総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻87号)』(転載)

二木立

発行日2011年10月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ:11月12日に「第6回日韓定期シンポジウム」を開催(添付ファイル:第6回日韓定期シンポジウム・プログラム(PDF))

日本福祉大学は創立50周年を迎えた2003年に、韓国・延世大学と交流協定を締結し、研究交流を中心として相互理解を深める多面的な取り組み進めています。その一環として、2006年から毎年、日本と韓国で交互に「日韓定期シンポジウム」を開催しています。第6回シンポジウムは「日本と韓国の医療・福祉政策研究の最新動向」を統一テーマとして、日本と韓国でそれぞれ2009年、2008年に生じた政権交代が両国の医療・介護・家族政策に与えた影響等について、日本側・韓国側合計8人の研究者が、多面的に検討します。

歴史的・国際的には日本と韓国の医療・介護・家族政策は先進国の中でもっとも類似していますが、近年はその違いも大きくなっています。全体的に言えば、日本では「部分改革」(または改革の停滞)が目立つのに対して、韓国では大胆な改革がスピーディーに(日本的基準ではやや拙速に)行われる傾向があります。それだけに両国の研究者・政策担当者が相手国の政策(研究)から学べることは多いと思います。この問題に興味のある多くの皆様が参加されることを期待しています。参加費は無料です。

日本福祉大学HP「イベント情報」欄の【日本福祉大学・延世大学(韓国)第6回日韓定期シンポジウム開催のお知らせ】から、10月3日以降お申し込み下さい(http://www.n-fukushi.ac.jp/kenkyu/symposium/nikkan_sympo/11/index.html)。


1.論文:医療ツーリズムの新種「病院輸出」は成功するか?

(「深層を読む・真相を解く(6)」『日本医事新報』2011年9月17日号(4560号):33-34頁)

東日本大震災後、医療ツーリズムの新種「病院輸出」が喧伝されるようになっています。「朝日新聞」7月13日朝刊は「官民で初の病院輸出」と大きく報じ、その2日後に「日本経済新聞」も、経済産業省の「医療と関連サービス、機器を一体化して海外展開する事業体を育成」する「行動計画」を報じました。医療ツーリズムと言えば、ほとんど「外国人患者の受入れ」のみが論じられていた東日本大震災前とは状況が様変わりしています。そこで今回は、「病院輸出」の背景と今後の見通しを検討します。結論的に言えば、これは従来の「外国人患者の受入れ」政策以上に壁が厚く、早晩失敗すると思います。

◎「外国人患者受入れ」から「病院輸出」へ

医療ツーリズムは、サービス国際取引統計では、「医療目的で外国に行く旅行者によって要求される財とサービス」と定義されており、自国への「外国人患者の受入れ」(インバウンド)と他国への「医療サービスの輸出」(アウトバウンド)に大別されます。

日本では、菅直人政権の昨年6月の閣議決定「新成長戦略」で「医療国際交流」(医療ツーリズムの言い換え)が「ライフ・イノベーションにおける国家戦略プロジェクト」の一つに位置づけられましたが、それは「外国人患者の受入れ」を意味していました。本年1月の閣議決定「新成長戦略実現2011」でもこの位置づけは変わりませんでした。

そのために、医療ツーリズムについての報道・論議も「外国人患者の受入れ」の是非に集中していました。例えば「日本経済新聞」はこの間医療ツーリズム推進の記事を209件も掲載しましたが、そのうち「海外展開」に触れたものは上記7月15日の記事まで皆無でした(「日経テレコン21」で検索)。国際医療福祉大学はいち早く昨年3月に国際シンポジウム「医療ツーリズムの現状と課題」を開催しましたが、焦点は「外国人患者の誘致」でした(『病院』2010年8月号)。

経済産業省「医療産業研究会報告書」(昨年6月)だけは、「医療の国際化」の項で、「国外需要への対応は、外国人が国内の医療を受診する『インバウンド』と、日本の医療サービスを何らかの形で外国において提供する『アウトバウンド』が大きな[2つの]類型である」と正確に書いていましたが、実際の施策は「国内の体制整備」、「外国人患者の受入のためのネットワーク」が中心でした。

