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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻178号)』(転載)

二木立

発行日2019年05月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1.インタビュー「高額薬増加で薬剤費は高騰しない 医療費の『適正水準』維持は可能」を『集中』2019年5月号に掲載します。本「ニューズレター」179号(2019年6月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

2.本「ニューズレター」177号に添付した「研究についての名言クイズ43問 (2019年度版,ver.12)の答えは以下の通りです:暗記、模倣、観察、/発見、ただのバカ/確信(または信念)、自己懐疑、正しい、独学/自信、変わる、価値観、批判/仮説、書き直さ、仮説/what、事実/continuation・続ける、惰性、無心、退屈/論文、量、あきらめ、小さく、弁解、批判/日曜日、進歩、無理/忙しい、忙しく、忙しい、/勉強、スマート/重要度、社会性、雑用/ひとりで、楽しむ、好き/恋心


1. 論文:予防・健康づくりで個人に対する金銭的インセンティブや「ナッジ」はどこまで有効か?

(「深層を読む・真相を解く」(85)『日本医事新報』2019年4月6日号(4954号):20-21頁)

本連載(82)(4936号)で、安倍内閣の経済産業省主導の「全世代型社会保障改革」の予防医療への焦点化を検討した際、私は「予防医療を重視し、健康寿命延伸を目指すことには、国民への強制を伴わない限り、賛成」と書きました。

実は現時点では、経済産業省も厚生労働省も公式文書では「国民への強制」や個人へのペナルティには触れていません(経産省には個人的にそれを主張している方はいます)。それに代えて両省の文書は、行動変容を促進するための個人へのインセンティブや「ナッジ」の活用を強調しています。

2018年10月22日に開かれた厚生労働省の第1回2040年を展望した社会保障・働き方改革本部の資料3の「健康寿命延伸プランの方向性」の項では、保険者だけでなく、個人に対する「インセンティブの強化、ナッジの活用」が強調されました。例えば、「個人の予防・健康づくりに関する行動変容につなげる取組の強化(ナッジ、ヘルスケアポイント、ウェアラブル機器等)」です。同年10月15日の第2回経済産業省・産業構造審議会2050経済社会構造部会には、そのものズバリ「健康寿命の延伸に向けた予防・健康インセンティブの強化について」(資料3)が提出され、その内容は、本年3月12日の第4回2050経済社会構造部会の「疾病・介護予防に関する政策提案」にも盛り込まれました。

ただし、両省の文書でインセンティブやナッジが個人の健康行動に与える影響についてのエビデンスは示されていません。そこで医療経済学と行動経済学のこの点についての最近の知見を調べたので、紹介します。併せて、行動経済学に対する私の複眼的評価を述べます。

金銭的インセンティブの効果はない

「インセンティブ」は極めて多義的ですが、今回は金銭的インセンティブが個人の健康行動に与える影響に限定します。

この問題に詳しい橋本英樹東京大学大学院教授によると、外的報酬(金銭給付等)を用いたインセンティブはそれが停止された後は行動変容効果が失われるという事実は、すでに1980年代の経済心理学(行動経済学)の実験的研究で明らかにされていたそうです。1999年発表のメタアナリシス(対象は128研究)は、結論の最後で「主として外的報酬の利用に焦点化する戦略は、内的動機を促進するよりも抑制するという重大なリスクをもたらす」と述べています(Deci ED, et al: A meta-analytic review of experiments examining the effects of extrinsic rewards on intrinsic motivation. Psychological Bulletin 125(6):627-668,1999)。

この文献は「動機付け」全般を検討しましたが、2016年出版の『行動経済学と公衆衛生』第8章「健康行動へのインセンティブ付与」は、個人に対する金銭的インセンティブによる健康な生活への行動変容が可能か否かについての実証研究の結果を分野別(肥満、禁煙、服薬遵守、薬物依存、身体運動促進)に検討しています。そして、諸研究の結果は、どの分野でも、経済的インセンティブは、それが与えられている期間はある程度有効だが、インセンティブがなくなれば効果はすぐに消失する(持続しない)という点で、共通していると、まとめています(Roberto CA, Kawachi I (eds) "Behavioral Economics & Public Health" Oxford University Press,2016,pp231。未邦訳)。

私が文献検索した限りでは2017年以降発表された実証研究でもこの結論は維持されています。

ナッジは多様で効果は未知数

次にナッジ(nudge。原義は「やんわり押す」)は、ノーベル経済学賞受賞の行動経済学者セイラー・シカゴ大学教授の提唱により普及した概念で、本来は、「行動経済学的な手段を用いて、選択の自由を確保しながら、金銭的なインセンティブを用いないで、行動変容を引きおこすこと」と定義され、「命令ではない」とされています(大竹文雄・他編『医療現場の行動経済学』東洋経済新報社,2018,39頁)。

