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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻71号)』(転載)

二木立

発行日2010年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


お知らせ

1.本「ニューズレター」70号掲載の論文・談話の掲載頁等のお知らせと訂正。

2.『週刊東洋経済』6月12日号に、伊藤元重氏(東京大学大学院経済学研究科教授)と伊藤たてお氏(日本難病・疾病団体協議会代表)と私の座談会「徹底討論 医療を通じた経済成長 混合診療拡大の是非」が掲載されます。

3.[70号のお知らせの再掲]6月11日(金)の「日本の医療を守る市民の会」第25回勉強会で、「民主党政権と混合診療解禁論-底の浅さと危うさ、しかし希望も」を講演します。夜6時半~8時半、東京・中野サンプラザ8階研修室。参加費は一般1,500円・学生800円。申し込みはホームページの参加申し込みフォームから、もしくはファックスで(http://iryo-mamorukai.com/ FAX 03-3383-6030)。


1.論文:日本の介護保険制度と保健・医療・福祉複合体

-韓国社会福祉学会春季学術大会での報告
(「二木立教授の医療時評(その78)」『文化連情報』2010年月6月号(387号):14-22頁)

はじめに-本報告の構成と自己紹介

本報告は、二部構成とする。まず日本の介護保険制度について、制度の本質、制度創設の目的、制度創設後10年間の変化を2005年法改正を中心に述べる。その際、介護保険制度(改革)のプラス面だけでなく、マイナス面についても述べる。次に、日本と韓国の病院制度の違いを簡単に述べた上で、日本で介護保険制度創設前後から急増した保健・医療・福祉複合体の定義、実態、出現した制度的理由、功罪、介護保険制度が複合体への強い追い風になった理由を述べる。

本題に入る前に、私の簡単な自己紹介を行う。私は、臨床医(リハビリテーション専門医)出身の医療経済学・医療政策研究者である。

私は、1972年に東京医科歯科大学医学部を卒業した学生運動世代であり、大学卒業直後から13年間、東京の地域病院に勤務し、脳卒中の早期リハビリテーションの診療と研究に従事した。それを集大成した『脳卒中の早期リハビリテーション』は、日本初の脳卒中リハビリテーションのEBM(根拠に基づく医療)書であった。1985年日本福祉大学教授となり、それ以降、政策的含意が明確な実証研究と医療政策の批判・提言の研究・言論活動を続けている。なお、日本福祉大学教授となった後も、2004年まで19年間、上記病院で診療(リハビリテーション外来と往診)を継続していた。

2003~2007年度には、日本福祉大学の21世紀COE(center of excellence)プログラム「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」の拠点リーダーをつとめた。これは、日本に世界水準の大学を創るために文部科学省が始めた国家的プロジェクトで、約140校ある福祉系大学のなかでは、日本福祉大学だけが選ばれた。このCOEプログラムには5つの研究領域があり、その1つが「日韓比較研究」で、これは延世大学校等との共同研究であり、私は、「医療・高齢者ケアの日韓比較研究」を行った。

1.日本の介護保険制度

(1) 2000年創設の介護保険法の本質

日本の介護保険法の本質は、単なる福祉法ではなく、「高齢者慢性期医療・介護保険法」である。この点は、介護保険法第1条(法の目的)に、要介護者に「保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」と明記していることからも明らかである。この第1条だけでなく法の全条文で、保健医療サービスが福祉サービスよりも先に置かれている。なお、日本では一般には「介護」に医療は含まれないが、介護保険法の「介護」のみは慢性期医療も含んでいる。

その結果、介護保険制度創設により、高齢者の慢性期医療の多くが「老人保健法(医療)」から「介護保険法」に移行した。具体的には、病院の療養病床の一部(34万床のうち19万床。約34%)、老人保健施設のすべて、訪問看護と訪問リハビリテーションの大半と通所リハビリテーション等が移行した。

介護保険制度により、医療機関(病院・診療所)は、高齢者福祉施設(特別養護老人ホーム等)以外の、ほぼすべての事業に参入可能になった。また系列の社会福祉法人を作れば、高齢者福祉施設の開設も事実上可能である。それに対して、営利企業が参入できるのは在宅福祉サービスに限られている。

ドイツの介護保険制度との違い

ここで、日本の介護保険制度についてのよくある誤解を正したい。それは、「日本の介護保険制度はドイツの介護保険制度をモデルにしている」という誤解である。しかし、実際は、日本の介護保険制度は、ドイツの社会保険方式、北欧諸国の市町村主権、イギリスとアメリカのケアマネジメント、および日本の国民健康保険制度を折衷したものである。

ドイツの介護保険制度との主な違いは4つある。第1は、純粋の社会保険方式ではなく、保険と公費の混合方式で、給付費の5割が公費であること。第2は、介護だけでなく慢性期医療も給付対象としていること。第3は、ドイツの介護保険制度にはないケアマネジメントを導入していること。第4は、ドイツの介護保険制度にはある現金給付がないことである。

(2) 介護保険制度創設の目的-公式目的と隠れた目的

2番目に、介護保険制度創設の目的(公式目的と隠れた目的) について述べる。最大の公式目的は言うまでもなく、「介護の社会化」、要介護高齢者のサービス拡充と家族介護者の負担の軽減である。

もう1つの公式目的は高齢者の「社会的入院の是正」による、高齢者の入院医療費の抑制である。ここで、「社会的入院」とは、医学的治療の終了後も、患者が自宅退院や福祉施設入所ができないなどの社会的理由で、病院に長期間入院することの俗称で、概ね6カ月以上の長期入院を指す。介護保険制度開始前は、65歳以上の高齢者の入院患者のうち約4~5割が6カ月以上の長期入院であった。

しかし、介護保険制度にはもう1つ隠れた目的もあった。それは、急増する老人医療費の一部を介護費へ転嫁する「コストシフティング」である。国民の多くは医療不信が強いため、医療保険料の引き上げには大反対したが、「介護の社会化」には賛成し、新たな負担を伴う介護保険制度の創設にも賛成した。

実は、厚生省は当初、公費負担方式(財源は消費税)とすることも非公式に検討していた。しかし、消費税の引き上げに対する国民の反発が非常に強かったため、社会保険方式に転換した。

(3) 介護保険制度創設後5年間の変化

3番目に、介護保険制度創設後5年間の変化について述べる。介護保険制度創設後、要介護認定者数とサービス利用者数は急増し、介護保険の総費用・給付費も急増した。要介護認定者数は、218万人(2000年4月)から411万人(2005年4月)へ、5年間で1.9倍化した。特に「軽度者」(要支援と要介護1)は2.4倍化した。介護保険の総費用(保険給付費に1割の利用者負担額を加えたもの)も、3.6兆円(2000年度)から6.8兆円(2005年度予算)へ、同じ期間にやはり1.9倍化した。
  ここで見落としてならないことは、給付費の増加は制度開始前の想定範囲に収まっていること、および「軽度者」の急増は保険給付費急増の主因ではないことである(「軽度者」の給付費増加寄与率は約25%にすぎない)。

この間、「在宅重視」の目標に沿って、在宅サービスは急増した反面、施設サービス(施設の新設)は厳しく抑制された。ただし、家族の介護負担の軽減は進んでおらず、施設入所希望は逆に増加し、大都市部中心に、施設(特に利用者負担の少ない特別養護老人ホーム)の入所待ちが急増した。特別養護老人ホーム入所の待機者数は制度開始前の1999年の10.5万人から2004年の34万人に3倍化した。

その結果、不足する特別養護老人ホームの代替として、中所得層向けのグループホームと高所得層向けの有料老人ホームが激増した。グループホーム数は制度開始前の300弱から2005年の6000超へ20倍化した。有料老人ホーム数も制度開始前の約300から2005年の1400へ5倍化した。なお、介護保険法上は、これらは施設サービスではなく在宅サービスと規定されている。
  5年間の変化で最後に強調したいことは、この間政府の財政危機が進行し、社会保障給付費の抑制が至上命令になったことである。特に小泉政権は、歴代の自民党政権に比べても、厳しく社会保障給付費を圧縮した。この点は後述する。

最近、アメリカのキャンベル教授と日本の池上直己教授は、2005年の高齢者1人当たり公的介護費用(介護保険給付費+それ以外の公的費用。購買力平価表示の米ドル)の日本・ドイツ・アメリカの詳細な3か国比較を行った。それによると、日本は1751ドルで、介護保険の先輩国であるドイツの1185ドルより、5割近くも高かった。意外なことに、アメリカは公的介護保険制度がないにもかかわらず1605ドルで、ドイツより35%も高かった。