それに対して、経済産業省産業構造審議会基本政策部会が本年6月に発表した「中間とりまとめ」では、「医薬品・医療機器産業を輸出産業化し、活性化をはかっていくため」の「我が国の優れた医療サービスと連携した、戦略的な海外展開を推進し、日本の医療圏そのものを拡大していく試み」、「海外医療拠点の構築」が前面に出されました。さらに、7月13日には経済産業省「日本の医療サービスの海外展開に関する調査事業」の採択事業者名が発表されました(6事業者。代表団体は1つを除いて病院グループ)。冒頭の「朝日新聞」記事はこれに対応したものでした。

◎「病院輸出」が成功する条件はない

「外国人患者の受入れ」から「病院の輸出」への方針転換あるいは重点移動の背景には、「外国人患者の受入れ」の頓挫があります。これは当初から計画通りには進んでいませんでしたが、3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故で日本の「安全神話」が崩壊してからは、「医療ツアーぱったり」に陥りました(「朝日新聞」4月18日朝刊)。原発事故による放射性物質汚染が長期間続く可能性を考慮すると、今後外国人患者が大量に日本に来ることは考えられません。しかし、医療ツーリズム事業の失敗を認めたくない経済産業省は、「病院の輸出」で目先を変えようとしていると私は判断しています。

私は、昨年、「新成長戦略」決定直後に、医療ツーリズムで「後発の日本の病院が、保険診療と並行して、大量の外国人患者を吸引できるとはとても考えられ」ないと指摘しました(本誌4504号。『民主党政権の医療政策』勁草書房,2011,第2章第5節)。その後、2020年の医療ツーリズムの市場規模が約5500億円にのぼるとする日本政策投資銀行レポートが「超過大表示」である理由を指摘しました(上掲書,第2章第6節)。

これらは「インバウンド」についての指摘ですが、「アウトバウンド」市場はさらに限定的で、ましてやそれが「成長牽引産業」になることはありえません。なぜなら、国内の既存の設備・人員の多くを使える「インバウンド」と異なり、本格的に「アウトバウンド」を行うためには大量の資金・人員とマネジメント能力が必要で、それに参入できる病院は、たとえ商社等と共同事業で行う場合でも、ごく限られているからです。

しかも、故川上武先生が明快に指摘されたように、医薬品等の「医療技術自体」がインターナショナルなのと異なり、病院・医療制度等の「医療技術システム」には「ナショナルな性格が強い」という特徴があります(『技術進歩と医療費』勁草書房,1986,「まえがき」。『民主党政権の医療政策』174頁)。そのため、相手国と日本の医療制度の違いを無視して、「病院を丸ごと輸出」し「日本の医療方式を現地で普及させる」のは不可能です(カギカッコ内は「産経新聞」2011年1月17日)。

もちろん、特別に優れた医療技術を有する個別の病院が、相手国の富裕層対象に、「ニッチ」的または「アンテナショップ」的に病院を開設して(一時的に)成功することはありますが、それの市場規模はごく限られます。

特に、中国は政府が医療制度の公私二段階化を公認しているので、今後、現地資本や香港・台湾資本が富裕層対象の病院を続々開設することは確実で、それに日本側が太刀打ちできるとは考えられません。水巻中正氏によると、すでに昨年10月に、北京市郊外に富裕層対象の巨大な「燕達国際健康城」(完成時病院3000床、介護型有料老人ホーム等1万2000床)がオープンしているそうです(『医療ツーリズム』医薬ジャーナル社,2011,24頁)。

最後に一言。医療関係者には、経済産業省が厚生労働省よりはるかに強力と誤認し、同省の文書を鵜呑みにしている方が少なくありません。しかし同省は、原発事故の責任は脇に置くとしても、他省の政策に思いつき的に「越境」を繰り返す無責任官庁です。特に同省が打ち上げた医療政策で成功したものは一つもなく、「病院輸出」も早晩同じ運命になると思います。同省の非力ぶりは『週刊ダイヤモンド』8月27日号の特集「経産省解体」が活写しており、一読をお薦めします。

