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『大韓リハビリテーション医学誌』掲載予定原稿(2005.10.25(火)執筆)

日本の介護保険制度と病院経営-保健・医療・福祉複合体を中心に(転載)

二木 立(日本福祉大学教授・大学院委員長)

訳:洪允景、金道勲

発行日2005年11月01日

(出所を明示していただければ、御自由に引用・転送していただいて結構ですが、他の雑誌に発表済みの拙論全文を別の雑誌・新聞に転載することを希望される方は、事前に初出誌の編集部と私の許可を求めて下さい。無断引用・
転載は固くお断りします。御笑読の上、率直な御感想・御質問・御意見等をいただければ幸いです))


要旨

本稿では、まず、日本の介護保険制度について、制度の本質、制度創設の目的、制度創設後5年間の変化、2005年の法改正の特徴について、述べる。次に、日本と韓国の病院制度の簡単な比較を行い、両国の制度は先進国(OECD加盟国)中もっとも類似しているが、違いも少なくないことを指摘する。第3に、日本で介護保険制度創設前後から急増している保健・医療・福祉複合体について、それの定義、実態、出現した制度的理由、功罪、介護保険制度が複合体への強い追い風になる理由、および複合体の新たな展開形態について述べる。最後に、介護保険制度下の医療機関の2つの選択とリハビリテーション医療施設・専門職の責務について、問題提起する。本稿では、日本の介護保険制度と保健・医療・福祉複合体のプラス面だけでなく、マイナス面も述べる。

はじめに-自己紹介

本題に入る前に、私の簡単な自己紹介を行う。私は、臨床医(リハビリテーション専門医)出身の医療経済学・医療政策研究者である。

私は、1972年に東京医科歯科大学医学部を卒業した学生運動世代であり、大学卒業直後から13年間、東京の地域病院に勤務し、脳卒中の早期リハビリテーションの診療と研究に従事した。それを集大成した『脳卒中の早期リハビリテーション』[1]は、日本初の脳卒中リハビリテーションのEBM(根拠に基づく医療)書であった。1985年日本福祉大学教授となり、それ以降、政策的含意が明確な実証研究と医療政策の批判・提言の研究・言論活動を続けている。なお、日本福祉大学教授となった後も、2004年まで19年間、上記病院で診療(リハビリテーション外来と往診)を継続していた。

2003年度から、日本福祉大学の21世紀COE(center of excellence)プログラム「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」の拠点リーダーをつとめている。これは、日本に世界水準の大学を創るために文部科学省が始めた国家的プロジェクトで、約140校ある福祉系大学のなかでは、日本福祉大学だけが選ばれている。このCOEプログラムには5つの研究領域があり、その1つが「日韓比較研究」で、これは延世大学校等との共同研究でもある。私は、「医療・高齢者ケアの日韓比較研究」を行っており、そのために韓国の病院・複合体を訪問調査している。

1.日本の介護保険制度-2000年の制度創設から2005年の制度改革へ

まず日本の介護保険制度について、2000年の制度創設から2005年の制度改革までのポイントを述べる。ただし、制度の網羅的な説明ではなく、韓国の医療関係者が知っておくと参考になることに限定する。その際、それのプラス面だけでなく、マイナス面についても述べる。

(1)2000年創設の介護保険法の本質

まず、2000年創設の介護保険法の本質について述べる。介護保険法の本質は、単なる福祉法ではなく、「高齢者慢性期医療・介護保険法」である[2:P5]。この点は、介護保険法第1条(法の目的)に、要介護者に「保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行う」と明記していることからも明らかである。この第1条だけでなく法の全条文で、保健医療サービスが福祉サービスよりも先に置かれている。なお、日本では一般には「介護」に医療は含まれないが、介護保険法の「介護」のみは慢性期医療も含んでいる。

その結果、介護保険制度創設により、高齢者の慢性期医療の多くが「老人保健法(医療)」から「介護保険法」に移行した。具体的には、病院の療養病床の一部(34万床のうち19万床。約34%)、老人保健施設のすべて、訪問看護と訪問リハビリテーションの大半と通所リハビリテーション等が移行した。

介護保険制度により、医療機関(病院・診療所)は、高齢者福祉施設(特別養護老人ホーム等)以外の、ほぼすべての事業に参入可能になった。また系列の社会福祉法人を作れば、高齢者福祉施設の開設も事実上可能である。それに対して、営利企業が参入できるのは在宅福祉サービスに限られている。

ドイツの介護保険制度との違い

ここで、日本の介護保険制度についてのよくある誤解を正したい。それは、「日本の介護保険制度はドイツの介護保険制度をモデルにしている」という誤解である。しかし、実際は、日本の介護保険制度は、ドイツの社会保険方式、北欧諸国の市町村主権、イギリスとアメリカのケアマネジメント、および日本の国民健康保険制度を折衷したものである。

ドイツの介護保険制度との主な違いは4つある。第1は、純粋の社会保険方式ではなく、保険と公費の混合方式で、給付費の5割が公費であること。第2は、介護だけでなく慢性期医療も給付対象としていること。第3は、ドイツの介護保険制度にはないケアマネジメントを導入していること。第4は、ドイツの介護保険制度にはある現金給付がないことである。

(2)介護保険制度創設の目的-公式目的と隠れた目的

2番目に、介護保険制度創設の目的(公式目的と隠れた目的) について述べる。最大の公式目的は言うまでもなく、「介護の社会化」、要介護高齢者のサービス拡充と家族介護者の負担の軽減である。

もう1つの公式目的は高齢者の「社会的入院の是正」による、高齢者の入院医療費の抑制である。ここで、「社会的入院」とは、医学的治療の終了後も、患者が自宅退院や福祉施設入所ができないなどの社会的理由で、病院に長期間入院することの俗称で、概ね6カ月以上の長期入院を指す。介護保険制度開始前は、65歳以上の高齢者の入院患者のうち約4~5割が6カ月以上の長期入院であった。

しかし、介護保険制度にはもう1つ隠れた目的もあった。それは、急増する老人医療費の一部を介護費へ転嫁する「コストシフティング」である。国民の多くは医療不信が強いため、医療保険料の引き上げには大反対したが、「介護の社会化」には賛成し、新たな負担を伴う介護保険制度の創設にも賛成した。

実は、厚生省は当初、公費負担方式(財源は消費税)とすることも非公式に検討していた。しかし、消費税の引き上げに対する国民の反発が非常に強かったため、社会保険方式に転換した。

(3)介護保険制度創設後5年間の変化

3番目に、介護保険制度創設後5年間の変化について述べる。介護保険制度創設後、要介護認定者数とサービス利用者数は急増し、介護保険の総費用・給付費も急増した。要介護認定者数は、218万人(2000年4月)から411万人(2005年4月)へ、5年間で1.9倍化した。特に「軽度者」(要支援と要介護1)は2.4倍化した。介護保険の総費用(保険給付費に1割の利用者負担額を加えたもの)も、3.6兆円(2000年度)から6.8兆円(2005年度予算)へ、同じ期間にやはり1.9倍加した。

ここで見落としてならないことは、給付費の増加は制度開始前の想定範囲に収まっていること、および「軽度者」の急増は保険給付費急増の主因ではないことである(「軽度者」の給付費増加寄与率は約25%にすぎない)。

この間、「在宅重視」の目標に沿って、在宅サービスは急増した反面、施設サービス(施設の新設)は厳しく抑制された。ただし、家族の介護負担の軽減は進んでおらず、施設入所希望は逆に増加し、大都市部中心に、施設(特に利用者負担の少ない特別養護老人ホーム)の入所待ちが急増した。特別養護老人ホーム入所の待機者数は制度開始前の1999年の10.5万人から2004年の34万人に3倍化した。

その結果、不足する特別養護老人ホームの代替として、中所得層向けのグループホームと高所得層向けの有料老人ホームが激増した。グループホーム数は制度開始前の300弱から2005年の6000超へ10倍化した。有料老人ホーム数も制度開始前の約300から2005年の1400へ5倍化した。なお、介護保険法上は、これらは施設サービスではなく在宅サービスと規定されている。

5年間の変化で最後に強調したいことは、この間政府の財政危機が進行し、社会保障給付費の抑制が至上命令になったことである。特に小泉政権は、歴代の自民党政権に比べても、厳しく社会保障給付費を圧縮している。

(4)2005年の介護保険法改正の特徴

4番目に、2005年(今年)の介護保険法改正の特徴を簡単に述べる[3]

最大の目的は、急増する介護保険給付費を抑制し、制度の持続可能性を保つことである。ただし、ここで注意しなければならないことは、それが介護給付費絶対額の抑制ではなく、「伸び率」の抑制であり、政府が想定している今後の介護保険給付費の伸び率は、医療費の伸び率よりもかなり高いことである。そのために、私は介護は、医療以上の「永遠の安定成長産業」と位置づけている。

介護保険給付費の抑制策は短期と長期の2つある。まず、短期的抑制策は、保険給付の範囲と水準の縮小で、中心は、施設の食費と居住費を保険給付から除外し、全額利用者負担とすることである。これは、利用者には「夢も希望もない」改革であり、特に低所得者の施設入所はきわめて困難になる。施設もこれにより大幅減益に直面している。なぜなら、保険給付費の減額幅が施設が患者から徴収する費用を上回るためである。さらに、「軽度者」への在宅介護サービス給付も相当制限されることになった(次に述べる「新介護予防給付」へ移行するため)。

長期的抑制策は、介護予防の推進により、介護費用の急増の抑制をめざすことである。具体的には、「軽度者」には「新介護予防給付」(筋力向上トレーニング、口腔機能ケア、栄養改善)を優先して実施し、要介護者の出現率を低下させ介護費用を抑制することをめざしている。

ただし、私の包括的な文献学的研究によれば、これら3つのサービスの長期的健康増進効果はまだ証明されておらず、それらによる費用(医療費・介護費)抑制効果を厳密に実証した研究は世界に1つもない[4,5]。

介護保険法改正のもう1つの特徴は、従来の「在宅重視(自宅偏重)」から、自宅と施設(正確に言えば、従来型の大規模施設)の中間と言える、地域密着型の「小規模多機能サービス」の整備へ転換することである。これの実態は、グループホーム等の小規模施設で、大規模施設に比べて、建設費・介護給付費ともはるかに安い

2.先進国(OECD加盟国)中もっとも類似している日本と韓国の病院制度

次に、日本と韓国の病院制度の簡単な比較を行う。実は、日本と韓国の病院制度は先進国(OECD加盟国)中もっとも類似している。

まず、病院の大半が民間病院で国公立病院は少ない先進国は、日本・韓国・アメリカの3カ国だけである。
しかし、同じく民間病院中心と言っても、日本・韓国とアメリカには根本的違いがある。それは、日本と韓国の民間病院の大半は(事実上の)医師所有であること、および日本と韓国では営利目的は禁止され、株式会社による病院経営も原則として認められていないことである。

ただし、医師師所有病院は、欧米諸国の所有者のいない非営利病院に比べて、非営利性が弱いことも見落とせない。経済学的には、それらは、営利組織と純粋な非営利組織との中間の、「営利のみを目的とするのではない(not-only-for-profit)」組織(カナダの医療経済学者Evansが提唱した概念)と言える[6]

病院の機能分化(急性期病院と慢性期病院への分化)が遅れている点でも、日本と韓国は共通している。

日本と韓国の病院(制度)の5つの違い

ただし、日本と韓国との違いも見落とせない。私は、現時点では、暫定的に、以下の5つが大きな違いだと思っている。

第1は、日本では、医療法人病院の開設者は原則として医師に限定され、非医師による開設はごく例外的であることである。第2は、日本では、都道府県の「地域医療計画」により、病院の新設は厳しく制限されていることである。

第3は、日本では、病院の倒産はきわめて少ないことである。毎年民間病院の1割が倒産している韓国の読者には信じられないかも知れないが、日本の1987~2004年度の18年間の病院倒産総数は140件であり、病院総数のわずか1.5%にすぎない[7]

第4は、日本では、病院のIT化(電子カルテ、およびその前提の病名の標準化)はきわめて遅れており、保険請求もいまだに紙ベースなことである。第5は、韓国では、老人病院等の高齢者の長期療養施設の整備が非常に遅れていることである。

この第5の違いのためもあり、韓国では、病院の保健・福祉分野への進出=複合体化はまだごく一部でしか生じていない。しかし、韓国でも、介護保険制度導入により、病院の複合体化が今後急速に進む可能性がある。しかも、日本の経験に照らせば、複合体化は、韓国の民間中小病院の生き残りの有力な選択肢になりえる。

3.日本の保健・医療・福祉複合体

(1)保健・医療・福祉複合体の定義(二木)

そこで次に、日本の保健・医療・福祉複合体(以下、「複合体」)について、介護保険制度との関係を中心に紹介する[2,8,9]。

まず、保健・医療・福祉複合体の定義を述べる[2:p27,8:p4]。複合体の包括的な定義は、医療機関(病院・診療所)の開設者が、同一法人または関連・系列法人とともに、各種の保健・福祉施設のうちのいくつかを開設し、保健・医療・福祉サービスを一体的(自己完結的)に提供するグループである[8]。複合体のうち、医療機関と在宅・通所ケア施設(訪問看護ステーションやホームヘルパー・ステーション、通所リハビリテーション施設等)のみを有するものを「ミニ複合体」と呼ぶ[9]

複合体は私が提唱した概念だが、現在では、厚生労働省、医療・福祉関係者の間では、「一般名詞」・共通言語となっている。

複合体は、1980年代後半から出現したが、急増したのは1990年代後半以降である。具体的には、日本で介護保険制度の創設が初めて公式に提案された1994年12月以降、急増した。

(2)複合体の実態

次に、複合体の実態を簡単に6点述べる。これは、私が1996~1998年に行った全国調査[8]、2000年に京都府で行った調査[9:p203]、およびフィールド調査に基づいている(私は、今までに全国で100以上の複合体を訪問調査している)。ただし、複合体の全国調査はこれ以降行われていない。

第1に、公立複合体は少数であり、大半が民間複合体である。

第2に、制度上は福祉施設である特別養護老人ホームの3割が民間医療機関母体である。先述したように、民間医療機関が特別養護老人ホームを開設するためには、系列の社会福祉法人を開設する必要がある。

第3に、複合体には多様な形態があるが、中核は病院・特別養護老人ホーム・老人保健施設を開設する「3点セット」複合体である。「3点セット」複合体は、母体病院の機能から2類型に大別できる。1つは、急性期病院が老人ケア分野での継続性を保つ(退院患者の受け皿を確保する)ために「複合体」化したグループ、もう一つは慢性期病院(老人・精神)が老人ケアのメニューを拡大するために「複合体」化したグループである。総数では、前者が4割、後者が5割であり、残り1割は「混合型」(急性期病院と慢性期病院の両方を持つ)である。

第4に、入所施設を持たず、在宅・通所ケアに特化した「ミニ複合体」も多数存在する。

第5に、複合体の大半は、大病院ではなく、中小病院・診療所が母体となっている。私は、これが一番注目すべきことだと思っている。ただし、病院の複合体化率は、大病院や病院チェーン(同一法人または同一グループが複数の病院を所有)の方がはるかに高い。

第6に、リハビリテーション病院は、一般の病院よりはるかに複合体化が進んでいる。介護保険制度開始直前(1999年)、すでに、リハビリテーション病院の約4割が入所施設(特別養護老人ホームまたは老人保健施設)を併設していた[2:p64]。当時、病院全体ではこの割合は1~2割にすぎなかった。

(3)1980年代後半から複合体が出現・急増した3つの制度的理由

介護保険制度が提唱される前の1980年代の後半から複合体が出現・急増した制度的理由は3つある。

第1の理由は、1987年から都道府県の「地域医療計画」により、病院の新設が大幅に制限止されたことである。1970年代~1980年代半ばまでは、経営手腕のある民間病院の経営戦略は病院の規模拡大または病院チェーン化であったが、「地域医療計画」によりそれが困難になったため、保健・福祉サービス分野に積極的に進出するようになった。

第2の理由は、厚生省が、1989年に、病院と施設・自宅の「中間施設」である老人保健施設を創設したことである。私の調査によると、老人保健施設の約9割が民間医療機関を母体としている[8:p75]。実は厚生省は当初、医療費抑制のために、病院から老人保健施設への転換=病床削減をめざしていたが、現実には老人保健施設の大半は新設だった。しかも、病院(特に急性期病院)の利益率がわずか数%しかないのに比べて、老人保健施設の利益率ははるかに高い(概ね10%以上)。

第3の理由は、政府が1989年に「ゴールドプラン」(高齢者保健福祉推進10か年計画)を作成し、公費で、在宅福祉サービスと福祉施設の大幅拡充を計画的に進めたことである。

これは、1989年から10年間に6兆円の公費を投入した、史上最大の福祉拡充計画であった。なお、この計画の直接の契機は、1989年に導入された消費税に対する国民の強い批判を和らげることであった。

しかも、「ゴールドプラン」では、従来自治体と社会福祉法人に限定されていた在宅福祉サービスの提供者を医療機関等にも開放した。その結果、経営手腕のある民間医療機関は、退院患者の受け皿整備のためにも、この新しい事業に積極的に参入した。また、特別養護老人ホームの建設費の大半は公費負担であり、しかも利益率も高かったため、経営手腕のある民間医療機関は、系列の社会福祉法人を設立して、特別養護老人ホームを開設した。

そして結果的には、2・3番目の理由が2000年創設の介護保険制度の基盤整備になった。日本の高齢者福祉は、1990年まではヨーロッパ諸国に比べて大きく遅れていたが、「ゴールドプラン」のおかげで、介護保険制度が創設された2000年にはすでにヨーロッパ水準に近づいていた。たとえば、1990年の日本の65歳以上の在宅福祉サービス利用率は1.0%にすぎなかったが、2000年には5.5%となり、ドイツ(2003年)の7.1%に近づいた[10:p62, 11:p41]。高齢者の施設入所率は日本3.2%(2000年)、ドイツ3.9%(2003年)である。ちなみに韓国の2000年の高齢者の施設入所利用率、在宅福祉サービス利用率はともに0.1%であり、まだきわめて低い[11:p41]

(4)複合体の功罪

次に、複合体の功罪について述べる。他のあらゆる組織と同じく、複合体にもプラスの面とマイナス面の両方がある。

まず、複合体の経済学的なプラス面(効果)としては、保健・医療・福祉サービスを「垂直統合」することにより、「範囲の経済」と「取引費用」の削減が生じ、サービス提供が効率化することがあげられる。

ただし、この経済的効果は学問的にはまだ完全には証明されておらず、現実には、患者・利用者への継続的・包括的サービスの提供による、安心感の増加というマーケティング上の効果が大きいと言える。
逆に、複合体には以下の4つのマイナス面もある。

第1は「地域独占」で、患者・利用者を囲い込み、医療・福祉施設の連携を阻害することである。第2は、「福祉の医療化」による、福祉本来の発展を阻害することである。第3は、「クリーム・スキミング」(利益のもっとも上がる分野への集中)により利潤の極大化を図ることである。第4は、中央・地方政治家や行政との癒着である。

ただし、これらのマイナス面はすべての複合体に見られるわけではなく、それらとは無縁の良心的な複合体も少なくない。

(5)介護保険制度が複合体の追い風になる理由

私は、2000年介護保険制度創設は介護保険制度創設は複合体への強い追い風になったし、2005年の制度改正も複合体への第2の追い風になると判断している。

まず、2000年の介護保険制度創設が複合体への追い風となった理由は4つある。

第1は、介護保険では、在宅利用者の慢性期医療・福祉費用に要介護度別に支給限度額が設定されたことである。そのために、医療施設と福祉施設が独立してサービスを提供する場合には、限られたパイの奪い合いが生じ、それの調整のためのコスト(「取り引きコスト」)が発生するが、医療・福祉サービスを一体的に提供する複合体ではこれを大幅に削減できる。

第2は、介護保険では、特別養護老人ホームの性格が一変したことである。従来の公費負担制度の下では特別養護老人ホームへの入所は市町村が決めていたが、介護保険制度では、特別養護老人ホームは契約施設となった。その結果、わが国の高齢者は医療への依存度が強いため、独立型の特別養護老人ホームよりも、医療機関母体の特別養護老人ホームの方が、利用者の安心感が高く、利用者確保の点で圧倒的に有利になった。
第3は、複合体は、一般の社会福祉法人等に比べて、経営能力・人材がはるかに厚いことである。医療保険の出来高払い制度の下で他施設との競争や経営合理化に習熟している「複合体」は、公費負担制度に守られて経営努力をほとんど必要としなかった社会福祉法人に比べて、経営能力・人材の厚さという点ではるかに勝っている。

第4は、要介護者の発掘・確保の点でも、複合体は圧倒的に有利なことである。なぜなら、新規の要介護者の大半は、疾病・事故が原因で要介護状態になるため、医療機関がまず把握することになる(医療機関に入院し、医学的治療が終了した時点で、潜在的「要介護者」となる)からである。介護保険では「医療の出口に福祉の入り口がある」と言える。

次に、2005年の介護保険法改正が複合体への第2の追い風になる理由は2つある[3]
1つは、新設される新予介護防給付は、従来の福祉(介護)と異なり、医療的色彩が強いことである。もう1つは、新設される地域密着型の「小規模多機能サービス」では、「医療と介護の機能分担と連携」が強調されていることである。

(6)介護保険制度創設以降の複合体の新たな3つの展開形態

最後に、介護保険制度創設以降の複合体の新たな3つの展開形態について、簡単に述べる[12:p80]

第1は、診療所や中小病院が、訪問看護ステーションやホームヘルパー・ステーション、通所リハビリテーション施設等の在宅・通所ケア施設を併設する「ミニ複合体」化である。これは、土地の制約が大きく入所施設の開設が困難な大都市部を中心に急速に増加している。

第2は、予防分野への進出である。今までの「複合体」は大半が、福祉分野への進出であったが、「健康日本21」を受けて、予防分野に進出する「複合体」が増えている。予防サービスには、全額自費という魅力があり、しかも将来の「顧客」を確保するというメリットもあるからである。

第3は大手「複合体」が進めている「企業化」である。数の上で多いのは系列の子会社(いわゆるMS法人)による事業展開であるが、手腕のある「複合体」は大企業と対等の共同事業も始めている。

おわりに-介護保険制度下の医療機関の2つの選択とリハビリテーション医療施設・専門職の責務

最後に、介護保険制度下の医療機関の2つの選択とリハビリテーション医療施設・専門職の責務について簡単に問題提起したい。

日本では、今後、一部の専門病院・診療所を除けば、医療機関が孤立して存在することは困難になる。その結果、医療機関の2つの選択に直面する。それらは、複合体化と他の医療・福祉施設とのネットワーク形成の選択である。

ただし、両者は対立物ではなく、「真理は中間にある」と言える。現実にも、1つの大規模複合体による地域独占も、単独機能の施設間の純粋なネットワークも例外的であり、大半の地域では複合体とネットワークが競争的に共存している。

特に、「医療と福祉の接点」というリハビリテーション医療の特性・位置を考慮すると、リハビリテーション医療機関は、一般の医療機関以上にネットワーク形成や複合体化を進める必要がある。先述したように、リハビリテーション病院の複合体化は現実に相当進んでいる。

合わせてリハビリテーション専門職種には、リハビリテーション医療の適応と禁忌の明確化、「根拠に基づいた」リハビリテーションの確立が求められている。特に、従来一部の医療機関で見られていた、慢性期リハビリテーションの漫然とした実施の見直しは不可欠である、と私は判断している。

以上は、日本の医療機関、リハビリテーション医療施設・専門職についてのものだが、介護保険制度の創設を控えた韓国の医療・リハビリテーション関係も、今後同じような選択や責務を果たさなければならなくなる可能性があるかも知れない。本稿がそのための参考になれば幸いである。

[本稿は、大韓リハビリテーション医学会2005年秋期学術大会での同名の講演に加筆補正したものである。韓国語への翻訳をしていただいた、洪允景氏(喜縁医療財団韓日交流係長)と金道勲氏(韓国医療保険公団調査部。現・日本福祉大学大学院社会福祉学研究科博士後期課程)に感謝する]

文献

[文献2,8,9,12の主要論文は延世大学校保健科学大学保健行政学科Hyoung-Sun Jeong教授訳による韓国語版が本年中に出版予定である]

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