総研いのちとくらし
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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻190号)』(転載)

二木立

発行日2020年05月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.インタビュー「全世代型社会保障改革と地域医療構想を複眼的に考える」『国際医薬品情報』2020年4月13日号に掲載しました。

2.論文「コロナ感染爆発はアメリカの大統領選挙と医療政策にどう影響するか?」を『日本医事新報』2020年5月2日号に掲載します。

両方とも、本「ニューズレター」191号(2020年6月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

3.英語論文"Recent Debate over How to Tackle Rapid Increases in Pharmaceutical Expenditure in Japan"が、JMA Journal(日本医師会・日本医学会が発行する英文ウェブ雑誌)3巻2号,2020年4月15日号に掲載・公開されました。本雑誌はJ-Stageに登録すれば、無料で閲覧できます。

4.本「ニューズレター」189号に別ファイルで添付した「大学院『入院』生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2020年度版, ver.22)の「付録:研究についての名言クイズ49問(2020年度版)」の答えは、順に以下の通りです。
暗記、模倣、観察、/発見、ただのバカ/確信(または信念)、自己懐疑、正しい、独学/自信、変わる、価値観、批判/仮説、書き直さ、仮説/what、事実/continuation・続ける、惰性、無心、退屈/論文、量、あきらめ、小さく、弁解、批判/日曜日、進歩、無理/忙しい、忙しく、忙しい、/勉強、スマート/重要度、社会性、雑用/ひとりで、楽しむ、好き/恋心//(2020年度版追加)失敗、仕事、現場、他流試合、執筆量、木の皮


1. 論文:医療の質・効果の評価について原理的に考える-「アウトカム」「客観的根拠」絶対化の批判的検討

(「二木教授の医療時評」(179)『文化連情報』2020年5月号(506):18-23頁)

はじめに-本年度のリハビリ改定への悲鳴

本年度の診療報酬改定内容が公表された2月、私の教え子で、リハビリテーション専門病院に勤務する医療ソーシャルワーカーから悲痛なメールが届きました。彼の勤務する病院は良質なリハビリテーションを提供していることで全国的にも有名なのですが、今回の診療報酬改定で、「回復期リハビリテーション病棟入院料1」(以下、入院料1)の施設基準見直しにより、「リハビリテーションの効果に係る実績の指数(FIMで評価した日常生活動作指標)」が従来の37から40に引き上げられるため、入院料1が算定できなくなり、大幅な減収になる危険があるからです【注1】。過年度の実績に基づくと、現在入院料1を算定している病院の相当数が、それを算定できなくなる可能性があります。「読売新聞」2月24日朝刊も、評価基準の厳格化で「リハビリ難民 重症患者は受け入れ敬遠」と大きく報じました。

「リハビリテーション効果に係る実績の指数」は2016年度の診療報酬改定で新たに導入されたのですが、私は「効果」を日常生活動作の改善等の「(客観的)アウトカム」のみで評価することに疑問を持っていました。2018年に開かれ、私も演者として参加した日本リハビリテーション医学会学術集会のシンポジウム&ディベイト「これからの回復期リハビリテーション医学・医療:質と量の観点から」の討論でも、リハビリテーションの診療報酬上の評価・査定でアウトカムのみが重視されていることに対する疑問が出され、私は、医療の質評価の研究では、「アウトカム」と同等に「プロセス」も重視されているとコメントしました。

他面、最近は医療の効果や「医療の質」をアウトカムや「客観的根拠」のみで評価することを当然視する医療関係者・研究者も少なくありません。

そこで今回はその問題点を原理的に検討します。まず、医療の質評価の原点・古典と言えるドナベディアンの著書に立ち返って、ドナベディアンが①「プロセス」と「アウトカム」を同格で扱っていること、及び②「アウトカム」に健康上の結果(客観的側面)だけでなく、患者・医療従事者の「満足」(主観的側面)も含んでいることを紹介します。

次に、21世紀に入って英米を中心に医療の質を向上させつつ医療費を抑制すると喧伝された「質に応じた評価」(P4P)が、「アウトカム」よりも「プロセス」を重視していることを指摘します。最後に、「科学的根拠に基づく医療」と訳されることが多い、EBMが、科学的根拠だけでなく、患者の価値観及び期待、臨床的な専門技能の3要素を統合していることを述べます。

ドナベディアンの原点に立ち返る

医療の質評価の原点・古典は、アメリカ・ミシガン大学のドナベディアンが1980年に出版した『医療の質の定義と評価方法』です(1)。私はこの本を1992-93年のアメリカUCLA公衆衛生大学院留学中に熟読し、感銘を受けたことを今でもよく覚えています。上記日本リハビリテーション医学会学術集会後、この本を読み直したのですが、出版後40年近く経っているにもかかわらず、その記述がまったく古びていないことに驚きました。なお、ドナベディアンは1966年に医療の質評価についての最初の論文を発表しています(2)