ナッジは何よりも選択の自由を重視するアメリカやイギリスでは非常に人気があり、イギリスのキャメロン前保守党政権は、セイラー教授の協力を得て、ナッジを用いたさまざまな実験的社会政策を導入しました。ただし、教授自身は、その効果は限定的であることを強調し、「多くの改善は一見するとごく小さいものである」と抑制的に述べています(『行動経済学の逆襲』早川書房,2016,469頁)。

ナッジ概念は非常に魅力的ですが、極めて多義的であり、私はこの本を読んだ時、何でもかんでもみんなナッジに含むことが気になりました。セイラー教授に限らず、最近は、少額の金銭的インセンティブを用いるものもナッジに含んでいるようです。

私も、社会・環境を変えるためにナッジを用いると、それなりの効果を上げられると期待しています。しかし、個人を対象にしたナッジにより健康行動が改善したとのエビデンスはまだほとんどないと思います。上述したように、広義のナッジに含まれる金銭的インセンティブの効果は証明されていません。

「ナッジを超えて」

アメリカでも、最近はナッジの限界を強調する医療側の主張も見られます。一番示唆的なのはユーベル氏の評論「ナッジを超えて」です(Ubel PA, et al: Beyond nudges.NEJM 380(4):309-311,2019)。

氏は、ナッジは、健康に関する問題行動に、個人の選択の自由に干渉しないで取り組む新しい方法として人気があるが、危険な健康行動や医療行為に対してはしばしば「ナッジ」以上のことをすることが求められるとし、それらを以下の3つに分類しています。①一部の健康に関する行動は当事者だけでなく、他の人々にも危害を与える(間接喫煙等)。②医療選択の一部は患者だけが選択するのではない(医師が不必要な検査や治療を指示等)。③経済的利害はしばしば患者や社会に危害を与える医療選択をもたらす(製薬会社の過度のマーケティング等)。

ただし、氏はナッジがうまくいかない時、すぐに強制的な規制を行うべきと主張しているのではありません。氏は、介入は「連続体」であり、情報提供から、「あめとむち」、さらには選択の廃止に至る「介入の階梯」があり、ナッジにも「様々な組み合わせ」があるし、行動の危険性も連続体であることを強調しています。このことを踏まえて、氏は健康・医療の政策担当者は、重大な有害行動に対しては、時にナッジ以上のもっと強い介入を検討すべきであると主張しています。本論文はナッジ流行への「解毒剤」として有用と思います。

行動経済学の複眼的評価

最後に、行動経済学に対する私の評価を簡単に述べます。私は、行動経済学は「利己的で合理的な個人」という新古典派経済学の伝統的人間観を否定した点では大きな歴史的な意義があると思っています。セイラー教授の『行動経済学の逆襲』(早川書房,2016)には、教授が新古典派経済学者の攻撃・批判と闘いながら行動経済学を確立した過程が率直かつ痛快に書かれています。

他面、行動経済学は、伝統的な新古典派経済学と同じく、人間を個人レベルでのみ捉えており(「方法論的個人主義」)、人間を歴史的・社会的存在として捉える視点あるいはSDH(健康の社会的決定要因)の視点が欠けています。そのため行動経済学で得られた人間行動の知見を医療や医療政策にストレートに適用すべきではないと思っています。

上述した『行動経済学と公衆衛生』第1章の結論(「行動経済学の強みと弱み」19-22頁))も、個人の健康行動には個人の特性よりも環境の特性の方が大きな影響を与えることを強調し、行動経済学は伝統的な公衆衛生原則(健康教育、課税、および直接規制)の代替ではなく補足であると述べており、私も同感です。

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2. 論文:(連載)医療提供体制の変貌-病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に(第1回)私の病院チェーンと複合体研究の回顧

(『病院』2019年4月号(78巻4号):281-287頁)

はじめに-連載開始にあたって

日本の医療提供体制(旧・医療提供制度)の研究は、病院勤務医時代からの私の中心研究テーマです。私は1972年に東京医科歯科大学医学部を卒業した直後に、川上武先生の指導を受けながら、医療問題の研究を始め、1974年に「戦後医療機関の変遷」を発表しました(1)。それ以来現在まで45年間、医療提供体制の構造分析(実証研究。量的研究)や政策研究、理論研究を続けてきました。

実証研究の中で特に思い出深いのは1980年代後半に行った病院チェーンの全国調査研究と1990年代後半に行った保健・医療・福祉複合体(以下、「複合体」)の全国調査研究で、ともに『病院』誌に掲載しました(2,3)。両研究では、官庁統計の空白(盲点)を埋めるため独自の全国調査を行い、得られた結果の医療経済学的考察を行いました。両研究はその後大幅に加筆して、医学書院から出版した単行本(『現代日本医療の実証分析』『保健・医療・福祉複合体』)に収録しました(4,5)。私は両者は日本の医療提供体制の「認識枠組み」を変えた研究と自己評価しています。両研究を含め、「医療提供体制の変貌」の主要研究は、昨年出版した『医療経済・政策学の探究』に再録しました(6)

私は2000年以降も医療提供体制(改革)の政策研究は継続していますが、本格的な実証研究は、『病院』誌に2001年に発表した「京都府の介護保険指定事業者の実態調査」以降、20年近く行えていません(7)

言うまでもなく、2000年前後以降、日本の医療提供体制は大きく変貌しています。それについての研究論文や事例報告も少なくありませんが、今村仁氏が指摘しているように、私の「著書以降、このテーマについて全国を網羅した詳細な実態調査と医療経済学的分析を行った著書[や論文-二木]」は発表されていません(8)。そこで本連載、「医療提供体制の変貌-病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に」(各月掲載)で、ほぼ20年ぶりにそれに挑戦したいと思います。

その「導入」として、第1回では、病院チェーンと複合体についての私の今までの主な研究のポイントを紹介するとともに、当時の私の分析・予測の妥当性を検証します。第2回は、私以外の諸研究のレビューを行います。第3回は、既存の官庁統計を用いて、2000年以降の医療提供体制の変貌を示します。言うまでもなくこれには大きな限界があるので、第4回以降は、独自調査に基づいて、病院チェーンと「複合体」の最新の全体像と特徴的な動きを明らかにしたいと思います。ただし、この部分は「探索的(走りながら考える)研究」にならざるを得ないので、第4回以降の具体的テーマはまだ示せません。ご了承ください。

私的病院チェーンの実証研究

私が1980年代後半~90年代初頭に行った私的病院チェーンの実証研究のうち、主なものは以下の3つです。第1・第3論文は『医療経済・政策学の探究』にも収録しました。

「わが国の私的病院チェーンはどこまで進んでいるか?」(1989,90)(2,4)

私は、当時、「私的病院チェーンの急進展は1980年代の医療供給制度の最大の構造変化」であり、病院チェーンの存在を抜きにして、今後のわが国の医療供給制度を考えることはもはやできないと考えました。そこで、本論文(以下、第1論文)で、『全国医療法人名簿』(日本医療法人協会)を中心とする各種病院名簿を用いて、わが国の私的病院チェーンの実態を、1960年代にまで遡って調査しました。主な結果は、以下の6点です。

①わが国の私的病院チェーンは1970年代後半以降急増し続けており、1988年には、医療法人病院病床の約25%(推定。正しくは23.8%(後述))、公益法人・その他の法人の病院病床のそれぞれ31%、33%を占めるに至っている。②1988年に1000床以上の病院病床を有する私的巨大病院チェーンは、私立大学病院チェーンを除いても、医療法人17、公益法人5、社会福祉法人2、の合計24法人に達している。③巨大医療法人病院チェーンの主流は、かつては精神病床主体だったが、現在では一般病床主体に変貌している。また、病院チェーンは巨大化するにつれて、共通して「垂直的統合」の病院展開を行うようになっている。④わが国の巨大医療法人病院チェーンは徳洲会を除いて依然として地域的存在であり、17法人平均の病院所在都道府県数は2.3にすぎない。⑤毎年の医療法人所得上位10法人のうち6~8法人は、病院チェーンが占めている。このことは、「利潤極大化」のためには病院チェーンによる規模拡大の方が、単一の病院の規模拡大よりも有利であることを示唆している。⑥私立医科大学病院のチェーン化は一般の私的病院よりもはるかに進んでおり、1988年には私立医科大学29校中18校(62%)が病院チェーンであり、これらが私立医科大学病院病床総数の74%を占めている。特に、首都圏では17大学中15大学がチェーン化している。

以上を踏まえて、私は、日本の病院は小規模で独立しているとのそれまでの通念、および1980年代を「医療(病院)冬の時代」と見なす当時の悲観論の誤りを指摘しました。

実は、当時、私的病院チェーンにはスキャンダルや不祥事が少なくなかったため、それに対するマイナスイメージが強く、私的病院チェーン即営利と決めつける医療関係者も少なくありませんでした。それに対して、私は「病院チェーン化そのものと個々の病院チェーンの営利的行動とは区別して考えるべきだ」と考え、以下のように主張しました。「原理的及び実践的に病院チェーン化は病院経営の効率向上の一つの重要な方法であり、問題は経営の効率化により得た利益を、患者サービスの向上に還元するか、経営者の私腹を肥やすためにのみ使うか」である。

と同時に、私は「病院チェーンの急成長は費用節減よりも、主として(明らかな過剰診療とまではいかないにせよ)医業収入の『極大化』によってもたらされたと推定し」、「病院チェーンによる経営効率化が、マクロなレベルでの医療費の節減に寄与することはありえない」と判断しました。以上の複眼的判断基準は、現在もそのまま通用すると自己評価しています。その後、アメリカでの実証研究により「病院統合(病院チェーンとほぼ同義)」は医療費を増加させることが疑問の余地なく確認されました(後述)。

「私的病院チェーンの最近の動向」(1991)(9)

