総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻56号)』(転載)

二木立

発行日2009年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


訂正

本「ニューズレター」52・54・55号に転載した『文化連情報』掲載論文の通巻号数表記に誤りがありましたので、訂正します。


お知らせ

論文「医師数と医療費の関係を歴史的・実証的に考える」を『月刊/保険診療』2009年4月号(4月10日発行)に掲載します。この論文は、本「ニューズレター」57号に転載しますが、早めにお読みになりたい方は雑誌掲載論文をお読み下さい(1部2000円。お申し込みは『月刊/保険診療』編集部:電話03-3512-0251、ファックス03-3512-0250)。

お願い

「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2009年度版)」に含まれていないお薦めの図書がありましたら、お知らせ下さい。その際、推薦理由を簡単にお書きいただければ幸いです。掲載図書の新版・改訂版等が出ている場合も、お知らせ下さい。ご教示いただいた図書の現物をチェックした上で、適宜、2009年度の大学院講義・演習で紹介したり、上記図書リストの2010年度版に加えます。


1.論文:2009年以降の医療政策と医療経営を考える

(「二木教授の医療時評(その66)」『文化連情報』2009年月4月号(373号):22-28頁)

本稿では、2009年以降数年間の医療政策と医療経営を概括的に考えます。私が強調したいのは、以下の4点です。(1)「小さな政府」路線から「中福祉・中負担」路線への転換が進む。(2)医療制度の抜本改革は今後もありえない。(3)2009年介護報酬改定は複眼的に評価する必要があり、それは医療機関や保健・医療・福祉複合体への追い風になる。(4)2010年の診療報酬改定は現時点では未確定であり、具体的予測は控えるべきである。以下、これらについて、主として、私の事実認識と「客観的」将来予測を述べます。

1 「小さな政府」路線から「中福祉・中負担」路線への転換が進む

まず、小泉政権時代の「小さな政府」路線=医療・社会保障費の極端な抑制から、「中福祉・中負担」路線=「社会保障の機能の強化」への政策転換は、昨年、一気に進みました。2009年以降数年間、このような流れが持続することはほぼ確実です。

昨年の路線転換の節目は3つあります。第1は、昨年6月に閣議決定された「骨太の方針2008」で、「社会保障の機能の強化」が初めてうたわれたことです。それには、医師養成の抑制策から増加策へという画期的転換も盛り込まれました。「骨太の方針2008」では、小泉政権の置きみやげである「骨太の方針2006」中の社会保障費抑制の数値目標(自然増を毎年2200億円削減)を「堅持する」とされましたが、削減額とは別の「重点化枠」という抜け道も用意されました(本誌昨年9月号「医療時評(59)」)。

第2の節目は、社会保障国民会議が昨年10月に発表した「医療・介護費用のシミュレーション」で、医療改革を進めることにより医療費水準(対GDP比)が、増加すると初めて認めたことです。従来、医療改革と言えば医療費抑制を意味したことを考えれば、これは大きな転換です。もう1つ注目すべきことは、この「シミュレーション」の基準となる「現状投影シナリオ」では、2006年の医療制度改革関連法による医療費抑制目標が棚上げされたことでした(本誌昨年12月号「医療時評(61)」)。

第3の節目は、昨年12月24日に閣議決定された「持続可能な社会保障構築とその安定財源に向けた『中期プログラム』」で、「景気回復のための取組」の次に、「国民の安心強化のための社会保障安定財源の確保」が掲げられ、「安心強化の3原則」の第1に、「中福祉・中負担の社会を目指す」ことが明記されたことです。これは、小泉政権時代の「小さな政府」路線からの明確な転換宣言です。それに伴い、2009年度予算では、社会保障費自然増の2200億円削減は棚上げされ、実質的圧縮は10分の1の230億円にとどまりました。しかも圧縮の方法は後発医薬品の普及・促進だけであり、医療機関にとっても、患者にとっても、実質的影響はほとんどありません。

