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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻165号)』(転載)

二木立

発行日2018年04月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ:

1.拙新著『医療経済・政策学の探究』(勁草書房)をベースにした講演

2.論文「国民皆保険制度の意義と財源選択をどう考えるか?」を『日本医事新報』4月7日号に掲載します(「深層を読む・真相を解く」(74))。論文は「ニューズレター」166号(2018年5月1日配信)に転載する予定ですが、早く読みたい方は掲載誌をお読み下さい


1. 論文:私の医療経済・政策学研究の軌跡 -日本福祉大学大学院最終講義より
(「二木教授の医療時評(158)」『文化連情報』2018年4月号(481号):16-25頁)

はじめに

私は、本年3月末で、日本福祉大学教授を定年退職しました。本稿では、2月24日に同大学名古屋キャンパスで行った「大学院最終講義」をベースにして、私の医療経済・政策学研究の軌跡を述べます。まず、医学生時代から52年間の軌跡を述べます。次に、私の医療経済・政策学研究の視点と心構えについて述べます。さらに、私の日本福祉大学在職中の研究を「集大成」した新著『医療経済・政策学の探究』(1)について紹介します。最後に、日本福祉大学退職後の予定と決意を述べます。

医学生時代からの私の軌跡

まず私の52年間(1966~2017年度)の勉強・運動・診療・研究・教育・管理業務の軌跡について簡単に述べます。それらは、①医学生時代の6年間、②代々木病院勤務医時代の13年間、③日本福祉大学教授時代の33年間の3期に区分できます。社会人になる前の学生時代も含めるのは「水増し」と思われるかも知れませんが、そうではありません。なぜなら、この時期に私の「原型」が形成されたからです。

1966年に東京医科歯科大学医学部(正確には最初の2年間は「教養部」)に入学し、1年生の時から社会科学・医療問題の勉強を始めると共に、医学生運動にも積極的に参加しました。それらを通して、社会・医療改革の「志」を持つようになりました。この気持ちは現在まで持ち続けており、最初の単著『医療経済学』(医学書院,1985)から、2001年に出版した『21世紀初頭の医療と介護』(勁草書房)まで、ほとんどすべての著書の「あとがき」に「志」という言葉を意識的に入れました。この習慣はその後止めていましたが、本年2月に出版した『医療経済・政策学の探究』の「あとがき」で17年ぶりに復活させました(1:656頁)。さらに6年生の時、つまり医師になる前から、将来は医師を辞めて「医療問題の研究者」になる決意をしました。私の好きな箴言の一つに、ドイツの詩人シラーの「青春の夢に忠実であれ」があります(2:163頁)。この52年間を振り返ると、私は大枠では自己の「青春の夢」に忠実に生きてきたと思っています。

1972年3月に東京医科歯科大学医学部を卒業し、翌4月に東京の公益財団・代々木病院に就職し、13年間勤務しました。この期間、医療問題・医療経済学の勉強・研究と脳卒中早期リハビリテーションの診療・臨床研究の「二本立」の生活を続けました。幸せなことに、私には2人の恩師がいます。医療問題の研究では川上武先生(医師・医事評論家)、リハビリテーション医学研究では上田敏先生(元東大リハビリテーション部教授)という、それぞれの分野での第一人者です。川上先生は残念ながら2009年に83歳で亡くなられましたが、上田先生は86歳の現在もご健在で、私の「最終講義」にもご参加いただき、開会のご挨拶をいただきました(代々木病院時代の診療と研究について詳しくは『医療経済・政策学の視点と研究方法』(2:73-91頁)『脳卒中の早期リハビリテーション』(3)参照)。

代々木病院のリハビリテーション医時代で特に強調しておきたいことは、同病院のリハビリテーションチームに最初からソーシャルワーカーが参加し、ソーシャルワーカーの「入院患者家族入院当日面接制」を実施したことです。これは、日本初ではないかと自負しています。少なくとも、活字にして報告したのが日本初であることは間違いありません(4)

1985年4月に日本福祉大学教授となり、その後、専門を「リハビリテーション医学」から、「医療経済学、医療政策研究」(医療経済・政策学)に徐々にシフトしました。2004年4月まで19年間は、大学教授と代々木病院非常勤医との「二本立」生活を続けました(アメリカ留学中の1年間を除く)。1999年度から大学での「管理職人生」が始まり、大学院社会福祉学研究科長、社会福祉学部長、大学院委員長、副学長等を経て、2013~2016年度の4年間、学長を務めました。2017年度は相談役・大学院特任教授になり、本年3月で教授は定年退職しました。

私は今でも時々、なぜ医師(リハビリテーション医)を辞めて医療経済・政策学研究者に転じたのかと質問されますが、その回答は、日本福祉大学に赴任直後に出版した2冊の著書-『医療経済学』『脳卒中の早期リハビリテーション』-の「あとがき」に詳しく書いています(5,3)

日本福祉大学在職中の3つの誇り

ここで日本福祉大学在職中の、教育、管理業務、研究面でそれぞれ一番誇りにしていることについて述べます。まず社会福祉学部教員としての一番の誇りは20年以上担当した学部ゼミ生の社会福祉士国家試験現役合格率9割をキープしたこと、および彼らの多くが(医療)ソーシャルワーカーとして、一部は大学教員として活躍していることです(私の教育および研究指導については『福祉教育はいかにあるべきか』(6)で詳述しました)。

次に学長としての一番の誇りは、学長1年目で学園創立60周年を迎えた2013年度に大学コンセプト「地域に根ざし世界をめざす『ふくしの総合大学』」(Glocal University for Fukushi (well-being for all))を決定するとともに、このコンセプトの中核である「ふくしの総合大学」の商標登録(ふくし:「ふつうの・くらしの・しあわせ」)を実現したことです。保健・医療・福祉の総合大学等を標榜している大学は全国に10数校ありますが、福祉を敢えて「ふくし」と平仮名表記し、しかもその理由を明記しているのは本学だけです(7)。ただし、「ふくしの総合大学」という呼称は、私ではなく、加藤幸雄元学長が副学長時代に作りました。

第3に研究者としての一番の誇りは、日本福祉大学在職中の33年間で、単著23冊とそれに準ずる共著2冊等を出版したことです(表1)。これにより、日本福祉大学赴任1年目の1985年に立てた「毎年1冊著書を出版する決意」をほぼ実現できました。私は、1974年に東大病院リハビリテーション部の研修医だった時に、上田敏先生からロシアの神経心理学者ルリアの「言語の自己統制的役割」という概念を教えて頂きました。私は特に書字「言語の自己統制」が強いようで、何か新たな決意をするたびに、代々木病院に就職してから現在まで愛用しているB6判カード(京大型カード)にそれを書き、毎年末に点検しています(2:159-160頁)

このように日本福祉大学在職中にたくさんの著書を「量産」できた3つの理由・「秘密」は『地域包括ケアと福祉改革』で、以下のように書きました(8:195-198頁)。第1は、論文・著書を書く「使命感」を持ち続け、それを「趣味」の領域にまで高めること。第2は、論文を継続的に発表する「場」を確保し、それを「外的強制」にして、とにかく書くこと。第3は、論文を書くとき、常に後日、本に収録することを念頭に置いて書くことです。第3は、故川上武先生から、本を効率的に出すコツとして教えて頂きました。

医療経済・政策学研究の視点と心構え

次に、私の医療経済・政策学研究の基本的視点と心構えについて、2点述べます。

一つは、医療経済・政策学の視点から、政策的意味合いが明確な実証研究(量的研究)と医療・介護政策の分析・予測・批判・提言(政策研究)の「二本立」の研究と言論活動を行うことです。「政策的意味合いが明確な実証研究」という表現は、『90年代の医療』の「あとがき」で初めて用いました(9:217頁)

ここで「医療経済・政策学」とは、「政策的意味合いが明確な医療経済学的研究と、経済分析に裏打ちされた医療政策研究との統合・融合をめざし」た学問を意味し、2000年代初頭に『講座 医療経済・政策学』(勁草書房)の企画をした時に、新しく作った造語です。実は、当初編集者から依頼のあった段階では「講座 医療経済学」とされていましたが、医療経済学=新古典派医療経済学との誤解を避けるために、敢えて「医療経済・政策学」という新しい用語を作りました(2:7頁)。ただし、英語にも"Health economics and policy"という用語はあり、教科書も出版されています。日本にも、環境分野では「環境経済・政策学会」が存在します。

もう一つは、私の医療経済・政策学研究についての3つの心構えです(2:104-107頁)。第1は、医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から研究を行うこと。第2は、事実認識と「客観的」将来予測と自己の価値判断の3つを峻別するとともに、それぞれの根拠を示して「反証可能性」を保つこと、この視点から医療・介護政策の光と影を常に「複眼的にみる」ことです。「複眼」という表現は、著書レベルでは、1991年に出版した『複眼でみる90年代の医療』で初めて用い、それ以来愛用しており、私の「トレードマーク」の一つになっています。ただし、論文レベルでは「複眼」は、その前年に出版した『90年代の医療』で初めて用いました【注】

第3のフェアプレイ精神については、以下の3つを励行しています。①実証研究論文だけでなく時論・「時評」でも、出所・根拠となる文献と情報はすべて明示する。②政府・省庁の公式文書や自分と立場の異なる研究者の主張も全否定せず、複眼的に評価する(ましてや、黙殺はもっての他)。③自己の以前の著作や論文に書いた事実認識や判断、将来予測に誤りがあることが判明した場合には、それを潔く認めるとともに、大きな誤りの時にはその理由も示す。新著『医療経済・政策学の探究』では③を徹底し、「序論」(全著書の解題)で過去の重大な誤りに触れると共に、「事項索引」に「訂正」を入れました。

『医療経済・政策学の探究』の概要と私の思い

本年2月に出版した『医療経済・政策学の探究』は私が日本福祉大学在職中の33年間(1985~2017年度)に行った医療経済・政策学研究の総括かつエッセンスです。

私は上述したように、政策的意味合いが明確な実証研究(量的研究)と医療・介護・福祉政策の分析・予測・批判・提言(政策研究)の「二本立」の研究を行ってきました。その際、現実の医療と医療政策の問題点を事実に基づいて明らかにするだけでなく、「研究のための研究」ではなく、日本の医療制度・政策の改善に多少なりとも寄与しうる「生きた研究」や提言も行うように努めました。

本書は、序論と第Ⅰ部、第Ⅱ部の3部構成です。

序論「私の医療経済・政策学研究の軌跡」第1節は、各著書のほぼ発行順の「解題」です。ただし、網羅的説明は避け、各著書に収録した論文のうち、学術的価値が高いか、先駆的で歴史的価値が高いと自己評価しているか、私にとって思い出深いもの(実証研究と政策研究の両方)中心に紹介しました。ここでは、一部の論文に含まれていた事実認識と「客観的」将来予測の重要な誤りについても述べました。第2節では、日本医療の将来予測を行うために考案した、3つの分析枠組み・概念を紹介しました。それらは、①「将来予測の3つのスタンス」、②「厚生省の政策選択基準」と「新自由主義的医療改革の本質的ジレンマ」、③「21世紀初頭の医療・社会保障改革の3つのシナリオ」です。私は、現在ではこれらは「将来予測」だけでなく、個々の政策を大局的・歴史的視点から把握する「現状分析」でも有効だと判断しています。

第Ⅰ部「テーマ別の主要実証研究」は「自選論文集」です。各著書に収録した実証研究論文のうち、特に学術的価値が高いか先駆的で歴史的意義があり、現在でも読むに値すると自己評価した26論文を以下の6つのテーマ別に、発表順に収録しました(表2)。①脳卒中リハビリテーションと地域・在宅ケアの経済分析(3論文)、②人口高齢化と医療費増加(2論文)、③技術進歩と医療費増加(4論文)、④医療提供体制の変貌-病院チェーンから複合体へ(7論文)、⑤医師の所得と勤務形態および医師数と医療費との関係(3論文)、⑥終末期医療費(4論文)、⑦その他(3論文)

第Ⅱ部には全著書のはしがき・あとがきと目次を収録しました。私は日本福祉大学赴任1年目に出版した最初の単著『医療経済学』(1985年)以来、すべての著書の「はしがき」で、冒頭にその著書の目的・意義を書いた上で、各章のポイント・「売り」を書き、「あとがき」では前著出版以降の自分史・研究史、今後の研究計画・抱負を書くようにしています。そのために、第Ⅱ部を読んで頂ければ、私の研究面での認識の変化・「進化」を理解して頂けます。さらに第Ⅱ部から、序論では触れられなかった論文で読者の個人的興味・関心にかなうものを発見して頂けると思います。

本書出版で特に嬉しかったことは、1980~1990年代に発表した実証研究論文の自信作だが、著書が絶版になっていたものの多くを、「復活」できたことです。私は、『医療経済・政策学の視点と研究方法』(2:114-116頁)で、官庁統計の空白(盲点)を埋める独自の全国調査に基づいた私の「3大実証研究」として、①病院チェーンの全国調査研究(1990)、②老人病院等の保険外負担の全国調査研究(1992)、③保健・医療・福祉複合体の全国調査研究(1998)をあげましたが、これらすべてを本書に収録できました(それぞれ、第Ⅰ部第4章第1節、同補章第1節、同第4章第3節)。

本書が、今後の超高齢・少子社会に対応した、メイドインジャパンの医療経済・政策学研究を発展させる「踏み台」になることを期待しています。

私の「三大実証研究」

ここで私の「3大実証研究」について簡単に紹介します。

①病院チェーンの全国調査研究『現代日本医療の実証分析』医学書院,1990,第3章 )。この研究では、日本医療法人協会の15年間(1969~1984年)の「会員名簿(正確には、全医療法人名簿)」等を用いて日本の病院チェーンを1つ1つ拾い出し、日本の病院は小規模・単独との通説を否定し、医療法人の病院病床の2割以上が病院チェーンであることを初めて明らかにしました。その後、他の病院名簿も用いて、この調査を拡張し、1988年時点で、私的病院全体では病院チェーンの病床シェアは3割に達していることを明らかにしました(『90年代の医療と診療報酬』1992,Ⅲ-8(10))。

②老人病院等の保険外負担の全国調査研究『90年代の医療と診療報酬』勁草書房,1992,Ⅲ-7(10))。この研究では、全国の医療ソーシャルワーカー等の協力を得て、個々の老人病院の保険外負担(お世話料等)を調査した上で、その結果を積み上げ、現実の保険外負担の全国平均値は1991年度で6.6万円に達し、厚生省調査の2.3万円の3倍であることを明らかにしました。この調査結果は「朝日新聞」の社説(1992年6月30日朝刊)で 取りあげられ、国会でも複数の野党議員がこれを用いて政府・厚生省を追及しました。

③保健・医療・福祉複合体の全国調査(11)。これは、全国の延べ1644の個人・施設・組織の協力を得た大規模研究で、医療機関の保健・医療・福祉複合体化(保健・福祉分野への進出)の全体像を初めて明らかにしました。例えば、特別養護老人ホームの3割は私的医療機関母体であること、病院・老人保健施設・特別養護老人ホームの「3点セット」を開設している私的保健・医療・福祉複合体が全国に約260グループもあること等です。この研究は、結果的には、厚生労働省の政策形成・政策転換にも寄与したと言えます。具体的には、厚生労働省は、介護保険制度開始時には独立した医療・福祉施設間のネットワーク形成を予定していたのですが、『保健・医療・福祉複合体』出版後、複合体の育成に方針転換しました(12:145-147頁。これも『医療経済・政策学の探究』に収録)。

手前味噌ですが、これらの3研究は日本の医療(政策)についての「認識枠組み」を変えた歴史に残る実証研究であり、『現代日本医療の実証分析』は吉村賞を、『保健・医療・福祉複合体』は社会政策学会奨励賞を受賞しました。

これらの3研究は執筆時に、叙述様式でも学術論文の模範になるように書きました。しかもデータ分析時に、全国平均だけでなく、都道府県・地域別の特色にも注目したので、これから実証研究を行おうとする方はぜひ参考にして下さい。

『医療経済・政策学の探究』の心残りと気づいたこと

ただし、『医療経済・政策学の探究』には心残りが一つあります。それは、私の「二本立」研究のうち、紙数の制約のため、政策研究論文はほとんど収録できなかったことです。幸い、それらを収録した著書(すべて勁草書房)の多くはまだ流通しています。序論では現在でも読むに値すると自己評価した政策研究のほとんどを紹介したし、各著書の「はしがき」では序論で触れなかった重要論文にも言及しているので、ぜひお読み頂きたいと思います。

もう一つ気づいたことは、私の「二本立」研究のうち、本格的な実証研究(量的研究)書は、1998年度の『保健・医療・福祉複合体』以降、20年間出版できていないことです。これの主因は、1999年度から「管理職人生」が18年間続き、本格的実証研究に不可欠な、長時間の継続的「労働投入」が困難になったからだと思います。『医療経済・政策学の視点と研究方法』(2:94頁)では、「加齢による能力と気力低下のため」とも考えたのですが、その後10年間、政策研究書は「量産」し続けていることから、その可能性は「棄却」できたと現在は判断しています。

おわりに-日本福祉大学定年退職後の予定と決意

私は2017年度末で日本福祉大学教授は定年となりますが、2018年度1年間は、引き続き日本福祉大学相談役と日本ソーシャルワーク教育学校連盟副会長(政策担当と大学院委員会委員長)を続けます。日本福祉大学大学院医療・福祉マネジメント研究科での「医療福祉経済論」講義と社会福祉学研究科(通信教育)での論文指導も継続します。

さらに、個人としては、研究と言論活動および社会参加は<少なくとも>85歳までは続けようと決意しています。私は日本福祉大学学長時代、毎年の学位授与式(卒業式)の学長式辞で、卒業生に、「大学を卒業した後も、継続して勉強し、可能な限り長い期間働くこと」を期待し、「これから50年前後働き続けること」は卒業生「自身の生活を維持するためにも、日本社会を維持するためにも避けられない」と述べました(8:6頁)。この卒業生への訴えを率先垂範して実行したいと思います。

ここで、この点についての2つの誤解を指摘します。1つは、私が研究等を「85歳まで続ける」と言っているとの誤解です。しかし、私は「少なくとも85歳までは」と述べており、心身が健康である限り、年齢に上限を設けることなく研究等を続けようと思っています。もう1つの誤解は、私が最近このように言い出したとの誤解です。確かに私は、2014年に出版した『安倍政権の医療・社会保障改革』では「少なくとも学長任期中(2017年3月まで。[70歳])までは雑誌の連載や「ニューズレター」の配信を継続すると書いていました(13:212頁)。しかし2015年に出版した『地域包括ケアと医療連携』の「あとがき」では、「研究と言論活動を、少なくとも85歳までは続け」ると書き換え、この「前向き」な表現を2017年に出版した『地域包括ケアと福祉改革』(勁草書房)『医療経済・政策学の探究』の「あとがき」でそのまま踏襲しました((8):218頁、(1):657頁)

今後の研究については、政策研究のレベルをさらにアップすると共に、本格的な実証研究にも「再チャレンジ」します。具体的には、新たな視点からの「保健・医療・福祉複合体」研究を再開すると共に、「技術進歩と人口高齢化、医療費抑制政策とのトライアングル(三角関係)の実証的・理論的研究」にも挑戦します。実はこれら2つは、2006年に出版した『医療経済・政策学の視点と研究方法』の「あとがき」で公約した研究テーマなのですが((2):198頁、(1):593頁)、その後12年間断片的にしかできていません。

私の2月22日の「大学院最終講義」で開会のあいさつをして頂いた恩師の上田敏先生からは、「二木先生の研究に対する私からみた不満は現状分析しかしておらず、理論・原論がないことだ。複合体研究は原論に一番近いので、これを5年の期限をきってまとめてほしい」と宿題をいただきました。閉会のあいさつをしてくれた白澤政和先生からも、「複合体の研究を医療プラス介護に加えて、在宅も含めて進めてほしい」と注文されました。お二人のご注文を聞いて、決意を新たにしました。

『文化連情報』『日本医事新報』の連載と「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター」の配信も、編集部と読者の要望がある限り続けます。単著も、今まで通り毎年または隔年に1冊出版するとともに、『保健・医療・福祉複合体』(1998)以来、20年間出版していない「書き下ろし」の単著の出版も目指します。

この点での私の「ロールモデル」は、恩師の上田敏先生です。先述したように、先生は今年86歳になられましたが、心身共にお元気で、日本福祉大学の客員教授を今後も続けて頂くことになっています。先生は、73歳時に出版された『秋元波留夫 99歳精神科医の挑戦』で、「私は自分がある年齢の頃からほとんど変わっていない感じを持っている」「35歳だと思っているんです」とサラリと述べられています(14)

私はとても、上田先生の境地には達していませんが、それでも60歳前後以降は心身両面で衰えはまったく感じていません。もちろん、政界と同じく人生も「一寸先は闇」ですが、私は幸い健康状態は概ね良好で、しかも長年「健康優良爺」として表彰される(?)くらい規則正しい生活(夜9時就寝・朝5時起床、3食きちんと食べ、タバコと酒は嗜まない。学長退職後は「速歩」を励行)を送っているで、交通事故や不慮の事故に遭わない限り、「少なくとも85歳まで」研究等を続けられる確率は高いと思っています。

ただし、佐々木力氏(数学史家。当時・東大教授)は、退職した教授について次のような厳しい発言をしています。「大学の先生はよく退職の時などのスピーチで、これから暇ができるから本格的な仕事をしようと思うなどと『決意表明』はよくなさいますが、実践なさる方はほとんどいませんね。自分で自分のことをオーガナイズするのは実に難しい」(15)

私も日本福祉大学在職中に、多くの退職教員が同様の「決意表明」をするのを聞きましたが、実際に退職後に大きな業績をあげた方はほとんどいません。私自身がそうならないよう自戒し、今後も精進を続けるつもりです。そのためにも、今後は、私が1977年に臨床医を辞めて医療経済学の研究者になろうと決意した時に上田先生から厳命された「修道僧のような生活」を実行したいと思います。

最後に、私は本年4月以降、「社会貢献活動」の一環として、医療・福祉領域の実証研究能力(量的研究、政策研究中心だが、分野は特に限定しない)を身につけるか、磨くことを希望する方を対象にして、月1回(原則として第3土曜午後)、日本福祉大学名古屋キャンパスで「医療・福祉研究塾(二木ゼミ)」を開講します。これへの参加を希望される方は、直接私にメールでご連絡下さい。折り返し、「開講案内」をお送りします。

【注】私が「複眼」で分析するスタンスを身につけたプロセス

私は代々木病院勤務医時代、ずっと川上武先生の指導を受けていたので、当時の革新的医療団体と異なり、厚生省の政策を全否定せず、複眼的に検討するトレーニングを受けました。また、代々木病院で管理者的立場になるにつれて、厚生省の政策を批判するだけでは病院経営をすることはできず、その政策のうち経営維持・改善に使えるものは積極的に使う必要を感じました。そのため、『医療経済学』の第6章Ⅱ「病院経営と医療管理-中規模民間病院近代化の経験を中心に」では、「政府の医療政策の(部分的)先どり」を提起しました((5):212頁。初出は『社会保険旬報』1484-1486号,1984)。

日本福祉大学赴1年目の1986年2月に行った「研究交流サロン」で、「革新的思想・学問は"対抗思想"にとどまっていて良いのか?一社会の変化に対応して実行可能な"代替案"を、マクロレベルでもミクロレベルでも、提示しなければ"国民のための"=革新的学問はもはや生き延びられないのではないか?」との「爆弾報告」をしました。当時、日本福祉大学は革新的福祉研究者の牙城だったので袋だたきに合うことを覚悟しましたが、意外に大変好評で、意を強くしました。

1987年6月に発表された「厚生省国民医療総合対策本部中間報告」を革新的医療団体・研究者は「中間報告路線」と全否定しましたが、私はそれの積極面を評価した上で、私からみた問題点を分析的に(今流に言えば、エビデンスに基づいて)指摘しました。そのためもあり、この論文は厚生省幹部からも「厚生省内部を含めて相当なインパクトを与えた」と評価されました。ただし、この論文ではまだ「複眼」という言葉は使っていませんでした(16)

当時の著書を調べたところ、「複眼」という言葉を最初に使ったのは1990年に出版した『90年代の医療』所収の2論文でした。1つはⅠ-1「90年代の医療:予測と課題」で、「はじめに-私の3つの課題意識」の2番目に「医療を複眼的にみる」をあげました(9:3-4頁)。もう1つはⅢ-1「医療政策を分析する視点・方法論のパラダイム転換」で、「医療政策・医療サービスの質を評価する視角は?-単眼から複眼へ」と述べました(9:78頁)。これは1989年11月の社会医学研究会での報告をベースにして書きました。

1990年12月に長野県厚生連で行った講演「90年代の医療-予測と課題」でも、『90年代の医療』をベースにして、90年代医療の「"光と影"の両面を複眼的に考察する」ことを提起したところ、若月俊一先生(佐久総合病院院長)から「二木さんが『複視眼』で分析しているのは大変良い」とほめられ、意を強くしました。佐久総合病院は、1987年に始まった厚生労働省の老人保健施設のモデル事業に参加しましたが、当時、革新的医療団体は老人保健施設を「医療の公的責任の放棄」の現れと全否定しており、それに「乗る」先生も批判され、辛い思いをされたと聞いています。そのために、老人保健施設を含め、厚生省の施策を全否定せず、「複眼的」にみる私のスタンスに共感して頂いたのだと思います。そのためもあり、翌1991年に出版した本はそのものズバリ『複眼でみる90年代の医療』としました。

なお、代々木病院勤務医時代の「講演レジュメ」も見直したところ、1978年11月の医学史研究会関東地方会で「西欧諸国の医療・リハビリテーション」について報告したとき、レジュメの「おわりに」で、「日本の医療・リハビリテーションの立ち遅れと独自性・特殊性との複眼的認識が必要」と書いていました。これが、現時点で確認できた、私の「複眼」使用の初出です。

文献

表1 日本福祉大学勤務の33年間に出版した著書一覧

1.単著(23冊)

2.単著に準ずる共著(2冊)

3.編著(5冊)

4.共訳書(2冊)

5.韓国語訳書(1冊)

6.参考:日本福祉大学赴任前の共編著

表2 『医療経済・政策学の探究』第Ⅰ部に収録した26論文

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2.論文:安倍政権の「高齢社会対策大綱」は前政権の大綱とどう違うか?
(「深層を読む・真相を解く」(73)『日本医事新報』2018年3月3日号(4897号):20-21頁)

安倍晋三内閣は2月16日、「高齢社会対策大綱」(以下、「大綱」)を閣議決定しました。「大綱」は高齢社会対策基本法(1995年)第6条の規定に基づき、1996年に初めて作成され、2001年、2012年に2回見直しが行われ、今回は6年ぶり、3回目の見直しです。本稿では、今回の「大綱」の内容を、前回の6年前の民主党政権時の「大綱」との異同に注目しながら検討します。

構成は大枠では同じ

今回の「大綱」は「目的及び基本的考え方」、「分野別の基本的施策」、「推進体制等」の3部構成で、基本的施策は、以下の6つの柱立てです: 就業・所得、健康・福祉、学習・社会参加、生活環境、研究開発・国際社会への貢献等、全ての世代の活躍推進。この構成も大枠では、前回と同じです。細目も大枠では前回と同じで、しかも前回とまったく同じ表記が使われている細目も少なくありません。

私は、2009年の民主党政権成立前後から、日本を含めた高所得国では、医療・社会保障政策の根幹は政権交代でも変わらないと考えています(『民主党政権の医療政策』勁草書房,2011,14-15頁)。「大綱」でもこの経験則を再確認できました。

「社会保障の機能の充実」は消失

ただし、民主党政権と自民党政権には基本的スタンスの一部に大きな違いもあります。

今回の「大綱」では、以下の「3つの基本的考え方」が示されています。(1)年齢による画一化を見直し、全ての年代の人々が希望に応じて意欲・能力をいかして活躍できるエイジレス社会を目指す。(2)地域における生活基盤を整備し、人生のどの段階でも高齢期の暮らしを具体的に描ける地域コミュニティを作る。(3)技術革新の成果が可能にする新しい高齢社会対策を志向する。

それに対して、前回の基本的考え方は6つでした。そのうち、(1)「『高齢者』の捉え方の意識改革」と(3)「高齢者の意欲と能力の活用」と(6)「若年期からの『人生90年時代』への備えと世代循環の実現」は今回「大綱」の(1)に統合されたと見なせます。前回の(4)「地域力の強化と安定的な地域社会の実現」と(5)「安全・安心な生活環境の実現」は、今回「大綱」の(2)に統合されたと見なせます。

それに対して、前回の(3)「老後の安心を確保するための社会保障制度の確立」は、今回の「大綱」では消失しています。前回は、ここで「格差の拡大等に対応し、所得の再分配機能の強化や子ども・子育て支援の充実を通じて、全世代にわたる安心の確保を図るとともに、社会保障の機能の充実と給付の重点化、制度運営の効率化を同時に行」うと書かれていました。しかし、今回の「大綱」では、「格差の拡大」、「所得の再分配機能の強化」、「社会保障の機能の充実」的表現はありません。民主党政権の社会政策のキーワードでもあった「新しい公共」も、すべて削除されています。

それに対して、今回の「大綱」の「基本的考え方」の新しさは(3\)の「技術革新」の重視であり、「大綱」全体で6回用いられています。

「エイジレス」の就業を強調

分野別の基本的施策の1「就業・所得」も、大枠では前回「大綱」と同じです。ただし、前回は「65歳まで働ける」ための施策が示されていたのに対して、今回の「大綱」では、「65歳を超えても、70代を通じ」、「年齢にかかわりなく」「エイジレスに働ける社会の実現に向けた環境整備」が提起されています。それに対応して、年金の受給開始時期についても「70歳以降の受給開始を選択可能とするなど」の制度改革を検討するとされています。

このような改革の根拠として、「大綱」冒頭の「大綱策定の目的」では、新たに「70歳やそれ以降でも、個々人の意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しており、『高齢者を支える』発想とともに、意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境を整えることが必要」と述べられています。ここでは、日本老年学会等が昨年1月に発表した高齢者の(医学的)定義を65歳以上から75歳以上に引き上げる提言も示されています。

私も拙著『地域包括ケアと福祉改革』(勁草書房,2017)序章で強調したように、生産年齢人口が減少する超高齢社会を乗り切るためには、女性の就業率の向上と共に、「以前よりは10歳若返っていると言われている高齢者の就業率の上昇」が必要と考えています。ただし、その前提は「大綱」が示しているきめ細かい施策を確実に実施することです。

「健康・福祉」は7項目

分野別の基本的施策の2「健康・福祉」は次の7項目です:(1)健康づくりの総合的推進、(2)持続可能な介護保険制度の運営、(3)必要なサービスの充実(介護離職ゼロの実現)、(4)持続可能な高齢者医療制度の運営、(5)認知症高齢者支援施策の推進、(6)人生の最終段階における医療の在り方、(7)住民等を中心とした地域の支え合いの仕組み作りの促進。前回の5項目はすべて維持され、(5)と(6)が加えられています((5)は細項目からの「格上げ」)。

(6)人生の最終段階における医療の在り方は、安倍内閣の「骨太の方針2016」で初めて掲げられ、「骨太2017」にも継承されています。人生の最終段階における医療(2015年に「終末期医療」から名称変更)については、かつては医療費抑制の視点から論じられることもありましたが、「骨太の方針」でも今回の「大綱」でも、その医療費についてまったく触れていないのは見識があります。

「健康・福祉」で注目すべきこと

私は「健康・福祉」の冒頭で、「個人間の健康格差をもたらす地域・社会的要因にも留意しつつ、生涯にわたる健康づくりを総合的に推進する」と書かれていることに注目しました。これは「健康日本21(第2次)」(2012年7月大臣告示)で初めて示された重要な視点です。前回の「大綱」も「健康日本21(第2次)」には言及していましたが、なぜか、「健康格差をもたらす地域・社会的要因」には触れていませんでした。前述したように、今回の「大綱」は「格差の拡大」の是正にまったく触れていないだけに、これが書き込まれたことは貴重です。

「健康・福祉」の(1)健康づくりの総合的推進には、新たに「国民の誰もが日常的にスポーツに親しむ機会を充実する」ことが書き込まれ、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催に当たっては、これを弾みとして、スポーツ・運動を通じた個人の主体的な健康増進の取り組みを促進することにより、健康寿命の延伸を目指す」とされました。手前ミソですが、私の勤務する日本福祉大学が2017年度に開設した「スポーツ科学部」はこの方針を先取りしていると自負しています。

「健康・福祉」の(3)介護サービスの充実で注目すべきは、ウ「地域における包括的かつ持続的な在宅医療・介護の提供」です。前回も、これと同じ見出しはあり、「多職種協働」も強調されていましたが、「在宅医療を担う医療機関」に焦点が当てられていました。それに対して、今回は、「医療・介護」が同格に扱われ、しかもわずか6行の記述に「連携」が4回も使われています。これは、「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013年)が「医療・介護の一体的な改革」を提起し、その後それに沿った施策が実施されていることの反映と思います。

なお、今回の「大綱」では「地域包括ケアシステム」がキーワードの1つとなっており、6回も用いられていますが、それの「上位概念」(塩崎恭久前厚労相)とされている「地域共生社会」は1回しか用いられていません。また、トリビアルな知識ですが、昨年6月成立の「地域包括ケアシステムを強化するための介護保険法等の一部を改正する法律(11【訂正:元論文の12本は誤り】の法律の一括改正)の略称は「介護保険法等改正」ではなく「地域包括ケア強化法」だそうです。

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文(通算145回)(2018年分その1:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○単一支払い者[制度]は合衆国の医療制度に対する回答か?
Fuchs VR: Is single payer the answer for the US health care system? JAMA 319(1):15-16,2018[評論]

「医療費負担適正化法」(ACA:通称オバマケア)は合衆国の保険加入者を増やしたが費用抑制にはほとんど効果がなかったため、単一支払い者医療制度についての論争が復活した。単一支払い者制度が回答になるか否かは、どんな問いがなされるか、単一支払い者がどんな形態をとるかにより変わってくる。本稿では、合衆国医療の3つの問題-無保険者、健康アウトカムの低さ(他の高所得国に比べての)、高医療費-を検討する。

無保険者に関しては、単一支払い者はほぼどんな形態でも、普遍的保険給付を実現しうる。しかし、包括性が弱い形態もありうる。ACAは保険加入者を増やすことに成功したが、無保険者はまだ約2500万人も残っている。普遍的な給付を実現するためには、(1)貧困または重病のため正規の保険料を払えない人々に対する補助金と、(2)保険への強制加入が不可欠である。この2つの原則を採用すれば、合衆国は普遍的給付を比較的速やかに達成できるでろう。しかし2008年のピュー研究センターの世論調査によると、補助金のみの支持と、強制加入のみの支持は、それぞれかろうじて過半数を超えるが、補助金と強制加入両方の支持は半数に満たなかった。

単一支払い者は健康アウトカムを改善するだろうか?現在、合衆国は他の高所得国と比べて、平均寿命が短く、平均寿命の格差も大きい。単一支払い者により医療提供がより平等になり、健康アウトカムを改善する可能性がある。それに対して、単一支払い者への反対者は、健康の社会的決定要因(所得、教育、家族構成等)に配慮する方が健康アウトカムをより効果的に改善すると主張するかもしれない。イングランドは、1人当たり医療費がアメリカの半分に過ぎないが、健康アウトカムは合衆国よりも良い。それの理由としては、イングランドの貧困率は10%で、合衆国の17%よりはるかに低いことが考えられる。

おそらく最も重要な問いは、単一支払い者は医療費を抑制できるかである。合衆国の高医療費(1人当たり年間約1万ドル)は、いくつかの重大な国家的問題-賃金の停滞・伸び率の低さ、州・自治体の教育費やインフラ等の重要なプログラムの削減、国家債務の増加-を生んでいる。もし合衆国が医療費の対GDP比を現在の18%から他の高所得国並みの12%に抑制できれば、毎年1兆ドル以上をこれらの公私ニーズに充てることができる。

単一支払い者制度は疑いなく管理費用を減らすことができる。さらに、単一支払い者制度は医薬品・医療機器製造者、病院・医師の独占力に対抗できる交渉力を得るであろう。過度な管理費用や医薬品・医療サービス等の独占的価格は、合衆国の高医療費の重要な要因になっている。しかし、合衆国と他の高所得国の医療費の対GDP比の違い(18%対12%)の半分以上は、合衆国では医療サービスの高額な組合せが行われているためである。合衆国では専門医の受診や高額医療機器、高額医薬品の利用が多い。しかし、それが健康アウトカムを改善しているかについては疑問がある。

医療財政制度の断片化も高医療費の原因の1つであり、それの唯一の解決策は単一支払い制度に統合することであろう。しかしその実施は簡単ではない。カナダの人口は合衆国の十分の一にすぎないが、その単一支払い者は国ではなく州である。これはアメリカでは50の州ごとに違う医療保険になることを意味し、実施の難易度は州ごとに異なる。

合衆国で単一支払い者制度を追求するのなら、それは単純で、官僚機構を最小化し、医療提供を分権化し、個人の医療保険選択の自由を保障しなければならない。選択は、個人の満足にとっても、競争における役割においても、決定的に重要である。普遍的保険の財源としては、誰もが財とサービスの消費額に比例して幅広く支払う一般税が適切であろう。

結論として、単一支払い者制度により普遍的給付は比較的容易に実現しうるが、国民が補助金と強制加入を支持したとしても、包括性が弱くなる可能性がある。単一支払い者は医療へのアクセスの平等化により健康アウトカムを改善する可能性があるが、健康の社会的決定要因に配慮する方が効果的かもしれない。単一支払い者の最大の論拠はそれに医療費抑制の可能性があることである。

二木コメント-現役の医療経済学者で世界最高齢(1942年生まれ、今年94歳!)のフュックス教授の最新評論です。フュックス教授は長年「単一支払い者制度」を支持していますが、アメリカにおける実現困難性も熟知しています。なお、「単一支払い者制度」は多義的概念で、イギリスのような国営医療だけでなく、日本のような国民皆保険制度も含みます。「単一支払い者制度」反対の論拠の1つとして、健康の社会的要因説があげられているのはアメリカ的と思います。

○イノベーションの触媒としての[連邦]政府:[アメリカの]メディケア・メディケイド・イノベーション・センターの[5つの]初期モデルの教訓
Perla RJ, et al: Government as innovation catalyst: Lessons from the early Center for Medicare and Medicaid Innovation Models. Health Affairs 37(2):213-221,2018.[評論・事例研究]

アメリカ議会は2011年、医療の質を低下させずに医療費を低下させるか、医療費を増加させずに医療の質を改善する革新的な医療費支払い・医療提供の諸モデルの立案、試験、普及を目指して、メディケア・メディケイド・イノベーションセンター(CMMI)を設立した。CMMIはこれら諸モデルをテコにして、市場でのイノベーションを促進し、医療費支払い・医療提供の変容を加速することにより、「3大目標」(より良い健康、より良い医療、費用の抑制)の達成を目指している。

本論文は、CMMIが取り組んだ最初の5つのモデルの当初計画と実施状況、アウトカムと教訓を紹介する。それらは、①アカウンタブル・ケア組織(ACO)、②医療の質改善を目指す包括支払いモデル事業(initiative)、③包括的なプライマリケアモデル事業、④患者パートナーシップ・モデル事業(医療事故と医療費の削減を目指す)、⑤医療イノベーションの顕彰である。この経験は、CMMIだけでなく公私の医療費支払い者に対して、以下の3つの示唆を与える:①市場フィードバックに導かれた試験と学習の反復、②費用と質に与える影響を示す際の現実的な時間的枠組み、③諸モデルの統合。

二木コメント-市場メカニズムが支配的なアメリカ医療でも、連邦政府がさまざまな制度的イノベーションの「触媒」的役割を果たしていることがよく分かり、日本の医療政策担当者にも参考になると思います。なお、Health Affairs 2018年3月号の特集は「イノベーションの普及(diffusion of innovation)」であり、本論文と次に紹介する論文を含めて12論文を掲載しています。しかも、その多くが事例研究です。

なお、マリアナ・マッツカート著『企業家としての国家』(大村昭人訳。薬事日報社,2015)は、国家は企業に比べてイノベーション力で劣るとのアメリカ発(新自由主義派)の主張を「神話」にすぎないと批判し、「イノベーション主導の経済において国家が果たすべき役割」を、アメリカやヨーロッパで生じた政府主導のイノベーションの詳細な事例分析(中心はITと創薬)に基づいて明らかにしており、一読に値します。

○[アメリカの]緩和ケア指導センターは緩和ケア・イノベーション普及の鍵である
Cassel JB, et al: Palliative Care Leadership Centers are Key to the diffusion of palliative care innovation. Health Affairs 37(2):231-239,2017.[事例研究]

2000~2015年にアメリカの50床以上の病院のうち緩和ケアプログラムを有する病院の割合は25%から75%へと3倍化した。この価値の大きなプログラムの急速な普及は、自主的でしかもアメリカの病院で支配的な文化に対抗的であるが、緩和ケア領域におけるイノベーションの普及・専門性の強化を支持する慈善団体による何千万ドルもの寄附が触媒となっている。本論文では、「緩和ケア促進センター」の戦略を社会的起業原則の文脈で述べる。その際、同センターの質認証事業である「緩和ケア指導センター」について特に詳しく紹介する。1240を超える病院の緩和ケアチームが「緩和ケア指導センター」で訓練を受け、その80%が2年以内に緩和ケアサービスを導入している。以上から、目的を明確にした技術的支援が、価値の大きな医療イノベーションの急速な普及を促進する重要な役割を果たすという教訓が得られる。
二木コメント-アメリカ医療の(制度的)イノベーションは、市場・営利企業や政府だけでなく、慈善団体も担っていることがよく分かる好論文です。言うまでもなく、アメリカの緩和ケアは、悪性腫瘍だけでなく、重度の慢性疾患全体を対象にしています。

○価値に基づく支払いを促進するための経済的誘因
Scott A, et al: Financial incentives to encourage value-based health care. Medical Care Research and Review 75(1):3-32,2018.[文献レビュー]

本論文は、経済的誘因を用いて価値に基づく医療の提供を改善することについての文献をレビューする。10か国で実施された44事業についての80論文をレビューした。そのうち、アメリカの研究が42論文を占めていた。肯定的でしかも統計的に有意なアウトカムが得られた論文の割合は約5割であった。ただし、研究デザインが厳格であるほど、この割合は低かった。アメリカと他国の結果に違いはなかった。質に基づく支払い(P4P)は他の方法に比べ、効果的である割合が低かった。質改善等の特定の目的のために金銭を支払う方法は、医師の所得補填に使う方法よりも、肯定的結果が得られる確率が高かった。最後に、収入総額に対する誘因支払いの額の割合は肯定的アウトカムの割合とは関連していなかった。

二木コメント-「価値に基づく支払い」についての最新の文献レビューで、各手法の肯定的アウトカム割合のランキング表も掲載されています。ただし、著者の「肯定的アウトカム」の定義は曖昧であり、各論文の評価も甘い気がします。なお、本論文の「価値に基づく支払い」は、費用対効果の改善の促進を目指した支払いという広い意味で、アメリカの著名な経営学者ポーター等が提唱したものとは異なります。

○[アメリカ・カリフォルニア州における]近隣の助け合い、信頼、安全:ソーシャルキャピタル、家計所得、および高齢者の健康の自己評価
Cain CL, et al: Helpfulness, trust, and safety of neighborhoods: Social capital, household income, and self-reported health of older adults. The Gerontologist 58(1):4-14,2018.[量的研究]

どこに住むかが人々の健康に影響し、しかもその理由の一部はソーシャルキャピタルに関係することを示す文献が増えている。ソーシャルキャピアルに関する文献を補強するために、近隣の質の主観的評価が高齢者の健康の自己評価とどのように関連しているかを評価した。
方法は、2014年カリフォルニア州健康面接調査(カリフォルニア在住の地域居住者の代表標本調査)の横断面分析である。ただし、分析の対象は65歳以上の高齢者(8256人)に限定した。近隣の質としては以下の3つの尺度(4件法)を用いた:近隣の人々は信頼できるか(信頼)、近隣の人々は助け合っているか(助け合い)、近隣は安全か(安全)。健康の主観的評価(SRH)は5件法で調査した。加重最小二乗回帰により、近隣、人口学的特性、健康の変数を調整した上で、信頼、助け合い、安全とSRHとの関連を評価した。次に、これらの関連が家計所得レベル(4段階)でいかに異なるかを調査した。

結果は以下の通りである。近隣が助け合っているおよび安全だと特徴づけることは、上述した変数を調整した後でも、SRHの高さと関連していた。しかし、これら3指標の重要性は家計所得によって異なっていた。低所得の家計では、助け合いとSRHは正の関連があったが、信頼とSRHとは負の関連があった。安全は、所得が最も低い世帯を除いては、いずれの世帯でもSRHと正の関連があった。これらの所見は、ソーシャルキャピタルの3側面がそれぞれ別個に高齢者のSRHに影響することを示している。今後の近隣についての学術研究では、さまざまなソーシャルキャピタルの指標を用い、しかもそれらを家計所得により層別化すべきである。

二木コメント-近年、ソーシャルキャピタルと健康との関連の実証研究は急増していますが、本研究はソーシャルキャピタルの影響を家計所得レベルで層別化したことに新しさがあると思います(最後の考察で著者もそう主張しています)。なお、The Gerontologistの本年1号は"aging in context"特集で、序論(Editorial)を除いて18論文を掲載しており、本論文は第1論文です。アメリカについての論文だけでなく、ドイツ、オランダ、中国、南アフリカ等についての論文も含まれますが、日本についての論文はありません。contextは英和辞典風に訳せば、文脈、背景、状況ですが、本特集では、高齢者が住んでいる「物理的・社会的環境」、特に「近隣」を意味しています。本特集は、ソーシャルキャピアル研究者必読と思います。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その160)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割(私の「大学院最終講義」関連)>

<研究と研究者の役割(その他)>

<その他>

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5.大学院「入院」生のための論文の書き方・研究方法論等の私的推薦図書(2018年度版,ver.20)

別ファイル: (PDFファイルPDF)

2018年度版に追加したのは下記の8冊です。

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