(4) 2005年介護保険法改正の特徴

4番目に、2005年介護保険法改正(2005~2006年実施)について述べる。この法改正の最大の目的は、急増する介護保険給付費を抑制し、制度の持続可能性を保つこと、とされていた。ここで見落としてならないことは、目指されているのは介護給付費絶対額の抑制ではなく、「伸び率」の抑制であり、政府が想定している今後の介護保険給付費の伸び率は、医療費の伸び率よりもかなり高いことである。そのため、私は、介護は医療以上の「永遠の安定成長産業」だと考えている。ただし、2006年度は、介護報酬の大幅引き下げにより、介護給付費総額は2000年に介護保険制度が始まって以来初めて減少した。

介護給付費の2つの抑制策-長期的抑制策の実効性は疑問

介護保険給付費の抑制策には、短期的抑制策と長期的抑制策の2つがあった。短期的抑制策は保険給付の範囲と水準の縮小であり、その中心は、介護施設の食費と居住費を保険給付から除外し、全額利用者負担とすることであった。これは、利用者には「夢も希望もない」改革であり、特に低所得者の施設入所はますます困難になっている。いわゆる「軽度者」の介護サービス給付も制限され、次に述べる「新介護予防給付」へ移行された。さらに、介護報酬の大幅引き下げで、介護サービス提供事業者も大幅減益になった。

介護給付費の長期的抑制策は、介護予防の推進により、介護費用の急増を抑制することである。具体的には、「軽度者」には「新介護予防給付」(筋力向上トレーニング、口腔機能ケア、栄養改善)を優先して実施し、要介護者の出現率を低下させ介護費用の抑制をめざすことになった。ただし、介護予防の長期的健康増進効果や費用(医療費・介護費)抑制効果を厳密に実証した研究は世界的にもほとんどない。

介護保険が目指すケアの場所の転換-「自宅」から「在宅」へ

介護保険法改正で強調したいことは、介護保険が目指すケアの場所が転換したことである。具体的には、従来の「在宅ケア(自宅でのケア)」偏重から、「居住系サービス」整備への転換である。ここで、居住系サービスとは、自宅と従来型施設の中間、「自宅以外の多様な居住の場」を意味し、具体的には、ケアハウス、有料老人ホーム、グループホーム等の地域密着型サービス、高齢者専用賃貸住宅等が含まれる。これらの大半は、実態的には小規模施設と言える。

ここで注意すべきことは、厚生労働省は「在宅」に自宅だけでなく、小規模施設と言える「居住系サービス(居住系施設)」も含んでいることである。これは、在宅=自宅という日本語の日常的用法とは異なり、一般国民はもちろん、医療・福祉関係者やジャーナリストにも混乱を生んでいる。さらに厚生労働省は、2008年の(医療保険の)診療報酬改定で、医療保険上の「在宅」・「居住系施設」の範囲をさらに広げ、なんと特別養護老人ホーム(代表的な社会福祉施設)まで含むことにした!?この新しい定義によると、「在宅」に含まれないのは、医療施設と老人保健施設だけになる。

居住系サービス(居住系施設)は、大規模施設に比べて、建設費・介護給付費ともかなり安いのは事実である。ただし、意外なことに、自宅介護の費用(保険給付費)は、居住系サービスよりも高い。具体的には、自宅介護の1月当たり介護保険給付は最大36万円だが、居住系サービスのそれは30万円未満である。

2005年の介護保険法改正には、もう1つ、いわば隠れた狙いとして、介護保険事業者(特に大手営利企業)に対する規制強化が含まれていた。この点については後述する。

(5) 介護報酬改定-2回のマイナス改定と1回のプラス改定

2001年4月に成立し、2006年9月まで5年半も継続した小泉純一郎政権(自民党と公明党の連立政権)は、日本の政治・経済・社会全般の「構造改革」を推し進め、その一環として医療・介護・社会保障費の厳しい抑制政策を実行した。

介護報酬は3年に一度改定されることになっているが、2003年の第1回改定と2006年の第2回改定では、マイナス改定が断行された(それぞれマイナス2.3%、マイナス2.4%)。第2回改定は、上述した介護保険法改正による保険給付範囲の縮小と利用料の引き上げと時期的に重なったため、介護保険サービスの利用制限・抑制と介護保険事業者の経営悪化が同時進行し、「介護危機」「介護崩壊」が社会問題化した。

そのため、麻生太郎政権(最後の自民党・公明党連立政権)は2009年の第3回の介護報酬改定で一転して3%のプラス改定を行い、さらに同年10月には、2009年度補正予算により、さらに実質2%の引き上げを上積みした(合計5%の引き上げ)。これにより、介護危機は表面的にはやや沈静化した。

2009年9月に成立した鳩山由紀夫政権(民主党を中心とする連立政権)は、総選挙公約で介護危機を克服するために「介護労働者の賃金を月額4万円引き上げる」ことを掲げたが、2010年度予算ではそれを実現するための予算措置は見送られた。

2.日本の保健・医療・福祉複合体

(1) 日本と韓国の病院制度の比較-先進国の中でもっとも類似しているが違いもある

日本と韓国の病院制度は先進国(OECD加盟国)中もっとも類似している。

まず、病院の大半が民間病院で国公立病院は少ない先進国は、日本・韓国・アメリカの3カ国だけである。しかし、同じく民間病院中心と言っても、日本・韓国とアメリカには根本的違いがある。それは、日本と韓国の民間病院の大半は(事実上の)医師所有であること、および日本と韓国では営利目的は禁止され、株式会社による病院経営も原則として認められていないことである。

ただし、医師所有病院は、欧米諸国の所有者のいない非営利病院に比べて、非営利性が弱いことも見落とせない。経済学的には、それらは、営利組織と純粋な非営利組織との中間の、「営利のみを目的とするのではない(not-only-for-profit)」組織(カナダの医療経済学者Evansが提唱した概念)と言える。病院の機能分化(急性期病院と慢性期病院への分化)が遅れている点でも、日本と韓国は共通している。

日本と韓国の病院(制度)の5つの違い

ただし、日本と韓国との違いも見落とせない。私は、現時点では、暫定的に、以下の5つが大きな違いだと思っている。

第1は、日本では、医療法人病院の開設者は原則として医師に限定され、非医師による開設はごく例外的であることである。第2は、日本では、都道府県の「地域医療計画」により、病院の新設は厳しく制限されていることである。

第3は、日本では、病院の倒産はきわめて少ないことである。毎年民間病院の1割が倒産している韓国の読者には信じられないかも知れないが、日本の1987~2004年度の18年間の病院倒産総数は140件であり、病院総数のわずか1.5%にすぎない。

第4は、日本では、病院のIT化(電子カルテ、およびその前提の病名の標準化)はきわめて遅れており、保険請求もいまだに紙ベースなことである。第5は、韓国では、老人病院等の高齢者の長期療養施設の整備が非常に遅れていることである。

この第5の違いのためもあり、韓国では、病院の保健・福祉分野への進出=複合体化はまだごく一部でしか生じていない。しかし、韓国でも、介護保険制度導入により、病院の複合体化が今後急速に進む可能性があり、日本の経験に照らせば、複合体化は、韓国の民間中小病院の生き残りの有力な選択肢になりえると私は判断している。

(2) 保健・医療・福祉複合体の定義(二木)

そこで次に、日本の保健・医療・福祉複合体(以下、「複合体」)について、介護保険制度との関係を中心に紹介する。

まず、複合体の定義を述べる。複合体の包括的な定義は、医療機関(病院・診療所)の開設者が、同一法人または関連・系列法人とともに、各種の保健・福祉施設のうちのいくつかを開設し、保健・医療・福祉サービスを一体的(自己完結的)に提供するグループである。複合体のうち、医療機関と在宅・通所ケア施設(訪問看護ステーションやホームヘルパー・ステーション、通所リハビリテーション施設等)のみを有するものを「ミニ複合体」と呼ぶ。

複合体は私が提唱した概念だが、現在では、厚生労働省、医療・福祉関係者の間では、「一般名詞」・共通言語となっている。

複合体は、1980年代後半から出現したが、急増したのは1990年代後半以降である。具体的には、日本で介護保険制度の創設が初めて公式に提案された1994年12月以降、急増した。

(3) 複合体の実態

次に、複合体の実態を簡単に6点述べる。これは、私が1996~1998年に行った全国調査、2000年に京都府で行った調査、およびフィールド調査に基づいている(私は、今までに全国で100以上の複合体を訪問調査している)。ただし、複合体の全国調査はこれ以降行われていない。

第1に、公立複合体は少数であり、大半が民間複合体である。

第2に、制度上は福祉施設である特別養護老人ホームの3割が民間医療機関母体である。先述したように、民間医療機関が特別養護老人ホームを開設するためには、系列の社会福祉法人を開設する必要がある。

第3に、複合体には多様な形態があるが、中核は病院・特別養護老人ホーム・老人保健施設を開設する「3点セット」複合体である。「3点セット」複合体は、母体病院の機能から2類型に大別できる。1つは、急性期病院が老人ケア分野での継続性を保つ(退院患者の受け皿を確保する)ために「複合体」化したグループ、もう一つは慢性期病院(老人・精神)が老人ケアのメニューを拡大するために「複合体」化したグループである。総数では、前者が4割、後者が5割であり、残り1割は「混合型」(急性期病院と慢性期病院の両方を持つ)である。

第4に、入所施設を持たず、在宅・通所ケアに特化した「ミニ複合体」も多数存在する。

第5に、複合体の大半は、大病院ではなく、中小病院・診療所が母体となっている。私は、これが一番注目すべきことだと思っている。ただし、病院の複合体化率は、大病院や病院チェーン(同一法人または同一グループが複数の病院を所有)の方がはるかに高い

第6に、リハビリテーション病院は、一般の病院よりはるかに複合体化が進んでいる。介護保険制度開始直前(1999年)、すでに、リハビリテーション病院の約4割が入所施設(特別養護老人ホームまたは老人保健施設)を併設していた。当時、病院全体ではこの割合は1~2割にすぎなかった。

(4) 複合体の功罪

次に、複合体の功罪について述べる。他のあらゆる組織と同じく、複合体にもプラスの面とマイナス面の両方がある。

まず、複合体の経済学的なプラス面(効果)としては、保健・医療・福祉サービスを「垂直統合」することにより、「範囲の経済」と「取引費用」の削減が生じ、サービス提供が効率化することがあげられる。

ただし、この経済的効果は学問的にはまだ完全には証明されておらず、現実には、患者・利用者への継続的・包括的サービスの提供による、安心感の増加というマーケティング上の効果が大きいと言える。

逆に、複合体には以下の4つのマイナス面もある。

第1は「地域独占」で、患者・利用者を囲い込み、医療・福祉施設の連携を阻害することである。第2は、「福祉の医療化」による、福祉本来の発展を阻害することである。第3は、「クリーム・スキミング」(利益のもっとも上がる分野への集中)により利潤の極大化を図ることである。第4は、中央・地方政治家や行政との癒着である。

ただし、これらのマイナス面はすべての複合体に見られるわけではなく、それらとは無縁の良心的な複合体も少なくない。

(5) 1980年代後半から複合体が出現・急増した3つの制度的理由

介護保険制度が提唱される前の1980年代の後半から複合体が出現・急増した制度的理由は3つある。

第1の理由は、1987年から都道府県の「地域医療計画」により、病院の新設が大幅に制限されたことである。1970年代~1980年代半ばまでは、経営手腕のある民間病院の経営戦略は病院の規模拡大または病院チェーン化であったが、「地域医療計画」によりそれが困難になったため、保健・福祉サービス分野に積極的に進出するようになった。

第2の理由は、厚生省が、1989年に、病院と施設・自宅の「中間施設」である老人保健施設を創設したことである。私の調査によると、老人保健施設の約9割が民間医療機関を母体としている。実は厚生省は当初、医療費抑制のために、病院から老人保健施設への転換=病床削減をめざしていたが、現実には老人保健施設の大半は新設だった。しかも、病院(特に急性期病院)の利益率がわずか数%しかないのに比べて、老人保健施設の利益率ははるかに高かった(概ね10%以上)。

第3の理由は、政府が1989年に「ゴールドプラン」(高齢者保健福祉推進10か年計画)を作成し、公費で、在宅福祉サービスと福祉施設の大幅拡充を計画的に進めたことである。
これは、1989年から10年間に6兆円の公費を投入した、史上最大の福祉拡充計画であった。なお、この計画の直接の契機は、1989年に導入された消費税に対する国民の強い批判を和らげることであった。

しかも、「ゴールドプラン」では、従来自治体と社会福祉法人に限定されていた在宅福祉サービスの提供者を医療機関等にも開放した。その結果、経営手腕のある民間医療機関は、退院患者の受け皿整備のためにも、この新しい事業に積極的に参入した。また、特別養護老人ホームの建設費の大半は公費負担であり、しかも利益率も高かったため、経営手腕のある民間医療機関は、系列の社会福祉法人を設立して、特別養護老人ホームを開設した。

