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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター』2005年14号(転載)

二木立

発行日2005年10月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・
転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです))


1.拙論:小泉自民党圧勝後の医療費抑制政策

(『社会保険旬報』2005年10月1日号(2257号):6~9頁)

九月一一日の総選挙で小泉純一郎首相率いる自由民主党は地滑り的大勝を収め、公明党を加えると衆議院議席の三分の二を超える「巨大与党」が誕生した。これにより、首相官邸や内閣府・経済財政諮問会議主導の政策決定が強まることが予想される。

小論では、それが今後の医療費抑制政策、特に来年の診療報酬改定に与える影響を簡単に予測したい。結論的に言えば、医療費抑制の焦点は療養病床(医療保険適用。以下同じ)になる、と私は判断している。なお、小論で述べるのは、私の価値判断を排した「客観的」将来予測である。

財政再建の中心は医療費抑制

小泉政権が、秋の特別国会で郵政民営化関連法を一気に成立させた後、財政再建を最大の政策課題にすることは確実である。それの中心は社会保障給付費の(伸び率)抑制であり、その費用抑制の大半を医療費の抑制で捻出しようとするであろう。「自民党が圧勝するとなると、…矛先は医療費抑制が一番に出てくる」との植松治雄日本医師会長の総選挙前の警告が現実味を持ってきたと言える(『日本醫事新報』四二四六号、六三頁)。

実はすでに総選挙前の八月一一日に閣議決定された来年度予算の概算要求基準(シーリング)で、厚生労働省は社会保障関係の義務的経費の自然増八〇〇〇億円のうち、二二〇〇億円の削減を求められていた。さらに、谷垣貞一財務相は総選挙直後の九月一三日の記者会見で、「医療費は概算要求である程度削ってもらったが、見直す余地がある」と、閣議了解済みのシーリングを超えて医療費の抑制に踏み込む意向を明らかにした(「日本経済新聞」九月一五日朝刊)。ちなみに、谷垣財務相は、四月二七日の経済財政諮問会議で「社会保障の規模を国民経済の身の丈にあったものにしていくためには、孫悟空の頭のように、鉄のたがをはめてギリギリと絞める必要がある」とまで発言していた。

来年度予算案に向けての医療費抑制政策の焦点は、マクロの数値目標(「医療費伸び率管理制度」)の導入である。これは、六月に閣議決定された「骨太の方針二〇〇五」では棚上げされたが、経済財政諮問会議・財務省はその後も執拗に求めている。上記「日本経済新聞」は、「厚労省幹部も『首相が医療費の管理が必要というなら、何らかの指標の導入は避けられない』と話し」たと報じている[注]

私は、総選挙前は、来年の診療報酬改定は「マイナス改定、プラス改定の両方の可能性がある」と判断していた(拙論「後期小泉政権の医療改革の展望」本誌二二二三号)。しかし、現在は、医療費伸び率管理制度導入の有無にかかわらず、残念ながらマイナス改定となることは不可避と判断している。仮に診療報酬(薬価改定を含む)のみで上記二二〇〇億円を賄うとすれば、三%弱のマイナス改定となり、二〇〇二年度改定(公称マイナス二・七%)と同規模になる。

医療費抑制の焦点は療養病床

その場合、診療報酬引き下げのターゲットが療養病床になることは確実である。その理由は二つある。一つは国民的関心の高い医療の安全・医療事故防止のために、急性期医療費の抑制は困難だからである。もう一つは、療養病床の利益率は一般病床よりはるかに高く、財務省・厚生労働省サイドからみれば、引き下げ余地が大きいからである。

全日本病院協会「二〇〇四年病院経営調査」によると、一般病床の医業収支差額率(営業利益率)がマイナス〇・七%であるのに対して、療養病床のそれは九・八%である(「全日病ニュース」昨年一二月一日号)。しかも、一般病床と異なり療養病床にはかなりの「規模の経済(スケールメリット)」があるため、大規模な療養病床の利益率はこれよりもはるかに高いと言われている。

療養病床の公的医療費抑制の三つのルート

ただし、療養病床の公的医療費抑制は診療報酬引き下げに限定されず、次の三つのルートが考えられる。

第一のルートは、医療保険適用療養病床の介護保険適用病床への移行の促進・誘導である。西山正徳保険局医療課長(当時)は、昨年六月の全日本病院学会講演で、「私どもの考え方では、療養病床群は一括して介護保険で給付するとの哲学を持っている」と発言し、医療関係者に衝撃を与えた(「全日病ニュース」昨年七月一日号)。私も、来年の診療報酬・介護報酬の同時改定で、医療保険適用療養病床の介護保険適用病床への移行の促進・誘導策が導入される可能性が大きいと判断している。ただし、これは医療保険から介護保険への公的費用の枠内での「コストシフティング」にすぎず、保険局と老健局との局間対立が再燃するため、来年度「一括して」全面移行することは不可能である。

第二のルートは療養病床の診療報酬の引き下げであり、以下の三つの手法が考えられる。一つは療養病床本体の入院料の引き下げである。これには入院料全体の引き下げと「患者の特性に応じた包括評価の導入」による軽症患者の入院料の選択的引き下げの二つがある。池上直己氏が指摘するように、慢性期入院医療の包括評価分類は本来は「医療費の抑制ではなく再配分」による医療の質の向上を目的としているが(九月一九日全日本病院学会宮崎大会での講演)、厚生労働省がそれを療養病床の診療報酬抑制のために利用(悪用)する可能性が大きい。

ただし包括評価のための「患者分類試案」はまだ確定しておらず、現在その妥当性のための調査が行われているため、来年四月の導入は物理的に困難である。そのために、二〇〇二年の特定機能病院へのDPC導入と同様に、実施時期が遅れる可能性が大きい。しかし、医療費抑制が至上命令となっているため、包括評価が二〇〇八年改定まで二年間先送りされる可能性は小さく、また「手挙げ方式」で療養病床の一部に導入されることも考えにくい。なぜなら、「手挙げ方式」では包括評価により収益増が期待できる病院のみが応じ、療養病床の医療費総額が増加するからである。

二つめは、療養病床の各種加算の廃止や引き下げである(特殊疾患入院施設管理加算等)。

三つめは、回復期リハビリテーション病棟の入院料の二階建て化による事実上の引き下げである(回復期リハビリテーション病棟入院料は一般病床、療養病床とも算定可能だが、療養病床が三分の二を占めている)。保険局医療課が作成して八月にリハビリテーション関係の学会・団体に内々に提示している「リハビリテーションの見直し(案)」によれば、回復期リハビリテーション病棟入院料は高レベルの「入院料1」と低レベルの「入院料2」の二段階となり、療養病床の大半に適用される「入院料2」の点数は現在の一六八〇点から一三〇〇点へと、なんと三八〇点(二二・六%)も引き下げられることになっている。しかもそれの算定の上限も現行の一八〇日から一二〇日に短縮することが予定されている。

