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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻114号)』(転載)

二木立

発行日2014年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


おしらせ

上記2~4を含めて、私の学長としての主な挨拶やスピーチ等は、日本福祉大学のホームページ(http://www.n-fukushi.ac.jp/ 「学園・大学案内」→「大学概要」→「学長メッセージ」)に掲載しています。 ご興味のある方はご覧下さい。

私は学長就任後、学長として挨拶・スピーチをする際は、持ち時間を厳守するため、および失言をしないために、できるだけ事前に原稿を作成するようにしています。会場で急に挨拶や発言を求められた場合も、その場で手書きのメモを作成し、挨拶や発言をした後、大学または自宅ですぐに原稿化するようにしています。


1. 論文:第二次安倍内閣の医療・社会保障政策

-第8回日韓定期シンポジウムでの報告
(「二木学長の医療時評」(119)『文化連情報』2014年1月号(430号):26~32頁))

はじめに

日本では、2012年12月の衆議院議員選挙で(獲得議席面では)、安倍晋三総裁率いる自民党が地滑り的に勝利して、3年ぶりに政権に復帰し、「第二次安倍内閣」(自民党と公明党の連立政権)が発足しました。自民党は2013年7月の参議院議員選挙でも(獲得議席面では)大勝し、7年間続いていた「ねじれ国会」(衆議院と参議院の多数党が異なる)は解消されました。日本では特別の事態が生じない限り、今後3年間は国政選挙がないため、久しぶりに「安定政権」が成立したと言えます。

「第一次安倍内閣」(2006年9月~2007年8月)は、拙劣な政権運営と閣僚等のスキャンダル続出による参議院議員選挙(2007年)の大敗と首相自身の持病(潰瘍性大腸炎)悪化のため、わずか1年で崩壊し、それが2年後の2009年9月の民主党への政権交代の引き金になりました。安倍首相自身はきわめて保守的・復古的な思想の持ち主で、20世紀前半の日本の朝鮮植民地支配や中国侵略、および第二次世界大戦での日本の戦争責任を否定し、平和憲法の「改正」と軍事大国化を目指しています。しかし、第二次安倍内閣は発足後1年間、この点については封印し、「アベノミクス」(異次元の金融緩和、積極的な財政出動と成長戦略の「三本の矢」から成る)により、日本経済をデフレから脱却させることに注力しています。この政策そのものの妥当性と現実的効果(特に成長戦略)について私自身は懐疑的ですが、第二次安倍内閣がこれにより国民から高い支持を得ていることは事実です。

本報告では、第二次安倍内閣(以下、安倍内閣と略記)の医療・社会保障政策を、医療政策を中心に、検証します。その際、それ以前の3代の民主党政権(鳩山・菅・野田内閣。2009年9月~2012年12月)、およびその直近の自民党政権(福田・麻生内閣。2007年9月~2009年9月)の医療・社会保障政策との異同に注目します。結論的に言えば、安倍内閣の医療政策の中心は、伝統的な(公的)医療費抑制政策の徹底であり、部分的に医療の(営利)産業化政策も含んでいます。ただし、これらは安倍内閣が突如導入したものではなく、民主党政権(特に菅・野田内閣)の時代にすでに準備されていました。

実は私は、2012年の衆議院議員選挙直後に、安倍内閣は2013年の参議院議員選挙での勝利を確実にするために、参議院選挙前は「安全運転」に徹し、国民の反発を受ける医療・社会保障改革は行わないが、参議院議員選挙で勝利した場合には、それまで封印していた「劇薬的な改革が行われないとは言えない」と予測しました(文献1)。安倍首相は、参議院議員選挙で大勝した後の臨時国会で、国民の「知る権利」に大きな制約を加える特定秘密保護法案を強行採決するなど強権的姿勢を強めていますが、医療・社会保障改革に限っては、大枠で「安全運転」を続けています。

突き詰めると、日本では過去4年間に生じた2回の(逆方向の)政権交代にもかかわらず、医療政策の大枠は維持されており、「抜本改革」は行われていません。私は、民主党政権時代に、イギリス、アメリカ、韓国、日本等の先進国での最近の経験に基づいて、「政権交代でも医療制度・政策の根本は変わらない(「抜本改革」はない)という『経験則』」を提起したのですが(文献2)、今回の日本での政権再交代でもそのことが再確認されたと言えます。

1.伝統的な医療・社会保障費抑制政策の徹底

(1)「骨太方針2013」-小泉内閣時代への部分的先祖返り(文献3)

上述したように、安倍内閣は発足直後は「アベノミクス」によるデフレ経済からの脱却に集中していたため、医療・社会保障政策は明確ではありませんでした(率直に言えば、軽視されていました)。安倍内閣の社会保障政策の基本的考えが初めて明らかにされたのは、2013年6月に閣議決定された3つの文書、特に「経済財政運営と改革の基本方針」(以下、「骨太方針2013」)においてでした(他の2つの閣議決定については後述します)。

