと漸減していた-表1より二木計算]。全期間とも女の1人当たり医療費は男より高かったが、両者の乖離は2010年には縮小していた。メディケア・パートD(薬剤費給付)の導入、最近の経済不況、ベビーブーマー世代の高齢化は調査期間の医療費の趨勢と分布に影響を与えていた。

二木コメント-本論文でもっとも注目すべきことは、高齢者1人当たり医療費の伸び率が非高齢者のそれよりも低いこと、その結果1人当たり医療費の高齢者・非高齢者格差(倍率)も漸減していることだと思います。日本ではこの種のデータは「国民医療費」に含まれていますが、アメリカの「総医療費」データには含まれていません。

○[アメリカの]1980~2006年の医療費増加を要因別に分解したところ、毎年の治療費[単価]増加の寄与率が最も高かった
Starr M, et al: Decomposing growth in spending finds annual cost of treatment contributed most to spending growth, 1980-2006. Health Affairs 33(5):823-831,2014.[量的研究]

研究者は1980年代以降の医療費増加の要因について論争を続けている。Kenneth Thorpeに率いられた陣営は、慢性疾患で治療を受ける人口の増加が主因との結果を得ている。それに対して、Charles RoehrigとDavid Rousseauは、医療費増加の四分の三は疾患当たりの治療費増加を反映しているとの、逆の結論に達している。全国データを用いて、両者の主張を再検証したところ、1980~2006年の実質医療費増加の70%は治療費増加により説明できることを見いだした。1997~2006年には慢性疾患の治療を受ける人口増加の寄与率が上昇したが、それでも三分の一にとどまっていた。本研究の重要な政策的含意は、慢性疾患マネジメントを改善するプログラムは医療費増加率をわずかしか(modestly)抑制できないと思われることである。

二木コメント-アメリカの医療費増加要因についての最新の研究・論争です。日本では「名目医療費」の増加要因が検討されるのに対して、アメリカでは「実質医療費」(インフレ調整済み)の増加要因が検討されることに注意が必要です。

○[アメリカにおける医療の]垂直統合:病院の医師グループ所有は料金と費用の高さと関連している
Baker LC, et al: Vertical integration: Hospital ownership of physician practices is associated with higher prices and spending. Health Affairs 33(5):756-763,2014.[量的研究]

病院と医師グループとの契約関係と所有関係の結果を検討した。これらはしばしば垂直統合と呼ばれており、各部門間のコミュニケーションの改善により医療費抑制と医療の質の改善を達成できるとされている。他面、それは医療提供者の市場支配力を増し、実質的には不適切な患者紹介リベートと見なしうる支払いを増加するとも言われている。2001~2007年の民間医療保険加入の非高齢者の入院医療費請求データ(Truven Analytics MarketScan)を用いて、(1)入院医療価格(1入院当たり入院費用)、(2)入院患者数(加入者1人当たり入院件数)、および(3)加入者1人当たり費用についての郡レベルの年齢・性調整済み指数を作成し、それらに各病院の病院・医師統合の程度がどの程度影響しているかを調査した。病院・医師統合の程度はアメリカ病院協会のデータを用いて測定した。その結果、医師グループと一番強い垂直統合を行っている病院(医師グループを所有)の市場シェアの増加は、入院医療価格と保険加入者費用の増加と関連していることが分かった。それに対して、病院と医師との契約による統合の増加は、入院患者数の減少と関連していたが、その影響は軽微であった。民間保険加入者の視点からは、垂直統合には功罪両面があるが、どちらかといえば否定的面が大きいと言える。

二木コメント-日本では、最近は、「ホールディングカンパニー」との関連で、アメリカの医療提供組織の垂直統合のプラス面のみが強調され、それが医療費増加を招くことが見落とされていると思います。なお、私が2001年に「保健・医療・福祉複合体とIDS[integrated delivery system.「統合(医療)提供システム」]の日米比較研究」(文献研究と現地調査)を行ったときにも、IDSによる費用削減を実証した研究はほとんどありませんでした(『21世紀初頭の医療と介護』勁草書房,2001,第V章)。

○[アメリカにおいて]社会経済的データを再入院率の計算に加えると、より有用な結果が得られる可能性がある
Nagasako EM, et al: Adding socioeconomic data to hospital readmissions calculations may produce more useful results. Health Affairs 33(5):786-791,2014.[量的研究]

リスク調整済みの[退院後]30日以内の再入院率の計算が社会的要因によってどの程度影響を受けるかを明らかにするために、ミズリー州の病院を退院した急性心筋梗塞、心不全、肺炎の全メディケア患者の再入院率を2つのモデルを用いて計算し、比較した。第1のモデルは現在メディケア・メディケイド・サービスセンターが、メディケア患者の疾患別再入院率の公開時に用いているものである。第2のモデルは、第1のモデルに国勢調査等から得られる貧困率、教育年限、空室率等の社会経済的データを加えたものである。これらのデータを加えると、急性心筋梗塞、心不全、肺炎の患者の再入院率の計算結果が大きく変わることを見いだした。特に社会経済的データを加えることにより、病院間の再入院率のバラツキ(レインジ)は大きく低下した:上記3疾患別に、6.5から1.8へ、14.0から7.4へ、7.4から3.7へ低下した。興味深いことに、3疾患の平均再入院率は2つのモデル間で有意には変わらなかった。

二木コメント-社会経済的要因が病院の再入院率に大きな影響を与えることを実証した興味深い研究です。日本でも、今後、再入院率を検討する際、患者や病院の所在地域の社会経済的要因を考慮する必要があると思います。なお、本「ニューズレター」では、社会経済的要因が病院の在院日数に影響を与えることを実証した、以下の2つのベルギーの研究を紹介しました。

*[ベルギーにおける入院患者の]社会経済的状態が在院日数に与える影響を統合した入院医療費支払いのリスク調整式の作成 (Perelman J, et al: Deriving a risk-adjustment formula for hospital financing: Integrating the impact of socio-economic status on length of stay. Social Science & Medicine 66(1):88-98,2008)(45号:2008年5月)

*[ベルギーにおける]社会経済的要因が病院の在院日数に与える影響とそれが1入院当たり[診断群分類別]定額払い方式にもたらす結果
(Perelman J, et al: Impact of socioeconomic factors on in-patient length of stay and their consequences in per case hospital payment systems. Journal of Health Services Research & Policy 16(4):197-202,2011)(92号:2012年3月)

○[アメリカにおける]薬剤費の自己負担の廃止は心血管疾患の[医療]格差を縮小する
Choudhry NK, et al: Eliminating medication copayments reduces disparities in cardiovascular care. Health Affairs 33(5):863-870,2014.[量的研究]

アメリカでは心血管疾患医療における大きな人種・民族(ethnic)間格差が存在する。たとえば、アフリカ系アメリカ人やヒスパニックで心血管疾患の罹患者で、二次予防(アスピリンやベータブロッカーの服用等)を受けている者の割合は、白人に比べて10~40%低い。これらの薬剤の自己負担を減らすことはすべての心筋梗塞既往者のアウトカムを改善することが明らかにされているが、薬剤費の自己負担軽減が医療格差に与える影響は知られていない。心筋梗塞後無料薬剤処方経済評価モデル事業(被験者5855人のランダム化比較試験。対照は通常の薬剤費自己負担を行う)の結果を検討したところ、非白人患者は、白人患者に比べて、医薬品の服用順守率が有意に低く、臨床アウトカムが有意に悪かった。薬剤費の自己負担廃止により、白人、非白人とも医薬品服用順守率が上昇した。非白人患者では、重大な血管合併症または血管再建術は35%減少し、総医療費は70%低下した。医薬品自己負担の廃止は白人患者の臨床アウトカムと医療費には影響しなかった。以上の結果から、心筋梗塞後の医薬品自己負担軽減は心血管疾患の人種・民族間格差を縮小する可能性がある。

二木コメント-医薬品の自己負担廃止が、医療格差の軽減にも有用であることを実証した初めてのランダム化比較試験だそうです。ただし、これだけで総医療費が70%も減るとはにわかには信じられません。

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5.私の好きな名言・警句の紹介(その116)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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