この「見直し(案)」はあくまで「叩き台」であり、今後リハビリテーション関係の学会・団体の働きかけによりかなり変更される可能性もあるが、点数の引き下げと算定期間の短縮そのものは避けられない、と私は判断している。なぜなら、拙論「後期小泉政権の医療改革の展望」で指摘したように、回復期リハビリテーション病棟入院基本料は、一般の病棟と比べて非常に高く設定され、多くの病院(特に療養病床)で「超過利潤」を生んでいるからである。

第三のルートは保険給付範囲の縮小

第三のルートは保険給付範囲の縮小である。これは総費用の抑制ではなく、保険給付(公的負担)から患者負担への「コストシフティング」である。これにも、以下の三つの手法が考えられる。

一つは、本年一〇月から介護保険制度改革(改悪)で、介護保険適用療養病床に導入された食費・ホテルコストの保険外し(自由料金化)を、医療保険適用療養病床にまで拡大することである。ただし、このためには老人保健法・健康保険法の改正(改悪)が必要であり、しかも日本医師会を中心とした医療団体が頑強に反対しているため、来年四月からの実施は微妙である。

二つめは、二〇〇二年診療報酬改定で導入された長期入院(社会的入院)患者の入院基本料の特定療養化の拡大である。具体的には、期間の短縮(例:一八〇日から一二〇日へ)と患者負担の拡大(例:入院基本料の一五%相当分から三〇%相当分へ)の両方が考えられる。なお、保険局医療課の福田祐典企画官は、慢性期入院医療について、「患者の特性に応じた包括評価の導入により現行の一八〇日入院の特定療養費化を廃止する」と発言したと報じられている(『日本醫事新報』四二四三号、七二頁)。しかし、上述したように、療養病床への包括評価を来年四月に導入することは物理的に困難であり、これは希望的観測(アドバルーン)と思われる。

三つめは、リハビリテーションの算定日数上限を超えた慢性期リハビリテーションの混合診療化である(入院の慢性期リハビリテーションの大半は療養病床で行われている)。上述した「リハビリテーションの見直し(案)」では、理学療法・作業療法・言語聴覚療法の医療保険給付に「算定日数上限」(九〇日~二年)を設けることとされており、それ以降は介護保険給付に移行するか全額自費となる。しかしこのような乱暴な保険外しを一気に行うことは困難であり、慢性期リハビリテーションの制限回数が強化され、それを超える部分の混合診療化が図られる可能性が大きい。「見直し(案)」の「通則」にも、「患者の求めに応じて行う、制限回数を超える追加的なリハビリテーションの費用については、患者の負担とする」ことが明記されている。これは、本年一〇月から実施されることになった、「医療上の必要性がほとんどないことを前提」とした、制限回数を超える医療行為(リハビリテーション)の混合診療化の「一般化」(悪用)である。

ただし、以上の予測は、本稿執筆時点(九月二〇日)での情報に基づくいわば思考実験であり、これらがすべて来年四月に実施されるわけではない。どこまで実施されるかは、日本医師会を中心とした医療団体・各医学会の今後の「根拠に基づく運動」の成否にかかっている。この意味で、「未来はまだきまっていない」。

新自由主義的医療改革の全面実施は今後も不可能

医療関係者の中には、総選挙での自由民主党の圧勝により、新自由主義的医療改革(医療分野への市場原理の全面的導入。医療の市場化・営利化)が一気に進むと懸念している方が少なくない。私も、経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議がそのような主張を再び強めると判断しているが、それが当面の医療改革の現実的な焦点になることはないし、ましてや全面実施されることは今後もありえない、と思っている。その理由は二つある。

一つは、医療の市場化・営利化は、企業にとっては新しい市場の拡大を意味する反面、医療費増加(総医療費と公的医療費の両方)をもたらすため、(公的)医療費抑制という「国是」と矛盾するからである。私はこれを「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」と呼んでいる(拙著『医療改革と病院』勁草書房、二〇〇四、二一頁)。

ここで見落としてならないことは、財務省は財政再建のために社会保障給付費・医療費の抑制を主張しているが、規制改革・民間開放推進会議が主張している医療の全面的市場化・営利化には同調していないことである。例えば、本年八月一一日に開催された日本病院会のシンポジウム「国家財政と今後の医療政策」で、向井治紀主計局法規課長は、「オリックス[宮内規制改革・民間開放推進会議議長]の混合診療解禁、株式会社参入の主張に与するつもりはない。公的保険の枠組みを崩すようなやり方はやめるべき」と明言した。

もう一つは政治的理由で、営利企業の医療機関の病院経営についても、混合診療の部分解禁についても、一連の閣議決定ですでに政治決着がついているからである。しかも、自由民主党の総選挙マニフェストは、「持続可能な医療保険制度の確立」など抽象的な表現にとどまり、総選挙でも医療改革はまったく争点にならなかった。そのため、規制改革・民間開放推進会議等が閣議決定の見直し(蒸し返し)を主張しても、小泉首相がそれに応じる可能性は低く、少なくとも当面は、財政再建のための社会保障給付費・医療費抑制に全力を注ぐことは確実である。

[注]経済財政諮問会議は医療費抑制の数値目標を軌道修正

経済財政諮問会議は、四年前の「骨太の方針二〇〇一」から医療費抑制の数値目標の導入を主張していたが、今年に入って、それを三重に軌道修正している(詳しくは、拙論「複眼で読む『骨太の方針二〇〇五』と『平成一七年版経済財政白書』」『文化連情報』三三〇号参照)。

四年前には、経済財政諮問会議は数値目標として名目GDPの伸び率をあげ、しかもそれに基づいて単年度ごとに医療費抑制策を実施することを求めていた。しかし、本年には、数値目標を、人口構成の高齢化の影響を多少なりとも加味した「高齢化修正GDP」に変更し、しかも「五、六年に一度、マクロの指標と付き合わせて、上手くいっているかどうかをチェックする」(吉川洋議員)よう主張し、「荒っぽいキャップ制」は否定するようになった。これが第一・第二の軌道修正である。実は、経済財政諮問会議は、本年二月一五日の平成一七年度第三回会議までは、四年前と同じく「名目GDPの伸び率が妥当」と主張していたが、厚生労働省等が強く反対したため、四月二七日の第九回会議から「高齢化修正GDP」に変更した。

第三の軌道修正は、「骨太の方針二〇〇一」では、「医療費総額の伸びの抑制」は国民医療費の伸びの抑制を意味していたのに対して、本年に入って経済財政諮問会議はそれを「公的医療保険給付費の伸びの抑制」の意味で用いるようになったことである。この変化を一番明確に主張しているのは、吉川洋議員である。「医療費には国民健康保険などの公的医療保険の給付費と、患者が病院などの窓口で払う自己負担を含んだ国民医療費があり、区別して考えないといけない。問題は、公的給付費をどうするか。/私たちが指標を作って伸びを抑えなければならないと言っているのは、この公的給付費の部分だ。これからは公的給付費と国民医療費が乖離しうることをきちんと認め、公的給付費の範囲を見定めていくべきだと考えている」(「朝日新聞」六月二四日朝刊)。

医療費の伸び率管理制度を導入して、公的医療保険の給付費は厳しく抑制しつつ、「自己負担を含んだ国民医療費[正確には総医療費]」の拡大を図るためには、混合診療の大幅拡大が不可欠で、吉川議員も「これが混合診療の問題とも絡む論点である」と明言している(二月一五日第三回会議)。そのために経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議が、今後、昨年末に政治決着した混合診療の部分解禁の対象の大幅拡大を求めてくるのは確実である。

[本稿は、九月一九日に開催された第四七回全日本病院学会宮崎大会のメインプログラム「3.“慢性期医療"について」での私の報告「療養病床の診療報酬の問題点と今後の在り方」の一部に加筆したものである。]

補足-The Economist誌9月17日号の日本の総選挙の評論は一読に値します。

この号の表紙の顔は小泉純一郎首相で、その上に「日本的革命」(A very Japanese revolution)との、やや扇情的な見出しがつけられています。ただし、11頁の同名の評論は見出しとは対照的に非常に醒めており、「ライオンハート(=小泉首相)の真の意味」を冷静に分析しています。小泉はサッチャーではない、彼が行った公共部門の縮小は大改革(sharp change)ではなく、1998年以来継続されてきた政策を加速させたものだと評価し、彼が直面する国内政治における4大課題(それには医療改革と年金改革も含む)もサッチャー式のショック療法は必要としないと予測しています。同誌の22~26頁(広告を除くと実質3頁)の日本の総選挙特集レポートはやや散漫ですが、それの最後のパラグラフの結論も、「小泉は、彼の先輩達の部分改革(gradual reforms)の上に、改革を行った」です。

2.拙論:日本の医療費水準は2004年に主要先進国中最下位となった

(「二木教授の医療時評(その17)」『文化連情報』2005年10月号(331号):30~32頁)

厚生労働省は、8月23日に「平成15年度(2003年度)国民医療費」が31兆5375億円に達した(対前年度比1.9%増)と発表しました。それに先立つ8月24日には、「平成16年度(2004年度)概算医療費」が31兆4000億円(同2.0%増)となったことを発表しました。概算医療費とは「国民医療費から全額自費と労災医療費を除いた審査支払機関取扱い分であり、国民医療費の約97%を占めている」とされており、これから逆算すると2004年度の国民医療費は約32兆4000億円と推計されます。

この発表を受けて、新聞各紙は国民医療費(概算医療費)が「過去最高になった」と報じ、特に「日本経済新聞」は社説でそれを問題視しました(8月28日朝刊「医療制度改革をなぜ争点にしないのか」)。しかし、2004年度に日本の医療費水準(OECD基準の「総医療費」のGDPに対する割合)が、主要先進7カ国(G7)中最下位に転落したことは、まだ誰も指摘していません。

医療関係者の間ではよく知られているように、主要先進7カ国中わが国とイギリスは常に医療費水準の最下位グループを形成しており、しかも近年は(正確には1997年から)イギリスの方がわが国よりやや低くなっています。2002年にはそれぞれ、7.9%、7.7%です(OECD Health Data 2005)。なお、わが国では医療費の水準として国民所得に対する割合が用いられますが、国際比較で用いられるのはGDP(国内総生産)に対する割合です。両者の関係は次の通りです:国内総生産=国民所得+(間接税-補助金)+固定資本減耗。また、OECD基準の総医療費の範囲は日本の国民医療費よりかなり広く、そのために対GDP比でみると、OECD基準の方が1.6~1.7%ポイント高くなっています(2000~2002年度)。このデータは旧経済企画庁(現内閣府)が作成し、OECDに提出していましたが、それの範囲や推計方法は公表されていません。

しかし、イギリスでは労働党のブレア政権が2000年度から5か年計画でイギリスの医療費水準をヨーロッパ平均に引き上げる政策を着実に実行しています。その結果、イギリス財務省の発表によると、2004年度のイギリスの総医療費水準は8.3%に達するとされています(HM Treasury: 2004 Spending Review)。過去のデータから判断して、イギリスの総医療費の範囲はOECD基準の総医療費と同じです。

それに対して、イギリスと反対に医療費抑制政策がますます強化されているわが国の2004年度のOECD基準の総医療費水準は、私の「粗い試算」では8.0~8.1%にとどまり、イギリスの水準を下回ったことが確実です。その試算方法は、以下の通りです。(1)前述したように、概算医療費から逆算される国民医療費は32兆4000億円。(2)それの2004年度国内総生産(505.5兆円)に対する割合は6.4%。(3)これに1.6~1.7%ポイントを加えた、わが国のOECD基準の総医療費水準は8.0~8.1%。

同じ方法で試算したわが国の2003年度のOECD基準の総医療費水準は7.9~8.0%で、この時点ですでにイギリスを下回っている可能性も否定できませんが、残念ながら同年のイギリスの確定数値はまだ公表されていません(イギリス統計局に直接問い合わせたところ、「公的医療サービスの産出と生産性の測定方法の研究を優先するため、2003年度の総医療費推計は休止している」との回答を得ました)。なお、Economist誌8月20日号(39頁)には、主要国の2003年の総医療費水準の図が掲載され、日本が最下位とされていますが、日本のデータは2002年度のものです。私は拙著『医療改革と病院』(勁草書房、2004、69頁)で、ブレア政権の政策転換を踏まえて、「あと数年で日本の医療費水準は主要先進国の中で文字通り最低になる」と書きましたが、意外なことに、拙著出版年(またはその前年)にすでに最低になっていたのです。

しかも、イギリスの医療費拡大政策は少なくとも2007年度まで継続され、その時点では総医療費水準は9.2%に達すると推計されています。そのために、今後わが国の医療費抑制政策がさらに強化された場合、特に経済財政諮問会議等が求めているような医療費の伸びを経済成長の伸びの範囲内に抑える「医療費の伸び率管理制度」が導入された場合には、わが国の医療費水準は他の主要先進6カ国よりはるかに低い水準に固定されることになります。その場合、イギリスがかつて経験し、現在もそれからの離脱に悪戦苦闘している医療の質の低下や医療の荒廃が日本でも再現する危険があります(この点について詳しくは、近藤克則『「医療費抑制の時代」を超えて-イギリスの医療・福祉改革』医学書院、2004参照)。

日本経済新聞と朝日新聞が「老若比率」で誤報

先述したように、「日本経済新聞」8月28日朝刊は「医療制度改革をなぜ争点にしないのか」と題する社説を掲載しました。その中で、2003年度の国民医療費を用いて、70歳以上の1人当たり医療費は「現役世代の5倍弱」と書いています。さらに「朝日新聞」9月4日朝刊の「シリーズ社会保障 医療制度 課題はなに?」も、本文で「1人あたりの年間の医療費(02年度)は70歳以上が70歳未満の5倍近い」と書き、大きな図の見出しでは「4.7倍(02年度)」となっています。

しかし、これは介護保険制度創設前の古い数値で、正しくは2002、2003年度とも4.3倍=「4倍強」です。ちなみに、この倍率が5倍だったのは1999年度(5.1倍)です。その翌年の2000年度には、介護保険制度創設により、高齢者の社会的入院医療費(諸外国では福祉費に含まれる)等が相当介護保険に移り、その分高齢者医療費が減ったため、この比率は4.4倍に激減し、その後その趨勢が継続しています。

なお、1人当たり医療費の「老若比率」は高齢者を65歳以上として計算するのが、国際的にも国内的にも常識です。「国民医療費」中にも、65歳未満の1人当たり医療費は示されていますが、70歳未満のそれは示されておらず、以下のように自分で計算する必要があります:(国民医療費-70歳以上の医療費)÷0~69歳人口。ただし、「日本経済新聞」や「朝日新聞」のように高齢者を70歳以上とした場合も、数値はほとんど変わりません(2003年度では、65歳以上とした場合4.31倍、70歳以上とした場合4.25倍)。

両紙の誤報が、古い通念(思い込み)にとらわれたためなのか、それとも初歩的計算ミスなのか、それは不明です。

3.拙論:新予防給付は開始前から「死に体」

(「二木教授の医療時評(その18)」『文化連情報』2005年10月号(331号):32~32頁)

本「医療時評(14)・(15)」(本誌7・8月号)では、厚生労働省が介護予防(新予防給付)の効果の根拠として示した文献等を対象として、「新予防給付の科学的な効果は証明さているか?」についての純学術的な検討を行いました。それにより、介護予防の短期的健康増進効果はそれなりに証明されているが、それの中長期的健康増進効果はまだ証明されていないこと、および介護予防の介護・医療費抑制効果を証明した研究は国際的にも全くないことを明らかにしました。

この検討のための文献収集を行う過程で気付いたことが1つあります。それは、かつて介護保険制度創設を熱心に推進・支持した有力研究者や学識経験者の多くが、今回の新予防給付の導入には反対や疑問を表明したことです。この傾向は、6月に介護保険法「改正」が成立した後も続いています。そこで、いわば「歴史の証言」として、主な発言を整理してみました。

旧高齢者介護・自立支援システム研究会委員の新予防給付批判

かつて介護保険制度の創設を推進した人々のうち、新予防給付への批判を最初かつ包括的に行ったのは岡本祐三氏(国際高齢者医療研究所長)です。氏は、1994年12月に介護保険制度(「新たな高齢者介護システム」)の創設を最初に提言した旧高齢者介護・自立支援システム研究会の中心的委員で、「介護保険制度の生みの親」とも言われています。氏は、「朝日新聞」昨年11月25日朝刊のインタビューで、介護予防の効果に疑問を呈すると共に、「自治体が行政処分で、強制的に決めるやる方」が「保険料を払い、自分でサービス内容を選ぶという介護保険制度の理念にも反する。家事代行サービスを削るのは制度への不信感につながる」と厳しく批判しました。氏はさらに「『介護予防』への疑問」(『月刊介護保険』本年1月号)で、要支援・要介護1の要介護者が重度化し介護予防の効果が上がっていないとの厚生労働省の主張が厚生労働省のデータからも否定されることを示し、「軽度要介護」=廃用症候群説、「予防=筋トレ」論を「老年医学の常識では考えられない粗雑な推論」、「19世紀的発想」と酷評しました。

同じく高齢者介護・自立支援システム研究会の委員であった樋口恵子氏(高齢社会をよくする女性の会理事長)も、他の市民団体と合同で、4月26日に厚生労働大臣に「平成17年度介護保険法改正案に関する意見書」を提出し、その中で「現行の要支援・要介護1の既認定者については、向う3年間、現行の制度による認定とサービスを継続する。あるいはあくまでも利用者本人の意志による選択制とすること」等を要望しました。この時点では「『介護予防』の必要性については異論はありません」としていましたが、同氏は7月31日に日本介護福祉士会が主催したシンポジウム「これでいいのか介護保険法改正」では、「給付の骨格がこんなに変わるとは思わなかった。新予防給付は失敗すると思う」と冷ややかな発言をしました(「週刊福祉新聞」8月15日号)。

逆に、旧高齢者介護・自立支援システム研究会の委員(座長も含めて10人)のうち、新予防給付を積極的に支持している方は、私の調べた限りではいません。例えば、京極高宣氏(国立社会保障・人口問題研究所長)は、介護保険法の見直しそのものには賛成しましたが、岡本祐三氏らとのディベイトでは、介護予防は「本人が選択して決定すること」、「市町村の指示ではなく専門家のアドバイス」と防戦一方でした(NHK衛星第一放送のディベイト番組「どう変える介護保険制度」本年1月30日放映http://www4.ocn.ne.jp/~tanasho/bsdebate.htm)。

さらに、介護保険法実施直後の2001年に厚生労働省老健局長となり同法運営の実質的トップを務めた堤修三氏(現・大阪大学教授)も、次のような厳しい批判をしました。「強制的に保険料を徴収する保険制度で、予防給付の受給を義務づけるのはどうなのか。漫然とぐうたらな生活を続けたいという『愚行権』を認めないで、筋トレという『善行』を義務づける発想は、いいのだろうか。筋トレは、不行跡なぐうたらな生活に比べて、不釣り合いなほどレベルの高い義務ではないか」(「浅川澄一「『介護予防サービス』に反対運動広がる」より重引http://www.nikkei.co.jp/neteye5/asakawa/20050420n884k000_20.html)。なお、浅川澄一氏(日本経済新聞編集委員)の「おかしいぞ、介護保険改正」(『訪問看護と介護』9月号)は、「契約制度こそが介護保険制度の土台」であり、法改正は「措置制度への回帰」という視点から、介護保険法改正全般を包括的に批判しており、一読に値します。

新予防給付の費用抑制効果にも疑問の声

以上は主として理念的な批判ですが、介護予防に費用抑制効果がない、あるいはそれが証明されていないことは、今や研究者の常識になっています。例えば、ケアマネジメントの第一人者の白澤政和氏(大阪市立大学教授)は、次のような「心配」をしています。「世界の動向からいいますと、予防というのはコストをかける割に効果が薄いと言われているわけです。どの程度、財源の抑制に効果があるのかで、私は大変心配しています」(「介護保険制度等の見直しと今後の課題」『WAM』6月号)。

医療経済学の第一人者である西村周三氏(京都大学教授)も、次のように厚生労働省が「幻想」を振りまくことを批判しています。「予防を重視する方向となっているが、これをやればこれが予防できる、というほど単純ではない。要介護度が悪化しないようにすることには誰も反対しないが、今般の制度改正は過度に幻想を与えるのではないか。(中略)介護を長期的にどうするかを考える際に重要なのは、パワーリハ等よりも、地域で家族関係をどのように作っていくかということである」(「医療保険制度改革の観点と見通し」『週刊社会保障』8月22日号)。

さらに社会保障審議会介護保険部会長の貝塚啓明氏(中央大学教授)も、予防によって、どれだけ給付費を抑えられるか「については、まだ分からないというのが正直なところです。確かに考え方としては良いと思いますが、ただそれがどの程度まで効果があるかはこれから検証することです」と、率直に語っています(『TKC医業経営情報』8月号)。

以上、介護保険制度支持の研究者・学識経験者の新予防給付への批判や疑問を紹介してきました。新予防給付が始まるのは来年4月からで、厚生労働省は現在急ピッチでその準備を進めていますが、いまだにその全体像は見えてきません。

私は、新予防給付は、効果の科学的根拠がなく、しかも多くの介護保険制度支持者からも批判を受けているため、すでに開始前からなかば「死に体」になりつつある、そのために法改正で規定された3年後の見直しを待たずに大幅な軌道修正が行われる可能性もある、と判断しています。

4.2005年発表の興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(その5)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○「アメリカと他の先進国の医療費[の差の原因]」
(Anderson GF, et al: Health spending in the United States and the rest of the industrialized world. Health Affairs 24(4):903-914,2005)[量的研究]

アメリカの2002年の1人当たり医療費は5,267ドルであり、他の先進国平均より53%も多い。このような大きな差の原因としては、アメリカでは医療費抑制のための医療サービス提供の抑制が行われず入院待ちが生じていないこと、およびアメリカでは医療訴訟と防衛医療(defensive medicine)が非常に多いことの2つがあげられることが多い。しかし、他国で入院待ちの主因となっている非緊急手術(elective surgery)の医療費はアメリカの医療費総額の3%にすぎない。医療訴訟の賠償額も2001年で65億ドルであり、医療費総額の0.46%にすぎない。著者は、この結果を踏まえて、アメリカの1人当たり医療費が高い真の2つの理由は、アメリカでは、他国に比べて1人当たり所得と医療サービス価格が高いことだと主張している。

二木コメント-筆頭著者のAnderson氏(ジョンホプキンス大学公衆衛生学大学院教授)は、そのものズバリ「価格が問題なのだよ、馬鹿者:なぜアメリカは他のOECD加盟国とこんなにも違うのか」という論文も書いています(It's the prices, stupid: Why the United States is so different from other countries. Health Affairs 22(3):89-105,2003)。この論文で彼は当時の最新データ(OECD Health Data 2002)を用いて、アメリカの医療費水準(1人当たり医療費および対GDP比)がOECD加盟国中最高であるにもかかわらず、アメリカ人の医療利用はほとんどの医療サービスでOECD平均を下回っている事実に基づいて、アメリカの医療費水準が高い主因は医療財貨・サービス(goods and services)の価格が他国より高いことだと主張しています。

○「マネジドケアの死-[州による]規制の検証」
(Hall MA: The death of managed care: A regulatory autopsy. Journal of Health Politics, Policy and Law 30(3):426-452,2005][質的研究(インタビュー調査)]

1995~2001年にアメリカの多くの州政府が患者保護法を相次いで制定した後、マネジドケア産業はマネジドケアの中核要素であった門番機能(gate keeping)、医療利用マネジメント、経済的インセンティブを廃棄するか、大幅に緩和した。これらが患者保護法のターゲットにされていたからである。本論文は、患者保護法が果たしてマネジドケア産業の突然の方針転換をもたらしたのか、もしそうだとしたらどの程度寄与しているのかを検討する。全米を代表する6州での広範なインタビュー調査の結果に基づくと、患者保護法はマネジドケアの方針転換の主因ではなく、経営的理由からすでに生じていた変化を促進したと言える。しかし、患者保護法は他の社会的・市場的要因と複雑に絡み合いながら、それが制定されなかった場合に比べると、はるかに徹底的な変化をもたらした。

二木コメント-アメリカでは、わが国でまだマネジドケア導入論が一部で主張されていた2001年に、早くも有力な経済学者が「マネジドケアの終焉」を宣告した論文が「アメリカ医師会雑誌」に掲載されました(Robinson JC: The end of managed care. JAMA 285(20):2622-2628,2001)。ただし、この時点では、「マネジドケアは経済的には成功したが、政治的には失敗した」と評価されていました。しかし、その後、マネジドケアによる医療費抑制効果が短期的にすぎないことが明らかになることによって、マネジドケアは完全に死に、本論文でその剖検(autopsy)がなされたとも言えます。

○「競争は入院医療価格を引き下げたか?(Zwanziger J, et al: Has competition lowered hospital prices ? Inquiry 42(1):73-85,2005.)

アメリカ・ニューヨーク州は長年入院医療の価格規制を行ってきたが、競争的市場により価格を抑制し効率を向上することを目指して、1997年1月にそれを撤廃した。本研究は、同州の全HMOが提出する年次報告書等を用い、母数回帰モデル(fixed-effect regression models)により、病院とHMO間の協定価格と病院・HMOの市場特性との関係を推計した。その結果、1997年以降、より競争が激しい市場にある病院の入院医療価格は低くなっていた。しかし、この価格低下は、病院の合併によって病院間競争が減少しそれに伴い価格が上昇したことによって、部分的に相殺されていた。この結果に基づいて、著者は入院医療価格の規制緩和は、少なくとも短期的には競争により価格が低下したため成功したと言えるが、今後この成功が病院産業で生じている構造的変化(病院合併)のために掘り崩されないとは言えないとも指摘している。

二木コメント-アメリカ(東部)で、HMOを中心とするマネジドケアの拡大に対抗して、病院(グループ)の合併が急速に進んだ様は、李啓充『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院,1998)が活写しています。本論文は、それの帰結を定量的に示したと言えます。

○「[ニュージーランドの]住民統治型非営利プライマリケアは[営利のプライマリケアよりも]医療へのアクセスを改善するか?組織特性の横断面調査」(Crampton P, et al: Does community-governed nonprofit primary care improve access to services? Cross-sectional survey of practice characteristics. International Journal of Health Services 35(3):465-478,2005)「量的研究]

ニュージーランドの「全国プライマリメディカルケア調査(2001~2002年実施の横断面調査)」を用いて、住民統治型(community-governed)非営利プライマリケア(26。うち14は少数民族所有)と営利プライマリケア(166)の比較を行った。ここで、非営利プライマリケアとは、以下の3つの条件のうち最低限2つを満たすものとした:(1)住民が運営に参加していること、(2)一般医の所有権がないこと、(3)一般医への利益の配当がないこと。なお、全国の一般医の約3%が住民統治型非営利プライマリケアに勤務している。その結果、住民統治型非営利プライマリケアは、営利プライマリケアに比べて、1回当たりの患者自己負担が安く、しかも先住民族をより多く雇用することにより、利用者の財政的・文化的バリアを軽減していた。両者では提供するサービスの種類が異なり、非営利プライマリケアは医療機器が少なかった(ただし、基本的な医療機器の保有率は同じ)。非営利プライマリケアは、医療の質のマネジメント、患者の苦情処理、リスク管理の方針を文書で示したり、地域のサービス計画や地域住民のニーズ評価を行っていることが多かった。著者は、この結果が、ニュージーランドで現在政府が進めている、営利組織から住民統治型非営利組織へのシフトを肯定していると主張している。

二木コメント-従来、営利病院と非営利病院の比較研究はたくさん行われてきましたが、非営利プライマリケアと営利プライマリケアを比較した研究はほとんどないため、本研究は貴重です。ただし、この研究における「営利」プライマリケアは個人開業医を指しているようであり、営利病院がほとんど株式会社立病院を指すのとは次元が違います。分析手法もやや稚拙です。

○「認知症ケアで早期からの訪問・通所サービス利用が施設入所を遅らせる効果」(Gaugler JE, et al: Early community-based service utilization and its effects on institutionalization in dementia caregiving. The Gerontologist 45(2):177-185,2005)[量的研究(Cox回帰分析)]

欧米では、1980年代以降、障害老人や認知症高齢者とその家族に対して地域に根ざした長期ケア(訪問・通所サービス)を提供し、それによりナーシングホーム入所を遅らすことが試みられてきたが、それの効果は確認されていない。最近は、認知症高齢者に対して早期からサービス提供を行えば、ナーシングホーム入所を遅らすことができる可能性が示唆されている。本研究は、この点を実証的に検討するために、MADDE(メディケア・アルツハイマー病モデル評価事業。ケースマネジメントに基づいて訪問介護、デイサービス等を提供)に参加している全米の地域居住の早期痴呆高齢者4761人を対象として、3年間、居所の変化を追跡調査した。その結果に基づいて、Cox比例ハザードモデルを用いた回帰分析を行ったところ、訪問介護を早期に利用した認知症者は、それを利用しなかった認知症者に比べて、ナーシングホーム入所が遅い傾向がみられた。それに対してデイサービス利用ではこのような効果は認められなかった。著者は、この結果が早期のサービス利用が費用対効果的であることを示唆している、と主張している。

二木コメント-著者も考察で認めてるように、本研究は無作為化試験ではないため、結果はかなり割り引く必要があります。また、本研究では費用はまったく調査されていないため、訪問介護の早期利用が「費用効果的」か否かを判断することはできません。

○「高齢者は自分のナーシングホーム入所リスクを理解しているか?」
(Taylor DH, et al: Do senior understand their risk of moving to a nursing home? Health Services Research 40(3):811-1828,2005.)[量的研究(ロジスティック回帰分析)]

「後期高齢者の資産と健康のダイナミックス調査」に基づいて、アメリカの高齢者が自己のナーシングホーム入所リスクをどの程度理解しているかを検討した。この調査は、地域居住の70歳以上の高齢者とその配偶者を対象とした縦断的調査であり、1993年の最初の面接から5年間、ナーシングホーム入所の有無を追跡調査した。アンダーセンの医療サービス利用の行動モデルに基づき、被説明変数を5年以内に回答者がナーシングホームに入所したか否か、説明変数を初回面接時の回答者による5年以内のナーシングホーム入所確率の自己評価とする、ロジスティック回帰分析を行った。その結果、5年以内にナーシングホームへ入所する確率が高いと予測していた回答者の実際の入所率は平均よりも高く、しかも大半の高齢者は自己の入所確率を過大評価していた。従来は、高齢者の私的介護保険加入率が非常に低いのは高齢者が将来のナーシングホームへの入所リスクを過小評価しているためだと解釈され、それに基づいてさまざまな改革案が提案されてきた。しかし、本研究によりその解釈は正しくないことが示されたと言える。

○「大腸直腸癌医療における患者の時間費用の推計」(Yabroff KR, et al: Estimating patient time costs associated with colorectal cancer care. Medical Care 43(7):640-648,2005.)[量的研究]

医療の直接費用には、診療費用だけでなく患者の時間費用(機会費用)も含めるべきであるが、従来これを大規模集団を対象にして、包括的に推計した研究はなかった。本研究は、各種全国調査の1995~1998年データを用いて、アメリカにおける大腸・直腸癌診療に伴う患者の時間費用を系統的に推計した。患者の時間は、医療機関受診のための移動時間、診療予約の待ち時間、診療を受けている時間の合計と定義し、それを全米平均の時給(15.23ドル)で金銭表示した。癌診療の種類は、(1)診療所受診、(2)救急外来受診、(3)化学療法施行、(4)放射線治療、(5)入院、(6)日帰り手術の6つに分類し、病期は、(1)初期(初診から12カ月以内)、(2)継続期(continuing phase)、(3)末期(死亡前12カ月)に3分類し、それぞれについて患者の時間費用を推計した。その結果、患者の平均純時間費用(net patient time cost)は、初期は4592ドル、継続期は1月当たり25ドル、末期は2788ドルと推計された。直接医療費総額(診療費プラス患者の時間費用)に対する患者の時間費用の割合は、初期19.3%、継続期15.8%に対して、末期では36.8%に達していた。推計時の諸仮定をさまざまに変えて感受性分析を行っても、結果に大きな変化はなかった。

二木コメント- 本論文の冒頭に書かれているように、アメリカでは1996年に「医学医療における費用効果の検討委員会(Panel)」が、医療分野の費用効果分析では、患者の時間費用(機会費用)を直接費用に加えるよう勧告しています(池上直己・他監訳『医療の経済評価』医学書院,1999,233-235頁)。

○「医療経済評価における[他人の健康を]気にかけることの外部性:それは疾病の重症度とどのように関係しているか?」
(Jacobsson F, et al: Caring externalities in health economiic evaluation: How are they related to severiy of illness? Health Policy 73(2):172-182,2005)[量的研究]

医療経済評価では、利他的選好、つまり人々が他人の健康を気にかけることの外部性は普通考慮されない。本研究では、人々が自己および他人の健康をどのように価値づけるかのパイロットスタディを行い、人々にさまざまな条件下での支払い意志(WTP)を答えてもらい、それに基づいて内的WTP(本人の健康についての)と利他的WTP(他人の健康についての)を計算した。医療経済評価において一般的に用いられる方法は費用効用分析であり、それはQALYs(質を調整した余命)を最大化することが前提とされている。QALYsの最大化は利他的選好が存在しないか、それが内的選好と線形の関係にある場合には妥当である。しかし、パイロットスタディにより、人々には利他的選好があることおよび内的選好と比べた相対的な利他的選好は、重い病気に対して強く、軽い病気には弱いことが分かった。しかも疾病の重症度による利他的選好の差は統計学的に有意であった。著者は、この調査結果に基づいて、医療部門の効率的資源配分を達成するためには、個人の内的選好よりも利他的選好を重視して、重症疾患にもっと注意と資源を振り向けるべきだと主張している。

二木コメント-本論文の著者は3人ともスウェーデンの研究者です。なお、世界最高の医療経済学者であるフュックス教授(スタンフォード大学)も、「健康に結びついた外部性」を拡張して、人々が「貧困な病者が医療を受けていることを知って効用を引き出す」「健康を中心とした慈善的な外部性(philanthropic externalities)」を指摘しています(江見康一・二木立・権丈善一訳『保健医療政策の将来』勁草書房,1995,37-38頁)。

5.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その2) ※(その1)は5号に掲載

○『医療経済学辞典』
(Culyer AJ: The Dictionary of Health Economics, Edward Elgar, 2005, 390 pages)

本書は医療経済学の泰斗カリヤー教授(イギリス・ヨーク大学)が1人で著した本格的な医療経済学辞典です。医療経済学用語だけでなく関連分野(疫学、医療社会学、医療統計学、医療政策、医療管理学・医療サービスマネジメント学、公衆衛生学等)の基本用語もかなり収録されています。各用語の簡潔な説明・定義(「情報と事実」)に加えて、医療経済学の鍵概念あるいは論争が続いている用語については、著者の率直なコメント・意見(「ミニ講義」)が書かれているのが魅力です。医療経済・政策学の研究者必携の辞典と言えますが、かなり高いのが難点です(アマゾン:消費税込みで20,498円)。

なお、ほぼ同名の英語の医療経済学辞書がもう1冊あります(Earl-Slater A: Dictionary of Health Economics, Radcliffe Medical Press, 1999,159pages)。ただしこちらは、イギリスの医療職向けの初級辞書で、少なくとも日本人には役に立ちません。

○『高齢者の長期ケア』
(The OECD Health Project: Long-term care for older people, OECD, 2005,137pages.)

本書は、日本と韓国を含むOECD加盟19カ国の長期ケア政策について包括的に検討した大変便利な報告書です。最新の情報とデータを用いて、各国の長期ケアの制度・政策および(要介護)高齢者の実態の紹介と国際比較が行われています。過去10年間に大改革を行った国(日本も含む)については、特に詳しい分析が行われています。本文は、次の5章から構成されています。第1章長期ケアプログラムと費用の概観、第2章継続的なケアに向けて、第3章長期ケアにおける消費者志向と選択、第4章長期ケアの質のモニタリングと改善、第5章長期ケア費用の財源確保。それに続いて、以下の2つの付録が付いています。A高齢者の人口学的趨勢と居所の変化、B19カ国の高齢者ケア制度の概観。なお、本書の「長期ケア」には、介護・福祉だけでなく、基本的医療やリハビリテーションも含まれています。
私にとって特に興味深かったデータは、以下の通りです:日本の対GDP高齢者総ケア費用は0.83%であり、OECD平均の1.25%よりまだかなり低い(26頁)。80歳以上の高齢者比率と対GDP高齢者ケア総費用はかなり相関しているが(R2=0.56)、日本の数値はその傾向線よりもかなり下に位置する(27頁)。日本の公的長期ケア費用中の施設ケア費用の割合は、OECD加盟国の中位(15カ国中8位。29頁)。施設ケア・在宅ケアを受けている高齢者の割合は、韓国ではまだ非常に低い(ともに0.2%。日本は3.2%、5.5%。41頁)。在宅要介護高齢者のうち子どもからインフォーマルケアを受けている者の割合は日本と韓国のみが5割を越し、しかも日本の方がわずかながら高い(日本60%、韓国55%。109頁)。

○『OECD加盟国の私的医療保険』(The OECD Health Project: Private Health Insurance in OECD Countries, OECD, 2004, 239pages.)

『高齢者の長期ケア』と同じく、「OECDヘルス・プロジェクト」の報告書です。OECD加盟国の私的医療保険の役割とパフォーマンスの初めての包括的比較研究書で、データ・情報とも豊富で、この分野の基本文献と言えます。本文は次の5章から構成されています。第1章序論、第2章医療財政の混合制度下の私的医療保険の役割、第3章OECD加盟国における私的医療保険への政府規制、第4章私的医療保険の医療制度のパフォーマンスへの影響、第5章結論と政策的教訓。本書で最も強調されていることは、私的医療保険の役割と構造、公的医療保険(保障)制度との関係は、OECD加盟国間で大きく異なることです。本書は私的医療保険にやや好意的ですが、それでもそれの長所だけでなく、短所や克服すべき課題も多面的に指摘しています。

私にとって特に興味深かった点は、以下の通りです:私的医療保険の総医療費シェアと総医療費中の患者自己負担割合との間にはまったく相関がない(R2=0.026. 42頁)。公的医療保険の給付範囲が狭い国は、私的医療保険も未発達である(例:韓国)。私的医療保険の総医療費シェアと1人当たりGDPとの間にも関連はない(45頁)。私的医療保険が医療の質や効率を改善した証拠はほとんど存在しない。公的医療保険と私的医療保険の給付が重複している場合にも、公的医療費から私的医療費へのコスト・シフティングはわずかしか生じていない。逆に、いくつかの国では私的医療保険が医療利用を誘発する結果、公的費用・総費用も増加する証拠が得られている(196頁)。私的保険を含めて、多数の保険者が存在する国では医療費抑制は困難である(同)。

わが国では、今後、混合診療の部分解禁により、私的医療保険市場が急拡大し、それにより公的医療費が抑制できる(される)との期待や恐れが、医療(保険)関係者の間にみられますが、本書を読めばそれが幻想・杞憂なことがよく分かります。なお、この分野を専門とする研究者以外は、ごく短い冒頭の要約(Executive Summary)と最後の第5章のみを読み、あとはデータの豊富な2章を中心に図表と見出しを拾い読みするだけでも、たくさんの情報が得られます。

○『医療技術革新のビジネス』(Burns LR (ed): The Business of Healthcare Innovation, Cambridge University Press, 2005, 373 pages)

本書は、アメリカのペンシルバニア大学ウオートン校(有名なビジネススクール)での医療制度についての10年間の講義を元にした、「医療産業」についての初めて包括的な教科書です。製薬、バイオテクノロジー、医療機器、ITの各部門(sector)ごとに歴史と現状を概観するとともに、ビジネスモデル・企業戦略を検討しています。各部門とも、研究・技術志向が強く、しかも競争がダイナミックに行われているという共通点がありますが、市場構造は大きく異なっていることが強調されています。最近顕著になっている各部門の相互依存関係にも注意が払われています。当然のことながらアメリカの分析が大半を占めますが、製薬とバイオテクノロジーについては簡単な国際比較も行われっています。バイオテクロノジーについては日本が韓国に大きく遅れをとっているとされているのが、私には印象的でした(161頁)。

○『比較医療政策』(Blank RH, Burau V: Comparative Health Policy, Palgrave, 2004, 260pages.)

本書は医療政策の国際比較の入門的教科書で、類書にない以下の3つの特色があります。第1は、国際比較の定番と言える欧米諸国・豪州(アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド)だけでなくアジアの2カ国(日本とシンガポール)を加えた9カ国の国際比較をしていることです。第2は、国ごとの比較ではなく、次の6つの分野(topics)ごとに、各国比較と9カ国の分類・序列付けを行っていることです:(1)政治的歴史的文化的文脈、(2)財源、サービス提供と統治、(3)優先順位の設定と資源配分、(4)医師、(5)在宅医療、(6)公衆衛生。興味深いことに、6つの分野で9カ国の分類・序列は大きく異なります。この結果に基づいて、著者は最終章で、「最良」の医療制度・政策を見出すのは困難であることを強調し、「各国の政策担当者が唯一学べる教訓」は、他国で成功した「最良のやり方(best practices)」を自国にそのまま移植することはできないことだと主張しています(218-219頁)。第3の大変便利な特色は、巻末に医療政策(比較研究)をより深く学ぶための参考文献リスト(簡単な解説付き)と各国および国際機関の医療関連ウェブサイトが掲載されていることです。残念なことに、日本の記述の一部には誤りがあります。

○(訳書)OECD編著、阿萬哲也訳『世界の医療制度改革-質の良い効率的な医療システムに向けて』明石書店,2005(原著:The OCED Health Project: Towards High-Performing Health Systems, OCED, 2004, 129pages)

上述した『高齢者の長期ケア』、『OECD加盟国の私的医療保険』と同じく、「OECDヘルス・プロジェクト」の報告書です。このプロジェクトは2001年に立ち上げられた後、さまざまな報告書を発表しており、本書がその集大成(あるいは要約)と言えます。「日本語版刊行によせて」(中澤一隆厚生労働省国際企画室長)によると、2004年に本書の副題と同じテーマでOECDが開催した保健大臣会合の背景文書でもあるそうです。全5章で構成され、医療の質、医療へのアクセス、患者・要介護者のニーズへの対応、医療費および医療財政、制度全体の効率性の向上等、広範なテーマが論じられています。鍵言葉はvalue for money(費用に見合った価値)=効率向上です。「先進諸国における医療(介護)政策の現時点での到達点」を理解する上では便利な本ですが、各国政府の合意文書であり、「各国の政策の最大公約数的な部分について論じている部分が多いために」、総花的で、分析が浅いことも否めません(「 」は訳者序文)。

注意:OECDは本書と全く同一の書名(主題)の別の報告書を、やはり2004年に出版しています。それは「政策研究」(Policy Studies)という副題が付けられた、OECD事務局の研究者による論文集です。7論文が収録された331頁(本書の3倍)の大作で、データもはるかに豊富です。各章の表題は以下の通りです(著者名は略)。

6.私のThe Economist誌チェックの「手順」の紹介

本「ニューズレター」13号の「3.私が毎号チェックしている医療経済・政策学関連の洋雑誌の紹介」(11~12頁)に書きましたように、私は「幅広い教養と一歩進んだ英語読解力」を身につけるために、The Economist誌を定期購読し、毎号全体に目を通しています。御参考までに、以下にその手順を紹介します。これは、将来大学教授になることを目指している本学の大学院生やシンクタンク勤務の若手研究員のために、最近まとめたものです。

  1. 雑誌の表紙を眺めて、その号の特集記事の内容をイメージする。
  2. 表紙の次の頁の目次欄(2頁。裏表)の主要記事のサワリ(リード)を読む。適宜赤線を引くとともに、分からない英単語・英語表現で大事そうなものは辞書を引き、訳語を書き込む(2~5でも同じ)。
  3. 目次欄の次の頁の"The world this week"欄の左側の"Politics"(1頁。本文の主要記事の要旨にもなっている)の記事を読む。右側の"Business"は、個別企業の動向なので、私には不要。
  4. それから、各記事の見出しと小見出しを、最初から最後まで順番に読む。その際、記事中の絵・写真・図表と自分の知識を手がかりにしながら、内容を想像する。逆に、図表から面白そうなことが書いてあると気付くこともある。面白そうな記事(私自身または私の友人にとって)は、見出しを赤線で囲むとともに、付箋を貼っておく。なお、"Economic focus"欄には、知的刺激を喚起するような経済学等の最新研究が紹介されるので、見落とさないように注意する。
  5. その後、もう一度、最初から各記事の頁をくり、付箋を付けていた記事中心に、本文を拾い読みする。その際、内容上面白い部分だけでなく、キーワードになっている英単語や英語表現で参考になる個所(定冠詞・不定冠詞、前置詞の使い方等も含む)に適宜赤線、赤丸を付けるとともに、その場で、その英単語・英語表現を何度も小さい声で「音読」する。ただし、見出しを読んだ段階で面白そうと思った記事でも、本文を読み始めてつまらないと感じたら、すぐに読むのを止める。
  6. 自分の研究に役立つ記事(例:英米の医療・社会保障改革)は、破るかコピーして、文献ファイル(今年分は「英語[論文]雑'05」)に入れる。私の友人の参考になりそうな記事は、その旨メール等で知らせる(大学の同僚の場合は、コピーを教員のポストに入れておく)。
  7. 時間的精神的に余裕がある場合には、面白い英単語や英語表現を「英単語帳」に転記する。その場合には、その単語・表現が使われていた文脈もごく簡単に書いておく(単語は黒字で、文脈は青字で)。その単語帳をいつも手帳に挟んでおき、適宜、ちょっとした空き時間に眺める。

7.私の好きな名言・警句の紹介(その10)ー研究者と競争、教育の視点等

※訂正:前号(13号16頁)で紹介した諏訪兼位氏の言葉「教授会が実質的であるためには…」は、氏が日本福祉大学学長時のものではなく、同大情報社会科学部長時のものです。

(0)最近知った名言・警句

(1)研究者と競争

(2)教育の視点、教育者としての自戒の言葉

(3)後継者・人材の育成と発掘

参考:私が毎年学生・院生向けに作成している「プロフィル」に書いている私の教育信条は、以下の3つです。

  1. 人権・人間の尊厳は平等だが能力は不平等(の人間観に立って、各人の能力を最大限伸ばす。特にレポートの添削指導を徹底)。
  2. 来る者拒まず去る者追わず(ベタベタした付き合いはしない)。
    ※ただし、誘われたコンパ(一次会)は(パトロンとして?)「皆出席」。
  3. 形式第一、内容第二(規律には厳しいが、思想や私生活には干渉しない)。
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