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2.学会発表:日本における医療への市場原理導入論の批判的検討

(第7回社会保障国際学術大会。2011年9月3日、韓国・釜山)

日本は1961年にアジア地域で初めて国民皆保険制度を導入し、本年はその50周年に当たります。最初の25年には、医療保険の給付範囲は拡大し、患者負担は減少し、総医療費も急増しました。しかし、後半の25年(1980年代以降)には、厳しい医療費抑制政策が導入・継続されると同時に、さまざまな医療への市場原理導入論が主張されました。

本報告では、医療への市場原理導入論を、以下の4つの柱立てで批判的に検討します。

(1)1980年代に初めて登場した医療周辺分野への市場原理導入論、(2)1990年代末から小泉純一郎政権時代に吹き荒れた医療本体への市場原理導入論、(3)民主党菅直人政権が昨年6月に閣議決定した「新成長戦略」中の「医療産業化論」。(4)今後の市場原理導入論の予測と私の価値判断。

1 1980年代の中曽根政権時代の医療の周辺部分への市場原理導入論

まず、1980年代に初めて登場した医療への市場原理導入論について述べます。

医療への市場原理導入を最初に提起したのは、通産省(現・経済産業省)と大蔵省(現・財務省)でした。特に、『80年代の通産政策のビジョン』(1980)は「医療、保険、教育などの公共サービスにも民間活力を導入してその発展を図ることが望ましいとストレートに主張しました。

これを受けて、1980年代前半に、自民党の中曽根康弘政権は、「小さな政府」を目指して、財政再建のための医療・社会保障費抑制と民間活力を導入するためにさまざまな閣議決定を行いました。厚生省(現・厚生労働省)も1986年に「高齢者対策推進本部報告」で、医療・福祉への民間活力導入を提起しました。

1980年代の医療への市場原理導入論には3つの特徴があります。第1の特徴は、それが医療費・医師数抑制政策とワンセットだったことです。ただし、当時、厚生省の実際の施策は規制強化が中心で、市場原理導入に不可欠な規制緩和はほとんど行われませんでした。第2の特徴は、市場原理導入の対象は医療の周辺分野(病院給食、在宅ケア、民間医療・介護保険)に限定され、医療本体は除外されました。厚生省は、当時、国民皆保険制度の根幹部分は維持しつつ、医療の周辺部分から営利化を進めていくことをめざしました。第3の特徴は、医療の周辺部分の営利化はごく限定的にしか進まなかったことです。例えば、民間介護保険はほとんど普及せず、その結果2000年に公的介護保険制度が創設されました。

2 1990年代末~小泉自民党政権政権時代の市場原理導入論

次に1990年代末から小泉政権時代に吹き荒れた医療本体への市場原理導入論について述べます。

まず、1989年に、小渕恵三首相の諮問機関である経済戦略会議は「日本経済再生への戦略-経済戦略会議答申」を発表しました。この文書は、医療や介護については、「社会的に必要最低限のサービス」を保障する観点から、競争原理の導入等を通じて医療費の抑制を実現することをめざし、「日本版マネージドケア」の導入(これは国民皆保険の解体を意味します)や「企業による病院経営の解禁」等、医療本体への市場原理導入を網羅的に提唱しました。ただし、この答申は現実の医療政策にはほとんど影響を与えませんでした。

それに対して、2001年に成立した小泉純一郎政権は国民皆保険制度は維持しつつ、医療本体への市場原理導入を目指しました。具体的には、(1)企業による医療機関経営の解禁、(2)混合診療(保険診療と自由診療との自由な組み合わせ)の解禁、(3)保険者と医療機関との個別契約の解禁を閣議決定しました。この後、医療への市場原理導入の是非について激しい論争が生じました。

