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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻191号)』(転載)

二木立

発行日2020年06月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

論文「コロナ危機後に日本の医療はどう変わるか?」『日本医事新報』2020年5月23日号に「緊急掲載」しました。
本「ニューレター」192号(2020年7月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌、または「WEB医事新報」掲載分(5月8日)をお読み下さい。
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14624
後者は、日本医事新報社の無料会員の登録をすれば、無料で読むことができます。
「WEB医事新報」のURLは以下の通りです。
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=14624


1. 論文:コロナ感染爆発のアメリカの大統領選挙と医療政策への影響を複眼的に予測する

(「二木教授の医療時評」(180) 『文化連情報』2020年6月号(507号):12-16頁)

はじめに

新型コロナウイルス感染症の患者・死亡者が世界で増え続けています。これが特に深刻なのはアメリカで、4月10日には患者数に続いて、死亡者数も世界最多となり、その後も患者数・死亡者数が増え続け、「感染爆発」の様相を示しています。この要因の一つとしてトランプ大統領の初期対応の遅れがあげられていますが、それに加えて、アメリカが高所得国で国民全体を対象にした公的医療保障制度がない唯一の国で、医療・健康格差が極めて大きいことも無視できません。

そこで今回は、アメリカでのコロナ感染爆発が本年11月の大統領選挙と今後の医療政策に与える影響を考えます。なお、新型コロナウイルス感染症拡大が日本の医療・社会保障政策に与える影響については、感染拡大が落ち着いた段階で、検討する予定です【注1】

「コロナ禍、米政治を左傾化」

私がこのことを考えるようになったきっかけは、ジャナン・ガネシュ氏(USポリティカル・コメンテーター)の論説「コロナ禍、米政治を左傾化」を読んだことです(1)

ガネシュ氏は、冒頭、かつて厳しい財政緊縮を主張していたロムニー共和党上院議員が、4月16日、新型コロナウイルスの感染拡大に対する経済対策として、すべての成人米国民への現金給付や有給休暇、失業保険、栄養支援プログラムの拡大を提案したことを示しました。それに続いて、同氏は「3月上旬には考えられなかったことだが、米政治はここへきて社会民主主義に近い政策が次々と飛び出してきている」ことに注意を喚起し、その理由として、「コロナ感染拡大という緊急事態の雰囲気が高まる中、[左派的な議論が]急に勢いを増している」ことをあげました。

私が注目したのは、それに続く、次の評価・予想です。「国民皆保険制度の導入については細かいところで議論がつまづきがちだが、今回の感染拡大で判明したのは、国民皆保険制度を導入しない限り、国民は誰も医療制度によって保護されていないに等しいという痛いほど単純な真実だ。米国でも皆保険制度が必要だと主張してきたサンダース氏の考えは異端視されてきたが、長く主張してきたおかげで認められることになったということだ。(中略)つまり今なら、国民のコンセンサスを得るまではできないとしても、もう少し大規模で積極的に経済や医療制度に関与する政府が必要だという考え方で合意できる可能性きる可能性はある。左派はこれまで様々なチャンスを逃してきたが、今回は失敗できない」。

フュックス教授の1991年の見通し

私は、ガネシュ氏のこの大胆な予想を読んで、アメリカの高名な医療経済学者フュックス教授が1991年に行った「アメリカにおける国民医療保険の見通し」を思い出しました。

教授は、まず、「アメリカが国民医療保険制度を持たない最後の主要先進国になった」以下の4つの理由をあげ、「国民医療保険実現の見通しは短期的には暗い」と述べました:①政府不信の長い伝統、②人口・民族構成の異質性、③非政府慈善組織がよく発達、④「高い地位に伴う義務感」(noblesse oblige)が希薄。

と同時に、教授は次のようにも述べました。「しかし、長期的には、国民皆保険は実現不可能とは決して言えない。保険加入者を拡大しつつ、医療費を抑制するという社会的必要が、国家を国民医療保険の方向に押して行くであろう。(中略)おそらく国民医療保険が米国で実現するのは、政治的環境が激変しているときであろう。そしてこのような変化は、戦争、不況、あるいは大規模な社会不安に伴って生じる」(2)

なお、フュックス教授が「アメリカが国民医療保険制度を持たない最後の国になった」4つの理由を最初に挙げたのは、1976年です(3)。教授は、2007年に発表した論説でも、以下のような見通しを述べました。「短期的に見ると、持続的で包括的な医療改革が実現する見通しはほとんどゼロである。(中略)中期的(今後5~10年の単位)に見ても、改革の見通しは五分五分である。ただし、重大な経済的、政治的、社会的、公衆衛生的危機が生じれば、改革の可能性は劇的に高まるであろう。長期的に見ると、大改革は避けられない」(4)

アメリカでは、その後も国民医療保険は実現していませんが、オバマ前大統領が2010年に成立させた医療保険制度改革(「患者保護並びに医療費負担適正化法」。通称「オバマケア」)は、2008年のリーマンショック(世界金融危機)がなければ実現し得なかったと思います【注2】

コロナ感染爆発が大統領選挙にあたえる影響

今回のアメリカにおけるコロナ感染爆発は、フュックス教授が指摘した「不況、あるいは大規模な社会不安」、「重大な経済的、政治的、社会的、公衆衛生的危機」と言えます。そこで、大分気が早いですが、コロナ感染爆発が大統領選挙に与える影響について「思考実験」をしてみます。

コロナ感染爆発がもたらす経済不況がリーマンショックを上回ることが確実視されていることを踏まえると、私は大統領選挙でトランプ大統領が再選されたとしても、オバマケアの廃止・縮小は困難だと考えます。

トランプ大統領は2017年の大統領就任後、オバマケアの廃絶を執拗に目指してきました。それは1期目には達成できませんでしたが、オバマケアの目玉の一つであった国民の保険加入義務化は2017年に廃止されました。それにより、オバマケア開始時の2010年の4860万人から2015-16年には2800万人にまで劇的に減少していた無保険者数(65歳未満)は、2017年以降わずかながらも増加に転じ、2018年には3000万人になっています(5)

トランプ大統領は、昨年まで、2期目にオバマケアの廃止に再挑戦する意志を示していましたが、コロナ感染爆発後はそのことに触れなくなっています。そのため、私はトランプ大統領が再選された場合にも、無保険者の大幅拡大、ひいては社会不安を招くオバマケア廃止や公的医療費の大幅削減はできないと思います。

逆に、もし民主党のバイデン候補が当選した場合には、左派のサンダース氏が主張していた(カナダ型)国民皆保険制度の成立は困難としても、オバマケアの大幅拡充が行われる可能性が大きいと思います。現に、バイデン氏は、サンダース氏の民主党大統領予備選からの撤退を受けて、サンダース氏の支持者を取り込むため、従来の政策を修正し、①メディケアの対象年齢を現行の65歳から60歳に引き下げ、②低所得層や中間層向けの学生ローンの一部免除の具体化に向けた検討にはいると表明しています(「日本経済新聞」4月11日朝刊)。

コロナ対策緊急予算は医療界の「大幸運」

実は、大統領選挙に先だって、感染爆発はすでにアメリカ政府の医療関連予算の大幅増額をもたらしています。アメリカでは、日本に先駆け、3月25日に総額2兆ドル(約220兆円。GDPの約1割)もの「緊急景気浮揚予算」が成立しました。しかし、日本ではそれに巨額の医療関連予算が含まれていることはほとんど報じられていないので、紹介します。

コロナウイルスの大幸運(bonanza):景気刺激策は医療産業に感染爆発とは直接関係しない巨額の資金を提供」。これは、カイザー・ヘルス・ニュースが3月30日に報じた記事の見出しで、そのポイントは以下の通りです(6)

<アメリカ議会でほぼ全会一致で可決されたコロナウイルス対応緊急景気浮揚予算は、全国の病院と医療ネットワークに、コロナウイルスの感染爆発対策とはほとんど関係ない巨額の棚ぼた補助金(windfall subsidies)やそれ以外の資金を与えた。

緊急景気浮揚予算は、病院とそれ以外の医療提供者がコロナウイルスにより失った収入やそれ以外の費用を補填する1000億ドル(11兆円)以上の緊急基金を含んでいる。同予算は、全国の医療品(人工呼吸器、医薬品、個人防護具等)を補充するための最大160億ドルの資金も用意している。医療産業はそれ以外にも、感染爆発には直接関係ない何十億ドルもの基金を得た。というのは議会が、当初連邦政府が2020-2021年度に予定していたメディケアとメディケイド支払額削減の停止に同意したからである。さらに、臨床検査や医療機器に対して予定されていた支払額削減も停止された。

このように、病院を中心とする医療産業は、緊急予算の交渉で大いなる勝利者(big winner)となっている。ただし、医療産業向けの1000億ドルの基金がどのように配分されるかはまだ決まっておらず、今後、相当の浪費や悪用が生じる可能性もあると言われている。>
HMOの草分けで、アメリカで社会的にも高い評価を受けているカイザー財団の広報紙がbonanza, windfall subsidies, big winner等のストレート(露骨)な表現を多用していることは、アメリカの医療界のこの予算への欣喜雀躍ぶりを現しています。

日本の「緊急経済対策」の医療関連予算は貧弱

安倍首相も、4月7日に史上最大と称する108兆円の「新型コロナ感染症緊急経済対策」(GDPの2割。ただし、新たな国の直接支出は18.6兆円)を閣議決定し、「取り組む施策」の第1に「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発」(1兆8097億円。財務省令和2年度補正予算の概要)が掲げられています。

しかも、この額の半分以上(約1兆円)は、他の経済対策にも使う「地方創生臨時交付金」であり、医療提供体制整備のための「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」は1490億円、それにマスク提供や治療薬の開発費用などを含めても約8000億円にとどまっています。

【注1】私の、リーマンショック時と東日本大震災時の将来予測

私は、2008年のリーマンショック直後に「世界同時不況と日本の医療・社会保障」を、2011年の東日本大震災・福島第一原発事故直後に「東日本大震災で医療・社会保障政策はどう変わるか?」を発表しました(7,8)。

前者では、次の3点を予測しました。①新自由主義的医療改革の復活はない、②社会保障費抑制の数値目標は見直される、③内需主導経済への転換で社会保障拡充の可能性。現時点で振り返ると、①と②は大枠では予測通りになったが、③はやや願望先行だったと判断しています。

後者では、大震災の影響を短期と長期(5~10年単位)に分け、まず「短期的には医療・社会保障改革の大半が棚上げ」されると予測しました。次いで、中長期的予測は①日本経済が復活するか否か、②国民の連帯意識が長期間続くか否かで変わると考え、3つのシナリオ-「バラ色シナリオ」、「地獄のシナリオ」、「中間シナリオ」-を示し、「『中間シナリオ』が実施される可能性」が強いと予測しました。現時点で振り返ると、私の予測は概ね妥当だったと判断しています。

コロナ感染拡大が日本の医療・社会保障に与える影響は、これら過去2回の予測とその検証を踏まえ、行いたいと思っています。

【注2】日本の国民皆保険の基礎も第二次大戦中に作られた

アメリカ以外の国に目を広げると、1948年に成立したイギリスのNHS(国民保健サービス)が第二次世界大戦の直接的産物であることはよく知られています。

実は、日本で1961年に成立した国民皆保険制度の基礎も第二次大戦中に準備されました。具体的には、戦時体制下の健兵健民政策に呼応して、1938年に創設された国民健康保険の普及体制が採られ、1942・43年頃には、町村部では98%、全体でみても95%の市町村に普通国民健康保険組合が設立されました。これは、1961年の国民皆保険達成との対比で「第1次皆保険の完遂」と言われることもあります(9)

文献

[本稿は『日本医事新報』2020年5月2日号に掲載した「コロナ感染爆発はアメリカの大統領選挙と医療政策にどう影響するか?」(「深層を読む・真相を解く」(967))に加筆したものです。]

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2. インタビュー:全世代型社会保障改革と地域医療構想を複眼的に考える

(『国際医薬品情報』2020年4月13日号:30-37頁)

政府は昨年12月に、「全世代型社会保障検討会議」の中間報告をとりまとめた。全世代型社会保障への改革は安倍内閣の最重要課題との位置づけであり、取りまとめをめぐる議論では、後期高齢者の窓口負担の引き上げや、外来時の定額負担の導入などが医療関連の論点となった。そのうち後期高齢者の窓口負担は、一定以上の所得がある人を対象に、現在の原則1割から2割に引き上げる方向で検討することで決着。「団塊の世代」の人たちが75歳以上になり始める22年度の初めまでに実施できるよう、検討会議と並行して社会保障審議会で枠組みを話し合うという。外来受診時の定額負担は、外来を受診する際、少額の新たな負担を患者から広く求める仕組みだ。財務省などが導入を強く主張したが結局、記載は見送られた。「受診抑制が起きかねない」などと日本医師会が強く反発したためで、その代わり、紹介状なしに「大病院」の外来を受診した患者から定額負担を徴収する従来の仕組みを大幅に拡大する方針を打ち出した。最終報告は今夏にまとめ、政府は国の経済財政運営の指針となる「骨太方針2020」で、社会保障関連の重点施策を掲げる。

一方、4月からスタートした診療報酬改定では「医療従事者の負担軽減、医師等の働き方改革の推進」を最重点課題に据えたうえで、▽医療機能の分化・強化、地域包括ケアシステム推進に貢献している医療機関の評価▽医療従事者の勤務環境改善に資する取り組み推進や要件緩和▽IT利活用の推進といった評価項目が前回同様引き続き盛り込まれた。

そこで今回、社会保障検討会議での論点や診療報酬改定が導こうとしている地域医療構想における医療提供体制の在り方について、医療政策の第一人者である日本福祉大学の二木立名誉教授に話をうかがった。

―― まずは、社会保障検討会議についての印象からお伺いします。同会議では、年金、医療、介護など社会保障制度全般の「給付と負担」のバランスの見直しを話し合ってきました。今後の改革の視点としては、応能負担の徹底とともに、「必要な財源確保を図ることを通じて、中長期的に受益と負担のバランスを確保する努力を継続していく必要がある」と述べていますが、財源をどのように確保するかの具体的な言及はありませんでした。

二木 中間報告で財源確保に関する具体的説明がない背景には、安倍首相が昨年7月の参議院議員選挙時に、消費税率の10%を超える引き上げは「今後10年間くらいは必要ない」と繰り返し明言し、社会保障拡充に不可欠な負担増の議論を封印したことがあります。安倍首相の発言は、形式的に言えば、消費税率を上げないと言っているだけですから、他の財源を確保することもあり得ますが、文脈からは「負担増をしない」と読み取れます。

私はこの点に関して、鈴木俊彦厚生労働省事務次官の1月19日に開催された「医療介護政策研究フォーラム2020年新春座談会」での基調講演での勇気ある発言に注目しています。鈴木事務次官は「全世代型社会保障改革を、新たな財源を確保することなしにゼロサムで行い、単純に高齢者から子ども・子育て支援にシフトすると、高齢者の生活が破綻し大変なことになる」と繰り返し強調・警告した上で「安倍首相は『消費税を上げる必要はない』と発言しているが、他の財源を確保する必要はないとは言っていない」と指摘しました。

中間とりまとめは、現役世代の負担上昇を抑えるために、高齢者の負担増を行うという「コスト・シフティング」に終始しています。しかし、2013年に安倍首相に提出された社会保障制度改革国民会議報告書は「全世代型の社会保障への転換は、世代間の財源の取り合いをするのではなく、それぞれに必要な財源を確保することによって達成を図っていく必要がある」と明記していました。鈴木事務次官の発言・警告は、この報告書の精神を体現しています。

―― 75歳以上の後期高齢者の医療費の窓口負担について、応能負担の観点から、一定の所得がある場合には2割負担とし、それ以外は1割とする、という方向性が示されたことに対して、どのように評価されますか。

二木 私は、以下の2つの理由から中所得の後期高齢者の窓口負担の2割化およびすでに実施されている高所得者の3割負担には反対です。

第1の理由は、私は「応能負担原則」は保険料や租税負担に適用されるのであり、サービスを受ける際は所得の多寡によらず平等に給付を受けるのが「社会保険の原則」と考えているからです。社会保障法研究の重鎮である堀勝洋氏も、「社会保険においては、『能力に応じて負担し、ニーズ(必要)に応じて給付する』という原則に従うのが望ましい」と明快に説明されています(1)

第2の理由は、とても「公平な負担」とは言えないからです。2017年度の国民医療費によれば、後期高齢者の1人当たり年間医療費は92.15万円で、65歳未満の18.70万円の4.92倍です。仮に2割負担を導入すると、年間自己負担額は65歳未満の5.6万円に対し、後期高齢者は18.4万円と、実に3.3倍となります(「平成29年度国民医療費の概況」。高額療養費制度は考慮しない粗い計算)。

そもそも、2割負担化による医療給付費総額の削減効果はかなり限定されると見ています。財務省は2割負担化を「原則」にしようとしていましたが、中間報告は「原則」とはせず、「長期にわたり頻繁に受診が必要な患者の高齢者の生活等に与える影響を見極め適切な配慮について、検討を行う」と書いています(10頁)。この配慮がなされれば、2割負担は中所得者の一部に限定されると思います。また、入院の場合は、高額療養費制度があるため、2割負担化しても自己負担はほとんど増えません。

私は、今後は、応能負担原則が適用される保険料や租税の賦課対象に金融資産も含める必要があると考えています。個人金融資産の約3分の2は高齢者に集中しており、これにより保険料・租税収入が相当増えることが期待できます。

―― 自由民主党社会保障制度調査会医療委員会が昨年11月に出した「今後の医療の「あるべき姿」に向けた視点」では、今後の検討の視点として①質が高く、効率的な医療の提供②負担能力に応じた負担③現役世代の負担増の抑制-を挙げていました。医療の質と、効率性とのせめぎ合いについて、どのように読まれましたか。そもそも、医療の質とアクセスおよび費用について、バランスの取れたコントロールはできるのでしょうか。

二木 委員会で示された第1の視点「質が高く効率的な医療の提供」は非常に重要です。これが今後、機械的で医療の質を引き下げる医療費抑制政策導入に対する強力な歯止めになるからです。「良質で効率的な医療」は、1987年の厚生省「国民医療総合対策本部中間報告」で最初に登場して以降30余年にわたり、厚生労働省文書と政府文書ではこの複眼的表現が踏襲されてきました。それが自民党で再確認されたということです。

それに対して、厚生労働省医政局が昨年9月に公表した「地域医療構想の実現に向けて」で、地域医療構想の目的を「地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築すること」と述べ、従来の文書では必ず「効率的」とワンセットで書かれていた「質の良い(高い)医療」という表現を削除したのは非常に重大です。これは厚生労働省の方針変更ではなく、担当者のケアレスミスのようですが、その後、公式の訂正はありません。

第2の視点「負担能力に応じた負担」については、一見当然のように見えますが、それは前述の通りあくまで租税・社会保険料負担に限定されるべきで、医療機関受診時の窓口負担・一部負担に適用すべきではありません。社会保険の原則に忠実な人は皆同じように主張しています。

第3の視点「現役世代の負担増の抑制」は不可能で、リップサービスです。なぜなら、日本でも諸外国でも、医療費の伸び率は長期的には経済・GDPの伸び率を上回ることが確認されており、それを高齢者のみの負担増で賄うことは不可能だからです。

医療政策の3大目標である質・アクセス・費用抑制(効率化)の3つを同時に満たすことはできないというトリレンマ説は、一部の医療政策研究者や医療関係者の間では自明のことと思われていますが、私自身はその妥当性について以前から疑問を持っていました。そこで医療政策の目標に関する日本語・英語文献について幅広く調べるとともに、トリレンマ説の妥当性についての「思考実験」を重ねました。その結果、①トリレンマ説は「詠み人知らず」の通説・俗説で、明確な根拠を示した文献はない②トリレンマ説に対する「反証」はいくつも存在する③医療政策の目標には上記3つ以外にも、さまざまなものが提案されている-ということが分かりました(2)

「反証」について示しますと、第1に、日本は、人口高齢化率が世界一高くなる以前は、①医療の質(平均寿命や乳児死亡率は世界トップ水準)②アクセス(国民皆保険制度により、医療機関を自由に受診できる)③医療費(総医療費の対GDP比は高所得国中最低水準)の3点で、国際的な「優等生」と評価されていました。

第2に、歴史的に見ると、「高度技術」(トーマス)・「本質的技術」(川上武)では、医療の質の向上とアクセスの改善、医療費の抑制の3つは並立してきました。ここで高度技術・本質的技術とは、疾病のメカニズムの完全な理解の上に生まれてくる疾病の根治的技術であり、その特徴はそれにより医療費が抑制されることとされています(3,4)。

その代表例は結核に対する抗生物質です。結核は第二次大戦前~敗戦直後は死因第一位の「国民病」で、結核医療費は医療保険財政を大きく圧迫していました。しかし、1950年代以降、抗生物質の進歩・普及および公衆衛生・栄養状態等の改善により、患者数と結核医療費は激減しました。

第3に、このような高度技術・本質的技術が開発される以前でも、医療技術の提供システムを改革することにより、3つの目標を同時達成することは可能です。古い例で恐縮ですが、私は、1983年に、当時勤務していた東京・代々木病院での脳卒中早期リハビリテーションの実績に基づいて、「脳卒中医療・リハビリテーションの施設間連携モデル」を作成し、一般病院に入院した脳卒中患者に対して入院直後から急性期医療と同時にリハビリテーション医療を開始すると共に、一般病院とリハビリテーション専門病院や長期療養施設との施設間連携を行うことにより、患者の歩行能力向上や自宅退院率上昇等の医学的効果と医療費抑制の両方を実現できることを<理論的>に示しました。このモデルでは在院日数も大幅に短縮できるため、同じ病床数でより多くの患者を受け入れることができ、入院「アクセス」も改善します(5)。

そもそも日本では、医療のアクセスは国民皆保険制度により保障されています。その上で、質と費用をどう調整するかが議論されているのです。この3つが医療のトリレンマたり得るのは、医療を「私的財」と見なし、医師・医療機関、医療保険にも選択の自由が及ぶ米国だけです。

ただし、医療技術の進歩および高齢者数の増加に対して、医療費水準(対GDP比)を固定したままでバランス良くコントロールするのは困難と思います。医療費をGDPの伸びをやや上回る程度に伸ばしていけばこの3つのバランスを取ることは可能です。

―― 医療の質とアクセス・費用とのせめぎあいに関連して、医薬品分野でも、技術の進歩とともに、革新的な薬剤が抗がん剤や希少疾病薬の分野で登場してきています。皆保険制度や高額療養費制度の下、高額薬剤の負担は国の医療財政に向かいますが、医療財政における薬剤費をどう位置付けていくべきと思われますか。

