総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

最近の比較経営学会の動向

「理事長のページ」 研究所ニュース No.15 掲載分

 角瀬保雄

発行日2006年07月31日


昨年、NO.11号(2005年7月)のこのページで比較経営学会における非営利・協同組織研究の状況を紹介してからもう1年がたち、今年も学会シーズンが始まりました。そのトップを切って比較経営学会が、5月13日から14日にかけ名古屋の中京大学で開かれました。統一論題のテーマは昨年に引き続いて「企業と社会―比較経営学研究の新たな地平―」と設定されました。私は第一分科会「NPOとソーシャル・チェンジ」の司会役を勤めましたが、学会全体を通しての関心は、NPOよりも社会的企業に向けられたのが今年の特徴でした。世の常として新しいものを追っかけるのは学会もその例にもれません。塚本一郎氏(明治大学)の「英国の社会的企業:『営利』と『非営利』のハイブリッド」という報告が会場の参加者の関心を集めました。NPOから社会的企業(Social Enterprise)へ、というのが世の中の流れとなっています。私の見解はすでに昨年出版した『企業とは何か』(177~180ページ)において明らかにしてありますが、塚本氏の報告は現地イギリスでの実態調査に基づいてそれをより具体的かつ詳細に解明したもので、基本的に私の見解を裏づけるものといえます。

いま氏の報告から注目すべき点を示しますと、世界的に注目が高まっている社会的企業を伝統的な「非分配制約」アプローチを典型とする二分法的思考をこえた、「営利」と「非営利」のハイブリッドとしてとらえています。それは1980年代以降、NPOがその主要な資金源を、市場での財・サービスの販売や、政府や営利企業との「契約」を通じて得られる収入にますます依存するようになっており、NPOの「商業化」とビジネス・ライク化といわれます。一方で営利企業がステイクホルダーに配慮した経営を志向していく中で、営利セクターと非営利セクターとの境界がますますあいまいになりつつあるというのです。後者については、企業が社会的課題への関与を強めるCSRや社会的貢献の台頭にみることができるというのです。

こうして伝統的な非営利組織論や社会的経済論のアプローチでは十分に把握できない、新しい企業家精神に富んだ社会的企業の概念が必要とされてきます。それらは財の生産や市場へのサービスの提供に直接かかわっており、成長可能な取引事業体となり、営業上の利益を生み出すことを追求するとされます。そこでは当然、最低限のレベルの雇用労働が必要とされ、また一定の制限された範囲とはいえ利潤を分配できる組織も含まれているといわれます。その特徴の多くは協同組合型企業に見出されるとともに、伝統的な協同組合よりもコミュニティ全体への貢献志向が強いとみられています。

イギリスの貿易産業省(DTI)が実施したその実態の全国調査(2005)によると、その定義はきわめて包括的で、その法人形態は多様なものとなっています。保証有限責任会社(company limited by gurantee:CLG)、産業・共済組合(industrial and provident societies:IPS)、株式会社(company limited by shares:CLS)から法人格のない任意団体や登録チャリティまで含まれるとされます。最近では社会的企業を法的に認知する法人格として新にコミュニティ利益会社(community interest company:CIC)が会社法の改正(2004)を契機に導入されています。CICでは株式会社と非営利法人双方の「強み」を生かし、「弱み」を補うことで、事業性と社会貢献性の両立が企図されているとみられます。そこでは株式による資金調達も可能とされます。しかし、税制上のメリットがないため、既存の社会的企業がCICに移行するものはごくわずかにとどまっているとのことです。

塚本氏によれば、社会的業の意義は以下の4点に整理されるといわれます。

私は以前、「株式会社の協同組合化」と「協同組合の株式会社化」ということを唱えたことがありますが、社会的企業はそれへの一つの接近形態と見ることができるかもしれません。ともあれそれは「可能性における企業」で、将来的にどうなっていくかはいまだ未知数といえるでしょう。

また第三分科会では「医療経営とガバナンス」として、小島愛(明治大学大学院)「英国における病院経営とガバナンス―NHS Trustに焦点をあてて―」と鈴木学(愛知大学大学院)「医療における規制緩和」という二報告がありました。これまで大企業の経営にのみ関心のあった経営学の若手研究者が医療経営の問題と取り組み始めたしるしで、世の中の変化を示す動きといえるでしょう。いずれも医療制度改革と絡んだもので、前者は病院経営民営化や効率化が最終的に患者にいかなる影響を及ぼすことになるかその弊害を検討しており、病院におけるメディカル・ガバナンスの課題を指摘しています。後者はアングロサクソン型資本主義によって日本の医療分野がビジネス化していく実態を分析したものです。

こうして比較経営学会という学界の場においても、新自由主義の医療改革とのたたかいが進みだしたことが今年の注目すべき特徴ということができます。総研がこうした若手研究者との交流を広げていくことの重要性を痛感した次第です。

ところで小泉内閣は06年6月14日、医療改悪関連法案の採択を強行してしまいました。世間の良識や世論を無視し、「財政危機」の解決を最優先させ、その前には国民生活は「あとは野となれ山となれ」というのが小泉政治の本質といえます。さらに悪政は今回で終りというのではなく、ひき続く制度改革が考えられています。消費税の大幅引き上げをもって社会保障財源に充てるという目的税化が早速打ち出されています。私たちの非営利・協同の運動は改悪への事業面での対応とともに、国民的な連帯によってこれにストップをかける対抗力を強化することが求められています。こうした中で過日、総研の2006年度総会が無事終了しました。今年は2年目ごとの役員改選期にあたり、運動全体の人材配置の要請などから若干の理事、監事の交代が行われました。その結果、新執行体制では新陳代謝が図られたといえるでしょう。今年の活動の発展が期待されるところです。

憲法や医療をめぐる情勢は厳しさを加えております。私も後一頑張りしなければと思っているところです。

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし