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協同組合研究組織の連帯に寄せて

「理事長のページ」 研究所ニュース No.66掲載分

中川雄一郎

発行日2019年05月31日


 2019年5月14日、日本における協同組合運動の発展に大きく貢献するかもしれない「協同組合研究組織交流会」が、日本協同組合連携機構(JCA: Japan Co-operative Alliance)の進行により城南信用金庫本店講堂で開催された。紙上参加を含め北海道、長野、東京、神奈川、名古屋、滋賀、京都において協同組合運動並びに非営利・協同に基づく社会・経済・福祉運動に直接間接に関わる「くらし」・「仕事」・「健康」・「教育」等々を具体化する、すなわち一言で表現すれば「協同による多様な社会デザイン」を持続可能なものとして実体化していく方途を求めて23組織が一堂に会したのである。別言すれば、日本の協同組合組織や非営利・協同組織が相互に協力し協同することでそれぞれの持つ能力を発揮して「協同による多様な社会デザイン」を現実化し、実体化していこう、と最初の一歩を踏み出したのである。私は、交流会参加者の一人として、この「個人的行為の社会的文脈」を読み取ったことの意義を高く評価したい。なぜなら、この「交流」の所産としてのアイディア(idea)と根源的な実在としてのリアリティ(reality)は、「非営利と協同の持続可能性」を信奉する若き三名のステイクホルダーによってもたらされたからである。こうして「ヘーゲルのイデー」が整ったのである。

ところで私は、研究所紹介の際に言及されたある報告に突き動かされた。というのは、それは、「市民参加に基づく地域自立型社会を目指す運動の発展に資するために、独自のメディアを通して広く市民に情報発信する」ことの一つとして、例えば「在日特権を許さない市民の会」(在特会)がそうであるように、特定の人種・民族、国籍などの少数者ヘの差別を煽る表現や排外主義的な言動を行うヘイトスピーチにも反対することに触れていたからである。そしてその時に私は、「ドナルド・トランプ大統領のファシズム」を明らかにしたマイケル・ムーア監督の「華氏119」を想い起こすと同時に、たまたま私のファイルに挟まれていた朝日新聞(2019年4月20日(土)朝日新聞朝刊)から切り抜いた「読書」欄を持っていることを思い出し、急いで「大澤真幸(まさち)が読む『古典百名山』No.54」に目を通した。そこには「カール・ポランニー『大転換』」との著者名と書名の他に「新自由主義がもたらすものは」との題字とが付されている。そこで私は大澤氏の文章の大部分を読み上げた。

リーマン・ショック以降、本書が改めて注目されている。1980年代以来グローバル経済を導いてきた新自由主義に対する根底的批判を、1940年代前半に書かれた本書から読み取れることができるからだ。

ポランニーが問うているのは次のことだ。ヨーロッパの19世紀は平和と繁栄の時代だった。ところが20世紀初頭に、突然世界大戦が勃発し、その後ファシズムが登場した。この大転換はどうして生じたのか。

答えの鍵は「自己調整的市場」にある。個人が自由に自己利益を追求しうる開放的市場は、価格調整のメカニズムを通じて自動的に最もよい状態を実現する……これが自己調整的市場のヴィジョンだ。こう解説すれば気づくだろう。これは現在の新自由主義の理想と同じだ、と。
自己調整的市場の擁護者は、これを人間にとって自然な状態であると見なしている。だが自己調整的市場に適合的な人間、つまり無限に物質的利益を追求し、合理的な取引性向をもつ人間(経済人・ホモエコノミクス)は、はじめから存在しているわけではなく、様々な制度によって創られなければならない。本書では、産業革命期に、どのようにして自己調整的市場の理念をもつ社会が出現したかも説明される。

しかしポランニーの考えでは、自己調整的市場は空虚なユートピアだ。それは、国家を通じて、不可能なことを無理やり実現しようとした。例えば人間の労働の商品化を。だから自己調整的市場は想定通りには動かない。そこで想定に合わせようと逆に国家が介入する。ここから列強諸国の保護主義が、そして世界大戦が帰結した。ファシズムは市場の混乱に抗して、自由を抑圧してでも社会の連帯(民族)を守ろうとする運動だった。

ファシズムへの大転換の究極の原因は、伝統社会から自己調整的市場社会への大転換にあった。ポランニーのこの診断が、現在の新自由主義にも当てはまるとすればどうだろうか。私たちは今、さらなる大転換の手前にいることになる。

そして私は――マイケル・ムーア監督の「華氏119」を思い出しつつ――こう話し続けた:ポランニーのこの『大転換』の文脈から私は、ドナルド・トランプ大統領は単なる「ビジネスマン大統領」ではなく、アメリカ国家を代表して、想定通りに動かないアメリカの「自己調整的市場」を新自由主義の想定に合わせようと行動しているのであって、それ故、彼の保護主義の代名詞「アメリカ・ファースト」は、彼が自らを「私はファシストである」と断じているものでもあるのだ、と。

協同組合研究組織交流会を終えて帰路につくバスのなかで西都保健生活協同組合の西東京支部ニュースに挟まれていた「西都九条の会 映画会」のチラシがあることを思い出したので、私は、帰宅するやそのチラシを見て、「やはりそうか」とうなずいた。マイケル・ムーア監督は「この映画は、究極的にはファシズムについての映画だ。それも"21世紀のファシズム"だ」と強調しているのである。そして彼はこうも言っている。「この映画は日本にむけてのメッセージが多くこめられた映画だと思う。アメリカで起こっているようなことが日本で起こらないための警告だよ」。要するに、マイケル・ムーア監督にとって、「阿倍晋三首相もトランプ大統領と同様、ファシストなのだよ」ということかもしれない、と私は思った次第である。

諄(くど)いようだが、笹川かおり氏による映画インタビューに答えて述べているマイケル・ムーア監督の言葉をここに記しておこう。

トランプのような人間が、人を自分の味方につけ、社会を引き継ぐかたちをとっている。それも、人を強制するのではなく、「僕についてくれば、僕は君たちのためにこんなことができる」という形なんだ。非常に危険な事が起こっている。アメリカ以外の国でも同様なことが起こりつつある。そういう意味で、この映画は日本にむけてのメッセージが多くこめられた映画だと思う。アメリカで起こっているようなことが日本で起こらないための警告だよ。

最後に、映画会のチラシに書かれている主催者の中々に含蓄ある言葉の一部をここに書き足しておこう。

社会の問題を徹底追及した過去の作品群と違い、最新作「華氏119」では「21世紀のファシズム」と位置づけるトランプ政権とそれを支えている社会とどうたたかえばいいのか、どうすれば勝てるのか、ムーア自身が非常に悩み苦しみながら作品を創っていることがスクリーンから伝わってくる。そのなかで小さな小さな希望の火が少しずつ大きくなって広がっていく様子を追いながら、社会を変えはじめた希望の灯を力強く映し出していく作品となっている。

第38回日本協同組合学会春季大会(2019年5月25日開催)の特別講演の演題は「カール・ポランニーと社会連帯経済」(若森みどり・大阪市立大学教授)である。私にとって傾聴すべき価値ある演題である。

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