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企業の内部留保をめぐって

「理事長のページ」 研究所ニュース No.26 掲載分

 角瀬保雄

発行日2009年05月15日


昨年来のアメリカ発の「金融危機」「世界同時不況」によって雇用、労働条件が大きな激動に見舞われました。それだけに労働運動の反撃も近年にないものでした。フランスのグルノーブルでは3月17日に広場、道路といわず街中が老若男女のデモ隊によって占拠された様子がネット動画によって広く紹介され、ご覧になった人も多いかと思います。またイギリスでも金融機関が群集によって襲われ、建物の窓ガラスが破壊される状況がTV の報道で伝えられました。これらと比べると日本でも近年にない盛り上がりがみられたとはいえ、世界とは大きな格差のあることを思い知らされました。春闘もいつの間にか収束の様子です。

こうしたなか今年の3月は、私にとっても近年になく忙しい、仕事に追われた月でした。労働運動サイドの原稿の注文やら学習会の依頼やらで、追いまくられました。さすがに疲れ果てました。その昔争議の支援で関係した沖電気の労働者とも30年ぶりに再会し、当時の講演が生きていることを確認することができました。また最近の状況をふまえた学習書を書いてほしいという要望を聞かされたりしましたが、もう私の出る幕ではないでしょう。若い世代の研究者にお願いするしかありません。私の考えは2005年に出版した『企業とは何か』(学習の友社)に示してありますので、ご参考にしていただければと思います。

ところで今回私に求められたテーマは「金融危機」および企業の内部留保の問題などでした。さすがに「金融危機」問題は手に余る大きなテーマであることをつくづく思い知らされました。なにしろ「百年に一度の津波」といわれるほどですから、人の一生の内で一度、経験するかどうかということになり、私たちはそれを今経験しているのです。それと比べると、内部留保問題は専門であり、30年のキャリアーを重ねて来た問題であるだけに手馴れたものでした。とはいえ大企業の会計もかなり複雑になってきており、消化するのが大変です。それでもたたかう立場にたって勘所をはずさなければまだまだ若いものには負けない自信があります。

こうして内部留保問題は営利企業の、それも大企業の問題であれば、比較的簡単に処理できます。しかし、ここに非営利・協同ということが入ってくると、問題は簡単ではなくなります。非営利・協同組織では寄付で成り立っているアメリカ型のNPOを別にすると、協同組合のような事業型の組織にとっては、収益の獲得、つまり剰余=利益の存在は組織の存立にとって欠かせない条件になります。営利企業では「目的」であったものが、非営利・協同組織では「手段」になるところがポイントといえます。これさえ外さなければ、収益の獲得の必要性は広く認められるものといえます。

P・F・ドラッカーは『新しい社会と新しい経営』のなかで、企業体が存続してその社会的機能を果たし得るには「事業を持続させる費用」が必要であり、「社会の目的と企業体の存続利益は相剋しない。」(75ページ)としています。利益とその内部留保は、事業を持続させるための必要費用となります。市場経済の中の存在として独立採算の企業体であることを認める限り、非営利・協同組織にとっても利益の存在は欠かすことが出来ない条件となるのです。これを無視したり、軽視することは自己を否定することに通じます。

私が非営利の世界に身を投じてから、いくつもの立派な理念をかかげたワーカーズコープが消滅しています。70年代にはパラマウント製靴共同社という労働者協同組合が消滅し、最近も倒産争議のなかから立ち上がった「アスラン」という出版ワーカーズコープが解散を余儀なくされています。出版不況に直撃され、市場競争において敗れさったといえます。相互扶助・協同の原理があれば、市場の競争原理を乗り越えることは簡単に出来ると思いがちですが、そんなものではありません。口先で相互扶助・協同の原理というだけでは、市場原理を克服することはできません。

中東欧の旧社会主義諸国や、現在、社会主義を目指している中南米の国々のきびしい経験は十分に返りみられなくてはならないでしょう。社会主義の平等原理と「豊かになれるものから豊かになる」という市場経済の原理との両立を目指す中国やヴトナムの前途はどうなるのでしょうか。日本の非営利・協同陣営では消費生協や農協は市場経済の中で一定の地歩を築き上げてきています。しかしこれとてけっして容易な道ではありませんでした。生存のためにはなりふり構わぬという側面もみられないではありません。新しい矛盾が生まれてきています。

非営利・協同組織ではありませんが、営利企業の集まりである中小企業家同友会の実践、経験も興味がありますが、最近では会員の減少で大変苦戦しているようです。グローバル化のなかの市場経済の坩堝・東京では必ずしも営利企業だからといっても上手くいっているとは限りません。それにつけてもアメリカのビッグスリーや日本の自動車、電機企業の凋落には目を見張るものがあります。派遣切り、期間工の整理解雇、賃金の大幅カットなど、あらゆる手段を動員して生き残りを追求しています。かつてはサービス残業が横行していましたが、現在では、残業せず帰宅するようにと管理職が職場を見回っているということです。

非営利・協同組織のなかでも、民間病院のなかにはかなり大規模なものがありますが、それらには労働組合も存在していないところが多いようです。働くものの犠牲的な奉仕の精神に依存しているものといえます。今年の4 月からの介護報酬の引き上げも焼け石に水で、効果はなきに等しいといわれています。こうしたなかで、現在の企業経営の特徴は、内部留保をめぐる攻防にあるということができます。

私が大企業の分析を盛んにやっていた70年代には、企業は株式の時価発行によって資本金の何倍もの資金をかき集め、資本準備金としてため込んでいました。さらに現在では、その資金を運用して儲けた剰余を利益剰余金としてため込んでいます。資本剰余金の何倍もの利益剰余金が蓄積されています。長時間過密労働の結果、膨大な内部留保が形成されています。そこで内部留保を吐き出して、雇用と生活の向上に向けろという要求が出てきたのです。

一方、大企業は、内部留保はすでに何らかの固定資産や在庫の保有に向けられているので、吐き出すことは出来ない、企業の存続が不可能になると弁解しています。2月24日の衆議院予算委員会でも川口均・日本自動車工業会労務委員長は、「今、多くの企業、自動車工業会傘下の企業あるいは自動車関連の諸企業において大変資金繰りに困窮する状況にありまして、内部留保を崩していくことは経営そのものが立ち行かないという形になります」と答弁しています。個別具体的に分析・解明していくことが必要になります。

しかし、経団連会長企業のキヤノンなどは不況のなかで内部留保を増大させてきており、その再配分が必要といえます。09年12月期の業績見通しは2年連続の減収減益が見込まれるとしていますが、07年12月31日と08年9月30日の内部留保を比較してみると、この間に内部留保は1525 億円も増えてきています(拙稿「内部留保の活用こそ正常な企業経営を可能にする」『前衛』2009年4月号)。

医療関連産業では武田薬品は、内部留保として利益剰余金を2兆2974億円もため込んでいて、それに見合う膨大な金融資産(現預金や有価証券)を保有していました。これを原資にアメリカのバイオベンチャーのミレニアム・ファーマシューティカルズをTOBし、9300億円で買収することになりました。内部留保は何のためにあるかを典型的に示すものといえます(拙稿「日本の医薬品産業と武田薬品工業」『立教経済学研究』09 年1月)。そしてその後も、成長が鈍化した米市場依存を脱却し、北欧・カナダへのグローバルな進出を進めようとしています。

最後に非営利・協同組織と内部留保の関係が問題となりますが、農協や消費生協は市場型の企業です。また大規模COOPと中小規模のCOOPとでは事情がかなり異なりますが、市場経済が支配的な今日、協同組合を企業ととらえ、どういう活動をしているかを問題とすることが必要になるといえます。財団、社団などの非営利団体もその事業内容を検討する必要がありますが、法的な営利・非営利規定と経済的な実体とは区別して、企業の自立性を問題にすべきといえるでしょう。また最近では社会貢献を目的とした社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)が注目されていますが、その場合の収益、剰余はどうなるのでしょうか。

非営利・協同組織でも市場経済のなかにある限り、倒産がありうるので、剰余の形成(=利益の獲得)や計画的な内部留保の必要性が問題になります。某医療生協の総代会へ向けた09 年度の重点課題には、「剰余をつくりだせる事業をつくります。」と、「事業収益の増加」が重視されています。中小になればなるほど経営の状況は厳しくなります。医療生協では剰余の分配がないので、こうして生み出された剰余はそっくり内部留保されることになりますが、内部留保されるほどの剰余は出るはずがないというのも真実です。こうして営利企業の内部留保と非営利企業の内部留保の区別と関連を明確にする必要がでてきます。非営利・協同組織にあっても、時に整理解雇が問題となることがあります。こうなると非営利・協同組織における出資、経営、労働の関係を本格的に論じなくてはならなくなりますが、そろそろ紙葉も尽きてきました。またの機会に譲ることにしたいと思います。

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