そして結果的には、2-3番目の理由が2000年創設の介護保険制度の基盤整備になった。日本の高齢者福祉は、1990年まではヨーロッパ諸国に比べて大きく遅れていたが、「ゴールドプラン」のおかげで、介護保険制度が創設された2000年にはすでにヨーロッパ水準に近づいていた。

(6) 2000年の介護保険制度創設が複合体の追い風になった理由

私は、2000年介護保険制度創設は複合体への強い追い風になったし、2005年の制度改正も複合体への第2の追い風になったと判断している。まず、2000年の介護保険制度創設が複合体への追い風となった理由は4つある。

第1は、介護保険では、在宅利用者の慢性期医療・福祉費用に要介護度別に支給限度額が設定されたことである。そのために、医療施設と福祉施設が独立してサービスを提供する場合には、限られたパイの奪い合いが生じ、それの調整のためのコスト(「取り引きコスト」)が発生するが、医療・福祉サービスを一体的に提供する複合体ではこれを大幅に削減できる。

第2は、介護保険では、特別養護老人ホームの性格が一変したことである。従来の公費負担制度の下では特別養護老人ホームへの入所は市町村が決めていたが、介護保険制度では、特別養護老人ホームは契約施設となった。その結果、わが国の高齢者は医療への依存度が強いため、独立型の特別養護老人ホームよりも、医療機関母体の特別養護老人ホームの方が、利用者の安心感が高く、利用者確保の点で圧倒的に有利になった。

第3は、複合体は、一般の社会福祉法人等に比べて、経営能力・人材がはるかに厚いことである。医療保険の出来高払い制度の下で他施設との競争や経営合理化に習熟している「複合体」は、公費負担制度に守られて経営努力をほとんど必要としなかった社会福祉法人に比べて、経営能力・人材の厚さという点ではるかに勝っている。

第4は、要介護者の発掘・確保の点でも、複合体は圧倒的に有利なことである。なぜなら、新規の要介護者の大半は、疾病・事故が原因で要介護状態になるため、医療機関がまず把握することになる(医療機関に入院し、医学的治療が終了した時点で、潜在的「要介護者」となる)からである。介護保険では「医療の出口に福祉の入り口がある」と言える。

(7) 2005年介護保険法改正が複合体への第2の追い風になった理由

次に、2005年の介護保険法改正が複合体への第2の追い風になった理由は2つある。

保健・医療・福祉サービスの連携と統合の推進

第1の理由は、医療保険と介護保険との役割分担により医療保険給付範囲が縮小される反面、保健・医療・福祉サービスの連携と統合が推進されることである。

理論的には、サービスの連携と統合には2つの形態がある。1つは単独サービスを提供する施設・事業者のネットワーク、もう1つは保健・医療・福祉サービスを一体的に提供する複合体である。両者には一長一短があるが、現実的・制度的に、複合体の方が圧倒的に有利である。ただし、ネットワークと複合体は対立物ではなく、大半の地域で、競争的に共存している。ごく一部の地域では、大規模複合体が利用者の「囲い込み」を行っていることが問題となっているが、逆に、地域の保健・医療・福祉サービスのネットワークの中心になっている複合体も少なくない。

厚生労働省が営利企業育成策から抑制策に転換

第2の理由は、厚生労働省が、営利企業育成策から抑制策へと方針転換したことである。実は厚生労働省は2000年の介護保険制度創設時には、在宅介護については、営利企業の参入を自由化しただけでなく、それを奨励した。これによって、在宅介護サービスの総量が急増した。

他面、介護保険制度開始後、大手営利企業が利益獲得優先の行動に走る弊害も明らかになってきた。例えば、日本医師会総合政策研究機構の調査によれば、営利企業の不正請求等による処分率は、非営利事業者の10倍にも達していた。

営利企業の処分で最大のものは、2007年6月に、在宅介護で第2位の企業コムスン(事業所1000以上、利用者8万人)が、特別に悪質な不正行為を続けてきたとして、厚生労働省から全事業所対象の厳しい処分を受けたことである。これによりコムスンは解体され、大きな社会問題になった。この処分を通して、2005年の介護保険法改正の隠れた狙いが営利企業に対する規制強化だったことが明らかになった。

