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日本協同組合学会第30回大会とレイドロー報告

「理事長のページ」 研究所ニュース No.32掲載分

中川雄一郎

発行日2010年10月31日


日本協同組合学会第30回大会が10月23日(土)・24日(日)の二日間にわたって佐賀大学本庄キャンパスで開催された。私にとって、この「第30回大会」が「佐賀大学本庄キャンパスで開催」されたことに関係した「忘れられない思い出」があるので、まずそのことに触れ、その後で今回の協同組合学会大会での私の「問題提起」について簡潔に言及することにしたい。

私は、1981年4月に日本大学経済学部で開催された「日本協同組合学会設立大会」に参加したのであるが、その時に感じた熱気を今でも思い出すことができる。とりわけ、座長を務められた―当時、佐賀大学農学部教授として農業協同組合運動の発展に貢献されていた―伊東勇夫先生(日本協同組合学会初代会長)の気魄は文字通り参加者の胸に迫るものがあった。共通論題は「現代社会における協同組合運動の役割」、報告者は山本修・石見尚・坂野百合勝の三先生方であった。

今では協同組合学会の関係者の誰もが知っている事実であるが、日本協同組合学会設立に大きなインパクトを与えたのは、アレグザンダー・F.レイドローが―世界の協同組合人のために著し―第27回ICA(国際協同組合同盟)モスクワ大会に提出し採択された報告書『西暦2000年における協同組合』(『レイドロー報告』)であった。そのことは、レイドロー報告の特徴の一つとして―レイドロー報告の第Ⅴ章で展開されている―「四つの優先分野」のなかの「第2優先分野:生産的労働のための協同組合」が取り上げられているように、設立大会でも石見報告を通じて「労働者協同組合」が取り上げられたことに見て取れるのである。にもかかわらず、設立大会のエピソードの一つとして私の脳裏の片隅に今でも時として現れるのだが、80年代に入ってもなお日本の協同組合人や協同組合研究者の一部は労働者協同組合(ワーカーズ・コープ)について「未だしの感」があった、と私は思っている。それでもその後、モンドラゴン協同組合の発展やイギリスをはじめ西ヨーロッパで展開されている労働者協同組合の歴史と現状を正確に認識しようとする協同組合人や研究者が次第に増えてきたのも、やはり『レイドロー報告』の影響があったからであろう。

翌82年10月、協同組合学会第2回大会が佐賀大学本庄キャンパスで開催された。共通論題は「協同組合原則と事業方式」で、座長が斎藤仁先生、報告者は武内哲夫・大谷正夫・生田(行)の三先生方であった。この大会についての私の記憶はむしろ武内先生の「協同組合原則」に関わる論点にあって、それらと関連する生協と農協の事業方式の議論についてはあまり思い出せないでいる。おそらく、その当時の私には「協同組合の事業経営」について理解しようとする姿勢が足りなかったのかもしれない。もう一つ、伊東先生から次の大会は明治大学で開催したい旨を聞かされたのだが、それについても今では瞬間的な場面しか思い出せないでいる。

それからおよそ30年の歳月が過ぎたのであるが、「第30回大会」に参加するために私は本当に久し振りに佐賀大学本庄キャンパスを訪れたのである。記憶のある校舎や施設それに校庭はもはやなくなっていたが、そのキャンパスの一角にある大講義室において今度は私が共通論題「『レイドロー報30年間』と現代協同組合運動:レイドロー報告のアプローチ」の座長を務めることになった。白武義治・大高研道・山口浩平・田中夏子の四先生方が報告者を務めてくださった。佐賀大学の白武先生以外の三先生は若い協同組合研究者である。

第3回大会は―伊東先生に依頼された通り―83年10月に明治大学(11号館)で開催された。共通論題は「協同組合思想の源流と展開」、座長は白井厚先生が務められ、報告者は黒澤清・中久保邦夫の二先生と私であった(私はイギリス協同組合思想について報告した)。伊東先生はこの大会で私たち若手の協同組合研究者に声をかけられ、以後数年にわたって協同組合思想を中心とする研究会を指導された。白石正彦、横川洋、中久保邦夫、堀越芳昭、村岡範男、佐藤誠、石塚秀雄それに私を加えた若手の協同組合研究者が伊東先生の下に集まり、協同組合の研究が続けられた。白石先生、横川先生、堀越先生、村岡先生それに私を含めたあの時の「若手」がその後、日本協同組合学会の会長を務めることになるのである。

さて、今回の第30回大会の位置づけであるが、それは、一言で言えば、「レイドロー報告から30年」を経た現在、レイドロー報告が提起した「四つの優先分野」について協同組合はどのように取り組んできたのか、とりわけ日本の協同組合陣営はどうであろうか、というものである。このような問題提起を私は比較的長い文章に認めた。文章が長くなった理由の一つは、本年5月に東京農業大学で開催された第29回春季研究大会で座長を務めた堀越先生が「レイドロー報告の歴史的意義と現代性」を強調されたことによる。言い換えれば、「レイドロー報告の歴史的意義と現代性」を正確に理解するためには、レイドロー報告の基本を成している「協同組合セクター論」を正確に理解しなければならず、また「レイドロー報告の特徴」を正確に捉えておく必要があったからである。後者についてはカナダのイアン・マクファーソン教授の指摘を参照し(「一世代を経て:『レイドロー報告』再考」『にじ』協同組合経営研究所、2010年春号、No.629.pp.5-23)、前者については拙稿「レイドロー報告の想像力:協同組合運動の持続可能性を求めて」(同上、pp.24-41)を参考にした。

マクファーソン教授は、レイドロー報告の特徴を7つにまとめ、そして7つ目にこう記した。「第Ⅴ章『将来の選択』はレイドロー報告の最も重要な部分である。すなわち、協同組合運動が満たすことのできる具体的ニーズは、(a)良質な食料の確保、(b)より良い雇用の促進、(c)持続可能性への来るべき問題への取り組み、(d)より良い地域コミュニティの建設であり、これらのニーズの上に協同組合運動が構築される」、と。そして私は、「グローバル化されている現在の経済-社会にとって依然として解決されずに残っている問題点を見据えている」―レイドロー報告に見られる―協同組合セクター論の「八つの視点」を示し、その上で、「レイドロー自身が協同組合運動に対し常にその解決策を問うてきた重要な経済-社会的な問題点」としての「四つの方法」を示唆しておいた。すなわち、(1)地球の諸資源を分け合う(分配する)方法、(2)誰が何を所有すべきかという(所有のあり方の)方法、(3)土地の果実と工業製品を分け合う(共有する)方法、そして(4)各人が必要とする部分を公正に得られるようにする経済-社会システムを整える方法、である。

レイドロー報告に見られる協同組合セクター論の特徴が、公的セクター(第1セクター)と私的セクター(第2セクター)の「二大権力」に対応し得る「民衆の力」(people force)を育成し、拡大していくために、協同組合セクター(第3セクター)を、人間的で合理的な原則に基づいて組織される「第三の力」(third force)、すなわち、強力な「拮抗力」(countervailing force)とみなし、協同組合運動が経済的、社会的な諸問題に対応し得るよう経済-社会的機能を十分に働かせることを可能としている点にある、ということを私は比較的詳しく論及しておいた。

そして私は、いつものように、レイドロー報告の第IV章・2「教育の軽視」に書かれているゲーテの言葉を引用して、私の「問題提起」とそれに対する「四つの報告」を締め括った。「人は、自分が理解しないものを自分のものとは思わない」(One does not possess what one does not comprehend)、これである。シンポジウムの内容の詳細は、後日出版される日本協同組合学会機関誌『協同組合研究』の「第30回大会特集号」を参照していただきたい。

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