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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻36号)』(転載)

二木立

発行日2007年08月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


1.拙論:「基本方針2007」と「規制改革推進3カ年計画」を読む

(「二木教授の医療時評(その44)」『文化連情報』2007年8月号(353号):28-32頁)

安倍政権は、6月19日に「経済財政改革の基本方針2007」(以下、「基本方針2007」を、6月22日に「規制改革推進のための3カ年計画」(以下、「規制改革推進3カ年計画」)を、相次いで閣議決定しました。今回は、この2つの閣議決定中の医療・社会保障改革方針を、「基本方針2007」中心に検討します。私は、両文書とも、大枠では小泉政権の改革方針を踏襲しているが、それの軌道修正を模索する表現も含まれていると複眼的に評価しています。

「基本方針2007」に現れた軌道修正の芽

「基本方針2007」でもっとも特徴的・象徴的なことは、正式名称から「構造改革」が消えたことです。5年間の小泉政権時代には、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針(2001~2006)」でした。内容的にも新たな「構造改革」はほとんど含まれていません。そのため、全国紙の評価も、「メリハリ欠く」(「朝日」6月20日朝刊)「迫力不足の内容」(「日経」同)と、おしなべて批判的です。しかし、私は、医療改革について新たな「構造改革」が示されなかったことは、小泉政権時代の強権的な医療改革の軌道修正の可能性を示唆していると、むしろ肯定的に評価しています。

よく知られているように、「基本方針2006」の社会保障の項では、「過去5年間の改革(国の一般会計予算ベースでマイナス1.1兆円(国・地方合わせてマイナス1.6兆円に相当)の伸びの抑制)を踏まえ、今後5年間においても改革努力を継続することとする」という数値目標が明記されていました。「基本方針2007」でも、これを受けて、「基本方針2006」で策定した「歳出・歳入一体改革のプログラムを確実に実行する必要がある」と書かれています。この限りでは、「小泉前政権時の『骨太06』と行政改革推進法に縛られ」(「朝日」)ていると言えます。

しかし、「基本方針2007」には、上述した社会保障費抑制の具体的数値目標は再掲されておらず、しかも第3章の「1.歳出・歳入一体改革の実現」の最後には、次のような「逃げ」の表現も挿入されています。「歳出改革の内容は、機械的に5年間均等に歳出削減を行うことを想定したものではない。それぞれの分野が抱える特殊事情や既に決まっている制度改革時期とも連動させ、また、歳入改革もにらみながら、5年間の間に必要な対応を行うという性格のものである」。

しかも、「歳出・歳入一体改革の実現」では、「歳出改革の取組を行って、なお対応しきれない社会保障や少子化などに伴う負担増に対しては、安定財源を確保し、将来世代への負担の先送りは行わない」など、2回も「負担増」に言及しています。「基本方針2006」では「負担増」が禁句だったことを考えると、これは軌道修正と判断できます(「基本方針2006」にも、「安定的な財源を確保」という表現はありました)。

私は、権丈善一氏が強調されているように、「『他のムダな財政支出を削減して医療に』という論法では、今でもあまりに小さすぎる政府しか持っていない日本の医療費を増やすことはできそうにない-医療のために社会保険料・増税を引き受けるという、医療のための負担増を訴える」必要があると考えているため、この点を敢えて「一歩前進」と評価します(1)。

「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」は厚生労働省主導

「基本方針2007」では、医療・社会保障改革方針は前述した第3章1と第4章4(「質の高い社会保障サービスの構築」)の両方にまたがって書かれています。これの、小泉政権時代の一連の「基本方針」との違いは、以下の3つです。

第1は、従来別個に扱われていた「医療・介護サービス」、「医療・福祉等」が一体的に扱われていることです。これは、政府・厚生労働省が今後医療・介護・福祉を一体的に改革しようとしていることを意味します。それだけに、医療関係者は介護・福祉政策の動向にも注意を払う必要があります。

第2の違いは、小泉政権時代の「基本方針」が、「医療効率化」・「医療費適正化」一本槍だったのに対して、「基本方針2007」では、「質の維持向上を図りつつ、効率化等により供給コストの低減を図る」とされていることです。「基本方針2001」の「医療サービス効率化プログラム」に対応するものは、「基本方針2007」では「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」とされています。「供給コストの低減」という方針は、日本医療が「高コスト構造」であるとの事実誤認に基づいており、しかもそれと「質の維持向上」を両立させるのは、絵に描いた餅と言えます。しかし、たとえ言葉の上とは言え、「サービスの質向上」が政府の公式文書に明記されたことは、今後、過剰な医療・介護費抑制の歯止めになりえます。

第3の違いは、小泉政権時代の「基本方針」(特に「基本方針2001」)に含まれていた、医療分野にも市場原理を導入する新自由主義的改革方針が消失したことです。上述した「基本方針2001」中の「医療サービス効率化プログラム」は経済財政諮問会議・内閣府主導で策定され、しかもそれには、厚生労働省が強く抵抗していた3つの新自由主義的改革(株式会社方式による医療機関経営、保険者と医療機関との直接契約、混合診療の解禁)が含まれていました(2)。

それに対して、「基本方針2007」中の「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」は、5月15日の経済財政諮問会議に柳沢厚生労働大臣が提出したものであり、内容的にも、「生活習慣病対策・介護予防の推進、平均在院日数の短縮」等、厚生労働省がすでに実施しているか実施を予定している20の「具体的取組」を羅列したにすぎず、新味はありません。

「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」の取組の一部には、「後発医薬品のシェアを30%以上に」、「DPC支払い対象病院数360を当面1000に」等の数値目標が記載されています。しかし、経済財政諮問会議民間議員が執拗に求めた、個々の取組ごとの、および全体としての医療費の抑制目標は書かれていません。これは、厚生労働省の「粘り勝ち」と言えます。

しかも、具体的取組のほとんどは、医療費抑制とは無関係か、「生活習慣病対策・介護予防の推進」等、医療経済学的に費用抑制効果が証明されていないかすでに否定されているものです。曲がりなりにも医療費抑制効果が確認されているのは後発医薬品のシェア拡大だけですが、それの「コスト削減効果」はごく限定的です。経済財政諮問会議民間議員による「後発品価格を先発品の半分と仮定」する現実離れした甘い試算でも、削減額は約5000億円(後発品シェア30%の場合)で、国民医療費約32兆円(2004年度)のわずか1.6%にすぎません。【

「質向上・効率化プログラム」中の2つの軌道修正

「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」をていねいに読むと、厚生労働省の従来の療養病床再編・在宅重視方針からの軌道修正が2つ含まれていることが分かります。

1つは、医療療養病床の削減目標が消失したことです。厚生労働省は、2005年12月に突如「療養病床の将来像(案)」を公表し、平成24年度(2012年度)には介護療養病床(13万床)を廃止するとともに、医療療養病床を25万床から15万床に削減するとしました。この2つの目標のうち、前者は昨年の医療制度改革関連法で正式に決定されました。後者(医療療養病床の15万床への削減)は同法には含まれておらず「厚生労働省の願望」にすぎなかったのですが、医療関係者の中にはこれも既定の方針と誤解している方が少なくありませんでした(3)。

しかし、「医療・介護サービスの質向上・効率化プログラム」中の「3.平均在院日数の短縮」の「目標・指標」の項では、「平成24年度までに…回復期リハ病棟を除く療養病床数約35万床(平成18年度)を○万床(都道府県の計画を踏まえ決定)とする」とされ、15万床という数値目標が削除されました。しかも、療養病床の削減目標から、「回復期リハ病棟を除く」ことは、上述した「療養病床の将来像(案)」には明記されていませんでした。

もう1つの軌道修正は、「在宅等」という用語の超拡大解釈です。具体的には、「4.在宅医療・在宅介護の推進と在宅政策との連携」の「在宅等での看取り率」に触れた部分で、「在宅等」という用語が、新たに「自宅・ケアハウス・有料老人ホーム等の在宅、特別養護老人ホーム・老人保健施設をいう」と定義されました。

実は、厚生労働省は、2005年10月に発表した「医療制度構造改革試案」で、医療政策の公式文書としては初めて、「在宅(等)」の概念を、「居宅やケアハウス・グループホーム等多様な居住の場」にまで拡大し、それ以降この用法を踏襲していました(4)(ただし、介護保険法では、ケアハウスやグループホーム等は、2000年の制度発足時から、「居宅サービス」とされていました)。私はこの点に注目して、厚生省の「在宅」には、自宅だけではなく、ケアハウスやグループホーム、有料老人ホーム等も含まれることに注意を喚起していました(5)。しかし、今回、政府決定として、この定義をさらに拡張し、「在宅等」を「医療機関以外なんどもあり」としたのは、この用語の日常的語感とは余りに乖離し、混乱を招くと思います。それだけに、今後厚生労働省・政府の公式文書を読む際には、「自宅」、「在宅(または居宅)」、「在宅等」の3つの用語の使い分けに注意を払う必要があります。

私は、安倍政権と厚生労働省が、「自宅療養」や「自宅での看取り」がいかに困難かにようやく気付いたものの、小泉政権時代の医療費抑制の数値目標の呪縛にとらわれて、用語の拡張という恣意的・姑息的対応をとったと理解しています。

「規制改革推進3カ年計画」でも新自由主義的改革は棚上げ

最後に、「規制改革推進3カ年計画」中の、医療改革について簡単に検討します。

医療に関する規制改革計画は多岐にわたりますが、上述した「基本方針2007」と同じく、改革の大半は厚生労働省が進めている施策の羅列であり、新味がないのが最大の特徴と言えます。

「基本方針2007」との唯一の違いは、「株式会社による医業経営の解禁等」が項目に含まれていることです。しかし、それの本文を見ると、「株式会社による医業経営の解禁については継続的に議論をする」と書かれているだけです。言うまでもなく、官庁用語で「継続的に議論をする」は「無期限に棚上げする」という意味です。当面の施策には構造改革特区における「株式会社の経営する医療機関の取扱可能範囲の拡大」が含まれていますが、これも「平成19年度以降検討」とされているにすぎません。これも官庁用語では、棚上げと同義です。

「株式会社による医業経営の解禁等」の「当面の施策」としてはもう1つ、「非営利性の徹底の完徹とガバナンス等に係る経営安定化の取組」があげられており、「経過措置型医療法人」(持ち分の定めがある社団医療法人)の「新設の医療法人」への「移行促進を図るための方策を検討し、措置する」ことが、「平成19年度中に検討、速やかに措置」する課題とされたことが注目に値します。私も、「株式会社による医業経営の解禁」論議を完全に終結させるためには、ここで示された医療法人の「非営利性の徹底」が不可欠と思っています。

<1行空け>

これら2つの閣議決定、および次に検討する厚生労働省「医療政策の経緯、現状及び今後の課題について」(4月17日)から総合的に判断すると、安倍政権となって、少なくとも医療分野については新自由主義的改革の流れは政治の表舞台からはほとんど消え去り、厚生労働省が医療改革(特に医療提供制度改革)の主導権を回復したと判断できます。この限りでは、一歩前進と言えなくもありません。しかし、安倍政権が、小泉政権時代からの過度な医療費抑制政策を転換しない限り、最低限「基本方針2006」に含まれていた社会保障費抑制の数値目標を凍結しない限り、「基本方針2007」で示された「医療・介護サービスの質向上」を実現するのは不可能であり、逆に日本医療の危機・荒廃がさらに進行すると思います。

文献

【注】後発医薬品の使用を促進しても医療費は削減されない!?

一般に後発医薬品の使用促進は医療費抑制の切り札と思われています。しかし、「基本方針2007」を注意深く読むと、それによるネットの医療費(医薬品費)削減効果はないことが分かります。

私がこう判断する根拠は、「基本方針2007」の第2章成長力の強化1.成長力強化プログラムの項で、「着実に推進する」と書かれている「革新的医薬品・医療機器創出のための5か年戦略」(4月26日の文部科学省・厚生労働省・経済産業省の合意文書)の「イノベーションの適切な評価」の項に、以下のように書かれているからです。「革新的新薬の適切な評価…という観点と、医療保険財政の持続可能性等との調和を図る必要がある。こうした観点から、革新的新薬の適切な評価に重点を置き、特許の切れた医薬品については後発品への置き換えが着実に進むような薬価・薬剤給付費制度にしていく」。

これだけでは分かりにくいのですが、武田俊彦医政局経済課長は、『日本医事新報』誌のインタビューで、新薬の開発と後発品促進は一体であり、「財政中立的に、両方の要望に応える施策が必要だ」と明言しています(『日本医事新報』No.4339,6月23日号22頁)。ここで「財政中立」とは、後発品の使用促進による医薬品費削減が新薬の薬価引き上げまたは使用促進による医薬品費増加により相殺され、ネットの医療費抑制効果はなくなることを意味します。

中医協でも、日本経団連の委員は「『革新的新薬の適切な評価』と『特許の切れた医薬品の後発品への置き換えの推進』について一体的に議論すべき」と主張し、「5か年戦略」を後押ししたそうです(『日本医事新報』No.4336,6月2日号8頁)。

ただし私は、浜六郎氏と大阪府保険医協会が1994・1995年の「薬価の国際比較調査」で明らかにしたように、日本の新薬の薬価が欧米諸国よりも高いことを考えると、革新的新薬の薬価を大幅に引き上げることには疑問を持っています(浜六郎『薬害はなぜなくならないか』日本評論社,1996,第8章)。なお、当時、浜氏等の調査結果とは異なり、日本の薬価は先進5か国中第3位という調査結果を発表したアメリカのダンゾン氏は、2004年に発表した論文「医薬品の価格と入手可能性-9カ国調査からの証拠」 で、一転して、日本の医薬品価格がアメリカを含む9か国中最も高いことを認めました(Danzon PM, et al: Health Affairs Web Exclusives W3:521-W3:536,2004)。


2.拙論:厚労省「医療政策の経緯、現状及び今後の課題について」を読む-「医療提供体制の改革のビジョン」と比べながら

(「二木教授の医療時評(その45)」『文化連情報』2007年8月号(354号):32-34頁)

厚生労働省は、4月17日に「医療構造改革に係る都道府県会議」を開き、医療費適正化計画等の作成に当たる都道府県職員の「参考資料」として、同省医療構造改革推進本部総合企画調整部会がまとめた「医療政策の経緯、現状及び今後の課題について」(以下、本文書)を配布しました。

本文書の本文は、「Ⅰ.我が国の医療提供体制をめぐるこれまでの経緯」、「Ⅱ.我が国の医療提供体制の現状と課題」、「Ⅲ.それぞれの問題点に対応した今後の医療政策の検討の方向性」の三部構成です。これからも分かるように、本文書は医療政策のうち医療提供制度(体制)改革に限定して厚生労働省の最近の考え方を包括的に示したものです。厚生労働省が医療提供制度改革についての包括的文書を示すのは、2003年4月発表の「医療提供体制の改革のビジョン案」(同年8月に同省公式文書に昇格。以下「ビジョン」)以来、ちょうど4年ぶりです。

厚生労働省は、本年度に入って、来年4月に予定されている医療制度改革関連法の具体化のための諸文書を矢継ぎ早に発表していますが、それらの中でもっとも具体的なのが本文書です。そこで小論では、本文書と「ビジョン」との異同に注目しながら、厚生労働省の医療提供制度改革方針のポイントを複眼的に評価します(「ビジョン」の包括的評価は、拙著『医療改革と病院』勁草書房、2004、第1章3参照)。

具体的検討に入る前に強調したいことがあります。それは、本文書はあくまでも「参考資料」(叩き台。厚生労働省の最大限願望)であり、そこに書かれていることが今後そのまま実現するわけではないことです。逆に言えば、医師会や病院団体等が、根拠に基づいた対案を示せば、細部は相当変えられると言えます。

現状認識はリアルだが…

導入的な短いIは省略して、「II.我が国の医療提供体制の現状と課題」では、現在の問題点が包括的に書かれています。特に、(3)医療従事者の項では、「病院勤務医の厳しい労働環境」、「分娩を取り扱う医療機関数の減少」等がリアルに描かれており、厚生労働省も、急性期医療と病院勤務医の現状に強い危機感を持っていることがよく分かります。この点は、危機意識がほとんど見られなかった4年前の「ビジョン」とは対照的です。

ただし、このような問題を引き起こした根本原因である過度の医療費抑制政策・医師数抑制政策への反省はまったくなく、傍観者的印象を受けます。

官僚統制の強化が前面に

「III.それぞれの問題点に対応した今後の医療政策の検討の方向性」で一番目に付くのは、官僚統制の強化(規制強化)が前面に出ていることです。それは総論と各論に分けられます。

総論レベルの官僚統制の強化は、IIIの冒頭の「国によるあるべき医療提供体制の姿の明示と診療報酬等様々な取組による実現」の項で、「国として、あるべき急性期、回復期、在宅医療等の医療の姿を…明示するとともに、その実現を、診療報酬や必要な人材の養成を含めた様々な政策や関係者の取組により推進する必要がある」と宣言していることです。それに対して、「ビジョン」では、厚生労働省は、医療提供体制の「将来像のイメージ」を示すにとどめ、しかも改革の方法として、「法令改正による措置のみならず、公的補助、公的融資、税制による支援、診療報酬等による経済的評価、関係団体との共同した取組などを組み合わせて総合的に推進していく」としていました。「ビジョン」発表時に、厚生労働省担当者は、「国の押しつけではなく、医療機関の自主性を最大限に尊重する」と明言していました(『社会保険旬報』2171号)。「ビジョン」のこのような一歩引き下がった姿勢と比べて、本文書では、医療提供制度改革を官僚統制強化と診療報酬による誘導で行おうとする強権的姿勢(「国の押しつけ」)が際だっています。

各論レベルの官僚統制の強化は、「急性期病院勤務医の負担の軽減策」として、個々の開業医の休日・夜間・終末期医療への動員が図られていることです(「3.開業医の役割の重視と総合的な診療に対応できる医師の養成・確保」)。それに対して、「ビジョン」では、「かかりつけ医等の役割と在宅医療の充実」が一般的に強調されているだけでした(ちなみに、「ビジョン」で常用されていた「かかりつけ医」という表現が、本文書では消失し、ほとんど「開業医」に置き換えられています)。

私も、「急性期病院勤務医の負担の軽減」のためには、特に都市部の地域医師会(会員)が休日・夜間の一次救急を積極的に担うシステムを、自治体とも共同して、早急に構築する必要があると考えています。しかし、非都市部の開業医の高齢化の進行を考えると、この方針の強行は、病院勤務医に加えて、開業医の疲弊・共倒れを招く危険が大きいと思います。

中小病院と有床診療所の役割を積極的に評価

他面、IIIには積極的に評価すべき点も少なくありません。

その第1は、「中小病院及び有床診療所の今後の位置づけ」が明確にされたことです。具体的には、「大病院における高度な急性期を終えた後の回復期リハの機能や、軽度の急性期医療への対応など地域の診療所と連携した在宅療養の支援拠点機能、といった機能を有する中小の病院が、身近な場所に存在することが望ましい」、「ある程度の急性期の医療に対応できる中小病院があることが必要である」、有床診療所についても「看護等の職員体制が薄いといった課題はあるものの、地域における貴重な社会資源として有効な活用を図っていくべきである」と明記されました。

「ビジョン」でも、「一般病床の機能分化」の項で、一般病床には急性期病床だけでなく、「難病医療、緩和ケア、リハビリテーション、在宅医療の後方支援などの特定の機能を担う」病床も含むことを明記することにより、中小病院の役割を間接的に位置づけていました。しかし、「中小病院」という表現はなく、本文書のように、それが「軽度(ある程度)の急性期医療」を担うとも書かれていませんでした。そのために、一部の医療関係者の間では、これからの急性期医療は大病院(しかもDPC取得)だけが担うとの誤解も生まれていました。本文書により、そのような誤解は払拭されたと言えます。

さらに、本文書では、「療養病床の再編成と地域における中小病院の機能・役割」の項で、「療養病床を有する中小病院の今後のあり方」として、従来から認められている回復期リハに加えて、新たに「軽度の急性期医療への対応など地域の診療所と連携した在宅療養の支援など」が提起されていることも評価できます。

他面、「ビジョン」で急性期医療と併記されていた「長期療養」という用語が、本文書では完全に消失し、「急性期医療、長期療養など」という表現も、「急性期、回復期、在宅医療等」に置き換わっていることも見落とせません。

「地域住民の参加」も画期的

IIIで2番目に評価すべき点は、「地域の医療連携体制の構築に当たっては、専門家だけの議論に終わらせることなく、様々な形での地域住民の参加を求めることが必要である」と、住民参加を正面から提起したことです。住民参加は、地域福祉の分野ではすでに確立していますが、厚生労働省の医療政策文書の中で提起されたのはこれが初めてです。「ビジョン」は、冒頭、「患者の視点の尊重」を高らかに謳っていましたが、具体策としては、「情報の提供の促進」や「安心して医療をうけることができる」等に限定されていました。

これら2点に限らず、IIIで提起された改革案の中には、検討に値するものが少なくありません。しかし、それらの多くは本格的に実施すると医療費の増加を招きます。そのために、小泉政権時代に強行された過度の医療費抑制と歴代自民党政権が引き継いできた医師数抑制の見直しをしない限り、絵に描いた餅に終わる可能性が強いと思います。逆に、これらの見直しをしないまま、官僚統制の強化や診療報酬による機械的誘導を強行すると、医療の荒廃(特に医師のモラールの低下)がさらに加速する危険があります。