本論文は上記第1論文の「続編」であり、日本の私的病院チェーンの統計面での全体像の「決定版」を目ざしました。具体的には、第1論文で明らかにした、医療法人、公益法人、その他の法人に加え、学校法人と会社(以上、狭義の私的病院)、および社会保険関係団体の病院チェーンについて調査し、1988年には狭義の私的病院チェーンの病床数シェアは29.5%、社会保険関係団体を含めた広義の私的病院チェーンの病床シェアは32.3%に達していることを明らかにしました。

この論文では、簡単な「私的病院チェーンの日米比較」を行い、日本の数値(32.3%)は、1988年のアメリカの急性期病院チェーン(multi-hospital systems.公共団体立を除く)の病床シェア38.6%に近いという意外な事実を明らかにしました。それを踏まえて、私は「(私的)病院チェーンの普及という点で、わが国がアメリカに次いで世界第二位であることは確実」と推測しつつ、「個々の病院チェーンの規模という点では、日米の間には極めて大きな格差がある」とも指摘しました。

この論文では「病院チェーンの医療の質」の評価も試みましたが、資料不足のため、医療の質が「巨大病院チェーンで低いとはいえない」(高いともいえない)とのアイマイな結果に終わりました。

この論文の「おわりに」では「90年代の私的病院チェーンの展開」を予想し、最後に次のように述べました。「90年代には、病院だけでなく、老人保健施設や特別養護老人ホーム、有料老人ホーム、あるいは健康増進施設などを所有する、いわば『ヘルスケア・チェーン(ヘルスケア・グループ)』も、相当出現するであろう。現在でも、病院(チェーン)を中核として保健・医療・福祉施設を『垂直統合』している『複合施設群』は、いくつかの地域に形成されている。90年代には、このような形態の『ヘルスケア・グループ』が、各地に誕生することになる、と私は予測している」。この予測に基づいて、私は1996年から「複合体の全国調査」を始めました。

「医療法人の病院チェーン化は1980年代後半以降どのくらい進んだか?」(1994)(10)

本論文は、第1論文の「続続編」です。まず、7年ぶりに発行された『平成3年版医療法人名簿』から、1991年の医療法人病院チェーンを抽出し、それが全医療法人病院病床の23.8%であると推計しました。この割合は1984年の22.2%に比べると1.6%ポイント上昇していましたが、1979-84年の5年間の増加5.9%ポイントに比べて著しく低いと言えます(図1)

このような病院チェーン拡大傾向の減速は1985年の医療法第一次改正で導入された「医療計画」による病床規制により、病院の新設が厳しく制限された結果と言えます。実は、私は第1論文では、「病床規制下でも病院そのものの買収あるいは病院の開設権利の買収により、チェーン化が着実に進む」と予測しました。しかし、以上の結果は「全国的にみれば、病院買収による病院チェーン化がこの間急増していたわけではないことを示唆している」と解釈しました。ただし、大規模病院チェーンの病院買収による更なる規模拡大は21世紀に入って急増していると言われており、本連載でも調査したいと考えています。

本論文では、以下の事実も明らかにしました。①病院開設医療法人のうち病院チェーンの割合は1991年で8.7%、②1984-91年の病院チェーン病床数増加の主因は新病院チェーンの形成(74.8%)、③病院チェーンの老人保健施設開設率(「ヘルスケアグループ」化)は、病院チェーンの規模に関わりがなくほぼ一定であり、1施設当たりの定員はむしろ小規模病院チェーンの方が大きい。

③は私の当初の予想とは逆であり、「この結果は、老人保健施設開設に関しては、病院チェーンの『規模の利益』(スケールメリット)は働かないこと、中小病院チェーンにも老人保健施設開設の大きな『ビジネスチャンス』があることを示唆している」と判断しました。本論文は、次に述べる「複合体」研究の先駆けと言えます。

保健・医療・福祉複合体についての実証研究と評論

私は、「複合体」についてたくさんの論文を発表しましたが、現在でも読むに値すると自己評価しているのは以下の4論文(実証研究と評論)です。これらはいずれも『医療経済・政策学の探究』に収録しました。

「保健・医療・福祉複合体の全体像」(1998)(5,11)

本論文は、著書『保健・医療・福祉複合体』の第Ⅰ部(初出は『社会保険旬報』)であり、1996~1998年に行った「複合体」の全国調査の「総括論文」で、「複合体」の全体像を初めて示すとともに、医療経済学的考察を加えました。私は、この調査に際して、複合体を「母体法人が単独、または関連・系列法人とともに、医療施設(病院・診療所)となんらかの保健・福祉施設の両方を開設しているもの」と定義しました。

この全国調査では、厚生省(当時)の公式統計ではまったく分からない「複合体」の実態を全国の延べ1,644人の個人・施設・組織からいただいた貴重な資料や情報と、全国の複合体の実地調査に基づいて多面的に明らかにしました。本研究は私が今までに行った最大の実証研究で、しかも学術的価値が高く、私のライフワークと自己評価しています。1999年には、『保健・医療・福祉複合体』で社会政策学会奨励賞を受賞しました。

