総研いのちとくらし
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カナダの非営利・協同医療組織

主任研究員 石塚秀雄

掲載日2003年04月17日


1.

カナダは面積900万平方キロ、人口3100万人の移民の伝統をもった国である。カナダの医療制度は、典型的な普遍主義的公的医療制度を採用している。カナダのGDPに占める医療費の割合は11.7%(OECD,2002, 日本は7.6%)である。カナダ保健法(Canada Health Act, CHA,1984)によれば、連邦政府の公的財源に基づき、基本的に患者が窓口で直接支払いをしない方式であり、その基本5原則はつぎのように明記されている(CHA,および 岩崎俊利彦002, 2003)。

(1) public administration:「州政府、行政による管理」 行政が非営利原則に基づき管理を行うこと。(2) Complehensiviness : 「包括的医療サービス」医療保険で必要なすべてのサービスをカバーすること。 (3) Universality「普遍主義」国民全員に対するサービスこと。 (4)Portablity「全国的受給権」国民はどこの州でも同じサービスが受けられ平等性。(5)Accesibility 「平等的受給権」国民は経済負担なしに受診できること。

普遍主義的制度であるから、従って医療費の財源は一般税からということであり、雇用主への社会保障税payroll tax、州の一般財源、連邦政府補助金が財源となっている。家庭医(全医師の50%)による医療ネットグループの形成を勧めており、コミュニティ医療センターを通じて医療サービス制度の効率化を図っているといわれる。また病院の95%が民間非営利組織の形態をとっており、非営利組織・ボランティア・地域自治体がその理事会を構成している。またカナダでも高齢化が進行しており、2000年で65歳以上は12.5%であり、医療費の42.7%が高齢者医療が占めており、公的医療危機論を巡って、患者サービス、薬剤費などの在り方について論争がおきているといわれる(岩崎俊彦、2002)。ちなみにカナダでMedicareはこうした医療制度を指すのであり、アメリカの貧困者層対象の残余主義的な公的医療制度をさすのではない。一方、アメリカによるカナダの医療費用の問題点として私的されているのは、次のようなものである。すなわち、美容整形などは対象外。公的費用だけで、民間医療費は含まれない。歯科医療、救急サービス、差額別途、検眼などは対象に含まれない。高齢化比率が相対的に低い。また社会主義化された医療制度としてスウェーデン、イギリス、カナダをあげ、ベッド数の不足や待機期間の長さにより、患者死亡がアメリカよりも高いことを事例としてあげ批判している。(アメリカ、The National Center for Public Policy Research, www.nationalcenter.org/, 1992.1.21)

ところでカナダの普遍主義的主義的な公的医療制度を実現した原動力のひとつとなったのがカナダ中部のサスカチュアン州の運動と政策であった。1947年にサスカチュンで全国で初めて公的保険制度が導入された。1962年に同州で普遍主義的な公的保険制度(Medical Care Insurance Act)が導入され医師たちによる23日間のストライキが発生した。自由党ピアソン政権が準備して1968年にメディケア法が制定され、その受け皿として連邦基金が設立された。これは1984年に現在の保健法(CHA)へと改正された。こうした普遍主義的な政策の背後にはもちろん一定の理念がある。サスカチュンはケベック州と並んで協同組合運動が盛んなところであった。カナダの「メディケアの父」とよばれるTommy Douglasは1944年当時のサスカチュン州の首相となった(伊藤利彦、2002)。彼は、貧困家庭の少年のときに骨髄炎のために公立病院であやうく片足を切断されそうになったが、運良く民間の医師によって切らずに直すことができた。この経験は、貧乏でも医療アクセスが受けられる「値札のつかない」医療とサービスへの質の必要ということをダグラスに意識させたと言われる(B.Fairbairn,1997)。彼の所属していた社会民主主義的な新政党はCooperative Commonwealth Federationという名前であった。これは後に社民党と改められた。このことはカナダの協同組合人たちが1844年のイギリスのロッチディールの協同組合運動に影響を受けて、カナダの協同組合法自体がそうした流れの中で形成されていくのであるが、サスカチュンでは農業者社会主義に基づいて、フェビアン協会やドイツの共同経済の影響を受けた協同組合共和国という理念が協同組合運動に大きな影響を与えた(Mulley and Fulton, ed,1990)。協同組合共和国というビジョンはG.フォーケの協同組合セクター論などと併せていったんは歴史に埋もれてしまったが、改めて非営利・協同セクターのコミュニティにおける役割という新たな仮題として登場しつつあるものになっている。すなわち、非営利・協同セクターあるいは社会的経済セクターの医療サービス分野で果たした積極的な影響力がサスカチュン州の歴史の中に見ることができるのである。1910年代に、サリーナという小さなコミュニティで、その中心は農民たちであったが、医師を雇用した医療機関を作り、支払いは地方自治体の税財源から支払うという方式を考え出し、1932年にはそうした地域自治体医療方式が32にもひろがった(B.Fairbairn,1997)。

2.

実質的に1966年以降からカナダの普遍主義的な医療制度が始まったといわれるが、それは、発生的には公的セクターと非営利・協同セクターのコラボレーションの結果といえる。すなわち、非営利・協同セクターの構成員であるクレジットバンクや農業者協同組合などによる医療保険、医療機関アソシエーション、共済組合、協同組合などの下支えがあって公的医療が持続可能になったのである。のちにこうした動きは、後のメディケアプログラムの中でコミュニティ医療センター(community health center ,CHC)の発展として組み込まれるのである。コミュニティ・クリニックcommunity clinicは地域住民のボランタリィなメンバーシップで作られている。

サスカチュン州では1998年において13の医療協同組合が登録されている。

協同組合数 13、 組合員数 28,658人、職員 312人、内155人(フルタイム)、157人(パートタイム)、 賃金総額 663.6万ドル、 収入1411.3万ドル、剰余金 23.9万ドル

投資資金121.9万ドル、 資産465.2万ドル 負債218.2万ドル 組合員出資金247万ドル、負債対資産 0.29 (Herman and Fulton, 1998)。

たとえば、サスカチュン市のコミュニティ・クリニックは、1962年に医師や市民たちが設立した。その母胎はコミュニティ・ヘルス・サービス・アソシエーションである。クリニックの規模は大きくないが5500人の家族会員がいる。組織形式は協同組合で諸費者と医療サービス職員との混合型と言える。綱領とも言える「我々の諸価値」では(1)医療サービスを利用する人によるコミュニティ医療に対する自決権。(2)医療を受ける者提供する者のパートナーシップ。(3)コミュニティ住民による運営、(4) 貧困や人種差別といった社会的経済的要素を克服することが健康への道。(5) 医療の平等な受容。(6)効率的有効的経済的運営の重視、など。

たとえばプリンス・アルバート・コミュニティ・クリニック(Prince Albert Community Clinic)は地域住民の13%にあたる4500人の住民を会員として医師を雇用する地域医療機関である。薬代、高齢者向けサービス、予防的医療など、公的プログラムでは追加的なサービスである部門に重点をおいている。これらのクリニックの組織原則は消費者主権の原則をもっているのは主として、医療と医薬品の分野であるためともいえるが、一方、フランス語圏のケベックにあるコミュニティ・ヘルス・センターの事例として、住民1100人程度の非常に小規模なコミュニティで作られた医療サービス機関で公的補助金を受けずに、クレジットユニオン(ケス・ルラール、庶民銀行)に支援を受けて、医療従事者主導型で作られものもある。これはいわば「新しい協同組合」の範疇に入るもので、在宅介護などの対人社会サービスを中心にしたものである。こうした傾向はヨーロッパにおける社会政策の新しい方向すなわち、雇用と社会サービス、保健医療との包括的な政策と取り組みに対応したものであろう。コミュニティをベースにした地域医療と介護などの社会的な政策と雇用問題や社会的排除(カナダではアボリジニ原住民政策が推進されている)とをリンクさせて考える方向が、医療費支出問題との関連でも重要になっている。医療費財源の問題は、供給者と消費者すなわち医療機関と患者の両方が考えるべき問題であり、また医療サービスの提供の在り方も同様に両方が考えるべき問題である。すなわち、コスト縮小の問題とあるべき医療供給モデルの問題がカナダでも福祉国家の危機としてとらえられている。

カナダの医師の大半はprivate practitionerあるいはindependent practitionerであり、いわば自営業で、コミュニティの病院やクリニックになどに雇用されている医師は少ない。こうした中で、ある調査ではコミュニティ・クリニックでの医療費のほうが個人医にかかるよりもコストが30%低いという結果がでているという(B.Fairbairn,1997)。プライマリーケアを担う医療機関として、協同組合という形式をとっているものやアソシエーションの形式をとっているものなど、非営利の医療機関がカナダにおける普遍主義的な医療制度と理念的には両輪の役割を果たしているということがカナダを見るときに注目すべき点であろう。

3.

カナダでは、医療の非営利・協同セクターに含まれるものとして、4つの組織種類があげられている。すなわち、nonprift, not-for-profit, voluntary, social economyである。これらはいずれもその組織原則や定義が同一の点と相違点をもっている。しかし共通しているのは、公営組織でもないし営利市場主義でない点である。非営利の定義ではよくジョンホプキンス大学のサラモン/アンハイアSalamon and Anheier(1997)の定義が引用されるが、そこに無いのは、協同組合や社会的経済企業の定義に見られる「民主的」という原則である。もっともサラモンはそれは言わなくても分かることと言っているが、不可欠なものであるならば、やはり原則として掲げるべきであろう。「民主的」という言葉こそが、実は営利と非営利を分ける最大のものかもしれないのである。また、日本のNPO法にみられるように「公益」を実現する民間組織という考え方も有力なものである。

近々翻訳出版予定のヨーロッパの研究書『社会的企業の出現(仮題)』においても、組織・企業の同型化isomorphismという概念について論究されているが、たとえばある特定の分野における企業形態が、その目的や運営について、市場、労働形態、行政との関係などで組織セクターの区分が次第に曖昧になり、いずれも似たような組織になってきて、営利か非営利かで区分する意味そのものに疑問符がつくという議論である。よく言われるように非営利とは「なになにでない」という否定的定義に属するものであり、もちろん肯定的な概念に優先的価値があるのである。定義の問題についてはまた別の機会にゆずりたい。

参考文献

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