総研いのちとくらし
ニュース | 調査・研究情報 | 出版情報 | 会員募集・会員専用ページ | サイトについて

『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻109号)』(転載)

二木立

発行日2013年08月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。


目次


お知らせ


1.論文:安倍内閣の「骨太方針」と「日本再興戦略」の医療・社会保障改革方針を読む

(「二木学長の医療時評」(114)『文化連情報』2013年8月号(425号):14-20頁)

はじめに

安倍内閣は6月14日、次の3文書を閣議決定しました。(1)「経済財政運営と改革の基本方針(以下、「骨太方針2013」または「骨太方針」)、(2)「日本再興戦略」、(3)「規制改革実施計画」。3文書はそれぞれ、経済財政諮問会議「骨太方針(仮称。素案)」(6月6日)、産業競争力会議「成長戦略(素案)」(6月5日)、規制改革会議「規制改革に関する答申」(6月5日)をベースにしています。「骨太方針」が決定されたのは、麻生内閣時の2009年以来、4年ぶりです。ただし、小泉内閣~麻生内閣時代は「骨太の方針」と呼ばれていたのに対して、今回はなぜか「骨太方針」が略称とされています。

本稿では、これらのうち主として「骨太方針2013」と「日本再興戦略」に書かれている医療・社会保障改革方針を検討します。ただし総花的検討は避け、小泉・福田・麻生内閣時代の「骨太の方針」、および民主党内閣時代の一連の類似した閣議決定(特に菅内閣が2010年6月に閣議決定した「新成長戦略」)との異同に注目します。結論的に言えば、「骨太方針2013」は、小泉内閣時代の「骨太の方針」の部分復活と言えますが、全面復活ではなく、福田・麻生内閣時代の「骨太の方針」、さらには民主党・菅内閣の「新成長戦略」との類似も少なくありません。「日本再興戦略」で示されている医療・社会保障制度改革方針の多くは、「新成長戦略」の焼き直し・二番煎じで新味に欠けますし、「新成長戦略」の場合と同じく、それらに大きな経済成長効果はありません。

3つの閣議決定の「格」の違い

両文書の内容の検討に入る前に、「規制改革実施計画」を含めた3つの閣議決定の「格」の違いについて述べます。新聞報道ではこの点が見落とされ、3つの閣議決定、特に「日本再興戦略」に書かれている個々の改革方針が注目されています。しかし3つの閣議決定の素案・原案をまとめた経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議の法律上の「格」の違いを無視して、各文書に書かれてあることを「ピンポイント」で議論すると、大局を見失います。

まず、経済財政諮問会議は内閣府設置法第19~25条に設置根拠があり、内閣総理大臣が議長を務める一番「格上」の組織です。次に、産業競争力会議は経済再生本部の下部組織で、議長は内閣総理大臣が務めますが、経済再生本部は法律ではなく閣議決定に基づく組織で、経済財政諮問会議より明らかに「格下」です。さらに、規制改革会議は内閣府設置法第37条第2項に基づく政令「規制改革会議令」で設置された「審議会」にすぎません。議長は民間人で、もちろん内閣総理大臣も出席しません。

以上の3組織の違いから明らかなように、先ず検討すべきは一番「格上」の経済財政諮問会議「骨太方針」に書かれていることです。

小泉内閣の「骨太の方針」の部分的復活

「骨太方針2013」でまず注目すべきことは、小泉内閣時代の「骨太の方針」の中核的表現が復活したことです。具体的には、それの定番だった「持続可能な社会保障」的表現が本文中に7回も登場し、「社会保障制度についても聖域とはせず、見直しに取り組む」との象徴的表現も復活しました。これらは、同じ自公連立政権でも、福田・麻生内閣時の「骨太の方針」、および民主党・菅内閣の「新成長戦略」では削除されていました。ただし、民主党・野田内閣が2012年7月に閣議決定した「日本再生戦略」には、「社会保障分野を含め、聖域を設けずに歳出全般を見直す」との表現が盛り込まれました。この表現は、「日本再生戦略」の原案にはなく、民自公「社会保障制度改革推進法案」との整合性をとるために急遽挿入されたと思います(1)

逆に、福田内閣の「骨太の方針2008」で初めて登場して以来、麻生内閣、さらには民主党政権の3内閣の閣議決定でも踏襲された「社会保障の機能(の)強化」という表現が消失しました。正確に言えば、野田内閣の「社会保障・税一体改革大綱」(2012年2月)には含まれていましたが、「日本再生戦略」では削除されました。昨年8月に民自公3党が成立させた「社会保障制度改革推進法」には、それと同義の「社会保障の機能の充実」が「給付の重点化」とワンセットで書かれていたのですが、この表現も消失しました。

小泉時代への全面的な先祖返りではない

ただし、「骨太方針2013」は小泉内閣時代への全面的先祖返りではありません。

まず、小泉内閣時代に常用された「小さくて効率的な政府」的な表現はなく、逆に、「目指すべき社会保障の規模は中福祉・中負担」とされました。これは、麻生内閣が2008年12月の閣議決定「持続可能な社会保障構築とその安定財源に向けた『中期プログラム』」で初めて用いた表現の復活です。

