総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻148号)』(転載)

二木立

発行日2016年11月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


1. 論文:公正取引委員会の「混合介護の弾力化」提案の背景・意味と実現(不)可能性を考える-混合診療解禁論との異同にも触れながら
(「二木学長の医療時評(143)」『文化連情報』2016年11月号(464号):18-22頁)

公正取引委員会は9月5日に「介護分野に関する調査報告書」(以下、公取「調査報告書」)を公表し、「混合介護の弾力化」(保険給付内サービスと保険給付外サービスの同時一体的提供及び保険内サービスの利用料金の自由化)を提案しました。これを受けて、規制改革推進会議(本年7月で設置期限を迎えた規制改革会議の後継組織)は10月6日の第2回会議で、「当面の重要事項」として「介護サービス改革」を決定しました。この改革は「介護サービスの多様化(介護保険給付と自己負担の組合せをより柔軟に)」と「担い手の多様化(特養の担い手の拡大等)」の2つで、前者が「混合介護の弾力化」に相当します。

そこで今回は、公正取引委員会提案の背景と意味および実現(不)可能性を、医療における混合診療解禁論との異同にも触れながら検討します。なお、「日本経済新聞」はかつての混合診療解禁論争時と同じく、いち早く社説「『混合介護』を大きく育てよ」(9月6日)を発表するなど、混合介護拡大に前のめりの報道をしていますが、他紙の報道は醒めています。私もそれが妥当と思います。

介護保険は当初から「混合介護」を容認

まず「混合介護」と「混合診療」には違いが2つあります。根本的違いは、医療保険では混合診療は原則禁止されているのと異なり、介護保険では2000年の制度発足以来、居宅サービス給付での「混合介護」が認められていることです。具体的には、①要介護度別「区分支給限度基準額」を超えるサービス利用と、②保険給付内サービス(以下、保険内サービス)と保険給付外サービス(同、保険外サービス)の併用です。ただし、②では両者は明確に区分して提供される必要があります。言うまでもなく、両者とも全額利用者負担です。

もう1つは根本的違いから生まれる派生的違いで、多くの介護保険事業者や医療介護経営誌が保険外サービスの導入・拡大を早くから経営戦略としていたことです。雑誌論文でみると、もっとも早いのは、『訪問看護と介護』2001年7月号の特集「介護保険外サービスに注目」(6論文)で、介護報酬が大幅に切り下げられた2012年以降は、同様の特集や論文が激増しています。最近は、「無限の可能性を秘める保険外事業」、「『希望の光』の介護保険外サービス」などの誇大表現(?)も使われるようになっています(『日経ヘルスケア』2016年6,10月号)。公取「調査報告書」によると、保険外サービスを提供している介護保険事業者は株式会社等で57.6%に達し、社会福祉法人でも38.0%です(58頁)。この点は、医療機関の多くが差額病床以外の保険外サービスを提供していないのと対照的です。

公取提案の2つの背景

それにもかかわらず、公正取引委員会が「混合介護の弾力化」を提案するのはなぜか?

私は背景・理由は2つあると思います。1つは、公正取引委員会が「事業者の公正かつ自由な競争を促進し、もって消費者の利益を確保することを目的とする競争政策」(つまり市場原理の徹底。そのカギは価格の自由化)を、社会連帯の理念に基づく社会保険により提供されている介護市場(正確には「疑似市場」・「準市場」)にもそのまま適用できると無邪気に信じているからです。公正取引委員会は介護保険制度発足直後の2002年に発表した「社会的規制分野における競争促進の在り方」についての報告書でも、以下のように「介護サービスにおける自由な価格設定」を提唱しており、「三つ子の魂百まで」と言えます。「介護サービスにおける価格競争を有効に機能させる観点から、家事援助等一部の介護サービスについて、価格設定を自由にするとともに、施設介護サービスにおいても、介護保険対象サービスと非対象サービス(自己負担サービス)との自由な組合せを認めていく必要がある」。

