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『二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻77号)』(転載)

二木立

発行日2010年12月01日

出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見、あるいは皆様がご存知の関連情報をお送りいただければ幸いです。

本「ニューズレター」のすべてのバックナンバーは、いのちとくらし非営利・協同研究所のホームページ上に転載されています:http://www.inhcc.org/jp/research/news/niki/)。


目次


「ニューズレター」76号の人名誤記の訂正

お知らせ

2009年9月の民主党政権の成立後、本年12月までに発表した19論文をまとめた新著『民主党政権の医療政策』(勁草書房)を2011年2月頃出版します。章立ては以下の通りです。


1.医療ツーリズムの市場規模の超過大表示

-日本政策投資銀行レポートの検証
(「二木立教授の医療時評(その83)」『文化連情報』2010年月12月号(393号):14-17頁。「日経メディカルオンライン」「私の視点」欄に11月18日先行掲載

菅直人政権が本年6月18日に「新成長戦略」を閣議決定して以来、各省庁の医療ツーリズムの取り組みが本格化しています。9月28日に首相官邸で開催された「国内投資促進円卓会議」では、「国際医療交流(医療観光)」の推進」が提示されました。経済産業省、観光庁、厚生労働省も、来年度予算の概算要求に医療ツーリズム関連の施策を盛り込みました。

これらの施策の根拠資料の「定番」となっているのが、2020年時点で医療ツーリズムの潜在需要は43万人、市場規模は約5500億円に上るとする、日本政策投資銀行のレポート「進む医療の国際化-医療ツーリズムの動向」(本年5月26日公表、執筆者は植村佳代氏。以下、「レポート」)です。このレポートは、世界とアジアの医療ツーリズムの動向をコンパクトに紹介しているだけでなく、「一定の仮定を置いて」2020年時点での医療ツーリズムの市場規模を試算しているため、一見非常に説得力があります。しかし、その根拠を精査したところ、推計・仮定の極端な過大表示が、少なくとも3つあることが判明しました。本稿では、この点を簡単に指摘し、医療ツーリズムが「成長牽引産業」とはなり得ないことを示します。

なお、医療ツーリズムの市場規模については、経済産業省も「50万人の外国人患者の受け入れで約1兆円の経済効果が生まれる」との試算をしているそうです(「日本経済新聞」2010年7月1日朝刊)。しかし、日本政策投資銀行のレポートと異なり、これは根拠不明な「腰ダメ」の数字のようで、同省の担当者も最近はこれに触れるのを避けるようになっているため、検討に値しないと判断しました。

「純医療」の市場規模は1681億円

第1の過大表示は、「医療ツーリズムの市場規模」5500億円との推計が観光を含んだものであり、それを除いた「純医療」はそれの3割に過ぎない1681億円なことです。医療ツーリズムの市場規模は「外国人患者への治療費」(OECD: Health at a Glance 2009, p.172)で表示するのが国際常識であることを考慮すると、5500億円は3.3倍もの過大表示です。公平のために言えば、「レポート」では、「医療ツーリズム(観光を含む)の市場規模」と書かれています。しかし、これの報道ではカッコ内の表示がほとんど省略されていますし、植村氏自身もこのレポートの解説論文では「純医療」の市場規模については触れていません(『エコノミスト』9月21日号「エコノミストレポート」等)。

それでも1681億円は一見大きな数字にみえます。しかし、これは2020年度の推計国民医療費47兆円のわずか0.36%にすぎず、とても「成長牽引産業」とは言えません。なお、2020年度の国民医療費は、厚生労働省保険局「医療費等の将来見通し及び財政影響試算のポイント」(2010年10月25日)で新たに示された、2010~2020年度の国民医療費の年平均伸び率が2.2%との仮定に基づいて推計しました。

そもそも、医療ツーリズムの経済規模は対象を先進国(高所得国)に限定すれば、どこの国でも、総医療費やGDPに比べてはるかに小さいのです。アメリカの医療ツーリズム(外国人患者の受け入れ)の経済規模は2007年に23億1000万ドルに達し、他国を圧倒していますが、これはアメリカの総医療費(2兆2397億ドル)の0.1%、GDP(14兆780億ドル)のわずか0.02%にすぎません(OECD:上掲書,P.173. CMS: National Health Expenditures (http://www.cms.gov/nationalhealthexpenddata/))。

「一定の仮定」も過大

第2の過大表示は、「純医療」の1681億円という推計を算出するための「一定の仮定」です。これは「レポート」の本文には示されておらず、図表13の「備考2」に小さく書かれているだけですが、それによると、2020年の中国・ロシアの日本への医療ツーリスト数(合計36.6万人)は、同年の両国の年間世帯所得15万ドル以上の富裕者数のうち、海外での健診・検診の希望者が35%おり、しかもそのうち日本での受診希望割合が45.7%を占めると仮定して推計されているのです。しかし、このような高い割合の根拠はまったく示されていません。ごく常識的に考えて、中国・ロシアの富裕層の三分の一以上が医療ツーリストになり、しかも彼らの5割近くが、医療ツーリズム後進国である日本で治療を受けると仮定するのは、あまりに浮世離れしています。

一般的に将来予測を行う場合には、いくつかの異なる仮定・前提に基づいて複数の推計を行う「感受性テスト」が不可欠です。例えば、国立社会保障・人口問題研究所「将来人口推計」では、出生、死亡の将来推移について、それぞれ上位、中位、下位の3つの仮定を設け、それらの組み合わせによって、9つの人口推計を行っています。「レポート」の推計・仮定はこのような「お作法」を無視しています。

日本の「医療コスト」の極端な過少推計

第3の過大表示は、日本の医療ツーリズムの潜在的ライバル国の医療コストです(逆に言えば、日本の医療コストの極端な過少推計)。「レポート」の図表7「主要国の医療コスト比較」では、5種類の手術(表参照)と健診・検診について、アメリカを100とした日本・韓国・タイ・シンガポール・インド5か国の医療価格指数が示されています。それによると、日本の医療価格は、韓国・タイ・シンガポールとほぼ同水準であるとされています(さすがに、インドは他の4か国に比べるとはるかに低額とされています)。

しかし、高所得国である日本の医療価格が韓国やタイと同水準であるとは考えにくいと思います。幸い、韓国・柳韓大学保健医療福祉研究所日本事務所所長の西山孝之氏がホームページで2006年の韓国の診療報酬点数表の全訳を公開しているので、それと日本の2006年4月改定の診療報酬点数表を用いて、「レポート」で示されている5種類の手術の公定料金を比較したところ、表に示したように5種類の手術とも日本の方がはるかに高いことが確認できました。価格差が一番小さい人工股関節置換術でも2.5倍、一番大きい弁置換術、冠動脈バイパス移植術では5.3~6.0倍でした。2010年4月の診療報酬改定で、日本の手術料が大幅に引き上げられたこと(3割~5割)、および2008年の世界同時不況以降、円に対するウォン安が進んでいることを考えると、現在では手術料の日韓格差がさらに拡大していることは確実です。

ここで注意しなければならないことは、これはあくまで公定料金の比較であり、自由診療の患者に対する料金は公定料金より相当高いことです。韓国では、それは公定料金の約2倍が相場とされています。しかし、日本でも外国人対象の自由診療では同様の料金引き上げが生じることは確実です(そうでないと、自由診療を行う「旨み」がありません)。そのために、自由診療の料金についても、日韓格差は大きくは変わらないと思います。

日本の医療ツーリズムは韓国に太刀打ちできない

ここで見落としてならないことは、韓国も、医療ツーリズムで中国の患者を主なターゲットにしており、日本の強力なライバルであることです。しかし、韓国が日本よりも中国に地理的に近いだけでなく、政府の医療ツーリズム施策の点でも、JCI(アメリカの国際的な病院品質の認証機関)の認証病院数の点でも、日本よりはるかに先行していることに加え、手術料金の日韓格差が極めて大きいことを考慮すると、中国人患者の誘致競争で、日本は韓国にとても太刀打ちできないと思います。この点を考えると、中国人・ロシア人の医療ツーリストの5割近くを日本が吸引できるとの「レポート」の「仮定」はトンデモ数字と言わざるをえません。

なお、韓国における新自由主義的医療改革の旗手であり、政府の医療政策にも強い影響力を有している延世大学保健行政学科のイ・キュシク教授は、10月30日に韓国で開催された日本福祉大学・延世大学共催「第5回日韓定期シンポジウム」で、韓国でも医療ツーリズムの経済成長効果は大きくないことを率直に認めた上で、海外からの自由診療患者の受け入れ増加により、韓国内ですでに認められている混合診療が大幅に拡大し、それにより医療分野への市場原理導入が進むと強調されていました。この点を考慮すると、日本医師会が、医療ツーリズムに反対する論拠として、「混合診療の全面解禁を後押しすることになる」ことをあげているのは、的を射ていると言えます(「国民皆保険の崩壊につながりかねない最近の諸問題について-混合診療の全面解禁と医療ツーリズム」2010年6月9日)。

公定手術料金の日韓比較(2006年)
  日本 韓国 日韓格差 (日本政策投資銀行)
心臓弁置換術 570,000円 866,350W(103,963円) 5.5倍 (1.2倍)
冠動脈バイパス移植術 1吻合 588,000円 918,170W(110,180円) 5.3倍 (1.3倍)
冠動脈バイパス移植術 2吻合 897,000円 1,251,010W(150,121円) 6.0倍  
人工股関節置換術 223,000円 741,260W(88,951円) 2.5倍 (1.3倍)
人工膝関節置換術 223,000円 543,700W(65,244円) 3.4倍 (0.6倍)
子宮全摘術 176,000円 315,530W(37,863円) 4.6倍 (0.3倍)

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3.最近発表された興味ある医療経済・政策学関連の英語論文

(通算60回.2010年分その8:7論文)

「論文名の邦訳」(筆頭著者名:論文名.雑誌名 巻(号):開始ページ-終了ページ,発行年)[論文の性格]論文のサワリ(要旨の抄訳±α)の順。論文名の邦訳中の[ ]は私の補足。

○[アメリカにおける]将来の医療技術革新の新しい優先順位
(Fuchs VR: New priorities for future biomedical innovations. the New England Journal of Medicine 363(8):704-706,2010)[評論]

1900年以降、アメリカ人の平均余命は30年も延長した。第二次大戦前の延長は非医療的要因(栄養、衛生、住居と公衆衛生)によってもたらされたが、第二次大戦後は医療技術革新(新薬、手術・手技)が主因となった。医療技術革新は医療費急増の主因ともなっている。しかし、人口的、社会的および経済的要因が将来の医療技術革新の優先順位を変え、今後は、余命の延長より医療の質の改善が強調され、費用対効果を改善する技術革新が重視されるようになるだろう。20世紀前半には平均寿命延長のうち65歳以上の余命の延長によるものはわずか20%にすぎなかったが、現在はそれが80%に達している。彼らの大半は退職して、若年世代からの所得移転に依存しているため、連邦政府支出削減の圧力を受けることになる。技術革新の焦点も単なる延命からQOL向上にシフトしている。それに加えて、技術革新についても、医療の質、費用に加えて、費用対効果・価値(value)が重視されるようになる。しかし、医療技術革新のうち費用対効果に優れているものはごく一部である。一般の技術革新では、質を維持するかわずかの質の低下を伴うが、費用を大幅に削減するものが奨励されるが、医療ではそのような技術革新は稀である。しかし、費用対効果に優れた医療技術革新へのシフトは必要かつ不可避であろう。

二木コメント-このような医療技術革新の優先順位のシフトは、アメリカだけでなく、日本でも必至と思います。それに伴い、医療費増加の主因は技術進歩という(アメリカの)医療経済学の通説が通用しなくなるかもしれません。

○新技術と医療費-手術支援ロボットの事例[研究]
(Barbash GI, et al: New technology and health care costs - The case of robot-assisted surgery. The New England Journal of Medicine 363(8):701-704,2010)[事例研究]

新しい治療技術は、それの長所と弱点が明らかになる前に普及することが多い。しかも、ほとんどの場合医療費増を招くが、それは単価が高いためか、患者適応拡大のためである。この点を、手術支援ロボット(ロボット支援手術)について検証した。全世界のロボット支援手術数は2007年の80,000件から2009年の205,000件へと3年間で3倍化した。代表的ロボット技術であるダビンチ・システムを導入したアメリカの病院は同じ期間に75%も増加した(800から1400へ)。手術支援ロボットの導入により、手術1件当たり費用と手術数の両方が増加した。手術支援ロボット・システムは固定費(100万~250万ドル)、消耗品費とも高額である。2007年の20種類のロボット支援手術1件当たりの「純費用」は平均1600ドルであるが、減価償却費を含むと3200ドルであった。手術支援ロボットの導入により手術適応も拡大し、アメリカではそれの導入が最も進んでいる前立腺摘除術数は2005~2008年に60%増加した。以上から、手術支援ロボットは手術単価と手術数の両方を増加させたと言える。しかし、手術支援ロボットの大規模ランダム化試験はまだ行われておらず、それの長期的アウトカムが既存の治療よりも優れているか否かは明らかでない。

二木コメント-先端医療技術と医療費(単価と医療費総額の両方)の関係についての貴重な事例研究です。日本では、手術支援ロボットが医療費を削減させるとの主張も一部で聞かれますが、それは幻想のようです。

○費用効果の情報[QALY当たり費用]の使用を禁ずる[アメリカの医療保険改革]法
(Newmann PJ, et al: Legislating against use of cost-effectiveness information. the New England Journal of Medicine 363(16):1495-1497,2010)[評論]

アメリカ医療・医学における費用対効果検討委員会は1996年に、費用効果分析では医療アウトカム評価の標準的指標としてQALY(質調整生存年)を用いることを勧告した。ところが2010年3月に成立した「患者保護・医療費負担適正化法」(通称、医療保険改革法)は、「効果比較研究」(comparative-effectiveness research)を推進するための「患者中心アウトカム研究所」を創設した反面、18条で同研究所が「QALY当たり費用(またはそれに類似した、個人の障害に応じて命の価値を割り引く指標)を、どんな種類の医療が費用効果的と判断または推奨するときの閾値として、開発や使用してはならない」と規定した。この規定はQALY当たり費用を「閾値として」用いることを禁止しているが、その意図とそれが今後もたらす影響は明らかではない。この条文は、医療保険改革法が医療利用を制限を導入するとの批判を避けるために挿入されたのかもしれないし、QALY当たり費用の計算が年齢と障害を理由にした差別的手法だとの主張を反映しているのかもしれない。しかし、QALY当たり費用のような明確で標準的な尺度を用いることは、医療の透明化や費用対効果の向上に不可欠である。

二木コメント-私は医療保険改革法で「効果比較研究」が推進されることは知っていましたが、QALY当たり費用の使用・開発が禁止されたことは知りませんでした。なお、日本やヨーロッパではQALYをアウトカムとして用いる医療の経済評価は「費用効用分析」と呼ばれていますが、アメリカではそれは「費用効果分析」の一種とされるのが一般的です。「効果比較研究」については、Health Affairs 29巻10号(2010年10月)が大特集を組んでいます(「効果比較研究の新時代」(New era of comparative effectiveness research):25論文)。

○電子医療記録、看護職配置と看護関連患者満足度:1998-2007年のカリフォルニア州の病院[の分析]から得られた結果
(Furukawa MF, et al: Electronic medical records, nurse staffing, and nurse-sensitive patient outcomes: Evidence from California hospitals, 1998-2007. Health Services Research 45(4):941-962,2010)[量的研究]

1998~2007年のカリフォルニア州の326急性期一般病院を対象にして、電子医療記録の導入が内科・外科病棟費用、在院日数、看護職員配置数、看護職員構成、1時間当たり看護費用、および看護関連患者満足度に与える影響を、時系列分析・回帰分析で推計した。電子医療記録の導入は電子化の範囲と水準により、第1ステージ(薬剤・検査・放射線科情報の電子化)、第2ステージ(第1ステージ+看護情報の電子化等)、第3ステージ(第2ステージ+臨床的意思決定支援等)に区分した。その結果、電子医療記録導入により、内科・外科病棟の退院患者1人当たり費用は6-10%増加していた。第2ステージの電子医療記録導入により、正看護師の患者1日当たり看護時間は15-26%増加し、准看護師のそれは2-4%減少していた。第3ステージの電子医療記録導入により一部の疾患では院内死亡率は3-4%減少していた。以上の結果は、より進んだ電子医療情報の導入により入院費用と看護職配置数は増加するが、一部の疾患の院内死亡率は低下することを示唆している。当初の期待に反して、電子医療情報導入が在院日数を短縮し、必要な看護を削減できるとの主張を支持する結果は得られなかった。

二木コメント-私は、今まで本欄で、 "electronic medical records"を「電子カルテ」と訳してきましたが、アメリカの医療事情に精通している西村由美子氏によると、この言葉は、日本流の電子カルテではなく、様々な医療データ・情報の電子化を意味しているので、「電子医療記録」と訳す方が実態に近いと教えていただきました。日本だけでなく、アメリカでも電子医療記録の導入により医療費が節減できるとよく主張されますが、本研究ではそれが明確に否定され、この分野でも「良かろう安かろう」はないことが確認されたと言えます。

○使用されている電子医療記録の機能と医療の質との関係-アメリカ全州調査の結果
(Poon EG, et al: Relationship between use of electronic health record features and health care quality - Results of a statewide survey. Medical Care 48(3):203-209,2010)[量的研究]

電子医療記録は良質の医療を提供する上で有用だと見なされているが、この点を検証した実証研究の結果はまちまちである。その理由としては、先行研究が電子医療記録使用の有無のみを二分法的に問題にし、それの機能の違いを考慮に入れていないことが考えられる。そこで、2005年に、アメリカ・マサチューセッツ州の全プライマリケア医を対象にして電子医療記録使用についての郵送調査を行い、回答した医師1345人のうち、医療プロセスの質指標(7疾患22指標。HEDIS尺度)の結果も得られた507人について、両者の関連を検討した。その結果、電子医療記録使用の有無とHEDISのどの尺度との間にも、統計的に有意な関係はなかった。しかし、電子医療記録の特定の機能と一部のHEDIS尺度との間には有意な関連があった。一番強い関連があったのは、電子医療記録機能のうち患者の問題リスト、受診記録、放射線検査の結果、HEDIS尺度のうち、女性の健康、大腸癌スクリーニング、がん予防であった。

二木コメント-電子医療記録使用の有無のみを問題にする多くの先行研究より一歩深まった研究であり、結果も良い意味で常識的と思います。

○電子医療記録の成功が限られていることはターゲットを絞って用いるべきことを示唆している
(DesRoches CM, et al: Electronic health records' limited successes suggest more targeted uses. Health Affairs 29(4):639-646,2010)[量的研究]

既存の電子医療記録が医療の質と効率を改善しているか否かを理解することは、2009年成立のアメリカ回復・再投資法で規定された200億ドルの医療情報技術投資をどのように用いるかを検討する上で重要である。そこで、調査に回答した全米の急性期病院2952病院を対象にして、電子医療記録導入と医療の質・効率との関連を検討した。電子医療記録については、未導入、基礎的導入、包括的導入に3分し、医療の質・効率指標は急性心筋梗塞等4疾患のものを用いた。その結果、全体として両者に統計的、臨床的に有意な関係は認められなかった。ただし、臨床的意思決定支援機能にはわずかだが有意な効果が認められた。以上の結果は、単に電子医療記録を導入するだけでは不十分であることを示唆している。

二木コメント-現時点では、電子医療記録と医療の質・効率との関係を検討した最大規模の調査研究と思います。なお、本論文が掲載されたHealth Affairs 29巻4号(2010年4月号)は電子医療記録を含む医療情報技術についての大特集を組んでいます(「医療情報技術:意味のある利用への道」(Health IT: The road to "meaningful use):16論文)。

○患者安全問題[有害事象]の開示:包括的文献レビュー
(O'Connor E, et al: Disclosure of patient safety incidents: A comprehensive review: International Journal for Quality in Health Care 22(5):371-379,2010)[文献レビュー]

有害事象は患者に危害を与える原因であるとの認識が強まっている。そこで、Medline等のデータベースを用いて、有害事象の開示について患者、医療専門職、他の利害関係者の視点から検討した文献を82論文を収集して、体系的文献レビューを行った。ほとんどは記述的研究であり、しかもアメリカのものであった。その結果、患者、医療専門職とも、有害事象の患者・家族への開示を支持していた。患者は率直で速やかな開示、適切な謝罪と自己の今後の診療の保証等を望んでいた。しかし、理想的な開示と現実との間にはギャップがあることも示唆された。医療は多職種から構成されるチームで提供されているが、研究の多くは医師の経験に焦点を当てていた。医師以外の専門職も、開示プロセスにおいて果たすべき役割があることが示された。

二木コメント-おそらく、患者安全問題(有害事象)についてのはじめの体系的文献レビューであり、医療安全研究者必読と思います。ただし、結果はやや常識的です。

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4.私の好きな名言・警句の紹介(その71)-最近知った名言・警句

<研究と研究者のあり方>

<組織のマネジメントとリーダーシップのあり方>

<その他>

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