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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻126号)』(転載)

二木立

発行日2015年01月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ

○論文「2014年総選挙の自公大勝で医療政策はどう変わるか?」(「深層を読む・真相を解く」(39))を『日本医事新報』2015年1月3日号に掲載します。本「ニューズレター」127号(2015年2月1日配信)に転載予定ですが、早く読みたい方は雑誌掲載分をお読み下さい。

○上記2を含めて、私の学長としての主な論文や挨拶・スピーチは、日本福祉大学のホームページ(http://www.n-fukushi.ac.jp/ 「学園・大学案内」→「大学概要」→「学長メッセージ」)に掲載しています。2014年度分は2014年12月26日現在、28本掲載しています。ご興味のある方はご覧下さい。


1.論文:[2013年度学界回顧と展望]保健・医療部門
(『社会福祉学』第55巻第3号:235-245頁,2014.11.30)

I. はじめに

「保健・医療」の範囲は非常に広いので、本稿では、私が守備範囲としている、マクロの「保健・医療政策、医療保障」(地域包括ケアシステムを含む)に限定し、原則として2012年~2014年6月までの2年半(以下、本稿の対象期間)に発表されたものをとりあげる。過去1年ではなく、過去2年半の文献を取り上げるのは、私が昨年の本誌の「回顧と展望」をお引き受けしたにもかかわらず、執筆できなかったためである。私の怠慢を深くお詫びする。このように対象を限定しても、膨大な文献があるので、主として単行本を取り上げることにした。その際、研究書だけでなく、福祉研究者・関係者にも有用と思われる概説書や、政府・政府系組織の重要な公式文書や報告書も紹介する。

私は、2014年6月21日に日本福祉大学名古屋キャンパスで開かれた日本ソーシャルワーク学会第31回大会で開催校学長挨拶を行った(二木:2014d)。そのときに、元リハビリテーション医としてソーシャルワーカーやソーシャルワーク研究に強い親近感を抱いていると前置きした上で、現在の多くのソーシャルワーク研究の「研究方法」「研究スタイル」には、小さな疑問とそれを裏返しにした大きな期待をそれぞれ3つづつ持っていると率直に述べた。そして、「第1の疑問は、ミクロレベルのソーシャルワーク実践のみに偏っていないか?で、今後は、マクロレベルの政策と切り結んだ(ミクロとマクロを統合した)『大きな』研究もなされることを期待しています」と述べた。今回、この「回顧と展望」の執筆準備のために、社会福祉、医療福祉・ソーシャルワーク関連の専門誌10誌(注)の現物を過去2年半分チェックしたが、医療ソーシャルワーカー出身者を含む社会福祉研究者が執筆した、マクロの「保健・医療」(政策)関連文献はごくわずかしか見つけられなかった。そのため、以下で紹介する文献は、ほとんどが社会福祉以外の領域の研究者が執筆したものである。

以下、保健・医療政策の総合的分析、医療・病院史、最近の医療政策の分析、国民健康保険・医療扶助制度改革、地域包括ケア・医療連携、健康政策、医療の国際比較、その他の8つの柱立てで、主な文献を紹介・解説する。

II. 保健・医療政策の総合的分析

保健・医療政策を総合的に分析した著作として、まずあげたいのは、島崎謙治(2011)『日本の医療』である。本書の出版は本稿の対象期間より1年古いが、本誌の過去の「回顧と展望」では紹介されておらず、しかも過去10年間に出版されたこの分野の最重要著作の1つであるので、取り上げる。全437頁の大著で、I「歴史-日本の医療制度の沿革」II「比較-医療制度・政策の国際比較」、III「展望-医療制度の改革の方向性と政策選択」の3部構成である。「はしがき」で島崎は、本書の特徴として以下の6つをあげている。(1)医療制度全体をカバーしている。(2)歴史を重視している。(3)先進諸国の医療制度・政策との比較にも相当の紙幅を割いている。(4)社会経済との関係を重視している。(5)医療制度・政策の全体像を俯瞰するだけでなく、一見些細なようにみえても重要な論点は検討している。(6)問題の内容・正確に応じて分析手法を使い分けている。私はこれらに加えて、島崎が、価値判断と事実認識を峻別した上で、個々の政策に対して自身の価値判断とその根拠を明示していることも特徴であり、それが本書の記述の信頼性を増していると思う。私は島崎の事実認識と価値判断の多くに賛成だが、第3章4で「1980年代後半から現在[2010年末時点-二木]までの医療制度改革」が一括して扱われ、2001~2006年の小泉政権の医療改革にも、2009年に成立した民主党政権の医療政策にもほとんど触れていないのは残念である。なお、二木は本書の詳細な書評をしているので、併読をお薦めする(二木(2011))

松田晋哉(2013)『医療のなにが問題なのか』は、国際的視野から、日本医療の現状(問題点)と今後の展望(超高齢社会日本の医療モデル)を包括的に論じた良書である。松田は、今や日本の急性期病院の主流になっているDPC(診断群分類)を用いた医療費包括支払い方式の作成をリードした医師出身の研究者である。その経験・実績を踏まえて、これまでの医療改革論議や医療政策が十分なデータに基づいておらず、そのために医療供給体制の整備と医療費の資源配分が適切に行われてこなかったことを問題視し、医療に関する情報の標準化と透明化こそが今後の医療制度改革の鍵になると力説しており、私も同感である。私がもう1つ同感するのは、松田が自己の価値判断・スタンス(社会民主主義者で実際主義者)を明示していることである。