小泉政権時代(2001-2006年)の医療への市場原理導入論には以下の3つの特徴があります。第1の特徴は、日本の医療政策史上初めて、医療本体への市場原理導入(新自由主義的改革)方針が閣議決定されたことです。

第2の特徴は、厚生労働省は小泉政権時代に一貫して医療本体への市場原理導入に抵抗したことです。その最大の理由は、医療本体に市場原理を導入すると、総医療費・公的医療費とも増加し、医療費抑制という伝統的政策と矛盾するからです。これにより、政府・体制内の医療改革シナリオの分裂が公然化して、政権内外で論争が勃発しました。

第3の特徴は、小泉政権はきわめて強大であったにもかかわらず、医療本体への市場原理導入の全面実施は挫折し、ごく限定的な導入にとどまったことです。(1)企業による医療機関経営には厳しい条件が付けられ、実際に開設を認められたのは1つの診療所だけです。(2)混合診療についても、全面解禁は見送られ、ごく限定的な部分解禁にとどまりました。(3)保険者と医療機関の個別契約は名目上は解禁されましたが、厳しい条件が付けられ1つもありません。

小泉政権後の3代の自民党政権(安倍・福田・麻生政権。2006-2009年)では、医療への市場原理導入論はほとんど消失し、逆に、福田・麻生政権は「社会保障の機能強化」を閣議決定しました。これは自民党政権の枠内での政策転換です。

3 菅直人民主党政権の「医療産業化」論-医療への市場原理導入論の部分的復活

日本では2009年9月の総選挙で、史上初めて本格的な政権交代が生じ、民主党政権が誕生しました。最初の鳩山由紀夫政権は、自民党政権が長年続けてきた医療費抑制政策を公式に取りやめましたが、財政難のため医療費の大幅増加は断念しました。

2010年6月に成立した菅直人政権は「新成長戦略」を閣議決定しました。この「新成長戦略」は「強い経済、強い財政、強い社会保障」を強調しましたが、医療への市場原理導入政策(「医療の産業化」:公的医療保険の枠外の医療の拡大)も含んでいました。具体的には、混合診療の拡大、医療ツーリズムと健康関連サービスの育成です。ただし、菅政権は2010年7月の参議院議員選挙で大敗して以来、機能不全に陥り、これらの政策の具体化はほとんど停止しています。そもそも、これらの施策の市場規模はごく小さく、たとえ本格的に導入されても日本の経済成長を牽引することはできません。

本年3月11日の東日本大震災と福島原子力発電所事故により、日本の社会・経済は重大な困難に直面しています。この難局を医療・福祉への市場原理導入で克服すべきだとする主張も部分的に生まれていますが、現実の政策にはほとんど影響を与えていません。

菅政権は本年6月に「社会保障・税一体改革案」をまとめましたが、それの医療改革部分には、医療への市場原理導入は含まれていません。

4 今後の市場原理導入論の予測と私の価値判断

最後に以上の検討を踏まえて、市場原理導入論の今後の予測と私の価値判断を述べます。

まず、予測を述べます。医療への市場原理導入論がこのまま死滅することはなく、それが今後も、形を変えてゾンビのように復活することは確実です。しかし、医療への市場原理導入の全面実施はありえず、今後も日本の医療制度の2つの柱(国民皆保険制度と非営利医療機関主体の医療提供制度)が維持されることも確実です。

それには経済的理由と政治的理由があります。経済的理由は、医療への市場原理導入は、個別の企業にとっては新しい市場の拡大を意味する反面、医療費増加(総医療費と公的医療費の両方)をもたらすため、(公的)医療費抑制という「国是」と矛盾するからです。私はこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいます。政治的理由は、日本では国民の圧倒的多数が平等な医療を支持していること、および日本医師会を中心としたすべての医療団体が新自由主義的医療改革に一致して反対していることです。

