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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻175号)』(転載)

二木立

発行日2019年02月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

1. 新著『地域包括ケアと医療・ソーシャルワーク』ベースにした講演を行います

本講演は同機構賛助会員が対象ですが、同機構のご好意で、座席に余裕のある範囲で、非会員も少人数受け入れていただけるそうです。当日は、拙新書の「著者割引販売」も行います。

非会員の方が申し込まれる際は、メール等に「二木先生の紹介」とお書き下さい。

2. 論文<予防医療で「医療費抑制」は誤り 「社会保障の産業化」も夢想>を『週刊エコノミスト』2月5日号(1月28日発売)に掲載しました。本論文は『文化連情報』2019年1月号・2月号の2論文の統合・圧縮+αです。本「ニューズレター」176号(2019年3月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい。

3.Buzzfeed Japan Medical(インターネットメディア)に2019年1月25~27日に、終末期医療(費)等についての私のインタビューが掲載されました(聞き手:岩永直子記者)。


1. 論文:予防医療の推進で「ヘルスケア産業」の育成・成長産業化は可能か?

(「二木教授の医療時評」(167) 文化連情報』2019年2月号(491号):16-21頁)

はじめに

本稿は、前回の「医療時評(166)」(以下、前稿)の続編です。前稿では、安倍晋三首相・経済産業省(以下、経産省)主導で進められている「全世代型社会保障改革」の予防医療(健康管理や介護予防を含む。以下同じ)への焦点化の背景・狙いを述べると共に、それが目指す生涯医療・介護費の抑制は困難であることを示しました(1)。しかし、予防医療への焦点化には、前稿の「おわりに」でチラリと書いたように、「社会保障サービスにおける産業化」(昨年11月20日経済財政諮問会議への民間議員提出文書「全世代が安心できる社会保障制度の構築に向けて」)、「ヘルスケア産業」の育成・成長産業化というもう一つの目標もあります。
経産省的には、こちらが「本丸」とも言えます。例えば、昨年12月12日の第10回次世代ヘルスケア産業協議会新事業創出WGへの「事務局説明資料①(次世代ヘルスケア産業協議会及び新事業創出WGの今後の議論について)」では、「ヘルスケア産業(公的保険外サービス産業群)の市場規模」が2016年の24.9兆円から2025年には33.0兆円へと32.4%増加するとの推計が示されています(18-19頁)。そしてこの「事務局」は経産省商務・サービスグループヘルスケア産業課です。そこで、本稿では、予防医療の推進によるヘルスケア産業の育成・成長産業化は可能かを検討します。結論を先に述べると、経産省自身の「推計」からも、それが困難であることが確認できます。

2つの「既視感」-民主党政権の「成長戦略」と1986年の厚生省文書

その前に、「社会保障の産業化」という表現・スローガンについての私の2つの「既視感」(deja vu)について簡単に述べます。

第1の既視感は、「社会保障の産業化」による経済成長は、安倍内閣に先立つ民主党政権時代にも目指されたことです(2)。特に菅直人内閣が2010年6月に閣議決定した「新成長戦略」は、7つの「戦略分野」の第2に「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」を掲げました。「新成長戦略」は第1章で「社会保障は、少子高齢化を背景に負担面ばかりが強調され、経済成長の足を引っ張るものと見なされてきた」ことを否定し、「社会保障には雇用創出を通じて成長をもたらす分野が多く含まれており、社会保障の充実が雇用創出を通じ、同時に成長をもたらすことが可能である」と主張し、それまでの自民党・公明党政権の政策を180度政策転換して、「年金、医療、介護、各制度の立て直しを進める」と宣言しました。医療分野の「ライフイノベーション」の柱は2つで、その1つが公的保険外の医療サービスの育成であり、それには医療ツーリズム、混合診療の拡大、健康関連サービス産業の育成の3つを含んでいました。「新成長戦略」は、医療・介護・健康関連産業の「成長牽引産業」化も目指しました。

当時私は、この政策転換自体は評価した上で、「公的保険外の医療サービスに経済成長効果はほとんどない」理由を示しました。さらに、医療・介護・健康関連産業は、あくまで経済成長の「下支え」にとどまるとも指摘しました。その後、菅内閣の置きみやげと言える2011年7月の閣議決定「社会保障・税一体改革成案」でも、「社会保障は需要・供給両面で経済成長に寄与する機能」と控えめに位置づけられ、「成長牽引産業」論は事実上否定されました。

ただし、菅内閣と安倍内閣には根本的違いがあります。菅内閣は、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の一体改革を標榜し、医療・介護・健康関連サービス産業育成のために、社会保障費を大幅に増やすことを目指しましたが、安倍内閣は逆に2013年の成立以来6年間、社会保障費の厳しい抑制を継続しています。

第2の既視感は、これよりもずっと古く今から30年以上前に遡ります。それは厚生省(当時)が1986年に発表した「高齢者対策企画推進本部報告」で、医療・福祉への民間活力導入を初めて提起したことです(3)。この報告では、5つの「高齢者対策の基本原則」の最後に「民間活力の導入」を、「各施策の改革の方向」の「二 保健・医療・福祉サービスの保障」(5つ)の最後に「民間活力の導入、活用」を掲げ、次のように述べました。「これまで公的施策を中心に提供されてきた福祉や保健医療の分野においても、民間の適切かつ効率的なサービスを併せて導入することが有効であり、こうしたビジネスの健全育成を図る」。「ア シルバーサービスの健全育成…高齢者がニードに応じた民間サービスを受けられるように、情報提供を行う体制を確立する。また、ねたきり老人等の介護保険についても民間保険の適正な育成を図る」、「イ 保健医療分野における民間活力の活用…保健事業において、…健康産業の育成…を図る」、「ウ 民活法案の検討」。さらに『平成3年版厚生白書』(1991)の第3章「民間サービス」では、シルバーサービス、民間医療保険、医療関連サービス、健康増進サービスの動向が35頁も事細かに紹介されました。これは第2章の「公的施策」の記述がわずか5頁であったのと対照的でした。

しかし、その後、民間介護保険も健康産業もほとんど育成されませんでした。その結果、2000年には(公的)介護保険制度が創設され、さらに2006年の医療制度改革関連法により、公的医療保険が「生活習慣病対策」を直接実施することになりました。

「ヘルスケア産業」は成長産業とは言えない

次に、「はじめに」で紹介した経産省の「ヘルスケア産業(公的保険外サービスの産業群)の市場規模(推計)」について検討します。ただし、第10回新事業創出WGに示された資料には概数しか示されていないため、それの元資料の同省委託事業(日本総合研究所「平成29年度健康寿命延伸産業創出推進事業調査報告書」。ウェブ上に公開)の数値の一部を表に示します。

ここで「ヘルスケア産業」(別名「健康寿命延伸産業」)は「健康保持・増進に働きかけるもの」(12分野)と 「患者/要支援・要介護者の生活を支援するもの」(4分野)を合わせた16分野の合計であり、その市場規模は2016年の24兆9400億円から2025年の33兆300億円へと、9年間で8兆900億円(32.4%)増加すると推計されています。

この数値は一見巨額ですが、年平均増加率は3.2%にすぎません。これは、医療・介護給付費(公的保険サービス)の2018~2025年度7年間の年平均増加率3.3%とほぼ同じであり、とても「成長産業」とは言えません(内閣官房・内閣府・財務省・厚生労働省「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」2018年5月)。

この理由は、65歳以上人口の伸び率を上回って急拡大している「ニューマーケット」や「高齢者関連ニューマーケット」(「計測機器」「ヘルスケア関連アプリ」等)に分類されるサービス(16分野の内数。数値は非表示)の市場規模が小さいためと思います(480-481頁)。個々の分野の成長率を過大視していないという点では、これは良心的推計と言えます[注1]

他面、2016年の市場規模は極端な過大推計です。特にヒドイのは次の2つです。①16分野のうち最大なのは「要支援・要介護者向け商品・サービス」の8.38兆円ですが、「介護関連住宅」と「福祉用具」には、介護保険給付分(特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、認知症老人グループホーム等。おそらく金額ではこれらが大半)がすべて含まれています(491-492頁)。報告書は「保険内外の切り分けが困難であり、一体として示している」と弁解していますが、公的給付分は広く公表されています。私は、今まで、経産省(関連)の過大推計をたくさん見てきましたが、これは過大推計の枠を超えたペテン推計と言えます。

②二番目に大きいのは「保険」の7.22兆円ですが、これは「第三保険全般」です。しかし、それの大半は公的医療保険の自己負担分の補填(「入院給付金」等)であり、すべて「ヘルスケア産業」(健康寿命延伸創出産業)に入れるのは水増しがすぎます(489-490頁)。ちなみに、伝統的保険論と新古典派経済学では、(公私の)医療保険加入者は「病気になっても医療費の一部だけを負担すればよいので、病気を予防する注意や努力を怠りがちになる」「モラルハザード(倫理の欠如)」が生じるとされており(井伊雅子氏)、予防医療の推進と矛盾します(ただし、私はこのような「モラルハザード」の使用は誤用だと考えています」(4))。

「ヘルスケア産業」に対する需要の急増も望めない

以上の推計は、主として「供給」サイドからのものです。しかし、この推計では「需要」サイドからの検討が抜けています。

「ヘルスケア産業(公的保険外サービスの産業群)」が成長するためには、私的部門、具体的には家計、保険者(その中心は健康保険組合)、及び一般企業のそれに対する需要が急増する必要がありますが、それは望み薄です。私がこう判断する理由は以下の通りです。

まず、家計については、実質賃金の伸び悩みに加えて、今後の医療保険料や医療費の窓口負担(強制負担)が増加すると予測される中で、家計がそれらの支払いと競合し、しかも全額自費の予防医療等に対する需要(自発的・裁量的負担)を大幅に増やすとは考えにくいと思います。強制負担と自発的負担の合計が家計負担の総額で、両者の間にはトレードオフの関係があるからです。

次に、健康保険組合の多くは財政難に苦しんでおり、予防医療等に大幅な費用負担をする余裕はないと思います。棟重卓三健保連理事も、最近、『週刊社会保障』の座談会で、健保組合の厳しい財政状態を何度も強調し、「健康寿命延伸のための推進力」になることに消極的でした(5)。私はこれを読んで、1999年(=20年前)の医療保険福祉審議会制度企画部会で、学識者の委員から「保険者機能の強化という課題について保険者自身はどう具体的に考えているのか」と問われて、日経連(当時)と健保連の代表が「レセプトの事務で精一杯」、「いろいろ規制があり、無力」と答えて、学識者の委員の失望を買ったことを思い出しました(6)

原則的に考えると、日本の「医療保険」の名称が正式には「健康保険」であることを踏まえると、それが被保険者の健康増進活動に積極的に取り組むのは当然とも言えます。ただ、この活動を個々の健康保険組合(より広くは国民健康保険等も加えた全保険者)の自主的取り組みに任せるだけでは保険者間の取り組みの格差が大きくなるので、「予防給付」を保険の現物給付に加えることを検討する必要があります。その場合には、その財源を賄うために、保険料を引き上げるか、引き上げない場合は新規の予防給付額に見合うように医療給付額を減らす必要があります。しかし、前者には保険者が大反対するし、後者には日本医師会・診療側が大反対するので、少なくとも短期的には実現可能性はありません。

第三に、企業についても、予防医療等に多額の費用を負担する・できるのはごく一部の優良企業のみと思います。以上から、私的部門(家計・保険者・企業)の予防医療等に対する需要が急増することは望めないと言えます。

予防による労働力・消費の大幅増加も望めない

ここで、経産省によるもう一つのトンデモ推計について述べます。それは、前稿でも触れた「次世代ヘルスケア産業協議会の今後の方向性について」(2018年4月18日)の「予防の投資効果(医療費・介護費、労働力、消費)について(試算結果概要)」です。それは、「高齢者の健康度が向上すれば、間接的なインパクトとして、労働力と消費の拡大が見込まれる。(最大840万人、年1.8兆円/年(2025)拡大)」としました。しかし、これは「65-74歳の高齢者が現役世代並みに働け、75歳以上の高齢者が65~74歳並みに働けると仮定した場合」の数値です。2017年の男女合計の労働力率は、15-64歳77.6%、65~74歳37.5%、75歳以上9.0%です(『平成30年版高齢社会白書』「労働力人口比率の推移」。65~74歳の数値は、65-70歳と71-75歳の数値から計算)。この数値に基づけば、経産省の「仮定」は、今後わずか7年間で65~74歳の労働力率を現在の37.5%から77.6%へと2.0倍化、75歳以上のそれを現在の9.0%から37.5%へとなんと4.2倍化できるとの超・浮世離れしたものです。

しかもこれだけ浮世離れした仮定を設けても、2025年の消費増は1.8兆円で、これは2025年の推計GDP645.6兆円のわずか0.3%にすぎません(「2040年を見据えた社会保障の将来見通し(議論の素材)」の「経済:ベースラインケース」)。経産省の推計は、同省の思惑とは逆に、予防による健康寿命の延伸は「成長戦略」になり得ないことを示しています。

おわりに-「千三つ官庁」経産省と厚労省の違い

以上で、予防医療の推進によりヘルスケア産業の育成・成長産業化が可能との最近の経産省の主張・推計は「エビデンスに基づく」ものでないことを示せたと思います。私は前稿と本稿の準備のために、経産省サイドのたくさんの文書を読みましたが、そのほとんどが「希望的観測」・「主観的願望」のオンパレードであることに驚きました。それにより、経産省が、前身の通商産業省(通産省)時代と同じく、「千三つ官庁」(計画、施策はたくさん作るがそのうち実現するのは「千に三つほどしかない」の意)であることを再確認しました。

厚生労働省は、予防医療の推進や健康寿命の延伸という点では内閣官房や経産省と歩調を合わせていますが、経産省のような「大風呂敷」は広げていません。逆に、鈴木俊彦事務次官は、最近の『社会保険旬報』の座談会で、健康寿命延伸の必要・意義を強調する一方で、「健康寿命の延伸と生産性の向上についてはまだ手がついていない」(14頁)、「まずは、施策の目標たり得るように健康寿命の定義をより確かなものにしていく必要があります」(18頁)と率直に述べています【注2】(7)。このことは、現時点では、健康寿命の定義もそれの延伸の方法論も未確立であることを意味します。同省には、このようなリアルな認識に基づいて、地に足の着いた施策を立案・実施することを期待します。

なお、私は、過去の健康寿命の延伸は非常に緩慢で、男女とも2000~2010年の10年間で1歳にとどまっている(『平成26年版厚生労働白書』46頁)ことを考えると、仮に今後、健康寿命の延伸が加速したとしても、「マクロ経済の生産面・需要面でプラスになる」(清家篤氏。上記座談会16頁)のはずっと先のことであり、短期的な「成長戦略」にはなりえないと思っています。

【注1】保険外サービスには医療機関も参入

経産省や日本総研は、「ヘルスケア産業(公的保険外サービスの産業群)」に営利企業のみが参入することを想定しています。しかし、医療機関、特に「保健・医療・福祉複合体」の一部は、すでに「地域包括ケア」推進の一環として、医療・介護保険外の各種サービス(健康増進、生活支援等)にも積極的に進出しています。地域住民の健康と生活の両方を包括的に支えることにより、地域住民の医療機関・複合体に対する信頼が増すだけでなく、将来の患者数増加や経営改善も期待できるため、今後この動きは強まると思います。

【注2】鈴木事務次官のもう一つの発言

私は、この座談会を読んで、鈴木事務次官の次の発言にも注目しました。「[日本の社会給付費の対GDP比が]2040年度の24%という水準は、日本よりも高齢化率の低いスウェーデンやフランスが現在負担している水準よりも低いものであり、国民が負担できないという水準ではない」(13頁)。この発言は、今後の社会保障給付の名目額の多さのみに注目して、危機意識を煽る経産省やマスコミ報道と異なり、大変見識があります。

文献

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2.新著『地域包括ケアと福祉・ソーシャルワーク』

(勁草書房,2019年1月15日,308頁,2500円+税)

はしがき

本書の目的は、安倍政権の医療・社会保障政策の最新動向を、地域包括ケアと医療改革、およびソーシャルワークを中心とする福祉改革に焦点を当てて、複眼的かつ歴史的視点から分析することです。各章の要旨は、各章冒頭に示したので、以下、各章で私が特に強調したいことを述べます。

序章「国民皆保険制度の意義と財源選択を再考する」で一番強調したいことは、国民皆保険制度が今や医療(保障)制度の枠を超えて、日本社会の統合を維持するための最後の砦になっていることです。私は財源論なき医療・社会保障改革論は無力と考えており、国民皆保険の主財源は保険料、補助的財源が租税だと私が判断する理由を述べます。併せて、社会保険方式への原理的批判や保険か租税の二者択一論の問題点を指摘します。さらに租税財源を消費税のみに絞るのは危険であり、それの多様化が不可欠だと主張します。

第1章「地域包括ケアと地域医療構想」で一番強調したいことは、地域包括ケアシステムの実態は全国一律に実施される「システム」ではなく、各地域で自主的に推進される「ネットワーク」であることです。本章でもう一つ強調したいことは、自宅での看取りを含め、在宅・地域ケアにより医療介護費の抑制はできず、厚生労働省高官もそれを認めていることです。

第2章「ソーシャルワークと介護人材確保」で一番強調したいことは、近年の医療・福祉改革が(医療)ソーシャルワーカーに対して危機にも好機にもなり、その主戦場は「地域」であることです。本章では、日本のソーシャルワーク領域で常用されている3つの概念・用語に対する私の率直な3つの疑問も述べ、代替案を示します。

第3章「2018年度診療報酬・介護報酬改定と医療技術評価」は、本書で一番力を入れて書きました。私が特に強調したいことは2つあります。1つは、2018年度に創設された介護医療院が医療者と厚生労働省との信頼関係の回復に大きく寄与したこと。もう1つは、2018年度診療報酬改定で、ロボット支援手術の保険適用が大幅拡大された反面、機器が高額であることを理由にした「加算」が見送られたことは、今後の医薬品・医療技術の費用対効果評価で重要な意味を持つことです。

第4章「2017年介護保険法改正と『骨太方針』」で一番強調したいことは、社会保障費・医療費の長期推計は名目額ではなく対GDP比で行う必要があり、それは急騰しないことです。併せて、2017年の介護保険法改正が「自立支援」偏重で、高齢者の尊厳の保持が無視されていることを強調します。

第5章「『厚生(労働)白書』の「生活習慣病」と「社会保障と経済」の記述の変遷」で一番強調したいことは、「生活習慣病」という用語は、疾病の遺伝的要因や社会的要因を無視し、疾病の原因が個人の「悪い生活習慣」にあるとの誤解を生んでいるため、見直す必要があることです。

第6章「日本と韓国の混合診療論争」で一番強調したいことは、日本で混合診療が原則禁止されていることは、平等な医療の確保という点だけでなく、医療費の不必要な増加を防ぐ上でも大きな意味があることです。

第7章「医療経済学の論点とフュックス教授からの学び」で一番強調したいことは、医療費増加の「最大の要因」は医師数増加であり、医療費抑制のためには医学部定員の削減が必要とする主張には無理があることです。

補章第2節「トランプ政権は2国間交渉で日本医療に何を求めてくるか?」はトランプ政権発足直後に行った思考実験ですが、医療面での今後の日米「経済交渉」を予測する基礎になると自負しています。

終章「私の医療経済・政策学研究の軌跡」は、昨年出版した『医療経済・政策学の探究』(勁草書房)のエッセンスです。

2018年11月

あとがき

本書は、『地域包括ケアと地域医療連携』(勁草書房,2015年10月)『地域包括ケアと福祉改革』(勁草書房,2017年3月)に続く、「地域包括ケア」シリーズの第3作で、2017年4月~2018年12月の1年9か月間に、『文化連情報』『日本医事新報』等に発表した30論文を収録しました。全論文とも「歴史の証言」としてそのまま収録しましたが、元論文発表後2018年11月までに生じた新しい重要な動き等は、本文中または本文末に補足しました。また、前著『医療経済・政策学の探究』(勁草書房,2018年2月)に続いて、本書でも「事項索引」に、初出論文やそこで引用した以前の著作の誤りの「訂正」(一覧)を加えました。

私は2017年3月末で日本福祉大学学長を退任し、同年4月から特別任用教授となり、2018年3月末に同大学を定年退職しました。そのため学長時代に比べると勉強・研究時間は飛躍的に増え、執筆する論文の「量」が増えただけでなく「質」も高まったと、やや甘い自己評価をしています。

本書で私が一番力を入れて書いたのは第3章「2018年度診療報酬・介護報酬改定と医療技術評価」、私の思いが一番強いのは、第5章第1節「厚生労働省の『生活習慣病』の説明の変遷と問題点」です。執筆に一番苦労したのは、第7章第2節「医療費増加の『最大の要因』は医師数増加か?」で、「パネルデータ分析」について基礎から学び直すと共に、権丈善一さん(慶應義塾大学)からのさまざまな情報提供や助言を受けて、ようやくまとめることができました。

一つ残念なことは、本書の初校後に書き上げた自信作「経済産業省主導の『全世代型社会保障改革』の予防医療への焦点化」を、時間切れのため本書に収録できなかったことです。本論文は、『文化連情報』2019年1月号に掲載し、ウェブ上にも公開します(「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」174号)。

幸い、私は心身とも健康であるため、今後も研究と言論活動および社会参加を、可能な限り長く-少なくとも85歳までは-続けようと考えています。日本福祉大学退職後も大学院で「医療福祉経済論」等の講義を続ける一方、医療・福祉領域の実証研究能力を身につけるか、磨くことを希望する方を対象にして、2018年4月から毎月、「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」を開いています。日本福祉大学勤務中は自粛していた、他大学大学院での「医療経済学」の集中講義も始めました。さらに、久しぶりに本格的な実証研究(量的研究)を再開し、2019年4月から『病院』誌に「医療提供体制の変貌-病院チェーンと保健・医療・福祉複合体を中心に」(仮題)を長期連載する予定です。『文化連情報』と『日本医事新報』の連載、および「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」(http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/) の配信も、編集部と読者からの要望がある限り続けます。

最後に、出版事情が悪いなかていねいな作業をしていただいた勁草書房編集部の橋本晶子さん、本書の元論文発表の場を継続的に提供いただいた『文化連情報』編集長の小磯明さんと『日本医事新報』編集部の荒井美幸・永野拓紀子さん、及び元論文の草稿に対して率直なコメントや貴重な情報をいただいた権丈善一さんをはじめとする多くの友人に感謝します。

2018年12月

序章 国民皆保険制度の意義と財源選択を再考する

第1章 地域包括ケアと地域医療構想

第1節 地域包括ケアと地域医療構想についての事実と論点

第2節 在宅での看取りの推進で医療介護費の抑制は可能か?

第3節 地域包括ケア強化のための医療と福祉の連携をどう進めるか?

第4節 地域包括ケアに向けて医師を志す者は何を学ぶべきか?

第5節 「地域包括ケア研究会2016年度報告書」をどう読むか?

第2章 ソーシャルワークと介護人材確保

第1節 「地域力強化検討会最終とりまとめ」を複眼的に読む
-ソーシャルワーカーの役割を中心に

第2節 近年の医療・福祉改革はソーシャルワーカーにとって好機か?危機か?

第3節 日本のソーシャルワーク・社会福祉領域で常用されている概念・用語に対する
私の3つの疑問と意見

第4節 介護人材の長期的確保策をどう考えるか?

第3章 2018年度診療報酬・介護報酬改定と医療技術評価

第1節 医療経済・政策学の視点から2018年度診療報酬・介護報酬同時改定を読む

第2節 医薬品等の費用対効果評価の価格調整方法の大筋合意を複眼的に評価する第3節 医薬品等の費用対効果評価は「医療政策的」にはもう終わった

第4節 2018年度診療報酬改定でのロボット支援手術の保険適用拡大の政策的・歴史的評価-「採算割れ」点数は新技術の普及を阻害しない

第4章 2017年介護保険法改正と「骨太方針」

第1節 介護保険法等改正案を複眼的に読む

第2節 「骨太方針2017」・「未来投資戦略2017」の医療改革方針に新味はあるか?

第3節 「骨太方針2018」と「社会保障の将来見通し」の複眼的検討

第4節 安倍政権の「高齢者対策大綱」は前政権の大綱とどう違うか?

第5章 『厚生(労働)白書』の「生活習慣病」と「社会保障と経済」の記述の変遷

第1節 厚生労働省の「生活習慣病」の説明の変遷と問題点
-用語の見直しを検討する時期

第2節 『平成29年版厚生労働白書-社会保障と経済成長』を複眼的に読む

第3節 過去の『厚生(労働)白書』中の「社会保障と経済(成長)」関連の記述の変遷

第6章 日本と韓国の混合診療論争

第1節 故植松治雄元日本医師会長が主導した2004年の混合診療全面解禁阻止の歴史的
意義

第2節 韓国・文在寅政権の医療改革案と医師会の反対
-混合診療をめぐる論争を中心に

第7章 医療経済学の論点とフュックス教授からの学び

第1節 「モラルハザード」は倫理の欠如か?-医療経済学での用法

第2節 医療費増加の「最大の要因」は医師数増加か?

第3節 フュックス教授の『医療経済・政策学』から何を学ぶか?

補章

第1節 「医師・看護師等の働き方ビジョン検討会報告書」の複眼的検討
-医師需給分科会「中間取りまとめ」との異同を中心に

第2節 トランプ政権は2国間交渉で日本医療に何を求めてくるか?
-TPP論争も踏まえての検討と予測

第3節 日医総研「日本の医療に関する意識調査」を複眼的に読む
-医療満足度の向上と平等医療への強い支持

終章 私の医療経済・政策学研究の軌跡-日本福祉大学大学院最終講義より

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算155回)(2018年分その11:10論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○OECD加盟国の医療費[増加]のパネルデータ分析への分位点回帰分析の適用
Tian F, et al: A quantile regression approach to panel data analysis of health-care expenditure in Organization for Economic Co-operation and Development countries. Health Economics 27(12):1921-1944,2018[量的研究]

本論文は、1人当たり医療費(増加)の様々な決定要因の影響のバラツキを調査する。OECD加盟28か国(日本を含む)の1990-2012年の調査データを用いて、固定効果・ダイナミックパネルモデルに基づく操作変数分位点回帰分析を行う。分位点(パーセンタイル点)は0.05,0.10,0.25,0.50,0.75,0.90,0.95の合計7点である。
その結果、1人当たり医療費増加の(統計的に有意な)決定要因として、前年の医療費、1人当たりGDP、医師密度(人口千人当たり医師数)、高齢人口割合、平均寿命、都市化、女子労働力率のそれぞれの増加率が確認されたが、それらは医療費増加の条件付き分布(各分位点)でバラツキが大きく、変化パターンも一様ではなかった。例えば、医師密度は、医療費増加の条件付き分布の下位分位点(0.05~0.50パーセンタイル)でのみ負の影響があった(つまり、この領域では医師数増加は医療費増加の抑制要因になる)。さらに、ボーモルの「不均衡成長モデル」は1人当たり医療費増加に対して有意に正の影響を与えており、しかもその影響はすべての分位点で非常に安定していることを見いだした。しかし、ボーモル変数の2つの要素(実質賃金上昇と労働生産性の上昇。その差がボーモル変数)と医療費増加の相関はそれよりもバラツキが大きかった。

以上の結果と比較すると、通常の条件付き平均値回帰では、前年の医療費増加、1人当たりGDPとボーモル変数(またはその要素)のみが医療費増加と関連していた。予測結果も、分位点回帰ダイナミックパネル操作変数モデルと線形パネルデータモデルとでは相当異なっていた。医療費研究では、決定要因の影響は分位点で異なることにもっと注意を払うべきである。

二木コメント-OECDデータを用いた医療費増加要因についての最新の極めて精密な計量経済学研究で、医療費のマクロ経済分析の研究者必読と思います。ただし英文要旨は極めて難解なため、上記抄訳は本文の記述でかなり補いました。本研究の新しさは、①従来の平均値に依存する線形回帰分析に代えて、分位点回帰分析を行ったこと、および②ボーモルの「不均衡成長モデル」を組み込んだことだと思います。私は、本研究でも医師数増加は医療費増加要因でないことが再確認されていることに注目しました。本論文で検討されている先行研究(1977~2016年に発表された20論文。表1)でも、医師数と医療費との関連を検討した19論文中15論文で、両者の関連はなかったとされています。

なお、分位点回帰分析は21世紀に入って開発された回帰分析の新手法で、伝統的な線形回帰分析が目的変数の分布の中心(平均値)の差・変化にのみ注目するのと異なり、「任意の、複数のパーセンタイル点(分位点)を予測のターゲットとできる回帰分析であり、説明変数の変化に応じた分布全域の変化の様子を記述できる」ため、「平均値を用いた分析では見落とされていた新たな知見が見いだされる可能性」があるとされています(石黒格「社会心理学データに対する分位点回帰分析の適用:ネットワーク・サイズを例として」『社会心理学研究』29(1):11-20,2013。ウェブ上に全文公開)。

<医師関連(5論文)>

○病院の専門医への報酬支払い:8高所得国の経験と教訓
Quentin W, et al: Paying hospital specialists: Experiences and lessons from eight high-income countries. Health Policy 122(5)473-484,2018[国際比較研究・文献レビュー]

病院の専門医への報酬支払方式(以下、支払い方式)は医療の効率と質に大きな影響を与える。本論文では8高所得国(カナダ、イングランド、フランス、ドイツ、スウェーデン、スイス、オランダ、アメリカ(メディケア))の病院の専門医の支払い方式の比較分析を行う。異なった支払い方式のインセンティブに注目した理論分析枠組みを用いて、潜在的的に興味深い各国の改革方法を同定する。

5か国では、ほとんどの専門医は被用者だったが、カナダとオランダとアメリカでは、専門医の多くは自営(非被用者)だった。文献レビューの主な知見は以下の通りである。(1)多くの国は混合型の支払い方式に移行しつつある。(2)オランダとスイスで導入された包括支払いと、ほとんどの国で導入された体系的ボーナス支払いが、支払い方式の幅の拡大に寄与している。(3)支払いの適切性は、より客観的なデータに基づく診察料金の定期的改定(アメリカ)や個別支払い交渉(スウェーデンとアメリカ)により改善されている。(4)専門医が提供する医療の質に対する支払い調整は、今のところ病院内の特定ボーナスプログラムだけである。各国の政策担当者は、病院の専門医の支払い改革を目指して、類似した課題に取り組んでいる。

二木コメント-8か国の病院専門医の最新の報酬支払い方式およびその改革を鳥瞰できる便利な論文です。

○34か国の一般医(GP)の地域志向
Vermeulen L, et al: Community orientation of general practitioners in 34 countries.[国際比較研究]

一般医(以下、GP)は第一線の医療従事者である。彼らは、診療所を受診する患者の診療に加えて、地域の医療ニーズにも敏感であるべきである。人口構成、疫学、エコロジーと医療政策の変化に対応して、地域志向は以前にも増して重要になっている。リサーチクエスチョンは、GPの地域志向には国ごとおよびGPごとにどのくらいバラツキがあるか、およびこのバラツキはどのように説明できるのか?で、13の仮説を立てた。34か国(EU加盟31か国+オーストラリア、カナダ、ニュージーランド)の7000人以上のGPを対象にして欧州委員会(EC)が実施したQUALICOPC研究から得られた横断面調査のデータを用いる。従属変数は、調査で用いられた3つの質問から作成した地域志向尺度である。それらはGPが以下の3つの状況に直面した時に、当局等に報告するかという質問である:①ある企業で事故が繰り返される、②ある企業の近隣住民に呼吸器疾患が頻発する、③地域で食中毒が頻発する。独立変数は医療制度レベルまたはGPレベルで測定した。データは線形マルチレベル回帰で分析した。

その結果、地域志向は国ごとおよびGPごとにバラツキがあった。地域志向は、患者登録制度のある国、開業医であるGP、電子医療記録を利用しているGP,及び予防と多職種連携に熱心なGPで強い傾向にあった。農村部とエスニック・マイノリティーが多い地域のGPも地域志向が強かった。ジェンダーによる地域志向の差はなかった。

二木コメント-問いの設定は興味深いのですが、結果の分析は概括的で浅いと思います。

○[オーストラリアにおける]一般医(GP)の労働時間とプライマリケアの待ち時間 Swami M, et al: Hours worked by general practitioners and waiting times for primary care. Health Economics 27(10):1513-1532,2018[量的研究]

一般医(GP)労働時間の減少は、多くの国で医療へのアクセスに影響する重要な要因になっている。GPの労働時間の変化がプライマリケアの待ち時間に与える影響を、「オーストラリアの医師の労働と生活のバランス縦断調査」を用いて推計する。待ち時間に対するGPの固定効果モデルを推計し、GPの家族環境(幼い子どもがいる、配偶者の従業状況等)等と労働時間との関係を調査する。その結果、10%の労働時間の減少は患者の待ち時間を12%増やしていた。この知見は、GPの労働時間の選択が患者の待ち時間を決定する上で重要であることを明らかにしている。

二木コメント-著者によると、GPの労働供給選択の患者の待ち時間に対する影響を初めて検証した論文だそうです。上記要旨はごく簡単ですが、20頁の本格的な計量経済学研究です。推計結果だけでなく、最後の「結論」部分の考察(GPの労働時間短縮は不可避、一部の国で実施されている金銭的インセンティブによるGPの診療時間延長政策の効果はほとんどない、医師から看護師へのタスクシフティングの良質の評価研究は不足等)も、日本の医師の「働き方改革」を検討する際、参考になると思います。

○[オーストラリアにおける]緊急の時間外プライマリケア医療における[企業]供給者誘発需要
Longden T, et al: supplier-induced demand for urgent after-hours primary care services. Health Economics 27(10):1594-1608,2018[量的研究]

オーストラリアはOECD加盟国のうち時間外プライマリケアについて「代行サービス」(deputising services)を導入している9か国の1つである。本制度はGPの負担軽減のために1999年に導入されたが、それに組み込まれた経済的インセンティブ(通常の診療の4~5倍の料金が国から支払われる)により、最近は企業が時間外診療専門診療所を積極的に開設し、消費者に対して利便性と自己負担がないことを宣伝するようになっている(通常の診療では、開業医は追加料金を請求することが多い)。企業参入により、独自制度の実態は大きく変化した。

差の差法により、緊急の時間外診療のうち、緊急の医学的ニーズがあるとは見なせないものの増加を推計した。具体的には月曜から金曜の午後6~11時の準夜帯の時間外診療と同11時~午前7時の深夜帯の時間外診療の伸び率を比較した。全国レベルでは、緊急時間外診療のうち、1年当たり593,141件が不適正と推計した。これは7700万オーストラリアドルに相当する。時間外診療の独自制度は現行の時間外診療の不足を埋めるものではあるが、緊急診療の過剰利用はオーストラリア政府に相当の負担をもたらしている。

二木コメント-「供給者誘発需要」は伝統的には「医師誘発需要」と同じと見なされてきましたが、本研究は医師よりも企業による誘発需要の方が大きいことを示しています。

○家庭医の報酬支払い方式と専門医への紹介:カナダ・オンタリオ州での疑似実験的エビデンス
Sarma S, et al: Family physician remuneration schemes and specialist referrals: Quasi-experimental evidence from Ontario, Canada. Health Economics 27(10):1533-1549,2018[量的研研究]

家庭医が支払い方式のインセンティブにどのように反応するかを理解することは、先行研究では中心的テーマとなっている。研究が十分にされていない領域は専門医への紹介である。理論研究は人頭払いが専門医への紹介を増やすことを示唆しているが、実証研究の結果はバラバラである。本研究では、この問いについての研究を進めるために、カナダ・オンタリオ州で出来高払い中心の支払いから人頭払い中心の支払いに移行した家庭医について分析する。2005~2013年の各種の公式医療データベースを用い、逆確率(ベイズの定理における事後確率)で重み付けした固定効果回帰分析により、支払い方式を変更した家庭医と変更しなかった家庭医との差を算出する。その結果、出来高払い中心から人頭払い中心への変更により、専門医への紹介は1年当たり5~7%増加していた。専門医への紹介費用は、出来高払い中心の場合より7~9%高かった。この結果はモデルを変更したり、マッチング技法を変えても頑健であり、家庭医が支払い方式により影響されていることを示唆している。政策担当者は、人頭払い方式の便益を検討する際、それがもたらす専門医への紹介の増加という予期せぬ結果も考慮すべきである。

二木コメント-本論文は、新しいタイプの「医師誘発需要」仮説についての実証研究であり、人頭払いの方が出来高払いよりも医療費を抑制できるとの通説に疑問を投げかけています。ただし、この点は総医療費レベルでも検討すべきと思います。

<Health Affairs誌2018年12月号の「テレヘルス」特集(4論文)>

アメリカの医療政策専門誌で最も読まれているHealth Affairsの2018年12月号(37巻12号)が(アメリカの)Telehealthを特集し、20論文を掲載しています(目次と簡単な要旨はウェブ上に公開)。テレヘルス先進国のアメリカの経験・実験は、2018年に「オンライン診療元年」を迎えた日本にも参考になると思います。以下、4論文を紹介します。

○[アメリカの]医師のテレメディスン利用:まだ標準というよりは例外
Kane CK, et al: The use of telemedicine by physicians: Still the exception rather than the rule. Health Affairs 37(12):1923-1930,2018[量的研究]

アメリカ医師会「2016年医師診療ベンチマーク調査」のデータを用いて、医師のテレメディスン利用についての初めての全国代表標本に基づく推計を行った。テレメディスンの形態(modality)は、ビデオ会議、遠隔診療、データの蓄積・交換(store and forward of data)の3つに分けた。2015年には診療に従事している医師のうち15.4%が患者とのやりとり(interaction)で何らかのテレメディスンを用いていた。診療に従事している医師の11.2%が医師どおしまたは他の医療専門職種とのやりとりでテレメディスンを用いていた。テレメディスンの利用率は診療科によって異なっていた。患者とのやりとりで最も利用率が高かったのは放射線科医(39.5%)、他の医師・医療専門職とのやりとりで最も利用率が高かったのは救急医(38.8%)であった。テレメディスンの利用率は医師の就業形態でも異なっており、患者とのやりとりでの利用率は1人開業では8.9%、50人以上の大規模グループ診療では26.5%であった。以上の結果は、連邦政府と州政府がテレメディスンの利用を法的および行政的に奨励しているにもかかわらず、それを導入する経済的負担が現在も、特に小規模診療では障壁になっていることを示唆している。

二木コメント-医師のテレメディスン利用についての初めての全国調査です。

○テレヘルスのエビデンスの現況:簡易文献レビュー
Shigekawa E, et al: The current state of telehealth evidence: A rapid review. Health Affairs 37(12):1975-1982[文献レビュー]

政策担当者も臨床家も、テレヘルスが医療効率を改善しアクセス制限のある患者に医療提供する潜在的可能性についての関心を持ち続けている。しかし、テレヘルスには様々な疾患や人口向けのたくさんのアプリ(application)があるため、テレヘルスの効率について包括的結論を引き出すことは難しい。本簡易文献レビューではテレヘルスの臨床領域での効能(efficacy)とテレヘルスの医療利用への影響についての最新のエビデンスをレビューする。全年令、全疾患の患者のテレヘルスサービス利用の英語による体系的文献レビューとメタアナリシスで、2004年1月~2018年5月に発表されたのを検索し、最終的に20文献のレビューを行った。それらの臨床領域には、精神衛生やリハビリテーションを含んでいる(それぞれ8,5文献)。概括的にいえば、テレヘルス診療は対面診療と同等と言える。しかし、テレヘルスの他のサービス利用に対する影響は明らかではない。テレヘルスの効率のエビデンスを重み付けする際は、テレヘルスの形態(modality)、エビデンスの質、対象とする人口の特性、およびアウトカムの短時間での(point-in-time)測定等たくさんの要素を注意深く考慮しなければならない。

二木コメント-テレヘルスについての体系的文献レビューのレビューですが、検討した20文献中13文献が、精神科とリハビリテーション関連という大きな「偏り」があります。テレヘルスでは、医療の質の改善だけでなく医療費削減も期待されていますが、その点を含めて、テレヘルスの効果・効率についてのエビデンスはまだ明らかではないようです。

○心不全患者の在宅テレモニタリング:体系的文献レビューとメタアナリシス
Pekmezaris R, et al: Home telemonitoring in heart failure: a systematic review and meta analysis. Health Affairs 37(12):1983-1989[文献レビュー]
心不全患者の死亡率と入院を減らすことを目的とした在宅モニタリングの効果を検討した26のランダム化比較試験のメタアナリシスを行った。PICOT分析枠組みを用い、既存の研究では未検討の重要な変数であるモニタリングのタイミングと継続期間についても検討した。

その結果、在宅モニタリングは開始後180日時点の全死因死亡率と心不全関連死亡率のオッズ比を有意に減らしたが、開始後365日ではその効果は消失していた。在宅モニタリングは、開始後90日、180日の全疾患入院率のオッズ比、および180日の心不全関連入院率のオッズ比には有意な影響を与えていなかった。在宅モニタリング開始180日では、全疾患の救急外来受診のオッズ比は有意に増加していた。これは、在宅モニタリングにより、心不全の悪化に伴う症状が早期に発見されるためと思われた。在宅ケアの提供は、在宅テレモニタリングの全疾患入院率への効果に影響しなかった。近年のメディケアのテレヘルスの報酬支払い制限についての規制緩和は、アウトカムを包括的に記述し、介入期間を含む全て重要な介入要素について注意深く検証することを求めている。研究者、臨床家や政策担当者は、在宅テレメディスンによる死亡率低下が医療サービス利用の減少をもたらすと期待すべきではない。

二木コメント-この文献レビューでも、在宅テレモニタリングによる費用や医療サービス利用の抑制やは見いだされていません。

○仮想診療は[マサチューセッツ州のある]ACO内の専門医の対面診療を部分的に置き換えた[が、総診療回数は増加した]
Shah SJ, et al: Virtual visits partially replaced in-person visits in an ACO-based medical specialty practice. Health Affairs 37(12):2045-2051,2018[量的研究]

専門医の診療は、ACO(メディケア患者に対して、連携の取れた良い質のケア・サービスを提供するために、自発的に形成された医師、病院、その他のケア提供者のグループ。原則として定額包括払い)の総医療費の相当部分を占める。ACOは高額な対面診療をより安価な、仮想診療(医師とのビデオカンファランス)等で置き換えるよう試みている。出来高払い方式では、仮想診療は対面診療の置き換えではなく、対面診療への追加となりがちである。この点はACOでは余り問題にならないかもしれないが、ACOでは仮想診療が対面診療を減らすか否かはまだ分かっていない。

この点をマサチューセッツに本拠を置くあるACOの2014-2017年の35,000人の患者データを用いて検討したところ、仮想診療により対面診療は33%減ったが、総診療回数(仮想診療プラス対面診療)は1.5年で80%も増加した。仮想診療の導入直後は対面診療は減少したが、その効果は1年しか続かなかった。仮想診療が対面診療を代替できるか否かはまだ不明である。

二木コメント-この実験でも、仮想診療は対面診療の代替ではなく補完でした。ACOは包括払いのためメディケアの当該ACOに対する医療費支払いは増えるわけではありませんが、追加的支払いがなされない限り、ACOの仮想診療導入インセンティブは減ると思います。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その169)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

 <その他>

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