ドナベディアンが本書で、医療の質を構造(structure)-過程(process)-結果(outcome.以下、アウトカム)の3側面から評価することを提唱したことは、日本でも1990年代以降紹介されるようになりました(3)。しかし、上記原著の翻訳が長く出版されなかったためもあり(日本語訳の出版は2007年)、日本ではこの3側面説以外はほとんど知られず、しかも医療の質評価でもっとも大事なのは「(客観的)アウトカム」であるとの理解が、広く見られます。

しかしこの本を読むと、この通説的理解が二重の意味で誤っていることが分かります。

第1に、ドナベディアンは、「プロセス」と「アウトカム」を同格で扱っています。具体的には、第3章「評価のための基本的な方法:構造、過程、結果」の「まとめと結論」の最後の段落で、「質の評価と監視において可能な場合には常に過程と結果の両方を同時に使うことが重要である」と明記しています(訳書134頁)。その前の「評価方法の選択:過程か結果か」では、「構造に対して当然払われるべき尊敬の念を払った」上で、「過程評価への忠誠を誓う一派と、結果評価以外の主にまみえずとするもう一派」の両方を批判しています。

後者(アウトカム評価絶対論)に対する批判は、以下のように激越です。「後のグループには現在の医療を構成するものの多くを無意味であると信じて喜んでいるまたは悩んでいる虚無主義者か因習破壊主義者が集まっている」、「過程評価を強調すると、コストが増加するだけでそれに見合った健康の改善が得られないのでは、と恐れる健康政策担当者、政策立案者、医療施設管理者が後者の中に含まれている」(同109頁)。

第2に、ドナベディアンは、「アウトカム」に健康上の結果(客観的側面)だけでなく、患者・医療従事者の「満足」(主観的側面)も含めています(同88,152-153頁)。

第2に関して、最近、アメリカのメディケアの病院医療費支払いでは「価値に基づく支払い」(value-based payment)の一環として、「患者エクスペリエンス」(ケアに関する患者による主観的評価)が含まれるようになっています(4)。なお、がん治療領域での患者エクスペリエンスを含んだ支払い(「がん治療モデル」)は2016年に、手挙げ方式で「モデル事業」的に導入されたのですが、2020年末に終了することになっており、メディケア・メディケイド・サービスセンターは2019年11月に、それに代わる「患者が報告したアウトカムをメディケアのがん治療の価値に基づく支払いモデルに追加する」制度改革(「がん治療第一」)を全国一律に実施する提案をしています(5)注2】。

日本でも厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2018年)が、文字通り「医療・ケアの決定プロセス」を重視し、「本人による意思決定を基本」としていることは、ドナベディアンの主張と合致していると思います。

P4Pは「プロセス」重視

実は、21世紀に入って、アメリカとイギリスを中心に、医療の質を向上させつつ医療費を抑制すると喧伝された「質に応じた支払い」(pay for performance. P4P)では、医療の質として「アウトカム」よりも「プロセス」が重視されています。

この点について松田晋哉氏(産業医科大学教授)は、2013年に「欧米では死亡率のような結果(Outcome)をもとにP4Pを行っているという誤解をされている方もおられるようですが、望ましいプロセスで治療を行っているかどうかを評価するというのが基本です」と注意を喚起しています(6)

私も2008年に、以下のように述べました。<日本ではP4Pを「成功報酬」と理解している方が少なくありませんが、P4Pの指標の大半は「構造」や「プロセス」(医学的に適切とされる診療行為の実施)に関わるもので、「アウトカム」については、手術死亡率等がごく例外的に用いられているだけです。宇都宮啓氏(厚生労働省保険局企画官)が、P4Pは「質の評価というよりも、まさにパフォーマンスで、何をやったかというプロセスの評価…クリティカルパス等に近い」と述べているのは、卓見と思います>(7,8)

なお、その後の膨大な実証研究により、P4Pは多くの場合、医療の質向上と医療費増加の両方を招くことが示されています。なぜなら、医療の質向上のためにさまざまな経済的インセンティブを付与することが多く、それにより医療費が増加するからです。さらに、最近のイギリスNHSにおける開業医対象のP4P停止後の医療の質の変化の研究(2000万人以上の患者のビッグデータを用いた時系列分析)では、経済的インセンティブによる医療の質向上は一時的にとどまるとの結果が得られています(9)。実は、経済的インセンティブ(外的報酬を用いたインセンティブ)はそれが停止された後に行動変容効果が失われることは、すでに1980年代後半の経済心理学(行動経済学)の実験的研究で明らかにされています(10)

EBMは「客観的根拠に基づく医療」ではない

最近では、診療報酬改定でもEBM(evidence-based medicine)が重視されるようになっています。EBMは、現在でも「客観的根拠に基づく医療」と訳されることが多く、「医師のこれまでの経験や勘、理論上のメカニズム、あるいは他人の評判に基づくのではない」と説明されることもあります。しかし、これは間違いです。