岩渕豊(2013)『日本の医療政策』は、京都大学大学院法学研究科・公共政策大学院で行った講義をもとに、「1冊で医療政策全般の成り立ちと仕組みが理解できるよう構成」している。厚生労働省医療関係部局での経験も踏まえて、医療政策の形成過程、特に医療関連法が制定されるプロセスを構造的に明らかにしているのは、類書にない特色である。

日本医療の最新かつ簡潔な(しかし内容的には深い)概説書(新書)が2014年に2冊出版された。池上直己(2014)『医療・介護問題を読み解く』桐野高明(2014)『医療の選択』である。池上の著書は、4版を重ねた『医療問題』(日経文庫ベーシック)の後継書であり、国際的視野から、医療・介護(問題)の基本構造、日本医療の歴史と構造的特徴、2014年までの医療改革と今後の課題、介護保険の概要と改革課題を示している。私の知る限り、本書第1章「医療問題の構造」ほど、医療の特殊性と医師の特性を明快に論じたものはない。本書のもう1つの特徴は、国の政策に対して、池上自身の包括的な「改革私案」とその根拠を対置していることである。

桐野の著書の特徴は、やはり国際的視点から日本医療の論点(皆保険制度の改革、超高齢社会への対応、新しい治療法)について、分かりやすくバランス感覚ある解説を行った上で、それぞれについて「選択の論点」を明示していることである。桐野は高名な脳外科医でもあり、特に第3章「新しい治療法をめざして」は説得力がある。

「保健・医療」の枠を超えるが、医療・社会保障全般の総合的分析としてぜひ加えたいのが厚生労働省(2012b)『平成24年版厚生労働白書』第1部「社会保障を考える」である。医療を含めた日本の社会保障の現状と今後の課題、国際比較を包括的かつかなり公平に記述しており、「社会保障の優れた教科書」ともなっているからである。本白書のもう1つの特徴・魅力は、通常の白書が国・厚生労働省の政策の解説・広報にとどまっているのと異なり、過去の施策の問題点をかなり率直に指摘していることである。二木は、本書についても詳細な書評を行っているので併読されたい(二木(2014a:第4章第5節))

III. 医療・病院史

2014年には、日本の病院史の大著が2冊出版された。福永肇(2014)『日本病院史』(464頁)伊関友伸(2014)『自治体病院の歴史』(684頁)であり、共に今後この分野の「定番書」になると思われる。

福永の著書は、膨大な資料に基づき、時間軸に沿って、奈良時代から現代(概ね昭和の終わり頃)まで、約1500年の日本の病院の歴史を描いたスケールの大きい著作である。ただし記述の中心は明治以降の140年である。第二次大戦以前に日本が海外に開設した病院についても1章が割かれている(第10章)。残念なのは、最終章の最後(第12章5「病院のこれから」)で、株式会社は「人類の英知」であるが故に、医療法人の配当禁止は「非合理な制度」等、医療政策をめぐるこれまでの論争の蓄積を無視した独断的記述が散見されることである。

伊関の著書は、第1~6章で、明治以来現在(2010年代前半)までの150年の自治体病院の歴史を、膨大な文献・資料を駆使して叙述している。福永の著書が文字どおりの「病院史」であったのに対して、本書は病院史と「医療制度史・医療政策史・医育史・公衆衛生史・医療保険制度史・地方行財政史」を関わらせながら多面的に描いているところに特徴がある。自治体病院の存在意義と「再生」の方向を論じた最終章(第7章)は、以上の歴史研究と伊関自身が長年継続しているフィールド調査・現地訪問で得られた知見を踏まえて書かれており、説得力がある。

山路克文(2013)『戦後日本の医療・福祉制度の変容』は、社会福祉研究者が書いた数少ない保健・医療政策に関する著作である。氏は医療ソーシャルワーカー出身であり、マクロな医療制度の歴史的・理論的分析と、ミクロな医療ソーシャルワークの実践課題の統合を目指している。それが一番成功しているのは、社会的入院対策及び医療ソーシャルワーカーの視点からの1990年代以降の診療報酬改定の系統的分析であり、それにより社会的入院概念の「拡大解釈」を明らかにしている。

椋野美智子(2013)「医療ソーシャルワーカーの歴史を振り返り、未来を展望する」は、第2次大戦後から2009年の民主党政権成立までの60数年を5期に分けて、それぞれの「時代背景と関連分野の政策」と、それに対応した「医療ソーシャルワーカーをめぐる政策と実態」を「政策の視点から」丁寧に述べており、医療ソーシャルワーカーの「必読論文」と言える。椋野は、1989年の「医療ソーシャルワーカー業務指針」を厚生省健康政策局計画課課長補佐としてとりまとめたため、第3期(1974~1989年)の記述は迫力がある。歴史分析に先だって示されている「政策分析の視点」と「政策手法」には、政策立案者の視点・手法が率直に書かれており、保健・医療政策全般の研究にとっても参考になる。

莇昭三(2013)『莇昭三業績集』は、全日本民医連会長等として日本の革新的医療運動をリードしてきた著者の1000を超えるすべての業績を収録した貴重な歴史の証言である(主要論文以外は、付属のDVDに収録)。現在では、医師・医療者と患者の共同は政府や日本医師会の公式文書にも明示されるようになっているが、莇は「患者と医療従事者の共同の営みとしての医療」という概念を早くも1950年代に体感し、1980年代初期に民医連全体の公式方針として決定した。その先駆性と実行力に驚かされる。

これらの他、精神医療史の労作としては金川秀雄(2012)『日本の精神医療史』が、病人史の労作としては坂田勝彦(2012)『ハンセン病者の生活史』があげられる。

この項の最後に、泉孝英・編(2012)『日本近現代医学人名事典』をあげたい。本書は、1868年(明治元年)から2011年末までに物故した医療関係者3762人を選んで物語風に記述したユニークな人名事典であり、日本の医学史・医療史の研究・学習の副読本とも言える。

IV. 最近の医療政策の分析

1.『TPPと医療の産業化』と『安倍政権の医療・社会保障改革』

最近の医療政策の分析としては、手前味噌だが、まず二木の著書を自薦したい。二木は、1980年代後半から現在に至るまでの約30年間、医療経済学に裏打ちされた医療政策の複眼的分析を行った論文を継続的に発表しており、ほぼ2年に1度それらを著書(論文集)にまとめている。本稿の対象期間には、『TPPと医療の産業化』(2012)『安倍政権の医療・社会保障改革』(2014a)を出版している。

『TPPと医療の産業化』は民主党政権後期の医療政策の分析であり、「TPPと混合診療」、「医療産業化論の歴史的・理論的分析」、「社会保障と税の一体改革案」、「介護保険制度と保健・医療・福祉複合体」、「国民皆保険史研究の盲点」について論じている。最後のテーマでは、「いつでも、どこでも、だれでも」という国民皆保険制度の標語の来歴についての文献学的研究を行い、それが1961年の国民皆保険開始時から用いられていたとの直感的通説を否定し、1970年代前半に、革新政党・医療運動団体と岩手県沢内村が、それぞれ別個に「あるべき医療」の理念・原則として用い始めたことを明らかにした。『安倍政権の医療・社会保障改革』は第二次安倍政権成立後1年半の医療・社会保障改革の分析であり、時系列的分析に加えて、「TPPと混合診療問題」、「地域包括ケアシステムと今後の死に場所」(これについてはVIで述べる)、安倍政権に先立つ「民主党野田内閣時代の医療・社会保障政策」等について論じている。二木が同書で特に強調していることは以下の3つである。(1)医療・社会保障政策の大枠は2度の政権交代でも変わっていない。(2)第二次安倍政権の医療政策の中心は伝統的な(公的)医療費抑制政策の徹底であり、部分的には医療の(営利)産業化政策も含んでいる。(3)医療・介護は長期的には「永遠の安定成長産業」である。

2.「国民会議報告書」とプログラム法・総合確保法

本稿の対象期間中に発表された最重要公式文書は、「社会保障制度改革国民会議報告書」(2013)である。社会保障制度改革国民会議(以下、国民会議)は民主党政権時代の2012年に、民主党・自民党・公明党3党が共同提案して成立した「社会保障制度改革推進法」に基づいて設置され、有識者のみで構成される組織である。同年12月の政権交代後もそのまま継続され、2013年8月に「報告書」をまとめた。この報告書に基づき、「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(以下、社会保障制度改革プログラム法)(2013)「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」(以下、医療・介護総合確保法)(2014年)がまとめられた。

国民会議報告書のII「医療・介護分野の改革」には、社会保障制度改革推進法に規定された改革(その多くは国民・患者負担の拡大と給付の縮小)だけでなく、従来の政府関係文書にはなかった斬新な分析や提言も含まれており、今後の医療・介護分野の改革を考える上での必読文献と言える。この報告書については、さまざまな解説が行われているが、IIの原案を起草した権丈善一の論文・講演録を読むのが妥当である。それらの中で、「医療・介護の一体改革、2025年をめざして」(2014a)と「医療提供体制の再構築」(2014b)は、国民会議報告書の特に医療提供体制改革部分を中心にして、国民会議での生々しい議論を含めて、詳細に述べており、「一押し」と言える。

二木も上述した『安倍政権の医療・社会保障改革』(第1章第5節)で、国民会議報告書を複眼的に評価している。二木は、国民会議報告書の医療提供体制改革提案は、従来のどの政府文書よりも詳細かつ明快であり、今後の改革議論の重要な叩き台になると判断している。この点で二木がまず注目したのは、「医療問題の日本的特徴」の項で、欧州に比べた日本の病院制度の特徴(私的病院主体の「規制緩和された市場依存型」)を指摘し、今後の改革は「市場の力」でもなく、「政府の力」でもない「データによる制御機構をもって医療ニーズと提供体制のマッチングを図るシステムの確立」を提唱すると共に、「医療専門職集団の自己規律」を強調していることである。これは、医療提供体制改革の「第三の道」と言える。これを受けて、医療提供体制の「改革の方向性」の項で、「提供者と政策当局の信頼関係こそが基礎になるべき」と明言し、様々な改革を提言しており、二木もその多くに注目・共感している。

上掲書第1章第5節の分析の最後で二木は、国民会議報告書に基づいて作成されたハズの社会保障制度改革プログラム法の理念は国民会議報告書の理念とは全く異なることを指摘している。具体的には、前者は本人だけでなく「家族相互の助け合い」を含めた「自助・自立を基本とする」が、国民会議報告書は「社会保険方式を基本とする」。

医療・介護総合確保法は合計19本の法律を一括した膨大な法律で、それの全体像の検討は困難である。この課題に挑戦したのが、伊藤周平(2014)「医療・介護総合確保法案のねらいと課題」である。これは全46頁の大論文であり、社会保障制度改革プログラム法から医療・介護総合確保法と密接に関連する政府の成長戦略に至るまで、包括的かつ批判的に検討している。二木(2014b)も同法に対して、医療提供体制改革部分を中心に3つの疑問を呈している。

混合診療拡大と患者申出療養

先に、安倍政権の医療政策は「部分的には医療の(営利)産業化政策も含んでいる」と書いたが、その中心が混合診療拡大・解禁政策である。この議論は小泉政権時代(2001~2006年)に燃えさかったものの、それに続く3代の自民党政権(安倍・福田・麻生首相)では沈静化していたが、民主党政権時代に再燃した。民主党政権時代の議論は、二木(2012)『TPPと医療の産業化』第2章が、第二次安倍政権開始後1年半の議論は二木(2014a)『安倍政権の医療・社会保障改革』第2章が、TPP参加問題とも関連させて批判的に検討している。

混合診療問題についての、現時点でもっとも包括的な書は、出河雅彦(2013)『混合診療』である。「混合診療をめぐる2つの訴訟」、「歯科差額徴収の教訓」、「小泉構造改革の功罪」、「高額医療技術の保険導入問題」について、膨大な資料と新聞記者としての豊富な取材経験に基づいて、批判的に論じている。特に、二木を含め従来の議論ではほとんど無視されてきた、混合診療「禁止原則を骨抜きにする[有名な最高裁判決とは別の]判決」の存在や、混合診療原則禁止の盲点である「管理されない臨床試験」(共に第1章第2節)の指摘は重要である。

混合診療拡大政策の最新版である「患者申出療養」(2014年6月の閣議決定「規制改革実施計画」に含まれる)の「内容と背景と影響」については、二木(2014e)が複眼的に検討している。二木は、「患者申出療養」が混合診療全面解禁とは異なる3つの理由を述べた上で、患者申出療養が制度化された場合の「楽観シナリオ」と「悲観シナリオ」を示し、最後に患者申出療養が今後の医療改革の脇役にすぎないことを指摘している。

今中雄一(2014)は、今後、患者申出療養を設計・運用する際に問題となる5つの論点について丁寧に述べ、「保険外でもデータを整備し透明性確保を」はかる必要を強調すると共に、「新制度は医療保険の財源や資源を圧迫」する危険性がある等と指摘している。

川渕孝一(2014)『"見える化"医療経済学入門』は、日本の医療政策に関わる17の論点についての「見える化」を行い、データ、エビデンスに基づく医療政策を考える上でのさまざまなヒントを提供している。

近年の地方分権の進展が、医療・福祉政策に与える影響については、新田秀樹(2012)「地方分権と医療制度改革」と横川正平(2014)『地方分権と医療・福祉政策の変容』が共に法制度論的視点から論じている。横川は、医療・福祉政策の実施過程における国と自治体の政策対立として、従来から指摘されていた「政治的対立(類型)」、「財政的対立(類型)」に加えて、地方分権改革以後は、自治体の自律的政策執行により、第3の類型として「折り合い(分権的類型)」が生じたことを、理論的、歴史的、実証的に明らかにしており興味深い。

最後に、最近の政府の医療政策に対する、全く逆の立場からの(全)否定論を紹介する。一方は、新自由主義(医療・社会保障分野への市場原理導入)の旗手による否定論であり、八代尚宏(2013)『社会保障を立て直す』(第4章)と鈴木亘(2014)『社会保障亡国論』(第3,6章)があげられる。他方は、左派の研究者による否定論であり、横山壽一・編著(2013)『皆保険を揺るがす「医療改革」』芝田英昭・編著(2014)『安倍政権の医療・介護戦略を問う』があげられる。

V. 国民健康保険・医療扶助制度改革

第二次安倍政権の医療改革のうち、国民健康保険制度改革と医療扶助制度改革は、社会福祉研究者・関係者の関心が強いと思うので、ここで項を改めて、4論文(すべて専門雑誌掲載)と単行本1冊を紹介する。

この分野の実証研究としては、大津唯・山田篤裕・泉田信行(2013)「短期保険者証・被保険者資格証明書交付による受診確率への影響」大津唯(2013)「医療扶助費の決定要因に関する分析」の2論文が優れている。前者は、個票データに基づく定量的分析で、「年齢や世帯所得などを統御した受診確率は、短期証保持者で23~28%ポイント、資格証保持者で52~53%ポイント低下している」、「受診確率の低下は短期証・資格証交付以前の段階、すなわち保険料滞納段階で起こっている」等、従来、定性的に指摘されていたことをきれいに定量的に実証している。後者は、1997~2007年までの都道府県別集計データを用いて、1人当たり医療扶助費の決定要因に関する定量的分析を行い、「精神病入院患者の割合が高いほど、入院の1人当たり医療扶助が高くなる」、「『その他世帯』割合が上昇すると、64歳以下の1人当たり医療藤費が入院、外来共に減少する」等の興味ある結果を得ている。