複合体調査は以下の7種類の全国調査から構成されます。①私的医療機関を「母体」とする特別養護老人ホームの全国調査。②同老人保健施設の全国調査。③私的病院・老人保健施設・特別養護老人ホーム[の3点セット]を開設しているグループの全国調査。④在宅介護支援センターの「母体」とチェーン化の全国調査。⑤私的医療機関を「母体」とする看護・医療技術系・介護福祉士学校の全国調査。⑥自治体の「複合体」の全国調査。⑦私立医科大学の「複合体」化はどこまで進んでいるか?なお、『保健・医療・福祉複合体』第Ⅲ部には、『病院』連載とは別に行った「[500床以上の]大病院の構造と発展」の調査研究も含んでいます(12)■。

■調査結果のハイライト

「複合体」の調査結果のハイライトは2つあります。1つは5種類の「保健・福祉施設種類別の私的医療機関母体施設」割合(1996年)を明らかにしたことです(表1)。ここで私的医療機関は「広義」で、日赤・済生会・厚生連などを含みます(これらは医療法上は「公的」と分類されるが、社会福祉法上は「私的」とされているため)。この表で最も注目を集めたのは、特別養護老人ホームは典型的な社会福祉施設であり、制度上は医療施設とはまったく無関係であるにもかかわらず、私的医療機関母体が30.7%も存在するとの意外な事実です。表には示しませんでしたが、各施設とも都道府県別の私的医療機関母体施設割合には大きな差があり、例えば特別養護老人ホームでは最高は72.2%(佐賀県)、最低は1.7%(秋田県)でした。

もう1つは「病院・老人保健施設・特別養護老人ホームの『3点セット』開設グループ」が1996年に全国に約260グループも存在することを明らかにしたことです(表2)。これには「広義」の私的医療機関も含みますが、日赤・済生会・厚生連を除いた狭義の私的医療機関が95.8%、医療法人だけでも77.2%を占めていました。私は当時、「3点セット開設グループ」を「複合体」の中核・典型と位置づけ、詳細な分析を行いました。ただし、2000年の介護保険制度創設以降は、老人保健施設や特別養護老人ホーム以外の介護保険施設や介護保険外施設が急増し、現在では「3点セット開設グループ」が「複合体」の中核・典型とは必ずしも言えなくなっています。「複合体」の多様化については本連載で明らかにしたいと思っています。

■結果の医療経済・政策学的考察

本論文の「考察」では、私の事前予想(仮説)の検証を行った上で、医療経済学・医療政策研究(医療経済・政策学)からみた「複合体」の光と影について考察しました。後者については、「複合体」の経済的効果を理論的に検討し、次に2000年に開始される介護保険が「複合体」の追い風になると私が予測する理由を説明し、最後に「複合体」(の一部に見られる)以下の4つのマイナス面を指摘しました:①「地域独占」(患者・利用者を自己の経営する各施設に「囲い込み」、結果的に利用者の選択の自由を制限する)、②「福祉の医療化」(川上武氏)による福祉本来の発展の阻害、③「クリーム・スキミング(利益のあがる分野への集中)」による「利潤極大化」、④中央・地方政治家・行政との癒着。

これらのうち①について、「患者・利用者の『囲い込み』は、『複合体』の各施設のサービスの質が一定水準を保っている場合には、必ずしも利用者の不利にはならず、逆に利用者の安心感を高める側面もある」と指摘すると共に、「しかし、『囲い込み』が過度になれば、地域全体の『保健・医療・福祉の連携と統合』を阻害する」とも述べました。

「考察」では、医療供給制度の規制緩和の焦点となっていた営利企業の病院経営への参入の議論にも触れ、「それへの賛成論も反対論も、法的には非営利である私的医療機関の相当部分が『複合体』化するなどして、事実上の『医療の企業化』が進んでいる現実をまったく見落としている」と批判しました。その上で、「一般には、『医療の企業化』は即営利企業の医療分野への参入と短絡的に理解されているが、川上武氏はこの概念に、『企業の医療への導入と、企業家的医師の活動範囲の拡大』の両方を含むべきことを提唱している」と紹介し、私もそれに同意見であると述べました。

実は本研究は、当初は介護保険制度とは無関係に計画しましたが、介護保険論争を挟んだ結果、「介護保険の先(の21世紀の保健・医療・福祉システム)を読む研究」、ドラッカーの言葉を借りると「すでに起こった未来」の研究になったと自己評価しています。本書の出版後、「複合体」という用語は、医療・福祉関係者の間で「一般名詞」になりました。

『保健・医療・福祉複合体とIDSの日米比較研究』(2001)(13)

本論文では、詳細な文献研究とアメリカ・カリフォルニア州のIDS(Integrated Delivery System.「統合医療供給システム」。IDNなども同義)の実地調査に基づいて、アメリカのIDSの全体像を日本で初めて紹介しました。実は、私は研究開始当初、日本の「複合体」とアメリカのIDSの類似性に注目し、両者の包括的な比較研究を計画していたのですが、研究の過程で、逆に両者の実態には異質な面の方がはるかに多いため、単純な比較は危険であると考えるようになり、アメリカのIDSの全体像の把握と紹介に方向転換しました。

本論文では、「IDSの経営的・経済的効果の研究」の文献レビューも行いましたが、IDSの経営的・経済的な効果を厳密な統計手法を用いて、証明した実証研究はほとんど存在しない」ことを見いだし、「IDSの経営的・経済的効果の実証研究は始まったばかりであり、しかも一定の結論は得られていない」とまとめました。

この研究の「おわりに」では、私が1993-1994年のアメリカUCLA留学中に発見した「日米医療の異質性の再確認」を行い、「国際的にみてわが国と反対の極にあるアメリカの医療制度・政策を、その歴史的・社会的文脈を無視して、つまみ食い的にわが国へ移植する-「米国で成功しているよい面だけを取り入れる」-ことは不可能」であり、「日本医療の改革はあくまでも日本医療の歴史と現実に基づいて行うべきである」と結論づけました。

なお、2006年と20012年にアメリカの有名なシンクタンクが発表した病院統合についての2つの体系的文献レビューでは、病院統合が医療費を増加させることが疑問の余地なく確認され、しかも医療の質の向上も実証されませんでした(14)

「医療・福祉の連携か複合か」(2002)(15)

これは『Gerontology』で行った「誌上ディベイト」であり、以下の3点を示しました。①連携と「複合体」とは対立物でなく、連続している。②病院だけでなく診療所も、本格的に地域ケアに取り組もうとすると、なんらかの「複合体」を形成する必要にせまられる。③介護保険制度は地域での連携を阻害し、医療施設の「複合体」化を促進する。

「おわりに」では、連携と複合体を対立的に論じるのは無意味であり、「今求められていることは、(中略)それぞれの地域の実態と特性に合わせて、連携と『複合体』との競争的共存の道を探ることだ」と結論づけました。私は、この視点は、医療機関が各地域で地域包括ケアを進めていく上でも有効だと判断しています。

「日本の保健・医療・福祉複合体の最新動向と『地域包括ケアシステム』」(2012)(16)

本論文は、2011年11月に韓国・延世大学高位者課程修了者日本訪問団に行った講義を論文化したものです。団員の大半は韓国の民間病院経営者で、韓国でも2007年に成立した介護保険制度(「老人長期療養保険制度」)の下での中小民間病院の生き残り戦略として「複合体」化に強い関心を持っていました。ちなみに、日本の介護保険制度と「複合体」についての私の論文集の韓国語訳が2006年に出版されており、団員の大半はそれの読者でした(17)

ただし、私は1998年以降、新たな「複合体」の全国調査は行っていなかったので、日本病院会の全国調査(2010年)と日本リハビリテーション病院・施設協会の全国調査(2011)で病院の「複合体」化の広がりの一端を示すにとどめました。本論文では、私の『保健・医療・福祉複合体』発表後、日本でも行われるようになった「複合体」の実証研究(量的研究と詳細な事例研究)を紹介しました。

最後に、「複合体の最近の注目すべき動き」として、以下の3点を紹介しました。①「地域の中核的複合体による地域振興、地域経済活性化の取り組み」。「複合体が地方、特に人口減少に悩む過疎地域で、かつての公共事業に代わって、雇用の下支えとなって」いる。②「地方都市を本拠地とする大規模複合体の首都圏・大都市部への進出」。③「巨大民間病院チェーン(グループ)がすべて複合体化している」(ただし、これは必ずしも新しい動きとは言えない)。ただし、本論文は、文献紹介も、最近の動きの紹介もスケッチにとどまったため、本連載でより掘り下げた検討を行いたいと思っています。

文献

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3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算158回)(2019年分その2:6論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○患者中心の医療にはイエスだが、患者を消費者と見なすことにはノー
Gusmano MK, et al: Patient-Centered care, Yes; Patients as consumers, No. Health Affairs 38(3):368-373,2019[評論]

多くの人々が、医療提供制度をもっと患者中心に改革しなければならないと主張している。患者中心医療の焦点はますます、患者を消費者と見なす概念に依拠するか、さらにはそれと融合しつつある。患者を消費者と見なす考えは初期には患者支援者(patient advocates)が主張し、彼らはそれにより医療における専門職・企業支配に挑戦しようとした。今日では、「消費者主導」医療は医療改革で市場の力を強調し、政府の規制や財政を軽視する新自由主義的考えと結びつくようになっている。我々の考えでは、消費者主義にこだわることは概念的に混乱しており、潜在的には危険である。消費者という隠喩(metaphor)は以下の3つの誤った仮定に基づいている:医療は一般的な意味での市場である、アメリカの医療費が高いことは消費者の過度の需要の関数である、価格の透明化と競争により費用抑制と質の向上を実現できる。さらに、消費者という隠喩は、医療費を抑制するよう患者に過度の負担を負わせ、しかも適切で効果的な医療を提供する専門職の義務をむしばむ危険がある。

二木コメント-私は大学院の「医療福祉経済論」講義で、毎年、以下のように話していまるので、本論文の事実認識と価値判断に大いに共感しました。(新古典派)経済学の「需要」概念は支払い能力と支払い意思を持つ「消費者」の存在を大前提とし、「消費者」が自己の支払能力に応じて異なる商品・サービスを購入することを当然視している。しかし、アメリカ以外の高所得国は、国民全体を対象とする公的医療保障制度を有し、患者が支払能力ではなく「ニーズ」に基づいて医療を受けられる権利を保証している。そのため、アメリカ以外の国の医療では、「需要」や「消費者」という概念をそのまま用いるのことはできない。

なお、Health Affairs誌2019年3月号の特集は「消費者としての患者」「患者と消費者」で、本論文を含めて17論文を掲載しています。

○[アメリカ・コネチカット州の公務員医療保険における]高価値の予防医療を増加させる消費者への介入の波及効果
Cliff BO, et al: Spillover effects from a consumer-based intervention to increase high-value preventive care Health Affairs 38(3):448-455,2019[量的研究]

高価値の医療サービスの利用を増やし、効果がほとんどまたは全くないサービスの利用を減らすことは効率的医療制度の中心的ゴールである。しかし、高価値サービス利用を奨励すると、低価値サービスの利用に意図せざる影響を与える可能性がある。コネチカット州の公務員向け医療保険(本人・家族併せて約19万人が加入)が2011年に給付方式を変更し、加入者にエビデンスの確認された高価値の予防サービス、健康診断、慢性疾患管理の医薬品服用を義務化すると共にそれらの自己負担を削減・軽減してから2年間の、高価値サービスと低下値サービス(エビデンスの確認されていない4つの予防サービスと9つの検査。後者の大半は画像診断)利用の変化を調査した。1年目には、介入群(給付方式変更)では、対照群(給付方式不変)に比べて、高価値サービス利用が11.0%ポイント増加したが、低価値サービス利用も7.9%増加した。高価値サービスの利用増加の74%と低価値サービスの利用増加の57%は、予防サービス利用の増加と関連していた。この結果は、高価値の予防サービス利用を増やそうとする介入は低価値サービスの利用増加という波及効果を持っていることを含意ししている。

二木コメント-本「社会実験」は金銭的インセンティブにより、高価値サービス利用を増やす代わりに、低価値サービスの利用を減らすことは困難なことを示しています。言うまでもありませんが、この実験により総医療費は相当増加します。

○効果的な医療費抑制政策:体系的文献レビュー
Stadhouders N, et al: Effective healthcare cost-containment policies: A systematic review. Health Policy 123(1):71-79,2019[文献レビュー]

医療費の持続不可能な増加は効果的な医療費抑制政策を求めている。政策効果のレビューを、保険者の視点からの総医療費(保険給付費)を主たるアウトカム指標として用いて、行った。1970年以降のOECD全加盟国を含んだ。厳格な質評価後、43の原著論文と341研究を含む18の体系的文献レビューを選んだ。もっとも頻繁に評価された政策は、支払い方式の改革(10研究)、マネジドケア(8研究)と自己負担(6研究)であった。このテーマが重要であるにもかかわらず、多くのしばしば用いられる政策は、医療費抑制の効果という点ではごく限られたエビデンスしか得られなかった。費用抑制政策のうち主な41種類のうち、21では評価さえ行われていなかった。しかも多くの評価には高い確率でバイアスがあった。そのため、政策は実施後、もっとルーチンにかつ厳格に評価されるべきである。現在得られる良質なエビデンスは、医療費伸び率の抑制は、自己負担、マネジド・コンペティション、参照価格、ジェネリック医薬品への代替、及び医療過誤訴訟法の改革(tort reform)の組み合わせにより、実現できる可能性があることを示唆している。

二木コメント-論文テーマは魅力的ですが、単独で有効な世界共通の医療費(伸び率)抑制政策は存在しないというごく常識的結論です。

○継続的に[3年連続で]高額医療の[アメリカ]メディケア患者の特徴と消費パターン
Figueroa JF, et al: Characteristics and spending patterns of persistently high-cost Medicare patients. Health Affairs 38(1):107-114,2019[量的研究]

毎年、メディケア医療費の5割以上を、高額医療費の上位10%の患者が消費している。そのために、医療費抑制の1つの戦略は継続的に高医療費であるメディケア受給者をターゲットにしている。2012-2014年のメディケア受給者20%標本を用いて、3年間継続して高医療費(各年とも医療費が上位10%)の患者を同定し、彼らの特徴と医療消費が他の患者(一時的に高医療費または一度も高医療費ではなかった)と比較する。

その結果、2012年に高医療費であった患者の28.1%(154,719人。メディケア継続加入者の2.8%)が、その後の2年間も高医療費であった。平均すると、継続的に高医療費の患者の、一時的に高医療費であった患者や一度も高医療費ではなかった患者に比べた特性は、相対的に若い(平均年齢66.4歳、65歳未満が41.5%)、マイノリティ、メディケアの腎不全給付の受給資格がある(透析または腎移植、12.4%。65歳未満の患者も含む)、メディケアとの重複受給(45.2%)であった(オッズ比も示されているが略)。1年当たり平均医療費は、継続的に高医療費であった患者で69,793ドル(約700万円)、一時的に高医療費であった患者で27,805ドル、一度も高医療費ではなかった患者で5,026ドルであった。継続的に高医療費であった患者は、それ以外の患者に比べて、相対的に外来医療費と医薬品費が高かったが、(適切な外来診療で潜在的に)予防可能な入院関連医療費はごくわずかだった。この結果は、単年度で高医療費である全患者をターゲットにする戦略の有効性に疑問を投げかけている。

二木コメント-単年度の高医療費患者の分析と対策には限界があることを示した好論文で、日本でも「追試」の価値があると思います。調査3年目のデータには患者死亡の有無も含まれているはずですが、残念ながら死亡者と生存者の医療費の比較はされていません。

○[アメリカにおける]1999-2012年の高齢者医療費増加の伸び率鈍化を説明する
Cutler DM, et al: Explaining the slowdown in medical spending growth among the elderly, 1999-2012. Health Affairs 38(2):222-229,2019[量的研究]

メディケア加入の65歳以上の高齢者の1999-2012年の1人当たり医療費の趨勢を分析し、なぜ医療費伸び率が2005年前後から低下しているかを検討した。1人当たり医療費にはメディケア以外の医療費も含めた。各年のデータはGDPデフレーターを用いて調整した2010年価格である。医療費を疾病別に分解したところ、伸び率鈍化の半分は心循環器系疾患医療費の伸び率鈍化のためだと分かった。伸び率鈍化は、認知症、腎疾患、性泌尿器疾患および急性疾患治療後の医療(aftercare)でも生じていた。急性疾患に対する医薬品の影響についての医学文献による推計から、主な心循環器系疾患の医療費伸び率低下の約半分(51%)は、心循環器系疾患のリスクファクター(高血圧、高脂血症、糖尿病)をコントロールする薬物治療を受けている患者の増加のためであることが分かった。心循環器系疾患医療での相当の費用抑制効果にもかかわらず、疾患の予防・コントロールにより医療費伸び率をさらに低下させる追加的な好機がまだ残っている。

二木コメント-アメリカにおける近年の医療費増加率の鈍化要因を疾患別に検討した研究で、医療費増加要因の分析を1人当たり実質医療費で行っているのは妥当と思います。日本での追試が期待されます。筆頭著者のCutler氏は高名な医療経済学者ですが、私の経験では、医療技術の効果を過大評価する傾向があり、しかも上記要旨の最後の一文は、今回の分析で得られたデータ・エビデンスには基づかない「希望的観測」(wishfull thinking)です。

○[アメリカの]ロード・アイランド州では民間医療保険に「適正価格基準」を導入後、医療費増加率が鈍化した
Baum A, et al: Health care spending slowed after Rhode Island applied affordability standards to commercial insurers. Health Affairs 38(2):237-245,2019[量的研究]

アメリカの各州はさまざまな規制を導入して医療費伸び率を鈍化させようとしているが、どの規制が効果的であるかについては不明である。本研究ではロード・アイランド州が2010年に全民間医療保険(以下、民間保険)に対して導入した「適正価格基準」の効果を検証する。この基準は、民間医療保険と病院・診療所の契約に対して価格規制(特に上昇率の上限設定とDRGに基づく入院医療費包括払い)を課すと共に、民間医療保険にプライマリケアの医療連携(care coordination service)費用を増やすよう求めた。差の差法を用いて、ロード・アイランド州の民間保険加入者38,001人(以下、介入群)とそれとマッチングした他州の民間保険加入者38,001人(以下、対照群)の2007-2016年の1人当たり医療費(各年の平均四半期医療費。インフレ調整済みの2015年価格)を比較した。

対照群(出来高払い。価格規制なし)と比べると、介入群の1人当たり医療費は「適正価格基準」導入後、76ドル(2009年に比べて8.2%)低かった。介入群の非出来高払いのプライマリケアの医療連携費用は21ドル増加した。総医療費増加率は鈍化したが、これは価格規制の導入により生じた価格低下のためであり、医療利用の低下のためではなかった。外来・入院利用については両群で差がなく、このことはプライマリケアの医療連携費用の増加は医療費伸び率増加を抑制しないことを示唆している。医療の質尺度は「適正価格導入」の影響を受けないか、改善していた。ロード・アイランド州の経験は州は価格規制により、医療の質を維持しつつ、民間保険の総医療費増加を抑制できる可能性があることを示唆している。

二木コメント-本論文も、前論文と同じく、医療費の指標として1人当たりの実質医療費を用いています。価格規制により総医療費の伸び率をコントロールできることは日本ではごく当たり前の常識ですが、アメリカでは州レベルで価格規制を導入したこと自体が画期的なのだと思います。医療連携の促進により医療利用・医療費を抑制できないとの結果は重要です。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その173)-最近知った名言・警句

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