次に、私の価値判断を述べます。医療への市場原理導入は、公私「二段階医療」化をもたらし、日本社会を分断し、日本社会の統合性・安定性を損なうので私は反対です。それに対して、公的医療費の拡大による日本医療の質の引き上げと医療へのアクセスの確保は、国民皆保険制度を守るだけでなく、日本社会の安定性・統合性を維持・向上させるため、私は賛成です。しかも、公的医療費の拡大には日本経済の成長を下支えする効果もあります。ただし、そのためには、社会保険料を主財源、消費税を含む租税を補助的財源として、公的医療費増加のための長期的な安定財源を確保する必要があります。

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3.「医療時評(その94)」の補足・訂正:「いつでも、どこでも、だれでも」の初出は1962年の「沢内村地域包括医療計画」

(『文化連情報』2011年10月号(403号):24頁)

9月号の「医療時評」では、「いつでも、どこでも、だれでも」という標語は1960年代には用いられず、1970年代前半に、革新政党や医療運動団体が政府の医療政策を批判し、それに対置した医療のあるべき理念として、「無料医療」と一体に用い始めたと書きました。

しかし、森高志氏(耳原総合病院)から、この標語は、それより10年も早い1962年に「沢内村地域包括医療計画」(以下「計画」)で、用いられたと教えていただきました:「これら[3つ]の目標を実現するため、だれでも(どんな貧乏人でも)、どこでも(どんな僻地でも)、いつでも(24時間365日生涯にわたり)、学術の進歩に即応する最新・最高の包括医療サービスと文化的な健康生活の保障を享受する必要がある」(「深澤晟雄資料館」ホームページ(http://www.nisiwaga.net/masao/siryokan07.jpg)。及川和男『村長ありき』(新潮社,1984,187頁)にも同じ記載)。

「計画」全文は入手できませんでしたが、加藤邦夫元沢内病院院長が書かれた「地域包括医療の理論と実践の模索」(「日医ニュース」1979年4月20日、5月20日「Primary Care」(別刷))に、「計画」の詳細が紹介されていました。

言うまでもなく、旧沢内村(現西和賀町)は深澤晟雄村長の強いリーダーシップにより、全国に先駆けて、国民皆保険制度発足前年の1960年に老人の、1961年に乳児の、外来診療費無料化を実施した「生命行政」で有名です。「計画」は、村長、議長、病院長等が参加する通算24回もの会議を経て策定されたそうです。沢内村が、医療費無料化だけでなく、「いつでも、どこでも、だれでも」という標語の発祥の地でもあったことに、私は「歴史の必然」を感じました。

ただし、この事実は全国的にはほとんど知られず、1970年代前半に、革新政党や医療運動団体が一斉にこの標語を用いるようになったこととは「断絶」しているようです。沢内村の医療の定番本と言える菊地武雄『自分たちで生命を守った村』(岩波新書,1968年)太田祖電・他『沢内村奮戦記』(あけび書房,1983年)前田信雄『岩手県沢内村の医療』(日本評論社,1983)のどれも「計画」と標語には触れていませんでした。

上記「補足・訂正」の再補足

上記「補足・訂正」を『文化連情報』編集部に送った直後に、戸石四郎氏(銚子市民運動ネットワーク代表)から、加藤邦夫元沢内村病院院長が上記1979年論文で言及した1962年の「沢内村地域保健医療計画」は現在まで全文が確認されておらず「幻の計画」である可能性が大きいと主張された論文「地域医療再生 原点への旅 岩手・旧沢内村『幻』の計画全文を求めて」(「しんぶん赤旗」2010年11月23日)を送っていただきました。戸石氏は、現地調査をされるだけでなく、加藤邦夫医師と『村長ありき』の著者及川和男氏にも手紙で問い合わせるなどして精力的に調査された結果、1962年「計画」はまとまった形では存在せず、個別に策定された計画を加藤医師が1979年論文で集大成した可能性が高いとの結論に達したそうです。深澤晟雄資料館にも問い合わせましたが、1962年「計画」全文はやはりなく、改めてそれを探索していただくことになりました。

戸石四郎氏からは、加藤医師が沢内病院の現職院長だった1972年に発表された論文「地域医療の理論と実践の模索-沢内村・湯田町を場として」(『地域医療(国民健康保険診療施設医学会)』10巻2号:22-39頁、1972年9月)も送っていただき、それには「沢内村の地域医療活動の目標」として、「誰でも-どんな貧乏人でも、どこでも-どんなへき地でも、いつでも、最良の医療サービスを受けられる社会体制づくり」が書かれていました(ただし、これの策定年の記載はない)。

私が調べた範囲では、これが「いつでも、どこでも、だれても」という標語(語順は問わない)が活字になった最初のものであり、1962年「計画」の有無にかかわらず、この標語は沢内村または加藤邦夫医師によって、遅くとも1972年に(おそらくそれよりも前から)最初に使われたと言えると思います。

ただし、「補足・訂正」に書いたように、「この事実は全国的にはほとんど知られず、1970年代前半に、革新政党や医療運動団体が一斉にこの標語を用いるようになったこととは『断絶』している」ことは間違いありません。私は、1972年12月に発表された日本共産党の医療政策の作成責任者、1973年1月に発表された全国保険医団体連合会の医療政策の作成に関わった方、および単行本としては最初に(1973年2月)この標語を用いた小坂富美子氏に問い合わせましたが、いずれも当時沢内村または加藤邦夫医師がこの標語を用いていた事実はご存じなく、それぞれ独自にこの標語を用いたとの回答を得ました。

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4.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算70回.2011年分その7:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○疾病管理プログラムが糖尿病、うつ病、心疾患または慢性閉塞性肺疾患患者の医療費に与える影響:体系的文献レビュー
(de Bruin SR, et al: Impact of disease programs on healthcare expenditures for patients with diabetes, depression, heart failure or chronic obstructive pulmonary disease: A systematic review of the literature. Health Policy 101(2):105-121,2011)[文献レビュー]

疾病管理プログラムが糖尿病、うつ病、心疾患または慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の医療費に与える影響を評価するために、Pubmedを用いて2007~2009年に発表された疾病管理プログラムの経済評価を行った英語論文の検索を行い、最終的に31論文を選んで体系的文献レビューを行った。疾病管理プログラムは、Wagner等の慢性疾患医療モデルの6要素のうち、2要素以上を含んでいるものと操作的に定義した。費用は2007年の購買力平価表示米ドルとした。31論文が評価していた疾患は糖尿病(14)、うつ病(4)、心疾患(8)、COPD(5)であった。研究が実施された国は8カ国で、アメリカで実施された論文が20であった。通常医療を受けていた患者と疾病プログラム参加者の患者1人・1年当たり医療費の差は-16,996ドル(プログラムにより医療費節減)~+3305ドル(同増加)と幅があり、13論文(約4割)で医療費が節減されていた(ただし、5%危険率で有意に削減されたのは6論文)。医療費だけでなく、研究デザイン、疾病管理プログラムの用い方、経済的評価等にも大きなバラツキがあった。以上の結果に基づいて著者は、疾病管理プログラムは医療費を抑制すると広く信じられているが、今回の研究ではその主張の根拠はまだ決定的ではない(inconclusive)と結論づけている。

二木コメント-疾病管理プログラムの経済効果についての最新かつていねいな文献レビューで、この分野の研究者必読と思います。最後の著者の結論も妥当と思います。なお執筆者4人は全員、オランダの「国立予防・医療サービス研究センター」所属です。

○糖尿病医療の[構造・プロセスの]質指標と患者のアウトカムとの関係:体系的文献レビュー
(Sidorenkov G, et al: Relation between quaity-of-care indicators for diabetes and patient outcomes: A systematic literature review. Medical Care Research and Review 68(3):263-289,2011)[文献レビュー]

糖尿病医療の構造・プロセスに焦点化した質指標が患者のアウトカムと関係しているか否かを評価するために、Medline等を用いて、この関係を正式に検討していた24論文を選んだ(アメリカ19、イギリス、オランダ各2、イタリア1)。構造指標はほとんど研究デザインが劣る論文で用いられており、それとアウトカムとの間にまったく関連はなかった。優れた研究デザインで、薬物治療の強化に焦点化してプロセス指標を用いていた3論文では、プロセス指標は代理アウトカム変数の改善と有意に関連していた。優れた研究デザインで、検査・受診回数をプロセス指標として用いていた4論文では、プロセス指標と代理アウトカム(血中HbA1c濃度、血圧等の検査値)またはハード・アウトカム(入院率、合併症、死亡等)との関連はほとんど負であった。研究デザインが劣る論文でも、同様の結果が得られた。この結果に基づいて著者は、医療の構造・プロセスの質について様々な指標が用いられているが、それらが患者のよりよいアウトカムを予測できるとの根拠は不十分(insufficient)であると結論づけている。

二木コメント-従来は、医療のプロセス指標はアウトカムと関連するとの報告または期待が多かったことを考えると、この結果は重要・重大と思います。この論文の執筆者5人も全員オランダの研究者です(ゴローニン大学医療センター・臨床薬学部門)。

○服薬遵守は糖尿病患者のメディケア医療費を減らすか?
(Stuart B, et al: Does medication adherence lower Medicare spending among beneficiaries with diabetes? Health Services Research 46(4):1180-1199,2011)[量的研究]

糖尿病を有するメディケア被保険者のレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)抑制剤とスタチン製剤の3年間の薬剤保持率(medication possession ratios.
総投薬量に対する実服薬量の割合。服薬遵守の指標で、慢性疾患では0.80以上が良好とされる)を測定し、服薬遵守が医療サービス費用の低下と関連するか否かを、従来の研究でしばしば生じていたバイアスをコントロールしたうえで、評価した。1997~2005年の「メディケア被保険者実態調査」(ランダムに選ばれた被験者を対象にして、4か月ごとの面接調査を3年間継続)データとメディケア医療給付費データ(2006年基準の入院・外来医療費)を用いて、上記2薬剤の使用状況を3年間縦断的に調査し、薬剤保持率とメディケア費用との関連を重回帰分析で検討した。RAAS抑制剤使用者は1766人、スタチン剤使用者は1139人であった。3年間全体では、薬剤保持率中央値は、RAAS抑制剤では0.88、スタチン剤では0.77であった。多変量解析では、高い薬剤保持率は低い1人当たり3年間のメディケア医療費(以下、医療費)と強い関連があった。スタチン製剤では、薬剤保持率の10%ポイント上昇は医療費832ドルの減少と関連していた(p<0.01)。RAAS抑制剤では、薬剤保持率の10%ポイント上昇は医療費285ドルの減少と関連していた(p<0.05)。薬剤保持率10%ポイント上昇による3年間の薬剤費増加は、スタチン製剤で291.44ドル、RAAS抑制剤で110.45ドルであり、服薬遵守の上昇による医療費節減は、薬剤費増加を上回っていた。

二木コメント-キレイな「予定調和」的実証研究です。ただし、著者自身が認めているこの研究の6つの弱点を考慮すると、この結果を直ちに一般化することは出来ないと思います(例:メディケア医療費抑制の推計時に、服薬遵守による薬剤費以外の費用増加[外来受診率上昇による外来医療費の増加-二木]の可能性を考慮していない)。

○アメリカ[・マサチューセッツ州]の成人を対象にした血圧改善管理[プログラム]の医療費に与える影響
(Nuckols TK, et al: Cost implications of improving blood pressure management among U.S. adults. Health Services Research 46(4):1124-1157,2011)[量的研究]

「地域の質指標調査」に参加したマサチューセッツ州の高血圧患者4500人のカルテ記録と医療費データを用いて、医療費支払い者(保険者)の視点から、血圧管理プログラムの2年間の費用対効果をシミュレーションした。これらの住民は、通常医療に加えて、血圧管理の目標を達成するための様々な助言を受け、実際に65%が推奨された医療を受けていることが確認されている。通常医療に比べて、血圧管理プログラムでは、患者1人・1年当たりの総医療費(入院医療費も含む。保険給付分。以下同じ)は170ドル高かった。2年間で新たに治療目標を達成した患者の追加医療費は平均1696ドルであった。

二木コメント-疾病管理プログラムの経済評価についての多くのシミュレーション研究は、それにより医療費を抑制できると主張しています。それだけに、それにより医療の質と医療費の両方が上がることを「正直に」示した研究は貴重と思います。ただし、シミュレーションはかなり込み入っています。

○[アメリカ・マサチューセッツ州の]入院患者の[自己の診療への]参加とそれが医療の質と患者安全に与える影響
(Weingart SN, et al: Hospitalized patients' participation and its impact on quality of care and patient safety. International Journal of Quality in Health Care 23(1):269-277,2011)[量的研究]

本研究の目的は、入院患者の自己の診療への参加の実態、および患者参加と医療の質、患者安全との関連を明らかにすることである。そのために、2003年にアメリカ・マサチューセッツ州の急性期病院に最近入院したことのある成人患者からランダムに選んだ4163人のうち調査参加に同意した2025人(平均年齢60.5歳)を対象にして、電話調査とカルテ調査を行った。電話調査では、自己の診療への参加、受けた医療の全体的評価、患者が判断する有害事象の有無を聞いた。電話調査で自己のカルテ調査に同意した788人については、医師である調査者がカルテから有害事象の程度と予防可能性を評価した。2025人のうち、99.9%が患者参加についての7つの設問のうち少なくとも1つに肯定的評価をした(問1:入院中、入院した理由をどの程度知っていたか?~問5:医師が行う自己の診療の意思決定に参加したか?~問7:入院中、薬剤を与えられたとき、それが正しい薬剤であるかチェックしたか?どの程度チェックしたか?)。高水準の参加(7指標のうち4指標以上)は病院医療の質についての患者の肯定的評価と強く関連していた(調整済みオッズ比5.46)。インタビュー調査とカルテ調査の両方を行った788人については、患者参加と有害事象出現との間には負の関連があった(患者参加が多いほど有害事象は少ない)。多変量ロジスティック回帰分析では、参加水準が高い患者が入院中に有害事象を経験する確率は半分にすぎなかった(オッズ比0.49)。この結果は、アメリカでは大半の患者が自己の診療のいくつかの側面には参加していること、および患者参加は入院医療の質についての公定的評価と関連し、有害事象のリスクを減らしていることを示している。

二木コメント-あるべき医療の変化に対応した、なかなかユニークかつスマートな、しかしやや「予定調和」的な研究です。「患者参加」についての7つの設問は、日本でも使用可能と思います。

○[アメリカ・マサチューセッツ州の施策の]分析はメディケアでの質に応じた支払い(P4P)が人種・民族間の[医療]格差を効率的に減らせることへの疑問を呈する
(Blustein J, et al: Analysis raises questions on whether pay-for-performance in Medicaid can efficiently reduce racial and ethnic disparities. Health Affairs 30(6):1165-1175,2011)[量的研究]

2006年にマサチューセッツ州は、質に応じた支払い(P4P)-典型的には医療の質を改善するために用いられる支払い方式-をメディケイド(医療扶助)患者の入院医療における人種・民族(白人、中南米系(Latino)、黒人、アジア系、その他)間格差の改善に的をしぼって導入するという大胆な施策を導入した。本論文では、この挑戦の短期的効果を限られた資源を用いて検証する。その結果、この施策導入後3年目(2008年)では、どの指標をとっても、格差が縮小しているとのエビデンスはほとんど得られなかった(例:黒人・中南米系の入院は限られた一部の病院に集中している)。この結果は、P4Pが入院医療における格差を是正するために適切な手段であることへの疑問を呈している。

二木コメント-私には、そもそもP4Pをなぜ民族・人種間の医療格差縮小のために用いたのかよく分かりません。なお、この論文の「エピローグ」によると、マサチューセッツ州は2010年にこの施策の取りやめを発表したそうです。

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5.私の好きな名言・警句の紹介(その82)-最近知った名言・警句

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