言うまでもなく、このロジックに基づけば、株式会社による医療機関経営の禁止も混合診療の原則禁止も、全国一律の診療報酬制度も、さらに究極的には国民皆保険制度も否定されることになります。公取「調査報告書」でも、「混合介護の弾力化」だけでなく、特別養護老人ホームの開設への株式会社等の参入が提案されています。

もう1つの理由・背景は、公正取引委員会が本来は独立性の高い行政委員会(いわゆる「三条委員会」。府省の大臣などから指揮監督を受けず、独自に権限を行使できる)であるにもかかわらず、今や安倍政権に従属し、同政権がアベノミクス・「成長戦略」の重要な柱と位置づけている「公共サービスの産業化」や「介護保険外サービスの活用促進」を側面から支援しようとしているからだと思います。

公取委提案の2つの新しさ-18年ぶりの「指名料」提案

公正取引委員会の「混合介護の弾力化」提案には2つの新しさがあります。1つは、「保険内サービスと保険外サービスを組み合わせて同時一体的に提供することを可能とすること」、もう1つは「利用料金を自由化すること」(その中心は「利用者が特定の訪問介護員によるサービスを希望する場合には指名料を徴収した上で派遣すること」)です(公取「調査報告書」65,102頁)。

私は、前者は、特に制度改正を行わなくても、制度運用の柔軟化で十分に対応できると思います。公取「調査報告書」で紹介されている自治体のアンケート調査でも、保険内外のサービスを「一体的に提供することはできないが、区分が明確になっていれば、連続して提供することは可能である」と回答しているそうです(60頁)。それに対して、保険内サービスの利用料金の自由化や「指名料」導入は、全国ほぼ一律の介護報酬制度の根幹を崩す提案です。

実は介護保険の構想段階では、介護保険が支払うのは「平均的な費用を勘案した額」として、介護保険事業者は利用者からそれを上回る差額を徴収できるようにすることも検討されていました。その後は、医療保険と同様に全国ほぼ一律の介護報酬を設定する方向になりましたが、厚生省(当時)は1998年12月14日の医療保険福祉審議会老人保健福祉部会・介護給付費部会の第1回合同部会で、利用者が「特定の」訪問看護婦やホームヘルパーによるサービスを希望する場合、事業者は、1割の利用料に上乗せして「指名料」(自由料金)を徴収できるとする「素案」を提出しました。

当時、私は以下のように論評しました。<この素案は、直接的には、「高かろう良かろう」式の看護・介護サービスを販売している営利企業の参入を促進することを目的としているが、長期的には医師・歯科医師の「指名料」を合法化するための布石でもある、と私は判断している。/ただし、この素案には審議会委員が猛反対し、否定された-「バーやキャバレーじゃあるまいし」(橋本泰子委員の名言)。しかし、将来的にはそれが復活する危険性は残っている>(『介護保険と医療保険改革』勁草書房,2000, 11頁)。

残念ながら私の予想が当たり、「指名料」提案が18年ぶりに復活したと言えます。

混合介護の弾力化の実現(不)可能性

最後に、公正取引委員会の提案の実現(不)可能性について、思考実験を行います。

私は、上述したように「保険内サービスと保険外サービスを組み合わせて同時一体的に提供すること」は、制度運用の柔軟化で実現する可能性が強いと思います。これには、利用者の利便性の向上という面もあるからです。ただし、それにより、全額自費の保険外サービス市場が急拡大するとは考えにくいと判断しています。

なぜなら、1割負担の保険内サービスですら、利用はごく限定されているからです。それは2つのデータで確認できます。1つは、居宅介護サービス利用者の要介護度別の1人当たり平均費用額は支給限度額の4~6割にとどまっているからです。もう1つの理由は、居宅介護サービスの利用者のうち、区分支給限度基準額を超えて利用している方の割合は、要支援・要介護全体でわずか1.3%、要介護5ですら2.9%にとどまっているからです(共に平成27年度介護給付費実態調査(5月審査分)。厚生労働省老健局総務課「公的介護保険制度の現状と今後の役割 平成27年度」22頁)。前者の数値は介護保険後漸増していますが、後者の数値は、2000年の介護保険制度開始後ほぼ一定です(少なくとも、増加傾向にはありません)【注】