逆に、同日に閣議決定された2009年度予算案では、社会保障関係費(国庫負担分)は14.1%という非常に高い伸びとなりました。増加の大半(80.0%)は基礎年金の国庫負担引き上げによるものですが、診療報酬改定がなかったにもかかわらず医療の伸びは5.4%とされ、3%の介護報酬引き上げが実施される介護の伸び(3.3%)を相当上回りました。その中身を見ても、医師確保策に過去最高の272億円が計上されるなど、昨年6月の「安心と希望の医療確保ビジョン」で掲げられた施策が相当取り入れられました。

2009年以降も、このような流れが持続することはほぼ確実です。「ほぼ」と限定条件を付けたのは、今後、世界大恐慌(日本についてはGDPの数年間にわたる2桁のマイナス成長)が再来した場合には、医療・社会保障制度が存亡の危機に陥るからです。ただし、この可能性は現時点ではきわめて小さいと思います(本誌本年1月号「医療時評(63)」)。

国民皆保険の空洞化の部分的修復

「社会保障の機能の強化」への転換で、もう1つ見落としてならないことは、小泉政権の下で加速した国民皆保険制度の空洞化(国民健康保険「被保険者資格証明書」交付世帯=無保険者の急増)の部分的修復が始まったことです。

まず、昨年12月に全会一致で可決・成立した国民健康保険法改正により、国民健康保険の無保険者世帯でも、中学生以下の子どもには「短期保険証」(6か月間有効)を一律に交付することになりました。これにより、子どもの無保険者3万3000人(厚生労働省「資格証明書の発行に関する調査結果」2008年10月)が救済されることになりました。

さらに、政府は、本年1月20日、国民健康保険料が払えず「被保険者資格証明書」を交付された世帯についても、医療の必要性が生じ、世帯主が市町村の窓口で医療機関への医療費の一時払いが困難だと申し出た場合は、「保険料を納付することができない特別な事情に準ずる状況にある」として、短期保険証を発行する方針を初めて閣議決定しました。

これは、小池晃参議院議員が提出した「子どもに限定せず保険証を交付すべき」とする質問趣意書に対する答弁書です。

それに対して、昨年4月に始まった後期高齢者医療制度では、2009年度以降、保険料を滞納した後期高齢者に対しても資格証明書が新たに発行されることになり、無保険者が大量発生することが懸念されています。しかし、この点に関しても、昨年6月の政府・与党の後期高齢者医療制度見直し策により、「資格証明書の運用に当たっては、相当な収入があるにもかかわらず保険料を納めない悪質な者に限って適用する」とされました。

保険料滞納者のうち「悪質な者」についての全国調査はありませんが、広島市が、2008年度から、滞納者の状況を詳しく調べて、明らかに支払い余力があるのに滞納を続ける世帯にのみ資格証明書を発行する方針に転換したところ、それまで年6~7000件あった資格証明書が昨年9月時点でわずか1件になったそうです(「日本経済新聞」2008年12月14日朝刊「国民健康保険」)。

そのために、上述した方針転換が徹底されれば、低所得者の保険証取り上げによる受診抑制がかなり緩和されるだけでなく、医療機関で大きな問題になっている未収金も多少は削減される可能性があります。私は、この点については、医療ソーシャルワーカー(MSW)が大きな役割を果たせると期待しています。

以上の路線転換は複眼的に評価する必要があります。まず、小泉政権時代の異常・過度な医療費抑制政策は見直されたと言えます。しかし、1980年代以降、四半世紀続いている「世界一」厳しい医療費抑制政策の本格的見直し、公的医療費の大幅拡大への転換にはまだ手がつけられていません。そしてこれがなされない限り、最近社会問題化している「医療崩壊」・「医療荒廃」は解決できません。私は、これの鍵は公的医療費の大幅拡大の財源についての医療関係者・国民の合意形成であると考えています。社会保険料を主財源とする私の改革案は、本誌昨年7月号「医療時評(55・56)」で述べました。。

2 医療制度の抜本改革は今後もありえない

次に、医療制度(医療保障制度と医療提供制度の両方)の抜本改革は今後もありえません。医療ジャーナリズムや医療関係者の一部では、現在でも、さまざまな「抜本改革」論が主張されていますが、それらはいずれも根拠に基づくことのない願望か「脅し」です。

まず、2006年医療制度改革関連法は、当初、厚生労働省関係者も含めて、「抜本改革」と主張されましたが、実態は、従来から厚生労働省がめざしてきた部分改革を積み重ねた「包括的改革」であり、しかもそれの「医療費適正化計画」の二本柱(生活習慣病対策と長期入院対策)は最初から死に体です。厚生労働省自身、昨年4月に告示した「医療費適正化計画に関する基本的な方針」で、生活習慣病対策に短期的医療費抑制効果がないこと、医療療養病床の15万床への大幅削減が不可能なことを認めました(本誌昨年6月号「医療時評(54)」)。

厚生労働省は、公式にはまだ、生活習慣病対策による長期的医療費抑制効果は取り下げていませんが、それを支持する厳密な実証研究は世界的にも存在しません。この点は厚生労働省も自覚しているようで、前述した社会保障国民会議「医療・介護費用のシミュレーション」では、4つのシナリオのいずれにも生活習慣病対策による医療費抑制効果は組み込まれませんでした。もっとも、「シミュレーション」の付録の「オプションシミュレーション」では、「生活習慣病予防が進めば、入院も含めてさらに医療費への効果が現れる可能性」があると指摘し、「入院医療に2.5%程度の(適正化)効果が生じ、外来医療に追加的に1%程度、介護に3%程度の効果が生じた場合を仮定すると、医療・介護をあわせて、改革シナリオに対して2%程度の効果」があるとしていますが、これら「仮定」の根拠は示されていません。

一般病床の大幅削減はなく「病院大倒産時代」も到来しない

次に、病院・病床の機能分化が今後も徐々に進むのは確実ですが、一般病床の大幅削減はありえません。実は、この点も、社会保障国民会議「医療・介護費用のシミュレーション」で確認されています。具体的には、急性期病床と亜急性期・回復期病床の合計(つまり一般病床)は、在院日数を大幅に短縮した改革シナリオの場合でさえ、2025年で、132万床(B1シナリオ)、111万床(B1シナリオ)、115万床(B2シナリオ)とされており、いずれも、現在の105万床(2006年。診療所の一般病床を含む)を上回っています。

そのためもあり、「病院大倒産時代」は、今後も到来しません。そもそも、小泉政権時代にすら病院の倒産件数は増えておらず、2008年の病院倒産数は過去5年間で最少でした。歴史的にも、日本の病院倒産率は、日本と同じく民間病院主体の病院制度を有するアメリカと韓国の病院に比べて、文字通り桁違いに少ないだけでなく、日本の一般産業に比べてもはるかに少ないのです。

他面、今後、公立病院の再編・縮小は相当進む可能性があります。それには、以下の3つの要因があります。(1)地方自治体行財政の「三位一体の改革」により補助金・負担金が廃止・縮減された。(2)「平成大合併」による市町村数の激減(わずか10年で3200から1800へ)で、複数の公立病院を持つ中小自治体が増加した。(3)総務省「公立病院改革ガイドライン」(2007年12月)により公立病院の再編と民間移譲、廃止が促進される。その結果、今後、全病院・病床中の民間病院(その中心は医療法人病院)の割合がさらに高まるのは確実です。

一般病床へのDPCの全面適用はない

病院への診療報酬支払方式に関して、一般病床全体がDPC方式適用になることもありえません。なぜなら、一般病床には急性期病床だけでなく、亜急性期病床(回復期リハビリテーション病床も含む)が相当数含まれ、後者へのDPC方式の適用はまったく想定されていないからです。

それに対して、2007年12月の中医協基本問題小委員会で、2008年度DPC対象病院について「軽症の急性期入院医療を含めDPCの対象とする」ことが確認されたため、今後は、DPCが「すべての急性期」病床の支払い方式の中心になることが確定したと言えます。しかし、一部の医療ジャーナリズムや医療関係者が既定の事実のように主張している、急性期病床全体へのDPC適用や、DPC方式の高度急性期病院と一般急性期病院への二階建て化は、現時点では未確定です。例えば、2008年10月の中医協診療報酬基本問題小委員会では、診療側7人が連名で、「急性期病院に対する診療報酬の評価は[今後とも:提案者の口頭での補足]DPC、出来高払いの二本柱」とする「提案」を行っています。

私の知り得た範囲では、厚生労働省も、今後のDPC方式のあり方について明確な方針は持っていません。それに対して、中医協の支払い側は急性期病床へのDPC方式の大幅拡大に執心しています。しかし、彼らの期待とは逆にDPC方式に医療費抑制効果がまったくないことを考えると、DPC方式が急性期病床全体に適用されることは、少なくとも短期・中期的にはないと思います。

DPC方式に関しては、見落としてならないことが2つあります。1つは、DPC方式は「ホスピタルフィー的要素」(医療機関のコストや機能等)に限定した評価であり、「ドクターフィー的要素」(医療技術)の評価は今後とも出来高払い方式であることが、2003年3月に閣議決定されていることです(「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針について」)。

もう1つは、DPC方式は、アメリカのDRG/PPS(1入院当たり包括払い方式)に比べて、包括払いの範囲がはるかに狭いことです。具体的には、DPC方式では、アメリカのDRG/PPSでは包括払いの対象とされている、リハビリテーション料、各種の高額材料費(PTCAのカテーテル、人工関節、白内障手術の眼内レンズ等)も「外だし」とされており、ホスピタルフィー的要素に限定しても、出来高払いの要素が強いと言えます。

以上から総合判断すると、医療・病院がこれからも「永遠の安定成長産業」であることは確実です。手前味噌ですが、私は「医療冬の時代」が叫ばれた始めた1980年代後半から、「今後も医療は安定的な成長産業である」と指摘していました(『リハビリテーション医療の社会経済学』勁草書房、1988、7頁)。

ただし、私は、「守旧派」ではなく、制度改正のいかんによらず、個々の医療機関は以下の3つの自己改革を進める必要があると考えています。それらは、(1)個々の医療機関の役割の明確化、(2)医療・経営両方の効率化と標準化、(3)他の保健・医療・福祉施設とのネットワーク形成または保健・医療・福祉複合体化です(『21世紀初頭の医療と介護』、『医療改革と病院』、『医療改革』(いずれも勁草書房)参照)。

3 介護報酬改定は複眼的に評価する

第3に強調したいのは、本年4月から実施される3%の介護報酬改定を複眼的に評価し、それが医療機関、特に保健・医療・福祉複合体(以下、複合体)への追い風になることを理解することです。

今回の介護報酬報酬引き上げに対しては、否定的な評価も少なくありません。具体的には、以下の3つです。(1)3%の引き上げでは、過去2回の引き下げを補填できない。(2)介護報酬本体(基本サービス費)の引き上げはごく一部で大半が「加算」による引き上げのため、収益増加は一部の事業所に限られ、介護従事者の賃金の大幅引き上げにはつながらない。(3)介護報酬引き上げと同時に行われる新しい要介護認定基準により、要介護5と判定される人が2割減少するため、介護報酬引き上げによる収益増の相当部分が相殺される。

私もこれらの批判には一理あり、今回の介護報酬引き上げを手放しで評価することはできません。それにもかかわらず、世界同時不況下での介護報酬引き上げは、介護保険事業所にとって、介護人材確保の強い追い風になりうるとも判断しています。

なぜなら、一般の民間企業の求人(正職員・非正規職員)が減ったり、給与水準が低下すると、介護施設の人員確保が相対的に容易になり、介護報酬の引き上げによる介護職員の賃金・労働条件の多少の改善でもそれへ強い追い風になるからです。高度専門職が中心で、事務職を除いては一般の民間企業の求人とほとんど競合しない医療と異なり、介護施設の職員の求人は、一般の民間企業の求人と相当競合するのです。

実はこれには、20年前の先例があります。1980年代後半のバブル経済最盛期には、特に大都市部で、福祉系大学でも一般の民間企業に就職する学生が急増するなどして、福祉・介護施設の人員確保がきわめて困難になり、東京都社会福祉協議会が、このままでは東京の福祉は崩壊するとの「緊急声明」を発表したほどでした。しかし、1990年代に入ると、バブル経済の崩壊と長期不況による一般の民間企業の求人減と給与水準の低下、およびそれと対照的なゴールドプランによる福祉予算の急増により、介護人材不足は急速に解消しました。2000年に始まった介護保険制度も、不況が続いていた「おかげ」で、需要増に対応する介護職員の確保が可能になったと言えます。この点で、「歴史は繰り返す」と言えます。

介護報酬改定は医療機関・複合体への更なる追い風になる

以上は、介護保険事業所一般に対する「追い風」ですが、改定の中身をみると、介護事業に参入している医療機関、複合体には更なる追い風になることが分かります。
今回の改定の「基本的な考え方」は、次の3つです。(1)介護従事者の人材確保・処遇改善、(2)医療との連携や認知症ケアの充実、(3)効率的なサービスの提供や新たなサービスの検証。これらの3つのうち、2・3番目の柱に沿った介護報酬改定の多くが医療機関、複合体への追い風になります。

特に(2)「医療との連携」では(医療機関が行う)リハビリテーションが非常に重視されています。注目すべきことは、医療保険のリハビリテーションを行っている医療機関は通所リハビリテーションの「みなし指定」となることです。厚生労働省は、2006年の診療報酬改定から、医療保険の給付対象を急性期・回復期リハビリテーションに限定し、維持期リハビリテーションは介護保険に移行する方針を明確にしており、今回の改定はその方向に沿ったものと言えます。視点を変えれば、今回の改定は、2006年と2008年の診療報酬改定で強行した、介護保険の受け皿を整備しないままでの、維持期リハビリテーションの医療保険外しの「事後処理」とも言えます。

なお、今回の介護報酬改定に限定したわけではありませんが、鈴木康裕老人保健課長は、次のように、介護保険における医療機関の役割増大(私流に言えば、複合体化)を強調しています。「医療法人による有料老人ホーム設置の解禁は大きなブレイクスルーになる」、「高齢者の在宅療養支援は、今後、医療のバックボーンのある介護サービス主体が支える必要がある」(2008年6月19日、日本老年学会学術集会)。

厚生労働省の隠れた軌道修正

今回の介護報酬改定には、厚生労働省の隠れた軌道修正・方向転換が2つあります。1つは介護保険の金看板だった在宅重視から施設重視への軌道修正、もう1つは小規模事業所よりも中・大規模事業所優遇への軌道修正です。この点については、浅川澄一氏も、「恩恵は大規模施設中心」等と鋭く指摘しています(「日本経済新聞」1月29日朝刊)。

私は、このような軌道修正には次の2つの理由があると判断しています。1つは、家族介護に依存した在宅ケアの困難さが、介護保険開始後いっそう明らかになったことです。この点で象徴的なのは、在宅介護の最先進県と言われていた長野県の自宅死亡率が、1990年代後半以降急減し始め、しかも2000年の介護保険制度の開始後もそれに歯止めがかからず、2006年にはほぼ全国平均と同水準になったことです(長純一・他「佐久地域における在宅医療と地域連携の取り組み」『在宅医療・訪問看護と地域連携』中央法規、2008、137頁)。

もう1つの理由は、介護保険開始後約10年間で、在宅ケアと小規模事業所の「経済的非効率性」が明らかになったことです。この点で注目すべきなのは、佐藤敏信保険局医療課長の以下の率直な発言です。「在宅と入院を比較した場合、在宅のほうが安いと言い続けてきたが、経済学的には正しくない。例えば女性が仕事を辞めて親の介護をしたり、在宅をバリアフリーにしたりする場合のコストなども含めて、本当の意味での議論をしていく時代になった」(2008年11月14日全国公私病院連盟「国民の健康会議」)

私も、まだ東京・代々木病院のリハビリテーション医だった1983年から、重度の障害者(起居移動動作全介助者)については在宅ケアは施設ケアに比べて安価ではないことを指摘し、在宅ケアと施設ケアとの最適ミックスを探究する必要性を主張しきました。御参考までに、「重度障害者の在宅ケア費用は施設ケア費用よりも高いことに言及した拙著一覧」は表に示した通りです。

4 2010年診療報酬改定は未確定

最後に強調したいことは、2010年の診療報酬改定は現時点では未確定であり、具体的予測は控えるべきことです。その理由は、本年9月までに必ず行われる衆議院選挙の結果で、診療報酬改定の幅も中身も大きく変わりうるからです。

「政界は一寸先は闇」(川島正次郎自由民主党副総裁・故人)ですから、確定的には言えませんが、現時点では、各種の世論調査から判断して、政権交代が実現し、民主党(を中心とする)政権が誕生する可能性がかなり高いと思います。その場合には、診療報酬は相当引き上げられる反面、中医協のあり方を含めて、大幅な制度改革が行われ、混乱も相当生じると思います。具体的には、民主党のマニフェスト原案では、総医療費の対GDP比を2015年までにOECD平均並みの9.4%にまで引き上げる(約6兆円増額)としており、高く評価できます(2008年10月の「全国医療法人経営セミナー」で足立参議院議員が発表)。他面、民主党は「官僚政治打倒」を金看板としており、中医協を中心とした診療報酬改定プロセスの大幅改革に取り組むことが確実であり、しかも医療費大幅増の財源がアイマイであるため、「制度改正リスク」が大きいとも言えます。

逆に、総選挙後も自民党・公明党の連立政権が継続する場合には、「制度改正リスク」は少ないものの、診療報酬の大幅引き上げは望み薄です。しかしその場合にも、介護報酬の3%引き上げが現与党主導で行われたことを考えると、マイナス改定は政治的に不可能だと思います。

表 重度障害者の在宅ケア費用は施設ケア費用よりも高いことに言及した拙著一覧

▲目次へもどる

2.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2009年度版、Ver.11)(PDFPDF)

大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2009年度版、Ver.11)(PDFPDF)

1999年度以来、入学式後の大学院合同オリエンテーションの「おみやげ」として配布しているものの最新版で、2008年度版に12冊追加しました(合計200冊。追加分の書名の後に●印)。今回追加した12冊とそれのコメントは以下の通りです(掲載順)。

▲目次へもどる

3.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その14):11冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

<非(反)新古典派の医療経済学書(4冊)>

○『医療経済学への挑戦』(Mooney G: Challenging Health Economics. Oxford University Press, 2009, 250 pages)[研究書]

イギリスの医療経済学の長老が、現在の主流派(新古典派)経済学を厳しく批判し、それに代わる新しいパラダイムを提起した論争の書です。現在の医療経済学が「医療」の経済学偏重で、貧困、不平等、粗末な住居、健康教育の欠如の影響を無視してきたと批判するとともに、国際的に影響力を増しつつある新自由主義的個人主義の弊害を指摘し、それに代えて、公共的生活への参加や制度を重視するコミュニタリズムに基づく集団的意志決定のパラダイムを提案しています。全3部・12章構成です:第1部「背景と批判」、第2部「新しいパラダイム」、第3部「新らしいパラダイムのいくつかの含意」。裏表紙は英米の著名な左派系医療経済学者(Evans, Maynard, Navarro, Rice等)の推薦文で一杯です。アメリカ流の新古典派医療経済学への「対抗軸」を考える上では有用と思いますが、かなり歯ごたえのある本です。

○『医療経済学-批判と国際的分析』(Palmer GR, Ho MT: Health Economics - A Critical and Global Analysis. Palgrave, 2008, 304 pages)[中級教科書]

オーストラリアの経済学者と医師が協同執筆した、新古典派経済学批判と国際的視点を特徴とするユニークな医療経済学教科書です(全12章)。本書全体を通して、新古典派理論への批判・留保、経済学学派の多様性の強調、医療経済学者間での論争・意見の不一致への言及が行われています。類書にない第3章「医療経済学文献序説」では、カリヤー、エヴァンズ、フュックス等、5人の著名な(非新古典派)医療経済学者の業績を簡潔に紹介しています。アメリカ流の新古典派医療経済学教科書と異なり、医療計画(第7章)、医療評価(第8章)、発展途上国(第11章)の経済分析も行うなど、枠組みが広く、日本の大学院生・若手研究者向きと言えます。

○『健康不平等の経済学』(McIntyre D, Mooney G (ed.): The Economics of Health Equity. Cambridge University Press, 2007, 276 pages)[教科書的論文集]

健康と医療の不平等の経済学についての初めての本格的な教科書的論文集です。健康不平等が重要な目標とされながらも、各国および国際的に満足な改善が得られていない原因を探求し、公正を実現するための課題を提起しています。全5部、12章構成です:第1部「序論」、第2部「不平等一般」、第3部「医療へのアクセス」、第4部「平等と医療システム」、第5部「個々の国から得られる教訓」。編者は、医療経済学者がこの分野で重要な役割を果たしていないことを厳しく批判するとともに、経済成長だけでは健康不平等は解決できないことを強調し、租税または医療保険による普遍的医療保障の必要性を主張しています。JAMA 300(12):2674-2675,2008にかなり詳しい書評が掲載されており、私もそれを読んでこの本の存在を知りました。

○『健康と不平等-医療・福祉の主要なテーマ[論文選]』(Pickett KE, Wilkinson RG (eds): Health and Inequality - Major Themes in Health and Social Welfare. Routledge, 2009, 4 volumes, 572+697+631+610 pages)[研究論文集(リーディングス)]

最近日本でも大きな関心を呼んでいる「健康と医療の不平等」の重要論文141編(すべて英文。発表は1939~2008年)を収録した、全4巻・20部、合計2510頁の膨大な論文集で、医療系および経済系図書館の必置図書です。各巻のテーマは、順に、「健康不平等:根拠」、「健康不平等:原因と経路」、「健康不平等:介入と評価」、「健康の政治的、社会的、生物学的エコロジー」です。全巻共通の序文(18頁)と各巻別の序文(それぞれ数頁)を読むだけでも、この分野の研究の全体像を鳥瞰できると思います。

<医療技術の分析(3冊)>

○『医療費、技術革新、および人口変化』(Ilgin Y: Health Care Expenditures, Innovation, and Demographic Change. Peter Lang, 2007,110 pages)[研究書]

ドイツの研究者の博士論文です。医療費抑制のための医薬品の価格規制に焦点を当てて、技術進歩と人口高齢化が医療費に与える影響を、主としてドイツのデータを用いて、実証的に検討しています(全5章)。主な結果は以下の通りです。高齢化は医薬品費を増加させると共に、医薬品の技術革新を促進する。製薬産業の研究開発は医薬品費を増加させるが、総医療費は減少させる。死亡率の低下は総医療費を増加させる。著者は、この結果は人口高齢化で医療費が急増するとの「医療化」(medicalization)仮説を支持せず、医薬品の技術革新の医療費に与える包括的影響は単純ではないと、指摘しています。医薬品経済学の研究者の必読書?かもしれません。

○『医療と社会における医療技術-医療機器、技術革新、および政府の社会学』(Faulkner A: Medical Technology into Healthcare and Society - A Sociology of Devices, Innovation and Governance. Palgrave, 2009, 238 pages)[研究書]

現代医療はさまざまな医療技術(医療機器・医療用具)を通して提供されていることに注目して、医療技術の医療と社会におけるあり方を、医療社会学と「科学技術研究」の視点から多面的に検討しています(全9章)。そのために、複雑さ・リスク・利用状況の異なる以下の5つの医療技術の詳細な事例研究を行っています:人口股関節、PSA試験(前立腺癌の血液検査)、輸液ポンプ、凝固計(凝固機能測定装置)、組織工学。それを踏まえて、医療技術利用の規制と促進についての変化パターンを理解するための新しい概念とそれの社会における意味を提起するとともに、医療化(medicalization)の新しい意味と根拠に基づく医学の立ち位置を探究しています。ただし、上記諸技術と医療費との関係は検討していません。著者はイギリスの研究者です。

○『医療市場における技術革新と技術導入』(Jena AB, Philipson TA: Innovation and Technology Adoption in Health Care Markets. The AEI Press, 2008, 98 pages)[研究書]

医療の質を損ねることなく医療費増加を規制する手法として、各国の政府が用いるようになっている費用効果分析(CEA)が、将来の医療技術革新を抑圧していると批判し、政策担当者が短期的費用ではなく長期的費用を考慮に入れたCEAを用いることを提唱しています(全4章)。そのためにエイズ治療薬の事例研究を行っています。著者の2人はアメリカの医療経済学者です。

<その他(4冊)>

○『医療政策-批判的視点』(Crinson L: Health Policy - A Critical Perspective. SAGE, 2009, 218 pages)[中級教科書]

社会学と政治学の視点から、主としてイギリスとヨーロッパ大陸諸国の医療政策の展開を批判的に評価した教科書です。全4部・11章で構成されています。第1部「理論と文脈」では現代の医療政策分析の理論的基礎を示し、第2部「医療制度」では医療「制度」の構成要素を分析し、EU加盟国の比較分析を行っています。第3部「医療提供の諸問題」はイギリスの現代の医療政策と医療提供に焦点を当てています。第4部「将来展望」では各国政府の国民の健康に対する脅威を減少する能力が制約されつるあると指摘しています。

○『医療における経営革新の国際化』(Kimberly JR, Pouvourville Gd, et al(eds):The Globalization of Managerial Innovation in Health Care. Cambridge University Press, 2008, 379 pages)[研究書]

患者分類システムは、全国レベルでは、1983年にアメリカ・メディケアに包括払い方式の一部として初めて導入されて以来、多くの国でさまざまなシステムが導入されるようになっています。本書では、15か国で導入されている患者分類システムを詳細に検討することにより、それらの導入の動機、導入による医療制度の効率化、それらの異同、相互に学べることを明らかにしています。全16章で、最初の15章は、以下の15か国の国別レポートです:アメリカ、イギリス、ポルトガル、スウェーデン、デンマーク、フランス、ベルギー、ドイツ、スイス、イタリア、オーストラリア、日本(「DPC」。執筆者は松田晋哉氏)、シンガポール、ハンガリー、カナダ。第16章「結論:ケースミックスの国際的普及」には、15か国のシステムの比較表も掲載されています。

○『アメリカにおける看護労働力の将来-データ、トレンドおよび含意』(Buerhaus PI, Staiger DO, et al: The Future of the Nursing Workforce in the United States - Data, Trends, and Implications. Jones and Bartlett Publishers, 2007, 312 pages)[研究書]

内容は主題と副題に尽き、この種の本はアメリカでも初めてだそうです。全5部・15章構成です:第1部「序論と概観」、第2部「看護師需要に影響する諸因子」、第3部「看護師供給に影響する諸因子」、第4部「病院勤務看護師の不足とそれが医療の質と看護師の労働条件に与える影響」、第5部「含意と勧告」。看護経済学研究者や、アメリカ看護の研究者の必携書と思います。JAMA 300(16):1950,2008に書評が掲載されいました。

○『フランスにおける普遍的医療保険-いかにして維持可能か?フランスの医療制度の解説』(Rodwin VG, et al: Universal Health Insurance in France - How Sustainable? Essays on the French Health System. The Office of Health and Social Affairs, Embassy of France in Washington, DC, 2006, 219 pages http://www.wagner.nyu.edu/health/universal.pdf )

在米フランス大使館が発行した、アメリカ人向けに英語で書かれたフランスの医療制度の解説書で、インターネットでも無料で入手できます。私は、Journal of Health Politics, Policy and Law 33(4):841-844,2008の詳細な書評で、本書の存在を知りました。全3部・8章構成です:第1部「フランスの医療改革-医療制度はいかに発展したか?」、第2部「フランスにおける医療の組織、財政とマネジメント」、第3部「フランスの医療制度についての英語文献」。序文で著者は、フランスの医療制度はイギリスのNHSとアメリカの市場主義の制度との中間に位置する「ハイブリッド」な制度であるため、アメリカの医療改革の参考になると主張しています。英語で書かれた最長かつ最新の解説書です。日本には、フランスの社会保障全般の解説書・研究書は何冊かありますが、フランスの医療制度を詳しく解説した本はないため、有用と思います。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その52)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<祝・第2回WBC(ワールド・ベースボール・クラッシク)での日本連覇>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし