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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻149号)』(転載)

二木立

発行日2016年12月11日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:『平成28年版厚生労働白書』をどう読むか?
(「深層を読む・真相を解く(58)」『日本医事新報』2016年12月10日号(4833号):20-21頁)

厚生労働省は10月4日、『平成28年版厚生労働白書』を発表しました。副題は「人口高齢化を乗り越える社会モデルを考える」であり、これが第1部のテーマにもなっています。第1部を読めば、「人口高齢化を乗り越える」ために政府・厚生労働省が取り組んでいる最新の諸施策を鳥瞰できます。
以下、第1部の「はじめに」で「第1部のメイン」と位置づけられている第4章(特に第3・4節)を中心に検討します。

第1部の構成-「生涯現役社会」を目指す

第1部は以下の4章構成です(全227頁)。第1章「我が国の高齢者を取り巻く状況」、第2章「高齢期の暮らし、地域の支え合い、健康づくり・介護予防、就労に関する意識」、第3章「高齢期を支える医療・介護制度」、第4章「人口高齢化を乗り越える視点」。

第1・2章では高齢化・高齢者についての官庁統計(客観データ)と独自の委託調査(40歳以上の男女を対象にした意識調査)」の結果が多数紹介されており、データブックとしても使えます。
第1・2章で注目すべきことは、高齢者の就労が多面的に分析されていることです:「高齢期の就労の状況」(第1章第3節)、「就労に関する意識」(第2章第5節)。さらに第4章の第1節が「意欲と能力のある高齢者の活躍する生涯現役社会」であることを考えると、厚生労働省は今後の超高齢・少子社会を乗り切る「社会モデル」(の1つ)として、高齢者の就労をさらに増加させる「生涯現役社会」を目指していると読みとれます。私もそれは妥当だと思い、同じ視点から、毎年の学位授与式で卒業生に対して、「大学を卒業した後も、継続して勉強し、可能な限り長い期間働くこと」をお願いしています。

第3章は、現行の医療保険制度、医療提供制度、介護保険制度の概説です。

第4章は次の4節構成です(第1節は既述):第2節「健康づくり・疾病等の予防の取り組み」、第3節「地域で安心して自分らしく老いることのできる社会づくり」、第4節「暮らしと生きがいをともに創る『地域共生社会』へのパラダイムシフト」。
第2節では、健康づくり・疾病等が医療費・社会保障費に与える影響について触れていないことに注目しました。これは、「健康長寿社会の実現に向けて~健康・予防元年~」を副題とした『平成26年版厚生労働白書』が、何の根拠も示さずに「医療費の負担等を軽減させるためにも健康寿命の延伸が重要」、「社会保障負担の軽減も期待できる」と断定していたのと対照的であり、見識があると思います(詳しくは本連載(36):4712号,2014。拙著『地域包括ケアと地域医療連携』勁草書房,2015,202-207頁)。

地域包括ケアはネットワークと明言

第4章第3節は「『地域包括ケアシステム』の現時点での到達点と今後の方向性」の解説です。

第3節でもっとも注目すべきことは、地域包括ケアシステムがネットワーク(づくり)であることを何度も強調していることです(146,149,199頁等)。「定義」の項では、「[地域包括ケアシステムの定義を-二木]より簡略化すると、『医療、介護、介護予防、住まい及び生活支援が包括的に提供されるネットワークを作る』ということになる」と書かれています(149頁)。厚生労働省の公式文書でこれほどストレートな表現が用いられるのは初めてです。手前味噌ですが、『白書』の「参考文献」欄には、「地域包括ケア『システム』の実態はネットワーク」と強調した拙著『地域包括ケアと地域医療連携』(勁草書房,2015)もあげられており、意を強くしました。

地域包括ケアシステムの説明でもう1つ注目すべきことは、保険外サービスの拡大にほとんど触れていないことです(例外は146頁)。179頁の図「多様な主体による生活支援・介護予防サービスの重層的な提供」には事業主体として『民間企業」も含まれていますが、「保険外サービス」についての記述はありません。本連載(57)(4827号)で述べたように、最近、公正取引委員会や規制改革推進会議が「混合介護の弾力化」、「利用料金の自由化」を唐突に提唱しているだけに、『白書』のスタンスは見識があると思います。

他面、地域包括ケアシステムの説明がほとんど高齢者施策に限定されているのは残念です。塩崎恭久厚生労働大臣は『白書』冒頭の「刊行にあたって」で、地域包括ケアを「高齢者施策の問題にとどめることなく、すべての住民のための仕組みに深化させたい」と述べているだけに残念です。

「地域共生社会」が新しい「社会モデル」

第4節では、「地域包括ケアを深化させていく必要がある」として、「『地域共生社会』へのパラダイムシフト」が提唱されており、2015年9月に厚生労働省プロジェクトチームが取りまとめた「新たな時代に対応した福祉の提供ビジョン」(以下、「新福祉ビジョン」)で提起された「全世代・全対象型地域包括支援体制」、および本年6月の閣議決定「ニッポン一億総活躍プラン」で示された「地域共生社会」が紹介されています。併せて、後者で明示された「総合的な福祉人材の育成・確保」(医療・福祉の複数資格に共通の基礎課程を創設」、「資格所持による履修期間の短縮、単位認定の拡大」等)が紹介されています。

以上から、厚生労働省は「地域共生社会」を今後の「人口高齢化を乗り越える社会モデル」と考えていると読めます。私も、この方向は、必要な予算が確保されるなら、妥当だと思います。
「共生社会」という用語は1970年代以降様々な領域で使われてきました(男女共生社会、農村と都市との共生社会、障害者と非障害者との共生社会等)。「新福祉ビジョン」でも、「共生社会を実現するためのまちづくり」、「共生型の地域社会を再生・創造」等の表現が多用されていました。

しかし、意外なことに、政府の公式文書で「地域共生社会」という用語が用いられたのは「ニッポン一億総活躍プラン」が初めてのようです(「子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる『地域共生社会』を実現する」16頁)。塩崎厚生労働大臣も5月19日参議院厚生労働委員会で、「今回新たに盛り込まさせていただきました」と答弁しています。

地域共生社会はパラダイムシフトではない

ただし、「地域共生社会」が「パラダイムシフト」とまでは言えないと思います。なぜなら、「地域共生社会」に含まれる考えは、すでに1970年代から岡村重夫氏等の地域福祉研究者が先駆的に提唱していただけでなく、厚生省(当時)自身が1990年の社会福祉事業法改正(いわゆる福祉八法改正)時に、以下のように「基本理念」として入れていたからです。

「国、地方公共団体、社会福祉法人その他社会福祉事業を経営する者は、福祉サービスを必要とする者が、(中略)地域において必要な福祉サービスを総合的に提供されるように、(中略)福祉事業その他の社会福祉を目的とする事業を実施するに当たつては、医療、保健その他関連施策との有機的な連携を図り、地域に即した創意と工夫を行い、及び地域住民等の理解と協力を得るよう努めなければならない」。

大橋謙策氏はこの法改正を、社会福祉行政・政策の「コペルニクス的転回」と呼んでいます(『地域包括ケアの実践と展望』中央法規,2014,8頁)。『白書』が旧厚生省の四半世紀前の先駆的な政策転換に触れていないのは残念です。

なお、塩崎大臣は「地域共生社会」に「我が事・丸ごと」という枕詞を付けて用いるのを好んでおり、7月には省内に大臣を本部長とする「『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部」を設置しました。ただし、『白書』の本文では、この表現は、地の文では一度も使われず、閣議決定された「地域共生社会」のみが使われています。

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2.学会発言:高島進先生の社会福祉研究から引き継ぐべきでない2つのもの

(2016年11月19日に日本福祉大学名古屋キャンパスで開かれた日本社会福祉学会中部地域ブロック部会2016年度秋季研究例会「高島進先生から何を学び引き継ぐか-社会福祉研究の課題-」での発言(発言全文を配布)。高島進日本福祉大学名誉教授は日本の社会福祉の理論・歴史研究の重鎮で、2016年5月24日死去、享年84)。

本日は、「高島進先生を偲ぶ会」ではなく、学会の研究例会ですから、このシンポジムでも「高島進先生から何を学び引き継ぐか」だけでなく、「何を引き継ぐべきでないか、引き継げないか」についても検討する必要がある、シンポジウム・コーディネーターの伊藤文人さんの2004年の長大論文の表現を借りれば「高島教授が残された研究に対してより綿密な内在的批判を行うことも後学の務めである」(1)と思います。

先生の研究のうち「引き継ぐべき」ものについては、5人のシンポジスト・指定討論者が、日本とイギリスの社会事業史研究を中心に詳細に述べられたので、私は先生の社会福祉理論・政策研究のうち引き継ぐべきでないか、引き継げないと私が考えている2つのことに絞って発言します。

1つは、高島先生の「社会福祉の三段階発展論」(第1段階:救貧法と慈善事業の段階、第2段階:労働者階級への防貧的対応と社会事業の段階、第3段階:福祉国家的生活問題対策の段階)です。先生は、これを1940年代までのイギリスの社会福祉の歴史研究を踏まえて提起され、後にそれを「社会福祉の歴史の法則性」と主張されました。私も、この理論は日本や他の高所得国の1970年代前半までの社会福祉の発展を考える上では有効だったと思います。しかし、この理論では、1980年代に入って、イギリスのサッチャー政権、アメリカのレーガン政権、さらには日本の中曽根政権が開始した厳しい福祉見直し政策は説明できません。私はこのことに疑問を持ち、高島先生に質問したこともあるのですが、お答えは頂けませんでした。1995年に出版された『社会福祉の歴史』でも、「社会福祉の三段階発展論」と「サッチャーリズム-『福祉国家』攻撃」、「臨調行革と福祉攻撃」が「両論併記」されていました(2)

仮にこのような福祉見直しが一時的逆流であったなら、「三段階発展論」は今後も引き継げると言えます。しかし、この流れが、その後も、大枠では、日本や他の高所得国で40年以上も続いていることを考えると、現実の福祉政策を研究する上では、この理論の有効性はもはや失われている-つまり、「引き継げない」と考えます。

もう1つ、私が引き継げないし、引き継ぐべきではないと考えているのは、日本の1980年代以降の福祉政策を全否定する高島先生の研究スタンスです。先生は1960年代から70年代の政策の評価・批判では、「社会福祉政策を単なる国民支配・統制の道具とみるのではなく、国民の生活困難・生活問題の現状を前提として『譲歩』を含むものとみる視点」を欠かすことができないと強調されていましたが、1980年代に日本で始まった「福祉見直し」政策は、「社会福祉の理念までを含めて一切を否定し、解体」するもの、「反動的な福祉否定・抑制」、「福祉切り捨て」、「社会福祉解体」と全否定されました(3)。先生はこのような全否定論を、個々の政策-例えば、介護保険制度や社会福祉基礎構造改革等-についても貫かれました。そのためもあり、先生は政府の政策に対する具体的対案・改善案は示されず、社会福祉改革の「答えは、基本的には、政治を根本から変える、あるいは民主化する、そして国民の一人ひとりの人権を守ることを第一にする体制に変える、という以外にありません」と、抽象的に述べられるだけでした(4)

先生は、1987年に社会福祉士・介護福祉士の国家資格化法案が提案されたときにも、両資格の狙いは「福祉の企業サービス化」を推進することだと全否定され、社会福祉学部教授会が「法案の反対決議」をあげるべきとまで発言されました。私は、当時日本福祉大学に赴任して3年目の「新参者」だったのですが、この発言に「カルチャーショック」を受け、医師出身の立場から、専門職の能力と社会的地位を高めるためには公的資格が不可欠だと発言しました。実は、10月29日に開かれた第46回全国社会福祉教育セミナーのシンポジウム「ソーシャルワーク教育の新たな発展を目ざして」で、ある参加者が「社会福祉士は国家権力が社会の矛盾に対応するために作った」と発言したため、高島先生の発言を思い出した次第です。

私は、1980年代後半以降、30年間、医療政策を「複眼的」に検討しています(5)。この数年は、福祉とも密接に関係する地域包括ケアシステムや、厚生労働省ワーキングループが昨年9月に発表した「新福祉ビジョン」等の福祉改革の研究も行っています。その際、それらを全否定するのではなく、肯定的側面と否定的側面を分析的に検討し、現実の政策を少しでも改善する、最低限「より悪くしない」ための提言も行っています。

ちなみに、本学の故宮田和明先生は、政府・厚生労働省の福祉政策に批判的な視点を保ちつつ、それを全否定することなく、複眼的な視点から分析されました。先生は2004年に「社会福祉における政策研究の課題」について、こう述べられました。「社会保障制度体系の再編、社会福祉基礎構造改革をめぐる論議をみても、批判と推進の両極に分化する[1980年代に生じた-二木]傾向はなお続いているように思われる。/もとより、大局的な見地に立って、社会保障制度の理念に関わる批判的検討を進めることの必要性、重要性を否定するものではないが、新自由主義にもとづく社会保障・社会福祉縮減の路線に対抗し、社会保障・社会福祉の新たな発展の道を探るためには、説得力ある建設的な批判が求められている」(6)

今後の福祉政策研究で求められているのはこのような「説得力ある建設的な批判」、私流に言えば「複眼的」分析と提言であり、高島先生の1980年代以降の全否定論は引き継げないし、引き継いではならないと思います。

文献

【参考】革新的思想・学問は"対抗思想"にとどまっていて良いのか?

1986年2月7日の「日本福祉大学第一回研究交流サロン挨拶要旨」(同大学研究課「研究ニュース」34号)より。日本福祉大学赴任1年目=30年前に、前の職場(代々木病院)でのリハビリテーション科医および財団理事としての活動と経験を踏まえて行った問題提起。[ ]は今回補足)

○社会の変化に対応して実行可能な"代替案"(※)を、マクロレベルでもミクロレベルでも、提示しなければ、"国民のための"=革新的学問はもはや生き延びられないのではないか?対抗思想的な「世界の終わり」が近づいている-私の危機意識

※ 私のキーワードは、高齢化社会・"豊かな"階層社会、技術進歩・医療の質を低下させない医療費節減(cost/effectiveness)

1.マクロレベルでは、本質的に反動的な政府の政策の中にさえ、現実の変化を反映した
合理的要素がある

-単に"福祉切り捨て"と"切り捨てる"だけでは不十分
例:老人保健法による病院から老人患者の"追い出し"[との批判]
vs 病院医療の質向上・サービス拡大のためには、在院日数の短縮が不可欠
-社会的入院を放置していては、救急医療は行えない!
例:いわゆる「中間施設」[後の老人保健施設]構想:中小病院の中間施設化、在宅サービ
スの拡充+特別養護老人ホームの拡充をすれば、新たな収容施設は不要[との批判]
vs 病院の機能分化自体は必要。老人人口の増加・家族の介護機能の低下のため、収
容施設の増加は必要

2.ミクロレベルでも、要求・運動団体ならともかく、実際に組織・制度を運営していく
うえでは、単なる"体制・政策批判"だけでは不十分

-"総論反対各論追従"を超えた革新的管理運営・経営方法論の必要性
例:病院経営での"医療サービスの質を低下させない経営合理化"の探求
3.要求・運動団体だけでは総合的・整合的政策は出せない-研究者の出番!
-2部[学生]自治会との団体交渉に出て改めて"合成の誤謬"(Samuelson)を実感
○"現場の人間"の視野の狭さ-研究者が"現場"に出るだけでは意味がない
○要求・運動団体は宿命的に"既得権"・建前にとらわれる("社会的弱者"の利益を守る団体にとってこのことは当然だが……)

絶対に必要な学際的協力-だからこそ[研究交流]サロン!

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3. 最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算129回.2016年分その9:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○統合ケア:理論から実践へ
Stokes J, et al: Integrated care: Theory to practice. Journal of Health Services Research & Policy 21(4):282-285,2016.[評論・文献レビュー]

「統合ケア」は近年の医療システムの問題の解決策と熱く主張されている。既存の文献では、統合ケアとは何かについては様々な主張がなされている。2009年に行われた文献レビューでは、それの定義は175もあった。イギリスでも、国際的にも、多職種チームによるケースマネジメントがしばしば統合ケアの中心と見なされている。本論文では、まずイングランドのNHSにおける統合ケアの実際を調べ、ケースマネジメントがどの程度重視されているかを示す。次に、最近の文献レビューにより、多職種チームによるケースマネジメントの効果のエビデンスを調べる。その際、ハイリスクグループを対象にしたケースマネジメントとメゾ、マクロレベルのケースマネジメントに焦点を当てる。現在までに得られたエビデンスは、ケースマネジメントによる費用削減や健康便益は限られていることを示唆している。リスクがもっとも大きい患者に対象を限定したケースマネジメントの効果はもっとも少ない。以上の結果に基づいて、統合ケア単独で達成できることについて過度な期待を持たないことを示唆する。

二木コメント-私も統合ケアが多義的概念であることは知っていましたが、まさか定義が175もあるとは知りませんでした。本論文には、多職種チームによるケースマネジメントには費用抑制効果はないと結論づけた最新の文献レビューがたくさん紹介されており、便利です。

○ドイツ慢性閉塞性肺疾患管理プログラム(COPD・DMP)-大規模集団ベースのコホート調査
Achelrod D, et al: Costs and outocomes of the German disease management programme (DMP) for chronic obstructive pulmonary disease (COPD) - a large population-based cohort study. Health Policy 120(9):1029-1039,2016.[量的研究]

ドイツでは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の費用を抑制し健康アウトカムを改善するために、全国規模の疾病管理プログラム(DMP)が2005年に導入された。しかし、その効果は包括的にはまだ評価されていない。本研究の目的は、ドイツCOPD・DMPが、3年間の支払者の視点からの費用と医療資源利用、および医療プロセスの質、併発症(うつ病、心不全、薬原性骨粗鬆症、悪液質)発症率と死亡率に与えた影響を検討することである。保険者の管理データを用いて、後方視的に集団ベースのコホート分析を行った。DMP参加群と対照群間の観測可能な特性の差を除くためにentropy balancingを行った後、差の差推計を用いた。

COPD患者215,104人のうち、25,269人(11.7%)がDMPに参加していた。DMP群は対照群(DMP不参加群)に比べ、死亡リスクは低かった(0.89, 95%CI:0.84-0.94)が、費用は高かった(1年当たり553ユーロ)。DMP群は対照群に比べ、医療利用が多かった:入院率は3.14%、症状悪化による外来受診は11.13%、処方は2.78%多かった。しかし、COPDによる入院日数は0.49日短く、服薬遵守率と併発症発症率も改善していた。以上より、ドイツのCOPD・DMPは死亡率、併発症を減らし、医療プロセスの質も改善したが、それに伴って費用も増加したと結論づけられる。余命1年当たりの増分費用効果比(ICER)が低い(11,819ユーロ)ことを考慮すると、DMP・COPDはCOPD患者の健康を改善する費用効果的な選択と言えるかもしれない。
二木コメント-丁寧なデータ解析により、DMPで医療の質は改善するが、費用も増加することを示した好論文と思います。

○韓国の医療扶助受給者に導入された外来受診時自己負担の影響:5年間の時系列研究
Yoo K-B, et al: Impact of co-payment for outpatient utilization among Medical Aid beneficiaries in Korea: A 5-year series study. Health Policy 120(8):960-966,2016.[量的研究]

韓国政府は2007年7月に医療扶助受給者の医療サービスの過剰利用を抑制するために、自己負担制度(外来受診1回当たり0.5~2ドル。受診する医療機関や薬局により異なる)を導入した。本研究の目的は外来受診時の自己負担導入による医療サービス利用の変化を評価することである。本制度の対象となった医療扶助受給者410,142人の2006年7月~2011年6月の医療費支払いデータを分析した。総医療費、調整済み総受診日数(入院・外来合計)、入院日数、総入院医療費、外来受診数、総外来医療費の変化を、分割回帰分析で評価した。
自己負担の導入後、1人当たり外来受診日数は、2007年6月に比べ、2008年7月に0.16日減少し、2010年7月には0.06日減少した。1人当たり総外来医療費は、2010年6月に比べ、2010年7月には4.11ドル増加した。入院日数は調査期間中増加し続けた。総医療費および調整済みの総受診日数も増加し続けた。以上より、外来受診時自己負担の導入は外来受診日数を削減するのには有効であるが、1人当たり外来医療費や入院の抑制はできず、総医療費も増加すると結論づけられる。

二木コメント-日本でも一部で医療扶助受給者に対する少額の自己負担導入が提唱されているだけに、それが医療費抑制にはつながらないという結果は貴重と思います。ただし、本研究で、同じ期間の国民健康保険加入者のデータとの比較が行われていないのは「弱い」と思います。なお、韓国の医療扶助制度は1977年に始まり、現在の受給者数は183万人(国民の3.8%)だそうです。

○[アメリカの]メディケイドにおける自己負担:仮定、エビデンスと今後の方向
Powell V, et al: Cost sharing in Medicaid: Assumptions, evidence, and future directions. Medical Care Research and Review 73(4):383-409,2016.[文献レビュー]

いくつかの州は、オバマケアに基づいてメディケイドの対象を拡大する際、メディケイドが従来許容してきた以上の自己負担を課す許可を連邦政府から得ている。自己負担についての効果の文献レビューを行い、最終的に1995~2014年に発表され、低所得のアメリカ人に対する自己負担の影響を検討した12論文に焦点を当てた。先行研究は自己負担は治療開始の抑制効果を有しており、それ以降の医療利用も抑制できることを示唆している。他面、低所得人口は自己負担について理解するのが難しい可能性があり、患者は医療の選択についての十分な情報をもっておらず、しかも低所得成人は自己負担と他の消費とのバランスを取ることが難しい可能性がある。先行研究でエビデンスが不足しているのは、自己負担が健康と経済的安定に与える長期的な効果、自己負担と患者教育の結合の効果、対象を健康増進にインセンティブを与えるものに限定する効果であった。先行研究は、とくに低所得成人での自己負担の健康状態と医療費支出への影響を評価する必要があることを強調している。

二木コメント-アメリカでは医療費自己負担の影響についての実証研究や文献レビューはたくさんありますが、本論文は低所得者に対する自己負担の影響に焦点を与えていること、およびその影響を多面的に評価している点に特徴があります。

○低・中・高所得のアメリカ人の1963-2012年の医療費
Dickman SL, et al: Health spending for low-, middle-, and high-income Americans, 1963-2012. Health Affairs 35(7):1189-1196,2016.[量的研究]

アメリカの医療費の伸び率は2004~2013年に鈍化した。同じ時期に、アメリカ人は窓口負担や免責額の増加に直面し、これは特に低所得の人びとに影響を与えた可能性がある。医療費の伸び率の鈍化がすべての所得階層に均一に影響したか否かを明らかにするために、人口を所得レベルの5群に分けた。次に22の全国調査の結果を用いて、1963-2012年の5群別の1人当たり医療費(以下、医療費)の推移を評価した。1965年にメディケアとメディケイドが成立する前は、最低所得群の健康状態は他群より悪かったにもかかわらず、彼らの医療費は5群中最も低かった。1977年には最低所得群の粗医療費は他の4群よりも高くなっており、この傾向は2004年まで続いた。それ以降は、最低所得群の医療費は減少に転じたが、中間の3群では10%以上増加し、最高所得群では20%弱増加した。その結果、2012年には最高所得群の医療費は5群で一番高くなった。このような2004年以降の所得階層間の医療費の拡散は、非高齢者でのみ生じた。2004年以降に新たに生じた医療費パターンは、高所得アメリカ人に対する医療の再分配は医療費の伸び率鈍化に伴って生じたことを示唆している。

二木コメント-50年間の長期推計により、2004年以降の医療費抑制時代には、患者の自己負担が増加したために、公的医療保障制度がない非高齢者では、それ以前にはほぼ消失していた所得階層間の医療費格差が復活した残酷な現実がキレイに(?)示されています。

○[アメリカでの]医師診療の統合の進行のメディケイドへの[望ましい]副反応
Richards MR, et al: The growing integration of physician practices with a Medicaid side effect. Medical Care 54(7):714-718,2016.[量的研究]

戦略的提携と組織統合が医療産業全体で流行しているが、最近のそれらの普及と進行ペースについての記録はない。病院と医師との統合・提携の全体像も完全には明らかにされていない。そこで2009~2015年の全米の診療所医師の組織的状況と垂直統合の程度の変化を調査した。次に、診療所医師の垂直統合への参加がメディケアとメディケイドの患者の受け入れに与える影響を、記述統計と線形回帰分析で検討した。

独立診療の医師(統合医療システムにもグループ診療にも加わっていない)は2015年でも最も多かったが、その割合は2009年の73%から2015年の60%へと減少していた。それに対して、同じ期間に統合医療システムに加わっている医師の割合は7%から25%へと3倍化した。医療システム所属の医師の80%以上はメディケイド患者を受け入れていたが、独立診療の医師ではその割合は60%未満だった。医師は垂直統合システムに加わると、メディケイド患者を受け入れるようになる傾向がある。このような統合の望ましい副反応(beneficial side effet) は従来報告されておらず、政策担当者が統合医療システムの利点と欠点を検討する際、考慮すべきである。

二木コメント-日本では考えられないことですが、アメリカの独立診療の医師(開業医)の相当数がメディケイド患者を受け入れていないことは、よく知られています。そのような医師が統合医療システムに加わると、(おそらくそのシステムの方針により)メディケイド患者を受け入れるようになることを示した貴重な論文と思います。

○[EUにおける]医療部門の雇用増加は労働生産性の改善を求める
Hofmarcher MM, et al: Health sector employment growth calls for improvements in labor productivity. Health Policy 120(8):894-902,2016.[量的研究]

医療費の増加は国家財政に対する圧力を増している一方で、医療部門での雇用増加には全体的雇用水準の安定化作用があり、これは経済危機の時期に限られない。2014年にはEU加盟15か国は医療・社会的ケア部門で2100万人を雇用していた。2000~2014年の間に、これら15か国における同部門の雇用の総雇用に対するシェアは9.5%から12.5%に増加した。この期間に、労働投入の増加は福祉施設ケアやソーシャルワークにシフトした他が、それでも病院と外来医療等の医療分野の労働が多くを占めている。医療分野の労働力の約5割は病院での雇用である。医療・社会的ケア部門の雇用のバラツキは、大枠では類似した制度を有する国の間でさえ大きい。各国で共通して使える医療・社会的ケア部門の生産性の標準化された尺度はまだないが、増大する医療分野の労働力の労働生産性にはもっと注目すべきである。医療部門の長期的安定のためには医療分野の労働力増加をより良く利用し、しかもそれとバランスをとりながらIT技術のインフラに賢く投資する医療提供モデルが必要となるであろう。この視点からは、医療・社会的ケアの労働構成のバラツキを説明し、労働生産性の向上に寄与する政策手段を同定する研究が必要である。

二木コメント-視点は面白いのですが、考察はまとまりに欠け、これは明快な結論を出せるほどには研究が進んでいないことの現れと思います。特定の労働生産性尺度のみで、各国の医療・社会的ケア部門の生産性の優劣を論じていないのは妥当と思います。

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4. 私の好きな名言・警句の紹介(その144)-最近知った名言・警句

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