実は、EBMの概念については、1999年=21年前に、政策的に結論が出ているのです。具体的には、厚生省の「医療技術評価推進検討会報告書」(1999年3月23日)で、EBMは①利用可能な最善の科学的な根拠、②患者の価値観及び期待、③臨床的な専門技能の「3要素を統合するもの」と定義され、これが現在でもEBMの公式の定義とされています(11)。この定義に基づけば、EBMの適訳は「根拠に基づく医療」となります。そしてこの意味でのEBMは、ドナベディアンが提起した医療の質評価と共通していると言えます。

一部の医療関係者は、EBMを「客観的根拠に基づく医療」と狭く理解して批判し、それにNBM(narrative-based medicine.「物語と対話による医療」)を対置させています。しかしこれは虚構の対立・「わら人形攻撃」(相手の議論を戯画化するあまり、実は誰も採用していない立場を批判すること)であり、上記の本来の意味でのEBMとNBMとは両立・併存します。

最近では、EBM実践・研究の手順として、PICO(patient- intervention- comparison- outcome)が推奨されています。しかし、私の調べた範囲では、最後のアウトカムを「客観的根拠」と狭く説明している解説がほとんどで、不適切と思います。

おわりに

以上の検討から、医療の質・効果を「アウトカム」や「客観的根拠」だけで評価することが不適切であることは示せたと思います。言うまでもなく、「アウトカム」や「客観的根拠」は医療の質・効果の評価で非常に重要ですが、それに加えて「プロセス」や患者・医療従事者の「満足」も同程度に重視すべきです。これは、本来のEBM(根拠に基づいた医療)で求められていることであり、今後の診療報酬体系改革でも重要な課題になると思います。

なお、「はじめに」で述べた回復期リハビリテーション病棟入院料に関して、回復期リハビリテーション病棟協会は、回復期のリハビリテーション機能の評価では、アウトカムだけでなくプロセスも評価すべきこと、及び後者は第三者評価で行うとの見解をまとめています(12)

【注1】「リハビリテーションの効果に係る実績の指数」の計算法と問題点

この指数は、患者の日常生活動作(ADL)をFIM(Functional Independence Scale)で評価した上で、基本的には[(各患者のFIM運動得点の退棟時と入棟時の差)の総和÷(各患者の在棟日数 ÷ 状態ごとの回復期リハビリテーション病棟入院料の算定上限日数)の総和]により計算されますが、この計算対象から「除外できる患者」も細かく規定されています。この状態ごとの回復期リハビリテーション病棟入院料の算定上限日数とは、脳血管リハビリテーションでは150日(高次脳機能障害等の場合は180日)、運動器リハビリテーション・廃用リハビリテーションでは90日です。つまり(各患者の在棟日数 ÷ 状態ごとの回復期リハビリテーション病棟入院料の算定上限日数)とは、疾患ごとに定められた日数の何%で退院したか、ということを表しています。これらを病棟ごと(複数病棟ある場合は病院ごと)に分子・分母それぞれ総和で計算するため、平均値よりむしろ中央値に近い値として算出されます。FIMは運動ADL13項目と認知ADL5項目で構成され、各項目を7段階評価で評価し126点満点ですが、上記計算では運動項目(91点満点)のみを用います。

FIMは妥当性・信頼性が確認されており、「客観的アウトカム」を評価する上では優れた尺度です。しかし、「除外できる患者」はあるものの、上記計算式ではFIMの認知ADLの評価が除外されており、しかも「プロセス」評価はなされないため、回復能力が低い高齢患者や重度患者を多数(または無選択的に)受け入れている病棟ではこの指数は低くなります。そのために、指数が引き上げられると、このような患者の受け入れが制限される可能性があります。
それに対して、一般病棟入院基本料の施設基準で用いられている「重症度、医療・看護必要度」では「アウトカム」は評価されていません。2020年度改定ではこの基準も引き上げられましたが、それにより高齢患者や重症患者の受け入れが制限されることはありません。

【注2】「価値に基づく支払い」は多義的-私の実体験

「価値に基づく支払い(プログラム)」は2010年3月にオバマ大統領(当時)が署名して成立した「患者保護並びに医療費負担適正化法(Patient Protection and Affordable Care Act.通称「オバマケア」)により、メディケア支払い方式に導入された「代替的支払いモデル」の1つで、医療の質向上と医療費抑制の両立を目指しています。これを管轄するメディケア・メディケイド・サービスセンターは、「価値に基づく支払い」を「費用と質と患者の医療エクスペリエンスを直接に結びつける医療サービスの支払い方式」と定義していますが、これ以外にもさまざまな定義・用法があります。

私は、「価値に基づく支払い」が「価値」を客観的指標に限定せず、「患者エクスペリエンス」を含むことには注目していますが、以前から「価値」という用語が極めて多義的で、ヌエ的であるとも感じています。ここで、私の最近の実体験を紹介します。

私は2月23日に開かれた社会医療研究所(ファウンダー:岡田玲一郎氏)主催の「日米ジョイントフォーラム2020」に参加し、マイケル・ジョーダン法学博士(弁護士)の講演「支払い方式の変化による米国の変化」を聞きました。氏は講演の後半で、新しい動きとして「価値に基づく支払い(プログラム)」を説明したのですが、それの定義は示さず、しかも価値(value)を「質、アウトカム、費用対効果的」(quality, outcomes, cost-effective)等と柔軟に(?)言い換えて話しました。そこで、私は質疑応答時に、「価値の定義を教えてほしい。私は、医療経済学の研究者だが、価値と医療の経済評価で伝統的に用いられてきた費用対効果的、アウトカム、質等の古典的用語との違いが分からない」と質問しました。しかし、氏は、上述したメディケア・メディケイド・サービスセンターの定義を紹介するだけで、明快な回答は得られませんでした(ただし、氏からは「良い質問だった」と誉められました(笑))。

そのため、国が使った美しいが実態のない(または実態と乖離している)用語を、業界団体や研究者が無批判に使うのは、日米共通と感じました(日本の最近の代表例は「地域共生社会」です)。

なお、日本でも、メディケア・メディケイド・サービスセンターのヒアリングに基づいて、メディケアの「価値に基づく支払い」により医療の質向上と医療費抑制の両方が達成されたと紹介している方もいますが、私の知る限り、厳密な比較対照試験によりそれを証明した実証研究はまだありません。逆に、最近、価値に基づく支払い改革に基づく包括払いの3つのモデル事業の結果を評価した20文献のレビューを行ったところ、質を維持しつつ医療費抑制する効果は、関節置換術(治療法が確立)以外では確認できなかったことが報告されています(13)

文献

[本稿は『日本医事新報』2020年4月4日号(5006号)に掲載した「医療の質・効果の評価は「アウトカム」「客観的根拠」だけで行うべきか?」(「深層を読む・真相を解く」(96))に大幅に加筆したものです。]

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2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算170回)(2020年分その2:10論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける]コロナビールスの大幸運:景気刺激策は医療産業に感染爆発とは直接関係しない巨額の資金を提供
Schulte F: Covid-19 bonanza: Stimulus hands health industry billions not directly related to pandemic. Kaiser Health News March 30,2020[解説記事](ウェブ上に公開)

アメリカ議会で緊急にほぼ全会一致で可決されたコロナビールス対応の緊急景気浮揚予算は、全国の病院と医療ネットワークに、コロナビールスの感染爆発対策とはほとんど関係ない巨額の棚ぼた補助金(windfall subsidies)やそれ以外の資金を与えた。

トランプ大統領が3月25日に署名した2兆ドル(約220兆円。アメリカのGDPの約1割に相当)の緊急景気浮揚予算は、病院とそれ以外の医療提供者がコロナビールスにより失った収入やそれ以外の費用を補填する1000億ドル(11兆円)以上の緊急基金を含んでいる。全国の医療品(人工呼吸器、医薬品、個人防護服等)を補充するための最大160億ドルの資金も用意している。しかし、医療産業はそれ以外にも、感染爆発には直接関係ない何十億ドルもの基金を得ることになる。というのは議会が、当初連邦政府が2020-2021年度に予定していたメディケアとメディケイド支払額削減の停止に同意したからである。さらに、臨床検査や医療機器に対して予定されていた支払額削減も停止された。このように、病院を中心とする医療産業は、緊急予算の交渉で大いなる勝利者(big winner)となっている。ただし、医療産業向けの1000億ドルの基金がどのように配分されるかはまだ決まっておらず、今後、相当の浪費や悪用が生じる可能性もあると言われている。(この情報は、高山一夫氏(京都橘大学教授)から教えていただきました)

二木コメント-日本では、アメリカの緊急景気浮揚予算は「家計への現金給付や中小企業の景気補填などが柱」(「日本経済新聞」3月28日)と報道されていたため、医療分野にこれほどの大盤振る舞いが行われたとは驚きです。HMOの草分けであり、アメリカで高い評価を受けている非営利組織・カイザー財団の広報紙が、bonanza、windfall subsidies, big winner等のストレート(露骨)な表現を多用していることは、アメリカの医療界のこの予算への興奮ぶりを活写していると言えます。日本の安倍首相も、4月7日に、史上最大と称する108兆円の「新型コロナ感染症緊急経済対策」(GDPの2割。ただし、新たな国の直接支出は18.6兆円)を閣議決定し、「取り組む施策」の第1に「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発」が掲げていますが、そのうち医療提供体制整備のための「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」は1490億円にすぎません。

○[イタリアにおける]費用[抑制の機械的]目標が医療制度の資源配分に与えた予期せざる影響
Noto G, et al: Unintended consequences of expenditure targets on resource allocation in health care. Health Policy 124(4):462-469,2020[医療政策研究]

過去数十年間、いくつかの国は医療制度を改革し、権限を地方政府に移管し、その後再集権化してきた。これらの政策の結果は曖昧であり、しかも2008年に金融危機が発生したために、相当数の政府が厳しい医療費抑制政策を断行した。本論文はそのような政策が医療制度のパフォーマンスに予期せざる影響を与えた可能性を示す。中央政府と地方政府との間の権力関係とそれがもたらす意思決定過程について理解を深めるためには、上述した医療費抑制メカニズムが医療制度のインプット、即ち生産要素[主として医療スタッ]に与える影響に焦点を当てるのが重要である。本研究はベヴァリッジ型の医療制度[公費負担の医療保障制度。本論文ではイタリア]における人件費抑制のための政策の影響を、地方レベルの資源配分の分析を通して、検討する。

本研究では21のイタリアの地方医療制度(regional health system)の2012-2017年の財政報告データを用いた量的分析を行う。その結果、イタリアの地方医療制度は何とかやりくりして人件費を抑制し、総医療費の抑制目標を達成したが、総費用の動的コントロールは十分に検討されなかったことが分かった。総体的に言えば、中央政府が設定した医療費抑制目標は、結果的に地方医療当局(regional authorities)の自律的意思決定を抑制し、地方医療当局が医療資源配分の焦点を医療スタッフからサービス購入レベルにシフトさせていた。

二木コメント-本論文は結論の第1段落で、「本研究により、[イタリアにおける]医療費抑制の短期的アプローチは資源配分に予期せざる結果をもたらし、地方レベルの医療制度の自律的マネジメント能力を弱めた。その結果、将来の危機への対処能力は医療従事者とサービスの削減戦略により傷つけられる危険がある」と書いています。もちろん、本論文は今年生じたイタリアでの新型コロナヴィールスの感染爆発の前に書かれたものですが、この記述はそれを予言しているとも言えます。本論文は、医療費抑制政策の悪影響(人員削減による医療サービスの低下)は、医療保険方式の国よりも、公費負担の医療保障制度の国の方が大きい(ストレートに生じる)ことを再確認していると言えます。私は、日本とイギリス(NHS)の1980年代の医療費抑制政策とその結果を比較して、このことに気づき、「出来高払い制の医療保険方式は医療費抑制の実害を緩和」すると指摘しました(『複眼でみる90年代の医療』勁草書房,1991,56-59頁)。

<アメリカ「オバマケア」成立10周年(4論文)>

○ACA[オバマケア]成立10年-保険加入とアクセス提供、支払い・医療提供体制改革
Blumenthal D, et al: The Affordable Care Act at 10 years - Its coverage and access provisions, Payment and delivery system reforms. NEJM 382(10):963-969, 382(11):1057-1063,2020[医療政策研究]

2010年3月23日に成立したACA(以下、オバマケア)は10年間生き残った。この機会にそれの展開、達成と弱点を回顧する。本論文は「保険加入とアクセス提供」と「支払い・医療提供体制改革」の2部構成である。

[保険給付とアクセス提供]総括的結論は以下の5つである。①オバマケアの施行には、特に保険加入とアクセス提供について、予期せざる紆余曲折があった。②法の施行は深刻な党派的対立の影響を受け、施行後の調整や改善が妨げられた。③批判者はオバマケアを連邦政府による医療制度の接収と描いているが、実際には州の権限に相当の配慮がなされ、その結果州レベルでの法施行状況は多様である。④保険加入者拡大により、無保険者は大幅に減少し、医療アクセスは特に低所得者で改善した。⑤法の医療サービスの費用と質に対する影響を、複雑でしかも常に変容しているアメリカの医療制度から切り離して評価するのは困難である。

オバマケアの保険給付とアクセス提供面の核とその施行は以下の通りである。(1)連邦政府の補助金を通した保険加入者の増加-メディケイドの拡大、医療保険に個人加入するための補助金、医療保険市場の改革。(2)保険加入拡大の効果と改革-医療保険加入増の効果、(トランプ政権による)オバマケア廃絶の試みの失敗と保険加入義務化の廃止、連邦政府負担の費用増加(ただし当初予測よりは少ない)、医療アクセスへの改善、経済的保護の改善、健康への影響(実証研究の結果は一定していない)。

[支払い・医療提供体制改革]オバマケアは潜在的には医療の支払いと提供に地殻変動を起こす改革を含んでおり、その目的は費用を抑制しつつ医療サービスの質を向上することとされ、それらは「質(value)を改善する」改革と称された。導入的コメントは以下の4つである。①オバマケアでは様々な改革が、全国的な実験として行われた。②それらはすべて同時に行われたため、個々の改革の効果を独立して評価するのは困難である。③どの実験も成功と失敗の両方を含んでいる。④保険給付とアクセスの改革と異なり、支払い・医療提供体制改革には高レベルでの超党派的な支持があった。

以下、次の3領域の改革を選択して述べる:①支払い改革、②プライマリケア強化を目指した改革努力(initiatives)、③「メディケア・メディケイド・イノベーションセンター」の創設。①の大枠は以下は以下の通りである:(1)支払い改革-メディケア支払額の削減と「価値に基づく支払い」(病院の再入院削減プログラム、院内発生の疾患削減プログラム、病院の価値に基づく購入プログラム、アカウンタブル・ケア組織(ACO)、医療改善を目指した包括払い。(②と③は略)。医療費と医療の質の趨勢:保険加入者が2000万人も増加したにもかかわらず、総医療費の伸び率はオバマケア導入前より低下した。医療の質については、147の指標のうち半分以上で改善し、悪化は8指標のみだが、改善率は年々低下している。医療費の伸び率低下、医療の質改善と改革との関係は明確ではない。例えば、ACO実験は概して成功したと見なされているが、それが医療費を抑制したとの明確なエビデンスはまだ得られていない。

二木コメント-高名な医師・医療政策研究者であるBlumenthal等による、オバマケア施行後10年間の変化を包括的かつ複眼的に検討した高水準の総説で、アメリカ医療の研究者必読と思います。特に、後半の超党派的支持を得て進められた「支払い・提供体制改革」の分析は優れています。

○ACA[オバマケア]の保険拡大はいかにして健康アウトカムに影響したか?文献から得られる知見
Soni A, et al: How have ACA insurance expansions affected health outcomes? Findings from the literature. Health Affairs 39(3):371-378,2020[文献レビュー]

ACA(正式名称:Patient Protection and Affordable Care Act「患者保護並びに医療費負担適正化法」。通称「オバマケア」)が非高齢成人に与えた影響を検討した文献はどんどん増えており、それらは医療保険拡大により健康アウトカムが改善した有望なエビデンスを提供している。擬似実験的研究デザインを用いた43論文のレビューにより、健康状態、慢性疾患、母子・新生児保健、死亡率についての心強いエビデンスが得れ、それらの知見の一部は複数の論文で確証されている。一部の論文はこのような効果は時と共に大きくなっていることを示唆しており、オバマケアによる医療保険拡大が今後も続けばさらに大きくなる可能性もある。ただし、すべての研究がオバマケアによる医療保険拡大と健康状態改善との有意で正の関係を示しているわけではない。最後に、研究者が直面している課題を示す。それらには、個人の健康状態を決定する非医療的要素の重要性や、主として患者・国民の自己評価から得られるアウトカムデータの利用などが含まれる。

二木コメント-2020年3月はオバマケアが発効して丸10年であり、Health Affairs誌2020年3月号はそれを記念して、特集「オバマケア10周年」を組み、合計24論文を掲載しており、アメリカ医療の研究者必読と思います。本論文はその巻頭論文で、この間発表された擬似実験的研究デザインの43論文をレビューしており、便利です。ただし、私からみると、「要旨」レベルでは、上記、Blummenthal等論文と比べ、オバマケアの健康増進効果の評価はやや甘いと思います。

○ACA[オバマケア]についての市民の意見の過去、現在、そして起こりうる将来
Brodie M, et al: The past, present, and possible future of public opinion on the ACA. Health Affairs 39(3):462-470,2020[量的研究]

ACA(以下、「オバマケア」)が2010年に発効したとき、世論は賛成・反対が拮抗しており、しかもそれは党派的だった(民主党支持者と共和党支持者と賛否が大きく分かれていた)。

本レビューは、2010-2019年に発表された102の全国代表標本を用いた世論調査に基づいて、この10年間、世論が分裂したままであることを示す。制度発足当初は技術的トラブルもあって反対が増加したが、トランプ大統領が誕生し共和党がそれの廃止を目指し始めてからは、逆に賛成が増加している。2019年後半にはオバマケアへの賛成はかつてなく高まった(賛成52%、反対41%)が、党派的分裂は変わらず、「民主党支持者の賛成割合-共和党支持者の反対割合」はむしろ拡大している。この割合は2010年の55.7%から2019年には64.1%に拡大した。この割合が拡大したのは、民主党支持者のオバマケア賛成割合が6割前後から8割台にまで拡大したためで、共和党支持者の賛成割合はこの10年間、2割前後でほとんど変わっていない。

オバマケアの主要な柱への支持は両党支持者とも高いが、それらがオバマケアの産物であることを知る有権者は少ない。共和党はオバマケアをオバマ大統領の遺産であるとは決して認めないだろうが、世論が特定の給付を廃止することに消極的であることが、オバマケアを廃止しようとする勢力にとっての大きな障害となり続けるであろう。

二木コメント-オバマケア発足後10年間の世論の変化と不変化が「見える化」されている好論文です。私が驚いたことは、日本人から見るとオバマケアの核心と思える、医療保険加入の義務化はオバマケア発足直後から、民主党支持者、共和党支持者、無党派層のすべてで反対が多かったことです。なお、この義務化はトランプ政権により2017年末に廃止されました。

○[アメリカにおける]医療保険[拡大]が犯罪に与えた影響:オバマケアのメディケイド拡大から得られたエビデンス
Hi Q, et al: The effect of health insurance on crime: Evidence from the Affordable care act Medicaid expansion. Health Economics 29(3):261-277,2020[量的研究]

ACA(以下、オバマケア)が犯罪行動に与えた影響についてのエビデンスはほとんどなく、本論文はそのギャップを埋めることを目指している。まず、ベッカー等の単純な理論モデルを用いると、犯罪活動は医療保険(メディケイド)の拡大に対応して減少すると予測できる。というのは、オバマケアによりメディケイドの対象拡大は、犯罪の機会費用を高めるからである。この予測は、オバマケアの拡大は、主として子供のいない成人に影響し、この人口には犯罪行動に走りやすい個人を多数含んでいるため、特に適切である。

次にこの予測を、差の差法の分析枠組みを用い、メディケイド拡大の努力が州レベルと郡レベルの犯罪率のパネルデータに与えた影響を推計することにより、実証的に検証する(オバマケアに従ってメディケイドを拡大した州とそれを拒否した州とで改革前後の犯罪率の変化・差を比較する)。この推計により、オバマケアの拡大後、8種類すべての犯罪率が低下し、このうち侵入盗、自動車盗、殺人、強盗、加重暴行の低下とメディケイド拡大との間には統計的に有意な関連があることが示唆された。このようなメディケイド拡大の犯罪削減という波及効果は、オバマケアのメディケイド拡大がもたらす州政府の費用負担増を十分に埋め合わせると言える。

二木コメント-17頁もの緻密な計量経済学研究で、従来のオバマケアの影響研究の盲点をついています。世界に冠たる(?)犯罪大国で、しかも連邦政府が決定した医療制度改革の実施を、州政府が拒否できるアメリカでのみ行える研究と思います。なお、メディケイドは全額公費負担の制度で、日本の医療扶助に近いと言えますが、アメリカの文献では、メディケアと並んで「保険」と呼ばれることが少なくありません。

<医薬品(政策)関連:3論文>

○医薬品の予算制は医療における財政的持続可能性をもたらすか?ヨーロッパからのエビデンス
Mills M, et al: Do pharmaceutical budgets deliver sustainability in healthcare? Evidence from Europe. Health Policy 124(3):239-251,2000[国際比較研究]

医療費支払い者は様々な費用抑制手段を導入して、医薬品部門の持続可能性を促進しようとしている。本論文は様々な医薬品予算制の仕組みと、それらの医療財政目標の文脈での影響を評価する。包括的な文献レビューを行って最終的に26文献を選定し、医薬品の予算設定や上限設定メカニズムの存在と影響についてのエビデンスを同定し、マクロ経済的効率性とミクロ経済的効率性との間での適切なトレードオフを示すための分析枠組みを開発した。文献から得られたエビデンスはラウンドテーブルミーティング及びそれに続く一連の半構造化面接で得られたヨーロッパ各国の専門家の意見で確認した。

大別すると、以下の5種類の医薬品予算制が適切と判断した:①総予算制(国レベルで総医薬品費の予算を設定。6か国が採用)、地方政府レベルの予算制(同2か国)、疾患特異的予算制(特定の治療領域または医薬品群対象。同2か国)、医薬品特異的予算制(新医薬品対象。同2か国)、及び処方予算制(医師に処方できる予算を割り振り、医薬品の適切な使用と効率改善を促す。同2か国)。総医薬品費を固定した総予算制は一義的には費用抑制のために用いられているが、しばしば総医療予算配分における柔軟性を低下させる。疾患特異的予算制で、予算を上回っても罰則のないものは、しばしば予算オーバーとなるため、財政的持続可能性をもたらすとは言えない。医薬品特異的予算制と処方予算制は、ミクロ経済的効率改善で重要な役割を果たし得るが、その影響のエビデンスはバラバラだった。総じて言えば、医薬品予算制はマクロ経済レベルとミクロ経済レベルの両方で存在する。それらは財政的持続可能性を促進するために重要であるが、医薬品部門における費用に応じた価値を高めるためには追加的な政策手法が必要である。

二木コメント-ヨーロッパ諸国で実際に導入されている各種の医薬品予算制の全体像とそれぞれの特質が詳細に示されており、医薬品政策の研究者必読と思います。なお、Health Policy 2020年3月号は「医薬品政策」を小特集しており、本論文及び次に紹介する論文を含めて4論文を掲載しています。

○高所得国の医療制度で給付されている処方薬のバラツキ:学術論文のレビューと勧告
Morgan SG, et al: Variation in the prescription drugs covered by health systems across high-income countries: A review of and recommendations for the academic literature. Health Policy 124(3):231-238,2020[文献レビュー]

すべての医薬品が等しく安全で、効果的で、購入可能(affordable)ではないため、各国の医療制度はフォーミュラリ(承認薬リスト)を用いて、給付対象と対象外の医薬品を明示している。高所得国の医療制度でのフォーミュラリのバラツキについての既発表論文から得られる方法と知見を統合することを目指した。査読制の雑誌に2000~2017年に掲載された文献のレビューを行った。文献の性格は多様だったので、帰納法的アプローチで、手法と知見をまとめた。

9論文が基準を満たした。それらの文献は様々な手法を用いて、分析対象とする医薬品を選択していた。認可された全医薬品の保険給付の国ごとのバラツキを評価した研究では、バラツキは、特定の「スペシャルティ薬」(specialty drugs.特別な保管や調整、投与方法を必要とする高額医薬品。バイオ医薬品や抗がん剤等)を対象とした研究で得られたバラツキより小さかった。使用頻度が高い医薬品の保険給付に焦点を当てたある研究によると、それらの医薬品はほとんどすべて、各国のフォーミュラリ・リストに含まれていた。(結論=勧告は陳腐なので略)

二木コメント-本論文は、高所得国の医療制度でのフォーミュラリのバラツキについての初めての文献レビューだそうですが、得られた知見はなんとも陳腐です。査読制雑誌に掲載された論文に限定した文献レビューでは、現実の政策に役立つ「生きた」知見は得られない見本と思います。

○[ブランド]医薬品価格の公正:[アメリカの]経済学者の考えは一般市民と異なるか?
Trujillo AJ, et al: Fairness in drug prices: Do economists think differently from the public? Health Economics, Policy and Law 15(1):18-29,2020[量的研究]

「二重権利理論」(dual-entitlement theory.行動経済学者のカーネマンが提唱した公正の評価法)を用いて、全国経済研究所(NBER)会員の経済学者に対して、アメリカでのブランド医薬品価格の公正についての3つの柱立て・20項目の質問を電子メールまたは郵便で送った。一般市民対象の調査では、彼らが医薬品価格は不公正であると感じていることが繰り返し明らかにされているが、需要・供給の法則のトレーニングを受けた経済学者の認識は異なるかもしれないからである。

310人の経済学者が回答した。45%が医薬品価格が不公正、38%は公正、18%は分からないと回答した。不公正の理由としてもっとも多かったのは、低所得の人々が医師から処方された医薬品を購入できないことであった。65%は医薬品価格への上限設定に反対した。約90%の経済学者はもっとも有望な政策改革として政府に追加的な価格交渉力を与えることを推奨し、価格コントロールは医薬品の研究開発投資にある程度の(moderate)影響を与えると見なした。

二木コメント-アメリカの経済学者の大半が、市場での資源配分を絶対化する新古典派であることを考慮すると、45%が現在の(市場で形成された)医薬品価格は不公正と見なし、約90%が政府の価格交渉力強化に賛成していることは驚きです。

○[アメリカの]製薬大企業とそれ以外の株式公開大企業との収益性の比較
Ledley FD, et al: Profitability of large pharmaceutical companies compared with other large public companies. JAMA 323(9):834-843,2020[量的研究]

製薬企業の採算性を理解することはエビデンスに基づいた政策を作成し、同産業の新薬を開発・提供する能力を維持しつつ、医薬品費用を抑制する上で重要である。本研究の目的は、製薬大企業のそれ以外の大企業との収益性を比較することである。そのために、横断面分析により、35の製薬大企業とS&P500指数(ニューヨーク証券取引所、NYSE MKT、NASDAQに上場している銘柄から代表的な500銘柄の株価を基に算出される、時価総額加重平均型株価指数)に含まれている357の大企業の2000-2018年の年間利益を、各企業の毎年の財務報告から得られる情報を用いて、比較した。主なアウトカムは収益と以下の3種類の利益である:総利益(粗利益)、EBITA(利息、税金、減価償却費が引かれる前の利益)、純利益。利益指標は産業別の平均とした。

(2000-20018年の両産業の利益総額の記述は略)二変数回帰分析では、年間利益率の中央値は製薬大企業の方がその他の大企業より統計的に有意に高かった:総利益率76.5%対37.4%、EBITA利益率29.4%対19.0%、純利益率13.8%対7.7%(差と信頼区間は略)。企業規模を調整し、調査対象を研究・開発費を報告している企業に対象を限定すると、利益率の差は縮小した。

二木コメント-製薬大企業の利益率がその他の産業よりも高いというよく知られた事実を、最新のデータで再確認しています。なお、JAMA3月3日号は医薬品価格の特集を組んでおり、本論文、製薬企業のR&D費用を推計した論文、3種類の医薬品価格の推移を検討した論文の3つの実証研究とそれに対する3人のコメント(Editorial)を掲載しており、医薬品(価格・産業・政策)の研究者必読と思います。コメンテーターのうち、著名な(医療)経済学者のCutlerは3論文、特に本論文を厳しく批判し、「新薬の価格が引き下げられたら、イノベーションは抑制される」と断言しています(829-830頁)。

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3.私の好きな名言・警句の紹介(その184)-最近知った名言・警句

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<その他>

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