「骨太方針2013」でまず注目すべきことは、厳しい医療・社会保障費抑制政策を断行した小泉内閣時代(2001~2006年)の一連の「骨太の方針」(毎年策定)の中核的表現が復活したことです。具体的には、それの定番だった「持続可能な社会保障」的表現が本文中に7回も登場し、「社会保障制度についても聖域とはせず、見直しに取り組む」との象徴的表現も復活しました。これらは、同じ自公連立政権でも、福田・麻生内閣時の「骨太の方針」、および民主党・菅内閣の「新成長戦略」では削除されていました。逆に、福田内閣の「骨太の方針2008」で初めて登場して以来、麻生内閣、さらには民主党政権の3内閣の閣議決定でも踏襲された「社会保障の機能(の)強化」という表現が消失しました。

ただし、「骨太方針2013」は小泉内閣時代への全面的先祖返りではありません。まず、小泉内閣時代に常用された「小さくて効率的な政府」的な表現はなく、逆に、「目指すべき社会保障の規模は中福祉・中負担」とされました。次に、小泉内閣時代とは異なり、社会保障費削減(正確には、伸び率の抑制)の数値目標も盛り込まれませんでした。この方針は、その後の2014年度予算案の編成でも踏襲されています。

もう一つ見落としてならないことは、「骨太方針2013」のマクロ経済の3つの数値目標(2%以上の労働生産性の向上、名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度)が、菅内閣の「新成長戦略」の「マクロ経済目標」と全く同じことです。しかも、両文書とも単なるスローガンにすぎず、それを具体化する道筋は示していません。

以上は「骨太方針2013」の「総論」レベルの検討ですが、医療改革の「各論」には、医療保険制度、医療提供体制とも具体的改革方針はまったく書かれていませんでした。民主党の野田内閣時代の2012年8月に、民主党・自民党・公明党の3党合意により、消費税増税法とワンセットで成立した社会保障制度改革推進法には「給付の重点化」や「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化」が明記されていましたが、「骨太方針2013」には患者・国民負担の増加につながる施策は全く書かれていませんでした。これは、明らかに2013年7月に予定されていた参議院議員選挙対策です。

(2)社会保障制度改革国民会議報告-医療提供体制改革提案に注目(文献4)

参議院議員選挙直後の2013年8月6日「社会保障制度改革国民会議」(以下、国民会議)は報告書を安倍首相に提出しました。国民会議は、上述した社会保障制度改革推進法に基づいて、有識者のみで構成された法定組織で、しかも委員の大半は「社会保障の機能強化」を支持する人々でした。そのためもあり、国民会議報告書には、患者の負担増と給付の重点化(70~74歳の高齢患者の2割負担化、紹介状のない患者の大病院の外来受診時の定額負担導入、入院給食等の自己負担化等)と並んで、「社会保障の機能強化」のための積極的提案(特に「能力に応じた負担」、「低所得者への配慮」)も少なからず含まれました。

私は、国民会議報告書の医療提供体制改革提案は、従来のどの政府文書よりも詳細かつ明快であり、今後の改革議論の重要な叩き台になると判断しています。この点で私がまず注目したのは、「医療問題の日本的特徴」の項で、欧州に比べた日本の病院制度の特徴(私的病院主体の「規制緩和された市場依存型」)を指摘し、今後の改革は「市場の力」でもなく、「政府の力」でもない「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立」を提唱すると共に、「医療専門職集団の自己規律」を強調していることです。これは、医療提供体制改革の「第三の道」と言えます。

これを受けて、医療提供体制の「改革の方向性」の項では「提供者と政策当局の信頼関係こそが基礎になるべき」と明言し、様々な改革を提言しています。私は、特に以下の4つの提案に注目・共感しました。<1>「穏やかなゲートキーパー機能を備えた『かかりつけ医』の普及」、<2>「医療・介護サービスのネットワーク化」・「競争よりも協調」、<3>「非営利性や公共性の堅持を前提」とした医療法人制度改革、(4)医療提供体制の再構築のために「診療報酬・介護報酬とは別の財政支援の手法が不可欠」(消費税引き上げにより得られる公費の直接投入。「基金方式」)。

世界的に見て、日本と韓国の医療提供体制はもっとも類似しているので、社会保障制度改革国民会議の医療提供体制改革提案には、韓国にとっても参考になるものが少なくないと私は判断しています。

ただし、国民会議は1年間という設置期限を定められた組織であり、2013年8月に廃止されました。そのため、上記の積極的な医療提供体制改革提案が今後どの程度実現するかは不透明です。次に述べる社会保障制度改革プログラム法案の第4条(医療制度)には、私が注目・共感した上記4点のうち、<3>しか盛り込まれませんでした。

(3)社会保障制度改革プログラム法案-「自助」が前面に(文献4)

安倍内閣は、2013年8月21日、国民会議の「審議結果等を踏まえ」、社会保障制度改革プログラム法案の骨子を閣議決定しました。これには、国民会議報告書に含まれていた患者負担増と給付の重点化がすべて含まれています。ただし、公平に言えば、これらは、ほとんどが民主党政権の「社会保障・税一体改革」でも検討されていました。国民会議報告書と同じく、「保険外併用療養[混合診療]の拡充」方針は含まれませんでした。

私は、プログラム法案骨子の患者負担増と給付の重点化には賛成できませんが、それ以上に、同法案には、きわめて復古的な「理念」が含まれていることを危惧しています。具体的には、プログラム法案骨子の前文に、「[社会保障制度改革は]自らの生活を自ら又は家族相互の助け合いによって支える自助・自立を基本とし」とわざわざ明記し、国民会議報告書の「社会保険方式を基本とする」との考え方を事実上否定していることです。それに伴い、「社会保障の機能強化」という表現も消失しました。しかも、一般的にも、国民会議報告書でも、「互助」に含まれる「家族相互の助け合い」までも「自助」に含んでいます。この点では、同じ「自助と自律を基本」とするとしつつも、それを個人レベルのこととした、小泉内閣の「骨太の方針2001」とも異なります【注】

プログラム法案は、この理念を具体化するため、「個々人の自助努力を行うインセンティブを持てる仕組み」を医療制度と介護保険制度に入れると明記しています。しかし、社会疫学の膨大な研究により、個人の健康・疾病には社会経済的要因も重要な影響を与えることが明らかにされていること、および1990年代以降の世界各国の度重なる景気後退や経済危機により低所得者・失業者の健康状態が悪化したとの最近の大量の研究を踏まえると、時代錯誤の方針と言えます。

なお、プログラム法案は第185臨時国会で成立しました。

2.医療の(営利)産業化政策(文献3,5-6)

このように安倍内閣の医療改革の主柱は伝統的な医療費抑制政策の徹底ですが、もう一つ見落としてはならない柱として医療の(営利)産業化政策があります。それは安倍内閣が6月に閣議決定した「日本再興戦略」と「規制改革実施計画」に示されています。これらは、経済産業省主導でまとめられました。現在開かれている臨時国会には、これらに盛り込まれた方針を法制化する「産業競争力強化法案」と「国家戦略特別区域法案」が提出され、これらも臨時国会で成立しました。

(1)「日本再興戦略」-菅内閣の「新成長戦略」の焼き直し

「日本再興戦略」は「アベノミクス」の3本目の矢に相当するものです。ここでは、それの網羅的検討は避けますが、安倍内閣の産業政策全般には個別産業・企業への「介入主義的」・「ターゲティング政策」的傾向が強いことを指摘しておきます。たとえば、安倍内閣の高官は、産業競争力会議等において、医薬品企業の大合併を勧告しました。しかし、1960年代の高度経済成長期ならまだしも、現代の成熟社会において特定の産業に対する政府の介入政策を復活させることは時代錯誤だと思います。以下、医療改革方針のみを検討します。

「日本再興戦略」の総論の「4.進化する成長戦略」の「(2)本格的成長実現に向けた今後の対応」では、次のように述べています。「医療や介護、保育や年金などの社会保障関連分野は、少子高齢化の進展等により財政負担が増大している一方、制度の設計次第では巨大な新市場としての成長の原動力になりうる分野である。今回の戦略では、健康長寿産業を戦略分野の一つに位置づけ、健康寿命伸長産業や医薬品・医療機器産業などの発展に向けた政策、保育の場における民間活力などを盛り込んだが、医療・介護分野をどう成長分野に変え、質の高いサービスを提供するか、制度の持続可能性をいかに確保するかなど、中長期的な成長を実現する課題が残されている」。

「社会保障関連分野」、「健康長寿産業」が「[経済]成長の原動力になりうる」との主張は、菅内閣の「新成長戦略」が「医療・介護・健康関連産業を成長牽引産業」に位置づけたことの二番煎じです。しかし、医療等は「経済の下支え」であっても、「成長牽引産業」は過大評価であること、およびその「下支え」効果を得るためには、公的費用を長期間継続的に投入する必要があることは、菅内閣時代の論争で決着済みです。

「日本再興戦略」は、各論の「第II.3つのアクションプラン」の「二.戦略市場創造プラン」の「テーマ1:国民の『健康寿命』の延伸」で、公的費用の投入を避けて市場拡大を図るための「主要施策」として、「公的保険に依存しない新たな健康寿命延伸産業の育成」や「医療の国際展開」を挙げています。しかし、前者は民主党・菅内閣「新成長戦略」の「健康関連サービス産業」の言い換え、後者は野田内閣「日本再生戦略」の「医療サービスと医療機器が一体となった海外展開」の焼き直しに過ぎません。前者については、「新成長戦略」と2020年の市場規模の目標までほとんど同じです(「新成長戦略」では25兆円、「日本再興戦略」では26兆円)。

なお、「医療の国際展開」(病院輸出)は、医療ツーリズム(外国からの患者受け入れ)以上に経済成長効果がないことは、すでに詳しく論じたので省略します(文献6)

順序が逆になりますが、「日本再興戦略」の総論の「2.成長への道筋」の「(1)民間の力を最大限引き出す」の(規制・制度改革と官業の開放を断行する)では、「医療・介護・保育などの社会保障分野」をトップに置き、それに続いて「農業、エネルギー産業、公共事業などの分野」をあげ、「これらの分野ではやり方次第では、成長分野へと転換可能であり、また良質で低コストのサービスや製品を国民に効率的に提供できる大きな余地が残された分野である」と主張しています。それに続いて、「例えば、国民の関心の高い健康分野については、<1>日本版NIHの創設や<2>先進医療の対象拡大によって革新的な医療技術を世界に先駆けていくとともに、<3>一般用医薬品のインターネット販売の解禁や、<4>医療・介護・予防のICT化を徹底し、世界で最も便利で効率的で安心できるシステムを作り上げる」と例示しています(番号は二木)。

これらの4つの施策のうち、<4>は上記「骨太方針2013」でも取り上げられており、医療のICT化により「医療水準を落とさずに、医療費も節約され」るという安倍首相の強い思い入れ(5月16日経済財政諮問会議)を反映していると思います。しかし、私の知る限り、医療ICT化の医療費削減効果を厳密に実証した研究はありません(事例研究はあります)。例えば、ICTが必ず用いられる「疾病管理プログラム」についての詳細な体系的文献レビューは、それが「医療費を抑制すると広く信じられているが、その主張の根拠はまだ決定的ではない」と結論づけています。

(2)保険外併用療養の拡充-混合診療全面解禁論の消失

日本では、小泉内閣時代(2001~2006年)に、医療「構造改革」の重要な柱として、混合診療(保険診療と自由診療の自由な組み合わせ)の全面解禁論が登場し、現在まで議論が続いています。しかし、2011年10月の最高裁判決で、政府・厚生労働省の現在の方針(混合診療の原則禁止と「保険外併用療養制度」による部分解禁)が適法とされたため、混合診療全面解禁論は急速に退潮し、政府の公式文書からは完全に消えました。

実は、日本最強の官庁である財務省(旧・大蔵省)高官は1990年代後半には、医療費の国庫負担抑制のため「混合診療[全面解禁]への方向転換」を主張していたのですが、その後、それが逆に国庫負担の増加を招くことに気づき、21世紀に入ってからはそのような主張は控えるようになりました。逆に、2013年9月の医療経済フォーラム・ジャパンのシンポジウムで、新川浩嗣主計局主計官は「個人的には、混合診療の全面的な解禁には反対の立場をとっている」と明言しました。

「日本再興戦略」と「規制改革実施計画」は、混合診療の全面解禁に代えて、それぞれ、「先進医療」、「再生医療」に限定した混合診療(保険外併用療養)の対象拡大・拡充を提起しました。国家戦略特別区域法案の資料に含まれている「国家戦略特区のイメージ」図にも、「医療等の国際的イノベーション拠点の形成」に「保険外併用療養の拡充」が含まれています。

しかし、これも、民主党政権の菅内閣時代の「新成長戦略」に含まれていた方針の焼き直しであり、新味はありません。しかも、「先進医療」の市場規模は2012年でも146億円にすぎず、「国民医療費」38.6兆円(2011年度)のわずか0.04%にすぎません。安倍首相自身も、7月に、「いわゆる混合診療だが、これは先端医療について範囲を増やしていくもので、今の公的医療保険制度にはほとんど影響はないと言っていい」と断言しました。

医療関係者や研究者の中には、今後、保険外併用療養費制度の「評価療養(先進医療)」の対象が増大し滞留する結果、混合診療が実質解禁され、国民皆保険制度が形骸化すると危惧されている方が少なくありません。しかし、私はその可能性は低い反面、さまざまな「法定患者負担」が野放図に拡大する危険が大きいと考えています(文献7)

【注】プログラム法案の条文からは「自助・自立」の表現が変化

安倍内閣は10月15日に、「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律案」(プログラム法案)を国会に提出しました。この法案の第2条2では「政府は、住民相互の助け合いの重要性を認識し、自立・自助のための環境整備等の推進を図る」とされ、国家の社会保障責任が憲法25条の規定よりも、大幅に狭められています。他面、8月21日のプログラム法案骨子の閣議決定の冒頭に含まれていた、次の3つの表現・用語・考え方は、条文上は削除されました。①「家族の助け合い」も自助・自立に含むとの表現。②共助・公助という定義があいまいな用語。③自助を「基本」とし、共助でそれを「補完」し、それらでは「対応できない困窮等の状況にある者に対しては公助によって生活を保障する」という考え方。

参考文献

[2013年11月30日に日本福祉大学名古屋キャンパスで開催された、日本福祉大学・延世大学共催「第8回日韓定期シンポジウムの報告です。当日の質疑応答等を踏まえて一部補足しました。]

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2. 第8回日本福祉大学・延世大学 第8回日韓定期シンポジウム・学長挨拶(2013年11月30日)

本日は、延世大学・日本福祉大学共催の第8回日韓定期シンポジウムにご参加いただき、ありがとうございます。日本福祉大学は本年創立60周年を迎えました。この記念すべき年に、本シンポジウムを本学で開催できることを大変うれしく思っています。

日本福祉大学は創立50周年を迎えた2003年に、延世大学と交流協定を締結し、研究交流を中心として相互理解を深める多面的な取り組み進めています。つまり、今年は両大学の交流協定10周年でもあります。この交流の一環として、2006年から毎年、日本と韓国で交互に「日韓定期シンポジウム」を開催しています。

2年前に日本で開いた第6回シンポジウムの開会の挨拶で、私はこう述べました。「歴史的・国際的には、日本と韓国の医療・介護・家族政策は先進国の中でもっとも類似していますが、近年はその違いも大きくなっています。全体的に言えば、日本では『部分改革』(または改革の停滞)が目立つのに対して、韓国では大胆な改革がスピーディーに(日本的基準ではやや拙速に)行われる傾向があります。それだけに両国の研究者・政策担当者が相手国の政策(研究)から学べることは多いと思います」。

幸い、私は今回を含めてすべてのシンポジウムに参加することができ、そのたびに韓国側の研究者の報告とその後の公式討論、さらにシンポジウム後の懇親会での非公式討論から、実に多くのことを学ぶことができ、大変感謝しています。例えば、第6回と第7回のシンポジムでは、日本では当時は(現在も)断片的にしか知られていなかった「韓米FTA」の実態や見通しについて具体的にお聞きすることができ、私が「TPP参加が日本医療に与える影響」について研究する上で、大変参考になりました。

本シンポジウムの特徴の一つは、報告者・討論者を延世大学と日本福祉大学の教員に限定せず、両国の最高水準の研究者や実践家をお招きすることです。今回、日本側は、日本福祉大学の教員3人に加えて、日本の保健・医療・福祉複合体のトップリーダーであり、しかも歯に衣着せぬ論客でもある古城資久医師(医療法人・白鳳会等理事長)にも報告者になっていただけました。

第8回シンポジウムが、今までと同様、日韓両国の保健医療福祉の研究と実践の発展のために、実り多い成果を生むことを期待して、私のご挨拶とさせていただきます。

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3.駐名古屋大韓民国総領事館主催「新しい百年のための日韓セミナー」での発言(2013年12月16日)

【12月16日に、ウェスティン名古屋キャッスルホテルで、駐名古屋大韓民国総領事館主催、中日新聞・ソウル新聞後援の「新しい百年のための日韓セミナー」が開かれました。このセミナーでは、日韓それぞれ2人の報告者、2人の討論者、および2人のコメンテーター(合計6人)が、「今現在の日韓関係とは?」と「未来志向的な日韓関係を目指して」報告し、その後、自由討論が行われました。以下は、自由討論の最初に行った私の発言です(セミナー終了後まとめました)】

日本福祉大学学長の二木立です。専門は医療・経済政策学で、医師資格を有しています。

本日のセミナーには朴煥善総領事にご招待いただき、参加させていただきました。私は、研究会やセミナーに真面目に参加するときは前の方の席に座り、義理で参加するときは後の席に座るようにしています。本日は、最初から最後まで、前から2番目の席で聞かせていただき、たいへん勉強になると同時に、いろいろ考えさせられました。せっかくの機会ですから、その点について率直に話させていただきます。

本日のセミナーで報告者の皆さんから、現在の日韓関係は「どん底」、「最悪」、「梗塞」と何度も聞かされ、憂鬱な気分になりました。私も、新聞報道から現在の日韓関係が悪いことは知っていましたが、これほど深刻とは知らず、不勉強を反省しました。ただし、本日の報告はいずれも、政治・外交関係に偏りすぎているとも感じました。「未来志向」を強調された報告者も、現在の日韓関係が悪いことを前提にしていました。

しかし、私は「未来」ではなく、「現在」でも、すでに両国が交流し、学びあっている分野があると考えています。その一つが、医療・福祉とその政策です。日本福祉大学は韓国の延世大学と2003年、つまり今から10年前に、教育・研究交流協定を締結しました。それ以来、私は、毎年のように韓国を訪れ、日本の医療・福祉(政策)について研究発表したり、韓国の病院や老人福祉施設の見学をしています。2006年からは毎年、日本福祉大学と延世大学が共催する「日韓定期シンポジウム」を、韓国と日本とで交互に開催しています。今年の11月30日に、日本福祉大学で第8回シンポジウムを開催し、そのときに朴煥善総領事にもご参加いただきました。それがご縁で、本日のセミナーにご招待いただいたと思っています。

この「日韓定期シンポジウム」では、毎年テーマを決めて、医療・福祉(政策)の日韓比較をさまざまな側面から行っています。率直に言って20世紀までは、日韓の間に大きな経済格差(特に1人当たりGDPの格差)があり、韓国の医療・福祉制度は日本に比べて遅れていたと思います。しかし、21世紀に入る前後から、韓国は「超高速」の経済成長を背景として、医療・福祉制度を急速に整備し、現在では、制度面では日本と遜色がなくなっています。それどころか、一部の領域では日本よりも先を行くようになっています。例えば、韓国の医療のIT化は日本よりはるかに進んでおり、世界一とも言われています。と同時に、日韓の医療・福祉(制度)の大枠は、国際的に見ればもっとも似通っており、等身大の比較を行うことが可能です。それだけに、日韓両国はお互いに学ぶことが多いと言えます。

さらに、医療・福祉の基礎にある人口問題や家族問題でも、日韓両国が直面している問題・課題は類似しています。例えば、日本で人口高齢化が急速に進んでいることはよく知られていますが、実は人口高齢化のスピードの点で「世界最速」なのは、日本ではなく韓国です。少子化や核家族化のスピードも韓国の方が日本より少し速くなっています。日本では1990年代以降、年間の自殺数が長らく3万人を超え、大きな社会問題になっていますが、韓国でも同じ期間に、自殺、特に高齢者の自殺が急増しています。2011年には韓国の人口当たり自殺率は日本の2倍以上、OECD平均のなんと4倍になっており、イギリスの「エコノミスト」誌の12月7日号で大きく報道されました("Elderly suicides in South Korea" p.30)。

それだけに、これらの分野で日韓両国はお互いに学び合えますし、実際に、日韓の社会福祉学会や社会政策学会では研究交流が盛んになっています。最近は、これらの学会で毎年日韓比較の分科会が設けられ、日本の学会には韓国の学会代表が、韓国の学会には日本の学会代表が参加するようになっています。例えば、本年10月に大阪で開かれた社会政策学会では、「環太平洋経済連携協定等が医療保険制度に及ぼす影響と課題-TPPと韓米FTAの真相」の分科会が開催され、日本側からは私が「TPP参加が日本の医療制度に与える影響」について報告し、韓国側は「韓米FTAと保健医療制度」について報告し、率直な討論が行われました。

最後に、2年後の2015年、日韓国交正常化50周年の年に、本学で開催予定の「第10回日韓定期シンポジウム」に対しては、韓国領事館からもご支援をいただくことになっています。本日のセミナーに参加された皆様のご参加をお待ちしています。


4.日本福祉大学健康社会研究センター・シンポジウム「日本における健康格差と『健康の社会的決定要因』」・学長挨拶(2013年12月8日)

本日は、日本福祉大学・健康社会研究センター主催のシンポジウム「日本における健康格差と『健康の社会的決定要因』」にご参加いただき、ありがとうございます。主催者を代表して、簡単にご挨拶させていただきます。

日本福祉大学は本年創立60周年を迎えました。本学は設立当初は、社会福祉学部の単科大学だったのですが、この60年間に徐々に学部を増やし、現在では6学部4大学院研究科を有する「ふくしの総合大学」に成長してきました。日本の社会福祉学は歴史的には貧困問題の研究と貧困者支援を原点の1つとして出発したのですが、その当時から、社会・経済的要因が国民の健康や生活に重大な影響を与えること、「病気と貧困の悪循環」はよく知られていました。それだけに、社会疫学研究、健康の社会的決定要因の研究は本学と親和性が強いと考えています。幸い2009年に文部科学省の私立大学戦略的研究基盤形成支援事業の指定を受け、「健康社会研究センター」を設置しました。本日、それの5年間の研究成果を皆さまに御報告できることをたいへん嬉しく思っています。なお、この事業は本年度で終了しますが、本学は今後も、健康社会研究センターを拠点として研究を続けていく予定です。皆さまの引き続きのご支援・ご協力をよろしくお願いします。

さて、私は医療経済・政策学の研究者であり、以前から、この分野の研究に大きな期待と少しの寂しさを感じています。せっかくの機会ですから、この点について率直に話させていただきます。

私は、最近、本日、記念講演をしていただくイチロー・カワチ先生の新著『命の格差は止められるか』(2013年8月,小学館101新書)を読み、二重に感銘を受けました。1つは、本書が、社会的要因が深刻な健康格差を生んでいること、その健康格差が社会全体の不健康の源となっていること、およびそれを克服し社会全体の健康を守る具体的方法を、膨大な実証研究に基づきつつも、一般読者も理解できるよう、きわめて分かりやすく書かれていることです。もう1つ感銘を受けたことは、この本の第6章(終章)「果たして、人の行動は変わるのか」で、カワチ先生が、行動経済学が実証した「理性は感情に勝てない」という視点に基づいて、健康についての人々の意識や行動を変えるためには、理性だけでなく、人々の感情にも訴えかけることが必要だと強調されていることです。私はこの2つのスタンス・視点は、日本で社会疫学の研究成果が現実の健康・医療政策に活かされるために不可欠だと感じています。ご承知のように、12月5日に成立した社会保障制度改革プログラム法は、社会疫学の研究成果を無視して、「個人の健康管理、疾病予防等の自助努力」・自己責任のみを強調し、それが「喚起される仕組み」の導入を掲げています。社会疫学研究が、このような時代錯誤の政策を修正する一助になることを、大いに期待しています。

と同時に私は、現在の社会疫学研究、「健康の社会的決定要因」研究には、2つの寂しさ、または疑問を持っています。

1つは、その研究で鍵概念の1つとなっている「ソーシャルキャピタル」、あるいは「ソーシャルネットワーク」や「絆」のプラス面のみが強調され、それのマイナス面(個人を共同体に縛りつける一方、異質な他者を排除する因習的側面)を無視または軽視していることです。公平に言えば、それらの概念が説明されるときにはマイナス面にも触れられることが多いのですが、ほとんどの実証研究ではそれらのプラス面のみが指摘されると思います。

もう1つの寂しさまたは疑問は、日本では第二次大戦前から「社会医学」とそれから派生した「農村医学」が、「健康の社会的決定要因」について着実に研究成果を積み重ねているにもかかわらず、それと現在の社会疫学研究が「断絶」しているように見えることです。しかし私は、医学、社会福祉学、あるいは経済学等、どんな学問分野でも、それぞれの学問の「歴史」を学ぶことは不可欠だと思っています。この点について詳しくは、私の恩師の故川上武先生の『現代日本医療史』(勁草書房,1965)や『日本の医者』(勁草書房,1961)をぜひお読み下さい。


5.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算96回.2013年分その9:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○心血管疾患を持つアメリカ人がより多く長生きすれば、医療費は増加し[彼らの]生活の質は低下するであろう
Pandya A, et al: More Americans living longer with cardiovascular disease will increase costs while lowering quality of life. Health Affairs 32(10):1706-1714,2013.[シミュレーション研究]

過去数十年間、心血管疾患のリスクファクターの一部は改善したが、一部は悪化した。例えば、喫煙率は低下し、心血管疾患の治療率は向上し、それによりその死亡率は低下した。同じ期間に、アメリカ人の平均BMI(肥満度指数)や糖尿病の有病率は増加したが、平均余命は延長したので、心血管疾患の有病率は増加した。これらの相対立する趨勢の総合的影響を評価するために、1973~2010年に行われた7つの全国健康・栄養調査を用いて、2015~2030年の心血管疾患のリスクと有病率の将来予測を行った。それにより、心血管疾患の治療の改善と喫煙率の低下が今後も続いても、それは人口高齢化と肥満の増加による心血管疾患リスクの増加を相殺できないとの結果が得られた。今後の人口高齢化と肥満の蔓延、および心血管疾患死亡率低下を所与とすれば、アメリカでは心血管疾患の有病率増加に伴い、医療費と障害の急増、および生活の質の低下が生じると予測すべきである。このような心血管疾患の有病率の急増を抑制するためには、高血圧と高脂血症、および肥満を対象にした政策が必要である。

二木コメント-心血管疾患の死亡率の低下が有病率の上昇を招き、医療費が増加するというロジックは重要と思います。私はこれを読んで、同じロジックにより、禁煙の低下により、1人当たりの生涯医療費が増加することをやはりシミュレーションにより先駆的に明らかにした「喫煙の医療費」論文を思い出しました(Barendregt JJ,et al: The health care costs of smoking. N Eng J Med 337:1052-1057,1997.『医療改革-危機から希望へ』(勁草書房,2006,31頁)で紹介。そこで「アメリカの禁煙プログラム」と書いたのは、「オランダの…」の誤り)。日本では、小泉内閣時代に成立した医療制度改革関連法(2006年)以来、生活習慣病対策により医療費が大幅に抑制できると公式に(建前では)主張されていますが、それは幻想です。

○[日本を含む5つの]高所得国の患者負担の趨勢
Zare H, et al: Trends in cost sharing among selected high income countries - 2000-2010. Health Policy 112(1-2):35-44,2013.[国際比較研究]

多くの高所得国は、2000~2010年に、医療費水準を抑制する政策目標の一つとして、患者負担の水準を高めた。OECDデータ等を用いて、イギリス、ドイツ、日本、フランスおよびアメリカの医療費の趨勢を分析した。5か国とも、なんらかの患者負担-免責制、定率負担等-を増やしており、増加率が一番高かったのは薬剤部門であった。患者負担の水準(実額)が高まったにもかかわらず、それの総医療費に対する割合はほとんどの国で高まっていなかった。(日本のこの割合は2000年の16.0%から2010年の16.3%へと微増しており、両年とも5か国のうち最も高かった。逆にアメリカは、15.6%から12.3%へと大幅に低下していた。)この理由は各国が、特定の患者グループを守るために、窓口負担に上限を設けたり、特定の慢性疾患や特定の年齢・低所得者の患者負担を免除する施策を導入したためであった。

二木コメント-日本を含む5か国の患者負担の最近の動向を詳細に比較検討した貴重な論文です。患者負担の水準(実額)が増えているにもかかわらず、それの総医療費に対する割合は上昇していないとの「複眼的」視点は重要と思います。なお、この論文は、"Health Policy" 112巻1-2合併号の大特集「医療システムのパフォーマンスの比較:研究と政策における新しい方向」(162頁、19論文)」の1つです。掲載論文のテーマは多岐にわたっており、しかもすべて無料でダウンロードできるそうです。

○[アメリカにおける]メディケア支払い削減と患者アウトカム:主要5疾患の分析
Shen Y-C, et al: Reductions in Medicare payments and patient outcomes: An analysis of 5 leading Medicare conditions. Medicare 51(11):970-977,2013.[量的研究]

オバマ政権が成立させた「医療費負担適正化法(The Affordable Care Act)」では、医療提供者へのメディケア支払い額(以下、支払い)の大幅削減が規定されたが、それが患者に与える影響は明らかではない。そこで、1997年の「均衡予算法(BBA)」を自然実験として用いることにより、大幅な支払い削減が患者アウトカムに与える長期的影響を検討する。本研究の目的は、BBAにより異なるレベルのメディケア支払い削減を受けた病院間で、主要5疾患(急性心筋梗塞、うっ血性心不全、脳卒中、肺炎、大腿骨骨折)の死亡率の趨勢が異なるか否かを検討することである。そのために、1995~2005年の全メディケア請求データ、全米病院データベース、およびBBAの詳細についての公刊物を用いた。都市部の全急性期病院を、BBAによる支払い削減額に応じて、少額・中等度・多額削減の3群に分け、3群におけるリスク調整済み死亡率(入院後7日、30日、90日、1年時)が、3つの時期(BBA前、BBA直後、BBA後)でどのように変化したかを、手段変数病院固定効果回帰モデルにより検討した。少額削減群と多額削減群の5疾患の死亡率の趨勢は、BBA前およびBBA直後では類似していたが、BBA後は拡散した。支払い多額削群では、5疾患とも、支払い少額削減群に比べて、入院後1年時死亡率の低下が小さかった(0.8-1.4%ポイント。大腿骨骨折以外は有意の差)。

二木コメント-全国データを用いて、病院に対するメディケア支払いの大幅削減が患者死亡率という最も重要なアウトカムに悪影響を与えたことをキレイに実証した貴重な研究と思います。

○イギリス国民保健サービス(NHS)を民営化する:[この用語は]不規則動詞?
Powell M, et al: Privatizing the English National Health Service: An irregular verb? Journal of Health Politics, Policy and Law. 38(5):1051-1059,2013.[論説]

本論文は、イギリスのNHSでは、さまざまな利害関係者が「民営化(privatization)」という用語を異なる意味で理解していることを検討する。多くの学術論文は、民営化について実証研究に基づいたとする論評をしているが、それらではこの用語の定義がなかったりあいまいな定義しかなされていない。そのため、この問題についての論争の多くは論争になっていない("non-debate")。民営化論争に新しい光を投げかけるために、福祉混合経済の「三次元」アプローチ(所有、財政、規制)」というレンズを応用する。利害関係者の立場は、政治(議会での論争)、市民(世論調査)、医療提供者(イギリス医師会や王立看護協会)、キャンペイン・グループに分けられる。文法的には、「民営化する("privatize")」は、不規則動詞に見える。民営化という用語は多面的であり、それの定義や操作運用はしばしば暗黙的で、不明瞭で、矛盾している。利害関係者は多様な利害を持っており、「民営化」を自己の都合に合わせて用いており、その結果この用語は混乱状態(「バベルの塔」)に陥っている。

二木コメント-「民営化」という用語の本家のイギリスでも、日本と同様に、この用語があいまい、多義的に用いられていることがよく分かります。

○医療ツーリズムの倫理:イギリスからインドへ医療を求めて
Meghani Z: The ethics of medical tourism: From the United Kingdom to India seeking medical care. International Journal of Health Services. 43(4):779-800,2013.[理論研究]

イギリスの患者がインドへ医療ツーリストとして旅行する行為は倫理的に正当されるか?本論文では、この疑問に取り組むために、3つの倫理的事項を検討する。第1に、イギリス国民がインドでの治療を求める主な動機・要因を同定し分析する。第2に、両国の大多数の国民の生活・人生の見通し(life prospects)を比較し、イギリス国家が自国民の医療ニーズを満たすためにインドに依存することが道徳的に正当化できるか否かを検討する。第3に、新自由主義的改革は恵まれない人々を支援するという理由で正当化されているので、新自由主義主導の医療ツーリズムがインドの社会と経済的に恵まれない人々に与える影響を詳細に検討する。

二木コメント-日本における医療ツーリズムの議論では欠落している重要な論点を検討していると思います。


6.私の好きな名言・警句の紹介(その109)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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