次に、小泉内閣時代とは異なり、社会保障費削減(伸び率抑制)の数値目標も盛り込まれませんでした。さらに、社会保障制度改革推進法で消失した「国民皆保険制度を将来にわたり堅持」との表現も復活しました。

もう一つ見落としてならないことは、「骨太方針」のマクロ経済の3つの数値目標(2%以上の労働生産性の向上、名目GDP成長率3%程度、実質GDP成長率2%程度)が、菅内閣の「新成長戦略」の「マクロ経済目標」と全く同じことです。しかも、両文書とも単なるスローガンにすぎず、それを具体化する道筋は示していません。

「骨太方針」は医療改革方針を先送り

以上は「骨太方針2013」の「総論」レベルの検討ですが、医療改革の「各論」(第3章-3)には、医療保険制度、医療提供制度とも具体的改革方針はまったく書かれておらず、社会保障制度改革国民会議等で議論されている項目を列挙しているだけです(「地域の構造変化に対応した医療・介護の提供体制の再構築」等)。

社会保障制度改革推進法には「給付の重点化」や「保険給付の対象となる療養の範囲の適正化」が明記されていましたが、「骨太方針」には患者・国民負担の増加につながる施策も全く書かれていません。この点は、生活保護・生活困窮者支援については、「支援の在り方(加算制度や各種扶助の給付水準)を速やかに検討し、見直す」と断定形で書いているのと対照的です。これは、明らかに7月の参議院議員選挙対策と言えます。同選挙で自民党が大勝した場合には、社会保障制度改革推進法の上記規定を根拠にして、患者負担の拡大や給付範囲の縮小が実施される可能性が大きいと思います。

なお、「骨太方針」の医療改革方針で強いて目新しいものをあげれば、「医療・介護分野でのICTビッグバン」です。これは、次の「日本再興戦略」でも「成長戦略」の目玉の一つになっているので、後でまとめて検討します。

「日本再興戦略」は「新成長戦略」の焼き直し

次に、安倍内閣が「アベノミクス」の3本目の矢としている「日本再興戦略」中の医療改革方針を検討します。

「日本再興戦略」の総論の「4.進化する成長戦略」の「(2)本格的成長実現に向けた今後の対応」では、次のように主張しています。「医療や介護、保育や年金などの社会保障関連分野は、少子高齢化の進展等により財政負担が増大している一方、制度の設計次第では巨大な市場としての成長の原動力になりうる分野である。今回の戦略では、健康長寿産業を戦略分野の一つに位置づけ、健康寿命伸長産業や医薬品・医療機器産業などの発展に向けた政策や、保育の場における民間活力などを盛り込んだが、医療・介護分野をどう成長分野に変え、質の高いサービスを提供するとともに、制度の持続可能性をいかに確保するかなど、中長期的な成長を実現する課題が残されている」。

「社会保障関連分野」、「健康長寿産業」が「[経済]成長の原動力になりうる」との主張は、菅内閣の「新成長戦略」が「医療・介護・健康関連産業を成長牽引産業」に位置づけたことの二番煎じです。しかし、医療等は「経済の下支え」であっても、「成長牽引産業」は過大評価であること、およびその「下支え」効果を得るためには、公的費用を長期間継続的に投入する必要があることは、菅内閣時代の論争で決着済みです(2,3)。なお、アメリカでも、地域経済活性化のために医療・病院産業の拡大(それには医療費増加が不可欠)をめざす州・都市と、医療費抑制を目指す連邦政府との間に矛盾が生じているそうです(4)

「日本再興戦略」では、各論の「第II.3つのアクションプラン」の「二.戦略市場創造プラン」の「テーマ1:国民の『国民の健康寿命』の延伸」で、公的費用の投入を避けて市場拡大を図るための「主要施策」として、「公的保険に依存しない新たな健康寿命延伸産業の育成」や「医療の国際展開」が挙げられています。しかし、前者は民主党・菅内閣「新成長戦略」の「健康関連サービス産業」の言い換え、後者は野田内閣「日本再生戦略」の「医療サービスと医療機器が一体となった海外展開」の焼き直しに過ぎません。前者については、「新成長戦略」と2020年の市場規模の目標までほとんど同じです(「新成長戦略」では25兆円、「日本再興戦略」では同26兆円)。

この市場規模の予測で驚きあきれたことが1つあります。それは「成長戦略(素案)」(6月5日発表)では、「健康増進・予防サービス、生活支援サービス、医薬品・医療機器、高齢者向け住宅等」(これが「健康長寿産業」の実態)の市場規模が現在12兆円、2020年21兆円、2030年30兆円とされていたのに対して、その9日後に閣議決定された「日本再興戦略」ではそれぞれ16兆円、26兆円、37兆円と大幅に「上方修正」(それぞれ4兆円、5兆円、7兆円増)されていることです。しかもこの修正についての説明はまったくありません。このことは、「日本再興戦略」に示されている数字がいかに「根拠に基づく」ことのないものであるかを雄弁に示しています。

なお、「医療の国際展開」(病院輸出)は、医療ツーリズム(外国からの患者受け入れ)以上に経済成長効果がないことは、すでに詳しく論じたので省略します(3:100-103頁)

医療のICT化への過大な期待

順序が逆になりますが、「日本再興戦略」の総論の「2.成長への道筋」の「(1)民間の力を最大限引き出す」の(規制・制度改革と官業の開放を断行する)では、「医療・介護・保育などの社会保障分野」をトップに置き、それに続いて「農業、エネルギー産業、公共事業などの分野」をあげ、「これらの分野ではやり方次第では、成長分野へと転換可能であり、また良質で低コストのサービスや製品を国民に効率的に提供できる大きな余地が残された分野である」と主張しています。それに続いて、「例えば、国民の関心の強い健康分野については、(1)日本版NIHの創設や(2)先進医療の対象拡大によって革新的な医療技術を世界に先駆けていくとともに、(3)一般用医薬品のインターネット販売の解禁や、(4)医療・介護・予防のICT化を徹底し、世界で最も便利で効率的で安心できるシステムを作り上げる」と例示しています(番号は二木)。

これらの4つの施策のうち、(4)は上記「骨太方針2013」でも取り上げられており、医療のICT化により「医療水準を落とさずに、医療費も節約され」るという安倍首相の強い思い入れ(5月16日経済財政諮問会議)を反映していると思います。しかし、私の知る限り、医療ICT化の医療費削減効果を厳密に実証した研究はありません(事例研究はあります)。例えば、ICTが必ず用いられる「疾病管理プログラム」についての詳細な体系的文献レビューは、それが「医療費を抑制すると広く信じられているが、その主張の根拠はまだ決定的ではない」と結論づけています(5)

それどころか、アメリカの「ニューヨーク・タイムズ」紙は2012年9月21日、大規模な独自調査により、「理論的」には(「適切に利用された」場合には)医療の質を引き上げつつ医療費を抑制する可能性があるはずの電子医療記録が、「現実的」には、病院・医師とソフトウェア会社が「共犯」でそれを悪用し、「クローニング」(記録のコピー&ペースト)と「アップコーディング」を行うことにより、医療費上昇という「予期せぬ結果」を招いていることを明らかにしました("Medicare bills rise as records turn electronic")。この報道の衝撃は大きく、オバマ政権はただちに病院と医師に電子記録の乱用についての強い警告を発したそうです("Abuse of electronic health records" 9月25日)(6)。当然のことながら、「日本再興戦略」がこのような意味での医療市場の拡大を目指しているとは考えられません。

一般用医薬品のインターネット販売の全面解禁は危うい

私は、上記4つの事例のうち一番問題なのは、「日本再興戦略」の規制緩和の数少ない「目玉」とされている、一般用医薬品のインターネット販売の全面解禁だと思います。私は、薬剤師等の医療専門職だけでなく、薬害被害者の安全性・薬害多発への懸念を押し切ってインターネット販売を全面解禁することは、医学的にきわめて危ういと思います。

それに加えて、全面解禁にいたるプロセスにも危うさを感じています。全面解禁は三木谷浩史氏が産業競争力会議等で執拗に主張した結果、実現したことはよく知られています。しかも、三木谷氏はこれが「実現しないなら(会議の)議員を辞める」と政府に詰め寄り、同氏が辞任すれば、回復基調にある日本経済に冷や水を浴びせないかと安倍政権は懸念したため、土壇場で全面解禁が認められたと報道されています(「中日新聞」6月24日朝刊、「朝日新聞」6月1日朝刊、他)。しかし、三木谷氏が一般用医薬品のインターネット販売の解禁を求めて裁判を起こしたケンコーコムの親会社・楽天の会長兼社長であることを考えると、これは自社グループへの露骨な利益誘導です。

私は以上のことを知って、小泉内閣時代に、規制改革・民間開放推進会議議長を務めた宮内義彦氏(オリックス会長)が自社グループに有利になる規制緩和を次々に答申・実現し、「政商」と呼ばれたことを思い出しました(7)

しかも経済的に見て、一般用医薬品のインターネット販売解禁は、医薬品の薬局での対面販売からインターネット販売への移行を促すにすぎず、それによる経済成長効果はまったく見込めません。この点については、麻生副総理も官邸で「それじゃ経済の押し上げにはならない」と一喝し、一時は全面解禁の流れが変わったそうです(8)

保険外併用療養の対象拡大は限定的

最後に、保険外併用療養費制度の対象拡大について検討します。「日本再興戦略」には、「健康長寿産業を創り、育てる」施策の「主要施策例」の1つとして、次のように書かれました。「保険診療と保険外の安全な先進医療を広く併用して受けられるようにするため、新たに外部機関等による専門評価体制を創設し、評価の迅速化・効率化を図る『最先端医療迅速評価制度(仮称)』(先進医療ハイウェイ構想)を推進することにより、先進医療の対象範囲を大幅に拡大する」。一部の全国紙は、これを「混合診療の拡大」、「混合診療の将来的な全面解禁につなげる狙いがある」と大きく報じました(「毎日新聞」6月12日朝刊。「日本経済新聞」6月13日朝刊も同様の報道)。

しかし、これは過大評価で、やはり民主党・菅内閣時代の下記の方針の再確認に過ぎません。(1)「先進医療の評価・確認手続きを簡素化する」(「新成長戦略」)。(2)「保険外併用療養の範囲拡大」をするため、「現在の先進医療制度よりも手続きが柔軟かつ迅速な新たな仕組みを検討し、結論を得る」(「規制・制度改革に係る対処方針」。2010年6月閣議決定)。

閣議決定を受けて、厚生労働省保険局医療課が6月24日に発表した説明資料「保険外併用療養費制度について」も、ほとんど従来通りの説明に終始しています。唯一新しいことは、「最先端の医療」の申請から先進医療の承認までの期間が、現行の「おおむね6~7ケ月」から「おおむね3ケ月を目指す」と少し短縮されることです。

しかし「最先端医療」に限定した混合診療の拡大では、市場規模の大幅拡大は望めないことは、菅内閣当時、混合診療全面解禁論者も次のように認めました。「[混合診療解禁を-二木]高度医療といったものにもし限定するとなると、多分対象は数十億とか、その程度のマージナルな部分の改革にしかならない」(2010年4月5日の「規制・制度改革に関する分科会」「ライフイノベーションWG」の第1回会議での松井道夫委員の発言(2:87頁))。

私は、保険外併用療養費制度の対象拡大について注目すべきことは、6月14日に閣議決定された3文書で、書きぶりが微妙に異なることだと考えています。具体的には「日本再興戦略」では「先進医療」全般が対象とされていますが、「規制改革実施計画」では、対象拡大は「再生医療」に限定されています。さらに3文書中一番格上の「骨太方針2013」では、総論部分で「規制改革会議において、農業、保険外併用療養費制度などについて議論を掘り下げ、思い切った改革に取り組む」と抑制的に書かれているだけで、医療改革の各論部分では全く触れていません。

閣議決定の3文書間のこのような記述の不整合は異例です。しかも、5月には、これら3文書の素案をまとめた3つの会議のすべての公開資料から、「保険外療養費制度の対象拡大」という表現が一時的に消失した後、6月に突然復活しました(9)。これら2つの事実は、この問題を巡って、政府内(主として厚生労働省と内閣府・官邸間)で閣議決定の直前まで激しい論争が続けられたこと、およびそれが閣議決定後も続いていることを示唆しています。そのためもあり、私は、保険外併用療養費制度の対象拡大は、よほど大きな政治情勢の変化がない限り、今後も限定的にとどまると予測します。

文献

[本稿は、『日本医事新報』2013年6月29日号(第4653号)に掲載した「安倍内閣の『骨太方針』と『日本再興戦略』をどう読むか?」に加筆したものです]。

▲目次へもどる

2.インタビュー:リハ医から転身した医療経済学者 医療問題の論客が地方私大の危機に立ち向かう

(『日経メディカル オンライン』2013年7月10日。
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/mem/pub/report/201307/531528.html)[『日経メディカル』2013年7月号(122-123頁)に掲載された同名インタビューの増補版]

(聞き手:大滝隆行=日経メディカル)

●二木 立 氏(日本福祉大 学長)

1947年福岡県生まれ。72年東京医科歯科大卒。東大病院リハビリテーション部、代々木病院理学診療科科長・病棟医療部長などを経て、85年日本福祉大教授。2009 年同大副学長・常任理事。13年から現職。

リハビリテーション医から医療経済・政策学の研究者に転身し、医療問題の論客としても知られる二木立氏。今年4月、福祉系総合大学の学長に就任し、少子化の影響で定員割れが続く大学のかじ取りを任された。「福祉と医療は数少ない『安定成長産業』。この好条件を生かせば生き残りは十分可能」として大学改革の先頭に立つ。

 

リハビリテーション医から医療経済・政策学の研究者に転身し、医療問題の論客としても知られる二木立氏。今年4月、福祉系総合大学の学長に就任し、少子化の影響で定員割れが続く大学のかじ取りを任された。「福祉と医療は数少ない『安定成長産業』。この好条件を生かせば生き残りは十分可能」として大学改革の先頭に立つ。日本福祉大は、日本で最初の社会福祉学部を開設した福祉の老舗大学です。現在は社会福祉学部に加えて、経済学部、健康科学部、子ども発達学部、国際福祉開発学部、そして福祉経営学部(通信教育)の6学部8学科と4つの大学院研究科を持つ「ふくしの総合大学」となっています。創立60周年を迎える本年4月に学長に就任し、大学運営を任されることになりました。

18歳人口の減少に歯止めが掛からない中で、首都圏と関西圏の大手ブランド大学への受験生・学生の「二極集中」が進み、地方の中規模大学の多くが定員割れに陥っています。愛知県知多半島を拠点とする本学も全6学部中2学部1学科で大幅な定員割れが続いており、大学全体として2年連続1割の入学定員割れとなっています。定員割れが生じた当初は赤字決算が続きましたが、懸命な支出削減の努力によりここ数年はわずかながも黒字を確保しています。

しかし今後、適切な対策を打たずに大幅な定員割れが続けば、再び赤字に陥り蓄積財源も枯渇する危険があると強い危機意識を持っています。学長任期は4年間。その間の改革の成否が、本学の命運を決すると考え、改革の先頭に立つ決意です。

本学の強みとなっている「福祉」「医療」は、今後の超高齢化を追い風にできる数少ない「安定成長産業」です。この好条件を生かして、「ふくしの総合大学」として中身を充実すれば、本学の生き残りと発展は十分に可能と考えています。2015年には7番目の学部として看護学部(定員100人)を設置し、「ふくしの総合大学」のウイング・幅をさらに広げる計画です。教育の内容と方法についても大学全体・各学部および個々の教員レベルで「教育重視」を徹底し、「教育力」を強化する方針です。

これらを現実のものとするためには、理事長・学長の強い信頼と固い団結を基礎にした経営・教学の共同と、全教職員参加の大学運営・経営が必要です。そこで、4月に全教職員に対して理事長・学長「共同声明」を発表しました。このような経営・教学トップの「共同声明」は本学の60年の歴史で初めてですし、他大学でも例がないと思います。

ただし、大学教員は医師と並んで「自律意識」が非常に強いために、学長の上意下達的な指示で動かすことは不可能で、彼らの自発性と創意を引き出すことが不可欠です。そのためには、教授会をはじめとする諸会議を民主的かつ効率的に運営し、教職員の声ができる限り、諸決定に反映される必要があり、いずれの課題に取り組む際も、決められた手続きを遵守し、情報公開を徹底しています。

ちなみに、地方の中堅大学経営から見ると、医療・病院経営はうらやましい。人口高齢化により病院市場は今後も拡大します。医療収入の大半は公的費用で「守られて」います。それに対し、人口少子化により18歳人口が今後急減し、大学市場は縮小する一方。私立大学収入中の国庫助成割合も1割にすぎません。

診療報酬は出来高払いまたは1日単位の包括払いなので、患者数を増やすか、診療密度を増やせば、増収は可能です。それに対して、大学の学費収入は究極の(4年間)包括払いで、1年定員割れするとその影響が4年間続きます! 医療には地域性があり、患者の地域(医療圏)間移動は少ないし、地域内で医療機関の機能分化=「棲み分け」が行われています。それに対して、受験生・学生は都道府県を超えて移動するので、首都圏・関西圏のブランド大学の「二人勝ち」状態が続いています。

医師は(不平不満は言うが)よく働きます。それに対して、大学教員の給与は医師(病院勤務医)よりは低いが、文系大学の教員の勤務時間は医師よりもはるかに短い「時間貴族」で、しかも権利意識が非常に強く、その上医師に比べてはるかに「弁が立つ」方が多いので、医師以上に管理が大変です。ちなみに、医師の過労死は社会問題にもなりましたが、教員の過労死は聞いたことがありません。

日本福祉大赴任後も19年間診療を続ける

私は1947年生まれの「団塊の世代」・「学生運動」世代です。学生運動を通して、患者の立場に立った医療改革の「志」を持つと同時に、社会科学の面白さに目覚めました。72年に医師になって東京の地域病院(代々木病院)に勤務してからも、リハビリテーション医として診療・研究を行う傍ら、川上武先生(故人)が主催する各種の勉強会・研究会に参加して、医療問題・社会科学の勉強と研究を行う「二本立」の生活を続けました。

生来の数学好きもあり、いつの間にか医療経済学を勉強・研究するようになりました。明治大と一橋大の大学院演習(ゼミ)もそれぞれ1年間聴講しました。ここでの経験を通して、生粋の文科系研究者に伍して、社会科学・医療経済学の研究を行っていけるとの自信を得ました。

併せて、東大病院リハビリテーション部の上田敏先生の指導を受けて博士論文「脳卒中患者の障害の構造」をまとめ、83年に医学博士号を取得しました。川上、上田両先生からは、社会科学、臨床医学と外国語の勉強・研究の心構えと方法を叩き込まれました。

このような「二本立」の生活を13年間続けた後、85年に日本福祉大の社会福祉学部教員公募(障害児医学・リハビリテーション医学)で採用され、85年度に赴任しました。ただし2004年までの19年間、代々木病院での診療(リハビリテーション外来と往診)を続けました。

日本福祉大赴任後しばらくは、臨床医(リハビリテーション医)出身という「比較優位」を生かして、主として医療提供制度の研究を行いました(医師所得の研究、病院チェーンの研究、保健・医療・福祉複合体の研究など)。その場合、実証研究(量的研究)と政策研究の「二本立」の研究を行いました。その後、経験と勉強を積む中で、医療政策・医療保障全般に研究領域を拡大しました。

私の医療経済・政策学の研究の心構え・スタンスは3つあります(『医療経済・政策学の視点と研究方法』[勁草書房、2006])。第1は、医療改革の志を保ちつつ、リアリズムとヒューマニズムとの複眼的視点から研究を行うことです。リアリズムだけでは現状追随主義に陥るが、リアリズムを欠いたヒューマニズムでは観念的理想論になってしまうからです。上田先生のお言葉を借りると、「現実主義的理想主義」です(『リハビリテーションを考える』[青木書店、1983、44頁]

第2は、事実とその解釈、「客観的」将来予測と自己の価値判断(あるべき論)を峻別するとともに、それぞれの根拠を示して「反証可能性」を保つことです。「客観的」将来予測とは、私の価値判断は棚上げにして、現在の諸条件が継続すると仮定した場合、今後生じる可能性・確率が最も高いと私が判断していることです。事実とその解釈の峻別の「ルーツ」は、リハビリ医時代の臨床研究(実証研究)で、上田先生から調査結果と考察を峻別することを叩き込まれたことです。「客観的」将来予測と自己の価値判断の種別は、『複眼でみる90年代の医療』(勁草書房、1991)から励行しています。

第3は、フェアプレー精神です。具体的には次の3つを励行しています。(1)実証研究論文だけでなく時論でも、出所・根拠となる文献と情報はすべて明示する、(2)政府・省庁の公式文書や自分と立場の異なる研究者の主張も全否定せず、複眼的に評価する、(3)自己の以前の著作や論文に書いた事実認識や判断、将来予測に誤りがあることが判明した場合には、それを潔く認めるとともに、大きな誤りの時にはその理由を示す。

学長になって日々の仕事が「人間修養」

学長になる前の14年間は、大学院研究科長に始まり社会福祉学部長、大学院委員長、副学長・常任理事と「管理職人生」を歩んできました。学長の責務はそれらに比べはるかに重いのは事実ですが、これまでの経験を生かし、比較的スムーズに学長業務を行えています。

私は30年以上の論文執筆や学会発表の経験を通して、自分なりの研究方法や手法を身に付けています。例えば、論文執筆には十分時間を掛け、何度も推敲する。早い段階で草稿を友人の研究者に読んでもらい、その助言に基づいて推敲する。学会発表に際しては、事前に原稿を何度も読み上げて、与えられた時間ぴったりに終わるようにする。学会発表前に想定問答集をたくさん作成する。

このような経験・方法は、学長として、特に批判精神に富んだ教員を説得するための重要文書を作成する際に、そのまま使えています。教員から出されるどんな質問に対しても余裕を持って答えることができます。

学長になって一番良かったことは、日々の仕事が「人間修養」になることです。私は、個人的には非常に短気な人間で、研究者としても長年、さまざまな組織・個人と「論争」を繰り広げてきました。しかし、学長になってからは、これは封印し、どんなことがあっても、怒らないようにしています。学長=権力者が怒ると、「パワーハラスメント」と訴えられる(少なくともそう理解される)危険がありますし、相手を説得するためには、冷静に、情理を尽くして説明・対応する必要があるからです。

少なくとも公式の場では、学長が怒ることになんのメリットもありません。なぜなら、どんな理由にせよ、怒ると相手との間に感情的シコリが生じ、業務の遂行に支障が生じるからです。また学長就任前に、学長スタッフには、以下のような「公約」をしました。「4年間は、学内外で「低姿勢」を貫く。最低限、教職員に大声を出さない、威圧的言動はしない、絶対に「切れない」。人の話(特に批判)は最後まで聞き、一呼吸置いてから、"Yes, but"方式で話す」。学長就任後まだ3カ月ですが、この公約は守れています。

研究と管理職業務は一般には矛盾・対立するといわれていますが、高名な哲学者・日本学研究者の梅原猛氏は、「管理職生活と研究者生活の二重生活は私にとってむしろ有利に働いた」と語っています。「なぜなら研究一筋に生きているとスランプに陥ることがあるが、二重生活をしているとスランプに陥る暇もない。管理職として実務を務めていると、また新しい構想が湧いてきて、研究も進む。管理職も、いつ辞めてもよいと思っていると、地位に対する執着がなく、組織の状況が客観的に見られ、判断を誤らない」(日本経済新聞 2001年5月26日朝刊「私の履歴書」)。

私も学長就任を経て、ようやくこの心境が少し分かり掛けてきました。今後4年間、この視点から前向きに学長業務と研究に取り組んでいきたいと思っています。

▲目次へもどる

3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算91回.2013年分その4:5論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカの]メディケアはFDAが承認した医療機器と医薬品の大半を給付対象にしているが、制限と不一致は残っている
Chambers J, et al: Medicare covers the majority of FDA-approved devices and Part B drugs, but restrictions and discrepancies remain. Health Affairs 32(6):1109-1115,2013.[政策研究]

食品医薬品局(FDA)とメディケア・メディケイドサービス・センター(以下、メディケア)は、新薬や新医療機器の市販、および連邦医療保険(メディケア、メディケイド)のそれらの支払いの可否の決定について別の基準を用いている。この不一致は、製薬・医療機器企業にとって障壁と不確実性を生んでいる。1999-2011年に承認された69の医療機器・メディケアパートB対象の医薬品を対象にして、FDAの承認とメディケアの全国レベルでの給付決定との間の不一致を調査した。その結果、メディケアはFDAが承認した医薬品・医療機器の80%(55品目)を給付対象にしていた。しかし、これら55品目のうち32品目では、メディケアはFDAの承認を超えた条件を付け加えていた。逆に7品目ではメディケアの方がFDAより基準が緩く、16品目では両者の基準は一致していた。

二木コメント-日本では、少なくとも医薬品については、薬事法の承認を受けたものは速やかに医療保険の給付対象になるのに対して、アメリカの公的保険では両者に相当ズレがあることを定量的に示した貴重な研究です。イギリスでは、NHSの給付対象決定に際して医薬品・医療機器の経済評価が行われているため、この不一致がさらに大きいことはよく知られています。日本では小泉内閣時代以来「ドラッグラグ」が問題とされていますが、その議論ではこの点が見落とされています。残念なことに、この論文では医薬品と医療機器別の不一致率は示されていません。

○[アメリカにおいて]再入院率を入院の質測定で用いることに限界があることは他の尺度を加える必要を示唆している
Press MJ, et al: Limits of readmission rates in measuring hospital quality suggest the need for added metrics. Health Affairs 32(6):1083-1091,2013.[量的研究]

最近の医療政策はリスク調整済みの再入院率(退院後30日以内)を入院医療のパフォーマンスの測定のために用いているが、それは再入院率が病院の入院医療の質の諸側面を反映しているとの仮説に基づいている。本研究では、「メディケア病院比較」プロジェクトに参加した病院の3疾患(心筋梗塞、心不全、肺炎)の再入院率データ等を用いて、それの妥当性を2段階で検討した。先ず、各病院の2009年と2011年の再入院率ランキング(4段階に分類)を比較し、両者がどの程度一致しているかを検討した。次に、再入院率とそれ以外に一般的に用いられる入院医療の質指標(リスク調整済みの死亡率(入院30日以内)、疾患別の入院患者数、教育病院であるか否か、プロセス尺度)との関連を検討した。

その結果、(1)再入院率の4段階のランキングは両年で相当ズレがあること、(2)2009年の再入院率が下位だった病院は2011年にはランキングが相当改善したこと、(3)逆に2009年に上位だった病院の2011年のランキングは低下する傾向があることが明らかになった。これらの変化の相当部分は「平均への回帰」(統計的ノイズの一種)で説明できる。さらに、教育病院の再入院率は他の病院よりも高いこと、再入院率の他の入院医療の質指標との相関は弱いことも明らかになった。政策担当者は再入院率に加えて入院医療のパフォーマンス測定の他の指標も併せて用いることを検討すべきである。

二木コメント-再入院率のみでは入院医療の質は評価できないことを実証した貴重な研究と思います。2回の調査で病院のランキングが相当変わったことは、1回の調査のみで病院のランキングを行うことの危険性を示しています。このテーマについては本「ニューズレター」92号(2012年3月)で紹介した次の「評論」もお読みになることをお薦めします。「再入院[率]-質の指標ではまったくない」(Kangovi S, et al: Hospital readmissions - Not just a measure of quality. JAMA 306(16):1796-1797,2011)。

○[アメリカの]労働参加を目的とする福祉プログラムは死亡率に負の影響を与える可能性がある
Muennig P, et al: Welfare programs that target workforce participation may negatively affect mortality. Health Affairs 32(6):1072-1077,2013.[量的研究]

1990年代に実施されたアメリカの福祉改革では、公的扶助(public assistance)の受給資格期間への上限設定が導入された。この制限は福祉受給者の就労を促進するために設けられた。しかし、このような社会政策プログラムが参加者の健康に与える影響についてはほとんど知られていない。そこで、「フロリダ州家族移行プログラム・ランダム化試験」(福祉改革実験。以下、「フロリダ・プログラム」)により、参加者の長期間の死亡率がどのように変化したかを検討した。「フロリダ・プログラム」では福祉の受給期間に24~36カ月の上限を設けた上で、集中的な職業訓練と職業紹介を行った。このプログラムの参加者3224人のその後17~18年間の死亡率を前向き調査で追跡した。その結果、このプログラム参加者の死亡率は、伝統的な福祉を受けた対照群より16%も高かった。もしこの結果が全国の福祉改革に一般化できるとしたら、福祉改革による受給者削減による費用節減は人命の追加的喪失(人的コストの増加)を正当化できるか否かという問題を提起する。

二木コメント-アメリカで1990年代に始まった福祉改革が受給者の死亡を増加させたことを、長期間(17~18年!)のランダム化試験で実証した凄い研究です。

○医療における質に応じた評価[P4P]の効果:文献レビューの文献レビュー
Eijkenaar F, et al: Effects of pay for performance in health care: A systematic review of systematic review. Health Policy 110(2-3):115-130,2013.[文献レビュー]

医療における質に応じた評価(以下、P4P)の効果については多数の文献が発表されているが、それらから得られるエビデンスは断片的である。P4Pの効果について包括的知見を得るために、英語、スペイン語、ドイツ語の文献をカバーしている5つの電子化されたデータベース等を用いて、2000~2011年に発表されたP4Pの効果についての文献レビューを探索し、それにより得られた22の文献レビューの結果の合成を行った。これらのうち10の文献レビューはアメリカとイギリス以外の国で行われたP4Pの効果判定論文を含んでいた。P4Pは潜在的には(費用)効果的であることが示唆されるが、そのエビデンスは確実とは言えない。多くの研究はP4Pの効果を示すことに失敗し、P4Pの効果を、他の医療の質改善プログラムの効果から分離して、確定的に示した研究はほとんどない。P4Pにより社会経済的集団間の不平等は軽減したが、他の不平等は変わらなかった。P4Pが対象としていない医療への波及効果等、予期せぬ結果のエビデンスも多少得られた。さまざまな効果についてのデータが得られはしたが、厳格な研究デザインの研究はごく少ないため、確定的結論は引き出せなかった。

二木コメント-本論文の優点は、文献レビューの文献レビューであること、および英語だけでなく、スペイン語、ドイツ語の文献も含まれていることであり、P4P研究者必読と思います。ただし、従来の英語文献のみを対象とした文献レビューから得られた以上の新しい知見はなく、結論はお決まりの「もっと多くの研究が必要である」です。

○イタリアにおける]一般医と病院費用[の関係]:我々は[一般医対象のP4Pを用いた]費用抑制プログラムをまだ続けるべきか?
Fiorentini G, et al: GPs and hospital expenditures. Should we keep expenditire containment programs alive? Social Science & Medicine 82:10-20,2013.[量的研究]

国際的に、医療政策と実施における市民参加のトレンドは強まっている。これは医療技術評価面で顕著で、それは医療給付の決定という論議を呼ぶ問題にも関係している。しかし、市民の誰が、どのようなプロセスで参加すべきか、市民参加の原理と利点は何かについての合意は全くない。本研究では、フランス、ドイツ、イギリスにおける、医療技術評価における市民参加についての操作的プロセスとその基礎にある原理を探索する。ウェブ上の情報、法的文書、公刊文献と灰色文献を収集すると共に、医療技術評価組織の責任者に対する半構造化面接を行った。参加プロセス、特に市民が参加する領域、市民のどのグループが参加するか、市民は意思決定にどこまで影響を与えうるか、参加する市民をどのように募集し支援するか、潜在的な利害の対立をいかに表明するか、については評価組織間で異なっていた。原理についての強調の違いや市民参加の背後にある推進力がこのような違いの一部を生んでいるかもしれない。インタビュー回答者は、市民参加の利点には幅があること、およびそれの成功と失敗をもたらす要因について述べた。以上の結果は、市民参加の目的と取扱い方(conduct)を明確にして、このような政策手段の利点を最大化する必要があることを示している。

二木コメント-日本では、医療技術評価における市民参加についてはまだほとんど議論されていないので、貴重な研究と思います。

○コストシフト説に反して、[アメリカの]メディケア入院医療価格の引き下げは私保険の医療価格の低下をもたらす
White C: Contrary to cost-shift theory, lower Medicare hospital payment rates for inpatient care lead to lower private payment rates. Health Affairs 32(5):935-943,2013.[量的研究]

一般医(GP)に追加的支払いを行う質に応じた支払い(P4P)プログラムは、医療の質を向上するためだけでなく、医療費抑制の目的のためにも使われうる。本研究で、イタリア・エミリア-ロマーニア州で2002~2004年に、病院費用を抑制することを目的としたプライマリケアに対する経済的インセンティブを廃止した影響を分析する。そのために地域ごとのGPの特性と患者の特性、入院サービス利用をリンクする。使用するデータセットには2,936,834人の患者と3,229人のGP、11の地域医療当局に属する39の地区が含まれる。差の差分析により、回避可能な入院と総入院等の変化を評価する。患者は以下の3群に分ける:(1)観察期間中にGPに対するP4Pプログラムが廃止された地区の患者、(2)P4Pが継続した地区の患者、(3)P4Pが最初から導入されなかった地区の患者。その結果、どのパフォーマンス指標(総医療費の伸び率、入院率の減少等)でも、3群間Gで差はなかった((1)群で悪化はなかった)。この結果は、GPに対する経済的インセンティブを止める政策を支持している。本研究は、P4Pのうち、単純に医療費抑制を目的としたものよりは、特定の疾病の管理の改善のみを目的としたものだけが対象人口の不必要な入院を減らせるとの先行研究の結果を支持している。

二木コメント-イタリアの1州におけるGPを対象としたP4P廃止の影響の詳細な分析です。P4Pは医療費抑制目的には役立たないとの結論も妥当と思います。


4. 私の好きな名言・警句の紹介(その104)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

Home | 研究所の紹介 | サイトマップ | 連絡先 | 関連リンク | ©総研いのちとくらし