二木 高額薬剤費問題は、2016年に突発した「オプジーボ狂想曲」への対応で、理論的にも、政策的にも、基本的に解決したと考えています。理論的解決として、私は2016年に「國頭医師のオプジーボ亡国論を複眼的に評価する」で、結核医療費と血液透析医療費の抑制の歴史を分析し、「今後、新医薬品・医療技術の価格の適正な値付けと適正利用を推進すれば、技術進歩と国民皆保険は両立できる」と結論づけました(6)。

結核医療費については、先の質問で回答したとおりです。

慢性腎不全患者に対する透析医療は、1972年の更生医療適用と1973年の高額療養費制度発足による患者負担の引き下げ、および透析医療費の高点数設定により急速に普及し、患者数は1970年の949人から1980年の3万6397人へとわずか10年間で38.4倍に激増しました。それに伴い、1970年代後半から透析医療費は「高額医療費」の代表と見なされるようになり、厚生省は1978年と1981年の診療報酬改定で、透析技術料・ダイアライザー償還価格をそれぞれ20~30%引き下げました。これにより、外来透析患者の1人当たり年間医療費(注射・検査・診察等を含む)は1977年(以前)の約1000万円から、1978年の約800万円、さらに1981年には約600万円へとわずか4年間で4割も引き下げられました。それ以降も、ほとんど毎回の診療報酬改定で、透析医療費は引き下げられた結果、2002年以降は480万円(月約40万円)にほぼ固定されています。

それにもかかわらず透析患者数は1980年の3万6397人から2010年の29万8252人へと30年間で8.8倍に増加しています。これは同じ期間に患者総数が7%しか増えていないのと対照的です。しかし、上述した透析医療費の抑制により、透析医療費の国民医療費に対する割合は2013年でも3.8%で、40年前の水準(1980年4.8%)を下回っています。

2010年以降は透析患者数の年間増加はそれ以前の約1万人から約5000人へと半減しており、透析医療費の国民医療費に対する割合が今後急増しないのはほぼ確実です。

以上2つの疾患・療法の医療費の歴史的経験を踏まえれば、オプジーボ等の高額医薬品の費用も政策的に制御可能であり、新医薬品・医療技術価格の適正な値付けと適正利用を推進すれば、技術進歩と国民皆保険制度は両立できると考えます。

政策的解決として、2016年頃は薬剤費の高騰が注目され、実際に「2015年概算医療費」は3.8%も増加し、それの主因が調剤医療費の高騰(9.4%)とされました。しかし、厚生労働省の機敏な薬価引き下げにより、2016年度の伸びは0.4%減となり、2017、2018年のそれも2.3%増、0.8%増に留まっています。オプジーボの薬価は短期間で4分の1に引き下げられました。私は2018年度の薬価制度改革により、新薬・新医療機器の価格は「アンダー・コントロール」になったと思いますし、その一環であり、2019年度から本格導入された医薬品等の費用対効果評価制度も高く評価しています。ここで大事なのは、この制度は、厚生労働省が公式に認めているようにあくまで精緻な「既存制度の補完」であるということです。

その後も、オプジーボを上回る超高額薬剤が保険収載されつつありますが、それらの対象患者はごく限定されているため、上述した「価格の適正な値付けと適正利用を推進すれば、技術進歩と国民皆保険は両立できる」と考えます。なぜなら「医薬品費総額=価格×回数」だからです。

ここで見落としてならないのは人件費と異なり、医薬品を含めた「物」の値段は技術進歩により急速に低下することです。例えば、一人分のゲノム解析コストは、2006年の1400万ドルから10年間で1000ドル前後まで下がり、今や100ドルを切る水準が視野に入っています(7)。旧聞に属しますが、エイズ治療薬の価格も劇的に低下しました。

―― ただ、後出しじゃんけんのようなルール変更で薬価制度に予見可能性がないと、製薬企業も経営計画を立てられないのではないですか。

二木 製薬企業は薬価申請時に、販売予定数量を出します。その予定数量で適正利潤があるように値付けをするわけですから、販売数量が著しく大きくなったときに下げるのは当たり前ではないですか。オプジーボが4分の1に下げられても、小野薬品は健全経営でしょう。売れない薬を値下げするということではなく、予定以上に売れた薬をルールに基づいて下げることは、合理的です。

日本の医療費総額に対する薬剤費割合は80年代以降2割程度で推移しており、今後もこの水準が劇的に変わることはないでしょう。
慶應義塾大学大学院の中村洋教授は16年5月、この誌面に寄せた提言で、高薬価型新薬の研究開発のみに依存したビジネスモデルの限界を指摘し、薬剤費上昇抑制策に対する耐性を持つ企業への脱皮を提言していました。それが正論だと思います(8)。

―― 次に、診療報酬改定の内容を踏まえ、医療政策の課題についてお聞きします。

今回の診療報酬改定でも質の高い在宅医療・訪問介護の確保に向けた評価を高めています。先生は在宅医療の推進は医療コストの削減に繋がらないことを長年指摘されています。在宅医療の課題はどこにあるのでしょうか。

二木 在宅医療、正確に言えば「在宅ケア」と医療費との関連については1970年代から論争が続いていました。1980年代前半までは、日本だけでなく欧米においても、在宅ケアは安いと見られていました。しかしそれは、家族介護をタダと見なしていたからです。

家族介護などのシャドープライスを正しく経済評価するようになった現在では、在宅ケアが医療費抑制に繋がらないこと、少なくとも重度の患者・障害者ではむしろ費用が高くなることは、学問的にも、政策的にも決着しており、厚生労働省高官(技官)も率直に認めています(9)。

ですから厚生労働省も、医療費抑制のために在宅ケアを推進しますとは絶対に言いません。在宅ケアの基本は、患者本人の意向を最大限に尊重して、彼らのQOLを高めることだと思います。なぜ「最大限」という限定表現を付けるかと言いますと、日本の介護保険制度では、一人暮らしの自宅ケアや自宅での看取りは、一部の例外を除いて困難であり、家族介護も必要となってくるため、本人の意向だけで、同居又は同居していない家族の意向を無視することはできないからです。なお、「在宅ひとり死」を精力的に提唱している上野千鶴子氏は「家族がいなくても独居者の在宅看取りは可能」としつつ、「現状ではまだまだハードルが高い。看取りの司令塔となってくれる人々-親しい友人や、非常に強いコミットメントをしてくれるカリスマ的な医師や看護師、ケアマネさんや介護職――そうした人的資源に恵まれた人だけが独居の看取りが可能な状況」と認めています(10)。

地域医療構想は病床削減計画とイコールではありません。慢性期患者にはどこまで在宅で見るのか、どこまで療養病床等で見るのかを考えなさいというものです。ただし、自宅ケアと施設ケアは地域差が非常に大きいことに注意が必要です。人口が密集し、医療・介護職の移動時間が短い都市部では、自宅ケアが非効率で「集住」が効率的とは必ずしも言えません。私は1985年に日本福祉大学に赴任した後も、古巣の渋谷区・代々木病院で2004年まで訪問診療を続けていましたが、半日で10人以上回り、病院経営にも貢献していました。それに対して、日本福祉大学大学院が毎年フィールド調査をしている長野県・佐久総合病院では半日に1~2件の訪問がやっとです。

以上のことから私は、地域ごとに、病院・入所施設、サ高住(サービス付き高齢者向け住宅)・有料老人ホーム等の居住系施設、自宅ケアの「最適ミックス」を検討する必要があり、これは地域医療構想の重要な課題でもあると思います。もちろん、その前提は患者・利用者の選択です。

今後の在宅ケアを考えるに当たり、厚生労働省の政策で見落としてはならないことが2つあります。1つは、現在の厚生労働省は「在宅至上(原理)主義」ではないことです。2012年より前は、狭義での在宅での看取りを強調していましたが、2012年以降の在宅ケアの目標は「居宅生活の限界点を高める」ことに変わっています(12)。

要介護者が介護保険や医療保険を使って自宅療養し、いよいよ終末期になった場合にはそのまま自宅で最期を迎えるのでも、病院や施設に入って死亡するのでも構わない、それは本人・家族が選んで良いと認めているのです。これは合理的で正しいと思います。

もう1つは、厚生労働省は、地域包括ケアを進めても今後の(老健や特養などが入らない狭義の)自宅死亡割合は増加しない=現在と同じく2030年にも12%に留まると推計していることです(13)。これは鈴木康裕医務技監が老健課長だった時に発表された数値で、厚生労働省も狭義の自宅死亡割合を高めることは困難と認識していると推察します。誤解のないように付け加えますと、これは率ですから、絶対数は増えますが、自宅が中心になることはないでしょう。

―― どうして12%に留まると推計されるのでしょうか。

二木 医療や介護のサービスが充実する一方で、今まで頼りにしてきた家族介護力が低下してきているからでしょう。一人暮らし高齢者や高齢夫婦のみの世帯は今後も増えていきます。しかし先ほども述べたように、高齢者のみの世帯の自宅での看取りは、ごく一握りの人たちを除けば難しい。在宅原理主義のような医師達も、最近ではあまり見かけなくなりました。

―― 地域によって、都市部と農村部では差があるというお話でした。これからの在宅ケアを考えるとき、集住はどう考えますか。

二木 大事なのは、どのエリアで考えるかと言うことです。国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授はかつて、大都市圏では後期高齢者が激増し、病床数が足りなくなる一方で、地方では後期高齢者は増えず、若者も減少することから、大都市圏、特に東京圏の高齢者を地方(東京圏外)に移住させるべきと提言していました。しかしそれは老健(介護老人保健施設)、特養(特別養護老人ホーム)、療養型病床といった公的な高齢者施設だけを念頭に置いた研究だったからで、高橋教授らの最近の研究によると、有料老人ホームやサ高住、ケアハウスなどを全て含めれば都道府県別の差はほとんど見られません(11)。地域ブロック単位で見れば、介護難民発生はほとんど生じないと思います。

―― 地域の救急医療体制における重要な機能を担う医療機関に対する評価を高めています。一方で、病床数削減により病院経営が厳しくなるとか、ニーズが偏在しているのに一律診療報酬で評価するのは難しいとか言われます。入院医療の機能分担のあり方をどう考えておられますか。医療ニーズの偏在への対応、病床数削減の医療費への影響をどう捉えればいいのでしょうか。

二木 まずは「地域医療構想」の原点に戻る必要があります。地域医療構想の本来の趣旨は、都道府県・「構想区域」(旧・第二次医療圏)単位で、関係者が自主的に計画を作成・実行することです。私は、「高度急性期」病床の削減(集約化)は当然だが、今後、(特に元気な)高齢者が急増することを踏まえると、一般「急性期」病床を大幅に削減することは不可能・不必要と判断しています(14)。

地域医療構想が発表された2015年、政府の社会保障制度改革推進本部「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」が取りまとめた「第1次報告-医療機能別病床数の推計および地域医療構想の策定に当たって」に含まれていた「2025年の医療機能別必要病床数の推計結果」によると、「現状」(2013年)の病床数は134.7万床(医療施設調査)、「2025年の必要病床数(目指すべき姿)」は115~119万床とされました。両者の差は15.7~19.7万床であり、それを新聞各紙は「最大20万削減」とセンセーショナルに報じたのです。

2019年9月に厚生労働省が再編・統合の検討が必要とする424の公立・公的病院の実名公表に踏み切ると、複数の新聞はこれに合わせて2025年までに「5万床削減」と報じました。このときの「5万床削減」の出所は2019年5月の内閣府・経済財政一体改革推進委員会第32回社会保障ワーキング・グループに、厚生労働省が提出した資料「地域医療構想と全国保健医療情報ネットワークについて」の「病床機能ごとの病床数の推移」であると推定できます。ここでは2018年の病床数(病床機能報告)が124.6万床とされています。それに対し、「2025年の病床の必要量」は119.1万床であり、その差が5.5万床になるのです。

仮に今後5万床削減が目指されているとしたら、現在約13.1万床ある介護療養病床と医療療養病床(25対1)の大半が2023年度末までに「介護医療院」に移行し、制度上は病院病床でなくなることを考慮すると、5万床の病床削減はごく自然に「超過達成」できることになります。
ここで注意すべきことが2点あります。1つは、厚労省は2015年も、2019年も、2025年の「必要病床数」を示すだけで、具体的な病床削減目標を示していないことです。これは、地域医療構想においては、各都道府県で関係者の「協議」を踏まえて、構想区域ごとの必要病床数(総数、病床機能別病床数)を決定するとされている以上当然です。上述の「20万床削減」「5万床削減」報道は、地域医療構想の趣旨を踏まえていないフライング、厳しく言えば誤報と言えます。

もう1つは、官邸や経済財政諮問会議(民間議員)は、病床削減により入院医療費を大幅に削減できると期待しているようですが、厚生労働省は病床削減による入院医療費削減「効果」に全く言及していないことです。

高度急性期・急性期病床の1日当たり平均入院医療費を5万円とすると(「平成29年度病院機能別制度別医療費等の状況」の「一般病床のみの病院」の1日当たり入院医療費)、それらが20万床削減されると仮定した場合の削減額は5万円×365日×20万床=3.65兆円となります。

ただし、20万床の高度急性期・急性期病床はなくなるのではなく、大半が回復期病床(地域包括ケア病棟や回復期リハビリテーション病棟等)に移行します。それら病床の1日当たり入院医療費が約3~3.5万円であることを考えると、削減額は上記の半分以下になります。さらに、既存の高度急性期・急性期病院の統合により病床数が削減される場合には、医療機能の向上により、統合病院の1日当たり入院医療費は大幅に増加します。そのため、高度急性期・急性期病床全体の入院医療費は大きくは減らず、逆に増加する可能性も十分にあります。

好例が山形県酒田市の県立病院と市立病院の統合です。2008年に県立日本海病院と市立酒田病院を再編統合し、旧県立病院は急性期に特化し(日本海総合病院)、旧市立病院は回復期・慢性期を中心に担うよう機能分化しました。両病院を合わせた病床数は2005年の928床から2011年には760床に減少しました。2019年2月の地域医療構想ワーキング・グループに提示された資料によると、日本海総合病院の財務指標を統合前(2007年)と統合後(2017年)で比較すると1日当たり入院単価は3万9373円から6万8113円に、外来単価は8957円から1万5276円に増えました。

経常収益は100億円から201億円に倍加しており、病院機能を分化・集約化することで病院経営改善に成功しました。この事例は、統合の本来の目的は、医師・医療従事医者の集約による医療の質の向上であり、入院医療費削減ではないことを良く表していると思います。

―― 2016年の診療報酬改定から外来医療の機能分化の推進が図られていますが、診療報酬改定をめぐる議論では、何年かおきに必ず外来診療報酬の一部包括化が議論のテーマにあがります。この外来診療包括化について、医療費へのインパクトをどう考えますでしょうか。

二木 日本と米国で分けて考えます。米国ではACO(Accountable Care Organization)の制度はオバマケアで導入されました。メディケア患者に対して入院、外来、在宅のサービスを包括的に提供し、予定よりも医療費が安くなれば、安くなった分の利益の一部を医療機関が受け取ることができます。外来医療を充実させて入院・再入院を減らすことで、総医療費の抑制を目指す仕組みです。

当初は日本でも導入すべきだという議論が一部で起こり、2015年には財務省の財務総合政策研究所からも「アメリカACO:仕組み、効果、課題」と題する調査報告が出されましたが、今日までに、ACOによる医療費抑制効果を証明した学術論文は出ていません。ACOによる医療費抑制は薬の世界で言う「3た論法」のレベルで、前後関係と因果関係を混同しています。

包括払いに関してまず一般論で言うと、包括化は必ずしも医療費削減はもたらさず、特に包括化促進のために医師・病院に経済的インセンティブを付けた場合には、逆に増加する可能性が大きいと言えます。

具体例として、包括化を導入した回復期リハビリテーション病棟入院料、地域包括ケア病棟入院料の医療費はどんどん増えています。これは、一般急性期病床入院料より高い値付けをしているからです。DPC包括払いでもそうです。もちろん、医療の質を抜きにして機械的に下げるのなら下がりますが、良質で効率的な医療という建前がありますから、医療の質を抜きにして機械的に費用を下げることはできません。

その上で、外来医療の機能分化は、内閣府、経済財政諮問会議の指示で医政局でも検討が始まっているようですが、まだ明確な方針は示されていません。たとえ方針が出されても、日本医師会は全面的な包括化はもちろん大幅な包括化にも強く反対するでしょうし、包括化による医療費抑制効果も望めないため、包括化は特定の疾患(群)や診療場面に限定されると思います。

―― 最後に、最近は医療費抑制政策として、医療の無駄の削減や予防医療の推進といった視点が注目されています。このような取り組みについてどのように評価されておりますでしょうか。

二木 予防医療推進で医療費を抑制できるとの言説発信源は経済財政諮問会議と経済産業省です。彼らは、健康寿命を延ばして平均寿命と健康寿命の差(不健康な期間)を短縮させることによって医療費を削減できると主張しますが、予防医療に健康増進効果があるとしても、健康増進によって累積・生涯医療費はむしろ高くなってしまうことは、私を含めた医療経済学の研究者の間で意見が完全に一致していますし、厚労省も認めています。

予防によって唯一健康増進効果と費用抑制効果が証明されているのが禁煙です。オランダの研究では、短期的には禁煙によって健康状態が改善し医療費は下がりますが、長生きをすることによる生涯累積医療費は、大体禁煙後15年くらいで追い抜きます。

予防医療を重視し健康寿命延伸を目指すことには、それが国民への強制・ペナルティを伴わない限り、私も賛成です。ただし医療費抑制とは分けて考えるべきです。

医療の無駄に関しては、過剰医療の削減は当然ですが、それと過小医療の是正はセットで行う必要があり、その場合は全体として医療費が増える可能性もあります。少し古い調査ですが、日本医療政策機構が行った「日本の医療に関する2007年世論調査」では、低所得・低資産層の40%、高所得・高資産層でも16%が、過去1年の間に、費用がかかるという理由で(具合が悪いところがあるのに)医療を受けることを控えたことがある」と回答しています。これは過小医療の最たるものです。

(このインタビューは2月25日に行いました)

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算171回)(2020年分その3:8論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカの]医療システム[病院・医師グループ]の2017-2019年の健康の社会的決定要因への投資を分野別に数値化する
Horwitz LI, et al: Quantifying health system's investment in social determinants of health, by sector, 2017-19. Health Affairs 39(2):192-198,2020[実態調査]

過去10年間、健康の社会的決定要因が健康アウトカムに与える重要性の理解が進んでいる。しかし、アメリカの「医療システム」(後述)が社会的決定要因に対処するコミュニティプログラムにどの程度投資しているかは不明である(この投資には、患者スクリーニングや患者紹介(referral)は含まない)。そこで、アメリカの医療システムが2017年1月~2019年11月に健康の社会的決定要因に対して行った直接的財政投資に係る新しいプログラムについての公開データを探索した。ここで「医療システム」はAHRQ(保健福祉省医療研究・品質庁)の定義に従って、最低限1つの病院と1つのグループ診療を含み、それらが包括的な医療を提供し、共同所有(common ownership)または共同管理(joint management)で結合されているものとした。アメリカには2016年に医療システムが626存在して、3513病院を擁し、これは非連邦立急性期病院4749の74.0%に当たる。

すべての医療システム(以下、システム)の公開資料を調査したところ、57(9.1%)が健康の社会的決定要因に投資していると報告し、その金額を公表していた。これらシステムは、1システム当たり平均で、14.3病院、2626床を有し、社会的要因に投資していないシステム(それぞれ4.8病院、799床)よりはるかに大規模であった。57システム開設者は、41が非宗教系非営利組織、14が宗教系非営利組織(主としてカトリック)、2つが公立であり、営利組織はなかった。以下、これら57システムの健康の社会的決定要因投資について述べる。

57システムは合計79の独自プログラムを有し、述べ917病院がそれを行っていた。プログラムには、直近2年間に、少なくとも25億ドル(2750億円:1ドル110円換算)のシステムの基金が用いられており、そのうち52プログラムの160億ドルが居住(住宅やコミュニティセンターの建設)に焦点化した活動に関わっていた。それ以外の焦点化された領域は雇用(28プログラム、11億ドル)、教育(14プログラム、4億7640万ドル)、食品安全(食料品店へのアクセスが困難な患者・地域への果物・野菜提供。25プログラム、2億9420万ドル)、社会・地域関連(13プログラム、2億5310万ドル)、輸送(医師受診のため。6プログラム、3200億円)であった。以上から、医療システムは健康の社会的決定要因に相当の投資をしていることが明らかになった。ただし、これらの投資はまだ医療システムの投資全体のごく一部にすぎなかった。

二木コメント-アメリカの医療政策、医学・医療界では、健康の社会的決定要因の研究・実践がブームになっているようですが、医療システムのそれへの投資の全体像を調査したのはこれが最初と思います。この論文を読むと、アメリカの「医療システム」の1割が、狭い医療の枠を超えて、健康の社会的決定要因またはコミュニティケアプログラムへの投資を行っていることが分かります。ただし逆に、9割の「医療システム」はまだそれを(少なくとも、対外的に広報するほどには)行っていないとも言えます。このことは、日本でも地域づくりに積極的に取り組んでいる病院や保健・医療・福祉複合体がまだ少数なことと似ていると感じました。

なお、Health Affairs 2020年2月号はInvesting in social determinants([健康の]社会的決定要因への投資)を特集(の1つと)し、本論文を含めて5論文を掲載しています。その中には、健康の社会経済的要因に対する投資は「投資利益率」が高く、メディケイド支払い者(国と州)に、1年間で平均して1ドルの投資当たり2.47ドルの利益を生むとの、なんともアメリカらしい「エビデンスに基づく」論文も含まれています(Kangovi S, et al: Evidence-based community health worker program addresses unmet social needs and generates positive return on investment. Health Affairs 39(2):207-213)。

【追記】Health Affairs 2020年4月号もIntegrating social services & health(社会サービスと医療サービスの統合)の大特集を組み、18論文を掲載しており、健康の社会的決定要因の研究者必読と思います。この特集で私が注目したのは、居住確保の取り組みの実験(ランダム化比較試験!)や実践を報告した3論文を掲載していることです。全論文の要旨は、Web上に公開されており、一部の論文は無料で閲覧できます。

○[アメリカにおける]医療過誤訴訟と医療の質-文献レビュー
Mello MM, et al: Malpractice liability and health care quality. JAMA 323(4):352-366,2020[文献レビュー]

不法行為責任は次の3つの機能を果たすことを意図している:過失により危害を受けた患者に補償する、矯正的正義を実現する、過失を抑止する。抑止(deterrence)は、理論的には、臨床医がもし過失により患者に危害を加えた場合には不利な結果が生じうることを知ることで生じる。本研究の目的は医療過誤訴訟リスク(臨床医が訴えられ、賠償金を支払う危険に直面する程度)と医療の質・安全との関連についての実証的知見をレビューすることである。複数のデータベースを用いて、1990年1月~2019年11月までに公表された文献で、医療訴訟リスク尺度と、健康アウトカムまたは医療の質の構造・プロセス指標との関係を検討している文献を体系的に検索した。暴露とアウトカム尺度、結果及び明記された限界についての情報を2人のレビュアーが抽出した。メタアナリシスのためのデータのプーリングは研究デザインのバラツキが大きいためできず、記述的記載と質的評価のみ行った。(主なアウトカムと尺度についての説明は略)。

最終的に37論文を選択した。28論文は病院医療のみを検討し、16論文は産科医療に焦点化していた。産科医療の検討では、9論文は訴訟リスクとアウトカム(アプガール指数、出生児損傷等)との間に有意の関連を見いださず、7論文ではわずかの(limited)エビデンスを認めていた。 産科以外の医療場面での患者死亡を検討した20論文では、15論文は関連のエビデンスを認めず、5論文はわずかのエビデンスを認めていた。病院の再入院と避けえた入院について検討した7論文は、すべて訴訟リスクとアウトカムとの関連についてのエビデンスを認めていなかった。それ以外の指標(患者安全指標、医療の質のプロセス指標、患者満足等)を用いた12論文のうち、7論文は関連をみとめず、5論文は一部の分析で有意な関連を認めていた。

以上から、大半の研究は医療過誤訴訟リスクの指標と医療の質・アウトカムとの間の関連を認めていなかったと結論づけられる。エビデンスについてのギャップはあるが、今回得られた知見は不法行為責任の強化は、少なくとも現在の形態のままでは、医療の質の改善とは結びつかないことを示唆している。

二木コメント-医療過誤訴訟と医療の質との関連の有無についての最新の膨大な文献レビュー(JAMA誌には珍しく15頁)で、この分野の研究者必読と思います。不法行為責任の強化(だけで)は医療の質・安全は向上しないとの結論は、従来の研究と同じと思います。

○[アメリカでは]エイジズムは疾病の費用と有病率を高めている
Levy BR, et al: Ageism amplifies cost and prevalence of health conditions. Gerontologist 60(1):174-182,2000[量的研究]

エイジズムはほとんど認識されていない偏見として続いており、その理由の一つはエイジズムの経済的費用が数値化されていないためと思われる。本研究では、エイジズムが疾病に与える1年間の費用を、60歳以上のすべてのアメリカ人について計算する。エイジズム予測因子(predictors.種類)は、①高齢者に対する差別(discrimination)、②高齢に対する否定的なステレオタイプ、および③高齢者自身の高齢に対する否定的な自己認識である。エイジズムの医療費は、総医療費が高額な8疾患(心循環器系疾患、呼吸器疾患等)の医療費についての60歳以上のすべてのアメリカ人の包括的な医療費データを用いて、予測因子別に計算した。二次的分析として、エイジズムに帰せられる8疾患の患者数を計算した。

その結果、1年間のエイジズムの費用(エイジズムによる超過医療費)は、630億ドル(約6兆9300億円:1ドル110円換算)、8疾患の総医療費の15.4%であった。この計算では、年齢・性を調整し、3予測因子の重複費用を除外している。エイジズムの種類別にみると、上記③による費用が337億ドルで一番多く、同②が285億ドル、同①が111億ドルだった(重複を除く前の計算)。我々のモデルによれば、エイジズムは8疾患の患者を1704万人生んでいた。本研究はエイジズムが健康に与える経済的費用を初めて同定した。得られた知見はエイジズムの減少は社会にとって金銭的利益があるだけでなく、個々の高齢者にとっても健康便益があることを示唆している。

二木コメント-論文名は非常に魅力的なのですが、「エイジズム予測因子」の定義とエイジズムによる超過医療費計算時の諸仮定がなんとも恣意的で、私には「砂上の楼閣」・「机上の計算」に思えます。なお、ageismは高齢者差別と訳されることもありますが、本研究では高齢者本人の高齢に対する否定的自己認識も含んでいるのでカタカナ表示しました。

<医師関連:5論文>

○支払いモデルが専門医の行動に与える影響:体系的文献レビュー
Quinn AE, et al: Impact of payment model on the behaviour of specialist physicians: A systematic review. Health Policy 124(4):345-358,2020[文献レビュー]

医師への支払いモデルは健康、アクセス、質及び医療の価値を改善するための重要な戦略だと認識されている。そのエビデンスはほとんどプライマリケアから得られており、専門医が同様に反応するかについてはほとんど知られていない。そこで体系的文献レビューを行い、専門医への支払いモデルが医療の以下の側面に与えるエビデンスを合成した:医療の質、臨床的アウトカム、利用、アクセス、費用、および患者と医師の満足。Medline、Embase、その他6つのデータベースを用いて、2018年10月までに発表された英語文献で、実験的または擬似実験的デザインの研究を探索した。最初にヒットした1,648論文から、7つの支払い改革について報告している11論文を最終的に選択した。11論文のうち7論文はアメリカ、4論文はカナダからの報告だった。

その結果、出来高払いは好ましい医療利用の増加とマイナスのアウトカムの減少(人工透析)、及びアクセスの改善(救急医療)と関連していた。出来高払いの人頭払いモデルまたは(定額)給与モデルへの転換は非緊急手術(白内障手術と卵管結紮)の減少をもたらし、関連する一連のサービスごとの包括払いモデル(episode-based model)への転換はより安価な資源利用を増やしていた。7つの改革のうち4つの改革は目標を達成していたが、多くは当初予想されていなかった結果ももたらした。以上から、支払いモデルは専門医療の利用にも影響すると言えるが、上記以外のアウトカムとの関連は明確ではなく、その理由は結果がまちまちであるかエビデンスがないためであった。給与制または給与を基盤にした改革のインセンティブに対する専門医の反応は、理論が予想しているものとは異なっていた。

二木コメント-専門医への支払い方式(変更)が医療に与える影響についての初めての文献レビューで、11論文のポイントが詳細に一覧表で示されています。ただし、アメリカとカナダの専門医はほとんど病院に雇用されていない「開業医」であり、この結果は専門医の大半が病院勤務医である日本には当てはまらないと思います。

○ナーシングホーム入居者を診療している外来診療医師に対する追加的支払いは[潜在的に]避けうる病院への入院を減らす:ドイツにおけ報酬支払い変更の結果
Kuempel C, et al: Additional reimbursement for outpatient physicians treating nursing home residents reduces avoidable hospital admissions: Results of a reimbursement change in Germany. Health Policy 124(4):470-477,2020[量的研究]

ナーシングホーム入居者の潜在的に避けうる入院は費用がかかるだけでなく、入居者に有害である可能性もある。本研究はドイツで2016年に導入された、ナーシングホーム入居者を治療している外来診療医師に対する追加的支払いが再入院を減らしたか否か分析する。差の差法による回帰分析を行い、対照群はナーシングホーム入居者の診療で通常の在宅診療料のみを得ている医師の診療を受けている入居者とした。分析はドイツ最大の疾病金庫の2014-2017年の医療費請求データを用いて行い、このデータは個々の被保険者の医療と長期ケアの利用情報を含んでいる。

その結果、追加的支払い導入後、ナーシングホーム入居者の病院への総在院日数は5%減少し、外来診療で対処可能な入院は8%減少した。しかし、追加的支払いは短期間の入院や夜間・週末の入院には影響しなかった。以上から、医師が日中ナーシングホームにいる時間が延びたことにより、ナーシングホーム入居者の全体としての医療利用は改善したと結論づけられる。そのため、この追加的支払いは、ナーシングホーム入居者の潜在的に避けうる入院を減らす効果的な手法と見なせる。しかし、それは救急医療利用、特に時間外のそれを改善しない。

二木コメント-ナーシングホーム入居者を診療している外来診療医に対する追加的支払いは、入居者の日中の再入院は減らすが、時間外の再入院は減らさないとの「想定内」の結果です。本論文は、日本ではほとんど知られていない、ドイツにおけるナーシングホーム入居者を診療する医師への報酬支払い(改革)について詳しく説明しているので、便利です。なお、本論文は入院回数の変化みを分析し、再入院医療費の変化や、それに医師への追加的支払い額を加えた医療費総額の変化にはまったく言及していません。このことは、この改革で少なくとも総医療費は増加したことを示唆しています。

○[ドイツにおける]医師リーダー[病院CEOが医師であること]と病院のパフォーマンス[との関係]再訪
Kaiser F, et al: Physician-leaders and hospital performance revisited. Social Sciience & Medicine 249:112831,2020[量的研究]

病院の支払いにおいて質的アウトカムが重視されるようになっているため、一部の病院理事会は医師をトップマネジメントの地位に就けるようになっている。しかし、医師CEOが医療の質や費用に与える影響についての文献は少ない。本研究は病院CEOの教育的背景と当該病院の医療の質、経営的成功との関係を調べることである。対象はドイツの病院である。ドイツには病院が1717あるが、本研究に必要な十分な情報が得られたのは370病院(そのうち医師CEOの病院は90)で、それらの2016年データを用いた。このデータセットは、世界で2番目に大きく、1つの国としては最大である。マッチングを行った多変量回帰分析により、CEOの教育の影響(医師資格を持つか、経済・経営の学位を持つか)をモデル化し、その際、任期(tenure)、競争条件(病院の所在地)、病床規模と開設者は標準化した。

その結果、医師CEOの病院では肺炎の院内死亡率が低く、患者満足度が高かった(それぞれ危険率1%、5%)。それに対して、CEOが経済・経営の学位を持っている病院では、財政的パフォーマンスが良く(危険率10%)、股・膝関節手術のアウトカムが良かった(それぞれ危険率1%、10%)。この結果は、財政的アウトカムと死亡率については先行研究の結果と一致する。しかし、先行研究に比べて、はるかに多様な臨床的質尺度(プロセス尺度とアウトカム尺度の両方)を用いたところ、結果はもう少し複雑であり、医師CEOの病院では医療の質が高いとはストレートには言えなかった。

二木コメント-研究方法は緻密であり、結果も妥当だと思います。院長が原則医師である日本は世界的には例外であり、ドイツは、アメリカ等と同じく、歴史的には病院のCEOが医師であることは少なかったため、可能になった研究と言えます。ただし、日本の病院の院長のマネジメント能力に大きな格差があるとの「経験則」を踏まえると、医師CEOのマネジメント能力を不問にして、経済学・経営学の学位を持っているCEOと優劣を比較するのは単純すぎると思います。このことは、本「ニューズレター」183号(2019年10月)で紹介したアメリカでの同種研究でも指摘しました:医師のリーダーシップ[病院のCEOであること]は[アメリカの]病院[入院医療]の質、作業効率と財務実績に影響するか?(Tasi MC, et al: Does physician leadership affect hospital quality, operational efficiency, and financial performance? Health Care Management Review 44(3):256-262,2019)。

○[アメリカにおける]異なった[3種類の]ガバナンス・モデルは医師・患者の提携にどのような影響を与えるか?
Burns LR, et al: How different governance models may impact physician-hospital alignment. Health Care Management Review 45(2):173-184,2020[量的研究]

病院は医師との管理関係(governing relations)において、以下の3つの理念型のモデルを用いている:伝統的な医師スタッフ(病院には雇用されない「オープンスタッフ」)、戦略的提携、および雇用。これらのモデルが医師と病院の提携(alignment)にどのように影響するかは、ほとんど知られていない。本研究は3つの医師・病院提携レベルを比較する。8つの病院システム(グループ)の34病院で3モデルのいずれかに属する1895人の医師のデータを用い、提携のいくつかの9側面を測定した。ロジスティック式により、調査無回答と、提携モデルと雇用モデルへの異なった医師選択の違いを予測した。これらの選択効果を標準化した上で、多重回帰分析を行い、戦略的提携モデルと雇用モデルが提携に与える影響を推計した。

その結果、雇用モデルの医師は、戦略的提携モデルおよび伝統的医師スタッフモデルの医師に比べて、9側面のうち7側面(信頼、意思決定への関与等)で、統計的に有意な病院との強い提携が得られた。戦略的提携モデルの医師と伝統的医師スタッフモデルの医師の間には差はなかった。

以上から、医師選択を標準化すれば、雇用モデルが一部の(全部ではなく)側面で、病院との提携を強めると結論づけられる。ただし、その影響は大きくはなかった。雇用モデルを採用している病院やアカウンタブル・ケア組織(ACO)は他の2モデルを採用している病院・ACOよりも高いレベルの医師との提携を得られる可能性があるが、この達成が医師雇用費用(病院レベルだけでなく社会レベルでの)に見合うか否かは明確ではない。医師雇用の提携に対する影響が小さいことから、雇用モデルが一様でないことも明らかである。病院は統合の構造モデルを超えて、医師との提携を強める必要があろう。

二木コメント-緻密な多変量解析ですが、結果は確定的ではありません。この論文で私が一番注目したのは、医師・病院のガバナンスモデル別の病院割合の1993~2015年の推移が分かるキレイナ図が掲載されていることです(175頁)。一部の文献では、伝統的な医師スタッフモデルはもはや死んだと宣告されていますが、そのモデルの病院の割合は2012年の45%から2015年の40%へと微減にとどまっています。

○[アメリカにおける]2012-2016年の診療科別医師グループ診療の未公開株買収
Zhu JM, et al: Private equity acquisitions of physician medical groups across specialties, 2013-2016. JAMA 323(7):663-665,2020[実態調査]

アメリカでは未公開株投資会社(投資ファンド)による医師診療の買収が加速していると言われているが、買収契約時の非公開条項等のため、エビデンスはごく限られている。今回、Irving Levin Associates医療M&Aデータセット(ウェブ上に公開)とSK&Aデータセットをリンクして、2013-2016年の4年間の買収の実態を調査した。

全米約18,000のグループ診療のうち、355グループ(2.0%)が2013-2016年に未公開株投資会社によって買収されていた。それの持つ診療所数は1426(1グループ当たり4.0)、医師数は5714人(1グループ当たり16.3人、1診療所当たり6.2人)である。買収されたグループ診療数は毎年増加し、2013年の59から2016年の136へと2.3倍化していた。これらのグループ診療の81.4%が新規患者を、83.4%がメディケア患者を、60.3%がメディケイド患者を受け入れていた。診療科別にみると、麻酔科がもっとも多く19.4%で、以下、多専門科19.4%、救急医療12.1%、家庭医学11.0%、皮膚科9.9%の順であった。

以上から、グループ診療のうち、未公開株投資会社に買収されたものはまだ少数にとどまっていることが分かった。ただし、本調査は公開情報に基づいており、過少推計の可能性もある。買収されたグループ診療に比べて診療所数、医師数が多いことは、まず地域で影響力のある「プラットフォーム」的グループ診療を買収し、その後それに参加する医師を募集したり、小規模グループ診療を買収するとの、未公開株投資会社の典型的な投資戦略を示している。このような買収の帰結は今後の研究課題だが、未公開株投資会社が買収後20%以上の利益率を目指しており、この経済的インセンティブがグループ診療の長期的安定性、医師雇用、医療の質と安全性と衝突する可能性もある。

二木コメント-従来はベールに包まれていた、未公開株投資会社によるグループ診療の買収の全貌を示した貴重な全国調査です。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その186)-最近知った名言・警句

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