定価の9割引と言える保険内サービスの利用さえこの状況であることを考えると、全額自費の保険外サービスの利用が急増することは考えられません。そのために、私は、大都市部の富裕層を主たる対象にした事業所以外の介護保険事業所では、「混合介護の弾力化」は経営改善の追い風にはならないと判断しています。このことは、混合診療の拡大で収益増が期待できる病院が「首都圏にある高所得層対象の一部の民間ブランド病院」に限定されるのと同じです(『医療改革』勁草書房,2007,55頁)。

他方、利用料金の自由化はもちろん、「指名料」の導入もきわめて困難だと思います。その根本的理由は、全国ほぼ一律という現行の介護報酬制度の根幹を否定するからですが、もう1つ、それにより介護給付費が急増する可能性が大きいからです。なぜなら、料金が自由化された場合には保険外サービスの料金は上昇する可能性が高いため、要介護者は、サービス利用を増やす場合、全額自費の保険外サービスに比べてはるかに自己負担が少ない保険内サービスの利用を優先するからです。厚生労働省はこのことを熟知しており、利用料金の自由化に徹底抗戦するし、財務省もそれを後押しするのは確実です。

上述したように介護保険での「指名料」導入は、将来的に医師・歯科医師の「指名料」導入に繋がる可能性が大きいため、日本医師会や日本歯科医師会等の医療団体も頑強に反対します。
混合介護の弾力化には、「介護の成長産業化」を促進する狙いがありますが、以上からそれは幻想と言えます。

【注】介護保険の居宅介護サービス利用者のうち区分支給限度基準額を超えている者の割合の推移

この数値は、定期的には公表されず、社会保障審議会の介護保険部会や介護給費分科会で不定期に報告されるだけです。私が検索して得た要介護・要支援合計の数値は以下の通りですが、相当の漏れがあると思います。

【補足】「保険外サービス活用ガイドブック」を読むと営利目的の保険外サービスが普及しないもう1つの理由が分かる

本文では書きませんでしたが、本年6月の一連の閣議決定と公正取引委員会の提案との間には、微妙だが重要な違いがあります。それは、前者が「介護保険外サービスの活用促進」(「骨太方針2016」38頁)、「介護を支える保険外サービス市場の創出・育成・見える化」(「日本再興戦略2016」69頁)と述べ、「混合介護の弾力化」にまでは踏み込んでいないことです。この点では、公正取引委員会は先走りすぎと言えます。

閣議決定の線でまとめられたものに、経済産業省・厚生労働省・農林水産省が本年3月末に共同で発表した「地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集-保険外サービス活用ガイドブック」があります。これは「高齢者向け保険外サービスの企画・実践におけるポイント(事例からの示唆)」に続いて、39の「参考となる事例」を紹介し、「自治体向けのメッセージ」で終わっています。

この事例をみると、「保険外サービス」がきわめて多様であり、1回当たりの利用料から判断して高所得層だけでなく、中所得層も十分購入可能なサービスが大半であると思います。事業者も、大企業は少なく大半は中小企業であり、少数ですが、NPO法人や生活協同組合、社会福祉法人も含んでいます。39事例の(本社)所在地を見ると、大半(30)が首都圏・関西圏・名古屋圏で、残りも1個所を除いて県都またはまたは県の中心都市です。

提供されている「サービス概要」を見ると、家事代行、便利屋、見守り、買い物支援、宅配、コミュニティ拠点等は、すでに多くの地域で、先進的な社会福祉協議会、社会福祉法人、NPO法人、医療法人、町内会等が、単独または市町村と協力し、無料または低額で提供しているものと重なります。

これらのサービスは、厚生労働省・自治体が地域包括ケアシステムにおいて「互助」での提供を期待しているものとも言えます。厚生労働省の「地域包括ケアシステム」の解説でも、互助の例として、「当事者団体による取り組み/高齢者によるボランティア/生きがい就労/ボランティア活動/住民活動」が例示されています。今後、各地域で地域包括ケアシステムが推進され、互助が活性化した場合には、地域住民の多くは、価格と信頼性の両面で、営利目的の保険外サービスの購入(「市場サービスの購入」=「自助」)よりも、互助を選ぶと思います。

さらに、個々の事業者間の競争を促進し(つまり、社会保障制度改革国民会議報告書とは逆に「協調よりも競争」を重視し)、個々の消費者に良質な「保険外サービス」を提供することを絶対化する公正取引委員会は、地域包括ケアシステムで強調されている「地域づくり」や「共生社会づくり」という重要な視点を欠いており、自治体や各種「互助」組織および地域住民の支持は得られないと思います。以上が、私が、公正取引委員会が目指している営利企業主導の保険外サービスが大きくは普及しないと考えるもう1つの理由です。

最後に一言。上記「ガイドブック」は「自治体向けのメッセージ」で、「公的介護保険と『自助』のサービスを併せて高齢者に提供する」ことや「保険外サービスの積極的活用」を強調するだけで、「互助」の役割についてはほとんど触れておらず、「地域包括ケアシステム」の理念に反していると思います。

[本稿は、『日本医事新報』2016年10月29日号(4827号)に掲載した「公正取引委員会の「混合介護の弾力化」提案をどう読むか?-混合診療解禁論との異同にも触れながら」(「深層を読む・真相を解く(57)」)に大幅に加筆したものです。]

▲目次へもどる

2.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文
(通算128回.2016年分その8:7論文+α)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○アメリカにおける処方薬の高コスト-起源と改革の見通し
Kesselheim AS, et al: The high cost of prescription drugs in the United States - Origins and prospects for reform. JAMA 316(8):858-871,2016[文献レビュー・政策研究]

アメリカで処方薬の費用が増加し続けていることは患者、処方者(医師)、支払い者および政策決定者の悩みの種になっている。本研究の目的は、アメリカ市場における医薬品の高価格の原因と影響についての文献レビューを行い、処方薬費用抑制の政策選択について検討することである。2005年1月~2016年7月に査読付きの医学・医療政策雑誌に掲載された、アメリカにおける医薬品価格の根拠、高価格を正当化する理由とその結果、および可能な解決方法について論じた論文をレビューした。

主な知見は以下の通りである。アメリカの1人当たり処方薬費用はすべての他国を大幅に上回っており、その主因はブランド薬(商品名があり、特許によって保護されている薬)の価格が近年、消費者物価上昇率を大幅に上回って上昇していることである。2013年には、アメリカの1人当たり処方薬費用は858ドルに達したが、他の高所得国19か国の平均は400ドルにとどまっていた。アメリカでは処方薬の費用は対人医療サービス費用総額の17%を占めると推計されている。製薬企業が医薬品価格を高く設定できるもっとも重要な要因は、FDAの承認と特許権に保護されて市場を独占できるからである。アメリカでは、特許期間が切れた後のジェネリック薬の入手可能性が価格低下の主な手段になっているが、それらへのアクセスは様々な企業戦略や法的戦略によって遅らされている可能性がある。行きすぎた価格設定に対する市場における主な拮抗力は支払い者の交渉力であるが、それは現在は様々な要因で制約されており、その1つは政府が関与する様々な保険が、法的にほとんどすべての医薬品を支給対象にしなければならないことである。医薬品費用に影響を与えるもう一つの要因は、価格の異なる複数の代替的医薬品がある時の、医師の処方選択である。医薬品の高価格は開発費用が高額であることを理由にしてしばしば正当化されるが、研究開発費と価格に関連があるとのエビデンスは全くない。むしろ、アメリカでは処方薬の価格は市場が受け入れるか否かを基礎にして決められている。

結論と示唆は以下の通りである。医薬品の高価格は、アメリカでは政府が製薬企業に対して独占的販売を認めていること、および政府が資金を拠出している医薬品給付に制限を設けられないことの結果である。医薬品の高価格に対処するもっとも現実的な短期的戦略は独占的販売権を厳格にすること、特許切れ後のジェネリック薬の販売を保証し競争を促進すること、政府支払い者による意味のある価格交渉の余地を増やすこと、医薬品以外の代替的治療法についての費用効果分析のエビデンスを増やすこと、これらの選択肢についての教育を患者・処方者・支払い者・政策決定者に効果的に行うことである。