その結果、今後は、医療だけでなく、介護でも、サービス提供組織の主役は非営利組織であることが明確になった。そして、その中核が複合体なのである。

ただし、介護保険制度開始時の「第1の追い風」時とは2つの違いがある。1つは、介護保険制度創設時には介護事業は高い利益率を享受できたのと異なり、その後2回の介護報酬引き下げにより、介護事業の高い利益率はもはや望めないことである。もう1つは、新しい複合体のサービス提供形態は相当変わることである。具体的には、今までの入所施設中心から、「居住系サービス」中心への転換である。

以上2つの変化のため、今後、複合体経営者には高いマネジメント能力が求められるようになっている。

[本稿は、本年4月23・24日に韓国ウルサン市で開催された2010年韓国社会福祉学会春季学術大会で行った同名の報告を補訂したものです]

文献

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2.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その18):8冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○『図表でみる[OECD加盟国の]保健医療 2009 OECDインディケーター』
(Health at a Glance 2009 OECD Indicators. OECD, 2009, 200 pages)[概説書]

定評あるOECD『図表でみる保健医療』シリーズの最新版(第5版)です。(1)健康状態、(2)健康の非医療的決定要因、(3)医療従事者、(4)医療活動、(5)医療の質、(6)医療へのアクセス、(7)医療費と財政の7章で構成されており、(3)と(6)は新しく加えられた章だそうです。(5)には新たに慢性疾患の医療の質も加えられましたが、日本のデータはごく一部しか含まれていません。

(7)で注目すべきことは、「保健医療サービスの貿易(医療ツーリズム)」(医療の国際収支)が追加されたことです(172-173頁)。OECD加盟国の中で、医療ツーリズムの「輸出」(外国人への医療提供)はアメリカが飛び抜けて多く、2007年で23.1億ドルです。「輸入」(外国での医療利用)大国はドイツで15.22億ドルで、2位がアメリカの6.60億ドルです。医療ツーリズムは輸出・輸入とも伸び率は高いものの、最大の輸入国のドイツでも、輸入額は総医療費の0.5%にとどまっています。なお、日本のお隣の韓国は、輸出6200万ドル、輸入1億300億ドルで大幅な「入超」になっており、しかも2004~2007年の輸入の年平均伸び率は12%で、輸出の4%の3倍に達しています。

○『6つの国、6つの改革モデル:イスラエル、オランダ、ニュージーランド、シンガポール、スイスと台湾の医療改革の経験-レイダー・スクリーンの下の医療改革』
(Okma KGH, Crivelli L (eds): Six Countries, Six Reform Models: The Healthcare Reform Experiences of Israel, The Netherlands, New Zealand, Singapore, Switzerland and Taiwan. World Scientific, 2010, 237 pages)[国際比較研究]

長大な書名通りの内容の本で、以下の6章構成です。第1章「イスラエル:現在進行中の改革の実験場としての部分的医療改革」、第2章「オランダ医療の変化と継続:2006年医療保険改革の起源と結果」、第3章「ニュージーランドの制度の改革と再改革」、第4章「シンガポールにおける医療改革」、第5章「スイスにおける患者主導対規制の医療保険」、第6章「台湾の国民医療保険制度:ドル当たりの高価値」。従来の国際比較研究では取り上げられることが少なかった、小規模~中規模人口の6か国のダイナミックな医療改革の経験を、共通の分析枠組みで検討しています。

○『保健医療サービスの組織』
(Currie G, Kitchener M (eds.): Organizing Health Services. Sage Publications, 2010, Volume 1-4, 324+434+453+295 pages)[論文選集]

保健医療サービスの組織・マネジメント研究の主要論文を収録した全4冊の選集で、
1982~2008年に発表された69論文が収録されています。「公共サービスマネジメントの主要業績」選集と対になっており、両選集とも第1部「部門の組織」(組織間関係、専門職の規制、パフォーマンス・マネジメント)と第2部「組織のマネジメント」(リーダーシップ、戦略、改革マネジメント)の2部構成です。冒頭のかなり長い「編者序文」(各論文の紹介。全31頁)を読むだけでも、この領域の四半世紀の研究成果を鳥瞰できそうです。

○『医療制度改善のためのパフォーマンス測定-経験、課題と見通し』
(Smith PC, Mossialos E, et al (eds): Performance Measurement for Health System Improvement - Experiences, Challenges and Propects. Cambridge University Press, 2009, 726 pages)[上級教科書]

「ケンブリッジ医療経済・政策・マネジメント・シリーズ」の最新刊です。医療制度改善のためにパフォーマンス測定が果たしうる役割を戦略的に考える必要があるという視点から、パフォーマンス測定が行われる諸レベル、それの技術的事項と利用可能なツール、それを用いることが医療システムのガバナンスに関わる人々にもたらしうる含意等を幅広く、しかも国際的経験を踏まえて検討しています。「パフォーマンス測定の原則」、「パフォーマンスの諸側面」、「パフォーマンス測定の分析方法」、「医療政策とパフォーマンス測定」、「結論」の5部構成で、この分野の最新百科事典とも言えます。4人の編者のうち3人はイギリスの大学所属です。

○『隔年医療マネジメントレビュー:メゾ[レベルの]視点』
(Savage GT, Fottler MD (eds.): Biennial Review of Health Care Management: Meso Perspectives. Emerald Group Publishing, 2009, 229 pages)[レビュー論文集]

「医療マネジメントの進歩」シリーズの最新刊(第8巻)です。医療人材(医師、看護師、ボランティア等)のマネジメントと医療組織のマネジメントというメゾレベルの視点の研究を中心に、最新の研究をレビューした7論文(序論を除く)を掲載しています。編者、執筆者の大半がアメリカの大学所属で、アメリカの医療マネジメントの研究動向を鳥瞰するには便利と思います。

○『アメリカの無保険者危機-健康・医療面の諸帰結』
(Institute of Medicine: America's Uninsured Crisis - Consequences for Health and Health Care. The National Academies Press, 2009, 214 pages)[提言書]

米国医学研究所が、アメリカの無保険者問題がアメリカ人の健康と医療に与えている否定的影響を膨大な実証研究に基づいて示し、議会と政府に皆保険と医療費削減の両方の実現のために直ちに行動するよう求めています。なお、同研究所は2004年にも同趣旨の提言を発表していますが、現実の政策にはほとんど影響を与えなかったようです。付録として、医療保険・無保険が児童・成人に与える影響を検討した実証研究の詳細な一覧表が付けられています。

○『グローバリゼーション、市場と医療政策-患者を消費者と描き直す』
(Tritter J, Koivusalo M, et al (eds.): Globalisation, Markets and Health Policy - Redrawing the patient as consumer. Routledge, 2010, 200 pages)[国際比較研究]

過去20年間に急速に進んだグローバリゼーションと営利化(commercialisation)がヨーロッパ各国の医療政策・医療改革に与えた影響、およびそれの市民、患者および社会権にとっての含意を、包括的かつ批判的に検討しています。全10章(序論を除く)で、イギリス、スウェーデン、フィンランドについては事例研究も行っています。4人の編者はイギリスとフィンランドの大学・研究機関所属です(各2人)。

○『病的徴候-資本主義下の保健医療 社会主義年報2010』
(Panitch L, Leys C (eds.): Morbid Symptoms - Health Under Capitalism Socialist Registry 2010. The Merlin Press, 2009, 325 pages)[論文集]

『社会主義年報』は1964年に創刊された無党派ニューレフトの研究年報で、2009年版は、新自由主義的グローバリゼーションが保健医療に与えた影響を多面的に検討しています。「健康、医療と資本主義」、「医療の特性:営利化対連帯」、「不平等と健康」などの理論研究から、オバマ政権の医療改革の限界、ヨーロッパにおける医療の市場化、カナダの公的医療制度の主導権争いなど、先進国の最新の医療政策を批判的に検討した論文、さらにはキューバや中国などの途上国・新興国の医療政策を検討した論文など、合計16論文を掲載しています。

○『医療[と医療政策]の主要論争』
(Taylor G, Hawley H: Key Debates in Health Care. Open University Press, 2010, 188 pages)[初級教科書]

医療と医療政策の主要な8つの論点について、主としてイギリスとアメリカにおける論争の理論的枠組みと具体的な政策展開を鳥瞰しています。以下の、全3部10章構成です:序論、第1部 医療提供をめぐる政治(国、私的部門、非営利部門)、第2部 優先順位の設定(健康の不平等、健康増進、医療の配給・制限)、第3部 患者と医療専門職(患者の権利、プロフェショナリズム)、結論。論争の核心は、医療における国家の役割です。著者2人はイギリスの大学研究者で、そのためか理論的枠組みは(1)社会民主主義、(2)新自由主義、(3)第三の道の3つに整理されています。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その66)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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