吉永純(2013)「生活保護制度(医療扶助)の見直しをどう考えるか」は、「生活保護制度における医療扶助の位置と課題」、「生活保護見直しの基本認識と考え方」、「医療扶助についての具体的な見直し策と問題点」について丁寧に検討した上で、以下の4つの医療扶助の改善課題をあげている:(1)医療扶助は国保に統合、(2)医療扶助の「最適水準」の維持、(3)医療券方式の改善、(4)ジェネリック薬は強制せず、利用者の選択権を保障。吉永は長く、京都市の福祉事務所で生活保護ケースワーカーとして働き、現在は全国公的扶助研究会会長も努める研究者のため、分析と改革提案は地に足がついている。横尾昌弘(2013)「国民健康保険料(税)滞納処分の決定における『財産』の検討」は、近年増加している国民健康保険滞納象者への差し押さえ強化について、それの対象となる「財産」とは何かにまで遡って、原理的かつ批判的に検討している。

長友薫輝・正木満之・神田敏之(2013)『長友先生、国保って何ですか』は、国民健康保険のしくみ、運用の実態、国保制度が直面している課題と(著者が考えている)改革の方向を分かりやすく説明すると共に、地域の実態を明らかにする国保データの作り方をていねいに説明している。

VI. 地域包括ケア・医療連携

最近の保健・医療政策のニューフェースは「地域包括ケアシステム」である。これが2009年に最初に公式に提起された時は、介護保険制度改革の一部と見なされることが多かった。しかしその後、その概念・範囲は急速に拡大し、IVで述べた「国民会議報告書」や「医療・介護総合確保法」では、「医療・介護の一体改革」の柱、「国策」と位置づけられるようになっている。なお、地域包括ケアシステムは2009年以降の2回の政権交代の影響をまったく受けておらず、政権交代でも医療・社会保障政策の大枠は変わらない典型と言える。

地域包括ケアシステムについての論文や解説書はたくさんあるが、必読文献は、地域包括ケア研究会(座長:田中滋)の2012年度報告書と2013年度報告書である(発行年はそれぞれ2013,2014年)。地域包括ケアケア研究会の報告書はこれらを含めて合計4回発表されているが、そのたびに、変化・「進化」している。しかし、医療・福祉関係者の中には、いまだに古い報告書(特に2010年度版)に基づく解説・批判をされている方が少なくないので、注意されたい。地域包括ケア研究会の座長を一貫して努めた田中滋は、地域包括ケアシステムの本質と進化について精力的に論じているが、それらの中で最新で、しかも最も包括的なものは、田中(2014)「地域包括ケアシステムの本質と展望」である。

2012年度報告書では、従来並列的に記載されていた5つの構成要素(介護、医療、予防、生活サービス、住まい)が、「介護・リハビリテーション」、医療・看護」、「保健・予防」、「福祉・生活支援」、「住まいと住まい方」とより詳しく表現されると共に、それらの関係を植木鉢に例える図が示された(「住まいと住まい方」が基礎で、その上に「生活支援・福祉サービス」があり、さらにその上に、専門職が提供する残り3種類のサービスがある)。しかも、これらのさらに下(基礎)に「本人・家族の選択と心構え」(自宅で誰にも看取られずに一人で死ぬ覚悟)があるとされた。

2012年度までの報告書を踏まえて、二木(2004a:第3章第1節)は、「地域包括ケアシステムと医療・医療機関の関係を正確に理解する」ポイントとして、以下の4点をあげている。(1)実態は「システム」ではなく「ネットワーク」、主たる対象は都市部。(2)医療・病院の位置づけを軌道正、(3)医療法人等のサービス付き高齢者向け住宅開設を奨励。(4)今後も死に場所の中心は病院で、老人施設等が補完。

さらに二木(2013c)は、2013年度の報告書の特徴はそれまでの報告書では必ずしも明確ではなかった医療の役割を鮮明にしたことであるとして、以下の3点に整理している。(1)急性期医療・病院の役割を明示した。(2)在宅と医療機関の両方の「看取り」を強調した。(3)入所施設を「重度者向けの住まい」と位置づけた。

地域包括ケアシステムに関する著書は多数あるが、研究書・理論書としての最高峰は、一貫して上記研究会の委員を務めた筒井孝子(2014)『地域包括ケアシステム構築のためのマネジメント戦略』である(ただし、かなり難解である)。包括的・体系的な概説書としては、宮島俊彦(2013)『地域包括ケアの展望』高橋紘士・編(2012)『地域包括ケアシステム』西村周三・監修(2013)『地域包括ケアシステム』の3冊があげられる。

宮島の著作は、厚生労働省老健局長として地域包括ケアシステムの政策責任者であった著者が退官直後に執筆したものであり、それだけに氏の本音も(かなり)書かれている。私の経験では、厚生労働省の高官は退任直後に、現役時代に封印していた「本音発言」をすることが多い。

高橋等の著作は地域包括ケアシステムの生みの親(の一人)である山口昇医師をはじめ、地域包括ケアシステムに深くかかわった研究者や実践者による論文集である。西村周三等の著作は、主として研究者による論文集であり、他書と異なり「財源/利用者負担からみた持続可能性」を検討した2論文を含んでいる。

地域包括ケアシステムの先駆的な多面的分析としては、太田貞司が編集した「地域ケア・シリーズ」(全4巻。2009~2012)も見落とせない。本稿の対象期間に出版された第4巻『大都市の地域包括ケアシステム』(2012)は、本シリーズの総集編でもあり、他の著作ではほとんど論じられていない、地域包括ケアシステムを推進する上での首都圏の「見えにくさ」に焦点が当てられている。

地域包括ケアシステムと密接に関連する医療連携についての概説書としては高橋紘士・武藤正樹・編(2013)『地域連携論』、研究書としては小磯明(2013)『医療機能分化と連携』があげられる。

VII. 健康政策

第二次安倍政権が2013年6月の閣議決定「日本再興戦略」の「戦略市場創造プラン」の第1のテーマとして「国民の『健康寿命』の延伸」を掲げて以来、健康政策が改めて重視されるようになっている。健康政策についての政府の基本文書は2つある。厚生労働省(2012a)「健康日本21(第二次)」厚生労働省(2014)『平成26年版厚生労働白書』である。

「健康日本21(第二次)は、目標として初めて「健康寿命」(「平均寿命の増加分を上回る健康寿命の増加」)と「健康格差の縮小」を掲げた。橋本修二・他(2013)は、「健康日本21(第二次)の目標を考慮した健康寿命の将来予測」を行っている。

『平成26年版厚生労働白書」の第1部「健康長寿社会の実現に向けて~健康・予防元年~」は、健康長寿社会の実政策の歴史と現状を丁寧に紹介しており、それらについて学ぶ上では便利である。第2章では「健康日本21(第二次)」についても詳しく紹介している。ただし、先述した『平成24年版厚生労働白書』のような深みはないし、平成26年がなぜ「健康長寿・予防元年」であるかの説明もない。二木(2014f)は、この白書では健康寿命の延伸による医療・介護費抑制の根拠は示されていないし、そもそもそれは国内外の実証研究で否定されていることを指摘している。

二木は、安倍政権の健康政策、広くは健康・医療政策の理念的問題は本人(と家族)の自己責任・自助努力のみを強調して、健康格差を生む社会経済的要因を無視・軽視していることであるとも指摘している。それに対して、近藤克則・編著(2013)『健康の社会的決定要因』は、疾患・状態別に、国内外の「健康の社会的決定要因」や「健康格差に関する研究論文をレビューしている。小塩隆士・橋本英樹・近藤克則・他(2012)「特集:健康格差の社会経済的要因」(シンポジウムの記録)はこの問題を包括的・多面的に論じている。

VIII. 医療の国際比較

本稿の対象期間中に出版された、多国間の国際比較は2冊ある。真野俊樹(2013)『比較医療政策』加藤智章・西田和弘・編(2013)『世界の社会保障』である。前者は、エスピン=アンデルセンの「3つの福祉レジーム(社会民主主義、保守主義、自由主義)」の分析枠組みに依拠して、日本、スウェーデン、デンマーク、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの医療制度・政策を比較検討し、それらが「収斂しつつある」と結論づけている。後者は、日本、ドイツ、フランス、韓国、台湾、イギリス、オーストラリア、デンマーク、アメリカ、オランダ、欧州連合(EU)の医療制度・政策を概観している。

アメリカのオバマ政権の医療改革については、天野拓(2013)『オバマの医療改革』山岸敬和(2014)『アメリカ医療制度の政治史』が詳細に検討している。笠木映里(2012)『社会保障と私保険』は、フランスの補足的医療保険について厳密に検討している。

近年はアジア諸国の医療制度・政策の(比較)研究が急速に進んでいる。研究書としては、李蓮花(2011)『東アジアにおける後発近代化と社会政策』(韓国と台湾の医療保険政策の検討)と久保英也・編著(2014)『中国における医療保障改革』がその代表である。医療制度・政策そのものの研究書ではないが、大西裕(2014)『先進国・韓国の憂鬱』は、1980年代以降の韓国における少子高齢化、経済格差、グローバル化をダイナミックに描いており、韓国の医療・社会保障の背景と趨勢を理解する上で有用である。大西は、韓国を「制度的には社会民主主義的だが量的充実を伴わない福祉国家」と位置づけているが、この規定は同国の医療制度・政策にもそのまま当てはまると言える。菅谷広宣(2013)『ASEAN諸国の社会保障』には、ASEAN各国の「医療保障制度」についての記述が含まれる。

最後に、国際比較とは少し違うが、茨木保(2014)『ナイチンゲール伝』は、ナイチンゲールの苦闘の生涯と彼女の主著『看護覚書』を劇画でていねいに描いているユニークな書である。

IX. その他

以上のどの範疇にも入らないが、ぜひ紹介したい文献を2つあげる。1つは、江口成美(2012)「第4回 日本の医療に関する意識調査」である。これは日本医師会総合政策研究機構が2002年以来、数年おきに、国民・患者と医師を対象にして行っている大規模な意識調査の最新版である。今回は4回分の調査結果がまとめて検討されており、この10年で、国民・患者の医療満足度は徐々に向上してきた反面、平等な医療への高い支持はほとんど変わらないこと等を明らかにしている。

もう1つは、澤田康幸・上田路子・松林哲也(2013)『自殺のない社会へ』である。自殺予防は健康・医療政策の枠を超えて、重要な国策の1つになっている。本書は、自殺を「個人の問題」ではなく、「社会の問題」としてとらえた上で、自殺の要因や自殺防止対策の効果等を、統計データに基づき定量的に分析し、さまざまな興味ある知見を引き出している。社会福祉研究者・関係者にとっても、自殺予防は重要課題であり、一読をお薦めしたい。しかも本書は定量的研究の模範例とも言える。

最後に、私が定期講読している日本語の医療系雑誌のうち、保健・医療政策、医療保障に関する論文やレポートが比較的よく掲載される主な雑誌15誌を、参考までに紹介する(アイウエオ順。*は査読付き論文を掲載):『医薬経済』(月2回刊)、『医療経済研究』(年2刊。*)、『医療と社会』(季刊。*)、『月刊国民医療』(月刊)、『月刊/保険診療』(月刊)、『月刊保団連』(月刊)、『国際医薬品情報』(月2回刊)、『社会保険旬報』(旬刊)、『週刊社会保障』(週刊)、『日経ヘルスケア』(月刊)、『日経メディカル』(月刊)、『日本医事新報』(週刊)、『日本医療・病院管理学会誌』(季刊。*)、『病院』(月刊。*:ただし投稿論文のみ)、『民医連医療』(月刊)。これら以外に、本稿執筆のため、以下の9誌をチェックした(アイウエオ順):『季刊社会保障研究』、『公衆衛生』、『厚生の指標』、『社会医学研究』、『社会政策』、『賃金と社会保障』、「日医総研(日本医師会医療政策総合研究機構)ワーキングペーパー」、『日本公衆衛生雑誌』、『保健医療社会学論集』。

:私が本稿準備のためにチェックした、社会福祉、医療福祉・ソーシャルワーク関連の専門誌は以下の10誌である(アイウエオ順):『医療ソーシャルワーク』、『医療社会福祉研究』、『医療と福祉』、『社会福祉学』、『社会福祉研究』、『社会福祉士』、『総合社会福祉研究』、『ソーシャルワーカー』、『ソーシャルワーク学会誌』、『ソーシャルワーク研究』

謝辞

文献検索にご協力いただいた下記の皆様に感謝する(アイウエオ順。敬称略)。権丈善一、近藤克則、高山恵理子、田中滋、田中千枝子、長友薫輝、日比野絹子、八谷寛、山路克文、山田壮志郎、横川正平。

文献(*はウェブ上に全文公開されている)

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3.最近出版された医療経済・政策学関連図書(洋書)のうち一読に値すると思うものの紹介(その28):7冊

書名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○カリヤー編『医療経済学百科事典』
Culyer AJ (Editor-in-chief): Encyclopedia of Health Economics. Elsvier, 2014, 3 Volumes, 483+490+604 pages.

医療経済学とその関連領域の基本用語・概念約200の詳細な解説をアルファベット順に掲載した全3巻・1507頁の反時代的(?)大百科事典で、医療経済・政策学関連の講座・研究室の必置図書と思います。各用語・概念の解説(概ね10頁弱)はバランスがとれており、それぞれの参考文献も充実しています。編者のカリヤー氏はイギリスを代表する医療経済学者で、「序文」もバランスがとれています。それの冒頭で、医療経済学は経済学理論の応用にすぎないとの見解と、医療経済学を医療サービス研究や医療技術評価に帰する見解の両方を批判しています。「医療経済学の概念図」では、「医療市場」と「経済評価」が同列に扱われています。

○カリヤー著『医療経済学辞典 第3版』
Culyer AJ: The Dictionary of Health Economics, Third Edition. Edward Elgar,
2014,724 pages.

定評あるカリヤーの『医療経済学辞典』の4年ぶりの新版です(初版は2005年、第2版は2011年に出版され、それぞれ本「ニューズレター」14号(2005年10月)、75号(2010年10月)で紹介しました)。見出し語は第2版の2310語から2770語に、巻末の文献リスト数は約1000から1395に増えています(ただし、第2版にあった費用効果分析の文献約100は削除したそうです)。本書の最大の魅力は、医療経済学の泰斗カリヤー教授が1人で、医療経済学および関連分野(疫学、医療社会学、医療統計学、医療政策、医療管理学・医療サービスマネジメント学、公衆衛生学等)の基本用語の簡潔で信頼できる定義を書いていること、および医療経済学の鍵概念あるいは論争が続いている用語については、著者の率直なコメント・意見(「ミニ講義」)を書いていることです。本書は医療経済・政策学研究者必携の辞典と言えますが、かなり高いのが難点です(アマゾン:消費税込みで32,446円)。

○『臨床試験の経済評価 第2版』
Glick HA, Doshi JA, Sonnad SS, Polsky D: Economic Evaluation in Clinical Trials, Second Edition (Handbooks in Health Economic Evaluation). Oxford University Press, 2015, 252 pages.[中級教科書]

「医療の経済評価シリーズ」の一冊で、初版(2007年)出版後7年めの改訂です。ランダム化臨床試験のアウトカムと医療費との関係を検討する広義の費用効果分析(費用効用分析を含む)の実際・ポイントを、評価の手順に沿って分かりやすく解説しています。引用文献も豊富です。以下の11章で構成されています。1 臨床試験における経済評価序論、2 臨床試験における経済評価のデザイン、3 医療サービス利用の価値付け、4 質調整済み生存年(QALYs)の評価、5 費用の分析、6 打ち切り費用(censored cost)の分析、7 費用と効果の比較:費用対効果比と純金銭便益の点推定、8 サンプリングの不確実性の理解:概念、9 サンプリングの不確実性:計算、サンプルサイズとパワー、意思決定基準、10 試験結果の移植可能性(transferability)、11 試験に基づいた経済評価の適切性。「医療の経済評価」の本は少なくありませんが、「臨床試験の経済評価」に特化した本は類書が無く、臨床試験の関係者必読と思います。

○『費用便益分析と医療の評価 第2版』
Brent RJ: Cost-Benefit Analysis and Health Care Evaluation Second Edition. Edward Elgar, 2014, 481 pages.[研究書・上級教科書]

本書は、「費用便益分析こそが、特定の治療介入に価値があるか否かを効果的に示すことができる唯一の経済評価である」という視点から、(新古典派経済学に基づく)費用便益分析と非経済学者に支配された主流の医療評価との橋渡しをすることを目指しているそうです。医療の経済評価については費用便益分析は1980年代以降は費用効果分析に置き換えられたという理解が一般的ですが、著者は「費用効果分析はせいぜい(at best)不完全な費用便益分析にすぎない」と主張しています。この視点からの、医療の経済評価の百科事典とも言え、以下の6部(全14章)構成です:第1部 序論、第2部 費用最少化と費用便益分析、第3部 費用効果分析と費用便益分析、第4部 費用効用分析と費用便益分析、第5部 費用便益分析、第6部 要約と結論。

○『医療保険におけるモラルハザード』
Finkelstein A with Arrow KJ, et al: Moral Hazard in Health Insurance (Kenneth J. Arrow Lecture Series). Columbia University Press, 2015, 146 pages.[研究シンポジウム記録]

2012年4月にアメリカ・コロンビア大学で開かれた第5回「ケネスJアロー[教授記念]講義[シンポジウム]」の記録です。この講義は1972年にノーベル経済学賞を受賞したアロー教授の多面的な業績を記念して毎年開かれているそうです。第5回は、アロー教授が1963年に発表し、今や医療経済学の古典となっている「不確実性と医療の厚生経済学」中の保険理論、なかでもモラルハザード論の意義とその後の研究の発展について、Finkelstein教授が基調講演を行い、それに対して、Gruber教授、アロー教授自身、スティグリッツ教授、ニューハウス教授がコメントを加えています。その後の討論と、アロー氏の原著論文も収録しており、医療保険理論の研究者必読と思います。

○『[イギリスの]医療を改革する-何がエビデンスか?』
Greener I, et al: Reforming Health Care - What's th Evidence? Policy Press, 2014, 186 pages.[研究書]

1990~2013年の24年間のイギリス・NHSの諸改革(再編成)とそれについて行われた実証研究を批判的に分析した初めての本格的なレビューで、イギリス医療の研究者必読と思います(全7章)。具体的には、サッチャー政権が1990年代に導入した改革(内部市場の導入等)、ブレア労働党政権の2000年代の医療改革(パフォーマンスマネジメントや市場ベース改革の再導入等)、および現在の保守党・自民党連立政権の改革が検討されています。著者はこの間のNHS改革(再編)には、パフォーマンス・マネジメントや標準化の推進により中央政府のコントロールを強めようとするタイプと、医療市場の(再)導入及び患者・市民の意見表明の機会を増やすことにより「地域のダイナミズム」を強めて改善を図ろうとするタイプの2つがあると主張しています。

○『アメリカの医療政治・政策 第4版』
Patel K, Rushefsky ME: Health Care Politics and Policy in America, Fourth Edition. M.E.Sharpe, 2014, 434 pages.[上級教科書]

定評ある上級教科書の8年ぶりの改訂です(第3版(2006)は本「ニューズレター」24号(2006年8月)で紹介しました)。アメリカの医療政治・政策について、テーマ別に最新の動きを含めて、全5部・11章で論述しています:1医療政治、2アメリカの医療政策、3メディケイドと小児医療保険:低所得者・障害者医療、4メディケア:高齢者医療、5アメリカインディアン・アラスカ原住民・退役軍人の医療、6セーフティネットの崩壊:恵まれない人々(the disadvantaged)、7医療費増加問題、8医療費抑制:上昇率の鈍化、9医療政策における現代的諸問題、10医療保険改革法:普遍的医療保険のつまずき?11アメリカの医療政治・政策:いつまでも終わらない物語。第3版では、医療技術が独立(第8章)しており、医療技術革新を促進する諸要因、医療技術の費用、医療技術評価、ハイテク医療がもたらす倫理的ジレンマを包括的に検討していましたが、第4版ではそれらは第7章の一部で小さく扱われているだけです。ともあれ、第7章はアメリカの医療費増加要因の研究・論争を鳥瞰でき、便利です。。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その121)-最近知った名言・警句

<研究と研究者の役割>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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