私は賢明な厚生労働省も、この危険にある程度は気付いていると思っています。本文書で、「医療費の適正化」という表現が「はじめに」の1カ所でしか用いられていないのは、その現れかもしれません。

それだけに、医療関係者・医療団体には、これ以上の医療危機・医療荒廃の進行を食い止めるために、公的医療費の引き上げが不可欠であると正面から主張すると共に、本文書に対する根拠に基づく対案を示しつつ、自己改革を進めることが求められている、と思います。


3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算25回.2007年分その4:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

糖尿病予防目的で耐糖能障害の男女のライフスタイルに介入するのは費用効果的である(Lindgren P, et al: Lifestyle intervention to prevent diabetes in men and women with impaired glucose tolerance is cost-effective. International Journal of Technology Assessment in Health Care 23(2):177-183,2007)[量的研究(シミュレーション研究)]

フィンランドで行われた糖尿病予防研究(ランダム化介入プログラム)で、耐糖能障害を有する男女を対象にして、ライフスタイル変容のため食事と運動に焦点化した集中的介入を行うと、2型糖尿病の発症を予防できることが確認されている。本研究では、このデータとスウェーデンの費用データを統合して作成したシミュレーションモデルにより、このプログラムの費用対効果を計算した。対象はスウェーデン・ストックホルム県在住の60歳以上の高齢者397人で、介入期間は6年とした。

その結果、介入群の余命は平均0.18年延長し、費用(直接費用と間接費用の合計)も非介入群よりも1853ユーロ低かった。ただし、介入費用は2614ユーロであったため、社会的視点からみた総費用は介入群の方が761ユーロ高かった。介入群では余命の延長に伴う医療費が発生するが、それの費用対効果は1QALY(質調整済み生存年)当たり2363ユーロと推計された。

二木コメント-糖尿病予備軍に対する食事と運動に焦点化した介入プログラムの貴重な費用効果分析で、しかも(1)介入期間中の総費用は増加する、(2)余命の延長により介入終了後の医療費も増加するという結果も妥当と思います。ただし、本論文の要旨では「本プログラムは医療支払い者の視点からは費用節約」(医療費は減少するという意味?)とだけ書かれており、「社会的視点からは総費用が増加する」ことが書かれていません!?そのため、要旨を読むだけでは、逆の印象を持つ危険があります。

病院から地域への医療サービスのシフト:質と効率に与える根拠のレビュー (Sibbald B, et al: Shifting care from hospitals to the community: a review of the evidence on quality and efficiency. Journal of Health Services Research and Policy 12(2):110-117,2007)[文献レビュー]

多くの国の医療制度改革では、専門医サービスを急性期病院から地域にシフトし、患者の居所に近いところでサービスを提供することが目指されている。本研究ではそのための戦略を次の4つに分類した:(1)サービスの病院からプライマリケアへのシフト、(2)病院サービスのプライマリケアへの再配置、(3)プライマリケアと急性期医療との協同作業、(4)プライマリケア医の患者紹介行動を変えるための介入。

これら戦略のいずれかの有効性を検討した119文献(1980年以降発表された英語論文)を収集し、体系的に検討した。主な結果は以下の通りである。病院サービスをプライマリケアにシフトすることおよびプライマリケア医の患者紹介行動を変えるための介入は概して病院の外来患者を減少させた。しかし、サービスの質低下のリスクがあったし、それによる外来費用の節減は総サービス量の増加と規模の経済(スケールメリット)の消失により相殺された。専門医をプライマリケアに再配置すること、およびプライマリケアと急性期医療との協同作業は質を低下させずに、アクセスを改善した。ただし、病院の外来患者はほとんど減少せず、費用は規模の経済の消失のために概して増加していた。

この結果に基づいて著者は、上記戦略は患者の専門医へのアクセスを改善し、急性期病院の需要を減らすという点で効果的かもしれないが、医療の質が低下し、費用が増加するリスクもあると結論づけている。

二木コメント-この結果は先行研究とも一致しており、説得力があります。なお、この研究の詳細(全119論文のリストを含む)は、オンライン上で公開されているそうです。

死の直前の不平等?[スウェーデンにおける]社会経済的階層の違いによる死亡前1年間の公的医療費[の格差](Hanratty B, et al: Inequality in the face of death? Public expenditure on health care for different socioeconomic groups in the last year of life. Journal of Health Services Research and Policy 12(2):90-94,2007)[量的研究]

スウェーデン・ストックホルム県(人口180万人)の2002年の全死亡者16,617人を対象にして、死亡前1年間の公的医療費と社会経済的階層(5段階の所得水準)との間の関連を、重回帰分析等により検討した。

その結果、死亡前1年間の公的医療費は所得水準が高いほど高かった。医療費の中央値は、最低所得層(下位20%)55,417クローネ、最高所得層(上位20%)94,678ユーロであり、1.71倍の差があった。両群の年齢構成の違いを調整しても60%の差があった。すべての所得階層で、65歳を超えると、医療費は年齢が高くなるほど低下した。所得水準と医療費との関連は、年齢、性、医療利用、主病名を調整した後も残った。

二木コメント-世界一の高福祉国家(平等社会)でも、所得水準による死亡前医療費にこれほどの格差があるとは驚きです。著者が最後に強調しているように、この現象は「スウェーデンに比べて非包括的な福祉制度を有する国でも注目に値する」し、日本での死亡前医療費の議論の盲点になっているとも思います。

ジェンダー平等化の促進は男女の健康格差を収斂させるか?スウェーデンの自治体を対象にした研究 (Backhans MC, et al: Does increased gender equality lead to a convergence of health outcomes for men and women? A study of Swedish municipalities. Social Science and Medicine 64(9):1892-2903,2007)[量的研究]

スウェーデンの全289自治体を対象(分析単位)として、9つのジェンダー平等指標と健康指標(平均寿命・余命、病気による欠勤等)との関連を検討した。本研究の仮説は、ジェンダー平等化が進んでいる自治体ほど男女の健康格差が小さいであった。しかし、結果は単純ではなく、「主要な結果」では、ジェンダー平等化は男女両性の不健康と相関していた。著者は、この結果はスウェーデンはジェンダー平等化が非常に進んでおり、それ以上の平等化が男女の健康効果を生まない臨界点(a critical point)に達していることを示しているかもしれないと解釈している。

二木コメント-この研究は、何事によらず、各国の「出発点が重要」(The starting points matters)なことを示していると思います。私は、この点を見落として、外国の経験を日本に直輸入するのは有害無益と思っています。たとえば、介護保険制度創設前は、北欧諸国の経験を引き合いに出して、日本でも、「在宅介護に力を入れれば、施設入居者の比率はむしろ低下する可能性がある」と主張されていました(例えば、丸尾直美『市場志向の福祉改革』日本経済新聞社,1996,46-47頁)。しかし、これは施設・在宅サービスとも「臨界点」に達していた北欧諸国と、両者ともまだ絶対的に不足していた日本の違いを無視した机上の空論であり、現実にも、介護保険制度開始後、施設サービス需要は急増しました。

韓国における低所得者と慢性疾患患者の医療費自己負担(Ruger JP, at al: Out-of-pocket healthcare spending by the poor and chronically ill in the Republic of Korea. American Journal of Public Health 97(5):804-811,2007)[量的研究]

「1998年韓国国民健康・栄養調査」を用いて、社会経済的階層(5段階の世帯所得)別の医療費自己負担額とそれの所得に対する割合を比較検討した。医療費自己負担額は全所得階層でほぼ同額であった。家計所得に対する医療費自己負担割合は最低所得世帯(下位20%)では12.5%であり、最高所得世帯(上位20%)の2%の6倍であった。慢性疾患を3つ異常有する患者では、医療費自己負担割合は最低所得層20%、最高所得層4%で、5倍の格差があった。重回帰分析では、医療費自己負担は慢性疾患数、保険種類、医療利用、および受診する医療施設の種類と関連していた。以上の結果は、韓国では医療費自己負担は逆進的であり、特に複数の慢性疾患を有する低所得者は大きな負担を強いられていることを示している。

二木コメント-韓国の国民皆保2険制度は、日本に比べて給付水準が低く、給付範囲も狭い(日本流に言えば混合診療の)ために、総医療費に対する自己負担割合が非常に高いのが特徴です。最新のOECD:Health Data 2007によれば、2005年で37.7%であり、日本の17.3%(2004年)の2倍以上です。


4.私の好きな名言・警句の紹介(その32)-最近知った名言・警句等

<研究と研究者のあり方>

<論文の書き方についての警告>

<その他>…今回はたまたま政治家の言葉ばかりになりました。

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