二木コメント-14頁の大論文で、国際比較データも豊富であり、日本の医薬品費用抑制策を考える上でも参考になると思います。「現実的な」解決策に、公定薬価制度の導入が含まれていないのがアメリカ的です。

○[アメリカでは]処方薬費用の低成長の時代は終わったのか?
Aitken M, et al: Has the era of slow growth for prescription drug spending ended? Health Affairs 35(9):1595-1603,2016.[量的研究]

2005-2013年のアメリカの処方薬市場の年平均実質増加率は1.8%にとどまった。しかし、2014年には増加率は11.5%へと劇的に上昇し、将来見通しについての関心が高まった。そこで、医薬品企業のリベートと価格割引の影響も考慮して、今後10年間、処方薬費用に影響を与える要因を同定した。それらは、イノベーション・パイプラインの強さ、医薬品購入者(小売業者、医薬品給付管理者、保険者)の統合、特許切れする医薬品の減少による安価なジェネリック薬の減少である。いくつかの予測では医薬品費の伸び率は2014年レベルより低下するとされているが、買い手と売り手の緊張関係により別の予測も可能である。このことは、将来の処方薬費用の趨勢はまったく不確実であることを示唆している。

二木コメント-要するに、アメリカにおける今後の処方薬費用は予測できないということです。

○病院はどのように価格変化に対応するか?ノルウェイからのエビデンス
Januleviciute J, et al: How do hospitals respond to price changes? Evidence from Norway. Health Econmics 25(5):620-636,2016.[量的研究]

多くの公費負担医療制度を有する国は、DRGを用いた活動基準の支払い(activity-based financing)を採用し、病院の生産と効率を高めようとしている。本研究の目的は、異なった治療に対する価格の変化が病院で治療を受ける患者数や活動ミックスに影響するか否かを調査することである。ノルウェイの病院(すべて公立)で2003-2007年の5年間に実施されたDRG別の全国平均治療費用(償還額)の変化によって生じた価格変動を用いる。「ノルウェイ患者登録」のデータを用い、これには個人レベルでの年齢、性、治療種類、診断、併発症の数、およびDRG別の全国平均治療費が含まれる。固定効果モデルを用いて、DRG分類に基づいて治療された(医療費が償還された)患者数の推移を検討した。その結果、内科系(救急入院と非救急入院の両方)のDRGでは10%の価格上昇は0.8-1.3%の患者数増加をもたらすことが示唆された。それに対して、外科系のDRGでは価格効果は認められなかった。さらにアップコーディングのエビデンスも得られた。併発症のある患者とない患者との価格比の10%の増加は、併発症があるとコード化された患者割合を0.3-0.4%ポイント増加させていた。

二木コメント-公立病院でも、価格変化に対応した供給者誘発需要が生じること、しかしそれは内科系のDRGに限定されていることを実証した貴重な研究と思います。本研究の筆頭著者はノルウェイ・ベルゲン大学経済学部所属ですが、その後、同国のオスロ大学医療マネジメント・医療経済学部所属の研究者が、同種の別の研究を発表しています(抄訳は略)。

○「病院はノルウェイの2006-2013年のDRG重み付けの変化に反応したか?」
Melberg HO, et al: Did hospitals respond to changes in weights of Diagnosis Related Groupus in Norway between 2006 and 2013? Health Affairs 120(9):992-1000,2016.[量的研究]

○[アメリカでの]電子医療記録利用は病院の財務業績を改善するか?パネルデータから得られたエビデンス
Collum TH, et al: Does electronic health record use improve hospital performance? Evidence from panel data. Health Care Management Revies 41(3):267-274,2016.[量的研究]

本研究の目的は電子医療記録(EHR)導入が病院の財務業績に与える影響を調査することである。3つの二次的情報から縦断的パネルデータを作成した:(a)2007-2010年アメリカ病院協会年次調査、(b)2007-2011年の同調査の情報技術についての補遺、(c)メディケア・メディケイド・サービスセンターの2007-2011年メディケア医療費報告。EHR導入による財務的利益はすぐには実現しない可能性があるので、導入1年後、2年後の財務業績を従属変数とする回帰分析を行い、EHR導入レベル(未導入、部分的導入、包括的導入の3段階)と3種類の財務業績指標(売上高利益率、営業利益率、総資産利益率)との関連を検討した。

全体としては、各病院のEHR導入レベルの変化と営業利益率、総資産利益率の変化との間に関連はなかった。しかし、EHRをまったく導入していないレベルからそれをすべての病院業務で包括的に導入した病院に対象を限定すると、導入2年後の売上高利益率は有意に改善していた(β=0.030,p<0.034)。他面、EHR導入レベルを向上させたが、病院全体での包括的導入には至っていなかった病院では、3つの財務業績指標のいずれも改善していなかった。ただし、売上高利益率の改善は、営業利益率の改善と異なり、「経済的および臨床的健全性のための医療情報技術に関する法律」(2009年)に基づく病院への医療情報技術導入のインセンティブ支払いが非医業収入に含まれ、それにより売上高利益率がかさ上げされたためである可能性がある。EHR導入2年後の病院の財務業績は政府によるインセンティブ支払いによってのみ改善したと言える。

二木コメント-全米の病院を対象とした大規模なパネルデータ調査です。この論文で一番興味深いことは、EHR導入は医業収入増加や営業費用削減にはつながらないこと、およびEHRの包括的導入による売り上げ高利益率の改善は、連邦政府のインセンティブ支払い(事実上の補助金)によるものであることを示した点にあると思います。この臨時的収入を除けば、EHR導入は病院の財務業績を改善しない可能性が大きいと言えます。

○[アメリカにおける]価格透明化ツールの提供と外来医療費との関連
Desai S, et al: Association between availability of a price transparency tool and outpatient spending. JAMA 315(17):1874-1881,2016.[量的研究]

価格透明化(公表)ツールを用いて医療費を抑制することについての関心が高まっているため、ツール提供と外来医療費との関連を測定した。全米で事業展開している2つの大企業が、2011、2012年に医療価格透明化オンライン・ツールを被用者に提供し始めた。それは利用者に、特定の診療所や病院を受診した場合、自己負担医療費がどのくらいになるかの情報を提供する。マッチングをした差の差分析により、ツール導入前後1年間の外来医療費を、ツールを提供された企業の従業員(ツール提供群:148,655人)と提供されない他企業の従業員(対照群。295,983人)とで比較した。

ツール提供群のツール導入前1年間の1人当たり平均外来医療費は2021ドル、導入後1年間のそれは2233ドルであった。対照群では、それはそれぞれ、1985ドル、2138ドルであった。人口構成および健康特性を調整すると、ツール提供は外来医療費59ドル増加(95%CI:25-93ドル)と関連していた。ツール提供群の1人当たり平均自己負担外来医療費は、ツール提供前年507ドル、提供後1年555ドルであった。対照群では、それぞれ490ドル、520ドルであった。諸要因を調整すると、ツール提供は自己負担外来医療費の18ドル増加(95%CI:12-25ドル)と関連していた。ツール導入後1年間で、それを一度でも利用した従業員は10%にどとまっていた。以上より、価格透明化ツールは医療費抑制とは関連していないこと、およびそれを利用する従業員はごく一部であると結論づけられる。

二木コメント-一般の商品・サービスと異なり、医療では、価格情報(自己負担医療費)の透明化は医療費抑制につながらないこと、つまり患者は価格の安さでは医療を選ばないことがキレイに示されています。本論文のEditorialは、その理由として以下の5つの理由を挙げ、「価格透明化は医療費抑制の万能薬ではない」と結論づけています(Volpp KG: Price transparency Not a panacea for health care costs. 315(17):1842-1843,2016)。①ツールを提供されてもそれを利用する者はごく限られている。②価格と一緒に質についての信頼できる情報が提供されない場合、多くの患者は価格が高いほど質が高いと考える。③ツールを利用した従業員の多くの自己負担医療費は保険免責額を超えるので、自己負担がなくなる。④医療市場では患者がどの程度消費者として機能するか不明。⑤ツールの効果はツールのデザインと価格の提示方法で相当変わる。

○医療貯蓄口座:医療における効率、公平および経済的保護に与える影響を評価する
Wouters OJ, et al: Medical savings accounts: Assessing their impact on efficiency, equity and financial protection in health care. Health Economics, Policy and Law 11(3):321-335,2016.[国際比較研究・文献レビュー]

医療貯蓄口座(MSAs)では、加入者はあらかじめ積み立てていた医療費支払いに使途が限定されている口座から金を引き出す。MSAは通常、患者負担と高額免責制の医療保険と組み合わされている。本研究はMSAと効率、公平、経済的保護との関係について、文献レビューを行う。MSAが医療財政で重要な役割を果たしている4か国(中国、シンガポール、南アフリカ、アメリカ)からエビデンスを引き出す。得られたエビデンスは、MSAは全体的に非効率、不公平であり、加入者に適切な経済的保護を与えていないことを示唆している。MSAの医療費に与える長期的影響は不明確である。MSAのこれらの弱点を考慮すれば、それの拡大を提案する政策決定者等は、自分たちが何を達成しようとしているかを明示すべきである。

二木コメント-医療貯蓄口座は、日本でも一時、特に小泉政権時代に、一部の研究者から称揚されましたが、「時の試練」(the test of time)を経て、少なくとも日本の医療改革にとっては「徒花」にすぎないことが明確になったと思います。

○経路依存性と社会化医療の政治学
Brady D, et al: Path dependency and the politics of socalized health care. Journal of Health Politics, Policy and Law 41(3):355-392,2016.[理論・量的研究]

高所得民主主義国における医療の社会化には、国家間および歴史的に大きな変動(variation)がある。しかし、医療政策の文献では、国家間の比較研究はまだ稀であり、福祉国家の文献では医療政策は多くの場合無視されている。本研究ではOECDデータを用いて、18の高所得民主主義国(日本を含む)の1960-2010年の、総医療費中の公的医療費シェア(以下、公的シェア)のデータをプールした時系列モデル分析を行う。経路依存性理論に基づいて、当初の1960年の公的シェアと最近のそれとの関係をモデル化する戦略を示す。併せて、1960年の公的シェアと伝統的な福祉国家予測との関係についての2つの対照的な説明について検討する:1つは正のフィードバックを見込む自己強化型仮説、もう1つは負のフィードバックを見込む反対仮説である。
18か国の1960~2010年の公的シェアの変動の大半は1960年当初の公的シェアの変動で説明できることを示す(r=0.749)。この1960年値は1961-2010年モデルに非常に重要な影響を与え、このモデルに1960年値を入れると伝統的な福祉国家予測の変動係数が変わる。以前の社会政策が現在の社会政策についての国民の意見に影響するメカニズムについて検討するため、「2006年国際社会調査プログラム」(ISSP)を用いる。この分析により、1960年の値は個々の国の医療に対する政府支出の選好を予測することを確認する。プールした時系列分析に戻り、1960年値といくつかの伝統的な福祉国家予測との間に強い相互作用があることを示す。いくつかの相互作用は自己強化仮説を支持するが、他の相互作用は反対仮説を支持する。最終的に、本研究は社会政策の歴史的遺産がいかにしてその後の社会政策の政治に大きな影響を及ぼすかを示す。

二木コメント-なんとも難解・思弁的な要旨ですが、本論文の新しさは、各国の医療政策には強い経路依存性があることを、医療費についての国際的時系列データを用いて定量的に再確認したことにあると思います。ただし、総医療費に対する公的医療費のシェアのみを指標にした場合、社会保険方式の国と公費負担方式の国との違いは無視されることになり、医療政策研究としては問題があると思います。

▲目次へもどる

3. 私の好きな名言・警句の紹介(その143)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<その他>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし